SAOif 紅の戦姫と蒼の聖女   作:百合好きの獣

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コハルって、SAO発売以前からナーヴギア持ってたような台詞があるんですよね。いいところのお嬢様なんでしょうか。

2018/6/23 一部描写を追記、変更しました。


閑話 カジノでの一日

◇Side アリス

 

 ギャンブルの歴史を遡ると、最古の物は原始時代からあるそうだ。呪術師が聖なる枝や石を投げて占ったものが、賭け事の根源、トス・ゲームの始まりらしい。

 

 そこからコインやカード、ダイス、ルーレット等が登場し、文明が発展するとスロットマシーンといったものも出てきた。

 

 賭け事をする場として、日本では賭場というものがあった。海外ではカジノと、ギャンブルを行う場所というのは意外と多かったりする。

 

 それは現実だけでなく、ゲームの中にも存在する。国民的RPGにはほぼ全シリーズにカジノがあるし、オンラインで楽しむことが出来るカジノというのもある。

 

 このSAOも、そういった『カジノがあるゲーム』の一つだ。

 

 第十三層主街区《ルアンダ》。周囲を湖に囲まれた石造りの建物群の中に、その『カジノ』は存在する。

 

 七色の目に優しくないネオンを放ち続ける看板には大きく『CASINO』と書かれ、建物の左右から伸びる幾本ものビームライトがアインクラッドの天蓋をこれでもかと照らしている。

 

 もう夜の帳も居り切り、辺りは暗闇に包まれているというのにそこだけが異様に明るい。その光景を見て私は、現実のとある眠らない街を思い出した。

 

「改めてみると、すっごいねぇ」

「うん……ちょっと、入りにくいよね」

 

 この層を攻略していた時もカジノの存在は知っていた。朝は10時から開店しているので、早いうちから入ってみて受けられるクエストを調べたりしたことはあるのだけれど、こうして夜遅い時間に来るのは初めてだった。私自身興味はあったのだけれど、とある理由から実際に遊戯をしたことはこれまで無かった。

 

「お、アリスにコハルじゃねえか! お前らも来たのか!」

「クライン! 久しぶり~」

 

 煌びやかな装飾に呆気に取られていると、背後から声を掛けられた。振り向くとそこには無精ひげを携えた野武士面。風林火山のギルドマスターであるクラインが、片手を上げてこちらに近づいてきていた。

 

「おめぇらが居るってことは……やっぱりアレ狙いか」

「アレがどれを指してるのかわからないけど、リズに頼まれてさ」

 

 今回私達がここに来た目的は、もちろん遊ぶためじゃない。いや実際には遊ぶことになるんだけど、それは目的のための必要な過程というか。

 

 このカジノは、コルで専用のコインを買って、そのコインで遊び、増えたコインは景品と交換できるというシステム。だけどその景品というのがイマイチで、先に進めば普通に手に入るモノだった。それにコインも一枚100コルと馬鹿にならないので前線のプレイヤーは必要性を感じず、中層プレイヤーは敷居の高さから手が出せないという状況になり、カジノで遊ぶプレイヤーは殆ど居なかった。

 

 が、今私の目の前には次々とプレイヤーが店内へと入っている。その殆どが最前線のプレイヤーで、ボス攻略を何度も一緒にした顔見知りもちらほらといた。

 

 何故今になってここまで人が集まっているのか。それは、数日前に報告されたある情報のせいだった。

 

 曰く「カジノの景品が追加されている」と。その景品の中には未確認の素材アイテムや、各種結晶などの高級品、そしてプレイヤーメイドの品に劣らない武器や防具、アクセサリー等々。

 

 それを聞いた前線プレイヤー達は色めきたった。すぐさまカジノへと殺到し……そしてその交換枚数の高さに絶望した。

 

 新しく増えた景品で、一番安いものでも10万枚ものコインが必要だったのだ。コルに換算して1000万コル。

 

 果敢にも挑んだプレイヤーは居たが、その敷居の高さからすぐに挫折した。これが家庭用ゲームであればリセットマラソンをするなりで安全にコインを増やすことも出来ただろうが、これはMMORPG。そんな裏技は存在せず、リアルラックに頼るほかない。

