シノンは激怒した。否、ぶち切れていた。
必ずかのシューティングゲームの大会で剣と肉弾戦で戦おうとする変態共をぶちのめさねばと決意した。
死銃を撃破し、闇風を倒したアリスと合流した後、二人共それが当然であるかのように言ったのだ。
「じゃ、どっちが強いか白黒つけようぜ」と。
あまりにも自然な流れに危うく置いて行かれそうになったが、慌てて待ったを掛けたのがシノンである。
シノンはGGOにおいて、自分がトップ層のプレイヤーであると自負していた。
いかにこの二人の変態が強かろうと、おいそれと負けを認める訳にはいかない。
何より、剣を使う方の変態には一度辛酸を舐めさせられ――いや、本戦が始まってから肉弾戦の方の変態にも苦渋を味わわされていたのだ。
リベンジである。
私も混ぜろよと啖呵を切ったところ、二人は嬉しそうに――獲物を見付けた肉食獣の様に邪気の無い笑みを見せ快諾した。
そうして始まった、三人だけの最終戦。尚、既に本戦に残っているのもこの三人のみであるので、その意味でも最後の戦いではあった。
シノンがぷっつんしたのはこの直後である。
三人それぞれから距離を取り、アリスが爪弾いた銃弾が地に落ちる――戦闘開始の合図と共に、シノンに向かって突撃してきたのだ。
二人共が。
「なんで私ばかり狙うのよ!! 二人で潰し合いなさいよ!!」
「「シノンが一番厄介だからだよ!!!」」
思わず口を衝いて出た、冷静に考えればあんまりなシノンの悪態に、二人口を揃えて返してきた。
意外な高評価に驚くが、こんな状況でモテてもなにも嬉しくない。
「このっ――」
恐らく二人には知られていない切り札が一つだけシノンにはある。だが、今二人に狙われいる状態では切れず、已む無しにキリトに向かってハンドガンを発砲する。
「っとぉ! 甘い甘い!」
当たり前の様に斬り落とされてシノンのボルテージが一つ上がった。
そう簡単に音速で飛ぶ銃弾を斬り落とさないでほしい。
大会上位者というの良くも悪くも注目を集め、大会終了後は上位プレイヤーの真似をする人間が必ず増えるのだ。
この大会が終わった後、光剣や手甲を振り回すプレイヤーが溢れるといった光景を幻視し、シノンはげんなりとした。
既にキリトは剣の間合いへと入っている。ここまで懐に潜られてしまえばどうしようもない。
こうなったらイチかバチか――
最低でも一人は道連れにしてやると、シノンが覚悟を決め懐に手を伸ばした瞬間。
「どっせぇーい!」
「ぶふぉぁーーッ!?」
突然アリスがキリトを裏切り、横からドロップキックをかましたのだ。
流石にこれにはシノンも気の抜けた声を漏らす他ない。
「何しやがる!」
「ちぇっ、仕留め損なったか」
吹き飛ばされゴロゴロと転がっていったキリトが怒りを露わに立ち上がると、アリスは悔しそうに舌打ちをする。
その姿を見てシノンはこの最後の戦いを完璧に理解した。
ああそういう事かと。
シノンに背を向けキリトと向き合っているアリスへと、微笑みながら声を掛けた。
「アリス、助かったわ」
「ん? いーのいーの。気にしな――
「ええ、どうもありがとう」
そう言いながら、振り返ったアリスの頭に向けて容赦なく発砲した。
「んに“ゃッ!? なんでぇ!?」
「悪いわね、これも戦争なのよ」
その一発の銃声によって、泥沼の混戦が幕を上げた――
ある時は、アリスへと向けて放った銃弾を、キリトが盾代わりにされたり。
「なんてことを!」
「この悪魔!!」
「へへーん、聞こえないも――あっぶな!? 誰今ナイフ投げてきたの!?」
ある時は、こっそりと死銃の死体(アバターのであるが)から銃弾を拾っていたシノンが、不意打ちで狙撃したり。
「なんで避けるのよ!!」
「当たり前だろ!? っていうか弾切れって話はどうした!!」
「拾ったのよ!! 文句あるの!?」
「ぎゃ、逆切れ……」
三人は時に足を引っ張り、時に裏切り、一進一退の攻防を繰り広げた。
シノンも含め、この三人の思惑は一致している。
『二人ともまとめてぶっ倒す』
故に、誰かが誰かを倒そうとした瞬間、妨害行動に出るのだ。
