いつも誤字報告ありがとうございます。
ボス部屋に近づくとマップデータが重くなるのは、SAOでもそうだった。
ALOを動かしているカーディナル・システムが旧SAOの複製であるのだから、これはもはや伝統という事になるのだろう。
やたらと華美な柱や彫像の先、二頭の狼が刻まれた分厚い氷の扉が立ちはだかっている。
近づくと、およそ五メートル程手前でギギギィと重たい音を響かせながら、扉が左右へと開き始めた。
とたんに奥――巨人の王スリュムがおわすであろう玉座の間から、これまでよりいっそう強くなった冷気と、得も知れぬ重圧感が吹き抜けてくる。
アスナがバフを掛け直し、あとフレイヤもHPを大きくブーストするという未知のバフを掛けてくれ、準備を整えたわたし達は部屋の中へと入り込む。
薄暗いその部屋は、縦にも横にも広い巨大な空間で、ぽつぽつと灯る青紫色の炎がほんの僅かな明かりとなっている。
壁も床も氷尽くしで、冷え冷えとした空間の中、左右の壁際から奥へと続く黄金の煌きにわたし達の視線は釘付けになった。
剣、鎧、盾、彫像、陶器。ありとあらゆる美術品――黄金製のオブジェクトが、山のように積まれて居たのだ。
「すご……全部売ったら何ユルドになるんだろう……」
アイが呆気に取られながら、両手に持った杖をきゅっと抱きしめ呟いた。
趣味が悪いことこの上ないが、たしかにそれは気になる。リズやエギルのような商人プレイヤーが居れば、それも分かっただろうか。
あ。キリトがふらりと黄金の山に釣られてしまった。きっと「こんなことならストレージをすっからかんにしておけばよかった」とでも思っているんじゃないだろうか。
やめときなさいよ。こういうのは大抵、持ち帰ったら泥に変化していたとか、売ることが出来ないか価値が無くなるといったオチが待っているんだから。成金趣味っぽくてギルドハウスに飾るのも嫌だし。
「小虫が飛んでおる」
広間奥、見通す事の出来ない空間から、大気が震えるような重低音が響いた。
「ぶんぶんと煩い羽音が聞こえるぞ。どれ、悪さをする前に、ぷちっと踏み潰してやろう」
ずしん、ずしんと、今にも氷の床を踏み砕いてしまいそうな足音が玉座の間を揺るがしている。
やがて、ぬうっと暗がりから巨大な影が顔を見せた。
訂正する。巨大なんてものじゃない。例え全力でジャンプをしたとしても、巨木のような足の膝まで届くかどうか。その頭に至っては、首を最大まで傾けてもなお口元までしか覗う事が出来ないほど。
肌は氷のように青く、手足には黒褐色の毛皮を巻いており、腰には板金鎧。上半身には何も纏っていないけれど、筋骨隆々なその体躯は鋼よりも硬そうだ。
アインクラッドでは、一フロアの高さが一〇〇メートルまでという制限があったため、必然的にフロアボスも横は別として縦の大きさというのは控えめだった。
このちょっとしたビルくらいあるから巨人に対して、わたし達はどうやって戦えばいいというのだろう。
飛べないんだぞ。こっちは。
そんな事を考えていると、胸まで垂れる長い青ひげを蓄えた巨人――《霜の巨人の王スリュム》が、銅鑼を打つような声で嗤った。
「ふっ、ふっ……アルヴヘイムの羽虫どもが、ウルズに唆されてこんなところまで潜り込んだか。どうだ、いと小さき者どもよ。あの女の居所を教えれば、この部屋の黄金を持てるだけくれてやるぞ、ンンー?」
かっちーん、と頭にきた。
「そんなベタベタな安っぽい誘いになんて乗るもんか! とっととぶっ飛ばして、エクスキャリバーを手に入れてやる!」
そう言い放ってから、抜剣。
背後からヒソヒソと声がした。
「なんでアリスはあんなに怒ってるのよ」
「……多分、『いと小さき者』っていうワードに反応したんだと思う」
「別にスリュムから見たら小さいのは俺達も同じなんだけどな」
うるさい。
全員が各々の武器に手をかけ、戦闘態勢に入るが、スリュムは不敵な笑みを崩さなかった。奴からしてみれば、わたし達の剣など爪楊枝にしか見えないだろう。むかつく。
寒々とした青い瞳が、わたし達を遥か高みから睨みつけ……ふと、最後尾にいる十人目に視線を止めた。
