「みつ、けた……っ!」
キリト達の元へと移動する闇風を妨害する為、走り続ける事数分。ついにその姿を視界に捉えた。
ぴったりとしたレザースーツに、腕、肩、足を守る最低限の防具。
水泳ゴーグルのような形状のサングラスを付けた、ソフトモヒカンの男性プレイヤー。
猛然と土煙を上げながら不規則に蛇行し爆走する姿は、まるで暴走した機関車のようだ。
「っ……!」
腰のホルダーからハンドガン《瘴禍・牙》を抜き放ち、収縮するバレットサークルに構わず発砲する。
当たらなくていい。こっちに意識を向けてくれれば……。
撃ち出された銃弾は案の定見当違いな方向へと飛んで行ったが、銃声が聞こえたらしくぴくりと反応しこちらに顔を向けた。
(好機――!)
もう一度牽制に発砲し、出来た隙で一気に距離を詰める!
一歩、大きく踏み込み、接敵を試みる。
わたしはもう一度、トリガーにかけた指に力を込めた。
一度に三発の銃弾を、計三回。
都合九発の弾丸が闇風へと殺到した。
当たれば僥倖、狙いは足止め。
そしてわたしの目論見は、大きく外された。
「なっ……!?」
ぬるり、と。
まるで滑る様に、闇風の姿が動いた。
蛇のように掴み所の無い動きで銃弾を避けると、そのままノータイムでわたしに向けて発砲してきた。
「くっ……うっ……」
右腕で振り払うようにして銃弾を防ぎ、追走しようと踏み出したところで脚に向かって弾道予測線が伸びてきた。
これは防げないと横っ飛びで回避。足の裏を銃弾の雨が掠めて行った。
即座に立ち上がり、今度こそ闇風を追いかける。
闇風はわたしの足や胴体を不規則なリズムで撃ちながら動きを妨害してくるため、一向に距離を詰められない。
速い。そして――とんでもなく上手い。
偏差射撃――わたしの移動、回避先を先読みして撃つ技術の精度があり得ない程高いのだ。
避けようとした瞬間、悪寒を感じて踏みとどまってみれば眼前を通り過ぎて行った赤い線に、思わず悲鳴を上げてしまった。
先読みが、もはや未来予知レベルにまで達している。
辛うじて、マガジンを装填する瞬間は攻撃が止むのだけど……それでも、距離を詰める事は出来なかった。
速いのだ。わたしよりも、走る速度が。
わたしは純AGI極振りではなく、あくまでも特化でSTRにも少し振っているから、同レベル帯なら負ける事もあるとは思っていたけど。
――初めてだ。純粋な速さで負けたのは。
空を飛ぶスピードならリーファちゃんの方が速いし、
突きの速度ならアスナの方が速いし、
詠唱速度ならアイの方が速いし、
反応速度という点なら、キリトには大きく負けている。
けど。
よーいドンで同時に走り出した時に、先にゴールへと辿り付く速さ。
つまり、純粋な速さなら、そうそう負ける事は無いと思っていた。
VRMMOにおいて、走る速さというのはAGIの高さだけが全てじゃない。
体感覚の遮断率――フルダイブ適正というものも要素を構成する内に少し入っている。
フルダイブ適正は、本人の適正にもよるが、フルダイブを繰り返せば繰り返す程上がっていく。要は、慣れていくのだ。体感覚を遮断して、脳内だけで運動の信号を処理する事に。
で、わたしはそのフルダイブ適正というのが恐ろしく高いというのが、ALOから返って来た後、後遺症が無いかの検査をしたときに判明した事だった。
その高さは、他のSAO生還者と比べても類を見ない程だったという。
原因は、まあ+半年間閉じ込められていた事と、あの実験の影響だろう。
その事もあって、わたしは純粋な速さには自信があった。
だからだろうか。
走っても走っても追いつけない。
どころか、徐々に距離を離されていく。
この初めての感覚に、わたしは――
「ふふっ……うふっ、あははは……!」
これ以上なく、歓喜していた。
「っ……!」
笑い声を上げたわたしに、闇風がぎょっと身を竦ませた。
驚かせてしまったかな。ごめんなさい。
けど、この湧きたつ気持ちは抑えられそうにない。
思えば、ギルドイベントでユージーンとの戦った時もそうだった。
圧倒的なパワーに、ALOで一振りしか存在しない魔剣《グラム》。
本人の技量の高さもあり、キリトと二人がかりでようやく倒せた相手。
あの勝負は、本当に楽しかった。
登っても登っても、次々に強者が現れ、頂きは遥か先。
燻っていた気持ちが再燃する。
相手は圧倒的強者。速度で負け、技術は比べ物にすらならない。
近づかなければ勝てないが、距離を縮める事すらさせてもらえない。