また、シノンは気づいていなかったが、メインウェポンであるスナイパーライフルが使用できない中、アリスとキリトという近接戦闘に特化した二人と三つ巴状態とはいえ互角に渡り合っているあたり、観戦者から見れば大概変態的だった。
そんな戦いも、ついに戦況が大きく動いた。
メインサブ両方の弾が底を尽き、取れる手段が無くなったシノンが賭けに出たのだ。
弾切れに勘付いたキリトがシノンへと飛びかかり、そのやや後方からアリスが迫ってきている。
そんな中、辛うじてキリトの剣閃を避けたシノンは――キリトへと抱き着いた。
「ほあぁッ!?」
「ねえ、キリト……」
シノンは艶やかに笑いかける。
キリトがドキリと身を竦ませ、顔を赤くしながら心臓を高鳴らせたのが伝わった。
画面の外ではアスナがビキバキと青筋を立てており、シュピーゲルは何も知らずに真摯にシノンの家の前で警護をしている。
様々な思いが交錯する中、シノンは色に濡れた声で誘う様に囁いた。
「一緒に逝きましょ?」
「へ――」
コロコロと足元に転がる、起爆寸前のハンドグレネードを見てキリトはぎょっと目を見開いた。
直後、爆炎が上がった――
◇
「げほっ……ごほっ……あ、あっぶねぇ……!」
あの瞬間、咄嗟にシノンの腕を斬り飛ばし、後方へと緊急回避をした俺は大きく吹き飛ばされながらも辛うじて生存していた。
それにしても心中とは恐れ入る。万策尽きようが一人は道連れにしてやるという気概は敬服を覚えるが、やられた俺はたまったもんじゃなかった。
待て。
そういえば、あいつは――アリスはどうなった?
爆心地居た俺が生き残っている以上、それよりも離れていたあいつは――
ゴリ、と後頭部に硬い物を押しあてられた。
慌てるな。あいつの持っていた銃は殺傷能力の無いフックショットのようなものと、弾切れ中のハンドガンだけ。
これは単なる脅しだ。ビークール。まだ終わっちゃいない。ああ、終わってないとも。
視線を下げてみれば、ホルスターに下げていた筈のハンドガンがいつの間にか消えていた。
あ。終わったわ。
「……仕切り直しする、という訳には?」
震える声で問いかける。
まさか、究極の負けず嫌いであるアリスともあろう者が、こんな棚ぼた的な勝利で満足するわけ……。
ガチャリ。撃鉄を上げる音がした。
あ。ダメだこれ。
「……ごめんねキリト」
アリスの声は震えていた。
必死に何かを――百パーセント笑いをだろうが――押し殺すような声だった。
「――さよなら。……っぷ、ふふっ……」
乾いた銃声が鳴り響き、俺の視界はブラックアウトした。
あ、あの野郎覚えてやがれ……!
◇Side シノン
目がちかちかとしそうな雑踏から視線を逸らすように、詩乃は空を見上げた。
突き立つようなビルの隙間、ぽっかりと穴が開いたようにアリスブルーの空が広がっている。
12月半ばにもなり、昨日とは打って変わって冷え込んでいる乾いた風が、詩乃の頬を撫でつつ通り過ぎて行く。
先日に桐ケ谷和人――キリトから事件に巻き込んでしまった事への謝罪と、その後の顛末について菊岡という男性(総務省のナントカ科というところに所属しているらしい)と共に聞かされた。
死銃として活動していた男、恭二の兄と、現実で実行犯だった二人の男が逮捕されたらしい。
昌一の供述では、《メタマテリアル光歪曲迷彩》を偶然手に入れた所からすべてが始まったそうだ。
最初は他のプレイヤーに気づかれないようにストーキングしていたところ、総督府で個人情報を盗み見れる事に気づき、そこから少しずつパズルのピースを埋めていくように――事件の骨子が出来上がっていったらしい。
昌一が個人で考えたわけではなく、GGO内で再開したゲイル――もう一人のボロマントと、もう一人計画を立てていた人物がいるらしい。
あくまでも昌一の供述ではあるが、おおむね手口は和人達が推理していた通りだったそうだ。
ターゲットとしていたのは首都圏在住、一人暮らしで、ドアの電子錠が旧式タイプのものである七人。その内に自分が含まれていたと聞いたときは背筋を冷たいものが通った。恭二には改めて、感謝をしなければならないだろう。危険人物が来るかもしれないというのに、詩乃が大会を終えるまでずっと見張りを続けてくれたのだから。
