鉱山都市ルグルーは、その名の通り鉱山の内部にある中立都市だ。
山の中腹あるダンジョン――洞窟を抜けるとその姿を目にする事が出来る。
ぱっと開けた視界の先には、広大な天井に届きそうなほど巨大な城門があり、そこへ続く道は橋の一本のみ。眼下には青黒い湖が静かに揺れていた。
湖の下に何かあるのか、湖面はところどころがおぼろげに光っており、ルグルーが発している光も含め鉱山内部だというのにほんのりと明るかった。
リーファは後ろを振り返る。まだ追っ手との距離は離れている。このままルグルー内部へと潜り込んでしまえばこの鬼ごっこは自分達の勝ちだと少しの安堵息を吐いた。
その瞬間、後方から頭上を通り過ぎるように光点が放たれた。特徴的な輝きと効果音は魔法の起動弾のそれだった。サラマンダー達の苦し紛れだろうか? だとすれば随分と狙いが逸れている。
光点はリーファたちの前方十メートル程に着弾し――橋の表面から行く手を阻むように巨大な岩壁がせりあがってきた。
「やばっ……」
「うそっ……」
リーファは舌打ちを一つ、翅を広げ急制動をかける。隣ではコハルも同じように急ブレーキを取っていた。
だがただ一人キリトだけはそのままのスピードで岩壁へと突っ込み、いつの間に抜刀していたのか巨剣を思いっきり叩き付けた。
しかし――
「うぉっ!?」
ガツッという重い響きと共にキリトは弾き返され、そのまま尻餅をついた。岩壁には傷一つ付いていない。
「ムダよ、これは土魔法の障壁だから物理攻撃じゃ到底破壊できないわ」
「もっと早く言ってくれ……」
キリトは恨めしそうな顔でリーファを見ながら起き上がった。
「高位の攻撃魔法を何度か打ち込めば壊れると思いますけど……その前に追いつかれそうですね」
背後を振り返ると、サラマンダーの集団とおぼしき灯りが橋のふもとまでたどり着いていた。もう数分もなく完全に追いつかれるだろう。
「飛んで横を抜けてくのは?」
「残念だけどここはまだダンジョン内扱いで飛行は禁止なのよ」
「湖に飛び込むのは……ダメそうですね」
「この湖には超協力な水竜型モンスターが棲んでるらしいのよ。ウンディーネの援護が無い状態で水中戦は無謀だわ」
「じゃあ、戦うしかないか……」
ガシャリとキリトが巨剣を構えた。リーファも隣に並んで腰の剣を抜き放つ。
三対十二。絶望的な差だ。さらに数的不利なだけでなく、装備の質から向こうは先日戦ったサラマンダーよりも更に上位プレイヤーが混ざっているように見える。
どこまでやれるかな……とリーファが考えていると、コハルが静かに口を開いた。
「リーファさん、ごめんなさい。今回は回復役に回ってもらえますか?」
「え? いいけど……じゃあコハルさんが前に立つの?」
「いいえ、私も支援に徹します。前衛はキリトさんだけになりますが、得物が得物なのでこの狭い橋の上だと前衛1後衛2の方が戦いやすいはずです」
リーファは回復役は性分ではなかったが、コハルの言い分にその通りかと思い直し後ろへ下がる。キリトが前を向いたままサムズアップしてみせた。
「肉壁は任せとけ」
「見た感じ、敵は前衛が3残りが後衛……だとすると……」
そうこうしているうちに、目前にまでサラマンダー達が迫ってきた。前衛を担当しているのだろうか、巨大な盾を構えた三人が押し寄せるようにしてこちらへ向かってくる。
キリトは腰を落とし、身体を捻り――ぎりぎりと、限界まで引き絞られた弓のように力を溜め――
「セイッ!!」
放たれる。
足元が爆発したかのような音を立て、一直線にサラマンダー達との距離をつめ気合一閃。
金属同士が激しくぶつかりあい火花を散らした。
サラマンダーの重戦士三人が僅かに後方に押し戻される。
だが、敵のHPは一割も減っていない。
「「「|セアー・フィッラ・グーリン・エール・ヘルガスク・アルール・エイトルドー・リーザ・フォルク《彼らは満たされる、黄金の酒、あらゆる毒は清められ、再び戦列に立ち上げる》」」」
盾を構えた三人の後ろから、詠唱が聞こえた。水色の光に包まれたかと思うと、そのHPが瞬時に全快する。
高位の回復魔法持ちがいる……それも、聞こえた声から察するに三人。
リーファはちっと舌打ちをする。
