巨大な金髪のお姉さんは、自らの名を《湖の女王ウルズ》と名乗った。
それが本当だとしたら、とんでもないものからコンタクトを取られていることになる。どうして? っていう疑問も当然あるけれど。
『我らが眷属と絆を結びし妖精達よ。どうか、私の請願を聞き届けて下さい』
あ、クエストかこれは。
何がフラグとなったかはわからないけれど、このウルズ様がわたし達の目の前に現れた理由は察した。
けれど、眷属? 言葉通りに受け取るのであれば、わたし達が絆を結んだ(正確にはリーファちゃんとキリトの二人がだけど)のはトンキーで。つまり、この女王様は象クラゲ邪神の元締め……? 邪神の元締めなら邪神じゃん。大丈夫かな。
よーくウルズ様を観察してみると、美女ではあるのだけどその足元――ひらひらと舞う黄金の長髪はその先端付近が透明な触手のようになっているし、白く透き通るような肌は所々に鱗のようなものが生えている。どうやら人の形を取っているだけで、この女王様も純度一〇〇パーセントの人型ではないのだろう。それならトンキー達動物型邪神のお仲間というのも頷ける。
さて、そんなウルズ様がわたし達に何を願ったかと言うと。
1.このヨツンヘイムは元々水と緑に囲まれた穏やかな世界で、そこで動物型邪神とのんびりと暮らしていた
2.しかし下層にある《ニブルヘイム》から《スリュム》という巨人族の王が侵入し、すべての鉄と木を断ち切るというエクスキャリバーを湖に投げ入れた
3.その結果、世界樹の一番大事な根っこが切られ、湖が凍り付いて世界樹と共にヨツンヘイムから失われてしまった。その結果が、天蓋に突き刺さっている氷の空中ダンジョンと、その穴である中央大空洞。
4.その後霜の巨人(四本腕の人形邪神達だ)を率いて侵攻してきて、各地に砦や城を築いてヨツンヘイムを占拠。空中ダンジョンは《スリュムヘイム》というスリュムの王城のようなものに
5.それだけでは飽き足らず、今は動物型邪神を皆殺しにしようとしている。
6.このままだと滅びる。その次はアルヴヘイムへと侵攻してくるだろう。
結論。なんもかんも《スリュム》ってやつが悪い。
ウルズ様と、その妹(二人居るらしい)は凍り付いたどこかの泉の底に逃げ延びる事が出来たらしいけど、力の殆どを失ってしまっているそうだ。
というか、聞き逃がせないワードがあったんだけど。
「え、わたし達の世界にまで侵攻してくるんですか??」
『はい。すべての眷属が殺されてしまった場合、私と妹二人の力は完全に失われます。そうなると、地殻に埋まっている《スリュムヘイム》は上層のアルヴヘイムにまで浮き上がらせる事が出来るでしょう』
そんな事になったら世界樹の根本にある央都《アルン》が――わたし達のギルドハウスが崩壊してしまう。
それにしてもこのウルズ様。受け答えの仕方が完全に普通のNPCではない。ユイちゃんに視線を送ると、彼女は小さく頷いた。
「あの《湖の女王ウルズ》はNPCです。ですが、コア・プログラムに近い言語エンジン・モジュールに接続しているようです」
「……こ、コア……なんだって?」
「つまり、AI化されているという事です」
ああなるほど。
コアなんたらというのはよくわからないけれど、AI化されているという事が分かれば合点がいく。
つまり、このウルズ様もあのタコやリヴァイアサン、そしてフレースヴェルグらと同様の意思を持ったNPCという事なのだろう。
『王スリュムの目的は、そなたらの住むアルヴヘイムも氷雪に閉ざし、世界樹イグドラシルの梢まで攻め込むことなのです。そこに眠る《黄金の林檎》を手に入れる為に』
「!!!」
ちょっと待って……。世界樹の梢、つまり天辺に眠る《黄金の林檎》だって……?