ともあれ、事件は終わった。
大会の結果が三位というのは釈然としないというか、地団太を踏みたくなるほどに悔しいが、過ぎたことだ。
次こそやつらの頭をぶち抜いてやる。シノンは胸にケツイを秘めた。
ちら、と腕時計を見る。
待ち合わせの時間には、あと数分ほどあった。
今詩乃がこの場所――秋葉原に居るのは、とある人物と会って話をする為だった。
先のキリトからその人物に渡りをつけてもらい、こうして待ち合わせをしている。
「……ぁ……あの……」
少し緊張してきた。
キリトの言う話では、彼よりも年下だという。
あのアバターのような、同性の自分ですら一瞬見惚れてしまったような人物が一瞬頭に浮かんだ。
「あ……あれ……? 違うのかな……」
まさか現実での姿とアバターが同じではないだろうが……。
「も、もしもーし……?」
「え、私……?」
先程からうるさいなと思っていたら、自分に話しかけられていたようで慌てて返事をする。
そして、目を疑った。
「よかった。えと、シノン……だよね?」
「…………」
「あ、あれ……?」
声をかけてきたのは、蜂蜜色のふわふわな長髪をした、可愛らしいという表現がぴったりな、人形のような少女だった。
惚けたように少女を眺めていると、彼女はあわあわとし始めた。
「あれ? 人違い? す、すみません……」
「え、あっ。いいえ。私はシノンであってるけど……」
はて、この少女は誰だろう。
自分に『シノンか』と声を掛けてきたという事は、待ち合わせをしている人物だとは思うが……。
まさか、本人ではあるまい。いくら何でも幼すぎる。
見た所、中学生に上がりたてのように思えるが……。
そういえば、キリトからもう一つ教えてもらっていた事があった。だとすれば、この少女はきっと――
「もしかして、貴女、アリスの妹さん?」
「ふぇ」
彼女――アリスには妹がいるという。
何故妹がここに現れたのかは分からないが、急用があったのだろうか。
恐らくそうだろうと推測をつけ、少女へと確認すると、何故かぴしりと身体を固まらせてしまった。
「ああ、えっと……貴女のお姉さん――確か、深紅だったかしら。は何か用事が出来たの? それなら、日程を改めるけれど……」
比較的身長の低いシノンよりも、更に低い位置にある彼女の目線へと腰を屈めながら合わせながらも話しかけるが、少女はなにやら目から光を失い、小刻みに震えていた。
「…………だよ」
「……どうしたの?」
何かをつぶやいたようだが、上手く聞き取れなかった。
垂れている髪を耳にかけ、音を良く拾えるようにしながら少女の続きを待つ。
少女は希望はすべて潰えたかのような顔で、哀愁を漂わせながら、言った。
「わたしが……アリス、だよ……」
◇
「……シノンのバカ」
「悪かったわよ、もう」
場所は移り、電気街口からほど近い場所にある喫茶店にて。
席に着いてもまだ先程のやり取りを根に持っているらしい少女――アリスその人が恨みがましそうに唇を尖らせている。
シノンとしても、いくらアバターとリアルの姿が違うとはいえここまで違うとは思わなかったとか、事前に妹の存在を聞かされていたから勘違いしてしまった等言い分はあるが、それを言っても彼女がますます機嫌が悪くなるだけだと思い、素直に謝罪を述べた。
その謝罪を受け、アリスはため息を一つ。気を取り直すように話を始めた。
「まあ、わたしもあのアバターは現実と変わり過ぎてて戸惑ってたから、わからなくもないよ。妹に間違えられるとは思わなかったケド」
訂正。全然気を取り直せていなかった。
「とりあえず、改めて。わたしは深紅。名月深紅です。えーっと、16歳、だよ」
「え、嘘っ、同い年なの?」
「えっ?」
まさかの情報に、詩乃が目を見開いた。
「え、同……え……?」
「どうしてそこまで驚いているのか聞かせてもらおうじゃないか」
詩乃が狼狽していると、アリス――名月深紅がぴきぴきと額に青筋を浮かべだした。
その幼さで高校生は無理でしょ――詩乃はその言葉を飲み込んだ。
「……同性のVRMMOプレイヤーってだけでも珍しいのに、同い年でもあれば驚くわよ」
