しかも続きます。
「うへぇ……」
私はタブレット端末のスケジューラーアプリを起動して辟易とした。
そこには今日から五日間の予定がぎっしりと詰まっている。
ゴールデンウィークで五連休だというのに、休みが一日も存在しない。
「まあ、おっけーだしたのは私なんだけどさ……」
いそいそと着替えながら、ため息を一つ溢した。
確かに忙しいが、同時に楽しみでもあるのだ。
中々一緒に遊ぶ事が無い人との約束もあるし。
それにしても、随分と友人が増えたなと思う。
昔も、これくらい友人は居た。むしろ、今よりも多く友人はいたかもしれない。
だけど、一度それは零になった。いや、マイナスにすらなっていただろう。
あの時の私は、家族を除けば味方はおろか中立の人間すらおらず、周りの人間は全て敵だったのだから。
そう考えると、今の状況に恵まれてるなぁと喜びこそすれ嫌な気持ちなど微塵も起こらない。
さあ、今日は誰と遊ぶのだったか――
◇Days1 アスナの場合
「深紅ー!」
待ち合わせスポットとして有名な、歴史に名を残した忠犬の像。その付近で栗色の髪を揺らしながら、ぶんぶんと手を振る絶世の美少女――明日奈に私は小走りで駆け寄った。
「明日奈、お待たせ」
「ううん、私も丁度今来たところだから」
ほわほわと花が綻ぶような明日奈の笑顔に、SAOで出会った当初とは随分と変わったなぁと感慨深さを覚える。出会った時はあんなにつんけんしていたのにね。
見てよ周りの男共の顔を。アスナの笑顔に釘付け状態だ。
「珍しいね、明日奈が私と二人で遊びたいなんて」
「小春と三人で遊ぶことはよくあったけどね。けど深紅と二人っきりってそういえば無いなぁって思って」
小春と明日奈は大親友だ。よく小春は明日奈の元を訪れていたし、明日奈も何度も遊びに来ている。大体小春と明日奈の二人か、私も含め三人で遊ぶ事が殆どで、なるほど明日奈と二人きりという状況は無かったなと思い返した。
「たしかに。それで今日は何するの? ショッピングって言ってたけど……」
「うん! 実は深紅とやりたいことがあったの」
「やりたいこと?」
「それはね――」
明日奈はにっこりと笑みを深め、言った。
「深紅の着せ替え!」
◇
「なんで……こうなったの……」
半ば引き摺られながら連れて来られたのは、都内にある若い女性向けテナントが多数集積されているファッションビル。
あちらで着せ替えられ、こちらで着せ替えられ、散々中を連れまわされた。
甘ロリ、クラロリ、ゴスロリにカジュロリ……およそロリータファッションで思いつく全てを試された気がする。
今は、ビル近くにあるこ洒落たカフェで休憩を取っているところだった。
机に顎を乗せぐでっとすると、明日奈はつやつやとした表情で言った。
「あぁ、楽しかった……!」
「それは良かったけど……なんで私の着せ替え。なんでロリータオンリー……」
目を輝かせながら服を次々と持ってくる明日奈に、嫌とはいえず乗せられてしまった私も私だけど。
「前々からアリスを着せ替えしてみたいとは思ってたんだ。小春から毎日のように惚気――じゃなかった、そういう話を聞かされてたから。それでこっちのアリスを見たらますますやりたくなっちゃって」
「それでこの所業にいたる……と」
ジト目を送ると明日奈はごめんと手を合わせ苦笑した。
「付き合わせちゃったお詫びにここ奢るから! 許して?」
可愛らしく小首を傾げた明日奈に、文句を言う気力も失せてくる。
まあ、一つ着せては可愛いとはしゃぎ誉めてくれる明日奈に悪い気はしなかったのも確かだ。
「いいよ、楽しかったなら。私も色々試せて良かったし。ロリータファッションなんて普段着ないし試そうとも思わなかったから」
「ほんとう!? 嬉しい!」
ぱぁっと表情を綻ばせた明日奈に、こちらも笑みを返した。
そういえば、と明日奈は口を開いた。