「……ほう、ほう。そこにおるのはフレイヤ殿ではないか。檻から出てきたということは、儂の花嫁となる決心がついたのかな、ンン?」
怒りを忘れ、思わずちょっと吹き出しそうになった。
なるほど、なるほどね。花嫁か。
「誰がお前の妻になど! かくなる上は、剣士様たちと共にお前を倒し、奪われた物を取り戻すまで!」
「ぬっ、ふっ、ふっ、威勢の良いことよ。さすがは、その美貌と武勇を九界の果てまで轟かすフレイヤ殿。しかし、気高き花程手折る時は興深いというもの……小虫どもを捻り潰したあと、念入りに愛でてくれようぞ、ぬっふふふふ……」
ぞわり、と嫌悪感が背筋を這った。
こいつは女性の敵だと悟る。元より手加減等するつもりもないが、斬りつける腕はたしかに軽くなった。
「どぉれどれ、ヨツンヘイム全土が儂の物となる前祝いに、まずは貴様らから平らげてくれようぞ……」
ずしん、と巨人の王が一歩踏み出した瞬間、わたしの視界端に長大なHPバーが四本表示された。
やはりボス扱い。けれども新アインクラッドのフロアボス達はどれだけ看破スキルを高めていてもHPゲージが見えないので、それに比べれば遥かにマシだ。
それに、わたし達には強力な仲間も居る!
「皆! 作戦通りに! ここが正念場、頑張ろう!!」
「「「「「「「「応!!!」」」」」」」」
わたしが叫んだ直後、スリュムが右拳を高々と持ち上げ――青い霜の嵐をまとったそれを、猛然と振り下ろした。
◇side Koharu
ボス部屋に入る前に、コハル達はパーティ編成を変えていた。
第一パーティからコハルとアイが抜け、第二パーティを一度解散した後に組み込んでフルパーティという風に。
巨人の王ということで、大型ボスエネミーであることは予測していた為、火力に乏しいコハル。そして、霜の巨人の王――スリュムヘイムが氷で出来たダンジョンという事もあり、氷結魔法ではダメージが通りにくいだろうという理由でアイ。その両名が今回のボス攻略から外れ――そして、作戦の要だった。
北欧神話について語られた《古エッダ》という写本がある。
神話詩や英雄詩が数多く記載されているその中に《スリュムの歌》というものがあった。
霜の巨人の王であるスリュムは、アース神族のとある神から宝物を盗み出した。それにあてをつけて訪ねてきたロキに対し、フレイヤを妻として娶る事を宝物を返す交換条件にしたのだ。
それに対して、アース神族が取った方法とは。
「アイちゃん! 右をお願い!」
「はい!」
コハルはアイに向かってそう叫ぶと、自身もすぐさま左側の壁際にうず高く積もっている黄金の山へと近づいた。
「コハルさん! この中から見つけるんですか!?」
「そう!!」
アイの悲鳴のような声を訊きながら、コハルは必死に黄金の山をかき分ける。剣、杯、盾、皿。様々な、恐らく高価であろう宝物たちをぽいぽいと後ろに放り投げながら。
後方では恐ろしい程の轟音が断続しており、とぎれとぎれにソードスキルや魔法であろうサウンドエフェクトが響く。
アリスたちが時間を稼いでいる間に、目的の物を見つけなければならない。それが今回の作戦の肝であり、失敗は許されない。
何か無いか、何か無いかとコハルの脳内のデータベースが猛烈な速度で回転し、解放を導き出そうとする。
その時、ふと後ろを向いたコハルの視線の先に、フレイヤが放ったであろう紫色の雷撃魔法が飛び込んできた。
「――っ! アイちゃん! 雷系の魔法は覚えてる!?」
「初級だけですが!」
「それを打ち込んで!!」
アイの答えを待たず、コハルは腰から短剣を引き抜くと腰を落とし、剣を持った右手を腰に引きつけソードスキルを立ち上げた。
後方では、戦闘音に混じってアイが何らかの呪文を唱えているのが聞こえる。
短剣単発技《ライトニング・ピアース》
紫電を伴いながら突き出された短剣が、金色に輝く山へと突き刺さり、雷撃を迸らせる。
そして一瞬だけ、黄金の山の奥深くで紫の光が瞬くのが見えた。
「あった!!!」
一心不乱に山をかき分け、目の前に転がり出てきたものは黄金の金槌だった。
