流星のファイナライズ 作:ブラック
分別ロボットの機能を停止させ、外へ出た俺たちを待っているものは…とくに何もなかった。ジェミニの行方はさっぱり。ツカサはこの近くにいるだろうけどね。
これはまた違う案件だけど、ミソラちゃんが電波変換して鬼の形相で迫り来ると思っていた。
実際、そんなことなかったらしい。
「そっか、ミソラちゃんからだったんだ。連絡する手間が省けてよかったかな」
こんなことを言うスバルにはお仕置きが必要なようだ。
あとでゆっくりねっちょり考えておこう。
「おーーい!!」
そんなときに聞こえた声。遠くから手を振りながら走って来るその声の主は予想した通りの人物。どこに隠れていたのやら、息を切らした様子のツカサ。
「大丈夫だった!? まさか分別ロボットが暴走するなんて…」
「うん、びっくりしたけど大丈夫だったよ。ツカサくんこそ大丈夫だった?」
「僕は先にここから出て行ったからね。実際には分別ロボットは見てないんだ」
ツカサの言いたいことはつまり、あとで誰かから聞いた…ということだろう。
ジェミニは手傷を負ってるわけだし、今ここで何かするつもりはないだろう。このあとにヒカルが何かするだろうが、それは俺が釘を刺しておけばいいことだ。
こちらの力もある程度見せつけた。
行動は計画的に、慎重になるに違いない。
ツカサも今度は先に行くようなこともなく、足並みを揃えてバス停へ向かう。話す内容は学校のことばかり。宿題がどうとか先生がどうとか。
スバルは別段、ツカサに対して警戒心を抱いていないようだ。
今はこれでいい。最初からいろいろバラしてしまっていたなら、こうはならなかっただろう。
尚も相槌を打ちながら、2人を観察する。
「ねえ、ツカサくん」
「なんだい?」
スバルの声音がだいぶ下がる。それだけで、明るい話題から別の話題にしようとしているのが感じられる。それを感じたからだろう。ツカサも少し間をおいてゆっくりと、いつも通りに返事を返した。
「ツカサくんの話を聞いてからずっと考えてたんだけど…ぼ、僕とブラザーにならない?」
「ぶ、ブラザー!?」
「僕たちは境遇が似てるし、きっと分かり合えると思うんだ。過去の悲しみも今のことも…」
「…ありがとう、スバルくん。うれしい、うれしいよ。でも、僕は今まで誰ともブラザーなんて結んだことはなかったんだ。だからこそ、考えさせてほしい」
それだけではない。
ヒカルのことも、ジェミニのこともある。
「それに、僕には捨て子のことだけじゃないんだ。もっと大事な秘密もあるんだ」
「大事な秘密?」
「その秘密は僕にとってとても深刻なことで、ブラザーになるためには君に教えなくちゃいけない。でも、僕は怖い。君や黒夜くんに嫌われてしまうことが、とてつもなく怖い」
「ツカサくん…」
ダメだ。
こんな話を
だが、真にツカサとブラザーと呼べる関係を2人が結ぶならば、そんな情報は邪魔だ。本人から聞いた方がいいに決まってる。第三者…IFの世界とはいえ、結末すらも知っている邪魔者は不要だ。
気がつけばもうバス停は目の前。バスもすでに停車しているようで、ツカサはそのバスへと乗り込んで行く。俺とスバルの乗るバスとは方向が違う。
今日はここでお別れらしい。
バスのステップに登ったツカサが不意にこちらを振り返る。
「もちろん、2人を信用していないわけじゃないんだ。捨て子のことを話せるくらいだもん。ただ、まだ勇気がでない。1日だけ時間をくれないかな」
笑っていた。だが、その笑みは嬉しさとなにかの間で葛藤しているような、儚くも見える笑みだった。
▼ ▼ ▼
そう…僕には秘密がある。
誰にも話せない秘密。話そうとすら思わなかった秘密。だけどなぜか、彼らになら話してもいいと思える自分がいる。
スバルくんは素直で優しい。きっと僕が秘密を曝け出したって受けいれてくれるだろう。
黒夜くんはつかみどころのない人柄だ。なんというか、いつも飄々としている。優等生かと思いきや、授業をサボったり宿題を忘れたりする。そんな彼だからこそ、僕の秘密を知ったところで『だから?』と返してきそうだ。
捨て子だったと告白しても驚かなかった。
きっと受けいれてくれるだろう。
「でも、本当に?」
もしも受け入れてもらえなかったら。その『もしも』を想像してしまうのが怖い。現実になってしまうのが怖い。
『受け入れられるわけねえよ』
ああ、いつもの声だ。
「わからないじゃないか」
『いいや、俺にはわかるね』
君に彼らの何がわかるっていうんだ。
「おい、ここは立ち入り禁止だぞ!!」
突然大きな手が僕の肩を強引に引っ張る。
白く特徴的なマークが肩についた作業服。ここで働いている人だろう。
「まったく、近ごろはルールの守れないガキが多過ぎないか? 親の顔が見てみたいよ、まったく。ほら、帰った帰った」
