ストックがある程度出来たので投下していきます
side Koharu
「で、どうするの」
小春は珍しく怒っていた。
基本的に人に対して悪感情を抱く事の少ない、穏やかな性格の彼女ではあるが、表に出さないだけで憤りを感じていたり、カチンと来る事だってある。
珍しいというのは、その怒りの矛先についてだ。
「うぅ……」
両足をぴったり合わせて折り畳み、ふくらはぎの上にちょこんと座る――所謂正座を敢行しながら、小さな体を更に縮こませているのは、名月深紅。
小春にとって最愛の恋人である彼女に対して、小春は怒っていた。
彼女達を良く知る者達がこの光景を目にしたのであれば、目を剥いて驚愕の声を上げた事だろう。
小春が深紅を深く愛している事は、その関係を知っている者からすれば一目瞭然であるし、彼女が恋人に対して愛情以外の強い情動を抱くとは思えない。それほどに、彼女達は強い信頼関係で結ばれているのが分かるからだ。
無論、彼女達も人間であるし、意見の対立が起きる事もあるだろう。
しかし、それでも二人であればきちんと話し合い、折り合いをつけて上手い事着地をするだろう。事実、今まで二人が感情任せに喧嘩をする事などは無かった。
では、何が小春をここまで怒らせているのか。
話は数時間前――二十一層攻略記念兼クリスマスパーティ会場での出来事まで遡る。
2人は当初、料理に舌鼓を打ちながらもパーティを楽しんでいた。
現実への影響を最小限に抑える為、味覚信号へのアクセスを制限されている中、明日はこれ作ろうか等と話に花を咲かせている。
そんな中、ふと深紅の――アリスの耳がぴくりと反応した。
ローストチキンを食べ進めていた手を止めたアリスに、コハルが首を傾げる。
「どうしたの?」
「んっと……」
アリスは言うか言わまいか悩むように言葉を濁したが、視線は彼女の妹――アイの方へと向けられていた。
アリスは耳が良い。というよりも、フルダイブ中は視覚と聴覚が鋭くなっている。何か気になる事でも耳にしたのだろうかと、コハルも自然とアイとリーファの会話へ意識を傾けていた。
「……の途中で、……――ップに引っかかっ……――」
喧騒に紛れており、コハルでは途切れ途切れにしか聞こえないが、どうやらアイは他のプレイヤーと冒険をした時の話をしているらしい。
何故それを小さな声で、まるで内緒話のように話しているのかは分からないが、あまり大っぴらに話したい事でもないのかもしれない。
だとすればこのまま聞き耳を立てるのも悪いだろうと、コハルはアリスに飲み物を手渡しながらアイへ向けていた意識を切った。
「……いや……え……まさか……」
ぶつぶつと呟くアリスは、心なしか表情がどんどん青くなっているように思えた。
そして彼女が気持ちを落ち着ける為コップに口を着けたその瞬間
「ぶふっ!?」
「わぁっ!? アリス!? どうしたの!?」
アリスが盛大に飲み物を噴き出した。
それから咽るアリスの背を撫でつつ、何があったのかを訪ねた所……パーティがお開きとなった後で聞かされたのだ。
・妹が配信者となっている事を偶然知った
・しばらくはコメントはせずこっそり応援しているだけだったが、投げ銭システムに気づいてサブ垢を作ってこっそり支援するようになった
・ふとしたきっかけで、サブ垢で妹と冒険する事になった
・妹から好きな人が出来たかもという声が聞こえたので、聞き耳を立ててしまった
