抜けがありましたら誤字報告とかで教えていただけると……
※本話は原作《ホープフル・チャント》より文の流用があります
Side アリス
……なんの歌だろうか。
第三十九層主街区《ノルフレト》。これといった特徴の無い、ファンタジー世界の田舎町といった佇まいのその街に、私は消耗した武器を買い換えようと訪れていた。
ゲートを潜り、こそこそと隠れるようにしてNPCの店を目指していると、丁度広場の辺りだろうか、音楽に乗って歌が聞こえてきた。
このゲームでは、各層にNPC楽団がおり、穏やかなスローテンポのBGMを日夜控えめなボリュームで流し続けている。普段であれば色とりどりの管楽器が奏でているその演奏に、今日は少し違和感があった。
歌が聞こえる。基本的にNPC楽団は曲を演奏するだけで、そのBGMに歌なんてなかったはずだけど……。
マップを見ると、広場に七、八人程のプレイヤーカラーのマーカーが点在している。そしてそのプレイヤー達は一様に、NPC楽団を囲うようにして一箇所に集まっているようだ。
(なんかのイベントかな……)
武器の事はとりあえず後回しにして、私は興味に引かれるままに広場へと足を運んだ。
◇
(誰か、歌ってる……?)
歌声に誘われるようにして広場へと辿り着くと、そこにはマップで見たとおり、NPC楽団を囲うプレイヤー達と、そしてその中心――楽団の真横で両手を胸に当て歌う女性プレイヤーが居た。
(なんだろうこの曲……でも、なんだか落ち着く歌……)
静かに歌う女性プレイヤーは、白いフードを目深に被っているため口元しか見えないが、その歌声は今まで聞いたどんな声よりも美しく、そして澄んでいた。
子守唄を連想させるその歌詞は、現実やこのアインクラッドでも聞いた事が無く、おそらく女性プレイヤーが楽団の曲に合わせて書いたオリジナルの曲なんだろう。
ふと横を見ると、プレイヤーだけでなくNPCまでもが目を閉じ身体を揺らし、曲に聞き入っている。
私もそれに習って目を閉じてみる。
(コハル……)
月光がそのまま声になったかのような、澄んだウィスパーボイスに耳を傾けながら、私は数ヶ月前別れたパートナーの事を思い出していた――
◇
「誰か……! 頼む、誰か助けてくれ!」
2023年10月16日。第四十層主街区《ジェイレイム》
さて今日はどこに狩りに行こうかと、頭の中で狩場をピックアップしていると切羽詰ったような声が広場から聞こえてきた。
「おいおい、大丈夫か!?」
西門から飛び込むようにして駆け込んできたその男は、全身をぼろぼろのレザー装備で纏っていて、更に背中には黒いショートスピアが突き刺さったまま。近くに居たプレイヤーが慌てて駆け寄りそのショートスピアを抜いた。
「な……仲間が五人、フィールド・ダンジョンに閉じ込められて、MOBの大群に追っかけ回されてるんだ! そう長くは持たない……誰か、一緒に助けに行ってくれ!!」
彼が言うには、パーティでダンジョンに潜っていたところ《閉じ込め》トラップに掛かってしまい、そこで沈黙デバフを使うモンスターに囲まれてしまったそうだ。彼だけは何とかデバフが解けた瞬間に転移結晶を使い脱出できたそうだが……なんで《咳止めポーション》を持っていかなかったのか、とか、最前線の圏外に行くのなら無料配布の攻略本くらい読んでおいてとか、言いたいことはいろいろあるけれど。
それよりも、一刻も早く助けに行かないと、残された五人が危険だ。
周りのプレイヤー達もそう思ったのか、手早く救助隊が編成され始めた。ん……、あの鎧、武田菱のギルドタグ……《風林火山》の人達だ。今日はボス攻略戦と言っているのを聞いたから、きっとクラインとかの上位プレイヤーはそっちに向かってるんだろう。
そしてその救助隊の中心となっているプレイヤーは……
「KoBだ……!」
「これならいけるぞ!」
白地に鮮やかな赤を差し色にした特徴的な装備はギルド《Knight of the Blood》。別名《血盟騎士団》のギルドカラー。少数精鋭のギルドの一つで、結成されたのは最近なれど、破竹の勢いでその勢力を伸ばし今や最前線の一角を担っている有数の攻略ギルド。
そして、アスナが加入したギルド。
(キリトとのコンビ、解散したって聞いたときは驚いたな……)
第一層でコンビを組んで以降、なんだかんだ二人はパーティを組んでいたから、このままずっと一緒だと思ってた。それが解散したとキリトから聞かされた時、私とコハルはものすごく驚いたのを思い出す。
(まあ、私も人の事言えないか……)
私だって、あれだけ長く組んでいたコハルとのコンビを解消したのだ。人の事は言えない。
――と。
「おおおっ!」と突然広場が色めきたった。なんだろう?
