閑話 森の秘薬
Side アリス
「アリス! スイッチ!!」
「りょーかいっ!」
第一層《はじまりの街》から少し離れたところにある森林フィールド。鬱蒼と覆い茂る木々に光を遮られ、薄暗い森の中で赤と青のエフェクト光だけが時折瞬いた。
「ぃよいしょーっ!」
片手直剣垂直単発ソードスキル《バーチカル》。キリトによって無防備な状態にさせられたモンスター《リトル・ネペント》を縦真一文字に切り裂き、消滅させた。
「ぃよいしょーって、お前なぁ……」
剣を肩に担ぎながら、呆れたようにため息を吐くキリトに文句あるかーと笑いながら返す。
「いや、なんでもないよ。ったく」
◇
第一層攻略中のある日……
私は、パートナーであるコハルと共に《はじまりの街》で受けられるクエストをある程度終わらせ、次の街へと出張っていた。
その街でまた少しレベルを上げ、コハルが少しやりたいことがあると言って別行動。その間何をしようかと迷い込んだ民家での事だった。
「やあ、アリスじゃないか」
ふらりと覗いてみた民家で、いきなりもてなされ困惑している私に声を掛けてきたのは、NPCでもコハルでもなく、《はじまりの街》で分かれたキリトだった。
「キリトくんだ! 久しぶり……大丈夫? 元気にしてた!?」
あの街で別れて以来、全く音沙汰が無かった(フレンド一覧から生きていることは知っていたものの)キリトが現れ、驚きと、嬉しさに駆け寄り手を取ってぶんぶんと上下に振り回す。
「あ、ああ。あの時は悪かったよ。何も言わずに居なくなって」
「ううん。クラインから聞いたよ。自分に出来ることをやるために外に出たって。あの街から動けなかった私と違って、すごいよ」
そう言うと、キリトは表情に影を落とし
「いや、それでも俺は、ずっと考えてたんだ。あの時1人で行かず、アリスとコハルを連れて行けば……って。だけど、出来なかった。アリスが居れば大丈夫とは分かっていても、俺の勝手な判断で二人を危険な目に合わせてしまうかもしれないと思ったら……」
ぽつり、ぽつり、と。苦しそうに、懺悔するかのようにキリトは言う。たった数時間一緒に居ただけの私たちに、そこまで心を痛めていたなんて。今更ながら、メッセージか何かで無事を知らせるなりしておけばよかったと後悔した。
「気にしないで。私もコハルも無事だよ。それに、私はアバターから大きく変わっちゃったから、慣れるのに時間がかかったし、きっとキリトくんに迷惑かけてたと思うし。こうして無事に会えたんだし、なんも問題ないよ」
「ああ……ありがとう」
少しの静寂。……あれ? 何か距離を感じる。いや、元々そこまで親しかったわけじゃないけど、デスゲームが始まる前まではもう少しスムーズに話が出来てたと思うのに……。
「と、ところでキリトくんはどうしてここに?」
「えっと、所持アイテムを整理したくて、手ごろな民家を探してたんだけどさ。結局、知ってる家に入っちゃったんだ」
ぎく、しゃく。なんだかぎこちない。というより、キリトくんがこちらとの距離感を図りかねているような? なんで?
「あー、その。君がここに居るって事は……もしかして『《森の秘薬》クエスト』を受けるのか?」
「『《森の秘薬》クエスト』って……?」
おっかなびっくり、といった様子でキリトが切り出してきた。このぎこちなさは後で問い詰めるとして、森の秘薬クエストってなんだろう。ベータの時は特にクエストを気にせずガンガン進んでたから、私はその辺の情報に疎いところがあるのだ。
「今、アリスが話してたNPCから受注できるクエストだよ」
話してたって言うか、入ったら「旅の剣士さん、お疲れでしょう。食事を差し上げたいけれど、今は何もないの。出せるのは、一杯のお水くらいのもの」とかって急に言われて面くらってただけなのだけど。
「『《森の秘薬》クエスト』はちょっと厄介なんだ。あのNPCにリトル・ネペントの胚珠っていうアイテムを渡せばクリアなんだけど……」
「リトル・ネペントの胚珠を手に入れるには、リトルネペントからドロップさせないといけなくて、しかもそのモンスターはなかなかお目にかかれない。だから、とにかくリトル・ネペントが出るまでネペント系のモンスターを狩りまくる必要があるソロだと正直厳しいクエストなんだ」
へぇ、レアエネミーからしかドロップしないアイテムの納品クエストか。序盤の序盤でそんなのがあるってことはつまり……。
「でも、報酬でそこそこ使える武器がもらえるから、受けておいて損は無いよ」
やっぱり。ソロだと厳しいみたいだけど、丁度時間あるし危なくならない程度に挑戦してみようかな、なんて思っていると、キリトは少し迷うようなそぶりを見せたあと
「良かったら、俺が手伝うぜ?」
「え、でも、そんな。悪いよ」
そんな風に申し出てきた。キリトは自分のやれることをやりたいって飛び出したのだから、私にかまって歩みを止めてしまうのは申し訳なく、断ったんだけど。
「気にしなくていいさ。二人で乱獲した方が効率いいだろ?さ、そうと決まればまずはクエスト受注だな。NPCに、何かお困りですか? って聞くんだ。それで大抵、クエストを受注できるよ」
キリトはやや強引に、話を進めてきた。まあ、本人が良いって言うなら、私がそこまで気にする必要もないし、正直申し出はありがたかったので言われるがまま、クエストを受注することにした。
「じゃあ……何かお困りですか?」
