SAOif 紅の戦姫と蒼の聖女   作:百合好きの獣

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お久しぶりです。期間が空きすぎてしまったためリハビリに閑話を

祝SAOif3周年
この小説も初投稿からついに3年経ちました。なんで終わってないの??


メイド・イン・ヘブン

 お金というのは、何をするにしても必要となってくるものだ。

 生活の基本、衣・食・住だけでなく、どこかに移動する、どこかを利用する等、様々な事に関わってくる。もちろん、金額の大小の違いはあるけれど。

 生きる為に必要で、生活を豊かにするためにも必要。極論、お金はあればあるだけ良い。

 

 わたしは物欲がそこまで無いのか、服とか小物とか、そういったものにお金をかける事は小さい頃からあまり無かった。たまにやるゲームにしたって、わたしは父親の仕事の関係上、貰える事が多く、基本プレイ無料のMMORPGと貰い物のソフトで満足出来ていた為、自分で買うという事はした事が無かった。

 強いて言えば、誰かと遊びに出かける時の交際費くらいは使っていたけれど、それもお小遣いの範囲でやりくり出来ていた。

 

 まあ、そんなわたしも高校1年生。今ではちょっとお金を使いたい事も出来たのだ。

 お金が全くないわけじゃない。わたしが(小春もだけど)SAOに囚われていたのと、ついでにALOにも囚われていた為、アーガスとレクトから結構な額の賠償金を受け取ったりしている。そのお金は両親から好きに使って良いとは言われているものの、じゃあはいわかりましたといって大っぴらに使おうとは思わなかった。一応、小春とのルームシェアにかかる費用(家賃とか、生活費とか)はそこから出しているけど、それだけだ。後は貯金に回しているし、個人的な用事では使いたくない。

 

 というわけで、アルバイトをしようかなと考えている。

 学校もあるし、休日はなるべく小春や家族と一緒に居たいから、放課後に少しだけ出来るようなものが良い。あまり遅くなってもいけないので、近い所が良い。結構我儘ではあるけれど、そんな場所あるだろうか?

 

 その事を小春に相談してみた所、どうやら知り合いの伝手があるそうだ。同じ帰還者学校に通っている同級生が、秋葉原でアルバイトをしているらしい。後日、その同級生から丁度アルバイトを募集していると聞けたそうなので、早速応募をしてみる事になった。結果は何と、書類のみで即採用。書類を出した次の日に電話で是非来て欲しいと言われた。面接も何もなしである。なんでも、経営はそれほど逼迫していた状況でもないのだが、ここいらで新しい風を取り入れたいらしく、まずは良さそうな新人を雇おうとしていたらしい。で、店長さんのセンサーにわたしがビビっと来たそうだ。それでいいのかとも思ったけれど、面接なんてこれまでの人生で受けた事もなかったし、採用してくれるのなら願ったり叶ったりだ。

 その後シフトの事やお給料の事などをいくつか教えてもらい、電話は終わった。

 

 日を跨いで、日曜日。わたしが実際に働くのは平日の夕方からなのだけど、最初の顔合わせの時間を取るため、初日だけは休日の午前中に来て欲しいと言われていた。制服等は支給されるため、わたしはラフな格好で店舗へと向かう。

 電気街口からジャンク通りへと向かい、蔵前橋の方向に進む事少し。ちょっと道を外れた所にそこはあった。

 

 メイド喫茶『βeater's cafe』

 

 ここが、わたしのアルバイト先だ。

 

 いや、うん。まあ、わたしもちょっと早まったかな? とは思ったのだ。

 ただでさえ対人スキルが低いわたしが、接客業、それもお客さんとコミュニケーションを取る比重の高いメイド喫茶なんて出来るのだろうかと。

 しかし小春が熱心に勧めてきた事と、まあ面接で落とされるだろうと思っていたら面接すらなく即採用だったこともあり、あれよあれよという間に決まってしまったのだった。

 一応、店長には電話で話した時にその事は伝えてある。人見知りをするということと……帰還者学校の先輩の紹介だから知っているとは思うが、所謂SAO生還者だという事を。その時の返答としては「そういうキャラで行くから大丈夫」ということと、SAO生還者である事は自分からは誰にも漏らさないと約束してくれた。