まずは回復役を潰そうと両手を翳し、呪文を詠唱しようとしたその時――
「「「「「|エック・バルパ・エイン・ブランドー・ムスピーリ・カッラ・ブレスタ・バーニ・ステイパ・ランドル・ドロート《我は投げる、1つの悪魔の炎 破裂する死を呼び、森の軍団を倒す》」」」」」
更に続いて聞こえた詠唱。城壁のような大盾の後方から、オレンジ色の炎が弧を描き飛翔する。
そしてそれは航空爆撃のようにキリトへと降り注ぎ、轟音と共に辺りを炎の海へと変化させた。
「キリト君!」
「リーファさん! 回復を!」
思わず叫んだリーファだったが、コハルの声にはっと我に返り急いで呪文を詠唱する。
「|スー・フィッラ・ヘイラグール・アウストル・ブロット・スバール・バーニ!《汝は満たされる、聖なる水、冷たい死を遠ざける》」
リーファは自身が覚えている中で一番効果の高い回復魔法を詠唱した。
翳した手から放たれた、暖かな太陽色の風がキリトを包み込むと、爆撃で半分以上減っていたキリトのHPが充填され始めた。
だけどこれではジリ貧だ。
キリトは果敢にも再び切りかかるがそれも盾に阻まれ、回復され、魔法が飛んでくる。
有効な打開策が思いつかないまま同じ流れを二度ほど繰り返し、リーファも徐々に焦り始めてきた頃、コハルが不意にユイを手招きし、言った。
「ユイちゃん、キリトさんに伝言お願いできる?」
「はい! なんでしょう?」
「次の攻撃を耐えたらすぐに敵に向かって突っ込んで、思いっきりジャンプしてって」
「わかりました!」
ユイがキリトに向かって飛び立って行くのを見送ったあと、今度はリーファに向かって振り向いた。
「リーファさん、次の攻撃後がチャンスです。一回だけでいいので敵の魔法攻撃を防いでもらっていいですか?」
「ん……」
リーファは少し考える。何か策があるみたいだが、それを説明してもらう暇は無さそうだ。
一瞬の迷いの後、答える。
「わかったわ。あなたを信じる」
どんな策なのかは分からないが、このまま嬲られ続けるくらいなら一泡吹かせてやろうと思ったからだ。
「|スー・シャル・リンド・アシーニャ、バート・エイミ・オーグ・スヴェルド《汝は包まれる、女神の盾、炎と鉄を遠ざける》!」
敵のメイジ集団はすでに呪文の詠唱に入っていたが、攻撃のタイミングを合わせるためかそのスピードは遅い。
リーファは自身に出来る限界まで口の回転を上げ、スペルを高速詠唱する。
結果は――リーファの方が僅かに早かった。
無数の蝶が放たれ、空を舞い、キリトの周囲を守るように囲む。
直後、火炎の雨が飛来した。
「くぅっ……」
着弾するたびに、ずしり、ずしりと衝撃がフィードバックし、マナポイントがガリガリと削られていく。
最後の一撃を防ぐのと、リーファのマナポイントが切れるのは同時だった。
火炎の渦が巻き上がり、薄暗い洞窟内を赤々と照らし出す。
そして――
「ふっ!!」
刹那、炎を切り裂いて飛び出したキリトが弾丸さながらのスピードで駆けだした。
前衛の3人は予定調和のように盾を構える。遠目から見たその顔には嘲笑の表情が浮かんでいるように見えた。
だが、キリトは前衛の数歩手前で思い切り跳躍した。
男達の顔が驚愕に歪む。
さらにコハルが口早にスペルを唱える。
「|エック・フレイギュア・ヴレッド・ヴィンド!《風よ撃ち抜け!》」
コハルが唱えた魔法は、風属性の初級魔法だ。
若葉色の風の塊が、一直線に放たれる。
そしてそれはそのままキリトの背中に命中し――大きく吹き飛ばした。
「うおおおおおっ!?」
さすがのキリトも予想外だったのか、悲鳴のような声を上げながら飛ばされ、そして……
「……っとと――よっ、遊びに来たぜ」
「「「「「「あ……」」」」」」
果たして着地した場所は敵陣ど真ん中。後衛のメイジ隊の目の前だった。詠唱途中だった魔法は不発に終わり、全員の手元がぼすんと黒い煙を上げる。
「うわああああああああああああ!!」
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいい!!」」
阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことだった。