「アリス――あ、ごめん。深紅って髪型あんまり変えないよね」
確かに。私は基本的に髪型を弄ったりはしない。
深藍や小春におもちゃにされることはあるけれど、自分で編んだり結ったりはめんどうくさくてしていない。不器用だから綺麗に出来るとも思えないし。
そう言うと、明日奈は勿体無いと苦笑した。
「せっかく綺麗な髪してるんだから勿体無いよ! 長いから色々アレンジできるし……例えば」
明日奈は席を立ち、私の後ろまで来ると私の髪を手に取り弄り始めた。
されるがままにしていると、明日奈はするすると髪を編み、後ろで纏め、結った。
「ほら、これで私とお揃い!」
手鏡を目の前に差し出され、確認する。
編み込みのハーフアップだ。
手で触ってみると、かなり丁寧に編み込まれてあるようで、それをこの短時間で仕上げてしまった明日奈の器用さというか手際の良さに呆気にとられる。
「それでー、これはプレゼント!」
明日奈はハンドバッグから何かを取り出すと、そのまま私の頭につけた。
大きめの、赤いリボンの髪飾りだ。
「わぁかわいい! やっぱり似合うと思ってた!」
唖然とする私を他所に、明日奈は一人盛り上がっている。そのまま小型タブレット端末で私の写真をぱしゃぱしゃと取り始めた。
「あ、ありがとう……。けど私誕生日でもなんでも……」
明日奈が着けてくれたリボンは、先程のファッションビル内の店舗で私が目をつけていたもので、赤いしちょっと可愛いなぁと思ったけれど、自分では上手く使いこなせそうにもないと結局買わなかったもの。
まさかそれをプレゼントされるとは思わず、かといって何かの記念日とかそういうわけでもない。プレゼントされる心あたりが何も思い浮かばずただただ困惑する。
そんな私の気持ちを察したのか、明日奈はニコニコとした柔らかな笑みを浮かべていた。
「これは日頃のお礼。小春は大親友だけど、私、深紅の事も同じくらい大事に思ってるんだよ? あの世界で一番最初に出来たお友達だもの」
「……ぁ…………」
SAOで、データの世界に囚われ呆然自失としていた彼女にこの世界の事をどう思うと問われ、どちらにいようと自分らしくあれば、それは生きてるということだと思うと伝えた。
その時に、友達になってくれないかとお願いされ、勿論と答えた。
あの世界で、明日奈の一番最初に最初の友達は確かに、私だった。
「あの世界で絶望してた私に、立ち直る切欠をくれてありがとう。……色々あって、言うのが遅くなっちゃったけど、これからも仲良くしてくれる?」
明日奈が少し不安そうに問いかけてきた。
そんなの、決まっている。
「もちろん!」
◇Days2 シリカの場合
「深紅さん! こっち! こっちです!」
待ち合わせ場所――水道橋駅西口へとたどり着いた私は、ぴょんぴょんと飛び跳ねるシリカこと綾野珪子の元に小走りで駆け寄った。
「ごめんね、電車乗り間違えちゃって」
「いえいえ! そんなに待ってないので!」
逆方向の電車に乗ってしまい、少し遅刻してしまった件を詫びると珪子は笑顔で答えた。
「それじゃあ早速行きましょうか?」
「うん……けど、私こういうの初めてだから……」
「大丈夫です! 今日は私が手取り足取り、ぜーんぶ教えちゃいます!」
「あはは……お手柔らかに」
軽く雑談を交わしながら駅から目的の場所――東京ドームへと二人で歩きだした。
周りを見回すと、私達と行く先が同じと思われる人達が波となって流れていた。
それを見て私は、お祭り前の高揚感というか、熱気のような何かを感じ取った。どことなく、皆そわそわしているような、期待を押さえ切れないような空気だ。
「楽しみだなぁ、ユナちゃんのライブ!」
そう、これから行われるのは、大人気アーティスト《Yuna》の東京ドーム公演。
あの世界で共に戦った事のある、《吟唱使い》ユナの晴れ舞台。