 

 が、ここでもう一つ新しい情報が入る。カジノに出入りしているNPCキャラクターが、一斉に「3日後の夜が楽しみだ」と言い始めたのである。

 

 これは絶対に何かある、という事でこうして皆この時間帯にやってきたのだ。

 

 で、私達の目的はその新しく追加されたという未確認の素材アイテム。それを取ってきて欲しいとリズから頼まれたのだ。何故私にと問えば「あんたなら勝てるからよ」というよく分からないお言葉を頂いた。私なら勝てるってどういうことだろう。

 

「おめぇなら勝てるってーと……あー、なんとなく分かった気がするぜ」

「ほんと? 私カジノってゲームでしかやったことないんだけど」

 

 それもセーブ&ロードを繰り返しての安全策だ。特に運が良いって訳でもないし、ホントなんなんだろう。

 

「来たわねアリス! コハル!」

「あ、噂をすれば」

 

 私を呼ぶ声に顔を上げれば、店内に居たのだろうリズがぱたぱたと駆け寄ってきた。

 

「ねえリズ。アリスなら勝てるって結局どういうこと?」

「聞くよりも、実際に見たほうが早いわ。早速で悪いけど着いてきてちょうだい」

 

 そう言ってスタスタと歩き出したリズに誘われるまま店内へ。クラインは「じゃあオメエら頑張れよー」と中で分かれた。どうやらブラックジャックをプレイするらしい。

 

「わぁ……」

「すごい、ね」

 

 以前来た時とは大違いのその光景に言葉を失った。

 

 軽快な音楽が大音量で流されている店内は、大勢の人でごった返している。スロット、ブラックジャック、ポーカー……所狭しと並べられた各遊戯コーナーからは歓声、雄たけび、悲鳴の大合唱。NPCのバニーガールは忙しなく動き回り、一部の男性プレイヤーは鼻の下を伸ばして彼女達を眺めている。……そういえば、バニーガールの衣装が景品にあったはず。勝てたらこっそり交換してコハルに着てもらおうかな。

 

「ほらあんたらボサッとしてないで行くわよ。これだけ人がいるんだもの、すぐに席が埋まっちゃうわ」

「行くって、どこに?」

 

 そう聞いた私に、リズは「当然――」と胸を張り、言った。

 

「ルーレットよ!」

 

 

 

 

 

 

「なるほど……そういうこと」

 

 「ルーレットよ!」とドヤ顔で宣言されたときはどういう意味か図りかねていたけれど、いざその遊戯台を前にして合点がいった。

 

 ルーレットは、カジノでは定番のゲームの一つで、1から36と0という数字が書かれた、赤と黒で彩られた円盤に玉を投げ込み、どこに落ちるかを予想して賭けるゲームだ。これも他のゲームと同じで、運が大きな要素を占めるのだけれど……攻略法が存在する。

 

 チップを賭ける事が出来るのは、円盤が回転を始め、ディーラーがボールを投げてから数秒までの間。だからボールがどこに落ちるのかその間に見極めればいい。

 

 ただ、高速で回転するルーレットの数字と投げられたボールの軌道を正確に把握できればの話。それに、現実ではディーラーが投げるボールに緩急をつけたりするため更に難易度が上がる。

 

 けど、後ろから数ゲーム眺めていたけれどSAOのルーレットは全てAIがディーラーを務めているからかボールは一定のタイミング、力加減で射出されているように思えた。これならいけるかもしれないと、私は丁度空いた一席に座った。

 

 同卓していたプレイヤーがめいめいにベットをする中、私はただじっと回転する円盤を見つめる。……うん、見える。大丈夫。

 

 そしてボールが射出された。この軌道だと……32? かな。けどちょっと不安だ。一応隣の0にも賭けておこう。とりあえず様子見としてコイン1枚ずつ。当たれば18枚になって返ってくるとシステムがウィンドウで教えてくれた。

 

 私が賭け終わった瞬間、機会音声で「ノー・モア・ベット」というアナウンスが流れベットタイムが終了する。ボールは徐々に勢いを失っていき、3回ほど跳ねた後に赤の32に入った。

