この話はもうド直球な程女性同士の恋愛の描写があります。
ここまで読んでくださってる方には不要な警告だとは思いますが、もし万が一この話から読み始めてくれた方で、そういったものに抵抗がある方はお気をつけください。
◇Last Day コハルの場合
「それで、ボスは倒せたの?」
「まさか。とーぜん負けたよ。頑張ったけどね」
ゴールデンウィーク、五連休の五日目。最終日。
今日は朝から小春と一緒に家で一日中寛ぐ……らしい。小春曰く。
小春が用意してくれた朝食を食べ、二人でささっと部屋の掃除と洗濯物を片付けた後、だらだらとお茶を飲みながら駄弁っている。
話題は、わたしがこのゴールデンウィーク中に何をしていたか。
初日は明日奈と一緒に買い物に行き、二日目は珪子ちゃんと一緒にライブを観にいった。
三日目はスグちゃんとテーマパークへと遊びに行き、四日目は深藍と一緒にALOでボスに挑戦した。
ずいぶんとタイトなスケジュールで、めまぐるしく日々が過ぎて行ったけれど、この四日間の出来事はわたしの中で宝物のようにキラキラと輝く素晴らしい思い出となった。
そして最終日である今日。わたしは小春の足の間に収まり、彼女の腕にぬいぐるみのように抱かれながらどこに行って、何をして、なにを感じたか振り返るように小春に話している。
今は四日目の、深藍とフロアボスに挑戦した時の話を振り返っているところだ。
「あれ? でもMMOトゥデイで、ついに第一層フロアボス攻略者が! って今朝ニュースになってたけど」
コハルはわたしの頭上であれ? と首を傾げた。
そう。わたしと深藍の二人で挑戦したボス攻略は失敗したが、その後にボスを倒したパーティが居るのだ。
まあ、居るのだというか……
「えっとね……」
小春の腕の中でもぞもぞとタブレット端末を取り出し、一枚の写真を表示させて小春へと見せた。
「あ、剣士の碑だね。……って、え?」
小春が画面を覗き込み、驚いたように目を白黒とさせていた。
その表示された写真はゲーム内で撮ってもらったスクリーンショットを、アミュスフィアから端末へと送信したものだ。
映っているのは第一層《はじまりの街》。黒鉄宮にある《剣士の碑》と、その前に記念撮影のようにカメラに向かいピースをしているプレイヤーの集団。
わたしと、深藍――アイと、キリト、リーファにユイちゃんの五人だ。
そして剣士の碑には第一層という文字の横に、ユイちゃんを除く四人の名前が刻まれている。
「負けたんだけど、悔しくなっちゃって。深藍とムキになって何度か挑んでたら、たまたま迷宮区を冒険してる和人お兄ちゃん……えっと、キリト達に会ったんだ」
「それで巻き込んで一緒に攻略しにいったんだ……」
結局、四人プラス一人で挑んで、それでもホントぎりぎりのかなり時間も掛かったけれど何とか倒すことが出来たのだった。
わたしとキリトでタンクを、リーファがヒーラー、アイがダメージディーラーを務めて、一時間近くかけてようやくボスのHPをゼロにする事が出来た。
ちなみにラストアタックは当然のように黒いのが掻っ攫っていった。
「いいなぁみんな。楽しそう」
小春は眩しいものを見るように目を細め、タブレットの画面をなぞった。
「今度は皆で行こうよ。コハルとアスナ……あとクラインの風林火山とか、エギルとか。きっと楽しいよ」
小春の胸に背をあずけるように、ぽすんと深く体重を預け、笑いながら彼女を見上げる。
彼女は呆気にとられたようにぽかんと口をあけたあと、ふっと表情を緩めた。
「そうだね、今度は攻略とか関係なく……皆で挑戦に行くのも楽しそう」
そのまま見つめあいながら、穏やかな時間が過ぎていく。
ふと、小春の艶やかな唇が目に入った。入ってしまった。
むくむくと、欲望……というか、これがしたいという気持ちが膨れ上がる。
どうしよう、やっちゃおうかな。びっくりするかな。……嫌がりは、しないよね?