向こうで彼女と知り合った私は、先日のオフ会の時に連絡先を交換しており、今回のライブは彼女に招待されたものだ。
もらったチケットは二枚。その内の一枚をかねてからユナの大ファンであるという珪子に譲り、今日は一緒に訪れたのだ。
「でも、本当によかったんですか? せっかくチケット二枚貰ったのに、小春さんとじゃなくて私と一緒で……」
突然、伺うように珪子が尋ねてきた。
「大丈夫だよ。小春は今日予定があるって言ってたから。それに折角行くんだもん、楽しめる人が一緒の方がユナも喜ぶよ」
「それなら、よかったです」
言うと、珪子は嬉しそうにはにかんだ。
東京ドームにたどりつくと、熱気がばしばしと伝わってくるような盛況ぶりだった。
ドーム前は物販のテントがずらりと並び、長蛇の列が出来ている。
人混みに酔ってしまいそうになるほど、見渡す限りの人、人、人だった。
「ふわぁ……すっごい人気だね、ユナちゃん」
「はい! 突如彗星の如く現われ、あらゆる賞を総なめにした超電脳アイドル! 今や知らぬ人のいない、すっごいアーティストなんですよ!」
まるで自分の事のように、興奮した様子で珪子はまくしたてた。
「珪子ちゃんってほんと、ユナちゃんの事好きだよねぇ」
珪子は随分とユナに入れ込んでいるというか、お熱な感じだ。一体何が珪子をそこまで駆り立てるんだろう。
「私、実はSAOで何度かユナさんの歌を聞いたことあるんです。ユナさん、よく中層域の街で歌ってたから……。それで、ユナさんの歌に何度も励まされたんです」
「私も聞いたことあるなぁ。楽団のBGMに自分で歌詞を作って曲にして……。あはは、そうすると私達はユナちゃんの路上ライブ時代からのファンなんだねぇ」
かつて、アインクラッド内で歌っていた吟遊詩人の少女。それが今や売れっ子アイドルだ。世の中何が起こるか分からないもんだね。
「あっ! 会場限定のTシャツ売ってます! 深紅さん、買って御そろいにしましょうよ!」
「え? ちょっと、珪子ちゃん?」
とたとたと走り出した珪子の後を慌てて追いかけた。
物販だろうテントには有名なラーメン店の如く長蛇の列が並んでおり、目当ての会場限定Tシャツを買うのに数十分も要したが楽しそうにこれまでのライブの事を語る珪子の話に付き合っているとあっという間だった。
白地の、胸にデフォルメされたユナのイラストがあしらわれているTシャツを購入し、近くのショッピングモールのトイレを借りて会場におっとり刀で戻ると、もう入場が出来るようでドームの入場口にはこれまた延々と続く人の波が出来ていた。
「さあ深紅さん、行きましょう!」
「うん!」
差し伸べられた珪子の手を握り返し、私達は入場口から少し離れた場所にある関係者入り口へと向かった。
◇
「「はぁ……」」
三時間程のライブを終え、ドームの外に出た私達は何度目か分からないため息をついていた。
がっかりしたわけじゃない。むしろその逆。凄すぎて、感動しすぎてため息しか出ないのだ。
「凄かったねぇーユナちゃんのライブ」
ユナのライブは、元々語彙があまり豊富ではない私だけれどもとにかく凄いの一言でしか表せないほどに凄かった。
開演の際にはこれを装着してくださいと、入場時に眼鏡のようなものを手渡された。珪子はこれが何か知ってるみたいだったけれどにやにやしているだけで詳しいことは教えてくれず、とりあえず言われたとおりに装着して開演を待った。
幕が開けたとき、私は言葉を失っていた。
ステージの中央から煙を突き破って、派手に登場したユナは牡丹色の閃光を周囲に振りまいた。既にテレビや街頭モニターなどで何度も目にした事がある彼女が、飛行する大福みたいな白いマスコットキャラ乗って縦横無尽に飛び回る。
小さなマスコットの上に乗ったユナは歌いながら器用にくるくると回り、飛び跳ね、ポーズを決める。その度に牡丹色の光がちらちらと星のように瞬いては消えていく。