《黄金の林檎》というアイテム名は聞いたことは無いけれど、推測することは出来る。
「ねえ、黄金の林檎ってさ……」
「ああ、多分だけど《空の御室》に眠る《御子の力》の事だろうな」
わたしがつぶやくと、キリトがそう言って頷いた。
まさか《深海の略奪者》から始まる一連の流れがここにも繋がってるなんて。
あの巨大積乱雲の中にあった、静謐な空間と、そこに現れた《空の王》の姿が脳裏を過ぎった。
『我が 眷属たちをなかなか滅ぼせないことに苛立っ たスリュムと巨人の将軍たちは、ついにそなたたち妖精の力をも利用し始めました。 エクスキャリバー を報酬に与えると誘いかけ、眷属を狩り尽くさせようとしているのです』
「え、じゃあエクスキャリバーを入手するためにはスリュムに協力するしかないの……?」
リーファちゃんが戸惑ったように声を上げる。
そりゃそうだ。わたし達の目的を果たすためには、友誼を結んだトンキーと同じ種族を倒さなければならないかもしれないなんて。
もしそうだとしたら、わたしはエクスキャリバーを諦めるという選択肢を取るつもりだけど。いや、違うな。直接乗り込んで奪い取ってやる。
内心でふつふつと決意を固めていると、先のリーファちゃんの疑問に対してウルズ様は首を横に振った。
『スリュムがかの剣を余人に与えることなどあり得ません。スリュムヘイムからエクスキャリバーが失われれば、再びイグドラシルの恩寵はこの地に戻り、あの城は溶け落ちてしまうのですから』
「……? そうすると、エクスキャリバーが報酬っていうのは」
『恐らく、鍛冶の神ヴェルンドがかの剣を鍛えた時、槌を一回打ち損じた為に投げ捨てた、見た目はエクスキャリバーとそっくりな《偽剣カリバーン》を与えるつもりでしょう。それも充分に強力な剣ですが真の力は持ちません』
ずっる。
ハリボテの餌をちらつかせてプレイヤー達に協力させてるってこと? 王様のくせにずっこい。
『しかし彼は、我が眷属を滅ぼすのを焦るあまり、配下の巨人のほとんどを、巧言によって集めた妖精の戦士たちに協力させる為に地上へと降ろしたのです。今、あの城の護りはかつてない程薄くなっているでしょう』
ああ、なるほど。
この女神様の言いたいことが――請願の内容を理解した。
ウルズ様は、真珠色の腕をまっすぐと空中ダンジョン――《スリュムヘイム》へと差し伸べ、言った。
「妖精たちよ。スリュムヘイム最奥部にあるエクスキャリバーを、《要の台座》より引き抜いて下さい」
◇
「……なんか想像していた以上に大スペクタクルな冒険になりそう」
《湖の女王ウルズ》が金色の水滴となって消滅し、緩やかに上昇を再開したトンキーの背中でアスナがぽつりと呟いた。
皆が呆然としているなか、次に立ち直ったらしいシノンがぱたぱたと尻尾を振りながらも言った。
「これって、普通のクエスト……なのよね? でも話が大掛かりすぎない? 動物型の邪神が全滅したら、今度は地上にまで霜の巨人達が侵攻してくるとか……」
「シナリオ上のフレーバー……なんでしょうか」
シュピーゲルが追従するように言うが、わたしは腕を組んだままうーんと首を捻った。
「それにしては、クエストの流れが自然だったけど……でももし侵攻があるとしても、そんな大きなイベントを予告もなしにやるかなぁ?」
「普通は最低でも一週間前には告知されると思う」
わたしの疑問に、キリトが補足をするように言った。
だとすると、シュピーゲルの言う通りやはりシナリオの都合上大げさに言っているだけなのだろうか。でも、そうじゃないような気もする。
答えがなかなか見つからない中、わたしの頭の上でユイちゃんが小さく声を上げた。
「あの……これは推測が含まれていて百パーセントの確度ではないのですが……」
そう言って、ユイちゃんはその推測を話し始める。
「この《女王の請願》クエストも先程のNPCの挙動からしてカーディナルのクエスト自動生成機能によって生み出されたものの可能性が高いです。そしてその場合、ストーリーの展開いかんでは、行き着くところまで行ってしまう事は有り得ます。あの《スリュムヘイム》が地上にまで浮上し、アルンが崩壊、周辺のフィールドに邪神級モンスターがポップするようになる……いえ、もしかすると……」
ユイちゃんは、何かを怖れるような表情で続きを口にする。
「私がアーカイブしているデータによると、ALOそのものの原型となっている北欧神話には《最終戦争》まで含まれています。下層の《ヨツンヘイム》や《ニブルヘイム》、そして《ムスペルヘイム》という灼熱の世界から巨人族達が大挙し、世界樹をすべて焼き尽くす……という……」
「ら、《神々の黄昏》にまで発展しちゃうってこと……?」
リーファちゃんが瞳を揺らしながらぽつりと言った。
「だ、だけどさユイ……いくらカーディナルでも、自分の管理しているマップを丸ごと崩壊させるようなこと……」
キリトが冷や汗を浮かべながらも、ユイちゃんの言う最悪の結末を否定するように声を上げた。
「キリト、違うよ」
だけど、そんなキリトのありえないだろうという思いを、わたしは否定した。
それが否定できる材料を、かつて見たことがあったから。
「覚えてない? わたし達がSAOをクリアした後に見た、あの光景――浮遊城が崩壊していく、あの様を」
「あ……」
そう、わたしとキリトがヒースクリフを倒した後に見た、燃えるような空と、そこに浮かぶ、崩れ行く浮遊城アインクラッド。