HPの残量はおよそ3割程。少し前に無抵抗で蹴られ続けたのが尾を引いている。
誰が見ても不利。勝てる可能性はほぼ皆無。
だが、それが良い。
負けるかもしれない焦燥感と、蜘蛛の糸程の微かな勝利の可能性。
これだから対人戦は――やめられない。
「いくよっ!」
スイッチを入れる。
聴覚、嗅覚、その他諸々。不必要な情報を全て最低限まで絞る。
ぐん、と視界が横に広がった。同時に、時間の流れが遅くなったかのように、周囲の動きがスローモーションになった。
闇風が二度目のリロードをした、銃撃が止んだその瞬間に全力で地を蹴り加速する。
相手も走り続けながらマガジンの換装を行っている為、それほど距離は詰められないが、それでもかまわない。
神速のリロードを終え、弾切れから数秒と間を置かずに射撃が再開された。
トリガーが二度引かれる。
胸に三発。コンマ数秒後、左足にも三発。
弾く、避けるの行動を取れば、先程埋めた距離を引き離されてしまう。
だから、避けない。
銃弾が目の前まで迫っている――構わず、踏み込む。
銃弾が間合いに侵入した――まだ、踏み込む。
銃弾が、胸に当たる、その直前。
今。
右足を軸に、身体を捻る。
回転。
身体に掠らせるように、避ける。
左足に当たるものは、軽く足を曲げ、二発を弾き、一発は受ける。
わずかな衝撃、それを強引に振り切った。
「なっ――!?」
闇風が初めて大きな動揺を見せた。
彼や、この戦いの中継を見ている人たちには、まるで銃弾がすり抜けたように見えただろう。
勢いを殺すことなく、駆ける。
闇風は僅かに引き金を引く指が止まり、走る速度を落としたが、それでもまだ届かない。
追いつくには、闇風の足を止めさせなければならない。
二秒……いや、三秒分。
懐から、最後のフラグ・グレネードを手に取る。
次に闇風が狙うとしたら――ここだ!
投剣スキル《シングル・シュート》
まっすぐに投げられたグレネードは、十メートル程前で闇風の放った銃弾に当たり爆発する。
爆炎、そして舞い上がる土煙。
わたしと闇風、両者の視界が遮られた。
わたしはそのまま土煙の中へと突っ込み、素早くメニューを操作。
装備を一つ、解除して手に。そのまま、斜め前へと投げつけた。
「ッ!!」
発砲音がした。音の発生源は、わたしが脱いだ防具――《コート・オブ・サンシャイン》を投げた場所。
ゲイルの時と同じだ。相手の姿を見失った後、煙の中から飛び出てきたものがあれば反射的にそちらに目が行ってしまうだろう。
そして撃ち抜いたものが、脱ぎ捨てられたコートだった場合……どんな気持ちになるかな?
「!?」
驚くよね。まさか、戦闘の最中に防具を脱ぎ、囮に使うなんて思わない。
ゲイルのような小心者なら、フラググレネードみたいな小さなものでも反応してしまうだろう。
だけど、闇風のような戦い慣れをしているプレイヤーだと、このフェイントを見切ってしまうかもしれない。
だから、質量と大きさのある、着ていた防具を投げたんだ。
そしてその策は上手く機能した。
土煙の中から飛び出す。
まず、一秒。
闇風が驚愕し、足を止めたその隙を逃さない。
闇風がこちらに気づいた。
銃口が向けられる。
もうわたしの身を守るものは、装備している手甲、脚甲と薄いインナーのみだ。
胴体に当たってしまえば、ひとたまりもない。
闇風が引き金を引く前に、既にこちらは照準を合わせている。
トリガーを引く。引く。引く。
計九発、三連射。軽く横に凪ぐ様にして、撃つ。
狙いはすべて、闇風の足。
「ぐっ……!」
左足に当たった。
闇風が顔をしかめる。
だが、闇風もただではやられない。なんと足を撃たれたたらを踏みながらも撃ち返してきた。
不安定な姿勢で撃ったせいか、弾はバラけているが、二発ほど右肩に当たりそうだ。
それを、先程撃った、弾切れ中のハンドガンを投げつけて防ぐ。
これで、二秒。
闇風との距離はあと三十メートル程。
もうすぐ、わたしの射程に入る。
ただ、ここからは運の要素が絡んでくる。
賭けに勝てれば、わたしは間合いの中に闇風を入れられる。
負ければ……打つ手が無くなる。必然的に、わたしの負けだ。
一度目の勝負。
体勢が崩れ、左側に崩れ落ちる闇風の――その反対側に向けて《コンバットナイフ》を投擲。
闇風は思いきり踏ん張り、崩れる方向と逆側に切り返そうとして……目の前を通過していったナイフに、顔を仰け反らせた。
――よし!
