ALO編開幕です ただ、あくまでも本編は完結しているためここから先は蛇足となりますのでご容赦を
妖精達の闘舞
――ソードアート・オンライン
一万人もの意識を閉じ込め、その内約四千人もの命を奪った空前絶後の大事件。
その事件は、およそ二年の月日を経て終息した。
一人の少年と、一人の少女の活躍によって。
それから、二ヶ月が経過した。
二○二五年 一月――
SAO事件と呼ばれる、今世紀最大の殺人事件からの生還者は皆、現実世界への帰還と、復帰を果たしていた。
心に大きな傷を負ったものの、それぞれがどうにか折り合いをつけ、日常へと帰っていく。
五千七百八十一人。
それが、現実世界へと帰還することの出来た人数だ。
事件解決から二ヶ月。
約三百人のプレイヤーは未だ、目を覚まさない。
その中には、ゲームをクリアに導いた少女の姿もあった――
◇
桐ヶ谷和人――SAO事件をクリアに導いた英雄たる彼は、ゲーム内で知り合った友人――エギルから齎された情報に活力を取り戻した。
彼の想い人であるアスナ――彼女もまた、事件解決後に目を覚まさなかったプレイヤーの内の一人だった。
しかし、エギルから送られてきた写真には、画質こそ粗いもののアスナ本人であると思える人物が写っていた。
それは、アルヴヘイム・オンライン。ALOと呼ばれるゲーム内でのスクリーンショットだった。
確かめに行かなければならない。そのまま和人はすぐさま自宅へと引き返そうと踵を返し――ふと、足を止めた。
もし、ここにアスナが居るのなら、あいつもこの世界に閉じ込められているのかもしれない。
確証は無い、根拠も無い。けれど、無関係とも思えない。
菊岡と名乗る男から、知り合いだった人物の連絡先をひとしきり聞いておいて良かったと、思った。
和人は懐からスマートフォンを取り出すと、一人の少女へとメッセージを送った。
剣の世界で、幾度も共に戦った少女へと――
◇
秋葉原駅から電気街口を抜け、一分も歩かない内にある、静かな雰囲気の喫茶店を待ち合わせ場所に指定した。
メッセージによると、彼女はこの辺りに住んでいるらしく、丁度和人もエギルの店に訪れる為御徒町までやってきていたので丁度いいという事になった。
階段を降り、店員に待ち合わせてあると言う事を伝え店内へと入る。
昼時な為か、店内は少し煩雑としていたが――居た。
彼女もこちらに気づいたらしく、控えめに手を振ってきた。こちらも軽く手を上げながら、彼女の向かいの席に腰を落ち着ける。
「えっと――始めまして、ですよね?」
「ああ、こっちの世界では始めましてだな――コハル」
少女の名前は、コハルと言った。
あの世界で幾度も戦場を共にし、そして生還した少女だ。
コハルは和人の顔をしげしげと眺めると、やっぱりと呟いた。
「向こうで見たキリトさんの顔とは少し違いますね」
「まあ、アバターは成長しないからな……寝たきりだったから筋肉も大分落ちたし」
コハルの顔も、あの世界で見たものよりも幾分か痩せているように思える。まあ、もとより線の細い彼女はそこまで大きな差異があるわけではなかったが。
そこでふと、キリトは違和感を覚えた。何かが違うような気がして、すぐに思い当たった。
「そういえば、目の色は普通なんだな。向こうじゃエメラルドグリーンだったと思うけど」
彼女のアバターは、黒髪のセミロングでエメラルドグリーンの瞳をしていた。その瞳の印象が強くて《蒼の聖女》だなんて二つ名が付けられていたほどだ。
だが今、現実世界の彼女は黒髪黒目であり、およそ日本人然とした容姿をしていた。
「えと、あのゲームが始まった時、現実世界の姿にされましたけど……目の色や髪の色はアバターとして設定していたものがそのままだったんです。初期段階で設定できる色は少なかったんですが……」
「ナーヴギアも色素までは判別出来なかったのか。いやまあ、目の色が緑色っていうのも日本じゃそうそうお目にかかれないもんな」
SAOでは、初期段階のアバターで設定できる色は黒や茶色等地味な色だけだった。目の色に関しては赤や青、緑など複数パターンあったが、それでも派手な色や微細な色違いなどは無かった。青い髪やピンクの髪、オッドアイなどはゲーム内のアイテムを使用しなければ変更できないようになっていたのだ。
