「うぐっ……くっ……!」
一人のキリトの攻撃を防ぐと、横合いからもう一人のキリトが攻撃をしてくる。
辛うじて身を捩って躱すと、その先には既に剣を振りかぶった姿のキリトが立っていた。
「うあっ……!?」
防ぐことが出来ず弾き飛ばされる。
一撃を貰った時、短剣を取り落としてしまった。
まずい、取り返さなきゃ――
だがそれを許してくれる相手ではない。
三体のキリトがそれぞれ得物を手に飛び掛ってきている。
「くぅっ……!」
後方に跳ぶことでなんとか回避する。
しかしそれは悪手だった。
跳んだのではなく、跳ばされた。
跳んだ先には回りこんでいた、残る四体のキリトが万全の状態で待ち構えており――
「きゃぁぁっ!!」
背中に一撃、クリーンヒットを受けてしまう。
跳躍の最中だったこともあり、踏ん張ることも出来ずそのまま吹き飛ばされ、壁にしたたかに身体を打ちつけた。
ぐーん、とHPバーが思い切り減っていくのが分かる。
それは全て空になる直前、数ドット手前でぴたりと止まった。
ほっと息をつくコハルの視界に、影が映った。
視線を上げる。
剣を今まさに振り下ろさんとする、キリトの姿がそこにあった。
そこに感情は無く
そこに意思は無く
ただ、敵と認識したコハルを倒す為に、無慈悲に、無感動に、剣を振り下ろし――
――ごめん、アリス。私……負けちゃった……。
コハルはぎゅうと目を閉じた。
◇
あの世界が終わった後、気づけば薄暗い広場に居た。
あの時の恰好、あの時の装備のままで。
訳もわからず、目の前の階段を上るとそこには見覚えのあるモンスターが居た。
「イルファング・ザ・コボルトロード……?」
それはSAO第一層のフロアボスだった。
今更第一層ボスに苦戦するはずも無く、ソロではあったが難なく撃破し階段を上った。
その先で待っていたのは第二層ボス《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》と《アステリオス・ザ・トーラスキング》の二体。
二体同時ということでやや手間取ったが、撃破することに成功し、私ははそこであることに気づいた。
攻撃を受けても、HPが減らない。
そもそも、減るHPが存在しないという事に。
そのことにますます混乱したが、更に階段を上り確信した。
階段の先に居たのは《ネリウス・ジ・イビルトレント》。第三層のボスだ。
ああこれはSAO全てのボスがいるのだろうな、と思った。
とんだ悪夢だと、一度引き返し覚めるのを待ったが何も起こる気配は無い。
壁を切ったり、自身を殴りつけてみたり一通り試したが変化は起こらず。
待っていても何も起きないと、私は先に進むことを決めた。
まだ、コハルに私の名前を伝えられていない。
まだ、コハルに触れ足りない。
なら諦めるなんて、出来るはずがない。
それからはがむしゃらに先を目指した。
だが、順調に階層を上れたのは四十九層までだった。
二十五層のクォーターポイントのボスもかなり時間が掛かったが、五十層は格段に強かった。
そもそもSAOのフロアボスに単騎で挑む方が無謀なのだ。当然時間は相応に掛かったし、HPが減る本来の仕様であれば何度死んでいたことか分からない。
それでもなんとかここまで来れたのは、けして諦めず何時間もぶっ通しで戦闘を続けてきたからだ。身体は疲れないが、精神は疲弊する。後半はボスを倒すごとにインターバルを挟まないと次に進むことすら出来ない程だった。
五十層ボスとの戦闘が開始してから、既にどれほどの時間が経過しただろう。
ボスのHPは最初のバーの四分の一程度しか減っていない。
「強い……なぁ……」
あの時も勝てたのは、キリトやアスナ、そしてコハル等の心強い味方が大勢居たからだ。
今は、一人ぼっち。孤独の中、戦わなければならない。
「けど……負けられない……! もう一度、コハルに会うんだ……!」
かちり、とスイッチが入る感覚。
――ずれていた歯車が、元の形に戻った。
それからの戦闘は――どう戦ったのか、良く覚えていない。
気が付けばボスは消滅しており、私は無人の広場に立ち尽くしていた。
「お……おぉ……? いたっ……」
くらりと眩暈を感じ、踏みとどまると頭に鈍痛が走った。
だが止まるわけには行かない。私は次の階段へと足を掛ける。
それから私は詰まる事無く階層を登り始める事が出来た。
スイッチを入れる感覚も掴み、ただ無心でボスを撃破する。
そしてたどり着いた九十五層。
――勝てない。
今、何体目だろう。
確か、九十五体目。
百体まで、あと五体。
百体倒せばどうなるのか、分からない。そもそも、百体で終わる保障もない。
九十五体目のボスは、四体の巨人だった。HPは共通ではなく個別。そして巨体の癖に素早く、攻撃範囲もめちゃくちゃだ。
一体を相手取っていると、他の巨人に吹き飛ばされる。
まるで羽虫を払うように飛ばされ、ろくにダメージも与えることが出来ない。
巨人は恐ろしく固く、首から下に攻撃をしてもダメージが通らない。
かといって頭を攻撃しようにも、その巨体ゆえに腕を伝い駆け上るより他になく、そうしている間にほかの巨人に吹き飛ばされる。
もう数えることも嫌になる程に壁に叩きつけられ、床へと落ちる。
迫る巨人の足音が聞こえる。だけど、私は立ち上がる気力を失っていた。
もう無理だ、立てない。気力が無い。足に力が入らない。
私、何のために戦ってたんだっけ……?
