流星のファイナライズ 作:ブラック
息抜き、大事。
「く、黒夜くんじゃないか!? 何年ぶりだい!?」
久しぶりに会った最初の一言はボケボケだった。
「お久しぶりなことには変わりないですけど年単位じゃないですよ、田中さん」
「はっはっは、違いない。それにしても本当に久しぶりだね。最近はめっきり来なくなったからバトルカードに興味がなくなったのではないかと気が気じゃなかったよ」
豪快に笑う田中さんを見て俺は考える。
言えない…と。
『流星サーバさんからキチガイカードが無料で提供されるんで買うことないんです』とか言えない。まして、『ウィルスデータからドロップするんで…』なんて口が裂けても言えないのだ。
それにしても『店に興味がなくなった』のではなくて『バトルカードに興味がなくなった』心配する田中さんは相変わらずだ。ミソラちゃんを匿ったときといい、この人柄の良さも繁盛の理由の一端なのだろう。
一通り笑い終えた田中さんは俺から視線を外し、隣に立っていたミソラちゃんに視線を向ける。何か思い出すように唸っていたが、やがて思い出したように手を叩く。
「そうだそうだ思い出した。
「あの時は本当にお世話になりました」
ペコリとお辞儀をするミソラちゃんに暖かく微笑む。
「それにしても君達随分と親しいようだね。…え、黒夜くん、え??」
「その反応は見飽きたんでもういいです」
主に我が母で。
「や、やるな黒夜くん。ほんとにあの君が…予想外にも程がある…まさかスキャンダルとは」
そこから先はたわいもない話で盛り上がったりしたのだが、仕事中だったこともあって短い時間で区切りをつけた。何か手伝うことはないか尋ねたものの、『女性をエスコートする男にやらせるわけにはいかん』と断固拒否されてしまった。
まだやることがたくさんあることがわかったので今度は正式に手伝いに来ようと思う。
▼ ▼ ▼
「うぃんどうしょっぴんぐ?」
棒読みで私の言った言葉を繰り返すスバルくんに片手で頭を抑える。
引き篭もりだったことを忘れていたわけではないけれど、いざ目の前にするとなんとも言えなくなる。
ズバリ、流行から遅れてるのよ!!
「本当に知らないらしいわね。まったく、これが引き篭もりの弊害ね…」
「悪かったね」
拗ねるような態度をとるスバルくんを見て口元を緩める。保護欲をそそられるというか、もっと意地悪したくなるというか。
とても妙な気持ち。
今朝の暗い気持ちが嘘のような…。
そこまで来て今朝のことを思い出し、また気持ちが悪くなる。
考えるのはやめましょう。なんだったら今日はスバルくんで楽しみましょうか。
「委員長?」
「ッ!? なんでもないわ。いいこと、今日はあなたに最新の流行というものを教えてあげるわ!」
「お、おぉぉぉぉ!」
そんなとき、突然として私たちの真上からアナウンスが流れ始める。
『みなさまにお知らせいたします。ただ今、当店屋上にて、亜熱帯のジャングル展を開催しております』
聞いたことがある内容だ。
これはなんだったか…。
『ジャングルに生息するヘビがご覧いただけます。みなさまお誘い合わせのうえ、当店屋上のイベント会場にお越しくださいませ』
そうだ、確かパパとママが中心になって取り仕切っているイベントだったはず。
これはまずい。
非常にまずいわ。
こんなところをパパとママに見つかったら、何を言われるかわかったものじゃない。
「ジャングル展だって!! ちょっと面白そうじゃない? 行ってみようよ!」
遠くから聞こえる女の子の声。とても無邪気に誰かを誘っているようだ。
誰を誘っているのか知らないけれど、私としてもおすすめしたくはない。なにせ中心となって取り仕切っているのは私のパパとママ。娘一人満足に世話できない大人が主催なのだ。
心の中で薄黒い何かが増していく。
今日は気持ちを紛らすために来たのに、こんなところでもあの人たちは私を縛るといいの?
