約2ヶ月。駆け足となってしまいましたがここまでありがとうございました。
直葉がその女の子と初めて会ったのは、中学校へと進学し入学式当日の事だった。
入学式を終え、事前に教えられていた教室へと直葉が足を踏み入れると、小学校から知り合いだったのだろう、直葉と同じく新品の制服に袖を通した生徒達がいくつかのグループに分かれ談笑していた。残念ながら直葉の小学校時代の友人は別クラスとなってしまっており、どの輪にも入れそうに無い。
せめて同じ学校出身の子が居ないかと視線を巡らせると、一人の女の子が目に入った。
目立つ容姿の女の子だった。
髪はキャラメルを溶かし込んだかのような明るいブロンドで、ふわふわと波打ったやわらかな髪を腰下まで降ろしている。
瞳は青がかった緑色で、深いフォレストグリーンの宝石のような透き通った目をしていた。
まるで西洋の人形のような容姿の少女は、誰と話すでもなくひとりでぽつんと席に座っていた。
遠くからやってきたのだろうか、近くの小学校から繰り上がりで進学してきた直葉はその少女の事を見た事が無かった。
他の生徒もそうなのだろう。談笑していたのかと思っていたが実際はその目立ちながらも見慣れない、外国人のような見た目の少女を遠巻きにひそひそと話しているだけだった。
少女は酷く居心地が悪そうに、ともすれば今にも泣き出してしまいそうな程に縮こまり震えている。
直葉は意を決するとその少女の近くへと歩いていき、話しかけた。
「初めまして、だよね。あたし桐ヶ谷直葉。あなたは?」
少女はびくりと肩を震わせ、瞳を潤ませながら顔を上げ直葉を見た。
口を数度ぱくぱくと動かし、ようやく、脅えるようにゆっくりと話し始める。
「……ぁ……わ、わたし……は……」
この少女が何故脅えているのかは直葉には分からなかったが、これ以上怖がらせないように大人しく待つ。
「な……名月……深紅、です」
その名前に直葉は驚き目をしばたたかせた。
「びっくりした。あなた日本人だったのね。てっきり留学生かと思った」
「あ……う、うん……」
それっきり少女――深紅は黙ってしまった。
それだけで会話を終わらせるわけには行かないので、直葉はもうひとつ話題を振る事にした。
「この辺の子じゃないよね。どこから来たの?」
「ぇ……? ぇっと……北海道……」
「わ、随分と遠くから来たんだね。北海道って――」
一度流れを掴んでしまえば後はとんとん拍子に話は盛り上がっていった。
内向的な少女だと思っていたが、話を続けるうちに徐々に緊張が解れていったのか少しずつ普通に喋れるようになっていた。
その後は担任がやってくるまで話は盛り上がり、軽く説明を受けた後解散となった。
教室を弛緩した空気が包んだ。
それぞれ三々五々連れたち談笑しながら教室を出て行く。
直葉は席を立つと深紅の元へと向かった。
「名月さん、一緒にかえろ」
「え? い、いいけど……」
深紅は恐る恐るといった様子で首を縦に振った。
そういえば深紅がどのあたりに住んでいるのか知らなかったと口を開きかけたとき、直葉に声を掛ける者達が居た。
「スグー! 一緒に帰ろうよー!」
小学生の頃仲良くしていた友人達だ。わざわざ別クラスから来てくれたのだろう、直葉の元まで歩み寄ってきた。
だが直葉は友人達にごめんと謝った。
「ごめん、あたし今日この子と帰るよ」
直葉が深紅を手差しすると、友人達は視線をそちらに向けわぁと色めきたった。
「わ、何この子可愛い!」
「すごい! お人形さんみたい!」
「なになに、留学生!?」
やいのやいのとはしゃぐ直葉の友人達に、深紅は今にも泣きそうな表情を浮かべ怖がっていた。
「ほらほら、名月さんはこっちに来たばかりで右も左も分からないんだからあんまり困らせないの。それにこの子日本人よ」