得心がいったという風に和人が頷くと、コハルはおずおずと口を開いた。
「それにしても、びっくりしました。突然知らないアドレスから『アリスの事で話しがある』だなんて……」
コハルに届いたメッセージは実に簡素なものだった。件名にはキリトという名前のみが記載され、本文はたった一文。
それを指摘されると、キリトはばつが悪そうに頬を掻いた。
「悪かったって。俺も焦ってたっていうか……余裕が無かったんだ」
その様子にコハルはくすりと笑うと、すぐさま表情を引き締めた。
「それで、話って……?」
「まず、アリスの事だけど……彼女が今どこにいるかは知ってるか?」
キリトが聞くと、コハルは辛そうに表情を歪めながら首肯した。
「まだ、目が覚めてないんですよね……。SAOはクリアされたのに……」
「どこで眠ってるかは?」
コハルは、今度は首を横に振り否定した。
「そこまでは……」
「そうか……」
訪れる、気まずい沈黙。今度はコハルから口を開いた。
「まず……ってことは、他にもあるんですよね?」
「あ、ああ……こいつを見て欲しい」
和人はショルダーバッグから一枚の写真を取り出して、コハルへと手渡す。受け取ったコハルはその写真を眺め、はっと息を呑んだ。
「これって……アスナ……?」
「……そうだ。それで――」
和人はバッグからもう一つ取り出した。ゲームのパッケージだ。
深い森の中から、巨大な黄金色の満月が覗いている。それを背景に、一人の少年と少女が剣を携え飛翔している。二人の背中からは、透明な羽のようなものが生えていた。
「このゲームで撮られたスクリーンショットらしい」
「アルヴ……ヘイム?」
「そう。アルヴヘイム・オンライン。ALOって略されてるらしいけどな……SAOと同じ、VRMMOだよ」
コハルはパッケージの上隅に描かれたロゴに目をやった。そこには《AmuSphere》――アミュスフィアと書かれている。
「アミュスフィア……ナーヴギアの後継機ですよね」
「俺達がSAOに閉じ込められてから、半年後に発売されたらしい。今じゃあ完全にシェアを独占してるよ」
コハルは複雑そうな表情で、その二つのリングを象ったロゴマークを眺めた。
自分達を閉じ込めた、悪魔の機械とも呼ばれたナーヴギア。あれほどの事件を起こしておきながら、フルダイブ型ゲームマシンを求める声は多かった。
そうして『今度こそ安全!』と題されて大手メーカーから発売されたのがこの、アミュスフィアだった。コハルもその存在は、現実に帰還してから何度も耳にしていた。だが、もう同種のゲームをやるつもりは無かったため、聞き流すに留まっていた。
「もしかして、アリスもこの世界に――?」
僅かに見えた希望に、縋るような視線でコハルは和人を見た。だが、和人は首を振って否定する。
「分からない――っていうのが本当だ。だけど、その可能性はある。それに、手がかりぐらいなら見つかるはずだ」
和人は、ここに来る前――アスナの眠る病院で交わした須郷との会話を思い出していた。
アスナが昏睡状態であることを利用し、婚姻を結ぼうとしているかの男はこう言っていた。
『明日奈の命は、今や僕が維持していると言っていい』
SAOの運営会社であるアーガスはその後解散し、サーバー管理はあの男の所属する部署に置かれている。
そして、アスナの姿があったというこのゲームは、須郷の務める会社――レクトの子会社が運営している。
これが果たして偶然だろうか。
「コハル。あの事件から生還したばかりの君に頼むのは、正直言って気が引ける。だけど――手伝ってくれないか? アスナを……あいつらを取り戻すのに」
「わかりました」
即答だった。迷いの一切も無く、コハルは頷いた。
「じゃあ、まずはこのゲームを手に入れないと……。あ、そうだアミュスフィアもだね。そうするとこのまま買い物に行って――」
すらすらとこの後の計画を立て始めるコハルに、和人が逆に狼狽した。
