SAOif 紅の戦姫と蒼の聖女   作:百合好きの獣

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遅れるかもしれません(遅れるとは言っていない)

本編視聴が前提の話となっております。
原作未視聴の方はご注意を


World Tree 1

 ――いつからだろう、何も感じなくなったのは。

 

 ――いつからだろう、何も考えなくなったのは。

 

 ――いつからだろう、何も思い出さなくなったのは。

 

 紅蓮の炎を撒き散らす、漆黒の竜と対峙しても心は全く動じず、ただ淡々と作業をこなすように剣を振るい続ける。

 

 夢を見ているのだろうか、ここでは痛みも疲れも何も感じず、機械のように動くことが出来た。

 

 轟音と共に迫り来る凶悪な爪を掻い潜り、脇腹に剣を走らせる。

 

 竜が苦悶の声を上げ、大きく仰け反った。

 

 何も感じず、何も考えず、何も思い出さずに腕を動かし斬り続ける。

 

 辺りを炎が走りぬけ、ちりちりと肌が焼けるような感覚がするが、それを無視して剣を突き立てた。

 

 黒竜はその巨体をびくりと震わせ、爆散させた。

 

 ポリゴン片が雨のように降り注ぐ中、紅いコートを身に纏った少女は立ちつくす。

 

「――あと、九つ」

 

 ぼそりと呟いた声は、虚空へと溶けて消えていく。

 

 ――アリスッ!!

 

「――ッ!?」

 

 不意に耳朶を叩いた声に、弾かれたように顔を上げた。

 

 しかしいくら見渡せども、その声の主は見つからない。

 

 少女は肩を落とした。しかし、すぐに顔を上げ、歩き出す。

 

 もう一度、彼女に会うために。

 

 少女は上層への階段に足をかけた――

 

 

 

 

 

「……遅い」

 

 大扉の前で腕を組んでいたキリトが、イラついたように呟いた。

 その隣では所在なさげに佇むリーファと、そして彼女のリアルでの知り合いであるというレコンの姿があった。

 

「ねえ、コハルさんから連絡は……?」

「あの時から一度も無い。何かトラブルに巻き込まれて――いや、彼女の事だから自分から首を突っ込んでいるのかもしれないな」

 

 キリトはやれやれとため息をつきながらメニューを開いてメッセージを表示した。

 そこには数時間前コハルから送られてきたメッセージが表示されている。

 

 件名:すみません

 本文:連絡が遅くなってごめんなさい。今、アイちゃんって子と一緒に世界樹を目指しています。理由は長くなるので省きますが、ウンディーネに追われているので世界樹の情報集めは出来てませんが……必ずたどり着きます。

 

「ウンディーネから追われてるって……それにアイちゃんも一緒だなんて一体何があったんだか」

「ん? す――じゃない、リーファは知ってるのか?」

「うん。あたしの友達。おに――じゃない、キリト君も知ってるはずだよ。あの子の妹だもん」

 

 リーファの台詞に、キリトは顎が外れたかのようにあんぐりと口をあけた。乾いた笑いが漏れ出す。

 

「は、はは……関係者全員ALOをプレイ済みってか……ほんと、出来すぎだよ」

「まあ、アイを誘ったのはあたしなんだけど……それでも、笑っちゃうよね」

 

 キリトとリーファは二人、目を見合わせて笑った。

 それを面白くなさそうにレコンが口を尖らせた。

 

「もー、リーファちゃん。それよりもどうするの? そのコハルって人まだ来れないみたいだけど。日を改める?」

 

 それに答えたのはキリトだった。

 

「いや、もう一度挑もう。――なんだか嫌な予感がする。時間の猶予があまり無いような……」

「でも無理だよ。さっき一度挑んだんだんなら分かったでしょ? クリア不可能なんだって」

 