ぐいぐいと友人達を教室の外へと押し出し、直葉は汗を拭うような素振りをした。
友人達はぶうぶうと文句を言っていたが、最後は深紅に「名月さんまたね」と笑顔で手を振っていた。気の良い彼女達だからこそ、直葉も友人付合いを続けていたのだった。
直葉が深紅の元へ戻ると、深紅は潤ませた瞳で見上げ言った。
「いいの……?」
「何が?」
「だって、あの子達、桐ヶ谷さんと一緒に帰ろうって……」
なんだそんなことかと直葉は答えた。
「いいのよ。今日は名月さんと帰りたいって思ったんだから。さ、一緒に帰ろ?」
「うん……」
◇
「まさか隣に引っ越してきたのが名月さんだったなんてねー。世間は狭いわ」
「あは……」
下校途中話を聞いてみると、深紅は丁度一ヶ月前位に隣に引っ越してきたのだという。
他にも色々と教えてくれた。母がアイスランド人とのハーフで、深紅自身はクォーターだということ。深紅は先祖帰りだということで日本人離れした容姿をしていると言っていた。
取り留めのない話をしていると、深紅がおもむろに問いかけて来た。
「あの……何で、私に話しかけてくれたの……?」
「何でって?」
「私、こんな見た目だし……知り合いも居ないし……だから皆遠くから噂してるだけだったのに……桐ヶ谷さんはなんで……」
何でだろうと直葉は考えた。
見た目が目立ったから?
見ない顔だったから?
一人でいたから?
そのどれもが違うと直葉は思った。
「うーん、なんでだろうね?」
「えぇ?」
「一目見たときから、なんていうか……ほっとけないって思ったのよ。庇護欲ってやつ?」
なにそれ、と深紅はくすくすと笑った。
それは初めて見る彼女の笑顔で、直葉は可愛らしいなと素直に思った。
同時に、この少女の事をもっと知りたい、仲良くなりたいと強く思った。
「ねえ、深紅ちゃんって呼んで良い?」
「ふぇ? いい、けど」
「ありがと。じゃあ深紅も私のこと直葉って――いや、スグって呼んで」
「えぇぇ!?」
「いいじゃん。あたし達もう友達でしょ?」
友達。
直葉がそう口にすると、深紅は驚いたように――そして辛そうに表情を歪めた。
「え……ダメだった? あたし、深紅ちゃんと友達になりたかったんだけど……」
深紅は黙ったままだった。何かを考えているように、視線を下げた。
ややあって、顔を上げ、言った。
「ううん……私も、友達になりたい。――スグちゃんと」
何か迷いがあったのだろう。葛藤があったのだろう。
それが何かは直葉には分からない。だが迷いながらも、悩みながらも直葉と友達になりたいと言ってくれたという事だけはわかった。
直葉はその姿に胸を衝かれながらも、笑みを浮かべ手を差し延ばした。
「よろしくね、深紅ちゃん!」
「よろしくね、スグちゃん!」
硬く手を握り合った二人が、『友人』から『親友』になるのにそう時間はかからなかった――
◇
名月深紅と名月深藍は1歳差の年子だ。
姉は祖母に似て、妹の深藍は父親に似ている。
その為同じ両親から産まれたクォーターでありながら、その髪色や目の色は似ても似つかない。
顔立ちは姉妹らしくそっくりなのだが、それ以外は正反対の姉妹だった。
好きな色が違う。深藍は青系の色を、深紅は赤系の色を好んだ。
好きな食べ物が違う。深藍は魚料理で、深紅は肉料理を好んだ。
趣味が違う。深藍は読書で、深紅は身体を動かすことと、最近ではネットゲームにハマっている。
得意科目が違う。深藍は理系科目で、深紅は体育。
同じところの方が少ない姉妹だったが、その仲は良好すぎるほど良好だった。
深紅が深藍を溺愛していることもあったが、深藍も深藍で大概シスコンだった。
深藍は自分がシスコンであることを自覚している。
しかしそれは最初からそうであるわけではなかった。明確にそれを自覚したのは、深紅が小学校を卒業する年の二月ごろ。
