「デートしよっか」
空はカラッとした快晴。朝陽が街を穏やかに照らし、降り注ぐ陽光が気持ちの良いある日、コハルは朝食を取った後ソファでぐでっと溶けているアリスに向け、おもむろにそう言った。
SAOの攻略は連日行われている。
既に囚われてから二年近く経過しており、浮遊する鋼鉄城の頂がやっと見えてきたが、まだ先は長い。
攻略組として最前線を駆ける彼女達は日々レベル上げやクエスト消化などに追われており、少しでも早くこの世界から脱出したい思いもある。
しかし、それとは別に、夫婦(どちらも女性ではあるが)となった今、二人きりで、攻略の事を考えずに過ごす時間を取りたいと思うのも本当だった。
故に、二人は決まりごとを作った。
攻略の合間、休息日として週に一日は二人きりで過ごそうという約束だ。
ネットゲームは日々の積み重ねが強さに直結するジャンルだが、二人共が高レベルのプレイヤーであり、たった一日で劇的なレベルアップというものが出来ない為、週に一日二日休んだところで大きな支障は出ない。
同じく最前線をひた走るキリトやアスナ達についても、前者は天気が良ければ一日昼寝をかましたり、後者も各々で休息日を設けており、攻略組は毎日毎夜戦場を駆け回っている訳ではない。
それに何より、SAOはゲームではあるが、連続で戦い続ければ疲労もするしお腹も空く(排泄はシステムに存在しないが)。睡眠を取らなければパフォーマンスが大きく落ちる等、もう一つの現実といっても過言ではない。
少なくとも、二人にとってSAOは今自分たちが『生きている』場所という認識だった。
そんな二人は休息日に何をしているかというと、それこそ現実での休日となんら変わりは無かった。
友人と会いに出かけたり、のんびり家で過ごしたり、ひたすら惰眠をむさぼったり。
そんな休日の過ごし方の内の一つに『デートをする』という選択肢があった。
「デート? いいよ」
紆余曲折あって結ばれた二人は、最初の方こそ距離感を掴み損ねてやたらと意識してしまいギクシャクとしたり(主にアリス)逆に想いが強くて暴走したり(主にコハル)と変遷したが、時が経つにつれ次第と落ち着きを取り戻してきた。
バディとして共に行動をしていた時よりも一歩近く
肩が触れ合う距離ではないが、繋いだ手からお互いの存在を確かに感じられる。
それが、二人の今の距離だった。
「どこに行こうか?」
「この前アスナにいい雰囲気のカフェがあるって教えて貰ったんだ。りんごのスイーツが沢山あるんだって。そこはどう?」
「いいね。りんご大好き!」
デートだから、という事で服装もそれ相応の物となる。
夏が近づいて来た為、それを考えてのコーディネート。
アリスは白いマキシスカートに、淡いグリーンの柄入りシースルートップス。
コハルは紺色のワイドパンツに、ラベンダー色の七分丈のシャツをチョイスした。
アリスは着たきり雀なため、これらは全てコハルがアスナとともに服飾職人のプレイヤーに注文して作ってもらっている。
「ちょっと、いろいろと透けてるような……」
「可愛いよ」
コハルがアリスに着せたトップスは、柄が入っていることで透け感は薄れているものの、肩から腕、そして背中の上部分がシースルーとなっているものだ。
それについてアリスが少し苦言を呈そうとしたが、コハルにそう断言されてしまい口ごもる。元よりファッションには疎いので、何も言えなくなってしまった。アリスは「そっか」と言って、そういうものだと割り切るようにした。
女性プレイヤーが男性プレイヤーと比べて少なく、またファッションを楽しむといった余裕も最近は少しずつ出始めてきたものの、基本的には戦闘用装備で固める事から流行といったものはここアインクラッドには存在しない。少数の女性プレイヤーかつ、おしゃれをしたいと考える者同士で過去の流行を取り入れた物を着て、それが他の女性プレイヤーにも伝わって……というのはあるが、現実での流行のようにポンポンと変わるものではなかった。
コハルが選んだ今の服装も、数年前に一度トレンドになったものだ。アリスは低身長かつ胸が大きいため、似合う衣装を探すのは難しいが、今回のこれはコハルのイチオシでもあった。
「じゃあいこっか。場所は十層の千蛇城下町だよ」
す、と差し出されたコハルの手を、アリスはしっかりと握り返した。
指と指を絡め、いわゆる恋人繋ぎをしながら、二人は最寄りの転移門へと向かった。
◇
アインクラッド第十層は『和風』がテーマの層だ。
木造平屋が立ち並び、店先には提灯が明かりとして下げられていた。
色鮮やかな和傘が目を楽しませ、呉服屋や和菓子屋の前では和装の客引きが声を上げている。