柄は細く、頭は長方形の両口ゲンノウ。リズベットやレイン等の鍛冶職プレイヤーが手にする物とよくにており、各部に散りばめられた宝石が白金に輝いていた。
目当ての物を見つけ、コハルは喜色満面に柄へと手を伸ばした。
「お、重い……!」
持ち上げようとするが、コハルの筋力パラメータでは足りないのかピクリとも動かない。それでも気合で歯を食いしばり唸りを上げていると、そっと、柄を掴む手が包まれた。
「コハルさん! 私も手伝います!」
アイがコハルの発見報告を聞き、反対側から駆けつけて来てくれたのだ。
「ありがとう! せーので持ち上げよう! っ……せぇーのっ!」
掛け声と共に、激重トンカチが持ち上がる。
しかし二人がかりであっても、半ば引きずるようにしてしか持つことが出来ない程の重さだった。
「フレイヤさん! これを!!」
再びの掛け声と共に、アイと渾身の力を込めて黄金の槌――《雷槌ミョルニル》をフレイヤに向けて放り投げた。
フレイヤは投げられた物を見て目を一瞬見開くと、薄い笑みを浮かべながらその細い腕でしっかりとキャッチした。
次の瞬間。
「……なぎる」
顔を俯かせたフレイヤの喉から、先程の鈴を鳴らすようなハスキーな声ではなく、低く嗄れた壮年の男性のような声が響いた。
「みなぎる……」
バチバチッ! とフレイヤの身体からスパークが迸る。
直後、彼女のブラウン・ゴールドの長髪が畝るように踊り、スカートの裾が翻る。
「みなぎるぅぅぅぉおおおおおおおッ!!!!」
極太の重低音で絶叫しながら、ひときわ強くスパークが弾けたと思うと、バツン! という衣服が弾け飛ぶ音と共にフレイヤは――巨大化した。
ぐんぐんと背が伸び、腕も、脚も、大木のようにメキメキと太く伸びていった。
それは三メートル、五メートルを超えてもなおも続き、やがてスリュムと同程度までに体躯を伸ばしたフレイヤの顔から、バサリと金褐色の髭が垂れ落ちた。
「オォォォォォーーーーッ!!」
そしてフレイヤは――いや、フレイヤに扮して潜入をしていた《雷神トール》は、雄叫びと共に一歩、分厚い皮のブーツに包まれた脚を踏み出した。
――ミョルニルを奪われた神々が、スリュムに対して取った方法とは。
雷神・農耕神であるトールを女装させ、フレイヤとしてスリュムの元へと送り込んだのである。
◇
視界端に浮かぶパーティメンバーの名前の欄。【Freyja】が【Thor】へと変化した。
事前にコハルから恐らくそうだろうと話を聞いていたとはいえ、あまりにもあんまりな変化に思わず戦闘の手を止め口を開けてしまった程だ。
フレイヤは非常に美しい女神として語られている。牢で出会いつい先程メタモルフォーゼしてしまった彼女は、その逸話に違わずの超絶美女だった。
それがどうしてこんなことに……。
美女から野獣――いかつい筋骨隆々のおっさんへ。とんだ変身もあったものである。姿が変わるどころか、もはや別物であるから変態と言った方が正しいか。
一応フレイヤは豊穣の女神でもあるから、農耕神であるトールと相性は良い……のだろうか。それにしたってこのミラクルボディチェンジはあんまりだけれど。まさに神の御業である。
ひょっとして《湖の女王ウルズ》もおっさんが化けた姿じゃないだろうなという考えが浮かんだが、流石にそれは無いか。無いよね? 無いと言ってくれ。
さて。
コハルとアイが頑張ってくれたおかげで、戦況が大きく動いた。
これまではスリュムの攻撃に対してユイちゃんの指示によって完全回避することは可能なものの、物理耐性が高くダメージを与える事が出来て居なかった。
まともにダメージが入るのがフレイヤの使用する雷撃魔法だけであり、わたし達の攻撃はペチペチと大木の幹を手の平で叩くようなもので全くといっていいほどダメージソースとなり得ていない。
ソードスキルも硬直を考えると三連撃以上の大技は使えず、それもあってやっとこさ一本目のHPバーを削りきった所で、件の変化である。
なんかもうね。すごい。
トールはよっぽどお冠だったのか、スリュムに対して雷を帯びた巨大な金槌――雷槌ミョルニル。またの名をトールハンマーで滅多打ちにする。