「あ、そう……? でも、確かにそうかも」
簡単にごまかされてくれた。
チョッロ、と詩乃は思った。
違和感を持たれる前に話を前に進めるべく、詩乃はごほんと咳ばらいを一つした。
「朝田詩乃。よろしく」
「うん。よろしく、朝田さん」
「詩乃でいいわ、それにさんも要らない」
「じゃあ、わたしも深紅って呼んでよ。せっかくの同い年の知り合いだし」
えへへ、と笑う深紅と握手を交わし、詩乃も頬を緩ませた。
いろいろと驚きはしたが、深紅の言う通り貴重な同い年で同性の知り合いだ。今回だけでなく、これからも親交は持っておきたかった。
そこで丁度注文した飲み物が届き、それぞれが口をつけ唇を湿らせたところで「それで……」と深紅が話を切り出し始めた。
「和人お兄ちゃんから少し聞いてるけど、話があるんだって?」
「ええ――ってちょっと待って。“お兄ちゃん”?」
中々本題に入る事が出来ないが、聞き捨てならない言葉が聞こえたため、再び話を中断した。
和人というのはあの黒い剣士の事だろう。だが、彼の苗字は桐ケ谷だったはずだ。先の自己紹介の時に彼女は名月と名乗っていた為、おかしい事になる。何か理由があるのだろうか。
止められた深紅は「あ……」と思わずといった様子で、頬をほんのり赤く染め照れながらも顛末を語った。
「えっとね。和人お兄ちゃん……キリトの妹とは親友で、小さい頃一緒に遊んでて、一緒になってお兄ちゃんって呼んでた時の癖で今も呼んじゃってるの。だから血縁関係は無いよ」
「そ、そう……まあ、いいんじゃないかしら?」
「んん……?」
深紅がお兄ちゃんと呼んでいる姿が妙にしっくりと来ていた。恐らく、身長――
そこまで考えて、詩乃は言葉に出さず胸に秘めておこうと思い、誤魔化すように曖昧に笑った。
「その話ってさ、あの時話せなかったこと?」
本題に入った。
詩乃も深紅も表情を真剣なものに戻し、居住まいを正した。
あの時というのは、BoB内で死銃に狙撃される隙を与えてしまった時の事だろう。
あれは詩乃にとって痛恨の出来事であり、強く印象に残っていた。
確かに、彼女に対して詩乃――シノンは「どうしても今知りたいことがある」と詰め寄ったのだから、全てが終わった今改めて聞きに来ていると思われても仕方が無いだろう。
だが、今回の件はそれとは全く関係ない。
何故なら、文字通り全部終わったのだから。
「違うわ。あの時聞きたかった答えは、もう見えたから」
「答え……?」
それはまだ手に入れる事は出来ては居ないが、切っ掛けはつかめていた。
「切っ掛けをくれたのは貴女ね。そういう意味では、話したい事の中に貴女へのお礼も含まれてるわね」
大丈夫だと思っていたGGOの中でもトラウマが発症していた時、背を押して――いや、道を示してくれたのはだった。
「だから貴女は私の恩人でもあるわ。改めて……ありがと」
「そんな、わたしは大したことなんて……」
「貴女には大したこと無くても、私にとっては大事な事なの。受け取ってくれると嬉しいんだけど?」
「えぅ……うん。どういたしまして……?」
真っ正面から目を見て礼を言われた事に照れたのか、深紅は赤面しながらも頷いた。
その照れを誤魔化すように慌てて飲み物に口をつけ、まだ熱いままだったのか「あちっ!」と驚く彼女を見て、詩乃は微笑ましい気分になった。
戦姫――一部では戦鬼や死神などと噂されていたあのアバターが、いざ現実で会ってみれば小動物のような仕草をしていた。そのギャップにくすりと笑みを漏らす。
「そ、それで……本題……えと、もう一個の方は……?」
笑われた事が恥ずかしかったらしく、強引に続きを促した彼女に詩乃は「そうね」と前置きしてから、彼女と直接話をするため、この場所をセッティングしてもらった目的を告げた。
「ちょっと、ALOをやってみようと思うのだけど、色々とレクチャーしてくれない?」
◇
後日。
多種多様な妖精達の跋扈するアルヴヘイム。
大陸から伸びた長大な橋の先にある浮島、ケットシー領の首都《フリーリア》に新たな妖精が二人、現出した。
「うわあ、男性プレイヤーでも猫耳と尻尾が着いてる。身長も縮んでるし、アバターに慣れるのに時間がかかりそうだなぁ」
