PS5Rコラボが来ますね。その後には新しい層の実装もあるようで楽しみであります。生放送では、二十層がまだ続くとのことでしたが……
2月14日。
世間ではバレンタインと呼ばれるこのイベントを、実のところわたしはあまり知らなかった。
毎年その時期になると、なんだか皆そわそわしているなぁとか、お菓子を持ち込んでいる生徒が増えてるなぁという雑な感想しか抱かなかったから。
そのイベントの意味を初めて知ったのは小学校5年生の時。
当時親友だった光ちゃんから、一緒にチョコレート菓子を作ろうと誘われたのが切っ掛けだ。
なんでいきなり? と理由を問えば、バレンタインは女子が好きな男子へとチョコをプレゼントするのだという。
そして女子同士でチョコを交換する『友チョコ』とかいうシステムが存在するらしいので、後で交換しようねとも言われた。
昨日の夜妹がやけに一生懸命お菓子作りをしているなと思ったけど、なるほどそういう事だったのかと得心がいった。妹の分も作ってあげないと。
光ちゃんは、わたしたち共通の友人である翼くんへとチョコを渡すのだと息巻いていたけれど、それが彼女の教えてくれた、バレンタインにおける『義理』なのか『本命』なのかはわたしには判別つかなかった。
けれども、わたし用に作ってくれているチョコレートよりも少し飾り付けが豪華なようにも見えた。
ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら取り組み、いくつかの失敗作を経てようやく見た目も味も納得の行くものが出来上がった。
わたしたちが作ったのは、ただチョコを湯煎して固め直しただけのものではなく、チョコレートマフィンだ。
ふんわりと焼きあがったそれを丁寧にラッピングをする。わたしは妹の。そして光ちゃんは翼くんの名前を添えて。
『できたね深紅ちゃん!』
『うん!』
二人、チョコがところどころ跳ねている顔を微笑ませ、ぱちんとハイタッチを交わす。
チョコ菓子作りなんて初めての経験だったけれど、上手くいって良かった。
『翼くん、受け取ってくれるかな』
『甘いもの結構好きだから、きっと大丈夫だよ』
光ちゃんの心配は、人気者である翼くんがチョコを貰いすぎていて、自分のものを受け取って貰えるのだろうかというものだったから、わたしのこの返答はとんちんかんなものだったのだけれど、実際に翼くんは嬉しそうに受け取ってくれたので杞憂だった。
その後わたしからも貰えると思ったのか、物欲しそうな目で見てきたけれど、残念ながら翼くんに渡す分は無い。お小遣いを出し合って買った材料は数個程度作れる量があったが、何度か失敗した為、翼くんへもう一つ作る余裕は無くなってしまったのだ。
その事を彼に伝えると酷くがっかりしていたから、来年は作ってあげると言うと、落ち込みは演技だったのではないかというレベルで立ち直っていたのをみて、調子がいいなぁなんて三人で笑いあった。
彼に受け取って貰えた嬉しさからか、その日の帰り道に光ちゃんが『来年も一緒に作ろうね』と言ってくれたので、もちろん! と約束をした。
結局、その約束は終ぞ果たされる事は無く、わたしは転校をする事となってしまった。
あの日、彼の気持ちに気づいていれば。
彼女の気持ちを汲んで、後押しすることが出来ていれば。
そんなありえもしない『たられば』をどうしても考えてしまう。
けれどもそれが無駄なことだというのは理解している。
彼はこんなわたしなんかを選んでしまったし、彼女はわたしを憎んだ。
分かっている。
わたしのせいだ。
わたしのせいで、居心地のよかったあの空間は修復不可能なほどに砕けて無くなってしまった。
あの出来事はわたしの中に深く根ざし、その記憶に触れる度、身を引き裂くような痛みに苛まれる。
その痛みを、わたしはきっと、一生背負っていく事になるのだろう。
それは、わたしの罪なのだから。
◇
12月のクリスマスイベント。1月の正月イベントを経て、累計3度目の季節イベント。
ここ第一層《はじまりの街》ではそこかしこに濃淡様々なピンク色のハートがちりばめられており、いたるところから洋菓子の甘い匂いが漂ってくる。
見渡す限りの甘々な雰囲気。360度どこから見てもバレンタインイベントの真っ最中だ。
街を行く人々はプレイヤーもNPCも一様に浮かれた様子で、男性プレイヤーは数少ない女性プレイヤーからチョコが貰えないかと、いっそ挙動不審なほどにそわそわとしている。
コハルはまだしも、わたしにすら物欲しげな視線を向けているのだから、もういっそ呆れを通し越して不憫でならない。
というか、知り合いですらないわたしやコハルに、何故もらえるかもしれないという可能性を見出せるのか。それほど、彼らには必死になる理由があるのだろうけど、その理由はわたしには想像もつかない。
とはいえ、バレンタインである。
特に誰かに渡したい人がいるわけじゃないわたしは、いつも通りに狩りをするなりクエストを攻略するなりしたいところだったのだけど、コハルが、どうしても参加したいと言ってきたので、第二層にてMOB狩りを手伝い、素材を荒稼ぎしてきた。
それにしても、コハルがこうまでイベントに意欲的に取り組むのは珍しい。
今までのイベントも楽しんでいるようだったけれど、今回は熱意が違うというか、取り組む姿勢が違うように見える。
もしかして、チョコレートを渡したい相手がいるのかな?