「い、いいのか? 自分でも相当酷いこと言ってると思うんだけど……。デスゲームに閉じ込められた人間に、もう一度フルダイブしろだなんて……」
コハルは思考を中断して、きょとんとした顔をするとすぐに破顔し、言った。
「それはキリトさんも同じですよね……? それに、私、どうしてもアリスに会わなくちゃいけないんです。その為にはなんだってしますよ」
「どうしても?」
和人が聞くと、コハルは笑いながら、答えた。
「私、まだアリスの名前を聞けてないんです」
◇
「さて、と……」
キリト――名前は桐ヶ谷和人さんというらしい――と別れた後、すぐさまアミュスフィアとALOのパッケージを購入し、自宅へととんぼ返りを果たした小春は、アミュスフィアに初期インストールだけを済ませPCデスクの前に腰掛けた。
あの後、キリトと計画を立て、小春はキリトがアバターを作るまで情報収集をするという事になった。
PCを立ち上げ、ブラウザを起動する。
あの世界に閉じ込められる前まで、動画サイトを視聴するか、通販サイトを利用するしか使わなかったPCは、帰還した後は情報を集めるために幾度と無く使用していた。
全ては、アリスと再び会うために。
残念な事に、結果は芳しく無かったけれど、今回思いがけないところから希望が見えた。
もし、あのゲームの中にアスナが閉じ込められているのなら、アリスも同じゲームに閉じ込められている可能性がある。
ALOを運営する《レクト・プログレス》は、SAOを運営していたアーガスの後釜であるレクトの子会社なのだ。聞けば、SAOを稼働させていたサーバー群は全てレクトガが引き継いでいるという。そこには絶対に、何らかの繋がりがあるはずだと思えた。
キーボードを、淀みの無い動きで叩き、次々とページを切り替える。このタイピング技術も、向こうの世界で幾度と無くホロキーボードを叩き続けて得た賜物だった。
アルヴヘイム・オンラインは、スキル制の、プレイヤースキル重視、PK推奨のハードな世界観らしい。それでもこんなコアなゲームが人気を博しているのは、空を飛べるから。
広大な世界を、自分の意思で自由に空を飛べるというのは、なるほど人気が出るわけだと納得する。
完全スキル制というのには、少し救われた。初期から始めなくてはいけない私たちは、悠長にレベルを上げている時間などないのだから。
プレイヤースキルも、SAOで経験した事が役に立つだろう。さらに、あの世界では最強の一角だったキリトもいるのだから。
小春は、詳細な情報を載せている攻略サイトをいくつか見つけ、猛烈な勢いでスクロールしはじめた。
SAOとALOとの違い、それは魔法があるかないかの違いだ。
SAOでは遠距離攻撃の類や、魔法といったものはプレイヤーは持ち得なかった。だが、ALOではそれを普通にプレイヤーが使用してくる。その差異は、攻略において障害になるであろうことは想像に容易かった。
その為、魔法に関する知識を得ることは必須だった。PK推奨ということは、プレイヤーに襲われる事が想定される。モンスターに関しては避けて進めばいいとしても、プレイヤーに関してはそうもいかない。いざというときに未知の攻撃をされるより、例え自身が使えなくても、その知識があるに越したことは無かった。
ひとしきり情報を集め終え、凝り固まった身体をほぐすように伸びをすると、ポーンというメッセージの着信音が響いた。
差出人は、キリトからだった。
内容は、これからシルフ領へと向かうからそこにあるホームタウンで落ち合おうというものと――不測の事態が発生し、同行者が増えたということだった。
不測の事態ってどういうことだろうと思いながら、小春は向こうで聞けばいいかと思い直し、ベッドへと腰掛ける。
そしてベッドに付属しているデスクから、円環状の、以前ではヘッドマウントディスプレイと呼ばれていた機械のようなシルエットのアミュスフィアを手に取る。
ナーヴギアに比べ、随分と華奢なデザインのそれを一つ撫で嘆息する。
また、あの世界に行くのか――
はっきり言って、怖い。安全性は確認されているものの、やはりあのデスゲームを経験したからには恐怖が勝ってしまう。