彼女のイメージカラーである紫色のペンライトを振ることも忘れただただ見入っていた。
一際大きな歓声が上がり、はっと我に返った私は、今度は夢中になってペンライトを振り回し珪子と一緒になってぴょんぴょん飛び跳ねライブを堪能した。
あっという間の、夢のような三時間だった。
「この眼鏡、AR技術の粋を集めた結晶なんですって。バーチャルアイドルであるユナちゃんをこうして現実で身近に見られるなんて、本当に感動です……!」
感極まったという風に珪子はぐっと手を握り熱弁していた。
AR――Augmented Reality。つまり、拡張現実。
仮想世界に現実の私達を移すVRとは逆に、仮想世界を現実世界へと映し出す最新の技術。確か随分前からその存在自体はあったものの、まさかここまでのものだとは思いもしなかった。
この眼鏡をかけるだけで、あれだけすごいものを映し出せるのだ。今の時点でこれなのだから、あと数年もしない内にもっと広まるんじゃないだろうか。
「おーい! アリスさん!」
科学技術の発達に感動を覚えていると、背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、こちらに手を振りながら小走りで近づいてくる二つの影が見えた。
一人はユナ――重村悠那。そしてもう一人はノーチラスこと後沢鋭二だった。
「ユナちゃん! ノーチラス! お疲れ様!」
思いがけない再会に表情を緩めた。少し話していきたいとは思ったけれど、きっと忙しくしてると予想して帰ろうとしていたところだったから。
「アリスさん、すみません。ユナがどうしても話がしたいって飛び出してきちゃって」
鋭二が申し訳無さそうに頭を下げた。とんでもないと私は首を振る。
「そんなことないよ! 私もユナちゃんと話したかったし!」
私がそう言うと、鋭二と悠那は安堵したように胸を撫で下ろした。
「よかったぁ、会場でちらっとアリスさんが見えたから来てくれたのは知ってたんですけど、関係者席に行ったら居なかったから、もう帰っちゃったと思ってたんです。来てくれてありがとう。楽しんでくれました?」
「もちろん! 私、ライブとか全然行ったことなかったんだけどすっごく楽しかった! 今まで来なかったこと後悔しちゃうくらい!」
「ホントに? ありがとう、アリスさん!」
悠那が差し出してきた手を両手で握り、楽しかった旨を伝えると彼女はぱぁっと表情を綻ばせた。そして私の隣にいる珪子へと視線を向けた。
「あなたは……オフ会で会った事あるよね? 確か向こうで何度か歌を聞きに来てくれた……」
「えっ!?」
突然話を振られた珪子は目を丸くして驚いていた。
「お、覚えてくれてたんですか……!?」
「うん。あの時歌を聞きに着てくれた人は何人も居たけど、全員覚えてるよ」
珪子は感動に目を潤ませ、悠那の手を取り言った。
「わ、私……綾野――ううん、シリカっていいます! ユナさん、ずっとずっとファンでした……!」
「ありがとうシリカちゃん! あ、そうだ……」
悠那は何かを思いついたようにぽんと手を打ち鳴らしたかと思うと、懐からマジックペンを取り出した。
「なにか書けるもの、持ってないかな?」
「え? ええっと……」
悠那が何をしようとしてるのか察したらしい珪子が慌ててポケットや肩掛け鞄ひっくり返し慌てて何かを探しだした。そしてはっと何かに気づいたような仕草をすると、Tシャツの裾をぐいっと引張った。
「ここ! ここにお願いします!」
「オッケー!」
さらさらと慣れた手つきで珪子のTシャツにマジックペンを走らせた。崩された筆記体で《Yuna》と書かれ、横にはユナがライブで乗っていた饅頭のようなマスコットキャラがデフォルメされて書かれていた。
「はわわわ……! ありがとうございます! 家宝にしますっ!」