なんでこんなに頑張ってたんだっけ……?
辛い……それなら、いっそこのまま……
――諦めるのか?
声が響いた。
聞き覚えがある、だけどそれもおかしな話だった。何故ならあの男は私とキリトが……
だとすればこれは幻聴だろうか。
――諦めるのか?
うるさいな、もう疲れたんだ。これ以上は頑張れないよ……。
――君の為にコハル君はクリア不可能なクエストを乗り越えたというのに?
「……ぇ……?」
コハルが、私の為に……?
どくんと、心臓が高鳴った。
――そして今、彼女が絶体絶命のピンチに陥っている。君はそれでも動けないというのかね?
コハルが私の為に頑張ってくれた。
そして、そのコハルが今、窮地に立たされている。
気力が湧いてくる。
ふつふつと、身体の奥底から熱が戻ってくる。
――このままでは、君はこのボスにも……そしてコハル君にも負けた事になる。究極の負けず嫌いが……私にも勝利せしめた君が、それでいいのか?
「くっ……ぐぅっ……」
足が震える。
それでも歯を食いしばり、震えを堪え、ゆっくりと、身体を起こす。
――どれほどの実力差があろうと、けして諦めず、奮い立ち、立ち向かい、勝利を掴んだ君がこの程度の相手に負けるなど、私が許さない。
剣を支えに、ダンと強く地を踏みしめる。
そうだ、諦めてたまるか。
負けて……たまるかッ!!!
――立ちたまえ、アリス君ッ!!
「うおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
吼える。
身体の熱を原動力に立ち上がる。
直後、唸りを上げながら豪腕が迫った。
その腕を皮一枚で避け、切りつける。勢いを緩めず腕を駆け上がり、跳躍。
「ぁぁぁぁあああああああッ!!!」
大上段から、脳天を目掛け剣を振り下ろし――
待っててね、コハル――今、行くから!!
