Side キリト
アリスと別れ、シノンと共に挑んだ死銃――元ラフィンコフィン幹部《赤目のザザ》との戦いは佳境を迎えていた。
姿を隠し、どこから襲ってくるか分からないザザを、俺が囮になる形でおびき寄せ、シノンのスナイプで倒すという作戦は、ザザの位置を割り出すところまでは成功したものの、シノンの狙撃を勘付かれ、奴の持つスナイパーライフルは破壊できたが、奴自身を撃破する事は出来なかった。
そして、エストックを抜いた、奴との近接戦闘が始まった。
スナイパーライフルの弾が切れたシノンもサブウェポンのハンドガンを引っ提げて合流したが、ザザの研ぎ澄まされたエストック捌き俺は防戦一方、シノンも高速で位置が入れ替わりする剣での戦闘に上手く割り込めないでいた。
更に悪い流れは続き、ザザを牽制しながら周囲を警戒していたシノンから、恐ろしい速度でこちらに近づく他プレイヤー――闇風が居るという報告を受けた。
GGOにおいて頂点ともいえるプレイヤースキルを持つという闇風に乱入されてしまったらたまらない。
それに、闇風は前回大会準優勝者であり、死銃のターゲットである可能性が高かった。万が一にでも死銃に闇風を倒させるわけにはいかない。
シノンに、俺がザザを倒すまで闇風の足止めを頼もうと声を上げかけたその時、彼女からもう一報が入った。
アリスが、闇風の進行を阻むように横から飛び出してきたというのだ。
あんにゃろう、最高のタイミングでやってくれる。
闇風はアリスに任せ、俺はシノンと協力してザザを倒す事に決めた。
あいつが闇風を止めに行けたという事は、もう一人の死銃を倒したという事だ。
だったら俺が、ここで躓く訳にはいかないだろ!!
「シノン! 後何発残ってる!?」
「マガジン二つ!!」
「――十分だ!!」
ザザが放った銃弾を斬り払い、接近する。
距離を取ろうとしたやつに向け、ホルスターから抜いたハンドガンを無造作に撃ち放った。
当然、当たる訳もなく、撃ち出された弾丸はザザの脇を掠めるルートを通る。
それでも構わない。狙いはこの次にあるのだから。
「シノンッ!!」
俺の銃撃に被せるように、僅かに間を置いてシノンの援護射撃――ハンドガンによるフルバーストがザザへと殺到する。
無論、黙って当たるザザではない。回避をしようとするが、俺の放った弾丸が邪魔で避けるスペースがほとんど潰されている。
「チッ……」
数発、ザザの身体に命中し、ぐらりと体幹が崩れた。
好機。
踏み込み、加速。ザザの目の前に躍り出る。
視線が交差する。
剣の間合い。
同時、剣が閃いた。
奴の選んだ技は刺突。細剣単発技《リニアー》
戦闘前、SAO時代、黒鉄宮の監獄の中で身体に刻み込む程繰り返したと言っていた、奴の最も得意とする神速の突き。
極限まで体感時間が引き延ばされる中、それでも尚目で追いきれない速度で突き出されたエストックが、俺の頬を浅く切り裂いた。
「っ――おぉぉぉぉぉッ!!!」
片手直剣連撃技《シャープ・ネイル》
右下から掬い上げるような切り上げ――延ばされた腕を斬り飛ばす。
次いで、返す刀で水平方向への剣を振りぬく――胴体を切り離した。
最後に、右上から斬り降ろし――頭部を切り裂いた。
大型獣の爪痕の如き斬線が、ザザの身体に走り――そして。
轟音と共に、やつの身体が爆散した。
◇
倒れ込み、荒い息を吐く俺の元にシノンがゆっくりと近づいてきた。
「……お疲れ」
「ああ……疲れたよ」
紙一重の勝負だった。
強がることもせずそう伝えると、彼女はふっ、と頬を緩ませた。
それに釣られて、俺も笑みを浮かべた。
「戦えたじゃないか、シノン」
「おかげ様……って言えばいいのかしら。ええ、あの子に言われた通り――選んだわ。戦う事を」
アリスが追っ手を引き受ける為、サイドカーから飛び降りる前にシノンと交わしていた会話。
――選ぶのはシノンだよ。戦うか、戦わないか、その選択を!!