 

 後ろで観戦していたプレイヤーから「おおっ」という歓声が上がる。

 

「すごい! すごいよアリス!」

「ふふふ、あたしの目に狂いは無かったようね。さあアリス! がつんとやっちゃいなさい!」

 

 真後ろで見守っていたコハルとリズの声援に、頷くことで答えながら次のゲームを待つ。

 

 射出された玉は……うん、ここだ。

 

 事前に購入していたコイン1万枚を赤の7にオールイン。その瞬間、ざわっと周囲がどよめき、「正気か……?」「いや、まさか……」といった声が微かに耳に届いた。

 

 直後にベットタイムが終了する。カラカラと音を立てて転がる玉は吸い込まれるようにしてとあるポケットに収まった。結果は……赤の7。

 

「「「うおおおおおおおおおおおっ!?!?」」」

 

 一際大きな歓声が上がった。その声に釣られてか、何事かと野次馬も増えてきた。

 

 『Congratulations!』

 

 私の頭上に虹色のシステムメッセージが表示され、壮大なファンファーレが鳴り響いた。じゃらじゃらという効果音と共に、36万枚ものコインが目の前に堆く積まれていく。ってちょっと、前、見えないんだけど……。

 

「あは、は……勝てるとは思ってたけど、こうもあっさり大金が手に入っちゃうと乾いた笑いしかでないわね……」

 

 確かに。わずか2回のゲームでこんなに手に入れてしまうともはや笑うことすら出来ない。やらかした私も変な汗をかいたような気がしたし。

 

 私は「ふぅ……」と一つ嘆息すると、そっと席を立った。

 

「あれ? 止めちゃうの?」

「うん……これね、すっごく疲れる」

 

 集中すれば確かに数字は見えるのだけれど、相当神経を使うし、短い時間で玉の軌道も見切らなきゃいけないしで酷く疲れるのだ。凝り固まった気がする目頭を揉みながら、ウィンドウを操作してコインをストレージにしまった。

 

「あとね……」

 

 ちら、と卓に視線を送ると、座っていた全員が私に注目していた。その視線に乗る感情は疑惑と期待が半々くらい。

 

「これ以上やってると、私がどこに入るか見えてるってことバレちゃいそうだから」

 

 このゲームの攻略法は、玉の落ちる方法を見極めるだけじゃない。それが分かる人と同じ場所に賭ければいいのだ。そうすれば自分はほぼノーリスクで勝負に勝つことが出来る。

 

 ただ利用されるだけっていうのは嫌だし、なにより他の真剣に勝負しているプレイヤーに失礼だ。だからこれ以上私はルーレットをプレイする気にはなれなかった。

 

「目標枚数には到達したからさ、これでおしまいにしようかなって」

「なるほどね……まあ、あたしはあの素材さえ手に入れば文句はないわ」

 

 交換所にて35万枚で素材アイテム『エーテマイト純鉱石』を交換し、リズに手渡す。

 

「はいこれ」

「ありがと! じゃあ約束どおりこれで装備を作ってあげるわ。何が良い?」

 

 今回、リズから受けた依頼は今渡したアイテム『エーテマイト純鉱石』を手に入れること。その報酬としてそれを使用した装備を作ってもらう事になっている。

 

「じゃあね、コハル用の短剣がいいな」

「えっ! そんな、手に入れたのはアリスなんだし、悪いよ……」

「いいの。私は今使ってるこの剣がまだまだ現役だし。コハルが強くなってくれれば私も助かるしさ」

「うーん……わかった。ありがとねアリス」

 

 腰から吊るした愛剣をコツコツと叩く。少し悩んではいたけれど、自身の強化が私を助ける事になるということで納得したのだろう。コハルはリズと武器の相談をし始めた。

 

「私はちょっと他のところ見てくるね。終わったらメッセージ飛ばしてくれればすぐ向かうから」

 

 さて、イベントとなればあの黒いのの事だきっと来ていることだろう。どこぞにいるだろうキリトを探しに私はホールをうろつき始めた。

 

 

 

◇Side コハル

 

 

 

「さて……と」

 