◇
いつまでたっても訪れない終わりの感覚に、コハルはそっと目を開いた。
目に飛び込んできたのは――鮮やかな、紅。
「声が、聞こえたんだ。私の名前を呼ぶ、コハルの声が」
「……ぁ……ぁぁ……っ……」
ばさり、とロングコートの裾が翻る。
ああもう、ずるい――
いつだってそうだ。こっちに心配させるだけして、そのくせいつも最後は自分で何とかしてしまって。
「随分遅くなっちゃったけど――」
視界が滲んではっきりとは見えない。
それでも、コハルはその姿をはっきりと覚えていた。
コハルが困っていると、必ず助けに現れる。白馬の王子様のような後ろ姿。
華奢なはずの小さな背中が、何倍にも大きく見える。
ピンチに颯爽と駆けつける、コハルの、コハルだけの英雄。
そんなの、そんなの――
「コハル――助けに来たよッ!」
「――アリスッ!!!!」
惚れてしまうに、決まっていた。
「な、何故君がここに……」
冷泉は初めて動揺した声を発した。
「貴方が私を閉じ込めてた犯人? なら、どうやって出てきたかなんて分かるでしょ」
「馬鹿な……つい先ほどまでは九十五層で止まっていたはず……。加速された時間の中とはいえ、この短時間で全て攻略しただと!? だが解放には管理者権限が必要なはずだ!」
「管理者権限を持ってるやつが、私を解放したんだよ……ほんとに癪だけど」
アリスはそう言い捨てると、剣を構えた。
左足を引き、身体は半身に。両片手剣を後ろに引き絞るように持つその恰好はSAO時代でアリスが得意としていた構えだった。
「キリトが……いち、にぃ……十人? コハル、どういうこと?」
「それは全部キリトさんの戦闘データから作られたAIなの。ソードスキルは使えないけど、強さはあの時と殆ど同じだよ……!」
「ふぅん……」
突然、アリスの身体がぶれた。
いや、違う。ぶれたと感じるほどのスピードで距離を詰めたんだ。
一瞬にしてキリトのデータの内一体の眼前に現れたアリスは、そのまま無造作に剣を振り抜いた。
あっけなく文字列へと変じさせたその光景に、冷泉は驚きを隠せないようだった。
「い、一撃だと……!?」
「キリトは元々防御力が低いからね。クリーンヒットさせれば倒すことは簡単だよ。……その分本人はアホみたいな反応速度で全部防ぐか躱すかするけど」
アリスはそのまま塊となっていたキリト達へと向かい駆けた。
足元から爆発音めいた音を放ちながら、剣を振るう。
一閃、また一閃。
剣閃が走るたび、キリト達はその数を減らしていく。
そして最後の一体を切り倒したところでアリスはようやくその動きを止めた。
「つ、強すぎる……」
「あのボスラッシュに相当鍛えられたからね。……ほんと、嫌になるくらいに」
「ははは……もしかしたら私は、とんでもない怪物を産み出してしまったのかもしれないな……」
冷泉は抵抗は無駄だと悟ったのだろう。がっくりと肩を落としその場に崩れ落ちた。
アリスはゆっくりと近づくと、その首筋にぴたりと剣を突きつけた。
「最後に言い残したことは?」
「何も。……いや、一つだけ。実験体……いや、アリス君。君は自力ではログアウトすることは出来ないが――そのコンソールから強制的にログアウトすることが可能だ、と言っておこう」
「そっか。教えてくれてありがと。それじゃあ後は――向こうでじっくり反省しなさいッ!」
アリスはそのまま振り上げた剣を、迷う事無く振り下ろした。
◇
「ふぅ……」
全てを終わらせ、ため息をついた。
先ほどは気づかなかったが、どうやら研究所のようなところに居たらしい。
真っ白く、無機質な空間には痛いほどの静寂が満ちていた。
「コハル、ただい――わぷっ」
「アリスッ……!」
振り向き、コハルを呼びかける前に勢い良く飛びついてきた何かに押し倒された。
「アリスだ……アリスが居る……っ! あぁ……会いたかった……!」
胸に顔を埋め、泣きじゃくる彼女をそっと抱きしめる。
暖かい。
長らく感じていなかった、人の温もり。データで構成されたアバターであろうと感じることの出来る暖かさに自然と笑みと涙が零れていた。
「コハル……私も、私も会いたかったよ……!」
ぎゅうと強く抱きしめる。
二度と離さないように、離れないように。
「アリス……貴女は私の英雄だよ……! まさか百層まで到達して自力で出てきちゃうなんて……!」
コハルは瞳を潤ませながらそう言った。
だけど……
「あはは……本当は全部は踏破できなかったんだ。本当は九十九層まで。百層のボスは実装されてないようだって言ってたよ」
「言ってたって……誰が?」
「……ヒースクリフ」
私が告げた名前に、コハルは「えぇっ!」と声を上げて驚いた。
「あいつ、あの世界にマスター権限で割り込んできたんだ。……ああ、あの世界っていうのは、私が閉じ込められてたとこなんだけど……。それで、丸々SAOのデータを流用してたあの世界だからこそ、アバターデータを引張ってこれたとかで――難しい事はよく分からなかったけど、最後はあいつと共闘したんだ」
九十五層ボスと戦闘している最中にあいつが割り込んできた。
そのままなし崩し的に共闘を続け、九十九層ボスまで倒すことが出来た。
SAOのゲームデザイナーであるヒースクリフは、全ボスの行動パターンと弱点、その攻略法を網羅しており、SAOでは封印していたその全てを解禁したヒースクリフは恐ろしいほどの強さだった。
悔しいけど、あいつがいなければもっと攻略に時間がかかっていただろうし、そうしたらコハルのピンチに間に合わなかったかもしれないと考えると複雑だが感謝をしなければならないだろう。
ほんとに癪だけど!