・そしたらその相手が自分のサブ垢「ターシス」だった
このような事を、ぽつぽつと、漸進的に説明された。
小春としては「はぁ?」という感じである。
深紅が妹を溺愛しているのは知っていたし、その妹が配信をやっていてそれにお金を使っていたというのは初耳だが(今にして思えば、生活費や交際費には困ってないはずなのにバイトがしたいと言っていたのは、この事だったのだろう)それもまあ、いい。
問題なのは、それがどうして妹に惚れられたという話に繋がるかという事だ。
噂では今でこそ「妹分」という枠に収まっているが、圭子(シリカ)からも時折尊敬の念以上の感情が深紅に向けられていると感じる事がある。いつ覚醒するか分かったものじゃないので、譲る気は微塵も無いが戦々恐々としていた。
「なんでこんなことになったの」
「妹にいい格好したくて……サブ垢だけど……えへへ――ごめんなさい」
深紅はにへらと笑って誤魔化そうとしたが、小春が青筋を立てながら笑みを深めた事で即座に謝罪した。AGI特化渾身の謝罪である。
「えと、あの、深藍も、き、気の迷いかもしれないし……」
「まあ、そうだけど」
しどろもどろになりつつも弁明(言い訳とも言う)をする深紅に、小春は確かにと頷いた。
恋は病。惚れた腫れたは当人の中でしか発生しないし完結しない。故に、深紅の妹のそれも、危機的状況を助けられた事による吊り橋効果マシマシのせいであって、それから時間が経って冷静に考えればそうでもなかったかな、となっているかもしれない。
「じゃあ見てみよっか」
「へ」
小春は立ち上がり、タブレットを取ると深紅の後ろにすとんと腰を降ろし、慣れた手つきでブラウザを起動。
配信サイトにアクセスし、深紅にサブ垢でログインさせると丁度、彼女は配信をしていた。
『でね~、昨日はすっごい大変だったんだよ~』
〇〆サバンナ やられた
〇友人 きな臭いとは思っていたが、まさか即攻略するとは
数秒の読み込みを経て画面に移ったのは、藍色のとんがり帽子を被った、青色の少女。
ほわほわした笑みをたたえながら話している彼女はバーチャルアイドル『アイアイ』――深紅の妹の深藍だ。
話題は昨日の電撃作戦の事だろう。コメントしているリスナーにもALOプレイヤーがちらほら居るのか、二十一層が攻略された事に触れているものがいくつかあった。
それについてコメントを取捨選択しながらも丁寧に返していく深藍――アイアイは、小春から見てなるほど慣れているんだなというのが見て取れる。
「深紅、なんかコメントしてみて」
「え? 何かって……」
だが、この配信を観に来たのはそれが目的ではない。愛する恋人の妹の配信という事で、後でタイムシフト等でじっくり見返そうと小春は決めたが、本来の目的を果たす為に深紅にコメントをする事を促した。
うんうん唸りながら悩んでいた深紅は、結局「こんにちは」という挨拶文を打つだけに留まった。
そして
『――っ! ターシスさん、こんにちわぁ~』
アイアイが反応した。
フルダイブで配信をしている関係、反応はアバターに如実に反映される。
恐らく、コメント欄にターシス名前が現れた事で反応し、動揺した。
そしてその動揺を悟られないように、平静を取り繕って挨拶をした。
が、隠しきれてなかった。
明らかに声のトーンが上がっていたし、なんなら語尾に♪がついてそうな程テンションが上がった。
小春の中で疑念が湧いた。……これはアウトなのでは?
