Side アリス
「私は、なんのためにここにいるのか、これからどうすればいいのか……どうしていきたいのか、考えたい」
あのドリアン……もといキバオウとの一件の後。私達はどうすればいいのか、という事を自分たちなりに考えていた。でもなかなか答えは出ず、二人してああでもないこうでもないと頭を悩ませていると時間ばかりが経ってしまう。
が、それとは別に今、私達の頭を悩ませている問題がもう一つある。
「なんて、大きなこと言っちゃったけど、今は何も考えられない……お腹が空い
て……」
きゅるるる、なんて可愛らしいお腹の虫が鳴いた音が聞こえる。顔を真っ赤にしながら「は、恥ずかしい……」とお腹を押さえるコハルをニコニコと見守る。
「まあ、腹が減っては戦は出来ぬ……なんて言うしね」
「この世界が私たちにとっての現実だって思い知らせるためにお腹がすくのかな……すごく、意地悪な仕組みよね」
そういえば、今日は朝食にと宿屋でもらった固いパンとスープを食べたっきりで、もう時刻はお昼過ぎ。私もお腹が鳴るほどではないものの、お腹空いたなぁ……。
「おしゃべりしてたら、余計にお腹がすいてきちゃった。宿屋さんの食堂に行くか……NPCのベーカリーのパンを買うか……悩む前に食べるか、だよね」
そう言うとコハルはメニューを操作したかと思うと、一つのアイテムを取り出した。
「実は朝からお弁当を持ち歩いてたの。半分こして食べよ! はい!」
お弁当! と聞いてわくわくしていると、取り出されたのはふつーのパン。ただのパンかぁ……と、少しだけ落胆する。
「ただのパンでも、立派な非常食でしょ。いただきまーす……」
「いただきまーす……」
ガリッ
……ガリッ? なんだこれは。
私がパンだと思ってかじったそれは石の様に固く、文字通り歯が立たなかった。
「……なにこれ、固い。パンが石みたいになってる……」
調べてみると、時間経過でパンが《乾ききったパン》へと変化していた。
「いくらゲームの中だからってこんなのひどすぎるよ! ああ……叫んだら余計にお腹が……」
よろよろと崩れ落ちるコハルを助け起こし、さてどうするかなと思案していると、コロコロと鈴を転がすような笑い声が聞こえた。
「ふふふ……あ、笑ったりしてごめんなさい。君たちがにぎやかだから、なんだか嬉しくなっちゃって」
そう言って近づいてきたのは、前髪を眉の上で切りそろえた、垂れ下がった目つきの優しそうな印象の女の子だった。
「うるさかった……よね。うぅ、恥ずかしいなぁ」
いつの間に注目を浴びていたのが恥ずかしかったのか、また顔を真っ赤にするコハル。可愛いなぁ。
「恥ずかしくなんかないよ。お腹がすいたとか、パンがまずいとか。普通のお話ができるのって、いいことでしょ?」
ニコニコとした表情の少女は何でもなさそうにそう言い切った。
「普通……モンスターやクエストのことじゃなくて、当たり前の毎日、みたいな……」
「そう。なんでもない普通の話。聞いてると、気持ちが落ち着くから好きなんだ」
言われてみれば、この街で聞くプレイヤー同士の話は武器がどうだの、クエストがどうだのといった日常とは程遠い物騒な話題ばかり。それに私達はすっかり慣れ切ってしまい、気にした事も無かった……
「えっと……あなた、いつもここにいる子だよね。ずっと1人なの?」
私達に話しかけて来た少女の事を私は以前にも見た事がある。いつも転移門広場にいるから、もしかしてNPCなんじゃないか……なんて思ったりもしたのだけれど。
「ううん、同じ高校の……リアルの仲間と一緒だよ。今はちょっと、別行動だけどね。少しだけ、お話してもいいかな。君達って、私達の間で噂になってるんだよ」
「私達のことが? どうして?」
いつの間に話題になっていたのだろう。特に目立つようなことはしてこなかったと思うんだけどな。
「私たちと同じ年ぐらいの女の子なのに、前線でがんばってるすごい子達がいるって。私もね、遠くからみかけて、本当にすごいなあって尊敬してたの」
「ちっともすごくないよ。私はアリスについていくだけだし……ちょっと恥ずかしい、かも……」
私だってそうだ。前線といってもそこまで遠くまで行っているわけではないし、《はじまりの街》近辺でやれるクエストを重点的に進めているだけで。
「あ、ええっと、自己紹介するね! 私はコハルっていうの。そっちはアリスだよ」
「よろしくね。えっと……」
「じゃああらためて……サチです。はじめまして。よろしくね」
このゲームで女の子の知人が出来るのはコハルを除いて初めてかもしれない。圧倒的に男性プレイヤーの方が多いから、女性プレイヤーの希少性は高まるばかりで、私もコハルもあっちこっちから声を掛けられる始末だし。
「そうだ、お昼ごはんまだなんでしょ? よかったらこれ食べて」
少女は何かを思い出したかのように手を合わせると、メニューを操作しサンドイッチを取り出す。
「これって、サンドイッチ? もらっちゃっていいの?」
「うん。みんなのぶんも買っておいたんだけど、なかなか戻ってこないから……。待ってたら消滅しちゃいそうなんだもん」
このゲームの食料系アイテムは時間が経つごとに耐久値が減っていき、それが全損すると消滅するか、先ほどのパンのように全く食べられないようなものに変化してしまう。サチはそれを気にして、さあどうぞ、とサンドイッチを差し出してきた。
「もったいないから、遠慮しないで」
そういうことなら、ありがたくいただこうかな?
