適当な穴だらけのプロットとも呼べない構想だけで、しかもライブ感任せの思い付きで変更してるからこんな困ってるんだ……ちくしょう。
悩んでる間にIFでは25層が解放されました。
クリアしました。
IFの主人公が割と超人じみていました。
あとキバオウさんがもっと好きになりました。
気が付けば10万UAを超えていました。
ありがとうございます
目の前に真っすぐと伸びてくる幾本もの赤い線――弾道予測線が、走るわたしの身体を貫いた。
頭に2本、胴体に4本。その他の線はわたしの身体を僅かに掠る位置に伸びているので、このままではわたしはあっという間に蜂の巣となってしまう事だろう。
伸びている線の実に4割を着弾させている(実際には予測の段階でありまだ銃弾は発射されてはいないが)所を見るに、相手の技量の高さがうかがえる。
ライトブラウンのカウボーイハットを被り、同色のマントを羽織る男性プレイヤーの顔がにやりと歪み、長銃の引き金に掛けた指をゆっくりとを引き――
その瞬間、稲妻のような、空間を震わす銃声が木霊した。
目前のカウボーイスタイルの男――ダインの首から上が消滅し、ハットが空高く舞う。
わたしはダインの首から上が無くなったアバターが完全に消滅するのを見届けると、ふぅと体の熱を吐き出し振り返った。
少し離れた場所に屹立する山の中腹あたりに、スコープの反射光が一瞬だけきらりと光るのが見えた。
山岳エリアで遭遇した人数を指折り数え、全員倒したことを確認したわたしは廃墟ステージへと戻るため足を向ける。
途中ずきりと頭が痛み、思わずたたらを踏んでしまった。
今はスイッチを切っている(あくまでもイメージ上だけれど)が、あの状態で長くいすぎたみたいだ。
前回のスキャン結果からそのままだとすると、残りは後、半分の15人程度。
実際には他のプレイヤー同士の戦闘も行われているだろうから、下手をすれば後10人くらいにはなっているだろう。
大丈夫。まだいける。
わたしは自分にそう言い聞かせるように呟くと、一時的な協力者に合流する為に駆け出した。
◇
シノンの協力を取り付け、死銃を止める為に何をすればいいかと言われたので「死銃に倒される前に全員倒す」という作戦を伝えたところ、大きなため息をつかれた。
ま、まあわたしもあんまりにも脳筋作戦すぎるのでどうかなと思っているけど、この大会が始まる前は気分が昂っていたというか、やってやる! と気炎万丈な状態だったので、時間が経つにつれ落ち着いてくるとやっぱないなぁとなるのだった。
それでも他に妙案も思いつかず、ひとまず「死銃の候補である3人を探しつつ、他のプレイヤーを見付けたら倒す」という、やっぱりサーチアンドデストロイという形にでわたしは動いていた。
一応、この作戦とも言えない作戦にも考えはあり、All Must Dieのデストロイモードと化したわたしが暴れに暴れる事で注目を引き、その間にキリトがステルスしながら死銃を探し、隙あらば撃破という流れになっている。
だが、2度目のサテライトスキャンでシノンと一緒にマップと残りのプレイヤー数を確認している時にその事態は起こった。
スキャン端末に表示された全体マップに点在する20個程の光点の中に、キリトの名前が存在しなかったのである。
これには流石に驚いた。
確かに銃撃戦メインのゲームシステムで、剣一本で戦うキリトが苦戦するだろうことは予期していた。実際にわたしも3人同時に相手をすることになった時は敗北を覚悟したし。
だけども、あのキリトが、慎重に動いている状態でこんなにも早く脱落してしまうとは思いもしなかった。
もしシノンが協力してくれる事にならなかったら、この先わたしは1人で全員を(同時にではないにしろ)相手をしなければならない事になっていただろう。