 そこまで言われてしまっては、仕方がない。せっかく雇ってくれたのだ、浅学菲才ではあるけれど、一生懸命頑張ろう。

 

 βeater’s cafeはバリバリの王道系のメイド喫茶だ。秋葉原を歩いていると、ミリタリーだのキョンシーだのバラエティ豊かなメイド喫茶が溢れているが、ここは普通のメイド服を着て接客をする正統派だ。

 とはいえ、既にその方面は超大手が大通りに構えているのもある。それでも尚生き残っているあたり、店長の手腕の良さが伺える。

 

 店構えとしては、それほど凝った造りではなかった。階段を上った2階にβeater’s caféというプレートの掲げられた扉がある。ビーターズ・カフェ。なんだかどこかで聞いたことのある名前だ。黒づくめの剣士の姿が、わたしの脳裏に浮かんだ。

 

 扉の前に立つ。

 どきどきしてきた。初めてのアルバイトなのだ。小春は居ない。和人お兄ちゃんも居なければ、明日奈も居ない。深藍も、スグちゃんも、ユイも、シリカちゃんも、誰も居ない。

 未知の世界に、わたしは1人で挑まなければならない。

 

 怖くないかと言えば、嘘になる。けど、それ以上に、ワクワクしているのも確かだ。どんな人がいるんだろう。どんな体験が出来るんだろう。まるで、新しいエリアに冒険に出かけるみたいだ。

 

 数度深呼吸をして、よしと心の中で呟いてからドアノブに手をかける。

 

 意を決し、えいやっとドアを開け放った。

 

 その瞬間

 

「「「ようこそ! βeater's caféへ!!」」」

 

 連続した軽い破裂音と共に、明るい声が唱和した。

 

「ふぇ……?」

 

 見れば、ふりふりのメイド服に身を包んだ沢山の女性たちが、クラッカーを鳴らしながらこちらを見詰めていた。

 突然の出来事に反応できず戸惑っていると、列をなしていた中から一人の女性がこちらへと歩み寄ってきていた。

 

「ようこそ、名月深紅ちゃん。いきなりでごめんなさいね、びっくりしたかしら?」

「え、えと、はい……」

 

 しどろもどろになりつつも、なんとか返答をする。

 声の感じからしてこの人が電話で話した店長さんだろうか?

 

 なんというか、若い。そして、美人さんだ。

 艶やかな黒髪を肩口で切りそろえ、すらりとした小顔は各パーツが整っており、出来るキャリアウーマンといった印象を受けた。正確な年齢は分からないけど、見た目だけなら二十代前半にしか見えない。

 黒いメイドドレスはフリルをあしらったザ・メイド服といった感じのものだけれど、背筋がピンと伸びた立ち姿はまさにメイド長だ。

 名前は、そう、確か――

 

「えと、宜しくお願いします。沙羅槻映奈さん」

「はい、よろしくね」

 

 そう告げると、沙羅槻さんはふっと微笑んだ。

 これほどの美人さんがやると、ずいぶんとサマになるんだなぁなんて思ってしまう。

 

「じゃあ、はい。今日は顔合わせだから、自己紹介をお願い。本当なら休みの子もいるんだけど、皆来たいって言って全員来ちゃったわ」

「え!?」

 

 そういえば、店舗はそこまで広く無いのにずいぶんと店員さんが多いなとは薄々思っていた。

 ざっと数えて12人程。ホールと厨房に分かれたとしてもこの広さなら3,4人で回せそうなくらいなのに。

 そしてよくよく見ればこの店員さん――わたしの先輩にあたる方々も随分若い。一番年上そうなのが、推定20代前半の沙羅槻さんなのだから、殆どが高校生か、大学生くらいだろう。さすがに、わたしと同じ位の年の人は居なさそうだけど。

 

 何やらみなさん、微笑ましいものを見るような目でわたしを見ている。やめてほしい。緊張で口の中が渇いてきた。

 左から右へ。視線をスライドさせるとその途中、見覚えのある顔があった。彼女が小春のクラスメイトの、このアルバイトを紹介してくれた人だ。

 少しだけ、緊張がほぐれた。

 わたしへと向けられる視線に乗っているのは、好意と好奇心のみ。……多くの視線に晒されるのは、未だにトラウマがあるけれど、経験を積んできたからから悪感情が見えなければ動けなくなるようなことはない。

 

 沙羅槻さんに促されるまま、わたしは一歩前に踏み出し――口を開く。

 

 挨拶は元気よくが基本。見届けよ、我が一世一大!