スリュムもただやられているわけじゃなく、騙されていた事に怒り氷の斧を作り出して応戦している。
まあ、気持ちは分からないでもない。トールの事をフレイヤだと信じ込み、婚礼を待ちわびていたのだから。誰が悪いと言えば間違いなくスリュムなのだけれど、怒る権利くらいはあるだろう。
史実では、ミョルニルを取り返して真の力を取り戻したトールは、怒りのままにスリュムだけでなくその家族もぷっちんと叩き潰してしまったのだけれど、意外な事に見かけ上は互角に戦っている。
フレイヤならぬトールを連れて来るのがサブルートなのか、本筋なのかは分からないけど、全部任せてしまうわけにもいかなそうだ。
何より、わたし自身スリュムに憤りは感じている。散々ちっこいちっこい言ってくれたね。目にもの見せてやる。
「はいみんな! しゃきっとする!! トールにばっかり任せてないで、タゲ取ってくれてる内に攻撃するよ!!」
ショック状態から立ち直れていない皆に向け、大きく手を鳴らして目を覚まさせる。
ふむ。一番ショックが大きかったのはシュピーゲルみたいだ。やっぱり男の子だね。シノンは面白くないだろうけど。
「範囲攻撃に気をつけて、全力攻撃!! アイ! コハル! 二人も攻撃に加わって!!」
ブレインであるアスナがフリーズから抜け出した直後のため、わたしがギルド及びパーティリーダーとして指示を飛ばす。
まあどっからどうみても攻撃チャンスなのだから、今までの鬱憤を晴らす勢いでガンガン攻めちゃおう。
「せぇぇぇぇいッ!」
言い出しっぺの法則で先陣を切り、スリュムの脛に向かってソードスキルを放つ。
片手直剣奥義技《ハウリング・オクターブ》
太陽のようなオレンジ色の光を纏った剣が、五度の突き、斬り下ろし、斬り上げ、そして全力の上段斬りをスリュムの脚へとお見舞いする。
二層の黒いミノタウロス程ではないにしろ物理耐性が高く、壁を殴りつけるような感触ではあるがそこは上位ソードスキル、ダメージはしっかりと入ったようだ。
さらに間髪入れず、キリト、リーファちゃん、ディアベルの長剣が、コハルの短剣が、シノンの弓が、シュピーゲルの召喚した竜のブレスが叩き込まれる。
ところでなんでヒーラーのアスナが細剣持って突撃してきてるの? や、まあいいんだけど。
「ぐ……ぬむゥ……!」
流石に堪らなかったのか、唸り声を漏らしたスリュムがついに左膝を床についた。更に、王冠の周囲でキラキラと黄色いライトエフェクトが回転している。スタン状態。つまり、絶好のチャンス到来。
「今だーーっ!」
わたしの掛け声に合わせ、全員で最大の連続攻撃を放つ。
五連撃以上のソードスキルの大盤振る舞いに、シュピーゲルが長文詠唱と共に召喚した数体のワイバーンが同時にブレスを放つ。
攻勢は止まらない。上空からオレンジに輝く矢が豪雨の如く降り注ぎ、ダメ押しとばかりにアイの竜魔法――半身が死者であるニヴルヘイムの女神が一柱《ヘル》による極大の氷塊が隕石のようにスリュムの脳天に直撃した。
「ぬうゥン!」 地の底に還るがよい、巨人の王!」
とどめはトールが刺した。
トールハンマーをスリュムの頭に勢いよく叩きつけると、王冠が砕けて吹き飛び、地響きを立てながら霜の巨人の王が地に沈んだ。
HPゲージは……消滅している。あそこから三本持っていったのか。最大火力を九人分ぶちこんだとは言え、やはりトールの火力が半端ない。フレイヤ状態でも唯一ダメージを通していたし。
地に沈んだスリュムは、身体の端――四肢の末端からぴきぴきと軋みをあげながら氷へと変貌していく。
漆黒の眼下に瞬いていた青い燐光も、薄れ、消えかける。が、口ひげがもぞりと動き、低い笑いが流れ出てきた。
「ぬっ、ふっふっふ……。今は勝ち誇るがよい、小虫どもよ。だがな……アース神属に気を許すと痛い目を見るぞ……彼奴らこそが真の、しん」
言い終わらない内に、トールが強烈なストンプでスリュムの頭を踏み砕いた。ひえぇ……。
というか、またなんか変な情報出てきたんですけど?
