流星のファイナライズ   作:ブラック

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本日2回目の投稿。

たくさんのお気に入り、評価、ありがとうございます。ふと見てみたらお気に入りが800を超えててびっくりです。


育田道徳

「さあて、今日も早く帰って子どもたちと遊んでやるとするか…」

 

私の名前は育田道徳(いくたみちのり)。このコダマ小学校で教師をしているものだ。

子どもとは宝だ。どんなときも成長することをやめず、絶えず我々大人を驚かせてくれる。様々なことを教えるはずの教師が子どもたちから多くのことを教わっている。

 

だからこそ、今私には断固として反対しなければいけない事項がある。

 

「育田先生」

 

内心で『またか』と思って振り返る。振り返った先に立っていたのは目の細い青いスーツ姿の男。歳は私よりも遥かに上。そして身分も。

 

コダマ小学校の校長だ。

 

「少し話がある。ついてきなさい」

 

高圧的な態度でそう言ったのは私が例の件に断固として反対しているからに違いない。現に反対派だった教師たちも皆圧力に屈して立場を変えてしまった。

 

やがて到着した場所は放送室。

 

普段は児童が給食の時間などで使用しているが今は放課後。児童がいるはずもなく、私と校長先生のみ。

 

「君の授業は相変わらず、学校の用意したカリキュラムに従っていないようだな。再三の注意にも関わらず…だ」

 

『勉強よりも大切なことがある』…それが私のスタイルだ。勉強を教えないのは確かに問題だ。

だが、勉学だけを教えて果たしてなんだというのか。

 

勉学とは『人格の形成』を目指して行われる。そう示されたのは今より遥かに昔のことである。

 

「お言葉ですが、校長先生。私はあの偏差値を重んじるカリキュラムには賛成できません」

 

故に偏差値をのみを重視した教育過程など受け入れられるはずがなかった。

 

「だから学習電波の導入にも反対しているのかね?君も知っているだろう? 私が校長に就任するにあたって掲げた目標を」

 

学習電波。

この学習電波の電波は全ての教室に繋がっていて教室中に脳を活性化させる電波を発生させる。

 

この学校が進学校に生まれ変わるためのものと校長は言うが、私にはそうは思えなかった。

 

これはそう…もはや洗脳だ。断じて教育などではない。

 

「…このコダマ小学校を一流の進学校にすることでしたね」

 

確かに世の中の風潮が関係しているのもわかる。だが、私は『それでも』と声を大にして訴えたい。

特別の教科である道徳の削減、図画工作や音楽を含めた芸術教科の削減。それに伴って増加した国語、算数、理科、社会、英語の5教科。

 

これでは子どもたちが参ってしまう。

 

勉強が楽しいものだという考えすら身につける前に失わせてしまう。

 

それはいけない。

 

「偏差値が上がれば入学者が増える。結果として入学金も増える。一体何が不満なんだね」

 

この男は…。

思わず拳を握り締める。

 

「勉強よりも大事なことはこの世の中にはたくさんあります。教育の目的は人格の形成。勉強ができるだけの人間を育てても何の意味もありませんよ」

 

「それは理想だ。全ては結果として人格に繋がるのだ。児童の成績が下がってみろ。入学者は他の学校へ取られてしまう」

 

「しかしだからと言って!!」

 

「いいか育田くん。君のクラス以外は大きな成果をあげている。明日からは君のクラスも学習電波を使うように。さもなくばクビだ」

 

「ッ!?」

 

そんな横暴なことをしてまで!?

 

「君の代わりなどいくらでもいる。君といえど生活するために金が必要だ。7人の子どもを養わなければならない。これが現実だ。理想は捨てろ!」

 

吐き捨てるようにそう言って放送室を出て行く校長。その背中を追うことはできなかった。

 

私には子どもたちを洗脳するようなことはできない。例え安全性がわかっていたとしてもだ。

だが、私がクビになれば私の帰りを待つ我が子たちはどうなる。親としての責務がある。

 

だが…。

 

『悩めるものよ』

 

不意に、声が聞こえた。

 

辺りを見回すが、校長が去った放送室にいるのは私だけ。誰もいない。

とうとう頭までもおかしくなったのかもしれない。

 

『その悩み、我が天秤にかけてやろう』

 

それでも聞こえる声。

気がつくと目の前には私と同じ背丈の天秤がいた。ただの天秤ではない。目も、口もある。

 

体と天秤を支えているはずの身体が炎のように揺らめいている。

 

「な、なんだお前は!?」

 

『そんなことはどうでもよい。それよりもお前が抱えている悩みの方が大事であろう』

 

息を呑む。

何故それを知っているのかと。

 