「そうね……でも、意外と似合ってるわよ? シュピーゲル」
「そっちこそ、誂えたみたいにぴったりだよ、シノン」
軽口を叩きあう彼と彼女――シュピーゲルとシノンはGGOからアバターをコンバートし、この世界へと降り立っていた。
最初はシノンだけがするつもりだったのだが、自分をGGOへと招いてくれ、その後も色々と便宜を図ってくれた義理を果たすため、シュピーゲルにALOへとコンバートをする旨を伝えたところ、大層驚かれた後にコンバート先でかの英雄と一緒にプレイをするという事を知り目の色を変えて「自分も是非!」と同行をせがまれたのだ。
あの《紅銀の戦姫》が《紅の英雄》その人である事はシノンの口から話してはいないが、自力でその答えに辿り着いたらしい(そもそも、隠す気があるのかという位彼女は自分の情報に無頓着ではあったのだが)彼の狂気乱舞っぷりはシノンの胸に僅かばかりの嫉妬心を覚えさせた。
尚、先の彼からの告白に対する回答は「せめて自分より強い人じゃなければ付き合えない」というバチバチに負けん気が発露したものだった。誰に対してのものかは割愛する。
「ああどうしよう……大丈夫かな、僕。変な格好してないかな?」
「別に……というか、GGOでは普通に話してた癖になんで今更そんな緊張してるのよ」
「あの時はそうだと知らなかったからだよ!!」
くわ! と目を見開くシュピーゲルに、シノンはやれやれと肩を竦め嘆息した。
アリスの正体を知ってからというもの、しばしシュピーゲルはリアルヴァーチャル問わずこのようになる。
彼曰く、憧れの英雄と実際に会う事が出来、あまつさえ身内の凶行を止めてくれた恩もあるから当然の事らしいのだが。
シノンとしては複雑な思いだ。
告白してきたのはシュピーゲルだろう。確かに「私より強くなってから言え」という返事はうら若き乙女としてどうかと自分でも思ったものの、お前は私の事が好きじゃなかったのかと。
それをそのまま本人に伝えると、まるで自分が嫉妬しているみたいに見えるので決して口には出さないが。
恥ずかしいのではなく、負けた気がして嫌だという理由なのが実にシノンらしかった。
「聞いた話だと、あの子以外にALOには《黒の英雄》とか、それ以外にもあの本に書かれてたメンバーが結構いるみたいだけど?」
「大丈夫。昨日は一睡も出来なかった」
「大丈夫じゃないじゃない……」
元々ヒロイックな行動や歴史上の英雄たる人物への憧れが強い事は知っていたものの、例の本を読んでからはさらにそれが加速したように思えるシュピーゲル。
いじめや親の過度な期待によるストレスで、一時期は学校を中退してしまう程追い詰められていたのだが、その本の影響で随分と心に余裕が戻ったようだった。長男があのような事件を起こした事で、両親もシュピーゲル――恭二ときちんと向き合おうとする等、彼の周囲の環境にも良い変化が起き始めているようだ。最も、それすらも「英雄が僕を救ってくれた……!」と感動の種にしてしまっているあたりはシノンも苦笑いを浮かべる他無かったが。
「で、あなたはケットシーにしてよかったの? わざわざ私に合わせなくても……」
話題を逸らすように、シュピーゲルの選択した種族について言及する。
興奮がキマり過ぎて目が爛々としてきた彼は、ピクリと頭についた猫耳を動かしながら答えた。
「んー、一応僕のプレイスタイルに合ってはいるんだよ。ほら、僕ってAGI特化にしたけど、アリスさんや闇風みたいなプレイヤースキルは無いからさ。テイムしたモンスターでそれを補おうと思って」
「ああ、なるほど……」
ケットシーという種族は種族特性で俊敏性と、モンスターの《テイミング》に長けている。それであれば彼の言う通り高いAGIを損なわせず、かつテイムしたモンスターの火力貢献も期待できる為、噛み合う所があるのだろう。
「強いて言うなら取り回しの言い中~遠距離武器が欲しかったけど、それは高望みしすぎかなって」
「ALOの遠距離武器は弓だけだからね」
ちなみに、シノンがケットシーを選んだ理由は9種族で最も視力が高いからだ。
Q.銃が無ければスコープも無い世界で狙撃をするには?