アース神族達こそが真の……しん、なんだろう。その言葉の先はトールが遮ってしまった為、聞き届けることが出来なかった。
スリュムの身体がとんでもない規模のエンドフレイムに変わった風圧で思わずよろめいてしまった所、ディアベルに優しく抱きとめてもらった。ありがとう騎士様。
雷神トールは無数の氷片となって散ったスリュムを見届けると、その金色の瞳でわたし達を遥かな高みから睥睨した。
「……やれやれ、礼を言うぞ、妖精の剣士たちよ。これで余も、宝を奪われた恥辱をそそぐことができた。――どれ、褒美をやらねばな」
そう言うと、トールは手にもったトールハンマーから宝石を一つ外すと、ひょいっとわたしに投げ落とした。
その宝石は瞬く間に光を放ち、人間サイズの片手棍へと変形した。ちょうど、トールの持っているハンマーの縮小版のような形の黄金のハンマーだ。
いやまって、これってまさか。
「《雷槌ミョルニル》、正しき戦の為に使うがよい。では――さらばだ」
トールが右手をかざした瞬間、轟音が鳴り響き青白い稲妻が広間を貫いた。反射的に目を閉じ、再びまぶたを開けたときには、あれほどの巨体が嘘だったかのように忽然と消えていた。
控えめなSEと共に、メンバー離脱ダイアログが浮かんで、八つ目のHPMPゲージが消滅する。
そして訪れた静寂――嘘。スリュムが消滅したところで滝のようにドロップアイテムが落ちてはパーティの一時的ストレージに自動格納されて消えていく音が聞こえる。
ずどどどどしゅわわわわ。
ああ、あれは山分けだなぁ……なんて考える事もなく。わたしの、ついでに言えばメンバー全員の視線がわたしの手に収まっている黄金の金槌に注がれていた。
「…………ふう……」
キリトが小さく息を吐き、にやにやした笑いを浮かべながらわたしの肩をぽんと叩いた。
「伝説武器ゲット、おめでとう」
なんとなくムカついたので、手に持ったハンマーでキリトの向こう脛を殴り飛ばしておいた。装備してないから威力も無く、ただ衝撃はあったようで「何をする!」と憤りの声を上げていたが。
ふん。大方わたしが伝説武器を手に入れたからエクスキャリバー争奪レースから抜けると思ってるんだろう。
「予定外ではあるけど、伝説級武器も手に入ったし、万々歳?」
わたしがメンバーに振り返りながらそう言うと、全員が苦笑を漏らしていた。
さてチェック……。あ、これ必要筋力パラメータ高いじゃん。ちょっと足りないから今は使えない。残念。しかも片手棍じゃなくて片手用戦鎚。熟練度上げなきゃ……。
「っとと、そうだったそうだった。スリュムは倒したけど、エクスキャリバーを抜くまでがクエストだもんね」
リーファちゃんに確認した所、メダリオンに埋め込まれた宝石の内残りは一個と半分程だという。
余裕があるというほどではないと、さっさとエクスキャリバーを抜きに行くことにする。
「このままエクスキャリバーを抜かなくても、一応は敵の首魁を倒したんだし《アルヴヘイム》まで侵攻してくる事は無いんじゃないの?」
「それはそうだけど、エクスキャリバー欲しくない?」
「欲しい!!!!」
「はいお兄ちゃんステイ。……シノンさん、それなんだけど、多分違うと思う」
「どういうこと?」
「さっき思い出したんだけど、スリュムヘイムって主がスリュムじゃないんだ。……ですよね、コハルさん?」
「うん。本当の主は《スィアチ》っていう巨人なの。ウルズの言っていた黄金の林檎を欲しがってたのも神話だとそのスィアチだから、多分スリュムを倒してもスィアチがアルヴヘイムに攻めてくると思う」
「補足しますと、現在ヨツンヘイムで起こっているスローター・クエストの依頼者も《大公スィアチ》というNPCになります」
そんな会話をしながらも、わたし達は玉座の後ろに現れた下り階段を駆け下りていく。
やがてわたし達はそこへとたどり着いた。
逆ピラミッドの最先端。氷を正八面体にくり抜いたような、空間。
壁はかなり薄く、昔スカイツリーの特別展望室で見たガラス床のようにヨツンヘイムの土地を見渡す事が出来た。
空間の底まで続く螺旋階段を下りきり、わたし達はついに《それ》と対面する。
「これが……《聖剣エクスキャリバー》……」
微細なルーン文字が刻み込まれた、薄く鋭利な刃。
黄金の輝きを放つそれは、一辺が五十センチ程の氷の立方体――台座に突き刺さっていた。
よく見ると、台座の中に木の根のようなものが閉じ込められているようだった。あれが恐らく、ウルズの言っていた世界樹の一番大事な根っこなのだろう。その根の途中から、断ち切るようにエクスキャリバーが突き立てられていた。
「アリス……引き抜くのは、俺にやらせてくれないか」
なんで? と聞こうとして、キリトの浮かべた真剣な表情に言葉を止めた。
「……わかった。頼むよ、副団長」
「ああ」
何か並々ならぬ思いがあるのだろう。その意思を組んで、台座から引き抜く役をキリトに譲って、わたしは一歩下がる。
交代するようにして前に進み出たキリトは、黄金の剣身を眺め一言、感慨深そうに言った。
「……またせたな」
そして細い黒革を編み込んだ握りをしっかりと掴み、気合一発引き抜いた。
「ふんっ!! !? んぎぎぎぎぎ……っ」
引き抜い――
「ぬ……お…………っ!!」
引き抜けてないじゃん。
両手に変え、脚を広げ踏ん張って顔を真っ赤にしながら唸りを上げているが、剣はびくともしていなかった。
筋力値が足りないのかな?