すると、村のおかみさん(NPCの名前だ。おかみさんって……)の頭上に!マークが出現した。これで、クエストを受注したって事になるのかな。
「旅の剣士さん、実は私の娘が……」
そうしてクエストを受注した私は、キリトと一緒にネペントの森と呼ばれるフィールドへと向かった。
◇
「キリトくん! そっち行ったよ!」
「任された!」
ネペントの森で狩りを続けてから数十分。すでに30体ほどネペント系のモンスターを狩り続け、私の《片手直剣》熟練度が50に到達した。熟練度が50になったことにより、スキルModが一つ取得できる。複数の選択肢の中から、これ幸いと私は以前からとろうと決めていたスキルを取得した。
「お、Mod取れるようになったのか。何を取るんだ?」
「んーっと。《クイック・チェンジ》だよ」
「は? 装備変更スキル? 今取ったのか?」
「うん、ベータの頃愛用してたし、これがないとなんか落ち着かなくてさ」
《クイック・チェンジ》は初期から習得できるアクティブスキルの一つで、効果は単純明快、メインメニューのショートカットアイコンを押すだけで装備武器が変更できるというものだ。ベータ時代は大体皆一つの武器に特化していたし、クイックチェンジが必要になるような場面は現時点では殆ど無いため、掲示板では序盤では取らないように警告が書かれていたぐらいだ。
それもそのはずで、このゲームは武器を変更してもそのソードスキルが使えるわけではなく、ソードスキルを使うためにはその武器のスキルをスキル枠にセットしなければいけない。また、《クイック・チェンジ》で変更できるのは装備武器だけなので、変更した武器でソードスキルを使うためにはあらかじめスキル枠に入れておくか、わざわざメニューでスキルを変更するしかない。もう少し上層に上れば武器を奪う又は叩き落してくるモンスターも出現するため、そういった厄介なモンスターへの対抗策として《クイック・チェンジ》は重宝されているが、それも現段階で取るには早すぎる。
「何もこんな初期の初期に取らなくても……」
「いーのっ。これ、私にはすごい合ってたし。ベータの時はこれで1人で6層まで行ったんだから」
「まあアリスが良いなら、いいけどさ」
そんな風に他愛もない話をしていると、ボシュン! ボシュン! と新たにMOBがリポップする音が聞こえた。音のする方向を振り向き――
「「花つき!!」」
今回の目的である、リトル・ペネント。その中でも花をつけた『花つき』と呼ばれるレア固体がリポップしたのを確認して、キリトと顔を見合わせる。そして二人で満面の笑みを浮かべてから
「「胚珠よこせーっ!!」」
『花つき』に向け、二人して踊りかかったのだった。
◇
「やりぃ! 胚珠ゲット!!」
「やったな、俺なんてもっと時間が掛かったんだぜ、このクエスト」
それはソロでやったからでしょう――とは言うものの、今回は運が良かったのかもしれない。狩り始めてから一時間も経っておらず、それほど消耗も無く目的のものを手に入れたのだから。
「じゃあ、NPCに渡しに行こうぜ」
そのままトンボ帰りでおかみにリトル・ネペントの胚珠を渡すと、おかみは「……ありがとう」と嬉しそうにはにかみ、奥へと消えていった。
「実はさ……この建物の部屋の奥に、あのNPCの娘設定のキャラがちゃんといるん
だ。ベータテストの時にはあんなキャラ居なかったのに。俺にも妹がいるから……被っちゃうっていうか……その……」
「……あ、いや、ゴメン。何でもないんだ……」
私は勘違いしていたのかもしれない。キリトだって、被害者なんだ。リアルに家族がいるし、不安にも、さびしい思いもする。ごく普通の、男の子なんだ。
気がつくと、私はキリトの頭を撫でていた。
「……っ! な、何を……!」
「ん? いや、つい」
「ついって……おま……っ! やめ……!」
「いいからいいから。撫でられとけ撫でられとけ」
顔が真っ赤になりながら抵抗するキリトの頭をしつこく撫でていると、やがてあきらめたのか抵抗をやめた。
「ったく……なんなんだよ。ほんと……」
キリトの方が身長が高いので、背伸びする形になっているけど、それでも頭を撫で続ける。
「強がらなくても、いいよ」
「!」
「強くならなきゃーって思って、泣きたいとか、寂しいって気持ちを押し殺してたんでしょ? ……でもさ、少しは弱音を吐いても、いいんじゃないかな。寂しいって思うから、悲しいって気持ちになるから、前に進めるんだよ。自分の気持ちまで殺さないで、いいよ」
「……ぁ……」
「いっぱい泣いて、辛いって言って。すっきりしたら、また前に進もう」
それでもキリトは、まだ何かをこらえるようにしている。涙はあふれだしてきているのに、泣けない。そんな感じ。
固まるキリトをそっと抱き寄せ、あやすように頭を撫でる。すると、いままで我慢してきた影響か、堰を切ったように、ダムが決壊するかのように、声を上げ泣き始めた。
「うぐ……ぁ……うぁ……っ!! スグ……母さん……父さん……っ!! 会いたい……会いたいよ……っ!」
「よしよし、今まで、よく頑張ったね」
「うぁあああああああああああっ!!!!!!」
ぎゅうっと、縋りつくように泣き始めたキリトが落ち着くまで、私は頭を撫で、あやすように背中を優しく叩着続けたのだった。
◇Side キリト
やってしまった……。
「可愛かったよ? キリト」
「ぐおおおおお……っ!」
まさか、まさかまさか。この年になって、しかも同い年くらいの女の子の胸で大泣きするなんて……っ! 不覚っ……!