彼女がターシスという存在を意識しているのは間違いないだろう。というか、バリバリに意識しまくっている。心なしか挙動がおかしくなっているし、声も上ずっている。リスナーは気づいていないようだが、疑念を持った上で見てみれば、僅かに変化が感じ取れた。
「あっ……」
深紅を抱いていた腕を放し、心の内で深藍に謝りながらコメントを入力する。
〇ターシス この前の冒険は、楽しかった
さて、どう返してくる。
『あっ、えっと、私も楽しかったよ~ありがと~。えへへ……』
うーん、アウトかなぁ……。
多幸感が漏れ出ている。隠しきれていない。
「どうするの、深紅」
「え、えっと……」
「本当の事言ったら、多分傷つくよ。私だったらしばらく立ち直れないかも」
「う、うぅ……」
目を逸らし、右往左往と彷徨わせる深紅に、小春は内心ため息をついた。
これでも生死を賭けた世界で2年も共に居たのだ。その後も一緒に暮らしているし、今深紅の考えている事くらいは、分かる。
「深紅は、どうしたい?」
「う……」
深紅の身体を反転させ、じっと彼女の目を見る。
当初抱いていた憤りはあまり感じていない。むしろ仕方がないなぁと内心苦笑しているぐらいだ。
深紅は大事な妹を傷つけるような真似はしたくないんだろう。
どのように話をしたところで、深紅には小春という恋人がいる以上深藍の思いが叶う事はないから。
彼女が恋をしている(と思われる)ターシスが深紅である以上、その恋が成就することは無い。
だから、迷っている。
まあ、これで深紅が深藍を選んで小春に別れを切り出したら泣くが。脅しではない。心壊れる位泣く。本気である。
「……本当の事を話す」
「それで、もしターシスが深紅だってわかった上で、それでも好きだって言われたら?」
「……わかんない。……女同士って前に、家族だし……わたしには、小春がいるし……」
深紅は、「でも」と口にしてから小春の目をまっすぐ見据え言った。
「やっぱり、隠し事はしたくない。大切な妹……たった一人の血の繋がった妹だから。本当の事を言って、それがどんな結果になったとしても……」
「深紅……」
「わたしには、小春っていう一番がいるから。深藍には悪いけど、何があっても、それは変わらない」
仕方がない。
小春はもう一度、心の内でため息を付きながらも覚悟を決めた。
結果がどうあれ、自分は深紅を信じよう。
深紅が話し終わった後、小春も一度深藍と話をする必要がありそうだ。
願わくば、2人が納得できて、そして傷つくことなく問題が解決できれば良いな、と小春は思った。
◇Side mio
深藍は世界が煌めいて見えていた。
やばい薬をキメたわけじゃない。病気でもない。
いや、ある意味病気ではあった。
『恋の病』という名の、精神疾患である。
最初は気の迷いかと思っていた。
たった一度、それもアバター姿しか知らない相手に恋愛感情を抱くなど、そこまで安い女ではないと。
しかし、否定すればするほど、日中その人物の事を思う頻度が高くなり、次第に「もしかして……」と思うようになってしまった。
そして、あの日。パーティの最中に改めて口にし、他人に話した事で、胸につかえていたようなモヤモヤがストンと落ちた。
自分は、恋をしている。
認めてしまえば、あっという間だった。
配信中も自分の一挙一動に気を遣うようになったし、現実でもより一層外見を気にするようになった。
自覚したのはつい一昨日の事であるが、昨日の夜の配信では来てくれるかどうかそわそわしてしまったし、実際に彼からコメントが来たときは誤魔化しはしたが思わずびくりと反応してしまった。
楽しかったというコメントを見たときなど、天にも昇るような気持ちだった。
深藍は理性的な人間だ。
姉の事など一部例外を除いて自分の感情はコントロール出来ていると自負しているし、そのおかげで学校では良好な対人関係を築けている。
そんな自分が、恋一つでここまで振り回されている。
それが、深藍にとっては楽しいと感じていた。
(あぁ、恋っていいなぁ……!)
深藍は鼻歌交じりにスキップをしそうになるほど浮かれながら、家路を急ぐ。
ちょっとした野暮用で家を出たあと、用事を済ませたので帰ったら昨日の配信を見返そう等と考えながら。
そういえば、今日は姉が実家に帰ると言っていた。それならば、姉にもこの事を報告してもいいかもしれない。
深藍は姉に向けてメッセージを送った。
内容は『好きな人が出来ました』
さあ、このメッセージを見て、姉はどんな顔をするだろう。
(……あれ?)