「いただきまーすっ!」
「あーっ! アリスだってやっぱりお腹空いてたんじゃない! 私だけ腹ぺこみたいに騒がせて……!」
「もぐもぐ――私はお腹空いてないなんて……ごくん。言ってないもん」
「むーっ! いただきます!! ……あ、美味しい……!」
言い合いながら一心不乱に食べ進める私達を「ふふふ、やっぱり君たち、面白いね」と、何が面白いのかニコニコとサチはずっと眺めていたのだった。
◇
「「ごちそうさまでした」」
少しして、もらったサンドイッチを食べ終えた私達は手を合わせ、サンドイッチと、それをくれたサチに感謝の気持ちを送る。
「ふぅ、美味しかった。……ねえ、聞いていい? サチはどうして、仲間と一緒に行かなかったの?」
それは私も気になっていた。高校の同級生と一緒に遊んでいたなら、なぜ別行動を取っているのか。しばらく帰ってこないって事は遠出しているのだろうし、なんで一緒に行かなかったのかなぁと。
「それは……」
「あ……答えにくかったら、ごめんね。無理に話さなくてもいいよ」
何か事情があるのだろう、表情を曇らせるサチにぶんぶんと手を振って謝るコハル。
サチは、「ううん、いいの」と少し迷ってからぽつぽつと語り始めた。
「私ね、戦うのが怖いの。モンスターが来るとどうしても足がすくんじゃって、みんなに迷惑かけて……だから戦いに慣れるまでは、敵と距離が取れる長槍を使ったほうがいいよねって話になって、みんなは武器を買うお金を稼ぎにいってるんだ。私がみんなと一緒に戦えるように、って……」
戦うのが怖い、それは仕方の無い事だと私は思う。普通のゲームならまだしも、この世界は既にデスゲームと化している。ゲームオーバー=死という状況で、その恐怖を克服するのは並大抵の努力じゃ出来ない事だ、と。
私も今でこそベータと同じように戦えているけれど、最初のうちはモンスターの攻撃を大げさに避けてしまったり、身体が竦んで間合いを計り損ねたりと苦労した。今も、完全に恐怖を克服できたとは言いがたいし。
「私が怖がりじゃなかったら、みんなを困らせることも無かったのにね」
「怖いのは、当たり前だよ。私も、怖いもん」
そう思うのは、当たり前だ。私がそう言うと、サチは意外そうな顔をしてから
「アリスも怖いの? ……そうだよね。それでも、戦わなきゃ生きられないよね」
モンスターと戦うのは怖いけど、私はそれ以上に、何も出来ずここで腐っていくことのほうが怖いから。それに隣にコハルがいるから、恐怖を押し殺して戦い続けられているんだ。
「私たちにも、なにか手伝えることないかな。サチの仲間は、今はどこにいるの?」
「草原のあっちこっちに行って、クエストをがんばってくれてるみたい。四人で回ってるから、あんまり危ない目には遭わないっていうけど……初見のモンスターには苦戦するみたい」
そういう事なら、私たちにも手伝えることがある。様は、初見のモンスターでも情報があればいいのだから。
「ねえ、アリス」
「うん。……サチ。これをあげるよ。サチから皆に伝えて」
「これって……」
私が取り出したのは、《はじまりの街》からいける草原のモンスターデータ。なにか出来ることないかな、と思案してから私達はこの街周辺のモンスターの攻撃パターン等の特徴を書き出しデータ化。まだ外に出られないプレイヤー達の力になれば……と思い作ったものだ。
「これ、いいの? こんなにたくさん、大変だったんじゃ……」
「ううん。いいの。元々こういう時のために作ったんだから。ね、アリス」
「うん。それに、サンドイッチのお礼だよ」
食べ物の恨みは恐ろしいって言うけれど、逆を言えば食べ物の恩は大きくあって然るべき。データを受け取ったサチは「ありがとう……」ととても喜んでくれているみたいで、データを作ったかいがあったなぁ、なんて思っていた、その時。
「君たちは素晴らしいな。自分一人で情報を抱え込んだりせず、他のプレイヤーに公正に伝えようとしている」
