流星のファイナライズ   作:ブラック

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FM編 8 オヒュカス・クイーン
白金ルナ


私はいつだって一人だった。

 

父も母も私なんて見向きもしなかった。そのくせ、英才教育だの、エリートコースを歩めだの言いたい放題。私だって、意思がある。自分で決めたいことだってある。

 

いつもこの気持ちを声にしたくて仕方なかった。

 

「ルナのことだが、またなにかトラブルに巻き込まれたらしいな。この忙しいときに…」

 

「やっぱりあんな公立の小学校に通わせたのが間違いだったのよ。育ちの悪い友達と一緒にいるとルナに悪い影響があるのかもしれないわね…」

 

久しぶりに家に帰って来たと思ったらこれだ。

 

部屋は違うが、それでも二人の会話はしっかりとここまで届いている。

 

本当は聞きたくもない。

 

育ちの悪い?

何も知らないくせに。

 

ゴン太は不器用だけど優しいし、キザマロや明星黒夜に至っては全国模試で上位を取るほど頭がいい。スバルくんなんてパパやママと違って私のことを守るって…あれはノーカンよノーカン。

 

私を守ってくれるのはいつだってロックマン様なんだから。

 

「このままコダマ小学校に通い続けてもおかしな事件に巻き込まれるだけ…か」

 

「ルナの経歴に傷をつけるわけにはいかないわ。早いうちに私立の小学校へ転校させたほうがいいかもしれないわね」

 

転校という言葉に思わず息を呑む。

 

「そうだな。来週の月曜にでも学校に行って転校の話をしよう。全寮制の躾の厳しい小学校がいい。私たちも安心してルナを預けることができる」

 

なにが『安心して預けられる』よ。今まで心配なんてしたことだってないくせに。私の話なんて、意見なんて、聞いたことすらないくせに。

 

「ルナにはエリートコースを歩んでもらわなくてな」

 

「そうね、いい学校に入って一流の企業に就職するのが幸せになるための最短ルートだものね。私は転校先の小学校を探してみるわ」

 

そんなこと、私は望んでいない。

エリートコースだとか、一流の企業だとか、私はなにも望んでいない。

 

「そういえば、今回の催しものなんだが…」

 

そこからはいつものように仕事の話。

 

私の話はそれっきり出てこなかった。

 

私の話がでてきたと思ったらこれなんだもの、嫌になっちゃうわ。

 

「…転校」

 

その言葉が、既にボロボロな私の心に突き刺さった。

 

 

▼ ▼ ▼

 

日曜日。

 

「さて今日はなにをして過ごそうかしら」

 

昨日の話は気が重い。だけど、ここで悩んだところでなにも変わらない。どうせ、あの人たちが勝手に決めてしまうのだから取り合ってところで意味はない。

来週になれば、全寮制の私立小学校に転校することになる。みんなとは当分…もしかしたらずっと会えないかもしれない。

 

ならば、気晴らしにゴン太やキザマロと遊ぶのが良い。

 

ホロリと溢れた涙を拭いてトランサーを操作して通話ボタンを押す。

 

『ふぁ〜。もしもし…委員長? どうしたんだよこんな朝早くから』

 

朝起きることが苦手なゴン太。相変わらずの声に苦笑。

 

私はこんなにも…眠れないほどに悩んでいたというのに。

 

「あなた、今日暇でしょ? キザマロを連れてうちに来なさいよ」

 

『ちょ、今日は無理だよ! 今日は母ちゃんと船上たこ焼きパーティーに行くんだ。ら、来週なんてどうかな…』

 

トランサーを通して聞こえてくるゴン太の声。申し訳なさそうな声をしていても、今の私には浮かれているようにしか聞こえない。

 

だからなのか、無性に腹が立ってくる。

 

「なによ船上たこ焼きパーティーって! もういいわよ、あなたには頼まないわよ! せいぜいたこ焼きを頬張ってなさい!」

 

なによ、船上たこ焼きパーティーって。

 

わざわざ船に乗ってまでたこ焼きを食べるなんてナンセンスじゃない!

海の幸でも食べてなさいよ、バカ!

 

『わかったわ、また来週にしましょ』…こんな言葉が言えたらどれだけ良かったか。もしもこの言葉が言えるなら、こんな状況にはなっていない。

 

私に、来週なんて言葉はない。

 

気を取り直してキザマロに電話をかける。

 

『もしもし…委員長。…え、今日これから委員長の家に? 申し訳ないんですが、今日はこれから身長伸び伸びセミナーに出席しますんで行けないです。ゴン太くんはどうでしょうか?』

 

「わかったわよ!! もう結構よ!! 背が伸びるといいわね!」

 

どうして今日に限ってそんなセミナーに出席する予定が入っているのか。私のことなんて何も知らない。ゴン太やキザマロが悪いわけじゃない。

 

突然、転校をすることに決まった私の家に非がある。

 

悪いのは…。

 