だけど、ここで臆するわけには行かなかった。
そんなことよりも、アリスともう二度と会えないことの方がよっぽど怖い――
意を決して、アミュスフィアを装着し、ベッドに横たわる。スプリングが軋み、自重を支えるのを感じながら鍵言を口にした。
「リンク・スタート!」
瞬間、視界は暗闇に包まれた。
――さあ、行こう。もう一度、あの世界へ――
◇
「ん……と、ここがシルフ領なのかな……?」
全ての接続過程を経て、アバターを選択し(九つの種族から選ぶのだが小春はシルフを選んだ。選んだ種族のホームタウンから開始されるので、シルフ領で待ち合わせるためだ)視界が色を取り戻すとそこはまさに光の街といった様相だった。
尖塔がそこかしこに建ち並んでおり、それらが空中回廊で複雑に繋がり合っている。
建造物は多少の差異はあれどそれぞれが皆ジェイドグリーンに光を放っており、夜闇をぼぅっと照らす様はまさに幻想的の一言に尽きた。
「わぁ……、SAOとはやっぱり違うんだ……」
その最たるものは街を行き交う人々の姿だった。誰も彼もが色鮮やかな髪色をしており、なによりも長短の差はあれど耳が鋭角に尖っている。
しかしコハルはその光景に見覚えがあることも確かだった。
「まるで、エルフの街みたい」
SAOのキャンペーンクエストで、数度訪れたエルフ領。その中で見た光景と今見ている光景はどこか似ているようにも思えた。
ちくりと胸を寂寥感が刺した。あそこで友好を結んだエルフのNPC達とはもう二度と会うことは出来ないのだから。
「……っとと、いつまでも寂しがってちゃいけないよね」
意識を切り替えるように頭を振りながら、小春はそう一人ごちた。
最近、独り言が増えた気がする。
現実に帰還するまでは、常に隣に彼女がいたから、その反動かもしれないと小春はそう結論付けた。
コハルは現在地を確認しようと、右手を振ってシステムメニューを呼び出そうとした。しかし何の反応も無かったことに首を傾げ、すぐにALOではメニューを開くのは左手だったと思い出した。
改めて左手を振ると、聞きなれたSEと共にメニューが宙空に出現した。慣れた手つきで最下層へとスクロールすると、そこには【LOG OUT】の一文があった。
その文字にほっと胸を撫で下ろし、次いでマップを開いた。どうやらここは《スイルベーン》という街らしい。
そこではた、とコハルは動きを止めた。そういえば、ホームタウンで待ち合わせるとは言ったものの具体的にどこで待ち合わせるといった約束はしていなかった。
一度ログアウトしてメッセージを送ろうかとも考えていた時、頭上から誰かの叫ぶような声がした。
「そ……そんなバカなぁぁぁぁぁぁぁぁ――」
黒い何かが、猛スピードで塔の一つに接近し、直後派手な音と共に激突した。
あぁ、探し回る必要も無さそうだとコハルは苦笑しながら歩を進めた。今しがた墜落した、黒衣の剣士の下へと――
・SAOにおけるアバターの髪色、瞳色の設定
オリジナル設定。初期アバターは最初に用意されているいくつかの色から髪色、瞳の色を設定できる。また、ゲーム内にある色変更アイテムを使用することで更に鮮やかな色にすることもできる。
デスゲーム開始時、手鏡アイテムを使用することで現実と同じ姿になりましたが、ナーヴギアの発する信号素子では色素情報までは検知することが出来なかったため、髪色、瞳の色だけは最初に設定したアバターのものが流用されています。
コハルの目が緑色なのって、普通に考えておかしいよね? ということで生まれたこじつけ。コハルがハーフである可能性はありますが……。
アニメや小説ではきちんと現実の姿であろう髪色に戻っていましたが(例:クラインが元のアバターだと赤髪で、手鏡使用後は茶髪等)この作品ではそういう設定ということで一つ
・キリトがコハルの連絡先を知っていた件
この世界線では、キリトは知り合いの名前と住所ではなく連絡先を手に入れています。思いっきり個人情報の住所は、さすがに菊岡さんでも教えないと思うの……。なので、SAOにアカウント登録する際に入力したメールアドレスと、名前情報を手渡しています。