寂しいと思う気持ちが、辛いと弱音を吐きたくなる時が無かった訳じゃない。むしろ、茅場からデスゲームが宣告されたときは足元が崩れ去ったような感覚に陥ったほどだ。
だが、寂しいと思う事も、弱音を吐く時間も俺には無かった。強くあらねば、その思いだけでただがむしゃらにレベルを上げ、クエストを進め、自らを鍛えぬいた。自分の心に蓋をして、気持ちを押し殺して。
(少し、無理をしすぎていたのかもな……)
沢山泣いた後、不思議と心はすっきりとしていた。無理に溜め込んでいた悪いものを全部出しきったおかげか、身体が軽い気がする。
目の前で「ほぉーっ」と報酬で受け取った剣の感触を確かめているアリスを眺めながら、ふと思う。
(不思議な奴だよ、ほんと)
会ったのは数日前が初めてで、数時間一緒に戦闘をしただけ。だというのに、こうも簡単に人の心に飛び込んできて、しこりを取り除いていってしまった。
(なんだか、ずっと前から知り合いだったみたいだ)
抱き寄せられ、あやされていたとき、俺は母の事を思い出した。そのせいで、タガが外れて泣いてしまったわけだが……。見た目はちっこいし、年は聞いてないが、俺と同じくらいか少し下くらいだろうに。
「そーいえばさ」
「ん?」
突然、アリスが振り向いた。
「最初、私と会ったとき。この家で。なんかぎこちなかったと思うんだけど、なんで?」
あー、そのことか。
「いや、お前男だと思ってた奴が女で、それも結構可愛かったらそりゃどう対応していいか分からないって」
「かわっ……!」
可愛かったら、といった辺りでアリスは顔を真っ赤に染めた。散々恥ずかしい思いさせられたんだ。コノくらいの反撃は許されて当然だよな?
「それより、いい武器だろ? それ。鍛えれば、次の層まで余裕で通用すると思うぜ」
「そ、そうだね! いい武器だと思うよ!」
まだ恥ずかしいのか、ぶんぶんと剣を持つ手を振る――ってちょっとまて
「ちょ、それ《アニール・ブレード》だよな?」
「へ? うん。クエスト報酬ではアニールブレードって――あれ?」
このクエストで手に入る《アニール・ブレード》は肉厚の刃を持った片手直剣で、序盤で手に入る武器にしては頑丈さと攻撃力の数値が高く、強化を繰り返せば第二層の半ばまで通用するような武器なのだが……アリスが持っている武器からは俺の持っている物と違った凄みを感じた。
「……ねえ、このゲームの武器ってさ。二つ名みたいなのはつかなかったよね?」
「ああ。二つ名付きの武器なんてのはベータじゃ見た事も聞いたことも――ってまさか!」
アリスがヒュンッと操作して見せてくれたログウインドウには
《共闘のアニール・ブレード》という武器名が表示されていて――
「「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇっっ!?!?」」
森の秘薬クエストのイベント、ゲームだとちょっと不完全燃焼だったんですよね。容量の問題なのか、ソシャゲの限界なのか……
何か言いたそうにしてるのに、そこで切っちゃうかーみたいな。
ある意味での主人公無双。
≪クイックチェンジ≫の扱いを変更しました。プログレッシブだと拡張機能扱いなので熟練度も何もありませんが、この世界線では《クイックチェンジ》はスキル扱いという事に。
地の文ではキリト。台詞ではキリトくんと使い分けてます。が、そのうち書き直して訂正するかもしれません。
12/21 森の秘薬クエスト終了後からキリトと呼び捨てにするように変更しました。
矛盾点、誤字などありましたら感想などで教えていただけると幸いです。
12/18 アリスのレベルを変更しました。
視点切り替え時の表記を変更しました
章の位置を変更しました