シノンには悪いことをしたという気持ちはまだあるものの、こうして事情を知ってくれている仲間が増えた事に少し安堵する。
とはいえ、まだ大会は始まって間もないし、残りも半数以上居る。
キリトは残念だが仕方ないと諦め、シノンと二人で頑張るしかない。
で、シノンとは別行動で各個撃破していくのではなく、わたしが前衛で注意を引き付け、シノンがトドメを指すという方針に。
シノンは最初、キル数を献上されるなんてと渋っていたが、彼女のような長距離スナイパーが他に居ないとは考えにくい為、シノンには後方で警戒していて欲しいと伝えると渋々ながらも了承してくれた。また3人に囲まれるなんてことがあったら嫌だから、シノンが後ろで控えていてくれるというだけで思いきり動けるのだ。わたしが暴れていれば、スナイパーとして隠れてもらっているシノンに目は向きにくいからね。
というわけで、サテライトスキャン結果から中央にある廃墟エリアにプレイヤーが残っていないという事を知り、比較的人数の多かった山岳エリアへと足を進めた。
死銃候補だったペイルライダーは白だったので、残る候補は銃士Xとスティーブンの2名。
スティーブンは東部の農村(に見える廃村)に居て、銃士Xは草原エリア。銃士Xは前回スキャンの時に砂漠エリアに居るのを確認していたので、逆時計回りに進軍しているんじゃないかと読んで進行方向と予測される山岳エリアに来てみたが、それらしい姿は無く結局空振りだったのだけれど。
ちなみにスティーブンではなく、銃士Xを先に狙って動いたのは銃士X=じゅうしXで逆から読んでしじゅう……すなわち死銃ではないかという理由からだ。
死銃なんてベッタベタな(ちょっと痛い)名前を名乗る位だから、さすがにそこまで安直ではないと思うけど、念のため。
えっちらおっちら走り、山のふもとで下山してきたシノンと合流した。
シノンはわたしの顔を見るなり大きなため息をつき、呆れたような顔をした。
「……どうしたの?」
「あなたって本当になんていうか……私があなたを後ろから撃つって、疑わなかったの?」
首を傾げて何かあったかと聞けば、そんな疑問が返ってきた。
ああそういう事かと苦笑すると、わたしを見つめる水色の瞳が訝しむようにすっと細められた。
「んーっと……シノンってさ、負けず嫌いでしょ?」
「はぁ?」
なんだそれと言いたげなシノンの気の抜けた声に、わたしはふふふと笑みを溢しながら続ける。
「負けるのが嫌いで、わざと勝ちを譲られるのはもっと嫌い。……でしょ?」
「……」
キリトとの予選決勝や、本戦でわたしが休戦を申し込んだときに見せたあの怒り。キル数を献上されるなんてと、先程も渋っていた。
更に、予選が始まる前に、わたし達3人で決勝に行けるかもという時の、倒してやると言って見せた、あの自信満々の不敵な笑み。
彼女は、わたしやキリトと『同類』であるわたしは確信していた。
「だから、一度協力するって言って油断させて、後ろから刺すような真似はしないと思ったんだ。……違った?」
「……いいえ、違わないわ」
微笑みながら、わたしは自分の考えを確認するように聞くと、シノンははぁーっと大きなため息をつきながら頷いた。
わたしとキリトの同類。すなわち負けず嫌い。
負けるのは嫌。けど勝ちを譲られるのはもっと嫌という非常にめんどくさい性質だ。
ふいっとそっぽを向いてしまったシノンに苦笑しつつ、さて、と気を取り直す。
前回のスキャンで分かった残りのプレイヤーは20人。その後わたしとシノンで倒したのが5人だから単純に考えたら後15人くらい。
だけどもこれはバトルロワイヤルだから、他のプレイヤー同士で戦闘も行っている事だろう。
死銃以外のプレイヤーが戦闘を行う分にはいいけど、もし他のプレイヤーが死銃と出会ってしまったら。
ただ、そこまで切羽詰まった状況ではないとも思う。