 

「なっ、名月深紅、です! ふちゅっ、ふつつかものですが、宜しくお願いします!!」

 

 噛んだ。死にたい。

 

 サーッと血の気が引いていく。失敗した。

 どうにか失敗を取り戻そうと、再び口を開くその前に、わぁっと先輩方が盛り上がった。

 

「うっそ、まじで可愛いんだけど! ねえ、飴食べる?」

「わぁー、帰国子女? でも名前は日本人っぽいし、ハーフなのかな? ていうかちっちゃ! ほんとに高校生??」

「写真より実物の方が可愛いって有り得なくない!? ドジっ子? ドジっ子なの!?」

 

 そのままなだれ込むようにして取り囲まれる、わたし。

 渡された飴を受け取り、ハーフではなくクォーターであることを教え、容姿を褒められた事には赤面する。忙しい。

 でも背の事を言った先輩の顔は覚えたぞ。

 

 目を回していたわたしを見かねてか、沙羅槻さんがパン! と手を鳴らして場を纏めてくれた。

 

「はい皆騒がないの。今日は午後から開店だから、午前中にこの子の歓迎会をやるわ。その前に色々と教えちゃいたいから、今は我慢なさい。ほら、ちゃっちゃと準備する!」

「「「はーーい」」」

 

 わたしへと殺到していた先輩方は、沙羅槻の鶴の一声で各々の作業に入った。てきぱきと手際よく会場を準備している。クラッカーのゴミを拾ったり、テーブルを用意したり等々。

 沙羅槻さんはその様子を眺めると、次に、未だにわたしの隣へと控える先輩へと指示を出した。

 

「じゃ、あとは虹架ちゃん宜しくね」

「任されました。じゃ、名月ちゃん行こっか」

 

 そう元気よく返事をしたのは、アッシュブロンドの髪を眉の上で切り揃えたメイドさん。

 名前を枳殻虹架先輩。このバイトを紹介してくれた、小春のクラスメートの人だ。

 髪の色や陶器のような白い肌、蜂蜜色の瞳。もしかしてと思ってたけど、日本生まれじゃないのかもしれない。

 もしかしたらわたしも同じかもしれないとなると、ちょっと嬉しい。気になったので、直接聞いてみる事にした。手招きをする枳殻先輩の背を追いかけながら、質問を投げかける。

 

「枳殻先輩は、ハーフなんですか?」

「そうだよー。ロシアのお父さんと、日本人のお母さん。私と、あと下に妹も居るんだけど、その子もハーフなんだ。名月ちゃんも小春ちゃんから聞いてるけど、クォーターなんだよね?」

「はい。日本人のお父さんと、アイスランド人のハーフのお母さんがいます。わたしも、妹がいます、一個下の」

「そうなんだ! 一緒だね、名月ちゃん。しばらくは一緒のシフトにして貰えると思うから、分からないことあったら何でも聞いてね!」

 

 ぱあっと花開くような笑みを枳殻先輩は浮かべた。小春と同い年という事は、二つ年上なのだろうけど、髪型と、小顔であることも加えて年よりも幼く見える。可愛らしい先輩だなと思った。

 

 枳殻先輩に案内されながら、わたしはきょろきょろと視線を動かし店舗内の風景を目に焼き付けていく。

 

 店内は木製の床にそれより濃い色のカフェテーブルが並んでいる。カウンター席は無く、ほぼ客席と、厨房らしき場所への扉があった。あと、よくわからないけれど小さなステージらしきものも見える。あれは何に使うんだろう。カラオケ? のような装置も一緒だ。喫茶店なのにカラオケも出来るのだろうか。