ふと、胸にちくりとした痛みを感じた。
何故だろう。
考えても理由は分からない。
(うーん、まあいっか)
気にはなるものの、考えたところで答えが出るわけでもなく。
それならば、一先ず頭の片隅に置いておくに留め、今は姉との逢瀬を楽しもうと結論付けた。
「ただいまー――……え」
メッセージを送信してから数分程で自宅へと到着した。
そして玄関を開け、深藍は固まった。
「誠に申し訳ございませんでした」
姉が土下座している。
玄関で。
「え、何? 何事?」
訳が分からない。
え、いや、ほんとに意味が分からなかった。
「……」
「……」
狼狽える妹、頭を地面に擦り付け続ける姉。
どこからどう見ても異様な光景だった。
スッと、おもむろに姉がスマートフォンを取り出し、深藍に画面が見えるようにかざした。
画面に写っているのは、先程深藍が送ったメッセージ。
「この好きな人というのは、ターシスという人物でしょうか」
「え、あ、うん」
あまりの事態に頭が着いていけず、素直に答えてしまった。
言ってから、恥ずかしくなり頬に朱が差す。
この話をするのは構わないのだが、出来れば玄関先で土下座している相手にではなく、もうちょっとちゃんとしたところで話したかった。
「……深藍に、伝えなければならない事があります」
「う、うん……」
姉は顔を伏せたまま、言った。
ごくり、と深藍の喉が鳴る。
まさか、反対されるのだろうか。
確かに、深藍はターシスの事をアバターでしか知らない。だが、ネット恋愛というのはこの現代珍しい事でも何でもなく、特にVRMMOが出てからはその数は加速度的に増えているという。
何よりも、姉も小春と出会ったのはオンラインゲーム上の事であるので、反対されることはほぼ無いと思っていたのだが。
が。
姉が放った言葉は、深藍の予想だにしないものだった。
「……ターシスは、わたしです」
「…………………………え?」
……
…………
………………え。
「深藍が、配信してるって偶然知って……けど、隠したそうだったから、アリスとは違う別アカウント作って……その名前が、ターシス、です」
「……」
「最初は、コメントせずに見てたんだけど……投げ銭を知って……それからコメントもするようになって……」
「…………」
「フルプレートで兜もすれば、バレないかなって……でも、お姉ちゃんとしてちょっといい所見せたくなっちゃって……」
深藍は動かない。
完全にフリーズしていた。
「……深藍?」
心配そうに顔を上げ声をかけた深紅の横を、ようやく動きを見せた深藍がふらふらとした足取りで通り過ぎる。
「着替えて、くる」
「あ、うん……」
深藍は恋をしていた。
ターシスという、白馬の王子様のようなプレイヤーに。
しかし、ターシスは、姉だった。
王子様ではなく、姉だった。
「あぁーーーーーーーーー⤵ァーーーーーーーーーーッ!?⤴」
部屋に着くなりベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめながら叫んだ。
制服がシワになることなどお構いなしに、枕を顔に当てながらゴロゴロと転がり回る。
正体を隠した姉にそうとは知らず恋をしてしまった。
名月深藍、生涯の恥である。
恥ずかしい。
そう、恥ずかしいという感情が深藍の脳内を支配していた。
顔から火が出る程の――実際、火ではなく奇声が口から出たのだが――恥ずかしさだった。
深藍としても言いたいことはある。
なんで配信見てることを黙ってたの、とか