前衛三人が遮蔽となり全貌は見えないが、聞こえてくる絶叫と垣間見えるライトエフェクトからキリトが大暴れしているのだけは分かった。
そもそも、敵のフォーメーションはキリトの圧倒的な物理攻撃力に対抗してのものだった。
だからこそキリトの攻撃をガチガチの防御特化3人で受け持ち、残りが攻撃、回復することで封殺する予定だったのだろう。
しかしキリトが前衛3人を飛び越えてしまったため、恐れていた物理攻撃が全てメイジ隊へと向けられることとなった。結果は語るまでも無いだろう。
リーファも、前衛を担当していた重戦士もあまりにも予想外の事態に呆気に取られている。
だが流石に上位プレイヤーらしくすぐに気を取り直しフォローに入ろうとする、が、それを見逃すほどリーファやコハルは甘くなかった。
「余所見してんじゃ――ないわよ!」
数歩で距離を詰め、後ろを向いて無防備な男の首に一閃。長剣が男の首――兜と鎧の僅かな隙間を走り抜ける。
首はプレイヤー共通の弱点の一つだ。そこを斬られれば必ずクリティカルが発生し、上位プレイヤーですら一撃でHPを持っていかれるほど。
戦闘中にそれを狙うのは至難の技だが、リーファにとって背中を向けスキだらけの相手の首を刎ねるなど造作も無い事だった。
サラマンダーの首が胴体と別れを告げ、一瞬の後に赤い炎を撒き散らして消失した。
まず一人。
返す刀でもう一人の盾持ちに切りかかる――が、それは大盾に阻まれた。
次の瞬間、盾を構えた男がびくりと震えたかと思うと、ガラスを叩き割ったかのような音とともに消滅した。
男のアバターを構成していたポリゴンが宙へ消えると、そこには短剣を突き立てた姿のコハルが居た。
気が付けば、もう一人の盾持ちも居なくなっている。コハルが倒したのだろうか。
ねぎらいの声を掛けようと近づいて見れば、コハルがかたかたと震えているのが分かった。アバターの表情も血の気を失い青ざめているように見える。
「コハルさん? どうしたの――」
リーファが声を掛けるその直前。コハルの体がぐらりと揺れた。そしてそのまま、崩れ落ちるようにして膝をつき、倒れる。
「コハルさん!? コハルさん!! しっかり!!」
◇
コハルが再びALOで目を覚ましたときには既に全てが終わった後だった。
心配そうに覗きこむリーファに大丈夫ですと答え回りを見渡すと敵の姿はどこにもおらず、キリトが残しておいたらしいサラマンダーのメイジ一人となにやら話し込んでいる姿が目に入った。
「その、コハルさん大丈夫ですか? 急にログアウトしちゃうなんて体調が悪いんじゃ……」
「心配かけてごめんなさい。けど、大丈夫です。ちょっと、嫌なことを思いだしちゃっただけで……」
リーファに助太刀するため背後からサラマンダーを刺したとき、トラウマとなっていたあのときの光景がフラッシュバックした。
ラフィンコフィン討伐作戦――SAO内で起きた、プレイヤー同士の凄惨な殺しあい。その場にはコハルとアリスも参加しており、その結果……コハルは一人のラフィンコフィンメンバーを殺める事となった。
その事は深くコハルの心を傷つけ、しばらくは悪夢にうなされ眠ることが出来なかった程。それでもあの世界では時間をかけてなんとか折り合いをつけることが出来たのだ。
ALOで人は死なない。その事は分かっていたが心に根付いた恐怖は簡単に払拭出来るものではない。サラマンダーの男が目の前で消失した瞬間、脳裏にあの出来事が走馬灯のように浮かび、次の瞬間には平衡感覚が失われたように視界がぐにゃりと歪み、気がつけば自室のベッドで目を覚ましていた。
バイタルの異常を検知したアミュスフィアが強制的にログアウト処理を行ったのだ。
「リーファ、こっちは終わったぞ……っと、コハルは目を覚ましたのか」
「キリトさん……心配かけてごめんなさい」
「いや、いいよ。気にするなって。サラマンダーからは大した情報は聞けなかったよ。下っ端には情報が降りてこないんだとさ。後は北に向けて大軍が飛び立っていったらしいけど、世界樹攻略じゃなくて何か別の目的があるみたいだ」
「別の目的?」
「それをあいつが知ってれば早かったんだけどな……まあ無い物ねだりは仕方ない。俺達は俺達で世界樹を目指そうぜ」