 リズに武器の注文をしてから、私は一人でカジノをうろついていた。

 

 今回、目的のアイテムを手に入れられたのは全部アリスのおかげだ。それなのに報酬の装備は私が受け取ることになった。それに関しては、私の装備が良くなることでアリスの助けにもなるからと一応の納得はしたものの、貰いっぱなしというのも収まりが悪い。私達はパートナーなのだ。ただ寄りかかるだけじゃなくて、支えあいたいと私は思う。

 

 というわけで、何かお返しが出来ないかなと考えていたところ、交換所の景品の中に良いものを見つけた……のだけれど。

 

「コイン100万枚は流石に直ぐには手に入らないよね……」

 

 その交換枚数の高さに私はため息をこぼす。

 

 手持ちのコインはなにかあるかもと私も購入しておいたコイン100枚のみ。しかし増やそうにもルーレットは先程のアリスの影響で大混雑しているし、ブラックジャックやポーカーはよく分からないし……と迷っていたところである機械が目に付いた。長方形の箱についた、棒のようなものと3つのボタンらしきなにか。その上にはいくつかの図柄が均等に並んでいるそれは、スロットマシンと呼ばれるゲーム機だった。

 

 あれをやってみようかな。

 

 とりあえず、試しに少しだけやってみて、それでダメそうなら他のお返しを考えよう。

 

 スロットマシンはほぼ満席だったのだけれど、何故か1つだけ空いていた台に座る。えっと、このボタンを押して、レバーを引いたら真ん中の絵――リールというらしい――が回るんだね。それで、絵が揃ったらその絵に応じてコインがゲットできると。

 

 よし、と緊張で震える手でボタンを押して――ってあれ!? コインが100枚全部無くなっちゃった! もしかして、これ1回やるのにコイン100枚も必要なの!? どうしよう、全然見てなかった……。

 

 払い戻しは効かないらしく、私は一度深呼吸して覚悟を決めてからレバーをえいやっと引き下げた。

 

 テレレレンというゲーム1回にコイン100枚も使用させるとは思えないほどの軽い効果音が鳴り、リールが回転を始めた。アリスならこの絵も見極められるんだろうけど、私にはさっぱり何が流れているのかが分からなかった。

 

 お願いします……何でもいいから揃って!

 

 祈りをこめて、左のボタンを押す。よく分からないけれど、犬と鈴と棒のマークが止まった。

 

 続けて、真ん中のボタンを押す。赤い7の数字と、鈴とさくらんぼ? が止まった。

 

 これで、右に鈴が止まれば揃う! バクバクと早鐘を打つ心臓を深呼吸で落ち着かせながら、思い切って一番右のボタンを押した。止まったのは、犬と鈴と……よくわからないモンスターのデフォルメ絵。

 

 そ、揃った! よくわからないけど鈴の絵が真ん中一列に揃っており、それを示すかのように点滅した。

 

 と思ったのも束の間。ジャラジャラという音と共に台からコインが払いだされた。その数は……1500枚!? わ、凄い! 一気に15倍になった!

 

 でもこのゲーム、心臓に悪いな……もうやめておこう。アリスへのお返しはリズと相談して決めよう。

 

 と、思っていたのに。

 

 立ち上がるため、台に手を置いたその位置が悪かった。私の手はベットボタンに触れてしまい……今度はコインが300枚消費された。

 

「えっ!? 何で!?」

 

 このゲーム1回100枚じゃないの!? 慌ててヘルプを起動してみると、私が触れたボタンはマックスベットボタンと言って、1ライン100コインのこのゲームに最大のベット数――リールのラインは全部で3つあるので×3で300枚だ――を一度にベットしてくれるボタンだったらしい。

 

 一気に消費された300枚のコインに愕然としながら、私はストンと椅子に腰を下ろした。払い戻しが効かないから、もう一回やらなきゃ無駄になっちゃう……。

 

 あの心臓に悪いゲームをもう一回やらなくちゃいけないの……とキリキリと胃が締め付けられうような幻痛を覚えながらも震える手でレバーへと手を伸ばす。

 

 うぅ……こんなことなら最初からやってみようと思わなければよかった。

 

 今更になって、何故この台だけが空いていたのかが分かった。他の埋まっている台は、1ライン1コインや、10コインのものばかりで、100コインも使用する台はこれ1台のみ。

 

 それは皆この台を避けるよね……。よく分からないままこんな高レート台に座ってしまったちょっと前の私を恨みつつ、思い切ってレバーを引いた。

 

 その瞬間。

 

 プチュン、とテレビの電源を切った時のような音と共に台の照明が落ちた。

 

「……え?」

 

 何? 何が起こったの?