天秤は怪しい笑みを浮かべて私を見下ろす。

 

『私にはなんでもお見通しなのだよ。理想と現実の狭間で葛藤する者よ。答えをやろう』

 

「答え…?」

 

『権力の側へ着くのだ。お前はすでにここでは周りから浮いた存在。お前は孤独だ』

 

天秤の言うことに間違いはない。私は疎まれていた。校長の言う理想を語る私は周りからすれば邪魔だったのかもしれない。

 

『そうしなければ子どもたちはどうする? 私の天秤は本質を測る。故に、真実を導く』

 

私は…。

 

 

▼ ▼ ▼

 

次の日の朝。

 

育田のことなど何も知らずにその日を過ごした児童たちがいつものように元気よく登校していく。無論、スバルや黒夜も例外ではなかった。

 

「あの劇ほんとに笑っちゃう件について」

 

「と、突然だね」

 

「スバル、お前もう台詞言うな。俺とウォーロックを笑い殺す気か?」

 

『違いねぇ、スバル台詞言うなよ』

 

「僕だって好きでやってるわけじゃないからね!?」

 

いつものようにスバルを揶揄いながら学校の正面玄関をくぐる。時間は割とギリギリだが、ここまでくれば問題はないだろう。

 

ちなみにウォーロックはここ数日で学校がどんな場所か把握したらしく、早くも飽き始めていた。毎日勉強ばっかしてればこうもなるさ。

登校する途中で2人の男の子が『その幽霊って孤独な人間ばかり狙うらしいぜ』『まじかよ〜』って話してたのは聞いてない。

 

どこから漏れた!?

 

2階に上がり、もうスバルも見慣れたであろう教室へ入る。中にいるのは熱いソウルメイトたち。

 

今日も今日とて今流行りのブラザーバンド戦隊ツナガルンジャーごっこを楽しんでいるようでなによりである。

 

「なにをしているんだ早く席へ着きなさい」

 

そこへ入ってきたのが、いつもとはどこか違う育田先生。姿が違うわけではない。相変わらずのモジャモジャも健在だ。

 

だけどどこか違う。

 

チャイムが鳴ったわけでもないのでみんな戸惑う。いつもなら笑ってくれる。むしろノリがいい育田先生は混ざってくれていた。

 

「なにをしている明星、早く席に着きなさい」

 

こんなに高圧的な態度をとる教師ではなかった。

 

故にみんなもなにか非常事態が起こったのだろうと考えたのか、反論せずに自分の席へと着く。

 

「さて、今日からうちのクラスも学習電波を導入することとなった」

 

育田先生のその言葉に動揺が走る。育田先生が学習電波に反対していることはすでに児童にまで知れ渡っていた。だからこそ、わからない。突然ここまで態度が変わったことも。学習電波を導入すると決めたことも。

 

「そこ、私語は慎みなさい」

 

『どうして急に?』と小声で呟いたルナを見過ごすことなく注意する。

 

「学習電波、オン・エア」

 

育田先生が学習電波を起動させる。どこかでファンが稼働するような音が響いた直後、頭の中に入り込むように浮かんでくる数式。頭上を見てみれば、教科書を開いたような形をした電波が俺の上に浮かんでいた。

そこから俺に向かって電波が流れ込んできている。

これは脳を活性化させるというより、無理やり記憶させようとねじ込んでいると言った方が正しい。

 

これは…まずいのでは?

 

『テメェと同じ、気持ち悪い電波をしてやがる』

 

「いや、俺のとは別物だろ。これはノイズじゃない」

 

そう。ウォーロックからすれば確かに気持ち悪い電波だろう。それもそのはずだ。学習電波は電波として完成していない(・・・・・・・)

 

電波そのものに不備がある。

 

だからこそ、違和感を感じる。気持ち悪さを感じるのだ。

 

こんなものを長時間毎日やられたりしたら…。

 

「どういうこと?」

 

「純粋に身体に悪いってことさ」

 

スバルの言葉に簡潔に返す。

育田先生はわずかに私語をした俺たちを叱るが気にしない。今のこの人は明らかにおかしい。タイミングしてからもリブラに取り憑かれている可能性も高い。

 

「こんなの、楽しくない」

 

周りのみんなが数式を呪文のように唱える中でボソリと呟いたのは誰だったか。

 

だが、確かに文句を口にした。

 

「誰だ!!」

 

いつもとはあまりに態度が違う育田先生が聞き逃すはずがなかった。一度学習電波を止めると文句を口にしただろう児童の席へと近づき、見下ろす。文句を口にしたのは小柄な男の子だった。

確かクラスの前に立って『今日も宿題忘れちゃった。二日連続だどうしよう…』と嘆いていた子に違いない。

 