「いやいや、ジャングルだよ? 暑いよ? 亜熱帯なんだよ? 溶けちゃうんだけど?」
不意に聞こえた声に思わず振り返る。
聞いたことがある声だった。
この気怠げな声…聞き間違うはずがない。
それは忌々しく、同時にライバルとして認めた男の声。
「いいでしょ? ね?」
今朝バス停の方向に走って行った黒いパーカーを着た明星黒夜が響ミソラに手を引かれて通り去っていく姿だった。
▼ ▼ ▼
やって着ました、ジャングル展!!
気候はまさに亜熱帯!通りかかったときにお婆ちゃんがぼそりと口にしたように、むせかえる湿気と暑さに包まれている。
溶ける溶けると思っていたが、実際のところ気温は20度。湿度は30%なのでなんとか耐えられる。
「あっつい…」
それでも暑いのには変わりない。
「ほんとだねー! これがジャングル!」
ええい、なぜテンションがそうも高いのか!?
『ブラック・イグ・パイソン。真っ黒な身体をしており闇に隠れて獲物を襲うとても強い神経毒を持っている…』
いく先々にこれに似たようなプラカードが設置されており、これを見ながら鑑賞するような仕様になっている。まあ、別にこれは良い。なんていうかよくあるやつだ。
『…見つけられたかな?』
だが、最後の一言、貴様は許さん。
これはあれか?ウォー○ーを探せなのか?
闇に隠れて獲物を襲う蛇なのになぜこうも真っ暗な場所に設置したのか。
蛇の姿さえ、見つけることができない。
「あ、いた!」
「うっそぉ!?」
なぜ毒ヘビがいるにも関わらずバリケードやら強化ガラスなどで限らなかったのか。疑問である。
『アルビノツリーボア。記録によれば人を飲み込んだことがあるとされるヘビ。獰猛な性格をしており、とても攻撃的である』
『インドラスネーク。特殊な神経毒を持つヘビ。噛まれると雷で撃たれたような痺れに襲われる。雷神であるインドラから名前がついた』
『ヘビはみんな獰猛で危険ですので、触ったり餌をあげたりしないでください』
いやちゃんと遮ってよ…。
「これだけたくさんいると流石の私もちょっと怖いな…」
「その前に俺はここの安全性を責任者に問いただしたい」
「あはは、黒夜くんらしいね〜」
あたかも有り得ないとでも言うように笑うミソラちゃん。そうなったらここにはスバルもいるし、呼びつけて文字通り氷付けにしてもらおう。
▼ ▼ ▼
「ねぇ、辞めようよ…黒夜くんたちに悪いって」
スバルくんが私を引っ張るが、御構い無しに2人の跡をつけていく。
きっとゴンタやキザマロが一緒にいたらもっとややこしいことになっていたに違いない。
その点、感謝してほしいぐらいだわ。
『この近くにカフェがね…』
『それは興味深い。亜熱帯とかより心底興味深い。出よう。今出よう。すぐ出よう。フラペチーノが…』
「しっ! これは大スキャンダルなのよ!? あの響ミソラが、よりにもよってバカ星となんて…こっちに来る!?」
そうして後ろに下がったときだった。
明星黒夜と響ミソラの2人組ではない、別の2人組が、こちらへ近寄ってきていた。
とても、嫌な顔だ。
この顔に何度として屈してきただろう。
何度歯向かおうとしただろう。
「ここで何をしている」
咎めるような顔で私を見下ろすパパ。
「あの…そ、その…」
「どうしたの? はっきりおっしゃい? この子は誰?」
鋭い口調で逃げ道を塞ぐママ。
「えっと、こんにちは、星河スバルです。委員長…白金さんのクラスメイトです」
「クラスメイト? ああ、ルナの学校のか。失礼だが、ルナは転校することが決まってな。悪いが、もうルナとは関わらないでくれ」
スバルくんは何も悪くないのに、汚いゴミを払うようにパパはスバルくんに言う。
「て、転校!?」
驚くスバルくんに心がチクリと痛む。
…今日はこれっぽっちもそんなことを伝えるつもりはなかった。
何もかもが空回り。
「コダマ小学校でルナは多くの事件に巻き込まれてきたわ。それを踏まえての
そう。
そこに私の意思はない。