「そうなんだ……複雑だけど感謝しなくちゃ、だね」
「ああ、でもそれも必要ないかも。あいつ言ってたんだ。礼はいらない、相応の対価を求めさせてもらうって」
「対価?」
「それはわかんない。けど、近いうち分かるってさ」
九十九層のボスを倒した後、百層にたどり着くとそこには何も無く、コンソールだけが置いてあった。
ヒースクリフはそのコンソールを操作して私の意識をこの場所に飛ばした。あいつはまだやることがまだあると言ってその場に残ったのだ。
そこまで話すと、それきり沈黙が訪れた。
聞こえるのはお互いの呼吸音だけで、ゆっくりとした時間が流れる。
あの世界での最後のように時間制限は無い。話したいことは沢山ある。
けれど……
「そろそろ……」
「帰ろうか、だね?」
私が言い終える前に、コハルが続きを言った。
目を合わせてくすりと笑う。
コンソールの前に立ち、ホロキーボードを操作すると《強制ログアウト》というメニューを見つけた。
タップするとその横に新たにウィンドウが現れずらりと文字列が並ぶ。
プレイヤーIDが表示されているらしく、その中から自分の名前とコハルの名前を見つけ選択。すると《強制ログアウトを実行しますか? Yes/No》というウィンドウが現れた。
これをタップするだけで、現実へと戻れる。感慨深いような、なんともいえない気持ちをぐっと押し込め、Yesをタップしようとして――ぴたりと指を止めた。
「あ、そうだ。忘れてた……。コハル、私の名前はね――」
私が自分の名前を告げようとしたその直前。私は口を塞がれていた。――コハルの唇によって。
「なっ、なななっ……」
顔に熱が集まる。
きっと茹だこのようになっていることだろう。
小悪魔的な笑みを浮かべたコハルは言った。
「それは現実で聞かせて? あとちょっと待てるくらいのエネルギーは今、貰ったから」
ふわりと笑ったコハルに、してやられたと思った。
折角格好良く助けに入る事が出来たのに、これじゃあ形無しだ。
やっぱり、コハルには敵わないなぁと笑みが零れた。
けど、やられっぱなしっていうのも……ねぇ?
Yesボタンをタップする。視界の端にログアウト完了までの時間が表示された。――残りは十秒。
「私の住所、知ってる?」
「ううん、けど必ず会いに行くよ。絶対」
「うん。待ってる。――ね、コハル。耳貸して」
ちょいちょいと手招きすると、コハルは髪をかき上げ可愛らしい耳を露出した。
その耳元にそっと口を寄せて囁く。
「――愛してる」
「なっ――!」
最後に、コハルの頬に軽く唇を押し付けて離れた。
視界が光に包まれ、意識が消失するその直前に見えたのは、顔を真っ赤にして震えるコハルの顔だった。
◇
ALOでの事件が終わって、さらに数ヶ月。
SAO事件が終わってから、実に半年近く。
たった半年と思う無かれ。実に濃く、様々な出来事があったのだ。
そういえば、SAOでも彼女と離れていた期間も丁度今くらいの長さだったなと小春は思った。
だがそれも、全ては過去の事だ。
今日は彼女がリハビリを終え、退院をする日。
あの日現実に戻ってから小春はすぐさまキリトへと連絡を取り、アリスの連絡先を知らないかと聞いた。
キリトはSAOでの知己の連絡先を手当たり次第手に入れていたらしく、あっさりと教えてくれた。
アリスと実際に連絡が出来たのはそれから更に数日後だった。
それからはこまめに連絡を取り合い、会えないながらも寂しくない日々を過ごして行った。
アリスとは会えなかったが、彼女の妹――深藍というらしい――とは何度か会うことが出来た。
深藍は何度か小春に姉に会って行かないかと誘ってきたが、小春は鋼の意思でもって断わり続けた。
アリス自身が、退院してから会いたいと言っていたのだ。曰く、元気な姿を一番最初に見て欲しい、と。
だから小春はぐっと堪え、この日までメッセージのみで耐え忍んできた。
しかし、その我慢は今日まで。