あくまでも変わらない調子のキリトに、コハルはふと疑問を覚えた。あの場にはキリトもいた。そして詳細は知らないが、コハルと同じく心に傷をおったということも。
「キリトさんはなんで……なんで、平気なんですか?」
「なんでって、もしかしてPKの事か?」
「はい……怖く、ないんですか?――人を、プレイヤーを倒す事が」
コハルの問に、キリトは腕を組み黙考する。なんと言葉を選べばいいのか迷っているようだった。やがてゆっくりと口を開く。
「怖いよ」
キリトの答えはシンプルだった。
「でも、私と違って平気そうに見えますよ」
「それはたぶん経験と――意識の差かな」
その差が今のコハルの状態に繋がるとキリトは言った。
「俺はあの世界に行く前から、他のMMOも沢山やって来たんだ。……その中には、当然PK推奨のやつもあった。だから俺はPVP――所謂プレイヤー同士の倒し合いってのにある程度の耐性はあったんだ。それにここはあの世界じゃない。別のゲームで、安全は確保されてる。正直今でもプレイヤーとの戦闘が怖くないって言ったら嘘になるけど、それよりも俺は仲間を倒される方がよっぽど怖い」
キリトはかがみ、コハルの目を真っ直ぐに見つめた。
「俺は人間が出来てる訳じゃない。聖女と呼ばれてた君みたいに誰も彼も助けようとは思わない。けど――アスナを助けるためなら俺はなんだってやるよ」
もちろん、君やアリスも一緒だけどなとキリトは笑った。
コハルは何も言えず、黙ったままキリトを見つめた。
同じだと思っていた。
大事な人を助けたい、取り戻したいという気持ちは同じだと。
だけど違った。形は同じなれど、その強さが違った。
恥ずかしいと思った。
そして同時に悔しいとも。
「なんか、悔しいです。大切な人を想う気持ちで負けたみたいで」
「どうだろうな。白黒がつけられるものじゃないけど、こればっかりは誰にも負けないと思ってるよ、俺は」
「私だって、負けません。……ありがとうございました。もう、大丈夫です」
もう迷わない。
キリトが言ったように、プレイヤーと戦うことより彼女を取り戻せないことの方がよほど恐ろしい。
あの時、足が動いたのは
あの時、手が動いたのは何故だ。
全部彼女を守るためだ。失わないためだ。
それならば、今自分が動けなくなる道理が無かった。
「ねぇ……」
リーファがおずおずと言った様子で手をあげた。
いけない、彼女の事をほったらかしにしてしまったとコハルが顔をあげると、リーファは言葉を選ぶように、迷いながら、言った。
「今、アスナって言った?」
確かめるようなリーファの様子に、コハルは違和感を覚えた。
キリトが頭を掻きつつ言う。
「あーその、なんていうか……コハル、言っていいか?」
「そう……ですね。ここまで付き合ってくれた彼女に隠し事はあまりしたくありませんし」
「わかった。……リーファ、SAO事件って知ってるか?」
「うん……知ってるよ」
あの事件については世間ではタブー扱いとされている。
被害者に関する情報は全てが徹底的に秘匿され、被害者親族等近しい関係の人にしか囚われていた事を知らない。
そして被害者も、あの事件について語ることを殆んどしない。近親者でさえ、口にすることを避けている。
コハルも例に漏れず、あの世界の事を現実に帰還した後に家族に話すことは無かったが、ここまで親身に付き合ってくれたリーファにはその素性を明かしてもいいと思った。
「俺とコハルがやってたって前のゲーム、それがSAOなんだ。だから俺達は所謂SAO生還者になる」
「隠しててごめんなさい……」
「ううん、いいよ。むしろ話してくれてありがと。ねぇ……もしかして、アスナっていうのがあなた達が探してるって人なの?」
キリトと顔を見合わせる。
そこまで話してしまっていいのだろうか。それを話すためには多少なりともリアルの事を教えなくてはならない。流石にそうなってくるとおいそれと話すわけにはいかなかった。
だがコハルとキリトがその答えを出す前に、リーファが再び口を開いた。
「間違ってたらごめんね……ねぇ、キリトくん。もしかして……お兄ちゃん……?」
「は……?」
リーファは疑うような、しかしどこか確証を得ているような視線でキリトを見た。
ってちょっと待って。お兄ちゃん?