 レコンが言うとおり、キリトとリーファは既に一度世界樹に挑戦している。

 その結果は惨敗だった。

 視界を埋め尽くさんばかりの騎士に囲まれ、あっという間にキリトはHPを全損した。リーファの決死の救出が無ければ、ホームタウンへと戻されていただろう。

 

「パパ、あのガーディアンはステータス的な強さはそれほどでもありませんが、湧出パターンが異常すぎます。ゲートへの距離が近づくにつれその量が増えていって、最も接近した時には秒間十二体も……あれでは、攻略不可能な難易度に調整されているとしか……」

「一体二体は雑魚でも、総体でみると絶対無敵な巨大モンスターみたいなもんか。……だとすると、厄介だな……」

「でも異常なのはパパのスキル熟練度も一緒です。瞬間的な突破力なら、あるいは……」

 

 事実、惨敗したとはいえキリトはゲートまでかなり近づくことが出来ていた。問題なのはその総数であって、キリトへ向かう数を減らすことが出来れば、包囲を一瞬だけでも突破することは可能だろう。

 

「アスナ……」

 

 キリトは懐から取り出した一枚のカードキーを取り出した。

 世界樹に挑む前、アスナのプレイヤーIDを検知したというユイに我を忘れ上空へと飛翔した時、ユイの声が届いたのか、空から降ってきたカードキー。

 アスナはここに居る。声も届いた。ならば後はもう、助け出すだけだ。

 

「リーファ、レコン。悪い、もう一度だけ俺の我侭に付き合ってくれるか?」

「解った。もう一回挑んでみよ。あたしに出来る事ならなんでもする――こいつもね」

「えぇー……分かったよぉ」

 

 肘で小突かれたレコンが、普段の困ったような眉を更に吊り下げた。

 それを見て、リーファとキリトはくすりと笑みを溢した。

 

 

 

 

 

 

「奴らはあたしが引き付けるから、あんたはそのままヒールを続けて!」

 

 リーファの前方ではキリトが鬼神の如き勢いで道を切り開いている。

 

 それを補助しようと回復魔法を施したリーファたちに向かって、数体のガーディアンがこちらへと落ちるように飛んでくる。

 

 リーファが剣を抜き、レコンの返事を待たず飛び立とうとしたその腕をレコンが掴んだ。

 

「待って、リーファちゃん。僕、よく分からないんだけど……これ、大事な事なんだよね?」

 

 レコンは震える声で、それでも真剣な表情でリーファを見つめた。

 

「――うん、キリト君にとっても、あたしにとっても。多分、ゲームじゃないのよ。今だけは」

 

 リーファの脳裏に、未だ病院で眠り続ける親友の姿が浮かび上がった。

 

「それって、もしかして――あの子の事も関係ある?」

「あんた……なんでそれを……」

「いくら馬鹿でも、少しは気づけるよ。……あのスプリガンには勝てそうにないけど――それなら、僕も頑張らなくちゃ、だよね。――友達として!」

 

 そう言って、レコンはコントローラーを握り飛翔する。虚を突かれ立ち尽くしたリーファを置き去りにして、ガーディアンの群れへと突貫していく。

 リーファはキリトへのヒールに追われ、レコンを手助けすることが出来ない。

 けして空中戦闘が得意でないはずのレコンが、驚くほどの集中力で剣を掻い潜り、敵を引き付け続けている。その光景にリーファは胸を衝かれたが――それでもそれが長く続かないことは明らかだった。

 

「馬鹿……っ! もういいよ、外に逃げて!!」

「嫌だ!」

 

 レコンが叫んだ。

 その身に剣を受けながら、何度も魔法を打ち、多くのガーディアンを引き付け続ける。

 

「あの子と僕はただのクラスメイトだったけど、それでも! リーファちゃんの親友なら、僕の友達でもある! もうリーファちゃんの悲しい表情は見たくないんだ!」

 

 レコンの身体を、深い紫色のエフェクトが包み込んだ。

 