それが『友チョコ』ならいい。わたしもコハルに渡すようのチョコを作ろうと思っているから。
けど、もしそれが男の子に渡す為のもので、更に『本命』なのだったとしたら……何故だろう。それはこのデスゲームという状況の中、大切な人が出来たという喜ばしいことであって、祝福するべきなのに……もやもやとするというか、嫌だな、と思ってしまう自分がいる。
この気持ちの名称を、わたしはまだ、知らない。
◇
バレンタイン限定でモンスターからドロップするのは、チョコレートの素材となる『カカオ豆』だ。
これは素材アイテム扱いだが、同時に交換アイテムとなり、期間限定で《はじまりの街》に出現するパティシエNPCに渡すことで各種デコレーションアイテムと交換できる。
『カカオ』は料理スキルで調理することによって『チョコレート』へと変化するのだけれど、幾ら現実で経験があったからといって、ここはスキルで全てが決まるゲームの世界。『料理』スキルを持ちえないものはそもそも調理すらできない。
が、救済措置はある。
バレンタイン限定クエストを完了することで使用可能になる、専用の器具を使うことで《料理》スキルがなくともチョコレートを作ることが出来るのだ。
ただし、それで作れるのは最低ランクのチョコレートであり、それ以上を求めるのであればやはり《料理》スキルを習得しなければならないのだけれど。
閑話休題
今わたしは炒め、皮をむき終わった『カカオ』を麺棒で粉砕している。
といっても麺棒でちょんとつつけば粉々になるので、それほど労力はかかっていない。
が、ちらりと覗き見たコハルのカカオだったものたちを見ると、どうも粗いように見えて仕方がない。
ここが、料理スキルを持つものと持たないものの違いなのだろうか。
現実でカカオ豆からチョコレートを作った事がないから、コハルの料理スキルの熟練度がどれほどのものか推し量る事は出来ないけれど、どちらが良いのかなんていうのは一目瞭然だった。
「ね、アリスは誰かにあげるの?」
粉末というには少し粗いカカオ豆を溶かすため、ボウルに入れて湯煎を始めると、手持無沙汰になったコハルが話しかけてきた。
あげる、というのは今作っているチョコレートのことだろう。
「うん、そのつもりだよ」
「嘘っ!? だ、誰に!?」
そう告げると物凄い勢いで肩を掴まれ、問い詰められた。
コハルはわたしが自分で作って自分で食べるとでも思っていたのだろうか。確かに甘いものは好きだけれど、そこまで食いしん坊ではない。
「誰って……んー……」
誰も何も、わたしが渡す相手に選ぶような知人はコハルしかいないと思うのだけど。
あとは最近友達になったアスナにも渡す予定だ。
なので、コハルとアスナの分だよと答えようとしたのだけれど、何を思ったのかコハルがおそるおそると聞いてきた。
「もしかして……キリトさん?」
あー……そういえばキリトも居た。
キリトには悪いけど、『異性に渡す』という選択肢が最初から皆無であった為、そこそこ親交のある彼のことはすっかり頭から抜け落ちていたのだ。
たしか、別に異性に渡すチョコレートは『本命』だけじゃなくて『義理』という誰が得するのかわからないシステムが存在していたことを思い出す。
彼にはちょこちょことお世話になっていることだし、日ごろのお礼として渡すのもありかもしれない。
「そうだねぇ。キリトに“も”渡すかなぁ」
幸いな事に3つ分を作れそうなので、一つはわたしが自分で食べようと思っていたけれど、それを彼用としてあてがってしまおう。
そんなことを考えながら答えると、コハルは何やら複雑そうな表情で「そ、そうなんだ……」と黙ってしまった。
なんだか誤解してないかと、コハルに声をかけるため口を開くと同時に、ジリリリリとキッチンタイマーがアラートを鳴らした。
「わ……っと、焦げちゃう焦げちゃう」
慌てて湯煎中のボウルを持ち上げると、中にはドロリと融解したチョコレートになりかけのものが光沢を放っていた。
この時点でちょっとおいしそうだけれど、砂糖を加えなければわたしの知る甘いチョコレートにはなりえない。