涙を浮かべながらぴょんぴょんと飛び跳ねる珪子に私と悠那、鋭二は微笑ましい者を見るように目を細めた。改めて、悠那は私へと向き直る。
「アリスさん、今日は本当に来てくれてありがとうございました」
「ううん、こっちこそ招待してくれてありがとう。あと、アリスでいいってば。それに敬語も。私の方がずいぶん年下なんだし」
あの世界に居たときから、リアルで再会して今に至るまで悠那と鋭二は頑なに私への敬語を改めようとしない。二人とも間もなく成人を迎えるはずで、私よりも五歳年上だ。
私も最初、こっちで会ったときに年上だと知ってからしばらく敬語でいたのだけれど、二人とも嫌がったため以前のように素で話している。向こうでもずっとそうだったし、この方が私は話しやすいからと承諾したのだった。とはいえ、やっぱり年上の二人からこうも畏まられてしまうとどうも落ち着かない。
「そうもいきませんよ。アリスさんは俺達の命の恩人なんですから」
「そうですよー。アリスさんが居なかったら、私は今頃こうしてドーム公演なんて出来てなかったでしょうし」
悠那は振り返り、背後にそびえる東京ドームをみてしみじみと呟いた。
「私、歌うことが好きで……こうやって大きなところで歌うのが夢だったんです。だから命を助けていただいて……その上、あの世界から救い出してくれたアリスさんには何度感謝してもしきれません」
「あの時、ユナを失っていたら俺は多分……壊れていました。何も出来なかった自分に絶望して、全てを諦めて逃げ出していたかもしれません。だから貴方はユナの命の恩人だけでなく、俺の――俺達の命の恩人でもあるんです」
二人は揃って頭下げ、異口同音に、声を揃えて言った。
「「アリスさん、命を助けてくれて……ありがとうございました」」
◇Side シリカ
その後、ユナさんはライブの運営のスタッフ達との打ち上げがあるとかでノーチラスさんとと共に別れを惜しみながらドームへと戻っていきました。
茜色の空がコンクリートで舗装された地面を真っ赤に染め上げる中、あたしはアリスさんと二人、肩を並べて歩いています。
「…………」
先ほどから、機を伺いながら言い出そうと何度も口を開きかけますが……結局言葉に出来ずまた閉じて、を繰り返していました。
あと一歩、踏み出す勇気が足りず、このままでは直に駅に着いてしまうでしょう。
一歩、踏み出す勇気を。あの世界でコハルさんが言っていた、短剣使いに絶対必要だという勇気が欲しくて、私は心の中で絶対的な信頼を置いたパートーナーの名を呼びます。
――ピナ、お願い。私にちょっとでいいから勇気を……!
「あのっ!」
震える声と身体を抑え、深紅さんの前に回りこみました。
「どうしたの?」
深紅さんは、小首を傾げ不思議そうにこちらを見ました。
鞄からあるものを取り出し、両手で深紅さんに差し出します。
「う、受け取ってください!」
「これは……?」
「その……あ、開けてみてください」
可愛らしくラッピングされた、小さな紙袋を受け取ると深紅さんは包みを破らないよう丁寧に開け、中からアクセサリーを取り出します。
オレンジ色の小さな花があしらわれたそれは、イヤリングの形をしていました。
「これは……?」
「えっと、金木犀のイヤリングです」
「それは分かるんだけど……どうして私に?」
プレゼントされる理由が思い当たらないのか、困惑した表情で深紅さんはアクセサリーとあたしとを視線を言ったり来たりさせています。
あたしはすぅはぁと深呼吸をすると、意を決して話し出しました。
「本当は、もっと前に渡そうと思ってたんです。学校とか、その後とかに。けど他の人がいるときだと恥ずかしいし、深紅さんって大人気だから中々二人になれなくて……だから、今日はチャンスだと思ってたんです」
あたしよりも僅かに背の高いアリスさんを、上目遣いに見上げ、続けます。