 

 訳もわからず呆然とする私を他所に、台のリールはそのままゆっくりと逆方向に回転し始めた。

 

 まさか。

 

 まさか、壊しちゃった!?

 

「ど、どうしよう……!」

 

 やってしまったと涙目になりながら周囲を見渡すと、私を探しに来たのだろう、こちらへと歩いてくるアリスと目が合った。

 

「アリス!」

「やっと見つけた。なにやってるのさもう」

 

 ぷくっと頬を膨らませて怒った風なアリスが可愛くてちょっとだけ落ち着いた。けど、リールは未だにゆっくりと逆回転をしていて、一向に直る気配が無い。

 

「こ、壊れちゃった……! どうしよう……!」

「えぇ……? どういうこと?」

 

 私はアリスに事情を説明した。一度やってみたけれど怖くなって止めようと思ったら、間違ってもう一回ベットしちゃったこと。そしてレバーを引いたらこうなってしまったこと。

 

「えっと……これはどうなんだろう……演出、なのかな」

 

 いつのまに合流していたのだろう、先程はアリスにばかり目が行って気がつかなかったけれど、その隣にはキリトさんとアスナが居た。アスナはよく分かってないみたいでぽかんとしているけれど……キリトさんは何か知っているのか顔を引きつらせていた。

 

「いや、問題ないよ。壊れてなんかいないさ……むしろおめでとうってところかな」

 

 見ててごらんというキリトさんに従って、私は台に向き直った。心細いのでアリスにはすぐ側に居てもらっている。

 

 ゆっくりと逆回転をしていたリールは一度ぴたりと止まるとそのまま通常通り回り始め……そのまま一斉にぴたりと止まった。

 

 図柄は全て、赤い7で埋め尽くされていた。

 

『おめでとうございます! プレイヤー名コハルさんがジャックポットを達成しました!』

 

 ジャック……ポット……?

 

 突然、フロア全体に鳴り響いたアナウンスと同時に、盛大な……先程のアリスの時よりも更に豪勢なファンファーレが爆音で流された。

 

 台からは、本当に壊れるんじゃないかという勢いで滝の様にコインが放出されている。それは床に落ちるたびに消えていきストレージに入っていった。

 

 獲得したメダルの放出が全て終わった時、私の頭上にはこう表示されていた。

 

『Win! 999,999,999Coin’s』

 

 いち、じゅう、ひゃく……999万……枚……

 

 私は意識を手放した。

 

 

 

◇Side アリス

 

 

 

 コハルジャックポット事件から数日後、依頼された物が完成したということでコハルはリズの店に装備を取りに行っている。

 

 コハルが引いたジャックポットは、存在は知られていたものの、どうやったら成立するのかは長らく不明なままだった。それをコハルが一度引き当てたことで情報がNPCから開示されたそうだ。

 

 ジャックポットの条件とは、100コインスロットにて特定の確率を引くこと。その確率は――実に、100万分の1。

 

 なんの冗談かと思うが、それは確かに今まで一度も引いたことがある人が居ないわけだと納得した。レア中のレアアイテムと呼ばれる、幻のラグーラビットの肉を手に入れるよりも遥かに低確率な条件を潜り抜けて得られるものは、今までの全プレイヤーの投資コインの総取りだ。

 

 誰かがコインを消費してゲームをするたびに、その消費されたコインはカジノ中央にあるジャックポットゾーンへと集約される。このゲームが始まってから少しずつ溜まっていったそのコインは、景品が増えてからや、この前のカジノイベントで訪れた多くのプレイヤーによって爆発的に増量し、上限額の999万枚の払い出しとなったわけだ。