あいつらしい、単純な挑発だ。
「なんで戦う事を選んだのか――聞いてもいいか?」
アリスの言う通り、あの時はログアウトする選択肢もあったはずだ。
予選決勝で俺に怒鳴った程気の強い彼女が憔悴してしまう程の何か。それが何であるかは俺もあいつも知りえないが、簡単に振り払える事じゃ無かったはずだ。
そんな俺の問いに、シノンは苦笑しながら、それでも愉快そうに、応えた。
「私って、負けず嫌いだそうよ?」
「――は?」
思わず聞き返してしまう。それにシノンはさらに笑みを深めながら、思い返すように続けた。
「負ける事が嫌いで、わざと勝ちを譲られる事がもっと嫌い。あの子に言われたのよ。本戦で」
「それが、どうして――」
「負けたくないって、思ったのよ」
そう言ったシノンは、どこか遠くを見るような目をしていた。
物理的な距離ではなく、時の離れたどこかを。
「あの時の私は、怖くて怖くて仕方なかったのに……母を助けたいが為に戦った。戦うって事を選べたのよ。それなのに、今、成長して、あの時よりも強くなったはずの私が逃げたら、あの時の自分に負けるって」
「は、はは……」
類は友を呼ぶというのだろうか。
負けたくないという気持ちだけで、動けなくなる程のトラウマを振り切れた。
それは確かに、筋金入りの負けず嫌いだ。
「俺もだよ」
「……え?」
「俺も、そうだったんだ。ああ、なんだ……ははっ。そっか、そうだよな」
「何よ……?」
疑問に首を傾げる彼女に、俺は「なんでもない」と返事をしてから勢いをつけて立ち上がった。
「まずは、最終戦をこなさなくちゃな」
「え、ええ……。アリスの所に行くのよね? 話してる場合じゃなかった……早く援護に――」
アリスが闇風を抑えている事を思い出したのか、焦りを浮かべはじめたシノン苦笑しながら、大丈夫だと声をかける。
「そろそろ終わってる頃だろうからさ」
「終わってるって、そんな――」
「心配するなって」
シノンの背後、アリスと闇風が戦闘を行っていただらう場所へと視線を向けると、彼女も言葉を切り、そちらを向いた。
燃えるような夕陽を背に、ボロボロになりながらもしっかりとした足取りでこちらへと歩を進めているアリスの姿が目に入った。
俺は最初から、心配なんてしてなかったさ。
「ほらな?」
――PvPでアイツが負けるとこなんて、想像できないから。
◇Side Ai
同時刻ALOにて。
中都《アルン》内、ギルド《七人の妖精》ギルドホーム。
「はぇ~……すっごぉ……」
めらめらと燃える暖炉があるリビングで、数人の男女がモニターを食い入るように見つめていた。
アイ、リーファ、ディアベル、そしてクラインとノーチラスの五人である。
モニターには、今姉の参加しているGGOというVRMMOタイトルでの大会、その本戦の様子を中継した放送が流れている。
ユイに頼んで外部の動画配信サイトで流れているそれを、ALOのモニターに映してもらっているのだ。
先の感嘆の声は、その中継で姉――アリスがソフトモヒカンのプレイヤーを撃破し終えたときに思わず口にしてしまった台詞である。
「え、何。何が起こったの……? 気づいたら終わってたんだけど……?」
二人掛けのソファで、アイの隣に腰かけモニターを見ていたリーファが目をしばたたかせながら疑問を口にした。
それは誰に向けたものではなかったが、アイの肩にのり楽しそうに観戦していたユイが、苦笑いを浮かべながら答える。
「まず、アリスお姉ちゃんはフラグ・グレネード――小さな手投げ爆弾ですね。それを相手に撃たせる事で目晦ましにしました」
「はい」
「その後、恐らく土煙の中でメニューを操作して防具を脱ぎ、相手の視線誘導と足止めの為に投げて、自分は違う方向から突撃しました」
