project ING ~海を越えてきたシンデレラたち~ 作:四月一日雪
◇
「みんな、お願いしたことは言っちゃだめだからな」
「そうなの?アタシすぐ言っちゃいそ~!それか忘れちゃいそ~♪」
「さすがに神様にまで適当なことは言わないでくれ……」
俺たちは無事にお参りを終えた。何を神様の前で誓ったかは人それぞれだろう。だがきっとみんなINGのプロジェクトの成功を願ったのではないかと思う。
「皆さん、参拝はお済になりましたでしょうか?」
「はい、全員終わりました」
「それではこれからみなさまに、私たちの神楽をご覧になっていただこうと思います♪」
「かぐら、ってナンダ?」
「簡単に言うと神様に奉納する踊りです。今回は巫女神楽になります」
これが本日のお参りと共にメインとなる行事である。
「Kagura、どんな感じでショウ?楽しみデス」
「あたしも神楽を生で見るのは初めてだなー」
INGの面々もやはり見たことがない人がほとんどのようだ。かくいう俺もキャシーと同じで生で見たことがないので楽しみである。
「私、転ばないか心配です……」
歌鈴さんがすごい不安そうにしている。確かに今までの姿を見ると何かやってしまいそうである。
「大丈夫でして―。私たちがいますゆえー」
「そうよ、今日は転びません。私が言うから間違いないです!それにいつも神事の時はミスしていませんから問題ないです♪」
佳乃さんと茄子さんはそんな歌鈴さんを励ましている。あの3人の中で本当の巫女であったのは歌鈴さんだけのはずであったが……。
だがどうやら覚悟ができたようだ。
「それでは始めさせていただきますっ!音楽はCDプレイヤーで失礼します」
そう言ってスイッチを入れて立ち位置につく。どうやら歌鈴さんがセンターのようだ。
3人が目くばせをしうなづくと、それぞれ目をつむった。
空気が変わったのを肌で感じた。
そう思ったのは俺だけではなかったようだ。場が静まり返る。
みんなもじっと始まるのを待つ。
やがて太鼓や笛といった和風の音楽が流れ始める。
彼女たちが事の音色に合わせて踊る。いや舞いといった方が正しいだろう。
彼女たちの舞はまさに神秘的であった。
神社や衣装が普段とは違うことも理由であるだろう。
しかしそれ以上にに才能を持っていると感じた。動きは決して早くはない。むしろゆっくりであろう。しかし淀みのない動きと洗練さに目を離すことができない。
そして表情が笑顔ではなくどこか遠くを見ているような、憂いを帯びた表情である。
普段ステージで見せる表情とは別の表情だ。
これは神にささげる舞ということを思い起こされた。
なにより表現力の高さを見ていて感じられた。
歌鈴さんは先ほどまでドジっ子で不安だったが、いまは堂々とした振る舞いである。
佳乃さんは幼そうなあどけない表情から大人びた顔つきである。
茄子さんは柔らかい雰囲気から凛とした空気を身にまとっていた。
まさに別人であった。何かにとりつかれた、いや神様が舞い降りた。そんな風に感じられた。
本当に見入っていた。とても幻想的であり、圧巻の一言である。
舞が終わりお辞儀をする。
「いかがでしたでしょうか?」
舞いの前と同じように明るく笑う姿にようやく終わったことに気付いた。
惜しみない拍手を送る。本当に素晴らしかった。
「どうも、ありがとうございましたー」
「いやー、歌鈴ちゃんもよかったね♪」
「はいっ、ちゃんと無事に終わっ⁉」
佳乃さんと茄子さんに駆け寄ろうとした歌鈴さんが見事に転んだ。
「本当に同じ人なのカ?」
すぐに転んだ歌鈴さんを見てナターリアが不思議そうに言う。
俺もよく分からないな。しかし信じられないことにそうなのだろう。
「スゴイですね、trans状態ですね」
「とらんすー、とは一体何でしょうかー?よくわかりませぬが―、たまに意識がないことあるのでして―」
「本当ですか?」
「はいー、ライブでは特にないのですが、神事の時にいかほどか記憶がないのですー」
「それ私も分かる!なんか集中しちゃってるのかな?」
まさかだが、本当に別人になっているのかもしれない。
しかし表現力の高さは間違いないだろう。疑問に思ったので聞いてみる。
「どれくらい練習したらあのようになるんですか?」
「ど、どうでしょうか。私は神社の娘なので小さいころからやっていました。体が覚えているんだと思いますっ!」
「私もたくさんやりましたよ~。ラッキーだけでは上達できないですから♪」
「そこまで行くとあれほどの表現力になるのか」
動きは単調に見えるかもしれないですけど、きっと同じようにやってもあの雰囲気を出すことはできないだろう。
うちのアイドル達もとても印象を受けたようだ。
「こういう表現があるということも理解できたか?」
「ええ、すごかったわ。世界に通用するわ」
「迫力、ありました。ずっと、見ていられます」
「私たちもあのように踊ることができるのでしょうか?」
「どうだろうな。さっきのは特に独特の雰囲気があった」
特に和風のイメージと合わないかもしれない。
「だが、やればできるはずだ。だってみんなは世界を目指すアイドルなんだからな!」
俺は強くそう思った。やってできるかはわからない。けれどやらなければ始まらない。そしてやればできる力を持っているはずだ。
「そうですね、私たちは巫女はあまりやったことがありませんでしたが、こうして務めさせていただきました」
「そのとおりですー。神へのおもい、祈りが一番大事なのですー」
とてもありがたく、原動力になる言葉だ。やはりこの神社は大変ご利益がありそうだ。
「さっきの舞は、これぞ日本の文化って感じだね」
「とってもすごかったネ!」
「ナターリアたちもあれやるカ?」
「何事も挑戦してみることは大事だな」
「そ、それじゃあ後で着付けしますか?」
「ホントカ!アリガトー!」
他のアイドルとどれぐらい交流があるのかよく知らないが、この機会に交流を深めることができればそれはとてもいいことだ。
「プロデューサー、私たちにも早く仕事持ってきてヨ。ああいうのも素敵だけど私たちらしいのがいいワ。私たちにしか会わないもの、それを逃したら許さないからネ」
「おお、任せておけ。たくさん持ってくるからな。だけど合うか会わないかは、やってみてから決めてもいいと思うんだ」
だってほら、ナターリアの巫女服って結構似合いそうじゃないか?