 

 厨房へと入り、そのまま直進。もう一つ扉を抜けると、そこはバックヤードになっていた。小さな机と、椅子が二つ。冷蔵庫もある。端の方には、オフィスデスクが1つ、店長が使う机だろうか、デスク上に書類がいくつか散らばっていた。

 

「ここは休憩室だよ。休憩は大体1時間に1回くらいもらえて、5分間。飲み物を飲んだり、お手洗いに行ったり。そこの机は店長が事務作業してる事もあるけど、むしろ向こうから雑談を振ってくるから緊張しなくてもいいよ」

「へぇ……」

 

 店長――沙羅槻さんとは数度しか会話した事はないけど、さっきのやりとりや電話で話した感じ、結構フランクな人なのかな、という印象を受けた。

 

スニーカーがリノリウムの床を擦る、きゅっという音を鳴らしながらバックヤードを横断すると、扉が二つ。

 

「左がお手洗いで、右が更衣室。男性スタッフは居ないから全部女性専用だよ」

 

 促されるまま右の扉をくぐれば、所狭しと並んだロッカーと、パイプ椅子がいくつか。ロッカーの上には段ボールがぎゅうぎゅうと押し込まれており、倉庫の役割もあるのかもしれない。

 一歩踏み入れると、ツンとした芳香剤の匂いが鼻をついた。花の香りのようだけれど、あいにくなんの匂いだかは判断が出来なかった。ただ、嫌な匂いではない。もうだいぶ前の話になるけれど(といっても3~4年前のことだが)中学校の女子更衣室は匂いのごった煮というか、芳香剤やら制汗スプレーやらコロンやらが混ざりに混ざって、形容しがたい匂いだったことを思うと、随分マシだ。

 

「名月ちゃんのロッカーはここね。出勤したら、さっきのバックヤードにタイムレコーダーがあるから、そこで打刻してから着替えるの。制服は――」

 

 枳殻先輩はよいしょっとロッカーの上の段ボールから、1つを取り出した。中にはビニールに包まれた黒いワンピース――予備の制服がいくつか入っていた。どうやらエプロンとは別になっているらしい。袋の中に、パニエも入っている。

 新品であろうワンピース等が包まれた袋と、クリーニングから返って来たばかりのような真っ白のエプロンを渡された。

 

「とりあえず……これが一番小さいサイズなんだけど、着れるかな?」

 

 その心配は、サイズが小さすぎて着れない心配なのか、これ以上小さいサイズが無い故の心配なのか、どっちなんだ。

 少し引っかかるものはあったものの、言われた通りに渡された制服へと袖を通す。

 私服を脱ぎ、下着の上からパニエを履く。その上からすっぽりとワンピースを被れば、ふわりとスカートが広がった。続いてエプロン装着に着手しようとしたところで、大苦戦。結ぶことは出来るのだけど、枳殻先輩のように可愛く綺麗に蝶結びが出来ない。結局、枳殻先輩に手伝ってもらい、コツを聞いて何度か練習を繰り返し、なんとか見れるように装着する事はできるようにはなった。

 はたして、着用は出来た。若干裾が枳殻先輩らと比べると長いような気がするが、多分気のせいだろう。最小サイズでちょっと大きいとかは考えたくない。胸が少し窮屈に感じるけど、気になる程じゃないかな。ふくざつ。

 

 鏡の前に立つ。

 

「わ、わぁ……」

 

 メイドさんというよりも、家事見習いだった。

 元々膝丈のスカートだった事もあって、あからさまな違和感というのは無い物の、全体的に丈に余裕が見えていて、精一杯背伸びしている子供みたいだ。

 

「誰が子供か……」

「ん?」

 

 ぼそりと呟いた自分へのツッコミは、どうやら枳殻先輩には聞こえなかったようだ。

 

 とはいえ、だ。

 メイド服なんて来た事も無ければ着たいと思った事も無いのだけれど、明日奈や小春、深藍に色々着せ替えられている中にゴスロリ服が結構な割合で入っていたから、恥ずかしさというものはあまり感じない。それが救いと言えば救いか。