「なによ、どいつもこいつも。非常に癪ではあるけど明星黒夜でも誘ってみようかしら? あ、スバルくんをからかうのもいいわね」

 

思い浮かべたのは私がライバルと認めた飄々とした雰囲気の男の子と最近少し親しくなった元引き篭もりの男の子。

 

しかし彼らは私とブラザーではない。

 

電話番号もわからない。明星黒夜はメッセージを開くのが遅いと育田先生から定評があったりする。こんな日はゴン太のように怠惰を貪っているに違いない。

スバルくんに関して詳しいことは知らないが、あまりアクティブなイメージがない。

 

キザマロのようなガリ勉とまではいかなくとも、家でのんびりとしているに違いない。

直接家へ伺ってみれば断られることはないだろう。

 

近いのは公園の前にある明星黒夜の家。そこからもう少し歩いた場所にスバルくんの家があったはず。

 

髪を整え、服を着替え、外出用の荷物を持って外へ出る。

 

いい天気だ。

本来なら、こんなに憂鬱な気分で外出することなんてないだろう。それもこれも昨日の会話のせい。悩んだところで結果が変わらないのは理解しているものの、納得はいかない。

 

ゆっくりと歩く私の視界に、水色と白のシャツの上から黒いパーカーを羽織った男の子が映る。

 

「あれは…明星黒夜?」

 

間違いない、あの黒いパーカーには見覚えがある。向かっている先は…バス停?

 

「なによ、あいつも予定が入ってるっていうの?」

 

ならば、彼のブラザーであるスバルくんにも予定が入っているのではないか。

 

頭にそんな考えが過ぎる。

 

いや、それは早計だ。

 

もしも明星黒夜とスバルくんが同じ予定が入っているならば、彼らは一緒に出かけるはずだ。毎朝仲良く登校していることはクラスの者ならば誰でも知っている。

一人で向かっていたということは、別に用事があるはず。

 

明星黒夜の家に向かうのはやめて、直接スバルくんの家を目指す。

 

方向的にも違わないので、そんなにロスはないだろう。スバルくんの家には何度か伺ったことがあるし、おばさまとも顔見知り。しかし、いざインターホンを押そうとするとどうにも躊躇ってしまう自分がいた。

 

なぜ…なぜこうも緊張しているの白金ルナ!?

 

べつにやしいことなんてなにもない。いきなり押しかけておばさまとスバルくんに悪い気はするけど、直接来てみないと誘おうにも誘えないわけで!?

 

インターホンを押そうとして腕を引く動作をかれこれ何回やっただろうか。心なしか、通り過ぎる人の目が暖かいような気がする。

 

次こそ、次こそ押して見せるんだから!!

 

「押しちゃえば、待つだけ…押しちゃえば待つだけ…。押しちゃえばまつたけ!!」

 

目を瞑って勢い任せにインターホンを押そうとしたときだった。

 

「松茸??あら、ルナちゃんじゃない」

 

正面から声が聞こえた。

何度か聞いたことのある声だ。

 

「お、おばさま!?」

 

聞かれた!?

盛大に噛んだところまでちゃっかり聞かれた!?

 

恥ずかしさで顔が真っ赤になるのがわかる。きっと今の私は茹でタコのように真っ赤になっているのだろう。

 

熱い。

 

ここまで赤面したことが今までにあっただろうか。

 

「スバルに用事? リビングでゴロゴロしてるから呼んでくるわね」

 

「あ、ちょっ、お、おばさま!?」

 

そんな私にクスリと微笑むおばさま。ママと同じくらいの歳だと思うけれどおばさまはとても若々しく見える。

 

おばさまはそう言って家の中へと消えていった。

 

それから数秒、ドタバタと慌ただしい音が家の中でこだますると眠そうな顔のスバルくんが出てきた。

 

「っ」

 

保護欲を掻き立てられると言うのはこういう気持ちを言うのだろうか。

瞼をこすりながらこちらへ歩いてくるスバルくん。一度大きく欠伸をすると『どうしたの、委員長?』と声をかけてくる。

 

「や、やっぱり怠惰を貪っていたのね。いくら日曜日だからってこんな時間まで寝てたら人間ダメになっちゃうわよ?」

 

まったく、学校で私のことを守るなんて言ったときとは別人みたいだわ。

 

これが、いわゆるギャップというやつなのかしら?