 

 今手元にあるカジノコインはおよそ900万枚。私の持っていた残りの1万枚とあわせて1000万枚あったのだけれど、コハルは景品を二つほど交換すると後は手をつけず私に預けた。

 

 このコインどうしようかなぁ……。突然降って湧いたものだから扱いに困るというか……宝くじで高額当選した人ってこんな気持ちなのだろうか。

 

 とりあえず、このコインの使い道はコハルと相談して決めよう。たぶん、結晶アイテムとかと交換して攻略に役立てるのが一番だと思うんだけど。

 

「ただいまー」

「あ、おかえりコハル!」

 

 そうこうしている間にコハルが帰ってきた。ぱたぱたと駆け寄って出迎える。

 

 戻ってきたコハルは心なしかニコニコとしていて機嫌が良さそうだった。そんなに良い装備が手に入ったのかな?

 

「ね、ね、アリス。プレゼントがあるんだ」

「プレゼント?」

 

 何か贈り物をされるような事なんてあったっけ?

 

「うん、装備私に譲ってくれたでしょ? だから、そのお礼」

「え、そんな。いいのに」

 

 私は装備に困ってなかったからコハルに渡したのに、そのお礼だなんて恐縮してしまう。が、コハルはにこにことした顔を崩さないまま私にある物を手渡してきた。

 

「これって……指輪?」

「うん。景品にあった『アレクサンドライト稀石』っていうのを使って作ったの。大分前だけど、遺跡で宝石をくれたでしょ? それの鉱石アイテム版なんだって」

 

 渡された指輪は、細いシルバーリングの装備品だった。先端にはプリンセスカットにされた翠玉色の宝石が、精巧な銀細工の台座に填まっていて光を反射し輝いている。タップして情報を調べてみると『ソウル・オブ・エメラルド』という名前が表示された。

 

「綺麗……でも確か、あの時の宝石ってみる角度で色が変わるってやつじゃなかった?」

「うん。けどこの石は加工するときに色を選べるんだって。それでね……」

 

 ウィンドウを操作したコハルの手元に、もう一つ同じデザインの指輪が出現する。しかし私のと違い、収まっている宝石は鮮やかな赤色をしていた。

 

「これも、同じ石で作ってもらったんだよ。名前は『ソウル・オブ・ルビー』」

 

 同じ石でも、違う装備が作れるなんて……。それにしても

 

「どうして指輪にしたの?」

 

 アクセサリーにするなら、ネックレスやブレスレットなど他にも選択肢はあったはずだ。なのに何故指輪にしたのだろうか。

 

「それはね――」

 

 そう言ってコハルは私の手を取り、『ソウル・オブ・エメラルド』を……私の左手の薬指に通した。

 

「アリス、好きだよ」

「コハ……ル……」

 

 恋愛の知識が無いとか、鈍い私でもこの意味は分かる。

 

 左手の薬指、そこに指輪を嵌めるその意味を。

 

「これは、私とアリスの結婚指輪。随分時間が経っちゃったけど、やっと満足な物が渡せたよ」

 

 ふわりと微笑んだコハルを見た瞬間、胸の奥がきゅうっと締め付けられるような感覚がした。全身の血液が沸騰し、それは頭へと収束していく。手足がふるふるわななき、温度が失われていく。それもそうだ。身体に熱をもたらしている血が全部頭に行っているのだから。もちろんこれはゲームの中で、身体を構成しているものは0と1のデジタルデータでしかないから気のせいだと言われればそれまでなのだけれど、それでも確かに、私の心は情動に激しく揺れ動いていた。

 

 すぅっと、熱を帯びていたはずの私の顔が、瞳から頬にかけての一筋だけが冷まされた。それが何なのか確認もしないまま、心に突き動かされるままコハルへと飛びついた。

 

「あ……あり……ぐすっ……ありがとう……コハル……」

 

 涙は瞳から出た血液だという話をテレビで聞いたことがあったけど、なるほどその通りだと思う。体中から集められた血が、行き場をなくして漏れでてしまったのだ。ダムが崩壊するように、水風船に穴をあけたようにとめどなく溢れ続けるそれは、ついには目だけじゃなくて鼻からも溢れてきた。