 

 カフスボタンを留め、襟の第一ボタンも留める。次いで、服とは別の段ボールから手渡されたカチューシャを装着。

 最後にしわが寄ってないかどうか鏡の前で一回転して確かめてみれば……まあ、うん。辛うじてメイドさんと言えなくは無いだろう。服に着られてる感じは否めないけど、着続けてれば慣れるだろう。慣れると信じたい。

 

「名月ちゃん、こっち向いて―!」

「へ?」

 

 声に応えて振り向けば、ぱしゃっとシャッター音。

 枳殻先輩がスマホを構えていた。考えるまでも無く、写真を撮られたのだろう。

 でも、何故? 疑問に思い、それを口に出す前に枳殻先輩が嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「ハラショー! すっごいね。同じメイド服なのにこうも印象が違うなんて……妖精さんみたい!」

「ハラ……? えと、ありがとう……ございます? あの、なんで写真――」

「さあ、皆にお披露目しよう!!」

「え、あの、しゃし――」

 

 ぐいぐいと背を押す枳殻先輩に逆らえず、わたしは流されるまま、ホールへと戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」」

 

 絶句。というより、圧倒された。

 ぴしっと並んだメイドさんたちが、乱れなくわたしにお辞儀をする。

 

 ぽかんと口を開けてしまったわたしだけど、すぐさま、何かしなくてはと慌てて口を開いた。

 

「はぇ、へ、えっと……ただいま、帰りました……?」

 

 待って。違うの。やり直させて。

 

 てんぱって変な事口走ってしまった。

 案の定、頭を下げたメイドさんの中から「ぶふぉ」と噴き出す音が聞こえた。たちまち、わたしの顔は赤く染まる。

 涙目になりながら振り返ると、枳殻先輩もお腹を押さえぷるぷるとしていた。

 

「み、深紅ちゃん……くくっ……今日は午前中……っ……は、貴方の歓迎会、兼、初日研修をやるわよ……」

 

 顔を赤く染め、笑いを堪えきれていない沙羅槻さんがわたしの肩をポンと叩いた。いっそ殺せ……。

 

「か、歓迎会……ですか」

「……っふぅー。そう、歓迎会。といっても、皆でわーっとパーティをするんじゃなくて、ここがどんなお店なのか、お客さん側として体験してもらうのが目的ね。で、それが初日の研修って事」

 

 ひとつ、大きく深呼吸した沙羅槻さんは落ち着いたのか、すらすらと説明口調になった。

 

「次回以降は、接客の練習をしたり、先輩――虹架ちゃんか、いなければ他の人に着いてホールを回ったりしてお店の雰囲気に慣れてもらう事からするわよ。大体1週間分位研修をやったら、先輩についてもらいながら実際に接客をして、それから2週間位を目途に独り立ち――こんな感じのスケジュールね。どう? 大丈夫そう?」

 

 えっと、まず接客練習等が1週間あって、それからおんざじょぶとれーにんぐ……OJTが2週間。大体1ヶ月で独り立ち……と。

 最初は先輩も着いてくれるなら、なんとかなりそう……かな?

 

「は、はい。……頑張ります」

「今は良いけど、ホールに出る時にはもう少しハキハキ喋れるように練習しましょうね。恥ずかしがりやキャラで売ってくとしても、接客業だから。とはいえ、今は深紅ちゃんの歓迎会も込みだから楽しむ事を考えればいいわ。ほら、座って」

 

 まだ緊張でカチコチのわたしに苦笑して、沙羅槻さんはわたしを席へと座らせた。

 やがて、3人程を残して他のメイドさんたちも席へと着いたのを見ると、沙羅槻さんはごほんと咳払い。

 

「ご主人様、本日は食べ放題コースとなっております♪ お好きなメニューを頼んでください♪ おすすめは~、全部です♡」

 

 それはまさしく、プロのメイドさんだった。

 

 本来のメイドという役職からすると違うのだろうけど、少なくともわたしがイメージするメイド喫茶のメイドさんの究極系がそこに居た。

 