「深紅さん――いいえ、アリスさん。ずっとずっと……ずぅっと、お礼を言いたかったんです。あの時、あたしとピナを助けてくれて……本当に、ありがとうございました」
やっと言えた――。
SAOで、助けてもらった後に何度も言おうとして、結局言えなかったお礼の言葉。思わず表情を綻ばせると、アリスさんははっと息を呑んだようでした。
「金木犀の花言葉は、『気高い人』です。私が見たアリスさんは、強くて、格好良くて、優しくて……おとぎ話の勇者様みたいでした。だからこれを渡したくて……直接、もう一度お礼が言いたくて、チャンスを待ってたんです」
「そんなこと、ないよ……私は……」
首を振り、否定しようとするアリスさんに、そうはさせないと抱きついて阻止します。
「そんなことあるんです。私にとって深紅さんは……アリスさんは、勇者様なんです。たとえアリスさんでも、違うなんて言わせませんから」
「珪子ちゃん……」
固まっていたアリスさんでしたが、やがてそっと腕を持ち上げると優しく、あやすように私の頭を撫でてくれました。
「……ありがとう、シリカちゃん。大事にするね、このイヤリング」
「はい。……つけてみてもらえますか?」
「いいよ」
少しばかりの名残惜しさを感じつつ、アリスさんから離れると彼女は横髪をかき上げ、ほんのり赤く染まった耳にイヤリングをつけました。ぱちっという小気味のいい音がしたかと思うと、再び露になった耳にはきらりと金木犀の花が夕陽に照らし出されていました。
「どう、かな。……似合う?」
「とっても!」
アリスさん――深紅さんは童顔というか、あどけなく可愛らしい顔立ちをしているのですが、イヤリングをつけて照れくさそうにこちらを伺うその姿は子供らしさというよりも女性らしい、美しいというような表現が似合いそうなほどでした。
自分がプレゼントしたイヤリングをつけて嬉しそうにはにかんでくれたアリスさんに、あたしも嬉しくなって思わずもう一度抱きついてしまいました。
「わっ、何だか今日のシリカちゃんは甘えん坊だね。まるで妹みたい」
妹みたいだと言われ、あたしはぴこんと閃きました。顔をアリスさんの胸に埋めたまま、あたしは一つお願いをしました。
「あの、アリスさん。変だなって思うかもしれませんが、お願いがあるんです」
「お願い? なぁに?」
「……笑いませんか?」
顔を上げ、不安そうに見つめるとアリスさんはしっかりと頷きました。
「お姉ちゃんって、呼んでもいいですか?」
アリスさんは一瞬きょとんとしたあと、ぷふっと小さく笑いを漏らしました。
「あ! 笑いましたね! 酷いです!」
「あは……ごめんごめん。まさか妹が一人増えるなんて思わなくって」
くつくつと笑い出したアリスさんに抗議の視線を向けると、彼女はあたしの頭を撫でながら言いました。
「いいよ。シリカ」
「っ……」
にっこりと微笑んだアリスさんの表情に、私は目を奪われました。みるみるうちに頬に熱が集まり、今にも沸騰しそうになります。
――ねえアリスさん。知っていますか?
あたしは顔を真っ赤に染めたまま、自分に出来る一番の笑顔で、言います。
「お姉ちゃん――」
――金木犀の花言葉。『気高い人』の他にまだあるんですよ。
「――大好きです!」
・ARのライブについて
オーディナルスケールのユナのライブのような感じです。ユナはバーチャルアイドルとして活動しているため、現実でドーム公演をやるためこのような形に。
映画との違いはユナはAIではなく重村悠那という中の人がちゃんといること。Vチューバーみたいなものです。
悠那自身はアミュスフィアを被り、仮想世界でライブを行っていますが、オーグマーの原型となる眼鏡型のAR端末を被ることによりその光景をリアルタイムでドーム内に映し出す……というような感じに。
・金木犀の花言葉
『謙虚、謙遜』『真実』『気高い人』『誘惑』『陶酔』
そして『初恋』