「わかる」
「飛び出したアリスお姉ちゃんは、更に足を止めさせる為に土煙の中で既に狙いをつけていた銃を発砲。足に当てて動きを止めさせることに成功しました」
「うーん……まあ、はい」
「相手の反撃を、持っていた銃を投げつけて防ぎ、逆の手で抜いたナイフを相手の逃げる方向を先読みして妨害、更にその場に釘付けにしました」
「……うん」
「最後に、えーっと、あれは……《アルティメット・ファイバー・ガン》というらしいですね。BoB中にフィールドのどこかに置かれている、大会中だけの特殊武器みたいです。それを使って頭部への射撃を回避すると同時に相手の懐に潜り込んで」
「…………」
「一度攻撃しようとして、相手の反撃をどうやってか察知して回避。左腕を犠牲にして相手の肩を打ち、浅いとみてそのまま武器を奪って斬りました」
「……………………」
「この間、約四秒です」
「わかんない!!」
リーファが叫んで突っ伏してしまった。
アイは近接戦闘職ではなく、基本的に後衛で魔法を用いたダメージディーラーを務めている為、ユイの解説を聞いても、それがどの位の難易度かピンとこず、先の「はぇ~すっごぉ」以外の感想は持ちえなかった。
リーファは姉と同じ、前~中衛のスピードファイターであるため、何か思うところがあったのだろう。
「SAOのトッププレーヤーって皆こんな感じなんですか」
「「「…………!!!」」」
リーファの視線と問いに、全力で首を横に振る元SAO攻略組の面々。その表情は「一緒にしないでくれ」という感情がありありと浮かんでいた。
「確かに俺たちゃ攻略組で、向こうのトッププレイヤーだっつぅ自負はあるけどよォ」
「彼女――アリスさんと、キリトはSAOでも別格だったんだよ」
モニターを再び見れば、映像が切り替わり今度は件のキリトの戦闘シーンが映し出されていた。
しかし、それももう一人の女性プレイヤーとの共闘で、数秒程度で戦闘を終えてしまった。当然、キリト達の勝利という形で。
「俺はSAOで一度、二人とデュエルしたことあるけど、何も出来ずにやられたなぁ」
苦笑しながらもノーチラスが溢した。
三人とも、SAOでは攻略組というトッププレイヤーであり、名の知れた強者であったという。その三人が口をそろえて別格とまで言うアリスとキリトはどれほどの強さを持っているのだろう。
アイは敬愛する姉と戦いたいと思った事は無いが、そういえばと、ふと気にかかった事があった。
「あの、お姉ちゃ――団長と副団長ってどっちが強いんですか?」
アイの言う団長とはアリスの事であり、副団長はギルドイベント戦後に団長によって強制的に任命されたキリトの事である。
どちらも比類なき強者で、ギルドの最高戦力だ。間違いなくアイの知る限り最強のプレイヤーだが、どちらが強いかについては知らなかった。
そんなアイの疑問に、男性陣は「あー……」と少し困ったような表情を浮かべ、それを見たリーファと二人、首を傾げる。
「そういやァ、ALOでは二人のデュエルって無かったんだっけか」
「大体、Mobの討伐数とかタイムアタックで競ってるよね」
アリスとキリトは、何かにつけて勝負をしている。その勝負方法は多岐に渡り、勝敗もおおむねイーブンではあるが、直接剣を交えての勝負は見た事が無かった。
「確か、八層辺りで一度デュエルしたんだっけ?」
思い出すように口にしたノーチラスに、クラインが答える。
「ああ、あん時は……キリの字がやらかして負けてらァ」
「やらかした?」
クラインの口から出た気になるワードを聞き返すと、彼は笑いを堪えながらも詳細を述べ出した。