体勢を崩した状態で敵から距離を取ろうとする時、普通ならその流れに逆らわず倒れ込むように移動するだろう。特に、左足を負傷しているのであれば、そこに力を入れようとすることはまず考えられない。
だからこそ、逆を狙った。
闇風なら――自身の最強の武器である足を狙われる事が多いはずだから。そして、撃たれた場合の対処法も。
追撃を避け、かつ相手の意表を突くような行動を取ってくるだろうと思っていた。
さあ、ここからが、本当の勝負。
闇風の次の一手。
二度姿勢を崩され、足を止められた状態で何を選択してくるか。
恐らく、反撃してくるはずだ。
これ以上近寄らせる前に、ここで決着をつける為に。
問題は、どこを狙ってくるか。
胴か、頭か。
頭なら、わたしの勝ち。
胴なら、わたしの負け。
そして、闇風は――
――わたしの頭に、狙いを付けた。
(もらった……!)
闇風の視線がわたしの頭部に向いた直後、後ろ手に持っていた拳銃――《UFG》を構え、即、射出。
発光する鋼線が、闇風の左足元に着弾する。
次の瞬間、ぐんと身体が引っ張られ、わたし自身が弾丸となったように、水平に跳ぶ。
鼻の先、そして胸を掠るように、銃弾と交差し、すれ違う。
「これ、でぇ――!」
闇風は目前。
必殺の間合い。
右拳を引き絞る。
着地、そして、
体術スキル《閃――
闇風と、目が合った。
「ッ!?」
凄まじい悪寒が全身を駆け巡った。
だめだ。このまま攻撃したら、負ける……!
着地したその場で、放ちかけていた拳を引き留め、思いきり上に跳躍。
直後、ヴォッというサウンドエフェクトと共に、闇風が隠し持っていた光剣が閃いた。
(間に合えっ――)
空中、逆さになった視界の中、斬り飛ばされたわたしの左腕が舞ったのが見えた。
このまま押し切るっ!
体術スキル《星堕・牙》
斬られた反動を、そのまま蹴りの威力に変換する。
体重を乗せた踵が、剣を振りぬいた格好の闇風の肩を打ち据えた。
(浅いッ!)
手応えはあったが、まだ、闇風のHPは残っている。
蹴りの勢いをつけ過ぎたせいで、再び視界は反転した。
このまま落下すれば、大きな隙を晒してしまう事になる。
だから、ここで決める……っ!
残った右腕を思いきり伸ばし、闇風の手――光剣のグリップに手を添え、そのまま奪い取る。
この体勢からじゃ、体術スキルは使えない。
だから借りるね、この武器を!
ソードスキル《バーチカル》
下から上へ。縦真一文字の斬撃。
「っ……おぉぉぉぉぉッ!!!」
振りぬく。
斬、と確かな手応えを感じた。
「んぎゅっ!?」
べしゃり、と顔面から地面に激突し、つぶれたカエルのような悲鳴を上げてしまった。
髪から砂をパラパラと落としながら、慌てて起き上がってみれば、身体を縦に半分こされた闇風と目が合った。
「見事……!」
最後に彼はそう言って、キラキラと瞬くポリゴン片となって、空へと溶けていった。
呆けた顔でそれを見送った後。強烈な脱力感に襲われへなへなと崩れ落ちてしまう。
「か、勝った…………。つっかれたぁ~……」
左腕は斬り飛ばされ、装備もボロボロ、アイテムも全部使いきって、HPも残り数ドット。
まさしく満身創痍。本当にギリギリの戦いだった……。
倦怠感が凄い。もう動きたくない位疲れた。
けど、それ以上に、やってやった! という充足感に満ちていた。
震える手を顔の上に突き出し、口を開く。
聞こえるわけがないけど、それでも、楽しい勝負をさせてくれた彼に。
「対戦、ありがとうございっ、ましたぁー……!」
感謝を。