なんで視聴者イベントに変装してまで参加したの、とか
なんでそこで張り切っていいところ見せようとしたの、とか
それら全てを一度脇にどけて、深藍は羞恥に悶ていた。
「あー……もう、バカみたい……」
しばらく転げ回り、ようやく落ち着いて顔を上げた深藍の目には、僅かに涙が滲んでいた。
初めてだった。
初めて、恋に落ちた。
恋するという感覚を知って、制御が出来ないそれに感情が振り回されることすら、心地いいとすら思っていた。
それが全部、まやかしで――
「……あれ?」
まやかし、のはずなのだが。
おかしなことに、深藍はまだターシスに――姉に対して胸の高鳴りと、高揚感を感じていた。
「いや……いやいやいや……」
おかしい。
ターシスに抱いていた、胸のドキドキやきゅっと締め付けられるような甘い痛みが、その対象が姉だったと判明してからも収まらない。
どころか、徐々に強くなっているような気がする。
それはまるで、未完成だった2つの欠片が合わさり、本当の姿を取り戻したかのような――
「嘘でしょ……」
今、はっきりと自覚した。
名月深藍の初恋は、終わっていない。
Side Miku
深藍が自室に戻って奇声を上げてバタバタしてると思ったら、突然静かになった。
わたしは待機姿勢(土下座)からゆっくりと顔を上げ、階上を見る。
「だ、大丈夫……かな……」
大丈夫も何も原因はわたしだった。
今更わたしがどの面を下げて何を言おうというのか。けれども心配する気持ちの方が強いため、意を決して深藍の部屋へと向かう。
踏み板が狭く段差が急な階段を慎重に登り、【Mio】とファンシーなドアプレートが掛けられた扉の前へ。
こんこんこん。
控えめにノックを3回。
「……お姉ちゃん?」
ドアの奥から、か細い声が聞こえた。
どうやら、落ち着いたらしい。
「入っても……いい?」
少しの沈黙。
「どうぞ」
なんだか少し声が低いのが気になるが、わたしは意を決してえいやと扉を押し開けた。
カーテンや掛布団、クッションやカーペットに彩度の違う青色を散りばめた可愛らしい部屋。
その中央、テーブルを挟んで向こう側に深藍は居た。
どこか据わった目で、わたしを見据えながら。
「あ、え。……へ?」
なんだろう。想像してたのと違う。
もっとこう、なんていうか、涙を流しながらきつく罵られるような、そんな感じだと思ってたんだけど。
梯子を外されたというか、虚を突かれたような気分になり、混乱しながらも深藍の向かいに腰を掛ける。
深藍が立った。
そして隣に座った。
なんで?
「なんで????」
「なんとなく」
本当に意味が分からなかった。
加速するわたしの混乱を余所に、深藍はわたしの手を取るときゅっと握り、もう片方の手でわたしの左手をスリスリと撫で始めってちょいちょいちょい。
「なんで???????」
「なんとなく」
おかしいな、会話がループしている。
「……あのね、お姉ちゃん」
「あ、うん」
なんだかおかしな事になりかけた雰囲気は、深藍の方から破ってきた。
未だに撫でられつつある左手は意識から外して、話を聞く体勢に移行する。
妹の、恋っていう大切な気持ちを台無しにしてしまった。
償う事が出来るかは分からないけど、わたしに出来ることはなんでも――
「結婚しよう?」
「どうして????????」
どうして????????
「え、や、ん? えと。……ん???」
頭の中が混乱の極致だ。
一から十まで何も分からない。
あれ、わたしは今なんの話をしてるんだ???