「うわー、店長の接客ボイス久しぶりに聞いた」

「相変わらずえっぐい猫なで声だわ~」

「ありがとにゃん♡」

「歳考えて~♪」

「今の誰だぶっとばすぞ」

 

 途端、ワイワイガヤガヤとホールが賑わい始めた。

 沙羅槻さんは随分とスタッフに慕われているらしく、皆、笑顔で軽口を交わしている。

 

「ん“ん”っ。……ま、好きなもの頼んでいいわよ。店で出してるメニューなんだから、知っとかないとね」

「あ、はい……」

 

 渡されたメニューに目を通す。

 意外にも、普通の喫茶店のようなラインナップだ。

 コーヒーや紅茶、軽食がメインで、ハンバーグやオムライス等の主食は片手で数えきれる位しかない。強いて言うなら、デザート類が豊富な位だろう。メニューの名前も、“メイドさんが焼いた”や“手作り”等の文言が頭についているが、風変わりな物は特にない。

 ちなみに酒類は販売してないらしい。ソフトドリンクのみだ。

 

 ひとまず、パンケーキとコーラを注文し、他のメニューにも目を走らせる。これからここで働くのだから、何があるのかくらいは把握しておくべきだろう。

 ふと、その中で気になる項目を見付けた。『オプション』と書いてある。その下にはライブ、ゲーム等と書かれている。

 値段は……ひえ、結構なお値段……。

 

「えっと、これは……?」

「それはオプションメニューね。お客様の注文――リクエストに応じてやるのよ。」

「え、ゲームとかライブをするんですか?」

 

 全く想像がつかない。それも接客の内に入るのだろうか。

 

「他のメイド喫茶もこういうメニューはあるわよ? ただ、ウチはこれをメインにしてるから、このお店の売上の半分以上をこのメニューが占めてるわ」

「そんなにですか!?」

 

 ライブはまあ、わからなくもないけれど。メイドさんとゲームをしたりすることの何がそんなにいいのだろう。わたしには分からない需要があるのかもしれない。

 と、いうか。このメニューがあるという事は必然、わたしもやらなくてはならないわけで……。

 

「ゲームはまだしも、ライブ……」

 

 脳裏に浮かぶのは、圭子ちゃんと行ったユナちゃんのライブ。流石にあんな感じなはずは無く、視界の隅に見える小さなステージでやるのだろうけど、それでも衆目監視の中歌って踊っては普通に無理だ。

 

「まあ、無理強いはしないわよ。ライブは出来る子がやる感じだから、気にしなくてもいいわ。それより、ゲームの方は大丈夫なの? 出来ればどっちかはやって欲しいのだけど」

 

 その言葉に、少し安堵する。やれと言われれば頑張るが、本音を言えば、ちょっと遠慮したかった。

 

「えと、まあ、VRMMOなら結構やってます……他のも、ちょこちょこと」

 

 なにせ親がゲーム会社なもので。

 そうでなくとも、SAOを2年、ALOもそれなりに長くやっている。

 メイドと遊ぶ事が目的であれば、対戦ゲームや協力ゲームだろう。RPGやシミュレーションじゃなくて、アクションゲームやパズルゲーム、レースゲームとかになるのだろうか。

 

 と、いうか。こういうお店でやるゲームってテレビゲームじゃなくてボードゲームなのではと思い至ったが、沙羅槻さんは特に否定するでもなくふんふんと頷いていた。

 あ、よく見ればスクリーンとプロジェクター、それにいくつかのゲーム機器が置いてある。あれを使うのかな。

 

「ふーん……。深紅ちゃんって、ゲーム強い方?」

「アクション系のゲームなら、それなりには出来ると思いますが……パズルゲームとかは、苦手です」

 

 たまに小春や明日奈とやる事もあるが、いつもボコボコにされる。パターンを覚えるゲームだとか2人は言ってるけれども。

 逆に、アクションゲームなら負けた事はない。

 

「そっか。慣れてきたら深紅ちゃんにもやってもらう事になると思うから、覚悟しといてね」

「は、はい」

 

 覚悟しておけという言葉に、少し気後れする。VRMMOにおけるPvPであるならば、そんじょそこらの人に負ける気はしないが、他のジャンルであると話は別だ。

 先に見える不安材料から目を逸らすように、わたしは丁度運ばれてきたパンケーキとコーラに意識を向ける事にした。

 

 それからは軽食を挟みつつ、新人であるわたしへの一問一答が繰り広げられた。

 

 Q1.ハーフ?