全てこの人たちが勝手に決めたこと。
「お、スバルとルナじゃん」
「やっほースバルくん。さっきぶり!」
そこへ2人が来るのは当たり前だった。
2人にとっては帰り道の経路。ここで止まっていれば、嫌でも目につく。
「ミソラちゃんに黒夜くん!」
「明星黒夜…」
「この子たちもルナのクラスメイトか? ふん、小学生の癖に大人気取りでデートかね? 関心できんな…大人の真似事をする暇があるのならより優秀な大人になるためにもっと勉強するべきだと思うがね」
偶々居合わせただけの2人にそこまで言う必要がどこにあるのか。パパは2人を睨みつける。
だが、それでもあいつは怯みもしなかった。憐れむような瞳でパパを見て、口を開く。
「優秀な大人ですか」
「そうだ。君たちにはまだ早いと言っているんだ」
「わからなくもありませんね。子どもは子どもらしく公園で遊んでいるのも大事なことだと思います」
納得したように頷く明星黒夜。だが、その瞳は冷たい。決して納得した人間が浮かべるものではなかった。
「ですが、娘さんをほったらかしにして人形扱いするのが優秀な大人なのだとしたら自分は凡人で十分です」
「なに?」
人形という言葉に思わず息を呑む。
言い当てたのだ。
この家での私の在り方を。
「自身で自覚もしていないのなら、相当ですね…」
なんなのよ…なんなのよこいつ。
そうやっていつも私ができないことをやって。
ただの一つも文句が言えない私がバカみたいじゃない。
明星黒夜に習うかのように、スバルくんが私の前に出てパパと視線を合わせる。
「黒夜くんの言ってることはわかりません。だけど、子どもが両親の作った物を見にきてはいけないんですか? 委員長、ここに来るまで…」
「ふん、言い訳は結構!」
だけどパパの耳には届かない。
「こんな子たちが周りにいたのでは、ルナに悪い影響が出てしまうわ。私たちの決定は間違っていなかったかしら」
「ルナの輝かしい将来に傷をつけるわけにはいかん」
私の気持ちなど知りもしない癖に。
「何も知らない癖に…」
「駄々をこねるなルナ。お前はパパとママの言うことを聞いていればいいんだ」
明星黒夜の言う通りね、私…人形だわ。
嫌だ。
私は人形じゃない。
白金ルナっていうパパとママの娘なの。
嫌いだ。
「いや、人形なんかじゃない!! 私は私なの!!」
パパとママを押しのけて走る。
何もわかってくれない人たちなんて、嫌いだ!
走って走って、走り続けてどれくらい経っただろう。脇目もふらずに走り続けて、たどり着いた場所は屋上の隅だった。
「パパもママも嫌い」
いつからああなってしまったんだろう。
最初から?
私は最初からあの人たちの人形だった?
『両親の前では良く出来た娘を演じ、友達の前では虚勢を張る』
声が聞こえる。女性の声。
とうとう頭までおかしくなったのかしら。でも、もうそれでもいいかもしれない。
『本当のあなたはどこにいるのかしらね。それとも、本当は人形だった?』
私の目の前に姿を現したのは幽霊。
ところどころから紫色の焔を揺らめかせた幽霊が、私へ向かって腕を伸ばし、優しく包む。
『私はオヒュカス。お前をしがらみから解き放つための力を貸してあげるわ…』
「力?」
心の奥底で何かが叫んだ気がした。
それはダメだと。私はこの幽霊に似た存在を知っているはずだと。
『…私以外のFM星人にあったことがあるようだな。ならわかるだろう? あの力があれば、お前は両親を説得することができる』
「…説得? 転校しなくてすむ…?」
『そうだとも。見せてやるのさ、お前の意思を。人形ではない、白金ルナとしての明確な意思表示をしてやるんだ。さぁ、この手を握れ」
「私は…」
「ダメだ! 委員長!!」
遠くから聞こえる声。
スバルくん?
あぁ、でももう遅いの。この幽霊の言うことはあまりに甘い。
「そいつは委員長を利用しようとしているだけだ!」
「うるさい!!! もう、私は人形なんかじゃ!!」
そうして私は幽霊を受け入れた。