 複雑な立体魔方陣が、大きく広がっていく。

 

 その大きさから、かなりの高位魔法であることが伺えた。

 

 魔方陣は一度ぎゅっと縮小する。そして――

 

 光が弾けた。

 

 天地が砕けたかのような轟音と爆風に、リーファは飛ばされないよう姿勢を制御するので精一杯だった。

 

 やがて視界が開けると、ガーディアンの群れの中心に大きな穴が開いているのが見えた。

 

「すご……」

 

 リーファは呆気に取られたが気を取り直し、レコンに回復魔法を施そうと手をかざし――凍りついた。

 

 爆発の余光が残るその場所にはレコンの姿はどこにもなく、ただ小さなリメインライトが揺らめいているだけだった。

 

「自爆、魔法……」

 

 闇魔法の中で、高位の、そして禁呪とされている魔法だ。

 

 その強力な効果の代償は、使用者の全HPと通常の数倍のデスペナルティ。

 

 リーファは数瞬絶句してから、ぎゅっと目を瞑った。たかがゲーム、たかが経験値。だけどそれを得るためにレコンが費やしてきた熱意と努力は、本物の犠牲だ。

 

 もう、ここからの撤退は許されない。そう決意して目を見開き上空を見て――

 

 その光景を目にして、リーファは両足が力なく萎えるのを感じた。

 

 天蓋を、びっしりとうごめく白い闇が埋め尽くしていた。

 

「うおおおおおおおあああああああッ!!!」

 

 キリトの血を吐くような絶叫が、微かにリーファの耳に届いた。

 

 小さな黒点となったキリトは、あとほんの僅かなところまでたどり着いていた。

 

 だけどそこまでだ。剣を振るうたびに僅かに闇は払われるが、瞬きする間もなく再び埋め戻される。

 

「もう……もう無理だよお兄ちゃん……こんなの、こんなの……」

 

 システムの悪意――公平に世界を管理運営していはずの神の殺意に、リーファはだらりとかざした手を下げた。

 

 なんだこれは。こんな理不尽が許されるのか。

 

 クリア不可能。

 

 リーファの心が、折れかけたその時、彼女の――親友の顔が思い浮かんだ。

 

「――――ッ!!」

 

 叫んだ親友の名は、背後から轟いた津波のような声の塊によってかき消された。

 

「っ……!?」

 

 慌てて振り返ったリーファの目に、新緑の鎧に身を包んだシルフの戦士たちが、雄たけびを上げながら突入してくる光景が飛び込んできた。

 

 彼らはわき目も振らずに天蓋へ向け、上昇していく。

 

 その数、およそ五十。どれもがシルフ領では名の知れた有力プレイヤー達だった。

 

 リーファの全身を、歓喜とも戦慄ともいえる震えが駆け抜けた。

 

 だが、戦場に駆けつけたのはシルフだけではなかった。

 

 シルフの精鋭部隊が駆け抜けた後、遠雷のような獣の咆哮が響いた。

 

 竜だ。

 

 いや、竜の背にプレイヤーの姿が見える。だとすれば、あれは――

 

「竜騎士隊――!」

 

 ケットシーの最終戦力。切り札として秘匿され、スクリーンショットすら一枚も流出したことのない伝説の戦士たちが、鬨の声を上げながら飛翔していく。

 

「すまない、遅くなった」

 

 背後から、凛とした声が響いた。

 

「ごめんネー、人数分の竜鎧と装備を鍛え上げるのにさっきまで時間が掛かっちゃったのヨ。これでシルフもケットシーも金庫がすっからかん!」

 

 そしてもう一つ、幼い少女のような、明るい声。

 

 シルフの領主、サクヤ。ケットシー領主アリシャ・ルー。

 

――来てくれたのだ。二人とも。

 

 リソースの奪い合いというMMORPGの本質を乗り越え、あらゆるリスク計算をかなぐり捨てた二種族の合同部隊。

 