見ると、KoBの少年――ノーチラスというらしい――の隣に立っていた少女、ユナという女性プレイヤーも救助隊に参加するそうだ。
驚いた。彼女は《吟唱》スキルが使えるらしい。《吟唱》スキルはエクストラスキルの一つで、歌うことで効果範囲内のプレイヤーにバフをかける事が出来るという、強力なスキルだ。
(攻略ギルドの《風林火山》と《KoB》、それにチャント使いもいれば救出は問題ない、かな)
踵を返し、その場を後にしようとしてふと、足を止める。
なんだろう、嫌な予感がする。
このまま彼らを行かせてしまったら、取り返しのつかない事になる、そんな予感が――
「まって、その救助。私も行く」
私の勘は自慢じゃないけど、良く当たる。
私はその勘に従って、西門を出ようとしている集団へと声を掛けたのだった。
◇Side ノーチラス
「まって、その救助。私も行く」
屹然と救助への参加を申し出たユナを止めることかなわず、何があっても彼女だけは守ろうと己自身に誓っていた最中。救助へ乗り出そうとしていた僕達に声を掛けてきたプレイヤーがいた。
「君は……?」
「名乗るほどの……っていったら変か。事情があって名前は言えない。けど、貴方達の力になれると思う」
そう言って近づいてきたのは……女性プレイヤー? ずいぶんと小柄な少女は、その全身を茶色のフード付きレザーマントで覆っていて、認識阻害効果を付与されているのか、そこにいるのに薄れているというか、特徴が分かりにくくなっていた。辛うじて声から女性だということと、小柄で剣を背負っていることのみが分かる。
怪しいことこの上ないが、今は一人でも手が欲しいところだ。だけど……
「失礼だけど……君のレベルは? これから行くのは最前線のダンジョンだ。レベル40後半はないと死ぬだけだ。連れて行くことは出来ない」
最前線の攻略組ですら苦戦したダンジョンだ。少なくても安全マージンであるレベル50近くまで無いと話しにならない。特に今回は戦闘が避けられないのだ。いくら人手がほしいからといって、足手まといを増やすわけには……
そう思っていた僕は、次の少女の一言に度肝を抜かされた。
「レベルは……この前上がって58。それにこの辺のダンジョンは大体一人で潜ってるから、慣れてる」
「ご、58……!?」
58って……副団長のアスナさんですら53なんだぞ!!
「最前線には、これも事情があって行けてない。で、どうかな。私は貴方のお眼鏡に適ったのかな」
「あ、ああ……十分だ。宜しく頼むよ」
こうして僕達は謎の少女を含む十一人、五人パーティーが二つと、少女一人の三パーティでフィールドダンジョンへと向け街を出発した――
◇
曲刀使いの仲間が閉じ込められているというフィールド・ダンジョンは、主街区と同じく監獄の遺跡だった。中でコボルド種やスライム種と二度エンカウントしたが、問題なく撃破した一行は、西門を出てから約八分でダンジョンの中心部に辿り着いた。
そこからは各自が迅速に行動を開始した。
まず、閉じ込められている五人をユナが効果範囲ぎりぎりまで呼び込み、《吟唱》スキルでバフをかける。その効果が終わらない内に中に居る五人がリポップし続ける取り巻きを殲滅。フィールド・ボス背後にあるレバーを操作し鉄格子を開けた。
そのまま雪崩れ込むようにして全員で突入。ボスとの戦闘が始まった。
――戦闘は順調だった。戦闘開始から約八分が経過し、ボスのHPバーが二本目の半分を下回り黄色くなったところで僕は勝利を確信していた。
「よし……もう少しだ! みんな、頑張ろう!」
「「「「「応ッ!!」」」」」
行ける。士気も高い上に消耗も少ない。このまま……!