死銃は倒す相手を事前に定めているはずだ。
というのも、ゲーム内は直径十キロ程度しかないが、現実世界はそうはいかないからだ。
死銃の放った弾丸が、現実の心臓を止める。そのカラクリの為には共犯者が外部で動かなければならない。
BoB参加者がどこからログインしているかはわたしには分からないけれど、この大会が日本サーバーで行われているという事を加味しても北は北海道、南は沖縄までの範囲をカバーできる程の人員が居るとは考えにくい。
死銃がラフコフメンバーで構成されていると仮定した場合でも、恐らくこの死銃事件の共犯者は多くて2、3人くらいじゃないかというのがキリトと菊岡の見解だ。
SAO時代にPKを行ったプレイヤーにはカウンセリングが義務付けられているが、ラフィンコフィンに参加していたプレイヤーに関しては特に要観察対象として注意が向けられている。その為ラフコフメンバーが一気に何らかの動きを見せた場合、さすがに菊岡たちが気づくという。そして今のところそのような傾向はみられないそうだ。
だからこそ、死銃のトリックがわたし達の推理通りなら、死銃はまず先に決めていたターゲットを探すために動くだろう。
「今までわたし達が倒したプレイヤーの中に、死銃が事前に決めてたターゲットが含まれてればいいんだけど……」
「……冷静になって考えると、その死銃のトリックとやらもガバガバよね」
そうなのだ。
死銃のこの計画は結構穴だらけで、簡単に崩壊する。
まず、死銃本人が他プレイヤーに倒されてしまった場合、根本からアウト。
次に、たとえ住所が割り出せても、侵入できないとアウト。特に最近はセキュリティのしっかりしている建物が多いため、忍び込むのは困難だろう。窓を割るなりして強引に突破して証拠を残せば、それは死銃の弾が心臓を止めたのではなく、外部の者による犯行だと判断されてしまう。
更に、ターゲットが別のプレイヤーに倒されてしまっても駄目。
「けど、油断は出来ないよ。まだわかってないこともあるし……それに何より、あいつらは、その手の事に関しては本当に嫌になる位有能だから」
仮想世界の銃弾が現実の心臓を止める絡繰りこそ判明したものの、まだ分からない事はある。
例えば、現実の住所やログイン場所を調べる手口や、死銃自身の力量。何人で協力しているのかなど。
シュピーゲルが考えついたのはトリックのみ。実際の実行にあたっての計画は死銃だと予想されるシュピーゲルの兄か、その仲間が考えたのだろう。
計画が穴だらけなところから、Puhは関係してないとは思うけど……
「そういえば、あなたと……あいつは、死銃と面識があったの?」
ふと、シノンが思いついたように聞いてきた。
あいつというのはキリトの事だろう。
それを話すとしたら、SAOの事も話さなければならず、わたしは少し悩んだ後、ぼかして答える事にした。
「んんんん……多分」
「多分?」
「会ったことは、以前やってたゲームでだけど、たぶんある。けどわたしもキリトも、あいつの元のアバター名が分からないんだ。聞いてもいないし」
わたし達とラフィンコフィンは気安く話すような関係ではなく、互いに殺しあう凄惨なものだ。
もしかしたら、お互いに剣を交えた事があったのかもしれないけれど、その時の事は思い出したくもない。
もしアバター名が分かっていれば、菊岡に伝えてまた別の対処をする事が出来たんだろうけど……悔やんでも仕方がない。今は出来る事をしなければ。
そんなことを考えていると、何か思案気な表情のシノンが、意を決した風に聞いてきた。
「ねえ、もしかして貴方達って……SAOのプレイヤーだった?」
「……っ」
突然放たれたその疑問に、思わず身体が硬直する。
ある程度ぼかしてきたつもりだけれど、気づかれた? それともカマをかけられただけ?