「ごめん、冗談」
「え。……なんだ、冗談だったの――」
その先を、わたしは口にすることが出来なかった。
「んんん!?!?」
「んっ……ふ……」
ぐい、と腕を引かれ前のめりになったわたしの唇に、妹のソレがぶつけられた。
突然過ぎて何もできず、固まるわたしの唇をこじ開けるようにして深藍の舌がねじ込まれ、口内が蹂躙されていく。
時間にしたら数秒程度、その間全く身動きをすることが出来ずされるがまま。
やがて、眼前いっぱいに広がっていた妹の顔が離れていき、つうと透明な橋がわたしと妹の口を両端として繋がった。
「な……にを……」
「えへへ……しちゃった……。でも、うん、やっぱり……そうなんだ」
顎を伝う唾液をぬぐう事すら忘れて、深藍の意図を問う。
「あのね、お姉ちゃん」
妹は――名月深藍は、仄かに頬に朱を刺した色気のある表情でこう言った。
「私は、お姉ちゃんに恋をしています」
◇Side Mio
衝動に身を任せ姉に口づけを――かなりディープなやつをかました深藍は晴れ晴れとした気持ちでいた。
未だに混乱から抜け出せていない姉は目をぐるぐるとさせながら「なんで」とか「どうして」と繰り返している。
簡単な話だったのだ。
ターシスに恋をしていることを姉に報告をしようとした際に感じた胸の痛み。それは、無意識の内に蓋をしていた姉への恋心が悲鳴を上げていたからだった。
深藍はターシスへのその気持ちが、初恋だと思っていた。
しかし、それは誤りだった。
名月深藍の初恋は、姉である名月深紅へのものだった。
それがいつかは分からない。家族としての親愛がいかなる変遷をもってか、強さはそのままにその作用する方向が僅かに変化した。
ただその変化量は僅かであり、姉は既にSAO内で恋人を作っていた事、そして自身は血縁のある妹という事実に満足していると言い訳をし、これは親愛であると思い込んでいた。
しかし。
ターシスと出会い、その存在に確かに恋をした事によって。
その存在と姉が同一になった事によって。
頬へのキスというのは、仲の良い姉妹ならばするのかもしれない。
唇へは、もしかしたら居るかもしれないが、姉妹でするのは無いことだろう。
舌を相手の口腔に入れるディープなものとなれば、なおさら。
しかし深藍は、姉とのディープキスに対して、嫌悪感どころか多幸感を覚えていた。
それを認識した瞬間。
深藍の感情は、恋心は――変態を遂げた。
「ターシスがお姉ちゃんだってわかって、私は悲しくなるどころか……むしろ嬉しいって思ったの。今にして思えば、ターシスを通してお姉ちゃんの事を見ていたんだと思う。かっこよくて、強くて、わたしを守ってくれる、そんなお姉ちゃんを」
「でも……恋って……。わたし達、女の子同士で……それに、姉妹で……」
変態を遂げた、といっても分かりにくいだろう。
故に、ここではっきりと、簡潔にそれを表そう。
「燃えるよね!!!!」
「炎上ものだよ!?!?」
深藍は覚醒した。
同性に恋? 姉という前例が居るからオーケー。
姉に恋? オーケーオーケー。オールオッケー。障害は多いほど燃えるってものだ。
深藍はつい先ほどまで恋に浮かれていたが、完全に自分の気持ちを把握した今、劇薬に等しいそれに酔っていた。
「ねえ深藍!! 冷静になって!!」
「大丈夫だよお姉ちゃん。私今、びっくりするほど落ち着いてるから」
「それ落ち着いてる人の台詞じゃあない!!!!」
――確かに、深紅の言葉通り、深藍は冷静ではなかった。
頭は回らず、脳は茹だっており、言ってしまえば勢いだけで喋っている。
だが今回は、その勢い――感情が肝要だった。
「恋人になってとは言わない。小春さんが居るし。そこまでは私も望んでない」
深藍は震える声で、縋るように。
瞳から大粒の涙をぽろぽろと溢しながらも、姉に訴える。
「でも……でも、さ。私、この気持ちを無くしたくない……っ。嘘にしたくない……っ!! 受け入れてくれなくていいから……! 受け止めてよぉ……!」
深藍の慟哭に、深紅はハッとした表情を浮かべた。
深藍がすすり泣く声だけが響く中、深紅は視線を右にやり、左にやり、そして深藍の目をまっすぐと見つめると、深藍を包み込むようにしてぎゅうと抱きしめた。