「……どうしたの?」
小春が不思議そうにこてんと首を横に倒した。
どきどきしてきた。顔にかっかと熱が集まっていくのが分かる。
もういいや、やってしまえ。
胸の鼓動に突き動かされるように、えいやっと自分の唇を小春のそれに押し付けた。
「んっ……」
「!?」
触れるだけの、短いキス。
一瞬だけ触れた小春の唇は柔らかく、甘く、蕩けてしまいそうだった。
「えへ……しちゃった……」
恥ずかしくなって、きゃあーっと顔を覆って隠し足をばたばたとさせる。既にわたしの頭は蕩けてしまっているようだった。
自分からこんなことをしてしまうなんて、わたしは随分と大胆になってしまった。
昔の……それこそ、転校した時辺りのわたしが今のわたしを見たら、本当に自分なのかと疑って信じないだろうレベルの変わりっぷり。
いや、あの頃からわたしはきっと誰かに甘えたかったのかもしれない。
昔から、誰かに頼る事が苦手だった。
見た目のせいでわたしは常に注目され、わたしが何か下手をすると、その悪評は妹である深藍にも向いて、妹も貶されてしまう。
今となってみれば、きっとそんな事は無かったとは思うけれど、小さな頃のわたしはずっとそんな強迫観念に駆られていた。
だから見た目で敬遠されないよう、誰にでも当たり障り無く、良い顔をして愛想を振りまいた。勉強はあんまり出来なかったけれど、色んな事が出来るように努力をした。
その結果出来上がったのが、八方美人で器用貧乏な名月深紅という少女。
その結末として――わたしは全てを失った。
今度は、誰かに頼る事を、甘えることを恐れるようになってしまった。
失うことが怖くて、つながりを作ることを避け、一人閉じ籠り震えていた。
そんなわたしを、深藍とスグちゃんが変えてくれた。
そんなわたしを、小春は救ってくれた。愛してくれた。
甘えたい気持ちをずっと押さえつけていたから、今になって寄りかかることの出来る相手――小春に出会ってしまったことで箍が外れたというか、解き放たれたというか。こうして時折我慢が出来なくなってしまうことがある。
けれどその感覚、衝動は心地の言いもので、彼女に触れるたびわたしは満たされた気持ちになる。
幸せって、きっとこういうことなのかな。
「……小春?」
小春が先程から何の反応も示さないことに気がついた。
もしかして、嫌だっただろうかと不安になり彼女の顔を伺うと……なんだろう。ぼーっと惚けていた。
「……はっ! ご、ごめんね。びっくりしちゃって」
わたしの視線に気づいたのか、小春は意識を取り戻すとぶんぶんと頭を振って答えた。
「もしかして、嫌だった?」
やはり突然はダメだっただろうかと少し落ち込む。が、小春はとんでもないと更に首の振りを大きくした。
「全然! むしろ深紅にはもっと甘えて欲しいくらい。せっかく二人きりなんだから」
「……ほんと?」
念を押すように確認すると、小春は自然と頬の筋肉が緩んだような、曇りのない微笑みを返してきた。
「もちろん。私が言ったんだもの。深紅には甘えて欲しいって」
あの時、わたしと小春が結ばれた翌日のクリスマス。小春はわたしに甘えて欲しいと言ってきた。
それから時間は幾分か過ぎていったが、その願いはまだまだ有効らしい。
で、あるならば。もっと思うままに甘えてしまおう。
「じゃあ……」
わたしはするりと小春の腕の中から脱出すると、彼女の首に手を回しぶら下がるように。
ソファに座りながらだけれど、お姫様抱っこのような状態になる。
至近距離で見つめ合う。とくんとくんとわたしの心臓が脈を打つ。
胸の中、溢れた感情が言葉になって口から転がり出て行った。
「小春。大好き」
小春の顔はもう熟れた林檎のように真っ赤で、きっとわたしの顔も同じ位に赤くて。
もうどうにかなってしまいそうな程、頭の中は小春の事で一杯だった。
そんな小春は、口をぱくぱくとさせ、目を泳がせ相当に動揺しているのがわかった。わたしからこういう積極的な行為をすることは珍しい為、耐性があまりついていないのだろう。しているわたしも、耐性があるとはいえないけれど。今も緊張で手が震えて、汗をかいていないか不安になってしまう。
「深紅……ダメ……ダメだよ。そんなに迫られたら、我慢できなくなっちゃう」
小春はわたしの体重を支えるように、右手をわたしの背に添えながら、内心の葛藤を表情に表している。
わたしは悪戯心から、くすぐるような声で言った。
「我慢できなくなると……どうなるの?」
小春はいよいよ感情のせめぎあいが激しくなったようで、顎を震わせながら、ようやく見つけ出した言葉を、搾り出すように口にした。
「た……食べちゃうんだから……」
思わず噴出して笑ってしまった。
動揺して出てきた言葉が「食べてちゃうぞ」って。本当に、わたしの恋人は世界一可愛い。
「いーよ」
「え……?」
未だ混乱状態から戻ってこれていない小春の鎖骨の辺りに、すりすりと猫が甘えるように頭を擦りつける。
「小春にだったら……わたし、食べられたい……な」
ぷつん、と何かが切れる音がした。
それは小春の理性が切れる音だったのかもしれない。わたしのものは既に切れているのだから。
「わっ……」