 A.母親がアイスランドと日本のハーフです。わたしはクォーターです

 

 Q2.何歳?

 A. 15歳です

 

 Q3.彼氏はいる?

 A.いません

 

 Q4.好きな人は?

 A.いませ……います。

 

 こんな感じで、色々と質問をされた。

 4つ目の質問辺りから流れが変わって、機関銃のようにぶつけられる恋バナには閉口したけれど、たった一つ、この人達は良い人なんだなという事は分かった。

 

 初めての『働く』という事に不安はあるけれど、ひとまず、沙羅槻さんと、枳殻先輩と、この先輩たちと一緒なら、なんとかやっていけそうかな、とは思えた。

 

 

 

◇Side Rain

 

 

 

 私のクラスには有名人が2人いる。

 『閃光』のアスナこと結城明日奈と、『蒼の聖女』コハルこと本多小春。

 

 2人は私がこの帰還者学校に通う事となった切っ掛けであるソードアート・オンライン内において、最前線で攻略を続けたトッププレイヤーの内の2人であり、本人達の容姿の良さも相まって多くの注目を集めている。

 特に、女性プレイヤーからの支持が圧倒的だった。

 ただでさえ少ない女性プレイヤーで、片や最強のギルドこと血盟騎士団の副団長で、片やギルドにこそ所属していないものの、多くのプレイヤーを助け聖女とまで呼ばれるようになった人物。私達女性プレイヤーの希望として、SAOの中で何度も名前を耳にした事があったほどだ。

 

 何より、彼女たちはゲームを攻略し私達を解放してくれた英雄2人のパートナーだったのだ。

 

 容姿の良さは得てして羨望だけでなく、嫉妬の対象となってしまうものだけれど、2人はそれを鼻にかけるような事はせず、誰にでも分け隔てなく接する等の人柄の良さから瞬く間にクラスの中心となった。

 

 クラスのアイドルというのだろうか。兎にも角にも、彼女たちはクラス――ひいては帰還者学校全体を見ても有名人だと言える。

 

 そして私は、そんな彼女達と恐れ多くも仲良くさせてもらっていた。

 

 元々同年代の女子というのはあのゲームでも希少な存在であり、この学校でも同様だ。学校全体で数百人程度の生徒の中で、女子生徒は男子生徒に比べてやはり少ない。自然と私達は一緒に居る事が増えていた。

 明日奈に小春、幸織、里香、そしてわたし。この5人がいつメンというやつだ。ここに、お昼は下の学年から圭子が合流したりする。休みの日に遊んだりするのもこのメンバーだ。

 しかしいつも一緒に居るわけではなく、例えば明日奈と小春はお昼を別の人と食べるということで基本的に別行動(相手が誰かは、言わずもがなである)だ。

 

「そうだ、虹架ってバイトしてるんだよね?」

 

 この日は珍しく、小春が一緒だった。

 代わりに、里香と圭子が居ない。2人とも今日は別の人と食べる予定があるらしい。というわけで、私と幸織、そして小春の3人が今日の昼食のメンバーだ。

 

「んー? そうだよー? 秋葉原のメイド喫茶で働いてるんだ」

 

 いつだったかの話の流れで、自分がアルバイトをしている事は皆に話していた。

 メイド喫茶であるという事までは言っていないが、別に隠しているわけでもない為肯定する。

 

「メイド喫茶……どんなとこか想像つかないなぁ……」

 

 幸織がぽわんとしながらもメイド喫茶とはなんぞやと空想を浮かべていた。メイド喫茶は意外とどんなところか知らない人が多かったりする。なんとなく、メイドの格好をした店員がいる喫茶店なのだろう位の認識だ。あながち間違ってはいないが。