私たちに声を掛ける影があった。振り向くと、そこには絵本の中から出てきたかのような、青い髪をきっちりと纏めた騎士の様な格好をした一人の美青年が手を叩きながらこちらへと向かってきているところだった。
「この世界では、知識が命を救うことも多い。これからも、みんなを助けていって欲しい」
にかっ、と。イケメン、というよりハンサム? な青年は白い歯を見せ笑う。
このゲームには髪を染めるアイテムというものが存在する。現実の世界となった今、プレイヤーの大半は黒髪であったり、茶髪であったり、ゲームやアニメで言うピンク髪や緑の髪といった奇抜な髪の色をしたプレイヤーはあまり存在しない。というのも、その髪染めアイテムというのが特定のモンスターのレアドロップで、手に入れるのにかなりの苦労をするからだ。この序盤でそのアイテムを使用している、という事は、このハンサムな人、相当強いんじゃ……。
「え、えっと、この人がサチの仲間?」
「う、ううん。知らない人だよ」
知らない人だった。面識の無い女子三人の集団に話しかけてくるなんて、そっちの方も結構な手練れ……ってそうじゃなくて、ナンパかな?
「これは失礼。俺はディアベル。以後よろしく!」
「「よ、よろしく……」」
どうしてこう、イケメンとかハンサムとかって類の人種は笑うと歯が光るんだろう。そういう特殊能力でも備えているのかな。
リアルでイケメンにいい思い出が無い私は自然と身構えてしまう。が、ディアベルと名乗った青年は特に気にすることもなく話を進めてきた。
「オレはいま、フロアボスに挑戦するメンバーを集めて回ってるんだ。フロアボスを倒し、上の層に向かう意思があるなら、《トールバーナ》の街に来て欲しい。そこでオレと会おう」
フロアボス……たしかキバオウもそんな事を言っていたような。彼の仲間だろうか?
「君たちも……あるいは君たちの知り合いでもいい。見込みがありそうな奴がいたら、ぜひ伝えてくれよ。それじゃ!」
ハンサムは去る姿までハンサムだった。……じゃなくて。
「フロアボスって、この層で一番強い敵だよね? 私たちは無理だよ。まだそんな挑戦できるほど、強くないもん
」
「私とアリスだって、そこまで強くないけど……」
ベータでは戦った事のある敵とはいえ、ベータとは違う身体だし、あの時は死んでも黒鉄宮で復活することが出来た。そのアドバンテージが無い今、戦えるかといえば少し不安が残る。
「とりあえず、人数を集めておきたいってことなのかな。キバオウさんも言ってたけど、みんなで力を合わせたほうが倒しやすいはずだよね」
「そうだね……《トールバーナ》に行って見よっか」
まだ参加すると決まったわけじゃない。けど、ここで燻っていても仕方ないのは事実。だから話だけでも聞きに行こうかな。
「フロアボスと戦うの?」
「ディアベルさんのことも良く知らないし、まずは話を聞いてみないと、決められないよ。そうでしょ、アリス」
「うん。行くだけ行って、話を聞いてみるよ。丁度、次の街に行こうと思ってたとこだったし」
「そっか、しっかり考えてるんだね……だけど、もしボス攻略に行くなら。絶対に、生き延びてね」
そう言って、不安そうな顔をするサチ。当たり前だ。死ぬつもりなんて、さらさらない。
「大丈夫。約束するよ」
「きっとね、約束だよ!」
力強く頷くと、サチは安心したかのようにパァッと顔を輝かせた。
フロアボス攻略。ついに、このゲームを本格的に攻略する時が近づいて来た。私達はサチと分かれた後、商店街で少しポーション類を補充した後、《トールバーナ》へと向け旅立った。
そういえば、キリトは元気にしているだろうか。フロアボス攻略ともなると、彼もその場にいるかもしれない。そんな淡い期待を胸に抱いて、私達は慣れ親しんだ《はじまりの街》を後にしたのだった
SAOIFは主人公が選択肢でしか喋らないため、割と物静かです。キリト曰く、最初からぐいぐいくる奴だったらしいので、その辺上手く表現したいなぁ……とは思いますが、難しいです。