どすんと背中に衝撃を感じる。
気づけばわたしは部屋の天上を見上げていて――つまるところ、小春に押し倒されていた。
「ほ、本当に食べちゃうんだから……深紅が悪いんだからね……!」
小春は余裕が無くなった顔でそう言った。
「どーぞ、召し上がれ?」
テレビの電源を切って、わたしは悪いオオカミさんを迎えるように両手を広げた。
愛する人と過ごす、こんなにも満たされた日々。
幸せ過ぎて、少し怖くなる。
ずぶずぶと、底なし沼のような幸せに沈み、溺れていく。
わたしはもう、小春が居ない人生には戻れなくなってしまっているのだろう。
それも悪くないかな、だなんて少し自堕落しすぎだろうか。
だけどあれほどの困難を越えてきたのだ。少しくらいは神様だって多めに見てくれるだろう。
わたしは目を閉じて、覆いかぶさってくる小春に身体を委ねた。
◇
流石に一日中部屋でだらだらと過ごすのも味気がない。せっかくの休日だからとわたしと小春は街へと繰り出していた。
とはいってもそれほど離れているわけではなく、家から歩いて数分もすれば雑踏の賑やかな通りへとたどり着く。
秋葉原。世界有数のアニメ・ホビーなどの聖地として広く知られる街だ。
今更だけれど、わたしと小春は秋葉原付近にあるマンションに居を同じくしている。
ルームシェア。または同棲とも言う。
わたしが退院して間もなく、小春から一緒に棲まないかと言われた。
もちろん一も二も無く承諾して、両親には親元を離れる事で社会経験を積みたいと、向こうの世界で知り合った信頼できる同性の友人とルームシェアがしたいと言って説得してある。
両親は特に疑うでもなく許可を出してくれたが、深藍は終始にやにやとしていた。挙句の果てにこっそり耳打ちで「愛の巣?」なんて囁いてきたりもした。
一悶着も何もなく、すんなりとわたしと小春の同棲生活は始まったのだけれど、両親の事を騙しているようで少し申し訳ない気持ちになる。
まさか信頼できる友人として紹介した彼女が、実は恋人で向こうではシステム的にとはいえ結婚までしていたと言えばひっくり返るに違いないのだけれど。
いつか、ちゃんと紹介したいなぁとは思う。自慢の恋人ですって。わたしはこの人と生涯を共にしたいんだって。
閑話休題
当ても無くぶらぶらと街を散策していて、少し歩きつかれたのと乾いた喉を潤す為に手ごろな喫茶店を探している最中だった。
秋葉原駅電気街口から出るとすぐに目に飛び込んでくる高層ビル。その中ほどに設置されている大型モニタに見知った番組が流れているのに気がついた。
「あ、あれMストじゃない?」
小春が行ったMストとは、ネット放送局《MMOストリーム》の略称だ。
その番組内ではMMORPG――とりわけ最近はVRMMOのイベント予告や開発者を招いてのインタビューなどがニュース番組のように放送されている。
気になって小春と二人観にいくと、奇遇な事にALOの総合プロデューサーをゲストとして招いたインタビューを行っているところだった。
『それでは芳田さん。つい最近大型アップデートとしてあの《浮遊城アインクラッド》が実装されたALO。今後はどのように発展していくのでしょうか?』
女性アバターのインタビュアーが、スーツを纏った壮年の男性アバターにマイクを向けた。
彼の姿は何度かニュース記事で見た事がある。あの事件が発覚したことによって死に体だったALOを救い出した、数社のベンチャー企業の関係者達が共同出資で立ち上げた新会社。その代表取締役兼ALOの総合プロデューサーという男性だ。
『現在《アインクラッド》を実装した結果、ありがたいことに多くのプレイヤーがそちらの攻略に勤しんでいただいています。つい先日も第一層が攻略されたばかりです』
「深紅たちの事だね」
自分達の行動がネット番組とはいえニュースに取り上げられて、なんだかこそばゆい感じだ。
芳田と呼ばれた男性は、人の良さそうな笑みを一転真剣なものに変えて続けた。
『しかし、同時期に実装したギルドシステムに関してはあまり芳しい状況とは言えません。設立されたギルドは多くが古参プレイヤーなどの上位に属するプレイヤーたちのみで構成されており、ギルド数もあまり多くはない』
『せっかく実装したのにそれは寂しいですね。』
そういえば、アインクラッド実装に隠れてしまっていたがギルドも立ち上げられるようになっていたのだった。
クラインはSAOメンバーを集め《風林火山》を再結成していたし、ちらほらとギルドらしい統一された制服や鎧装備のプレイヤー集団を見かけることもあった。
だが今まで種族がそのまま巨大なギルドのようなものとして機能していたALOプレイヤーにはあまり馴染まず、少人数で結成できてプレイヤーの種族に関係なく設立できるという事以外特筆する点が無くあまり活用されているとは言いがたい状態だった。
『その問題に対して、何かアクションを起こす予定はあるのですか?』
インタビュアーの質問に、芳田は待ってましたと言わんばかりに大仰に両腕を広げ、ぱしんと手を叩き、答えた。
『はい、近々ギルドイベントを開催しようと運営チームで計画を練っています』
ギルドイベント……?