ボスのHPバーが黄色からオレンジに変化したところで、風林火山の刺股使いが叫んだ。
「赤で攻撃パターンが変わるかもだぜ! いったん離れるか!?」
「いや、ワーダーチーフ系にパターン変化は無かったはずだ!」
ボスの攻撃を盾で受け、その隙に左右のアタッカーたちがソードスキルを叩き込む。HPバーが更に減少し、残り二割のレッドーゾーンに突入した。
大丈夫だ、攻撃パターンが変わる気配は無い。このまま押し切る!
「ラスト、集中していくぞ!」
――その時。
重々しい、錆びれた鉄格子が開く音と共に、状況は最悪へと叩き落された。
◇
「む……無理だ、やめろユナ!」
ダガーをリュートに持ち替え、白いケープをはためかせながら幼馴染が包囲された六人へと駆けていく。
状況は、最悪だった。
ボスのHPバーが残り二割……レッドゾーンに突入した時、フロアの装飾だと思っていた鉄格子が一斉に開き、そこから増援が続々と現れ始めたのだ。
その数はおよそ十五匹。元々居た取り巻きとあわせて二十匹。とてもじゃないが、六人の曲刀使いのパーティ達だけでは対処できない。さらにボスが気を取られていた僕達の隙を突いて範囲技を使い、前衛が体勢を崩された。曲刀使いのパーティたちは完全に取り巻き達に包囲され、見る見るうちにHPが減らされていく。
(どうする……! どうすればいい……!)
このままではいずれ六人パーティが全滅する。そしてそれはすなわち、彼らがタゲを取っていた二十匹全員がこちらに来るということで……。
(このままじゃ……全滅する……!)
左手がマントの下で勝手に動き、転移結晶を取り出す。今なら、まだユナと自分だけでも助かる……。他の九人は恐らく全滅してしまうだろうが、ユナが死ぬという最悪の事態だけは避けられる……。
そう、考えていた時だった。
「エーくん……お願い、ボスを倒して……みんなを助けて!」
彼女が……ユナが、リュートをかき鳴らしながら走り出した。
全員にリジェネをかけた時よりも雄雄しく、明るい、太陽のような歌。
その音に釣られ、取り巻き全部が――二十匹もの取り巻き全ての視線が、ユナへと向かう。
この歌は、バフじゃない……モンスターのヘイト値を増加させるための歌……。
走りながら歌い続けるユナに、二十匹の拷問吏が殺到する。布装備のユナでは、あの数のモンスターに集中攻撃されたら三十秒と持たないだろう。
「ユナ――――ッ!」
守る、ユナは僕が、守る。
声を振り絞って叫びながら、幼馴染を助けるために地面を蹴る――ことができなかった。
がくん、とまるで石化のデバフを食らったかの如く、両足が……いや、全身が動かなくなった。三日前、迷宮区上部でスイッチの指示に従えなかった時と、全く同じ現象。
――動け! 動け動け!!
――僕は、死ぬのなんか怖くない!ユナを守れないなら、生きてても意味なんかないんだ!!
動かない口の奥でそう叫び、必死に身体を前にだそうとする。だが、靴底が石畳に貼り付いてしまったかの如く、足はピクリとも動かない。
全身の感覚が薄れていく。あらゆる色が褪せ、音が遠ざかる。
そんな僕の視界を
――鮮やかなまでの紅が、一陣の風となって通り過ぎた。
「……え?」
その風は、瞬く間に、躊躇無く拷問吏の群れへと突っ込むと、赤、青、緑……様々なライトエフェクトを撒き散らす。
誰だ……いや、
剣が、刀が、槍が、斧が、槌が。一振りするたびにその姿を変える様々な色を纏った武器を振るう、紅い少女。
あんなプレイヤー、パーティに居たか……?いや、あの姿、どこか見覚えが……。
「そこ! そこの……《KoB》! ボサッとしてないでとっととボスを倒す!!」
混乱し、思考が停止しかけていた僕を少女の叫び声が現実に引き戻す。
だけど……
「ゆ、ユナが……!」
「チャンターの女の子なら、無事だよ!! 《沈黙》デバフを食らってるけど生きてる!! さっさとボスを倒さないとまた取り巻きが出るよ!!!」
生きてる。ユナが、生きてる。
安堵した瞬間、彫像のように固まっていた全身が動くようになった。……そうだ、何をしているんだ僕は。彼女が、ユナが命を賭けて作ってくれたこの時間を、無駄に出来ない――!