あれは、ヒースクリフが手動でデータを削除することで起こした現象ではない。すでにプログラムとして設定されていた、規定されたもののはずだ。
恐らく、ヒースクリフのHPが零になることを条件に、クリアのアナウンス及び全プレイヤーの自動ログアウトがプログラミングされていたのだろう。
そうすると、必然的にカーディナルには……
「アリスお姉ちゃんの言う通り、オリジナルのカーディナル・システムにいは、ワールドマップをすべて破壊し尽くす権限があります」
ユイちゃんの言葉に、全員が黙り込んでしまった。
次に口を開いたのは、これまで沈黙し話を聞いていたディアベルだった。
「もし仮に終末戦争が起きたとして、それが運営の意図せざる展開であるならサーバを巻き戻す――ロールバックすることは出来るんじゃないかな」
「あ、ああそっか。それはそうですよね」
シュピーゲルが安堵したように胸を撫で下ろす。
ロールバックとは、運営側が意図ていないバグとか仕様の穴でプレイヤーが利益を得たり損害を被った時にバックアップしていたデータに置き換えて無かった事にしちゃうやつ。
これで泣きをみたプレイヤーは枚挙に暇がない……や、まあ不当な手段で得たものなんだけど。そうはいっても納得できないのが人間の性。運営には嵐のようにメールが送りつけられる。ロールバックによって助かった人もいるけれどね。
今回のラグナロク起きそう問題については、プレイヤーの財産やデータには影響を及ぼさないものの、世界全部が焦土と化す一大事。流石にそれはロールバック案件だろう。ああ一安心。
とはならなかった。
ユイちゃんは悲しげに目尻を下げ、首を振った。
「運営がALOの全データを手動でバックアップしていた場合は可能ですが……カーディナルの自動バックアップ機能を使用していた場合、設定によっては巻き戻せるのはプレイヤーデータのみの可能性が……」
だめじゃん。
希望潰えたか……と思えた時、コハルが「あっ」と声を上げてメニューを操作し始めた。しかし直ぐに「ダメかぁ……」と肩を落とした。
「どうしたの?」
「えっとね、運営の人にこの事を把握してますかってメールを送ろうとしたんだけど……年末で人力サポートの時間外だった」
ああ。
年末で、日曜だからね……。
わたしはため息をついてから、空を見た。
薄々と、感じてたんだけどさぁ……。
「これってさ、もしかして……わたし達のせいでは……?」
「「「「…………」」」」
ちらりと視線を向けると、キリト、アスナ、コハル、リーファちゃんの四人が目をそらした。
「え、私達のせいって……どういうことよ」
シノンが困惑しながらも聞き返してくる。
「スリュム達が狙っている黄金林檎が、昨日話した《空の御室》に眠る《御子の力》だったとします」
「ええ」
「元々《御子の力》は、卵として《深海の略奪者》クエでわたし達が盗んじゃうまで海底にありました」
「……ええ」
「それを、わたし達がやったクエストによって《空の御室》……世界樹の天辺に移されてしまいました」
「…………」
「つまり、世界樹の天辺を狙ってスリュム達が大規模な攻勢を掛けてきたのは、わたし達が《深海の略奪者》を発端とするクエストを進めてしまったからという可能性が、無きにしもあらず……」
わたしの説明に、シノンはふむふむと頷き、そしてずびっとわたし達(九人中の五人)を順番に指差した。
「あんた達のせいじゃない!!」
「ち、違う! 確かに俺たちがやったクエストで世界樹に《御子の力》を移動させちゃったけど、その前からスリュムはヨツンヘイムに侵攻していた!」
「そ、それに、海底とは言ってもアルヴヘルムのだから、どちらにせよアルヴヘイムにまで来ようとは思ってたはずだし……」
「《深海の略奪者》クエで、《御子の力》を欲しがってたお爺さんに化けたクラーケンに渡しても、アルヴヘイムが滅びるってことは無かったし……」
「もし仮に私達のクエスト進行が原因だったとしても、《空の御室》に移されてから半年近く経ってるから……」
上から順に、キリト、リーファちゃん、コハル、アスナの順で目を泳がせながらの言い訳だ。
わたしも同じ思いだ。
わたし達のせいじゃない。
わたし達は悪くない。強いて言うならカーディナルが悪い。
「でもこうなったらやるしかないね。アリスさん達のクエストが関わっているにしろ、ないにしろ、ここでオレ達が動かなければラグナロクが本当に起きてしまう」
強面の顔に苦笑を滲ませながら、ディアベルが空気切り替えるようにそう言った。ありがとう。この恩は忘れない。
「元々、あの空中ダンジョンに殴り込んでエクスキャリバーを奪取する予定だったんですから。警備が薄くなっているのなら好都合ですよ」
ね、お姉ちゃん。とアイがわたしに向かって微笑む。
「よし、今年最後の大冒険だ。バシッとエクスキャリバーをゲットして、ついでにアルヴヘイムを救って明日のMMOトゥディの一面を飾ってやろう!」
随分と即物的だしALOを救うことがエクスキャリバーのおまけになってしまっているが、キリトの掛け声にわたし達は頷き(誤魔化したともいう)シノンはやや呆れため息を付きながらも腕を突き出した。
こつんと拳を当て、わたしも声を上げる。
「それじゃあ、スリュムヘイム潜入――行ってみよー!」
おおー! という声が唱和し、トンキーもそれに応えてくれたのか、空中ダンジョン《スリュムヘイム》へと上昇する速度が上がった。
でもやっぱりこれで連日投稿止まります