 

 ぽつと芽吹いたその感情が、集められた血で成長したかの如くどんどんと膨れ上がっていく。それは歓喜。それは感動。二つの感情がせめぎあい、頭の中を支配していく。目の前の愛しい存在に、埋め尽くされていく。

 

 ぐしゃぐしゃの顔を見られるのが恥ずかしくて、せめてもの抵抗と胸に顔を埋めるのが精一杯だった。

 

 そのほんの僅かな理性も、優しく頭を撫でるコハルの手によって綺麗に吹き飛ばされた。

 

「ふふ……泣くほど嬉しかったの? だったら私もすっごく嬉しいな」

「だって、だってぇ……」

 

 ついに頭の中が埋め尽くされて、語彙能力すら失われてしまったようだ。ただひたすらに、本能が求めるがままコハルを強く強く抱きしめる。

 

 やがて、際限なく大きくなる感情がその形を変える頃、言葉になって零れた。

 

「好き……」

「うん?」

「好き! 大好き! ……コハルッ!」

 

 涙で滲む視界でうっすらと捉えたコハルの顔は、みるみるうちに真っ赤に染まっていった。

 

「は、反則……」

 

 ぼそりとコハルが何かを呟いた気がしたけれど、体中から湧き上がる激情に振り回されている私には聞き取る余裕なんて無かった。

 

「ねえアリス、私にも嵌めてくれる?」

 

 こほん、と咳払いをした後、やや上擦った声でコハルは私に紅玉の指輪を手渡してきた。

 

「……うん!」

 

 まだ涙は止まらない。声も震えるし、視界は不明瞭だ。

 

 それでも、差し出されたコハルの華奢な手をしっかりと取って、そっと指輪を嵌め込む。

 

 ぴたりと嵌まったその指輪は、私達を祝福するかのようにきらりと一度瞬いた。

 

「んっ……」

 

 堪えきれずに再び抱きつき、コハルの唇に自身のそれを少し乱暴に押し付けた。

 

 自分からしたのはこれが初めてだったのだけれど、もうそんな事はどうでもよかった。

 

「コハル……私、今すっごく幸せだよ……」

 

 私の突然の行動にびっくりしていたコハルだけれど、すぐに微笑み、言った。

 

「私もだよ……アリス、これからも、末永くよろしくお願いします」

 

 コハルの顔がゆっくりと近づいてくるのを見た私は、そっと目を閉じ受け入れたのだった。




◇オリジナル設定

・カジノについて
 ドラ○エやF○のカジノを思い浮かべていただければ。カジノで稼いでメタキン剣を手に入れて俺TUEEE!は、リセマラが出来ないため断念者続出。かつ、十三層到達当時に交換できる景品は先に進むか少し頑張れば手に入るものであり、プレイヤーメイドには劣っていたため利用者は娯楽目的のプレイヤーしかいなかった。アリス達が訪れた日はイベント日となっており、一部遊戯の当選確率が緩和されていた。
 キリトは他のMMORPGで似たようなカジノで遊んだ事があり、コハルのフリーズ演出をおおよそ把握したがジャックポットだとは思わず、アナウンスの後「マジで?」と呆けていたという。

・鉱石アイテム
 インゴットに出来るものは装備に、宝石になるものはアクセサリーへと加工できる。このことからリズは1つ50万コインの宝石よりインゴットにできる『エーテマイト純鉱石』を欲しがった。

・アレクサンドライト稀石
 5層で手に入るAランク鉱石の未加工版。換金アイテムだったものと違い、加工してアクセサリーにする事が出来る。1つ50万コインにて交換可能。

・指輪の性能
 選択した性能により上昇するステータスと宝石の色が変わる。アリスは敏捷に+35の補正。コハルは生命力に35の補正が掛かる。アリスには実用性も兼ねたエメラルドを渡したが、コハルはアリスのイメージカラーである赤色にしたかったためルビーを注文した。リズベット謹製の一品。(圏内事件で登場したレア指輪を参照に能力を設定しました)
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