けど、ギルドで一番筋力値が高いのはキリトだ。
サラマンダーという種族の特性で筋力値は高めなはずのディアベルは、スキルや装備補正を耐久力に振っている為、もろもろ勘定に入れると重たい剣好きなキリトの方が高いはず。
そのキリトが力を振り絞っても無理なら、他の誰でも無理だろう。
「……キリト、手伝おうか」
ディアベルが声をかけるが、キリトにもプライドがあるのか「あとちょっとだけ一人で挑戦させて……!」と先程のシリアスな雰囲気が嘘のように涙目で首を振った。
しょーがないなぁ……。
「ほらキリト、頑張って」
わたしが声をかけると、他の面々も次々と声援を送り始めた。
「がんばれ、キリトくん!」
「キリトさん、頑張って!」
「お兄ちゃん頑張れー!」
「根性見せて!」
「キリトさん、もうちょっとです!!」
「キリト、男を見せるんだ!」
「キリトさん! カッコいいです!!」
「パパ! 頑張って下さい!」
アスナ、コハル、リーファちゃん、シノン、アイ、ディアベル、シュピーゲル。
九人の応援を一身に背負い、キリトが気合の咆哮を上げた。
「っ……おぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ピシッ、という音がした。
直後、強烈な金色の光がキリトの手から――正確には、手にした聖剣から放たれ、わたしの視界を焼いた。
「まぶしっ」
目もくらむような閃光に、手をかざして光を遮った。
そして何かが凄い勢いでわたしにぶつかってきた。
「へぶっ」
「ふぎゃっ」
そのまま地面に押し倒される。
声からしてキリトだろう。先程まで剣を抜こうと踏ん張っていたキリトがわたしの上に居るってことは――
「へ、へへ……やったぜ」
引き抜いた。伝説級武器《聖剣エクスキャリバー》を。
よほど重量があるのか剣を抱えたキリトは凄まじく重たく、このままでは潰れてしまうため軽く脇をタップして上からどかし、立ち上がってスカートの裾を叩いてからキリトへとぐっ、とサムズアップを送る。
「やったね」
「ああ!」
あらまあはしゃいじゃって。新しいおもちゃを買い与えられた子供みたいだ。
顔中に喜色を塗りたくり、小躍りしそうなキリトに思わず苦笑を漏らしてしまう。……だれが持つかはまだ決まってないんだけどなぁ。ここまで嬉しそうにされては取り上げるのも可哀相だし、少なくともわたしは遠慮しようかな。
と。
さあ全員で達成感を味わおうと、万歳の準備をしていたところに、水を指すようにして変化が訪れた。
氷の台座。聖剣という楔から解き放たれた、小さな木の根。
空中に浮き上がったそれが、いきなり急成長を始めたのだ。
極細の毛細管がみるみる下方へ広がり、すっぱり断ち切られていた上部の切断面も新たな繊維が伸び、垂直に駆け上がる。
上から凄まじい轟音が鳴り響いた。見上げてみると、わたし達が駆け下りてきた縦穴。玉座の間に繋がる螺旋階段を粉砕しながら何かが――根っこが殺到してきた。
あー、あれ。スリュムヘイムを包んでいた世界樹の根かぁ。神秘的なパワーで元の根っこと合流しようとしているのだろう。
予想通り、上部からものすごい勢いで伸びてきた太い根と、台座から開放されたささやかな根が触れ、絡まり、そして融合した。
なるほどなるほど。
で、ここはどうなっちゃうの?