その日深紅は雨が降っているわけでもないのにずぶ濡れで帰ってきた。
先に帰ってきていた深藍はその姿を見て驚愕した。
慌ててバスタオルをかけ事情を聞き――深藍は怒りに震えた。
帰り道、頭から思い切り水をかぶせられたのだという。
二月、それも北海道の冬だ。最低気温は日によるが酷いときには-10℃以下にもなり、そんな中水をかけられれば最悪死に至る。ただの悪戯では済まされない。
事実深紅は翌日、高熱を出して寝込んでしまった。それだけですんだのはむしろ幸運なほうだろう。
深藍は怒りに任せ、学校に――ひいてはこんなことを仕出かした愚か者共に復讐してやろうと家を飛び出そうとした。
その深藍の手を、深紅が震える手で掴んだ。
大丈夫だから、と熱に浮かされ朦朧とした表情で深紅はそう言った。
どうにか部屋に運び込み、ベットに寝かしつけ、高熱で喘ぐ姉の手を取った深藍は決意した。
姉を守る。何があっても、誰が相手でも。
大事にするのは姉が望んでいないので、ひとまず姉を避難させようと両親を説得し卒業までに引越しをすることに成功した。その際父は仕事があるため北海道に残る事になったが快く送り出してくれた。
転校先は北の台地から遠く離れた埼玉県は川越市。ここなら姉は友人関係を全てリセットできる。
まさか転校初日から友人を作ってくるとは思わなかったが、曇りがちだった姉の表情に少しだけ笑みが戻ったことにはほっとした。
深紅は家族の前では気丈に、いつも通り明るく振舞っていたが深藍は知っていた。学校に居るときの姉が捨てられた子犬のように脅えていたことを。
まだ深藍は中学校に上がっていなかったため一緒に登校することが出来なかったが、何度学校をサボってついていこうと思ったか分からない。流石に姉に止められたので諦めたが。
深藍が直接守れない為、更に外部からの進学ということで入学式初日を警戒していたのだが、帰宅して少し照れくさそうに友達が出来たと報告した姉の姿に深藍は肩の荷を降ろした。
だが、姉に再び友人が出来たとはいえそれを手放しで喜ぶ深藍ではなかった。その友人が姉に相応しいかどうかリサーチする必要があった。
友人と遊ぶという姉に無理を言って付いていき、実際に会ったその友人――直葉は深藍から見ても申し分ないように思えた。
これなら大丈夫そうだと、深藍が安心したのも束の間――深紅がデスゲームへと囚われてしまった。
それからの事は、語るまでもない。
深藍は泣き喚いたし、絶望したし、立ち直った。
そして紆余曲折あって――姉は帰ってきた。
その結果。
「お姉ちゃぁぁん!」
「わっ……あは、深藍ったら甘えん坊だなぁ」
シスコンは、加速していた。
ぐりぐりと頭を、匂いをマーキングするかのようにこすり付けている。
深藍が、深紅にだ。
枯れ枝のようだった深紅の身体は徐々にふっくらとした女性らしい肉付きを取り戻してきていた。
なかでも入院中も変わらずにたわわと実っていた双丘に顔を埋めぎゅうと強く押し付けた。
石鹸の匂いだろうか、ふわりと甘い金木犀のような香りに包まれ、深藍はうっとりと目を閉じた。
今度こそ、放さない。
甘えられなかった二年半を埋めるように、深藍は深紅にべったりとくっつくのであった。
◇
大小様々な星々が瞬く、雲ひとつない漆黒の夜空。
月明かりがちらちらと辺りを薄く照らし出し、ぼんやりとあたりに幻想的な雰囲気が醸し出されていた。
身を切るような寒さの空を、コハルはアリスと二人寄り添いながら飛んでいた。
二人の姿は、かつてSAOを共に過ごしたアバターの――現実の姿と変わらなかった。
ALOはあのような事件もあり、一時期は壊滅的なダメージを受けサービスを停止していた。
それはALOに限らず、全てのVRMMOでもそうだった。