わたしの、そしてこの番組の視聴者の疑問を代弁するかのようにインタビュアーがさらに質問を投げかけた。
『ギルドイベント……? 具体的には、どのようなイベントが行われるのですか?』
『現段階では詳細をお答えすることは出来ませんが、レベルを統一された状態でギルド同士で戦略ゲーム形式で競い合っていただく形になると思われます。ギルドを設立しやすくするためにキャンペーン期間を設け、始めたばかりの初心者達でも気軽に参加できるようなイベントを考えています』
おぉーっと、画面の内と外両方から驚きと感嘆の声が上がった。
いつのまにか、モニタの前にはそこそこの数の人だかりが出来ていた。皆、ALOプレイヤーなのだろうか。
『詳細は近日発表いたしますので、皆さん是非振るってご参加ください』
『宣伝ありがとうございます。それでは続きまして今後のアップデート予定など――』
『はい。次は新しい魔法の――龍をその原点とした――』
番組では引き続き、ALOの次回以降のアップデート予定を話しているが、わたしの意識は既に番組から先程のギルドイベントへと移っていた。
ギルド。SAO内ではついにどこのギルドにも所属することは無かったけれど……この機会にどこかに入ってみようか。なんなら、自分で設立してしまっても面白いかもしれない。
「ね、深紅。ギルドイベントだって」
小春も興味を引かれたのか、どうするの? とわくわくした気持ちを顔に映しながら聞いてきた。
「そうだなぁ……。小春、一緒に参加してみる?」
「うん。ちょっと楽しそう。けどどうやって参加する? どこかに入るか……自分達で作るか、だよね」
うーんと腕を組み頭を捻る。
実際のところ、どこかのギルドに所属するというのはあまり考え難い。
わたしは自由にゲームを楽しみたいところがあるので、既に設立されルールが出来上がっている既存のギルドに入って、それに縛られてしまうのは避けたい。今回のイベントに参加する為だけに入って、終わったらさようならというのもあんまりだし。
そもそも、わたしにはギルドに所属しているまたは自分で立ち上げた知り合いがクラインくらいしか居ない。いや、エギルも商業ギルドに参加しているのだったっけ……。
彼らなら快く入れてくれるかもしれないが……それよりも。
「作っちゃおうか。わたしたちで」
「そうだね。それが一番いいかも」
幸い、ギルドイベントに向けてキャンペーンが開催されるみたいだし、自分で作ってしまおう。
もし合わなければ、イベント後に解散すればいい。
問題は、わたしと小春以外に誰を誘うかということだけれど……
「立ち上げるのに必要な人数って何人だっけ?」
「えっと確か……フルパーティと同じ人数だから、七人?」
七人か。わたしと小春を除いて、あと五人。
深藍は確かギルドに所属していたわけでもないから、多分入ってくれると思う。
あと四人。イベントは戦略ゲーム形式と言っていたから、勝ち上がる為にはある程度の技量も必要だろう。とすれば候補は――
ぽーん、と鞄に入れていたタブレット端末がメッセージの着信を知らせ震えた。
取り出して、差出人を確認しくすりと笑みを漏らした。
「深紅、どうしたの?」
「ううん。考えることは一緒だなぁって」
さて、これで三人程人数が確保出来そうだ。
そして最後の一人についても、あてが出来た。
あの時、あの世界で彼と交わした約束を思い出す。
いつかこのゲームをクリアしたら、一緒に暴れまわろうって。
わたしは不思議そうに首を傾げる小春の手を取り、秋葉原の街へ再び繰り出して行った。
コハルの理性だけを殺す兵器、アリス。
・芳田P
ALOを蘇らせ、最大手のVRMMOタイトルにまで伸し上がらせた偉大なるプロデューサー。
ファンからは芳Pの愛称で親しまれ、彼がたまにアルヴヘイムの大地に立つとお祭り騒ぎになる程。
運営に対して訴えたい事があるプレイヤーは「芳田ぁぁぁぁぁぁぁッ!」と叫ぶ風習があったりなかったり
秋葉原から西東京だと川越から西東京行くより遠いじゃん!ということで説得理由を少し変えました