「そういえば、ここをじっくり回るのは初めてかもね」
「あの時はイケイケで攻略速度早かったから。攻略後もここに戻ってくる事あまりなかったし」
第一層の攻略に一カ月かかってしまった事もあり、その後の層についてはその遅れを取り戻すかのようにガツガツと攻略を進める流れとなっていた。
早い所では三日程度で攻略が終わってしまった層もあり、基本的に今の様に休息がてら前の層へと戻るというのは五十層を超えて攻略に行き詰る事が多くなってきてからだった。
第十層の攻略も同様で、日本人プレイヤーの比率が高いSAOユーザーが興味を惹かれる『和風』というテーマでありながらも、食事処などの開拓が進んだのは最近の話である。
「いつきても、ここは懐かしい気持ちになるなぁ」
「アリス、こういうところに来た事あるの?」
アリスが周囲を懐かしむかのように見まわしているのを見て、ぽつりとつぶやいた。
「ん、うん。わたしの家の近く……って訳でもないんだけど。少し行った先にこういう街並みがあるんだ。観光地にもなってるみたいだよ」
「へぇ~。私のところとは全然違う。ビルがいっぱいだから」
アリスは埼玉県川越市に実家があり、コハルは千代田区秋葉原に居を構えている。お互いリアルについては深く聞かないようにしながらも、結婚したことで自然とそういう話題になることも増えてきた。
いずれは、自らの本名を教える時が来るのだろう。だけどそれは今じゃない。一番最後、この世界をクリアした時に伝えようと、二人は相談せずともそう決めていた。
「どうする? 先にアスナが教えてくれたとこにいく?」
「うーん、朝ごはん食べてまだそんなに時間たってないし、先に色々見て回ろうよ」
「うん、わかった」
そういう事になった。
二人が最初に向かったのは、圏外のとあるフィールド。
『夕映の竹林』と呼ばれるそこは、かつて二人がレアモンスターのポップを狙って狩りをしたところだ。
今は日が高いが、日が落ちる頃、夕暮れ時になると竹林の隙間から漏れた夕焼けが当たりを赤く染め、各所に置かれた灯篭にも灯がともり鳥居が続く小径をライトアップする為、デートコースとしても申し分がない。
レベル差がかなりある為モンスターも襲って来ず、二人は悠々と手を繋ぎながら道を行く。
「デートには渋すぎるかもーって思ったけど、やっぱりいい感じかも」
「でしょ? いつか、あなたと二人でここに来れたらなとは思ってたんだ。それが叶ってよかった」
以前はデートする余裕はないと景色もそこそこに狩りに邁進していたが、こうして落ち着いて来てみれば風情があるというか。
しん、と静まり返り笹の葉が揺れる音が微かに聞こえるだけの小径は、まるで二人だけの世界。
「コハル……」
「アリス……」
自然と見つめ合う形になる。
二人きりの空間、やがてどちらからでもなくお互い顔を近づけさせ――
ガサガサガサッ!!
背後で激しく草が揺れ音が立った。
二人は驚き肩を跳ねさせ、勢いよく振り向いた。
そこに居たのは――
「きゅぅ……」
雪のような白い体毛、小さく真ん丸な体。特徴的な長い耳に赤い瞳。
ひくひくと鼻を動かすそれは、大変愛らしい小動物だった。
「うさぎ……?」
「わ、可愛い。MOBかな」
カーソルを見た限り、モンスターなどの敵性MOBではなさそうだ。層によってはフィールドにこうした動物系のMOBが出現する事があり、それらは捕まえてペットとしたり、シリカの友であるピナの様にテイミングして従えることも出来る。
現れた白兎を、コハルはその可愛らしい見た目に表情を綻ばせながら近づき、手を差し伸べた。白兎は警戒もせずにコハルの手に顔を近づかせ、鼻をひくつかせる。
「か、可愛いなぁ……」
「う、兎かあ。この辺りに住んでるのかな!」
いい所で邪魔されてしまった感はあるものの、相手が可愛らしい小動物であることと、よくよく考えてみれば誰が見ているか分からない圏外だったという事もあり冷静さを取り戻していた。
それに気づいた二人は、ぱっと見は可愛らしい小動物にきゃあきゃあと声を上げる微笑ましい少女二人だが、よく見ればお互いに顔は真っ赤であり内心はてんやわんやとしていた。
「い、いこっか」
「うん……」
兎でよかった、と二人は胸を撫で下ろし、苦笑を浮かべながらも来た道を引き返したのだった。
◇
アスナがコハルに紹介したカフェ――茶屋は城下町の大通りに存在していた。
アインクラッドを管理しているコアプログラム《カーディナル》は、街の変遷をも再現しているのか不定期にNPC店舗の入れ替えを行っている。
