◇Side アリス
しんしんと雪が降り積もるなか、白い息を吐き、寒さに身を縮めながら暗い森の中を進む。
時刻は真夜中23時。あと一刻もすれば日付が変わる。≪隠密≫スキルを発動し、フードの裾を口元を隠すようにくいと上げた。
ざくっ、ざくっと、霜を踏み固める小気味良い音だけが、静まり返った森に響き暗闇へと溶けていく。
もう、あれからどれくらいの時間がたっただろうか。六月の半ば頃だったから……半年と少し位。
(もう、そんなに経つんだ……)
あの子は元気にしてるだろうか……と、思いかけたところで首を振って思考を中断する。
今更、何を思うことがあるんだ。私にその資格は無いというのに。
あの子……コハルと縁を切ったのは、私なのに。
身勝手な、独りよがりな理由で、彼女とのコンビを解散した。
最後に見た、信じられない事を聞いたような、絶望に満ちた表情が頭から離れない。
「……私は、弱い」
強く、強く。ただひたすらに、強くなる。約半年間続けてきた、自殺行為にも似た過酷なレベル上げ。その理由は、強くなる。その一点のみ。
それが私の唯一の、自らの弱さゆえに切り捨てた、あの子に対する贖罪なのだから。
◇
「……あった」
私が入ってきた森は三十五層の北部に広がる《迷いの森》といわれるフィールドで、碁盤の目のように数百のエリアに分割され、更に一分間同じエリアに居ると東西南北の他エリアへの接続点がランダムになるというおまけ付き。森にうろつくモンスターも手強く、十分な安全マージンを取っていないとかなり危険なフィールドだ。
しかし攻略法は既に確立されていて、エリアごとにわずかではあるが違いがあり、それを見極めることが出来れば踏破は難しくない。地図アイテムがあれば、の話だが。
森に入ってからもうすぐ一時間。モンスターを《隠密》スキルでやり過ごし、地図とにらめっこをしながら、私はなんとか目的の場所を発見した。
捻れた大きな枯れたモミの木。
実は、この場所には一度来たことがあったりする。地図で確認していたは良いが、うっかり読み間違えてしまい、全然別の場所に飛ばされた。その時にこのモミの木を発見していた。
数多あるエリアの中で、一つだけ、巨大な木だけがあるエリアということで、何かクエストの開始地点になっているか、珍しいアイテムが手に入るかと期待したが、その時は特に何もなかった。しかし、今。この場所には訪れるべき意味があった。
中央に聳える大きなモミの木の根元。そこにどさっと腰を下ろす。……日付が変わるまで、まだ少しある。
クリスマス――12月25日の午前0時になると、蘇生アイテムを落とすボス級モンスターが現れる――という情報を上層で聞いた。
その情報はいわゆる都市伝説のようなもので、蘇生できるアイテムをドロップする等と言う眉唾ものの情報から、信憑性は薄いとクリスマス前のジョークとして殆どのプレイヤーは信じていなかった。そもそも、情報元が定かじゃないのだ。
では、なぜ私はその噂を信じてここに来たのか。
ここ数ヶ月、レベルだけは最前線のプレイヤーと変わらない……どころか少し上辺りをキープしているのだが、ボス攻略には一度も顔を出していない。半年間毎日変わらず連絡を送ってくる、パートナーだったコハルや、彼女から話を聞いたのだろうアスナ、キリト。リズにクライン、そしてサチ。彼女らに会わないように、人目を避けているからだ。
おかげで、街ではフード付きのケープが外せないし、生産職のプレイヤーに生産やメンテを頼んだらどこから情報が漏れるか分からないからNPCの店しか利用できない。鍛冶や裁縫等のスキルを取ろうにも、私の戦闘スタイルからして余計なスキルは取れないし。
話が逸れた。
まあ、別にボスが本当に出ようが出まいが、実のところどうでもよかったりする。出れば腕試しが出来てしめたもの。出てこなくても、あのクリスマスムード一色の街に居なくてすむから。
クリスマスカラーに彩られた街はいけない。どうしても、去年を思い出してしまうから。
去年。デスゲーム開始から数週間後。《はじまりの街》で起きたクリスマスイベント。あの頃はコハルとコンビを組んでいて、キリトやアスナと一緒にクリスマス限定クエストをこなした。
(……楽しかった、な)
クエスト終了時に空を飛んだり(風の精霊の力とはいえ、少し怖かった)、キリトやアスナと四人でクリスマスパーティをしたり。コハルと街を歩いていたら、リズにカップルみたいなもんだしとか言われたっけ……
(カップル……かぁ)
――その時。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。と、鐘を鳴らすような大音量のサウンドエフェクトが静寂に包まれていた《迷いの森》に響き渡る。
午前0時。日付が変わった事を知らせる音だ。
「……日付が、変わった」
鐘の音が鳴り止むと同時、今度は上空からシャンシャンシャンシャンと鈴を鳴らすような音が聞こえてきた。音のする方へ目を向けると、上空には二本の飛行機雲。――いや、かすかに見えた。あれ、ソリだ。ソリの軌跡。
バッとそのソリから何かが飛び降りた。ソレは減速せず地面に衝突し、積もっていた雪を吹き飛ばす。
巻き起こった暴風に、足を踏ん張って耐えていると、白一色だった視界は徐々に晴れ――そこに、いた。
「……本当に、来るなんてね」
ずんぐりとした大きな……巨人といっても差し支えない程の体躯のモンスター。名前は《背教者ニコラス》。
クリスマスのボスだからか、サンタクロースのような赤いローブを身にまとっていて、手には巨大な斧。目玉が飛び出していて、ギョロギョロと焦点が合わないかのようにあちこち動いている。
回復アイテム……よし。装備……よし。クイックチェンジのセット…………よし。
この時のために、インベントリがパンパンになるまで買い込んだ回復アイテム達。その中には高価な結晶系のアイテムもあり、もう手持ちのコルはすっからかん。
ボスの強さは未知数。私はレベルを十分に上げ、70に届きはしたが、ソロだ。下手をしたら、死ぬだろう。
だけどそれがどうした。今更私には、失うものなんて――ない。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
「…………うるさいな」
私は剣を握り締め、耳をつんざくような咆哮をあげる、狂った聖人を殺すため、地を蹴った
十二月二十五日午前零時。《背教者ニコラス》と《紅の戦姫》アリスは第三十五層《迷いの森》にて死闘を繰り広げ、そして――
アリスは無数のポリゴン片となって散り、その短い生涯を終えた――。