このまま、VRMMOは衰退していくものと思われたが――
だがそれを、ヒースクリフ――茅場晶彦がキリトへと託した《ザ・シード》というプログラムが力技でひっくり返してしまった。
結論として、VRMMOというジャンルは衰退どころか更に発展をすることとなる。
新たに生まれ変わった新生ALOでは、旧SAOプレイヤーがアカウントを作るとき、その外見も含めてアカウントデータを引き継ぐことが出来る。
アリスとコハルは、迷わずデータを引き継いだ。流石にユニークスキルであった《英雄之剣》やソードスキルなどはコンバートできなかったものの、二人はあの世界で得た思い出を、新しい世界へと持ち越すことが出来たのだった。
アリスが選択した種族はサラマンダー。紅蓮の髪に、紅玉色の瞳、深紅のロングコートとかつての《紅の戦姫》よりも赤々とした色合いのアバターだった。
コハルはそのままシルフを選んだ。アリスを助けるために冒険したこの種族もまた、コハルにとってかけがえのない思い出の一つだったからだ。
漆黒の空に、紅と蒼の線が二本すっと描かれる。
下方から、藍と翠の線が合流した。
「深紅ちゃーん!」
「お姉ちゃぁーん!」
深藍――アイと、直葉――リーファだ。
二人は凄まじい勢いでアリスへと突撃すると、そのままの勢いで吹き飛んでいってしまった。
コハルは苦笑しながら、三人を追いかける。
追いつくと、アリスが二人を叱り付けていた。
「もう! 危ないでしょ! それに、こっちでその呼び方は禁止!」
「「ごめん(ごめんなさい……)……」」
しゅんとしょぼくれた様子の二人に、お姉ちゃんをしているアリスに、コハルはぷっと吹き出し笑う。
アリス達は突然笑い出したコハルに一瞬きょとんとしたが、同じようにつられ笑いだした。
満点の夜空に、四人の少女の笑い声が木霊した。
最初に口を開いたのはアイだった。
「コハルさん。もうそろそろですか?」
コハルはメニューを開き、時間を確認する。時刻は23時59分。
予定では、もうすぐだ。
全員で、満月を仰ぎ見る。
巨大な満月が、冴え冴えと蒼く光っている。
直後
ゴーン、という鐘の音が幾重にも連なって鳴り響いた。
世界樹内部から発せられたその音は、広大な波となって全世界へと伝わっていく。
午前零時
月が、欠けた。
否、月を蝕むように、何かが現れている。
月を侵食するようにして、その影はどんどん大きく、広がり、形作られていく。それは月を全て覆い尽くしても尚大きく。
形は、円錐形のように見えた。あまりにも大きすぎるためその遠近がよく掴めない。
突如、影が光を帯びた。
眩く黄色い光を四方へと放ち、その全貌を現した。
城だ。巨大な、幾重にも層の重なった、浮遊する城がそこにはあった。
「あれが……」
「あれが、お姉ちゃんたちの……」
リーファとアイが、驚きに声を漏らした。
アリスとコハルが続け、声を揃えて言った。
「「浮遊城、アインクラッド」」
四人は黙り、あまりにも巨大な浮遊城を眺めていた。
すると前方――アインクラッドを背にして、幾多の人影がこちらに向け手を振っているのに気づいた。
「おーい! いつまでそこにいるんだー!」
キリトだ。
その隣にはアスナとユイが寄り添っている。
近くにはクライン、エギル、リズ、シリカ――その他にも、あのオフ会の場に居た全員がこちらに向け手を振り続けている。
四人は顔を見合わせ、くすりと笑った。
「それじゃ、おっさきー!」
「あっちょっとリーファちゃん! もう、私も行くね!」
リーファとアイが連れたって飛び去った。
コハルはアリスへと手を差し伸べる。
アリスは手を取り、笑った。
「行こう、コハル」
「うん、今度こそ――」
二人の声が重なった。
「「百層へ!」」
修正 アイルランド人→アイスランド人