「うわぁっ……こ、壊れ……!?」
シュピーゲルが悲鳴を上げ、わたし達がひしっとホールドし密着したのと同時、周囲の壁に無数のひび割れが走った。
その瞬間に理解する。
ああ、そういう。
つまりあれだね? ダンジョン崩壊に伴う、脱出イベント。
ふざけんな。
「だ、脱出しなきゃ!!」
「って言っても階段が……!」
瞬時に辺りを見回し脱出路を探すも、この部屋は降りる時に使用した階段しか入り口が存在しない。そしてその階段は根の侵略によって崩壊し、階段としての機能を失っていた。
一瞬、天井を這う根にジャンプして捕まればと考えたが、高すぎて自力では届かない。わたしが一人一人跳ね飛ばすことも出来るけど、他の全員が拒否するだろうから却下。
考えている間にも崩壊は続く。
どうする、どうすると焦りが募るなか、シノンがシュピーゲルに囁いた。
「シュピーゲル、飛べる竜種を呼ぶことは出来る?」
「出来るけど……九人全員は無理だ。飛ぶことが出来るのは三体で、どれも一人までしか……無理やり乗っても、二人……」
飛ぶ。わたし達全員を乗せて。
はっ、と閃いた。
「リーファちゃん!」
居る。
わたし達全員を乗せる事が出来る、ただ一つの方法。
「トンキーを呼んで!」
「!!」
リーファちゃんはわたしの言葉に素早く反応し、指で輪を作り口に当て、一息にピィーッと指笛を鳴らした。
直後、それに応えるようにして頼もしい鳴き声が聞こえた。
「来てくれた!! 皆、急いで乗り込もう!」
罅割れ脆くなっていた壁を、剣先で撫でるように数度振るい、即席の出口を作り出す。
トンキーは既に近くまで到着してくれているが、周囲には上層が崩壊した影響か無数の氷塊や土塊が絶賛落下中であり、ぴったり横付けは出来ておらず五メートル程の間隙を開けてホバリングしていた。
でもまあ、ジャンプすれば充分届く距離ではある。
「行くわよ、シュピーゲル」
「えっ、あ、うん!」
まず先に、シノンとシュピーゲルが乗り込んだ。
「よいしょっ……と」
「ありがとう! トンキー!」
次に、アイとリーファちゃんが軽く跳躍し、トンキーの背に着地する。
「コハル!」
「うん。アリス、先に行くね」
「二人とも、この足場もそう長くは持たなそうだ。早く乗り込もう」
最後にアスナとコハル、ディアベルが無事に脱出したことを確認し、さてわたしも乗り移ろうかと思い、なぜか剣を持ったまま俯いているキリトに声をかけた。
「キリト、早くいこ。そろそろまずいよ」
揺れがどんどん激しくなり、亀裂はついに床面まで侵食を始めた。もういつ床が抜けてもおかしくないというのに、この男は何を躊躇しているのだろう。
わたしの言葉に、キリトは首を力なく横に振ると、引きつった笑いを漏らした。
「……は、はは。聞いてくれ団長。この剣が重すぎて、多分、跳べない」
「へ?」
そんな馬鹿な。
タチの悪い冗談かと視線を向けるが、キリトは目に涙を浮かべそうなほど悲壮感にくれた表情をしていた。
「……インベントリには?」
「さっきこっそり試してみたけど、だめだった」
なにこっそりネコババしようとしてるんだ。
いや、それはいいとしても、ここにきてエクスキャリバーを持って帰れないというのはちょっと酷いんじゃないだろうか。
剣をこのまま置いていったとして、このダンジョンの真下は大空洞。跳べない程重たいというのなら、大空洞の外に向かって放り投げる事も出来ないだろうし、これは……もう……。
いや、ちょっと待てよ。
「ねえキリト。跳べないって、ちょっとも?」
「……? いや、多分二、三メートルくらいならなんとかジャンプ出来るとは思うけど」
充分だ。
わたしは剣をしまい、ステータス画面から幾つか装備スキルを弄ると後方へと下がった。
「キリト。エクスキャリバーゲットチャレンジ、やってみる?」
「え? あ、ああ! そういうことか!!」
わたしの意図するところを察したのか、キリトの泣きそうだった表情がみるみる内に晴れていった。
そして重たそうに剣を抱え、ゆっくりとした足取りで助走距離を取り、深呼吸を一つ。
「任せた」
「おっけー」