 サクヤとアリシャはにっと笑いリーファに目配せをすると、天蓋に向け叫んだ。

 

「「全軍、突撃――ッ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 それは、おそらくALO史上で最も大きな戦闘だった。

 

 竜騎士部隊のブレスがガーディアンの群れに大きな穴を開け

 

 それを広げるようにシルフの精鋭部隊が穴を切り開いていく。

 

 着実に、少しずつではあるがガーディアンはその数を減らしていく。

 

 けれどそれでも足りない。天蓋に届くまで、あとほんの少し――

 

 リーファはキリトの背後から迫る敵を切り倒しながら舌打ちを鳴らした。

 

 これだけやって、まだ足りない!

 

 ぐんと視界が引き伸ばされたような、思考が加速されるような感覚の中でリーファはシステムの悪意に対して悪態をついた。

 

 もう少しなんだ、あと少し、ほんの一押し。

 

 直後、凍えるような風がリーファの真横を通り過ぎていった。

 

 その風は眼前の騎士の一塊を巻き込むと、一瞬の内に物言わぬ氷像へと変化させる。

 

 氷魔法だ。そしてそれを使用でき、この場に駆けつけるであろう人物をリーファは一人しか知らなかった。

 

「コハルさんッ! 行って下さい! お姉ちゃんを――助けて!!」

 

《藍氷の魔女》アイ。

 

 そして――

 

「うぁあああああああああああッ!!!」

 

 短剣を携えた、若葉色の少女――コハル。

 

 弾丸の様に一直線に、ガーディアンの群れを切り裂いていく。

 

 やがてもう一つの弾丸――キリトと合流し、重なりあい、螺旋を描いて白き闇を切り裂いていく。

 

「アイちゃん!」

「リーファちゃん!」

 

 リーファはアイと目配せだけで意思を疎通し、同時に魔法を詠唱する。

 

――コハルさん、お兄ちゃん。後はお願いしますッ!

 

 リーファは黒と蒼の螺旋の光を、祈るような気持ちで見送った。

 

 

 

 

 

 

 一瞬の意識の空白の後、コハルの視界に飛び込んできたのは真っ白な空間だった。

 

「大丈夫ですか? パパ、コハルさん」

 

 スイルベーンや、ルグルーで見たような過度な装飾は何も無く、白い板でのみ構成されたようななんとも奇妙な空間だった。

 

「うん、ありがとう、ユイちゃん」

 

 片膝を付いた状態からコハルはゆっくりと立ち上がった。

 目の前にはピクシーの姿ではなく、SAO内で見たような十歳前後の少女の姿をしたユイが心配そうな顔をして立っていた。

 

「どこだ……ここは」

 

 隣でキリトが立ち上がった気配がする。

 その台詞に改めて空間を見渡してみると――どうやらここは室内ではなく通路の途中のようだ。

 前方も、そして後方も同じく湾曲しどこかに続いている。

 

「……判りません。ナビゲート用のマップ情報がここには存在しないようです……」

 

 ユイは困惑した顔で言った。

 

「アスナの場所は分かるか?」

「はい、ママの反応はこっちから――そして、アリスお姉ちゃんの反応は、あっちから」

 

 ユイは前方を、そして振り向き後方を指差した。

 それの意味するところは、アスナとアリスは別々の場所に囚われているという事だ。

 

「……二手に分かれましょう、キリトさん」

「ああ、俺はアスナを。君はアリスを頼む」

 

 二人は同時に頷き、それぞれ別方向へと歩き出した。

 ふと、キリトが思いついたかのように振り向き、言った。

 

「そうだ、今度は遅れないでくれよ?」

 

 コハルはぷっと吹き出した。

 

「色々あったんですよ、こっちも!」

 

 キリトはそれに、腕を掲げることで答えた。

 

 二人は別々の道を歩む。けれどもその目的は同じ。

 

 最愛の人を、救うために――

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