「おねぇ……ちゃん……」
「ごめん……ごめんね、深藍……」
気づけば、深紅もその双眸からしずくを零れさせていた。
「辛かったね……。ごめんね、わたしなんかを好きになっちゃって……」
違う。と深藍は叫びたかった。
しかし口から出るのは、感情が決壊したことによる嗚咽のみでなんら言葉として形を成すことが出来ない。
「……ありがとう」
「え……」
姉は言った。
自身も泣きつつ、妹の涙を拭いながら。
「わたしを好きになってくれて……恋をしてくれて、ありがとう」
微笑み、言った。
「……ぁ…………」
深藍はその笑顔が、とても美しいと思えた。
そして改めて、自分はこの人のことが好きなんだと、心から思った。
「わたしには小春が居るから、深藍の気持ちは嬉しいけど、受け入れる事は出来ない。けど、うん。……深藍がそう思ってくれるなら、わたしも、深藍を妹じゃなくて、一人の女の子として、意識出来るように頑張る」
もう我慢が出来なかった。
深藍は深紅の背に手を回し、抱き返した。
「好き……! お姉ちゃん、好き……っ好きなのぉ……!」
「うん……うん。深藍……ありがとう」
深紅は泣きつく深藍の背を、あやすように撫で続けた。
◇
~とある通話ログ~
「もしもし、小春さんですか」
『うんそうだよ。深藍ちゃんこんばんは』
「こんばんは。……早速ですけど、私、お姉ちゃんに告白しました」
『……うん』
「初めてあった時、そういう好きじゃないって言っちゃいましたけど……ごめんなさい。私、やっぱりお姉ちゃんの事がそういう意味で好きです」
『…………うん』
「まあ、振られちゃったんですけど」
『………………うん』
「でも私、どうしても諦められなくて。だからですね、小春さん」
『………………うん』
「お姉ちゃんと結婚してくれませんか」
『うん。…………うん??』
「お姉ちゃんと小春さんが婚姻関係になってくれれば、私は小春さんの義妹って事になりますよね」
『え? ……えっと、うん』
「お願いがあるんですけど、そうしたら私も一緒に暮らさせてほしいんです」
『う、うん……それはちょっと要検討だけど、多分、いいと思う』
「やった!! 私、お姉ちゃんの事は愛してますけど、小春さんの事も好きなんです」
『え!?』
「あ、安心して下さい。小春さんへの気持ちはちゃんと、そういうのじゃない『好き』ですから」
『う、うーん……』
「とにかく、私はお姉ちゃんと小春さんの仲も応援したいんです。私、独占欲とかは無いみたいで、私だけを見て! って感じじゃなくて。そりゃあちょっとはそういうこともしたいですし興味はありますけど。あくまでも二番目で……言ってしまえば愛人で十分なんです。もちろん、お二人のお邪魔はしません」
『……う、うーん……うん……』
「ダメ……ですか……?」
『………………』
「…………」
『……もう。ライバルになるのかもって覚悟してたのに。そういう風に言われたら、邪険には扱えないよ』
「……!」
『わかった。深藍ちゃんの事、応援は出来ないけど……もし法律とか色々クリアできたとして、深紅と結婚することになったら……一緒に住もう』
「……っ、ありがとうございます!」
『結婚できたら、だけどね。出来なくても、一緒に住むのは大丈夫だよ? その場合、引っ越ししなくちゃだけど』
「それについてはお構いなく。遊びに伺う機会は増えると思いますけど、少なくとも学生の内は実家暮らししようと思ってますので」
『うん。わかった。私も深藍ちゃんの事は好きだから、いつでもいいよ』
「それってどういう意味の好き、ですか?」
『もちろん、そういう意味じゃない方の』
「ふふふ」
『ふふ』
「……あ、事後報告になっちゃうんですけど、お姉ちゃんとちゅーしちゃいました。深いやつ」
『……それについては要審議かな。ちょっとお話しようか』
「……はい」
姉妹の関係はこれで決着です
姉は独占欲が高く、妹は低いです。
作中世界ではLGBT等性的マイノリティに対する認識は緩和傾向にあるものの、完全な差別の撤廃には至ってません。SAOが同性婚を弾いてるのでまだ日本では法令化はされてないと思われます。