 

「なるほど……メイド喫茶……」

 

 一方小春はふむふむと何やら思案気だ。時折「……アリかも」などという呟きが漏れている。

 

「どしたの小春ちゃん。もしかしてバイト探してたりする?」

「あ、うん。私じゃなくて、深紅がなんだけど」

 

 深紅。

 私はその名前を良く知っている。

 彼女もまた、有名人だ。

 名月深紅。SAOでのプレイヤーネームはアリス。そして『紅の戦姫』または『紅の英雄』と呼ばれる女の子。

 

 SAOに囚われていた六千五十一人のプレイヤーを救った、全プレイヤーの頂点にして2人の英雄の内の1人。

 

 小春から何度も彼女についての話は聞いてはいたが、流石にバイトを探している等は初耳だった。

 

「え、名月ちゃんが? ……いくつだっけ、あの子」

「15だよ。ちょっとお金を使いたい事があって、アルバイトしたいんだって。平日の夕方からで、週2回か3回位のペースで近場で探してるんだけど……」

 

 今度は私が「なるほど」と呟いた。

 まさかあの英雄がお小遣いを稼ぎたがっているとは思わなかったが、彼女も年頃の女の子であるという事は小春や明日奈との付き合いで知っている。お金を使いたい事というのが何かは分からないが、そういう悩みもあってしかるべきだろう。

 

 名月深紅について、わたしは小春から聞いた事と噂話以上の事は知らない。けど、小春のが大切に思っている事というのは、十分に知っていた。

 彼女に直接感謝を伝えた事はないけれど、あの世界から救い出してもらった恩もある。

 

「じゃあいっそ――ウチで働いてみる?」

 

 それは、手助けしたいと思うには十分すぎる理由だった。

 

 

 

 

 

 

 名月深紅という少女の事を、私はどこか遠い人の事のように感じていた。

 雲の上の人物、というのだろうか。

 芸能人だったり、政治家だったり、そこに居るけれど、手の届かない場所に居る人。

 基本的にテレビの中でしか見た事がなくて、偶然街中で見かけたりすると、良い事があったと嬉しくなるような、そんな人物。

 

 名月深紅と一番近しい場所に居るであろう小春と交友こそ結んでいるものの、小春が私達の集まりに彼女を呼んだ事は一度も無い。

 以前、何故かと聞いた時「自制のため」と返ってきた事があるが、その意味は未だに分かっていない。

 

 それ故に、その出会いは衝撃的だった。

 

「なっ、名月深紅、です! ふちゅっ、ふつつかものですが、宜しくお願いします!!」

 

 顔を真っ赤にして、緊張に身体を震わせ、必死感満載で腰を折るその姿に、胸を撃ち抜かれた。

 

 蜂蜜を溶かし込んだような色味の、ゆるくウェーブがかった黄金に煌めく髪。

 宝石のように輝く、翡翠色の瞳。

 小さな体躯、それに反比例するかのように大きな胸の、トランジスタグラマー。

 

 私自身、容姿にある程度の自信はあったが、この子のそれはまた別ベクトルの良さだった。無条件に愛でたくなるような感じだ。思わず猫可愛がりしたくなる。

小春が彼女の事を話す時、節々に称賛の念が籠っていたのはこういう事だったのかと理解した。

 

 小春にこっそりとされた、気が進まなかったはずの頼み事を今なら率先してやりたいくらいだ。

 店長に彼女のOJTトレーナーとして任命された時は、内心ガッツポーズをした。じとっと無言で放たれる羨ましがる皆の視線が心地よい。

 

 さて、いつまでも優越感に浸ってはいられない。名月さんも初めての場所だから緊張と不安があるだろう。

 未だに緊張にかちこちの名月さんを連れて、店内を歩く。

 頼れる先輩として覚えてもらえるよう、頑張らなくっちゃ!

 

 

 




リハビリ(過去最長文字数)

βeater's cafeは実在しますがメイド喫茶ではありません。
わたしも行った事ありません。行きたい。
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