「……なんでそう思ったの?」
先ほどの私の反応でバレてしまったかもしれないが、それでも一応理由を聞く。
シノンは確証はないのだけれど、と前置きをしたうえで話始めた。
「最初から、なんか変だなとは思ってたのよ。あいつのミニゲームでの動きとか、貴女のルーレットでの一件とか、2人の予選での戦い方とか。ただプレイヤースキルが高いとかそんなものじゃなくて……VRMMOに慣れてる、いえ、VRMMOそのものを知り尽くしているんだと思った」
「……それで?」
「それだけだったら、最古参のタイトルのトッププレイヤーあたりかなんて判断してたわ。ファンタジー系のって言ってたから、恐らく……アルヴヘイムオンライン……だったかしら」
「……そうだよ。わたしとキリトはそこからコンバートしたんだ」
流石はスナイパーというところだろうか。シノンのその観察眼の鋭さに舌を巻く。
VRMMOは普通のゲームとは違い、アバターに落とし込んだ自分自身を操作する。しかし実際の肉体と違うアバターを操作するのは勝手が違う。
自分の身体として操っているのに、感覚やら何やらが微妙に違う。その違和感を払拭するのは一朝一夕ではいかない。
SAO時代のわたし達のような24時間フルダイブしっぱなしという事ならまだしも、現実世界とVRワールドとを行き来するような普通の生活では、アバターの操作という技術の習熟には“フルダイブ適正”は別としても少なくない時間がかかる事だろう。
更にわたしとキリトが予選で見せた様に、自分の身体と五感フルに使って戦うような芸当は、確かに十分なフルダイブ歴が無ければ出来ないだろう。
そしてVRMMOの市場は歴史が浅い。ナーヴギアが発売されてまだ3年しかたっていない。その中で最長タイトルであろうALOですらつい最近2周年を迎えたばかりだ。
だからシノンが、わたしとキリトがVRMMOを始めて長いのだろうと推測し、わたしのファンタジーっぽいという表現からコンバート元がALOだと連想するのは当然だろう。
ただ、シノンはそこで終わらずわたしたちが更に前からVRMMOをやっていたと判断したらしい。
「でも、そこからなんでSAO生還者だって考えたの?」
「……そうね。正直な話、殆ど勘なのよ。ただ……」
「ただ?」
「シュピーゲル。彼はある本の熱心なファンでね。その話を耳にタコが出来るくらい聞かされたわ」
……ああ、なるほど。
そこまで聞いて、わたしもようやく腑に落ちた。
予選の時、シュピーゲルがわたしに興奮した様子で話しかけてきたことから、きっとあの本を彼は読んだのだろう。
「SAO事件全記録集。そこに書かれてたのよね。《黒の英雄》キリトと、《紅の英雄》アリスの名前が。あなた達二人のアバターネームを聞いた時は、あの本を見た誰かが真似したんだろうくらいにしか思ってなかったのだけど……あなた達の異常さを見て、もしかしたら……ってね」
「異常って……」
わたしがあんまりな評価に苦笑すると、シノンは「普通、銃弾を剣で切り払ったり徒手空拳で叩き落したりなんて出来ないわ」と真顔でわたしの肩に手を置きながら即答した。
目には圧が込められており、わたしは苦笑した表情を硬直させたまま冷や汗を流すような感覚を覚えた。
「あと、もう一つ。ALOに《七人の妖精たち》ってギルドがあるわよね。その団長と副団長も同じアリスとキリトってアバターネームなのよね。その二人はSAO事件全記録集に書かれてる《紅の英雄》と《黒の英雄》その人なんじゃないかって噂もされてるわね」
「嘘ッ!?」
シノンからもたらされたとんでもない情報に目を剥いて声を上げてしまった。直後やってしまったと後悔するがもう既に遅く、シノンは大きくため息をつきながら「やっぱり……」とつぶやいた。