「ええ、上等よ。なんでもこなして見せるワ」
「そのいきだ」
「あたしもなんだかやる気が出てきた!レッスンルームって空いているの?」
「空いてるがトレーナーさんはいないぞ」
「いいんですよ。やれることからやっていく。じっとしてなんかいられないんですよ!」
「一年の計は元旦にありですね」
「ああその通りだな」
「怪我しないようにな」
メアリーやキャシー、ほかのみんなもすごい発奮している。今まで以上のモチベーションになっていた。
みんなのやる気のある姿を見ていると、茄子さんがこちらにやってきた。
「みなさん元気があっていいですね♪」
「元気がありすぎて、こちらが疲れてしまいますよ」
だって彼女たちは徹夜しているんですよね。どれだけ体力があるのだろうか。
そんなことを思いつつ、茄子さんに今日のお礼をする。
「茄子さん、今日はどうもありがとうございました」
「いえいえ、私たちも同じ事務所の仲間にエールを送れてとてもうれしいです。私たちの神楽はいかがでしたか?」
「とても神秘的でした。瞬きするのも忘れてしまうほどでした」
「ありがとうございます。正月などの和風な表現は私たちの得意分野ですから♪」
「今度はぜひINGのステージを見てください。今日の経験も生かしてみせます」
「それは楽しみです!いつか同じ舞台に立ってみるのも面白そうですね」
「それはとても素敵なことですね。ぜひやってみたいです」
「それと今日のお礼といっては何ですけれど、これを受け取っていただけませんか?」
「いえ、そんな悪いですよ。今日は別に仕事ではないですよ」
「プロのアイドルに踊りを踊っていただきましたし、非常にいい勉強をさせてもらったのでせめて気持ちだけでもと思いました」
「そういわれましても、困りましたね」
もらっていいのか悩んでいる様子であった。心苦しくさせてしまっては本意ではない。ならば言い方を変えてみるか。
「では、こう考えてください。これは私からジャポネスクの3人に対するお年玉ということです」
「落とし玉、ですか?」
「はい、なので気にせず受け取ってください」
「もう、私これでも二十歳なんですよ~。でもそういうことならいただいちゃいます。久しぶりのお年玉です♪」
「ありがとうございます。今後もうちのアイドルがお世話になるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。皆さんに今年も幸運が訪れますように♪」
茄子さんが言うと非常に効果がありそうだ。今年一年はきっといいことがあるだろう。
「それでは失礼させていただきます。今日は忙しい中ありがとうございました。依田佳乃さんと道明寺歌鈴さんにもよろしくお伝えください」
もう一度お礼を言って神社を後にした。
今日は本当にいい経験になったと思う。INGのみんなも刺激を受けている様子だった。
和風のアイドルを見ることによって、自分たちをどのように表現していくかを考えるきっかけになれば、とてもうれしい。
常務に無理を言ってジャポネスクの皆さんに会えるようにしてもらったのは成功したといっていいだろう。
部屋に戻るとみんなトレーニング着になっていた。
「おお早速やるんだな。怪我しないように気を付けるんだぞ。無理は絶対によくないからな」
「任せといて。それは置いといてさ、プロデューサー何か私たちに渡すものってない?」
「な、なんだいきなり?」
「ふふふ、実は見てしまったんです」
『プロデューサーがお年玉渡しているところ!』
なんと、茄子さんに渡しているところを見られていたようだ。
「い、いやあれは今日のお礼だから。それとこれは別だよな?」
「じゃあ、べつでいいから私たちにもちょうだい!」
「いや、全然話が繋がってないぞ!」
「こういう時はたしか、かいしょうなしー、であってマスカ?」
使い方があっているだけにつらい。
「み、みんなにあげる分は持ち合わせていないんだ……。というか大人の皆さんはいらないのではないですか?」
「もらえるものはもらうのが礼儀でしょ?」
「あれはこういう場面でも使うんですか!?」
しかしここまで言われたら、覚悟を決めて言っておかなければならないだろう!
「よし決めた、みんながたくさん活躍したら、その時はちゃんと渡そう!」
そして続けて言う。
「今のみんなへのお年玉は俺が仕事をちゃんと持ってくるということだ」
「えええー、本当に?」
「今渡してほしいでございます」
ぐっ、その通りだな。正論によって精神的にダメージを負う。そんな俺の姿を見て半分呆れたように笑われる。
「ま、しょうがないな~。今年はこれで我慢しておこっか♪」
「しっかり、ちゃんと約束守ってヨ!」
「ああ、必ず守る!」
「プロデューサーがアタシたちに期待しているように、アタシたちだって期待しているんだからネ!」
その言葉はとても深く俺に刺さった。俺もみんなに負けてなんかいられない。
今年は絶対忙しい年にして見せるからな!
そう思いながら、レッスンルームに向かうみんなの背中を見送った。
次はING内のユニットに焦点をあてます