「せやあああああああっ!!」
剣を硬く握り直し、盾を構え、残りHPが僅かになったボスへと突貫する。
そして――
◇
「た、倒した……」
アタッカーのソードスキルによってボスが爆砕し、軽快な音楽と共にログウィンドウが表示される。その表示を確認することもせず、一目散に倒れているユナへと駆け寄る。
「ユナ!!」
「……! ……」
パクパクと口を動かしているが、声が出せない様子の彼女に、慌てて懐から《咳止めポーション》を渡して飲ませる。けほっけほっ、と数回堰をした後、彼女は「助かった……」とじわりと涙を浮かべ安堵していた。
「馬鹿野郎……! 一人でモンスター全部を引き受けるなんて、死ぬ気か……!」
「あの時は、ああしなきゃって思ったの……。あの、えっと、ありがとう」
ユナは立ち上がると、ペコリと彼女を守るようにして立っていた紅い少女へと頭を下げる。
「その人の言うとおり、無茶しすぎ。そこの……ノーチラス、だっけ?君もリーダーなんだったらああいう時に思考停止しちゃだめ。取り巻きが現れたとき、アタッカー分散して取り巻きの数少し減らしてから立て直すとか、出来たでしょ」
少女の言葉が、ぐさぐさと身体に突き立てられて行く。そうだ……僕が判断を遅らせたせいで、結果的にパーティを半壊させ、ユナを危険な目にあわせてしまった。
僕がうつむき、悔やしさに歯を食いしばっていると「まあ……」と件の少女が髪をくるくると弄びながら
「私も、最前線から離れて久しいとはいえ、ボス部屋の広さと取り巻きの数の少なさに疑問持たなかったのも悪いし……。今回生きて戻れたんだから、次回から気をつけよう、ってことで」
照れくさそうに、そう言った。
今になってようやく気づいたが、この少女、街で突然パーティに参加してきた小柄なフードのプレイヤーだ。ボス部屋に突入するまでフードを被っていたのは見ていたから、中で装備を変えたのだろうか。なんにせよ助かった。彼女がパーティに加わってくれてなかったことを想像すると……やめておこう。もしもの話はあまり好きじゃない。
それにしても、やはりこの少女、そしてこの紅のコート……どこかで見覚えが……。
僕が記憶を辿っていると、「じゃあ、お疲れ」と言って少女が立ち去ろうと――
「待って!せめて、名前を!」
「……は?」
したその背中を、ユナがまるでおとぎ話に出てくるキャラクターのような台詞で引き止めた。
「……ぷっ。あはっ、あはははははは!!!」
そのユナの台詞が、何がおかしかったのか、少女はおなかを抱えて笑い始める。名前を聞いただけで突然ここまで笑われ、ユナは少し戸惑っていたが……。程なくして、笑いやんだ少女は
「その台詞、まさかまた聞くことになるとは思わなかったなぁ……」
と、目尻に浮かんだ涙を拭いながら
「アリス。私の名前はアリス」
そう名乗った。
待てよ……! 紅いコート、そしてアリスという名前……。聞いたことがある。数ヶ月前、突然最前線から消えたトッププレイヤーの――!
「まさか、《紅の戦姫》――!」
「ここに私が居たって事、誰にも言わないでね?それじゃ、お幸せに」
今度こそ、引き止める間もなく少女――《紅の戦姫》アリスは転移結晶でどこかへと転移していった――。
この日以降、攻略組ギルド《KoB》に二つの名が連ねることになる。
一つは、突発的な救助部隊を見事率いてこれを成し遂げた若き才覚《ノーチラス》
そしてもう一つは、彼の隣に立ち支える、貴重なエクストラスキルを持つ稀代の歌姫《ユナ》
両名の名が――
本来考えてたのは、アリスがノーチラスに《還魂の聖晶石》を渡して(使用済みだけど)死んでも大丈夫と思い込んだノーチラスがFNCを克服してユナを救う……って流れだったんですけど、ホープフルチャント見直してみたらそもそも時系列が12月より前だった!ということでこうなりました。
2018/9/27 頭上に名前表示されてるじゃんということでアリスのフードケープに認識阻害効果を付与
9/28 良く考えたら頭上には表示されないじゃんということで訂正。阻害効果はそのまま