「あくまでも噂レベルよ。SAO事件なんてものに巻き込まれた人がまたVRMMOをやるわけがないって理由から、2人とも名前を同じにした別人だろうっていうのが大半だけれど……もっとも、その噂はどうやら真実だったようね」
ジトっとした目でこちらを見るシノンに冷や汗が止まらない。
もう言い逃れは出来ないだろうとわたしは手を上げて降参のポーズを取った。
「はい……認めます。わたしはSAOをプレイしてましたー……」
わたしもキリトも同じキャラネームを使い続けているし、確SAO事件全記録集では大げさな脚色や見た目に関する情報は無い物の、アバターネームはがっつり載っている。その為キリトとアリスという名前のプレイヤーがSAOをプレイしていたという事が知れ渡っているというのは理解していたが、まさかALOで早くも身バレしかけているとは思いもしなかった。
今のところまだ噂で済んでいて、誰も信じてなさそうだっていうのは救いだけれど、今みたいに何かの拍子でバレてしまう可能性はあるだろう。
「出来れば、あんまりその事は話さないで欲しいんだけど……」
バレてしまったのは仕方ないとはいえ、あまり言いふらさないで欲しいし、出来る事なら触れないで欲しいので、シノンにそっとお願いをしてみる。
彼女がむやみやたらと噂を広めるような人物とは思えないけれど、わたしの意志として嫌だという事を伝える為だ。
すると案の定というか、シノンは口外するつもりは無かったらしく、心外とでも言うように「当たり前じゃない」と答えたのだった。
「んー……でもシノンはそれを知ってどうしたかったの? 言いふらす分けでもなく、中での事を聞くわけでもないのだとしたら……わざわざ今聞くってことは、ただの興味本位ってわけじゃないんでしょ?」
シノンが今このタイミングで聞いてきた事には意味があるはずだ。
今までの疑問が氷解して、ふとそれを確認したくなっただけという可能性はあるけれど、タイミング的に、彼女は何かわたしに聞きたい事があったんじゃないかと思うのだ。
ただ、この時のわたしは気を抜いていた。
いつもであれば気づけていただろう気配に、気づくことが出来なかった。
山の麓、木々が陰になり周囲から観測されにくい場所に居たとはいえ、あまりにも会話に意識を割きすぎていたんだ。
「……ええ。あなたにどうしても聞きたい事があったのよ」
「それは、今じゃないとダメなやつ?」
「ダメね。今、どうしても知りたい。それはわたしが――」
◇Side シノン
自分の台詞を言い終わらない内に、異変に気付いた。
身体から自由が奪われ、ぐらりと地面に向かって崩れ落ちる。
いったい何が……?
理解できない事態に見舞われ、思考が停止する。
倒れこむシノンの身体を支えたアリスが何かを叫んでいる。だがそれは音として耳を通り抜けてしまい、何を言っているか脳が処理できず意味を解さない。
「しま……ッ!?」
シノンを支えていたアリスも、同様にして地面に倒れ伏した。当然、私の身体も同じく地に伏せる。
やけに動きの遅い顔を何とか横に向けると、自分の左腕に何かが刺さっているのが視認出来た。
それはまるで、針のような――
そこまで行って、ようやく事態が理解できた。
《電磁スタン弾》
効果は単純明快で、着弾地点に電磁スパークを発生させ、麻痺の状態以上を付与する特殊弾だ。
効果は強力だが、かなり大口径のライフルでないと装填できず、なおかつ弾自体の値段がとんでもなく高い為、パーティを組んでの大型モブハントに使用されるだけで、対人戦で使われる事なんて殆ど無かった。
まさか、BoB本戦で、対人戦でその弾を使おうとするような酔狂なプレイヤーがいるとは思わなかったが……1つおかしな点がある。
シノンが撃たれた後、アリスも電磁スタン弾の餌食となった。つまり2発電磁スタン弾は発射されている。
だが、弾道予測線が表示されなかったのだ。
弾道予測線が表示されないのは、スナイパーライフルの最初の一射のみのはず。
一体何故……?