コハルが誤解したままだけれど、それは後でも解ける。それよりも、ここからはスピード勝負となるため、コハルの誤解を解くのは後回しにして、わたしはチョコレートを完成させるため次の工程へと着手しはじめた。
◇
合流したキリトとアスナの二人に『友チョコ』と『義理チョコ』を渡したことで、最終的にコハルの誤解は解けたようだった。
『友情チョコレート』という名前からも伝わる、THE・義理といったチョコを二人に渡している場面を見てコハルが目をぱちくりとしばたたかせていたのは少し面白かった。
キリトとアスナと別れた後、わたしとコハルは二人、≪はじまりの街≫を歩いていた。
「あ、雪……」
頬に感じたひんやりとした感触に、思わず空を見上げると、綿毛のようなふわふわとした雪が、第一層の天蓋から舞うようにして降りてきていた。
目の前に落ちてきた一つを、すくうように受け止める。
粉砂糖のようなそれはわたしの手の中に納まると、冷たい感触をわたしの手に一瞬だけ残すと、幻のように儚く消えていった。
「「…………」」
わたしとコハルの間に、沈黙が訪れた。
うーん、ちょっと、これはなんというか。まあ、ここまで引っ張ってしまったのがいけないのだろう。
コハルは自分だけチョコを貰えなかったことが寂しいのか、しょんぼりとしている。
わたしが3つ作っていたことを忘れてしまっているのだろうか。しょうがないなと、わたしはコハルに向き直り、言った。
「ね、コハル。手ー出して?」
「え?」
きょとんとしながらも、言われた通り手のひらを上にして差し出してきたコハル。
その手のひらに、ひょいと一つのアイテムを落とす。
「わっ……えっと……これは……?」
「バレンタインでしょ? アスナやキリトに渡して、コハルに渡さないなんて、ないよ」
ちょっと照れ臭くなって、そっぽを向いてしまう。
本当は先ほどキリトとアスナに渡した時に一緒に渡す予定だったのだ。
しかし場の雰囲気というかタイミングというか、なんとなく、コハルに渡すのは「今じゃないな」と思ったのだ。
だけども、それで逆にタイミングを逃してしまったというか、二人きりになった時に渡すというのはなんかこう「あなたは特別!」という感じがして急に気恥ずかしくなってしまったのだ。
「あ……その……あ、ありがと……」
チョコレートを受け取ったコハルは、顔を真っ赤にしてたどたどしくお礼を言ってきた。
何故だかわたしも照れてしまって、まともにコハルの顔を見ることが出来ない。
とくん、とくん、と柔らかで心地よい鼓動が、じんわりとした温かさを胸から広げていく。
この気持ちがなんなのか、言葉にできないけれど。隣に居たい、居て欲しいと心から思えるコハルは、やっぱりわたしの特別なんだろう。
だからほんのちょっとだけ、そのチョコレートは特別仕様なのだ。
いつもありがとう、これからもよろしくねの気持ちを込めて作った。嬉しく思ってくれていると、わたしも嬉しい。
「……あのね、アリス。わたしも、あなたに……これ、受け取って欲しい……な」
もじもじと内ももを擦り合わせたコハルが、わたしに包みを差し出した。
それは、コハルが作っていたチョコレートだ。
ただし、先程アスナに渡していた、小さな可愛らしい袋に包まれた『友情チョコレート』とは違い、ピンクの箱に、茶色のリボンが施され丁寧に包装されている。
「あ、ありがと……」
受け取った瞬間、歓喜がわぁっと胸の中を駆け回り、その熱量はわたしの頬を朱に染めた。
大切なパートナーからバレンタインにチョコを貰う事がこんなに嬉しいなんて、知らなかった。
雪が降るほどの寒空の下、わたし達はお互いに渡し合ったチョコレートを胸に抱く。
寒いはずなのに、わたしの身体はぽかぽかと暖かく、なんだかむず痒い。
わたし達が作って交換したそのチョコレート。
そのアイテム名が『愛情チョコレート』だという事に気付くのは、もう少し先の話だった――
誤字報告本当にありがとうございます
たまに最初から読み返してはいるんですけど、気づかないものなんですね……