 

「そうかな〜。日曜日だからこそ、寝溜めが必要なんだって黒夜くんが言ってたよ?」

 

あの馬鹿星、余計なことを教え込んでいるとみた。本当に憎たらしいほどに私の邪魔をする男ね。

 

考えてみたら、スバルくんって色々と明星黒夜に染まっているような…。

 

…非常に問題だわ、これは。

 

スバルくんがダメ人間になる前に、なんとかしなくては。

 

「まったく、私が来てあげて正解だったわ」

 

「…そのために家まで来たわけじゃないでしょう?」

 

訝しむ様子のスバルくん。こう見えて彼は時々鋭いときがある。

 

「も、もちろんよ! あなたのためを思ってのことではあるのだけれどね!?」

 

主に明星黒夜に洗脳されないために。

 

「それで、どうしたの?」

 

「あなたその様子からして、き、今日は暇なんじゃないかしら?」

 

「うん、まあ予定はないけど…」

 

「な、なら私に付き合いなさい!!」

 

「え、えぇ〜」

 

▼ ▼ ▼

 

 

「もう、本当に電話して正解だったよ〜」

 

忠犬バチ公の前で俺を見たミソラちゃんが最初に言った言葉がそれだった。

 

「いや、思わず二度寝するところだったね」

 

日曜日。

そう、世の中日曜日だ。

 

日曜日といえば、世の中のサラリーマン…社会人が怠惰を貪る休日と決まっている。

 

え、家族サービス?

大人じゃないのでわかりません。

 

スバルにも『日曜日は寝溜めする日だ』と教え込んでいたあたり、二度寝しかけた。

 

二度寝する寸前でミソラちゃんから電話がかかってきたおかげでこうして遅刻せずに間に合ったわけだ。

 

ほんと、電話ってすごいね。

 

向かう先は103デパート。今日は映画館ではなくショッピングを楽しむ予定になっている。未だに電波ザムライのPVが流れているが、あれはすごい映画だった…。

 

「それにしても、黒夜くんってこう…き、緊張したりしないんだね」

 

「ん? 緊張? なんでさ?」

 

「う、ううん。男の子っぽいな〜って」

 

「どうも男です」

 

「……」

 

「はい、ごめんなさい。すいませんでした。白い眼向ないでください」

 

小っ恥ずかしかったからギャグを入れてみたけど、素直に褒め言葉として受け取っていいのだろうかこれは。

確かにそこまで厳つい顔ではないけれど、中性っぽいわけでもないぞ。

 

それにしても今更ながら文明の進化とは凄いものだと感じさせられる。

 

マテリアルウェーブがまだ完全に完成していないことは時代の流れ…もとい、原作知識で知っていた。

 

ここはヤシブタウン。電波社会の最先端を行く街だ。

 

故に、試作品があった。

 

試しに座って見たが、これがまた中々に気持ちいい。座った途端は沈むのだが、直後ふわりと浮き上がるのだ。

 

これにシートベルトがついて高度があったらフリーフォールみたいになりそうだ。

 

目の前にある浮いているイスと同じく浮いているテーブルを見て前世の世界も後にこうなるのだろうかと考えさせられる。

 

「見て見て、素敵な服っ!! 私も大人になったらこんなの着たいなぁ…」

 

現在進行形でナイスファッションな小学生が一体何を言ってるのか。

ミソラちゃんの目に止まったのはピンク色のドレス。マネキンの首元には淡いピンク色のネックレスがかけられている。

 

大人になったミソラちゃんがこれを着ていると想像すると…破壊力は十分だ。

 

「…やっぱピンクだよなぁ…」

 

「ん?」

 

なんど想像しても、ミソラちゃんにはピンクが似合う。黄色は明るくて活発なイメージがあるけど、ミソラちゃんはピンクが良い。

 

あれ、これ願望?

 

「あ、見て見てこれなんてどうかなっ!」

 

歳相応にはしゃぐミソラちゃんを見て思わず笑みがこぼれる。あれからしばらく経ったが、こうして笑えている。

 

それが何よりも嬉しかった。

 

「さて、少しバトルカードショップに寄りたいんだけどいいかな?」

 

「あ、あのときの? そういえば、今思えば黒夜くんってあそこで働い…あれ、それいいの?」

 

「まあ、色々あったんだ。親の許可も出てたしね」

 

働いていたわけではないが、側から見たらそう見えるよね。初めてミソラちゃんの声を聞いた場所を通り抜け、エレベーターに乗った階を上がる。

 

エレベーターを降りてまっすぐにバトルカードショップを目指す。

 

『ね、ねぇ、何を見に来たの?』

 

『…あなた、ウィンドウショッピングも知らないの?』

 

「ん?」

 

ふと、右側のお店から見知った顔を見つけた。

 

あれはスバルと…ルナ?

 

なんとも面白い組み合わせで出かけているものだ。しかも、キザマロとゴン太の姿が見当たらない。

 

こちらに背を向けているルナは俺たちに気づいていないものの、スバルからは俺とミソラちゃんの姿がバッチリ見えている。

 

軽く手を挙げてそのまま通り過ぎる。

 

無論、ルナにミソラちゃんのことがバレないようにだ。

 

なんだかめんどくさいことになりそうだから。ルナのことだ。絶対敵対心をもつに決まってる。

 

スバルは驚いたようだが、俺とミソラちゃんを見て軽く微笑む。

 

『ちょっと、あなた人が教えてあげてるのに余所見とはいい度胸ね…!』

 

スバル、強く生きるんだぞ。


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