「えーっと、ちょっと待て……」
何故か自分を知っている様子のリーファに何か思い当たる節があるらしく、記憶を探るようにキリトは考え込んだ。ほどなくして、解答へとたどり着く。
「もしかて……スグ、か……?」
「うん、そうだよ。……やっぱり、お兄ちゃんなんだ……」
「俺をそう呼ぶのは三人だけだからな……」
驚いたことに、キリトとリーファはリアルでも知り合いどころか兄妹だったらしい。
だけれど私よりも当人達の方がその驚きは大きいだろう。開いた口が塞がらないといった表情のキリトに、リーファはやれやれと頭を振っている。
「どんな確率だよこれ……」
「偶然助けてもらった人が実の兄でしたって? ほんと、漫画みたい……」
今度はコハルが蚊帳の外だった。話についていこうと口を開く。
「えっと、二人は兄妹だったんですか?」
「ああ。スグはリアルの俺の妹だよ。……まさか、VRMMOをやってるとは思わなかったけどな」
「それはあたしの台詞だよ。SAOから帰還したばっかりだっていうのに、ほんと信じられない」
キリトは肩を竦め苦笑し、リーファは頭を抱えている。まあ、デスゲームから帰ってきたばかりの兄がまた同じようなゲームをやっていれば頭を抱えたくもなるだろう。
コハルはそういえばと気になる事があった。
「他にも兄妹っているんですか?」
「いや、スグだけだよ。どうかしたか?」
「いえ、お兄ちゃんって呼ぶのが三人だけって事は他にもいるのかなぁって」
コハルが聞くと、キリトはよく聞いてるなぁと感心した風に頷いた。
「SAOに囚われる前、スグが友達を二人連れてきたんだ。一、二回一緒に遊んだ程度だけど、仲良くなってさ。そいつらにもお兄ちゃんって呼ばれるようになったんだ」
「へぇ……」
随分と気安い間柄になったと思う。ここまでリアルの内情を教えてくれるくらいに信用されているということだろうか。だけどこれ以上は流石に聞きすぎであり、マナー違反だった。
「っと、少し話しすぎたな。スグ――じゃなくてリーファ。俺達はそういうわけで世界樹を目指してるんだ」
「そういうわけってどういうことよ。まさかアスナさんがこの世界に囚われてるだなんて言わないよね?」
「そのまさかなんだよ」
リーファが驚愕に目を見開いた。キリトとコハルは順を追って説明する。
何故自分達がALOをプレイするに至ったのか、そして世界樹を目指すのかを。
話を聞き終えたリーファは、ぽつりと漏らした。
「それじゃあ、もしかしてあの子も……」
「あの子?」
「うん、あたしの親友。その子もまだ、目が覚めてないんだ」
リーファは沈痛な面持ちで顔を伏せた。だがすぐにその顔を上げる。その表情は決意に満ちていた。
「決めた。あたしも世界樹攻略最後まで付き合うわ」
「え? でも……」
「無理かもしれないけど、あの子の目を覚まして上げられる手がかりが少しでもあるなら、なんだってやってやるわ」
リーファの目には確固たる決意が宿っていた。よほど大切な友人なのだろうとコハルは思った。それならば断る理由はないし、無理ゲーと言われる世界樹攻略には一人でも戦力が必要だった。リーファが最後まで付き合ってくれるというのであれば、これほど心強いことはない。
「ありがとうございます。それじゃあ、改めてよろしくお願いします」
「ええ。任せて頂戴。……ところで、二人ともリアルで知り合いって話だけどホントにお兄ちゃんとはそういう……?」
「ちがいますって!」
心強い仲間を加え、コハルとキリトは歩き出す。
目指すは世界樹、その攻略。
意気揚々と歩き出して――コハルは足を止めた。
「え……?」
足だけじゃない。アバターも、思考さえも止まっていた。
コハルの視線の先――鉱山都市《ルグルー》の街中に、一人の女性の姿が見えた。
横顔しか見えない上に、距離も離れていたが、それでもコハルが見間違うはずが無かった。
「アリス……?」
コハルの捜し求めていた姿が、そこにあった。