「楽しくない…結構!! 授業は面白い必要などない!!」

 

昨日とは言っていることがあまりに違う育田先生に息を呑む。これはもう確実にリブラさんに取り憑かれている。どのタイミングで取り憑かれるのかわからないのが、これほど恨めしいことはない。

 

未来は見えているのに、止められない。

 

俺は一児童に過ぎない。

 

下校した後のことは監視しきれない。

 

「 大事なのは成績だ! もっと、成績を上げろッ! もっともっともっともっとぉぉぉッ!!」

 

壊れたように叫ぶ育田先生の身体が眩しい光を放つ。

 

「来るぞ、スバル」

 

「え?」

 

『…ッチ、そういうことかよ』

 

ついていけないスバルと事の顛末を察したウォーロック。その目の前で育田先生はその姿を大きく変えた。

 

もはや人間の身体ではない。胴体は細く、下肢は下に行くにつれて大きく…これぞ安産型。

腕は育田先生のそれではなく、細い。手らしきところに吊るされているのははかりだ。はかりの中で奇妙にも浮かんでいる炎と水は一体何を表しているのか。

 

リブラ・バランス。

 

「キャーーーー!?」

 

ルナの悲鳴がこだまする。前回の事件の当事者であったこともあってなんとなく理解しているのだろう。ゴン太は『ゲゲッ』と呟いた。

 

内心では『これ、あの時と同じやつ』と思っているに違いない。

 

『おいでなすった!』

 

「私は変わった。理想などなんの役にも立たない。大事なのはいかに世の中をうまく渡っていくかだ」

 

あながち間違ってもいないことではある。世の中、金が全てだと考える人が世の中結構いるのも事実だ。ミソラちゃんの事件だってそれが原因で引き起こされたものだ。

 

育田先生はお金なんてものに興味ないはずだ。葛藤の対象となったのは自分の子どもか、学校の児童…どちらを取るのか。

 

大方、学習電波やまともに授業をしない育田先生を見かねた校長が何か言ったんだろう。そしてそこをリブラに狙われた。

 

わかりやすい図式だ。

 

「学習電波…出力最大ッ!!」

 

リブラ・バランスがはかりを揺らした直後、学習電波を流していた機材からスパークが走る。同時に生まれるノイズ。

そもそも学習電波は人体に影響がある可能性が懸念されていた。そのせいもあって、どの学校においても出力を抑えることは当たり前だった。

 

故に…。

 

「ワワワワ!?」

 

「次から次へと頭に直接問題が!?」

 

「576÷6=96 36×9=324 96×324=31,104…あっ」

 

「ゴン太くんーーーーーーー!!」

 

どうやら脳がオーバーフローを起こしているようだ。人体の緊急措置として気絶させることで脳を保護している。だが気絶している間にも学習電波は流れている。

 

当然、気絶したゴン太は永遠と勉強させられる夢を見ているに違いない。

 

なにそれ拷問かな?

 

撃沈したゴン太と叫ぶキザマロを横目に見ながら対処方法を考える。

 

「……」

 

苦しむ俺たちを揺れる瞳で見つめるリブラ・バランス。まだ迷っている。

頭に数式や英文が浮かんでくる気持ち悪さに耐えながらゆっくりと口を開く。

 

思わず数式を口にしそうになる。

 

「育田先生、止めてください」

 

「明星…」

 

『おい』

 

「分かっている…私はもう迷わない」

 

リブラの奴、邪魔しやがってぇぇぇぇッ!!

 

リブラ・バランスは俺たちを一瞥するとゆっくりと教室から出ていった。

 

「ひさかたの〜 ひかりのどけき〜 はるのひに〜 しずこころなく〜 はなのちるらん〜」

 

スバルはスバルで学習電波にやられて呆然としながらブツブツ呟いている。その瞳に光はない。俺が大丈夫なのは常人と比べて生まれつきこういった電波に慣れているから(・・・・・・・)だろう。

 

すでにこの電波にもある程度は耐性ができた。

 

「なんとかしやがれウォーロック!」

 

『わーってるよ!! だが、スバルのやろう完全に意識持っていかれてやがる!』

 

「んなん知るか! 殴ってでも引き戻すくらいの勢いでだな…」

 

『よっしゃぁぁ!!』

 

「え?」

 

『歯食いしばりやがれッ! 左ストレートォォッ!』

 

『バギッ』と言う嫌な音がしたが聞こえてない。断じて俺には聞こえてない。

 

『先に殴れと言ったのはお前だからな』

 

ドヤ顔で罪をなすりつけたウォーロックには後でアイアンクローの刑にしよう。頭からノイズ流し込んでやるから覚悟しとけ。


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