A.視力を高めて弓で狙撃をすればいい。
アリスからALOについてあれこれと教わった上で、シノンの出した答えがこれだった。違う環境に飛び込んでみる、気分転換をするといった目的からALOにコンバートしたが、剣と魔法で戦う世界でもシノンは狙撃スタイルを崩すつもりが無かった。もはや狙撃がアイデンティティの一部と化している。
「ん」
「あ」
と。
雑談に興じている内に、約束の時間となったようだ。
《フリーリア》の中央にあるケットシーの少女を象ったモニュメント、その目の前の空間が歪んだ。
そこからゆっくりとした足取りで出てきたのは、7人の妖精。
「お、おい……あれって……」
「うそ、なんでここに……?」
周囲のプレイヤー達がにわかに騒めきだす。
それもそうだろう。現れたのは、ALO中が注目する大規模ギルドイベントにて、規程の人数以下でありながらも優勝をかっさらっていった、理論上はALO内で最強のギルドなのだから。
サラマンダーが二人、シルフが二人、ウンディーネが二人に、スプリガンが一人。
種族も性別もバラバラながら、全員が強者足りうる雰囲気を纏っていた。
《ブラッキー》キリト
《バーサクヒーラー》アスナ
《藍氷の魔女》アイ
《スピードホリック》リーファ
《データバンク》コハル
《魔王》ディアベル
そして
《紅の小悪魔》アリス
ギルド《七人の妖精達》構成メンバー全員が、そこに揃っていた。
余談ではあるが、彼女らに対して二つ名で呼ぶと二名程キレるという恐ろしい噂も流れている。
自然と、生唾を呑み込んでいた。
何人かは注目され過ぎて居心地が悪そうにしており、ゲームのアバターであるから所謂覇気のようなものを感じ取れるはずも無いのだが、何故か威圧されてしまう。
何故も何も、一人だけ別ゲーム出身みたいな恰好をしている《魔王》のせいだった。禍々しすぎる装備品の圧が強い。
「こんにちわ、シノン。それとシュピーゲルも。あの時はありがとうね?」
代表して、一歩前に出てきたアリスが朗らかに声を掛けてきた。
「どうも。メンバー全員でお出迎えしてくれるなんて思わなかったわ」
「あー、うん。二人の事話したら、ぜひ会ってみたいって……仲間として」
「仲間……?」
どういう事だろうか。
シノンはてっきり、アリスがパーティを組むなどしてナビゲートしてくれるのだと思っていたのだが……。
《七人の妖精》全員がサポートしてくれるというのであれば、シュピーゲルの理性が持つかどうかは別として、パーティが二人あぶれることになるが。
シノンの疑問に、アリスはあっけらかんと答える。
「簡単に教えて、後は自由にやってもらおうかと思ったんだけど……銃撃戦経験者で、かつ高レベルプレイヤー。そんな貴重な存在、ぜひ欲しいって」
ひゅっ、とアリスの左手が数度閃き、シノンとシュピーゲルの眼前にウィンドウがポップする。
『ギルド《七人の妖精達》より勧誘が届きました。入団しますか? Yes/No』
隣でシュピーゲルが「ひゅっ」と息を呑む音が聞こえた。
わずかな逡巡。
なるほど、ALOに慣れてきたらPvPを申し込もうと思っていたが、考えが変わった。
シノンはYesをタップし、ついでに隣で硬直しているシュピーゲルの左手を掴みYesを押させた。
「今日から世話になるわ。よろしくね? 団長」
「うん。ようこそ、わたし達のギルド――《七人の妖精達》へ。歓迎するよ、シノン、シュピーゲル」
最強のギルド。そこであらゆるものを吸収して強くなってやる。
いつか、あの二人に勝てるように――
言い訳等は活動報告にて……