「アリスの腕を掴もうとして、セクハラかましやがったんだよあいつ。そんで動揺してる内にバシーン! ってな。ありゃあ傑作だった」
話している内に堪らなくなったのか、膝を叩き笑い出した。
そんなクラインを横目に、アイは急激に自身の感情が冷えていくのを感じた。
これは、ちょっと
「でもその後、彼が《二刀流》を、彼女が《英雄之剣》を手に入れてから二度戦って、結局勝敗は最初の一戦も合わせて引き分けに終わったんだろう?」
「じゃあ結局どっちが強いかは分からないって事?」
そうリーファが纏めると、三人は悩みながらも首肯した。
「剣技ならキリトが、速さや駆け引きならアリスさんが上だ」
「アリスさんは様々な武器を使った対応力と奇襲性のある戦闘が得意だし、キリトくんは初見殺しにも反応出来る勘の良さと反応速度を持ってる」
「だからどっちがつえーかなんてわかんねェってのが本音だ。ただ、アリスもキリの字も、SAOの時みたいに本気での戦いはもう出来ねェだろうけどな」
「本気での戦い……ですか?」
クラインの言っている事がいまいち理解できず、疑問符を浮かべる。
「ソードスキルこそあるが、アリスの武器だった《クイックチェンジ》や《英雄之剣》、キリの字の《二刀流》も無ェからなぁ……それがあるから、あいつらもALOでやり合わないんだろうけどよ」
どこか懐かしそうに語るクラインの目は、ほんの少しの寂しさを含んでいた。
《黒の英雄》と《紅の英雄》の勇姿は、元SAOプレイヤーにとって特別なものがあるのかもしれない、とアイは感じた。
「あ、また画面変わって――ええっ!? お兄ちゃんと深紅ちゃんが戦い始めた!!」
リーファの悲鳴のような声に、アイもクライン達も揃って画面に視線を戻した。
モニターでは、アリス、キリト、そして女性プレイヤーの三人が入り乱れて戦闘を行っていた。
「見れましたね、直接対決」
皮肉る様にアイが溢すと、ディアベル達も乾いた笑いを浮かべながら同意した。
「まあ、これはGGOで大きな大会なんだろう? それの最後まで勝ち残って、目的は達成したからはいリタイヤなんて……絶対にしないだろうなぁ」
「あー……『じゃ、最後にどっちが上か白黒つけよう』って言いだしたんだろうなぁ」
その光景は簡単にイメージできた。というより、それ以外の行動を姉と副団長が取るはずが無いという謎の信頼感すらあった。
アイ達は、アリスとキリトがGGOへとコンバートした経緯を二人から直接聞いている。ギルドを空けるのだからと、コンバート前にギルドメンバー全員を集めて説明が行われたのだ。
故に、二人が何らかの事件の調査で大会に参加している事も知っていた。無論、守秘義務に当たるであろう部分はぼかされていたが。
その後、危険な人物と対決せざるを得ないと小春経由で知った時は、ギルメン全員が不安げな顔をしていたが、事態は既に動いた後だったという事と、万が一の無い様に安全面が確保されているという事から、ディアベル発案の元こうして応援をする形となったのだ。
そして、二人は無事、事件の首謀者と思わしき者を倒した。
その人物がラフィンコフィンと呼ばれるSAO時代の危険人物だと分かった時は、男性陣が取り乱しアイとリーファも顔を青くして見守っていたが、激戦の末、二人はそれぞれ勝利を収めていた。最も、アリスが相手をした方は実力が低く、あっという間に倒してしまったが。
アイは画面を食い入るように見つめる。
事件は終わった。
つい今しがた送られてきた小春からのメッセージによると、犠牲者をこれ以上出す事なく未然に防げたそうだ。
そして今。
画面に移る三人は、無邪気な子供の様に、心の底から楽しそうに、ぎゃあぎゃあと叫びながら戦いを繰り広げていた。
次の話で終わらせます