その答えは酷く簡単な話だった。
要は、2人居たのだ。
シノンとアリスがしていたように、本戦で、《電磁スタン弾》を習得しているプレイヤー2人が、手を組んでいた。
そうして、遮蔽の近くとは言え、おしゃべりに夢中になっていった隙だらけのシノンとアリスを、交互に撃った。ただそれだけ。
その事を、シノンはこちらに近づいてくる2つの足音からそう推察した。
ところどころに穴の開いている、酷く風通しの良さそうなボロボロのフード付きマントを装備した2人のプレイヤー。
片方はスナイパーライフル――しかも、サプレッサーが標準装備されている超レア銃《サイレントアサシン》を片手に携え、もう片方は、それよりも格が下がるもののレアリティの高いスナイパーライフルにサプレッサーを付けていた。
2名とも、装備も見た目も似通っていて、ぱっと見だけでは見分けがつかなかった。
痺れ、動きが緩慢になった首をどうにか動かし、確認できたのはそれだけだ。
「――ヒヒッ、クヒッ……無様だねェ……《紅の英雄》さんよォ……」
2人のボロマントの内、サイレントアサシンでは無い方が、心底嘲るような声を発した。
「……誰?」
シノンに覆い被さっているアリスの身体が一瞬強張った。
誰何をするその声は疑心に溢れている。
それもそうだろう。
あのボロマントは、彼女の事をこう呼んだのだ。
《紅の英雄》と。
アバターネームでもなく、GGO内で呼ばれているという《紅銀の戦姫》でもなく。《紅の英雄》と。
シノンが先ほど彼女の秘密を聞いていなければ、驚愕に耳を疑ったかもしれない。
つまり、あのボロマントは知っているのだ。《SAO》内での彼女の事を。
「あァ、この見た目じゃァ分からねえよなァ……。俺だよ、俺。ゲイン」
軽薄そうな男はゲインと、そう名乗った。
シノンはその名前をどこかで聞いたような気がするが、いつの事だったかは思い出せないでいた。
「……知らない名前。なんでわたしのその名前を知ってるの? どこかで会った?」
「……あ?」
アリスが誰だお前、という感情を隠さずに答えると、ボロマント――ゲインと名乗った男は明らかに動揺し始めた。
「おい。おいおいおい。マジかよ。忘れたってのか?」
「だから、知らないって言ってるでしょ。なん――」
「ざけてんじゃねェーぞおらァ!!」
突然、シノンの身体から重さが消えた。
ゲインが、アリスの身体を思いきり蹴り飛ばしたのだ。
突然の事態についていけず、呆然としていると、ゲインが蹴り飛ばしたアリスに対して激昂しながら何度も蹴りを入れている。
「ありえねェだろうがァ!! てめェが俺を忘れるだと!? どこまでも見下しやがッて!! ああ“!?」
アリスはまだ麻痺が解けておらず、蹴られるが儘だ。
GGOは他のタイトルと違い、ペインアブソーバが低めに設定されている。痛みこそ無いが、強い衝撃を感じているはずであり、アリスの表情は苦悶に歪んでいた。
アリスのHPバーが蹴られるたびに削れていく。
かろうじて動く右手をどうにか腰のサイドアームへと伸ばす。
幸い、ゲイルは怒りのあまりシノンの存在を忘れてしまっているようだ。
もう片方のボロマントも、今はゲイル達に意識を割いているようで、視線はこちらに向いていない。
今なら、撃てる。
もう少し、あと少しで、グリップに手が届――
「……動くな」
頭上から聞こえた声に、びくりと身体が跳ねた。
「……動いたら、殺す。……声を上げても、殺す。……お前は後で殺すが……今はヤツの頼みがあるから……生かしておいてやる」
ノイズがかった、聞き取り辛い声。
カチリという、張り詰めた空気の中、ハンマーのコッキング音を耳が拾った。
視界に移りこんだ、ボロマントがシノンに突き付けている“ソレ”を認識した瞬間、シノンの思考は完全にフリーズした。
酷くゆっくりと感じる、スローな世界の中。全てが灰色になった視界の中でも、それだけは鮮やかな黒を纏っていた。
何度も何度も、悪夢の中で見た――黒い拳銃。
条件反射の様に、シノンの身体が震え始めた。
声を出すなと脅されたが、喉が引くつき、言われるまでも無く声など出せそうにもない。
ぶわっ、と体中の汗腺が開き、虫が這うような冷たい汗がとめどなく溢れる。
もちろんここは仮想世界であり、汗をかくような機能はGGOには搭載されていない。
だがイメージとして、シノンは全身から冷や汗を流していた。
正式名称『トゥルスキー・トカレヴァ 1930/33』
ソ連陸軍が正式採用とした、トカレフTT-33と呼ばれる、軍用自動拳銃。
グリップの色と、そこに刻まれた星のマークから『黒星』とも呼ばれている。
その拳銃は、シノンがトラウマとなったあの事件において犯人が使用し――シノンがその手で犯人を撃ち殺した、シノンのトラウマの象徴だった。