わたしは詠唱の準備に入る。
使うのは、火属性基礎魔法。
指定した地点に、小規模の爆発を起こすだけの攻撃魔法だ。
これを使って、足りない飛距離を爆発による衝撃で稼ごうという魂胆だった。
「3、2……」
キリトがカウントダウンを始める。
重要なのはタイミング。少しでもずれれば、キリトはあらぬ方向へと飛んでしまい、エクスキャリバーはゲット出来ない。ついでにキリトが落下死する。
ここまで来たんだ。せっかくだから、もらえる物は全部持ち帰ってやる。
「Ek, fleygja,……」
詠唱を開始する。
ぶっつけ本番の大博打。緊張に早鐘を打つ心臓を無視し、間違っても舌を噛んでファンブルしないように気をつける。
「1……!」
「ceann, pléascadh――」
詠唱が完成した。
だけどまだ発動させない。
先程セットした《詠唱保存》のスキルによって、発動直前で魔法をキープする。
「ゴー!」
キリトが剣を抱えたまま、普段の彼とは比べ物にならないほど重たい足取りで数メートルの距離を走り、そして跳躍する。
「今!」
キリトが描いた放物線の、その頂点に向かって魔法を発動させる。
ぎゅっ、と空間が凝縮し、臙脂色の炎がキリトの足元で爆ぜた。
「っおぉぉぉ!?」
魔法によって実体のある氷等を生み出したところで、壁や地面等の支えがなければ重力に従い落下してしまう。そのため、一時的に足場を生み出しての二段ジャンプ等は不可能。そもそも、足場に出来るほどの高さの氷柱や地面を隆起させる呪文は詠唱が長く、ALOにおいては呪文の詠唱が短縮も破棄も出来ないため、現実的ではない。
が、例えば風や爆発等の、実体を伴わない衝撃によって擬似的に空中ジャンプを行う事は、技量が必要ではあるが可能だった。
結果として、足元が突然爆発するという形で、空中で一回転してしまい多少不格好ではあるものの、キリトは無事、その跳躍距離を伸ばし――
ただ、一つ誤算だったのは、《聖剣エクスキャリバー》がわたしの予想以上に重く、それだけでは飛距離がギリギリ足りなかったという事。
「っ届かな……!」
剣を片手に抱き、開いたもう片方の手を必死にトンキのー背に向けて伸ばすが、悪足掻き虚しく空を切り――
そして、がしっ、と黒々とした凶悪な見た目の篭手に掴まれた。
「全く、無茶をする……!」
「ディアベル!!」
魔王が、英雄の剣を携えた勇者の手を取ったのだ。
「くっ……重……! 皆、すまない、手を貸してくれないか!」
「は、はい!」
流石に魔王といえど、最大の筋力パラメータであるキリトをして『重すぎる』と言わしめた剣が堪えたのか、表情を苦悶に歪め仲間に助けを求めた。
すぐさまシュピーゲル、そして微力ながらも女性陣達も続き、さながら大きなカブを抜くかのようにえんやこらとキリトを引っ張り上げた。
「こっちは大丈夫! アリスも早く乗って!」
「うん!」
コハルの言葉に従い、わたしも数歩後ろに下がり、助走を付けてこの場から脱出しようと一歩踏み出した。
その瞬間である。
時間を掛けすぎたのか。はたまた、先程の爆発魔法が止めとなったのか。
踏み出したその足元が、ばきん! という音と共に沈み込んだ。
「……あぇ?」
そしてそのまま、床が抜けた。
「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
・魔法を使った二段ジャンプ
私の知っている限りではMMORPGで魔法攻撃やスキルはフレンドリーファイアが出来ないようになっているのですが、ALOでは出来るようになっています。
味方に魔法を与えた場合、通常よりもダメージはかなり低いもののノックバックが入り、そのノックバックによって二段ジャンプのような真似が出来るという設定。
なお、現在想定している魔法は以下の三種類
・直射型
銃を打つような感覚で起点から直線に発射。コハルの使用した風の弾丸等
・対象指定
ターゲットに対して自動追尾する魔法を放つ。回復、支援魔法、攻撃魔法の一部
・地点指定
特定のポイントに対して魔法を放つ。アリスの使用した爆発魔法等
変更があったら適宜修正します。