プレイヤー達が多く利用すればそれだけ長く残り、逆に利用率が低ければ他の店舗に変わったり店主が違う人物になったり等、リアルに近いものとなっていた。
アスナがそれを見つけたのもつい最近の話であり、KoBの団員からの報告で以前は鍛冶屋だったNPC店舗が甘味処となっていると報告を受けた為知る事が出来たのだと言っていた。
「すごい。ほんとにりんごのメニューばっかり」
「ほんとだね。ね、何にしよっか。りんごのスイーツといえば……アップルパイ?」
「うぅん、けど他のも気になるし……」
喧々諤々。写真を見比べ何を食べるか話し合い、二人は『森のりんごケーキ』と『姫りんごのタルトタタン』を選ぶことにした。
当然、二人で半分こ、シェアをしようという約束で。
飲み物はシンプルにストレートのアイスティーを二つ。
店員へと注文し、品が届くまでの間、二人は先の小動物MOBについて話すことにした。
「そういえば、私達ペットって飼って無いよね。アスナとかもだけど、他のプレイヤーは何人かマイホームで飼育してるって話聞いたことあるんだけど」
「攻略で家を開けることが多いから、あまりお世話も出来ないしねぇ。ちょっといいなーとは思うけどさ」
「アリスは飼ってた事ある?」
「うん。犬が二匹。トイプードルが居るよ。男の子と女の子」
「へえ! いいなぁ。私は住んでるところがペットだめだったから……」
「ゲームクリアしたら会ってみる?」
「会いたい! 是非!」
アリスは現実で二匹の子犬を飼育していた。
名前はモコとプー。モコが女の子で、プーが男の子だ。
散歩はアリスと妹の深藍が二人でしてあげているが、餌は主に母が上げているため、二匹の中での家族カーストは母>>姉妹>>>>>父という構図となっていた。
「そういえばアリスって犬っぽいよね」
「どうしたの急に」
「なんとなく。たまに見えるんだ、アリスのお尻にしっぽが」
たまに、ではあるが、アリスのお尻にはふとした拍子にぶんぶんと揺れる尻尾が幻視することがある。人見知りはするが、一度心を許せばトコトコとずっと後をついてくるような小型犬っぽさがアリスにはあった。
小型というのがミソだ。
「それを言うならコハルは……」
「私は?」
「……オオカミ?」
「なっ」
コハルは絶句した。
自分で自分の事を子猫だの子犬だのは思わないが、言うに事欠いてオオカミとは。
「お、オオカミ!?」
「うん。だって……家に居るときとか、たまに……わたしの事食べようとしてくるし」
「べっ、べべべ別にあれは……!」
「押し倒されたこと、一度や二度じゃないもん」
「ちがっ……だって! あれは……!」
「コハルってえっちだよね」
「えっち!?」
聞き捨てならない言葉が出てきた為、コハルは身を乗り出してアリスのほっぺをぐにぐにと掴んだ。
「なんて! ことを! いうの!」
「いひゃいいひゃい! だってだって! 昨日だって帰ってきたらすぐにひっつき虫になるし! その後だって!」
やいのやいの。
ここが店内であることを忘れ、二人は姦しくおしゃべりに興じる。
コハルの言い分としては、アリスが可愛すぎるのが悪いと完全に開き直る形だ。
確かに先に恋心を自覚したにも関わらずうじうじと先延ばしにしていた自分も悪いが、だからといって何も言わずに半年間も雲隠れされてはたまったものではない。
積もりに積もった恋慕の情は、結ばれた事で――もっといえば、ドラマチックなものとなったことで激しく燃え上がり、それまで積み上げてきたものもあって、これまでの分を取り戻すかのようにガツガツするのも仕方の無いことだろう。少なくとも、コハルはそう認識している。
「アリスが悪いんだよ……? いっつも私を誘惑してくるんだから」
「してないよ!?」
アリスは心外だと言わんばかりに声を上げるが、コハルはこれを無視。
自分が暴走しがちというのは把握しているが、それはそれ、これはこれ。
「ほら、この前だって目があった時に恥ずかしがって顔背けちゃったり、頬を触っただけで顔真っ赤にしたり……」
「だ、だって……わたしも、コハルと、その……いちゃいちゃしたいって思うもん……けど、そういうのはしたないかもって……」
「ほら誘惑してる」
「してなぁい!」
二人のちょっとした言い合い(痴話喧嘩、惚気)は店内の喧騒に紛れて溶けていった。
季節イベントはある程度やっちゃったので、本当に何もなくただデートしていちゃいちゃさせるだけになってしまった。これでええんか……?
SAOifはついに七十五層が実装され、つい先日クリアしました。
多くは語りません。
是非プレイしてほしい。
是非。
是非に。
次回更新は名月深藍は○○シリーズをやるか、マザロザ編に入ります。