埼玉県は所沢市。防衛医科大学校病院の敷地内にある広場、そのベンチに小春は腰掛けていた。
時計の短針は既に天辺を過ぎており、そわそわと落ち着かない気持ちで待ち続けている。
がらがらと何かを引き摺る音が聞こえた。
はっと顔を上げる。
強い日差しに、一瞬だけ視界を奪われる。
視界が元に戻ると、そこに立っていたのは――
さぁっと、風が吹き抜けた。
アリスだ。
アリスが居る。
だけれど記憶の中の彼女とは違い、赤茶色だった髪はキャラメル・ブロンドに。
特徴的なルビーのような真っ赤な瞳は、SAOでのコハルのような青みがかったグリーン・アイになっている。
まるで絵本の中から出てきたような、西洋の人形のような少女だった。
コハルは一瞬呆気に取られたように目を見開いたが、くすりと笑った少女の表情にアリスであると確信した。優しげな印象の垂れ目も、もちもちした頬も、小柄な体躯も、それに見会わない大きな胸も、全部全部アリスだ。
アリスが目の前までやってきた。緊張に心臓は早鐘を打つようだ。
最初になんて声を掛けるかは決めている。小春は深呼吸をすると、意を決して口を開いた。
「あ! あの!! ……えっと、こんにちは!!」
「ぷっ……ふふっ……」
アリスが噴出した。どうやら受けたらしい。
お互い声を上げて笑いあう。
ひとしきり笑い、涙を拭いながら小春は続けた。
「はじめまして、私、本多小春っていいます」
これはあの時の再現。小春とアリスが出会った、一番最初。
「あなたの、お名前は……?」
違うのは、お互い名乗るのは本名だということ。
違うのは、これから先は再現じゃなく、続きだということ。
アリスが目を閉じ、大きく息を吸って、吐き出した。そして――
「私の名前は――深紅。
深紅。
名月深紅。
小春は心に刻み込むようにその名前を繰り返した。
「良い名前……だね。あれ? じゃあアリスってどうして……」
彼女の本名とアバター名にはまるっきり繋がりがなさそうに思える。
だがそもそも本名とアバター名を関連付けることが少数なのかもしれないと小春が思いはじめた頃に、アリスが照れくさそうに言った。
「それも、私の本名なんだよ」
「えっ?」
アリスが、深紅の本名?
どういうことだろうと小春が首を傾げると、アリスはくすりと笑った。
「私の本当の名前は名月・アリス・深紅。おばあちゃんがくれた名前。これを知ってるのは私の家族と――小春だけだよ」
深紅の話によると、彼女は先祖帰りなのだそうだ。
深紅自身はクォーターで、母親がアイスランド人とのハーフ。そして祖母が純アイスランド人。彼女のミドルネームは祖母がつけてくれたもので、日本では名月深紅とだけ名乗っているらしい。
妹の深藍は日本人である父親の遺伝子を強く受け継いでおり容姿は小春と変わらず黒髪黒目であったが、姉の深紅は祖母にそっくりなのだそうだ。
「長期休暇は基本おばあちゃんの家に帰ってたんだ」
「そっか……だからお正月の行事とか知らなかったんだね」
今までの小さな疑問が氷解していくようだった。
深紅が何故正月行事に疎かったのか。
アイ――深藍が古ノルド語ベースのスペルを流暢に唱えることが出来たのか。
「でも、むっとしちゃうなぁ。アリスってば私の事アバターと本名が同じだって笑ったのに、アリスだって同じじゃない」
「私の場合、その本名は家族しか分からないからノーカンですー」
「ふふっ」
「うふふっ」
「「あはははははっ」」
二人、声を上げて笑いあう。
心の底から、楽しそうに。
小春は両手を広げ、微笑みながら言った。
「――おかえり、アリス」
アリスはその腕の中に飛び込み、向日葵のような笑みを咲かせ、答えた。
「ただいまっ! コハルっ――!」
二人を祝福するように、風が一つさぁっと吹き抜けた。
抱き合う二人の足元に伸びた影では、紅い少女と、蒼の少女が同じように仲睦まじく寄り添っていた――
次回、ALO編最終回