その言葉に、僕の何かが切れた。
「親? 親だって?」
「どうせまともな教育を受けてないんだろ?」
そうさ。
教育なんてもの、受けてこなかった。
いなかった。
僕には誰もいなかった。
「その親ってやつが、いなかったもんでねぇ!!!」
まずは鳩尾に一発。
体格が違えど、人体ってのは狙えば確実にボロが出る。
蹲った男の顔面に膝蹴り。
「言いたい放題言いやがって。テメェでテメェを守れない雑魚のくせによ」
這いつくばった男の頭を足で踏みつけ、嘲笑う。
だが、全身の毛が逆立つような感覚に後ずさる。
「そこまでにしとけ、ヒカル」
「ッ!?」
知っている声だ。いや、
明星黒夜。
時折現れる謎の電波体の正体。ノイズと呼ばれる異常な力の持ち主。さすがにそこまでのことをツカサは知らないが、俺は知っている。
「あー、こりゃまた随分とボッコボッコにしたご様子で…」
「ケッ、正義の味方のつもりか?」
記憶通り、真面目でありながらも軽いノリで奴は男の頬を細い木の枝でペチペチと叩き、気絶していることを確認している。
「まあ、お前もあいつだからな。その顔で暴力のオンパレードだとツカサに罪がいくわけだからな」
「…テメェ、どうして」
「知っている。ただそれだけだ。お前がジェミニ先輩と繋がって俺のことをよく知っているように、俺もお前らのことをよく知っているとも」
知られている。
いや、話すことなど何もないはず。
どこかで見られたとしか考えようがねえか。
「ツカサを出せ」
舌打ちをして意識をツカサへ譲るべく。目を閉じる。幸いここでことを構えるつもりは奴にはないようだ。その証拠に電波変換すらしない。
それに、ツカサがこいつと縁を切るためには秘密を知られたと絶望させる方が良い。
「…はっ」
あれ、何してたんだっけ。膝と指が痛いな。
立ったまま寝ていた?
そんなに疲れることしたっけ?
「ツカサだな」
不意にかけられた声に顔をあげる。
「黒夜くん…ッ!!」
そこにいたのは、とっくに帰ったはずの黒夜くん。
その足元には、気絶した男の姿。
見覚えがある。
そうだ、僕はこの人に怒られたんだった。
それでそのあと…そのあと?
「あ、あ、あぁ…またやったのか」
「俺が来たときにはそりゃもうボッコボコだった」
「これは、ち、違うんだ」
知られた。
知られてしまった。
よりにもよって現場を見られてしまった。
『ちがくねぇ。これはお前の身体がやったんだ』
頭の中に響く声。
この現場を作った、暴力を振るった張本人。
「そうだけど!?」
『お前が俺に主導権を渡したんだろうが』
「そんなことしてない!?」
黒夜くんには独り言を呟いてるようにしか見えない。
あぁ、知られてしまった。
「よく聞けツカサ」
頭を抑えていた腕が強引に掴まれる。
「ッ」
息を呑む。
どんな言葉を言われるだろうか。まずは警察かな。怒られるどころか、もうこれから関わってもくれないかもしれない。
そうさ、僕はとんでもなく狂った…。
怖い。
黒夜くんに嫌われるのが…黒夜くんを通じてスバルくんに嫌われるのが。
ようやく見つけた弱く細い繋がりが、切れてしまうのが。
「それでも、ツカサはツカサだ。だけどヒカルも
「…」
「あとは、自分がどうしたいのか。お前の勇気次第だ」
黒夜くんは一言だけ、そういうと男を担いで消えた。
「ッ!?」
『チッ。気に食わねえ野郎だ。ウェーブホールなんて必要なしってか』
受け入れてくれた?
本当に?
『惑わされんなツカサ。所詮ただの言葉だ。お前が勇気を出したところで俺たちが受け入れられるはずねえんだ』
でも、それでも。
もしも本当に黒夜くんが受け入れてくれたのなら。
『忘れたとは言わせねえぞ。俺たちにとって、絆って言葉がどれほど憎いものなのか』
「忘れてない。もちろん、忘れてないよ。それでも、もしも2人が受け入れてくれるのなら…。本当に僕の勇気だけが足りないのなら…」
『…いいだろう。好きにすればいい』
「ありがとう、ヒカル」
勇気を…出してみよう。
▼ ▼ ▼
これでいい。
ヒカルの暴行こそ間に合わなかったが、結果としてツカサの背中を押すことができた。あとは企てられたヒカルの計画を頓挫させ、ジェミニをどうにかするだけだ。
気絶した作業員のおじさんはゴミ処理施設の作業室の隅…いかにもサボってそうな場所に処置を全て済ませておいてきた。
どこか痛いだろうが、目立った外傷もないしちょっと無理があるけど夢オチで決まりさ。
『いや、やっぱちょっと無理か』内心で何度も頷いて遠くの空に視線をむける。
…なんか、影の立役者になった気分だ。
まあ、これでスバルとツカサが無事にブラザーを結んでくれるのならこれほど嬉しいことない。
さぁ、あとはひっそりと病室に入り込むだけだ。
いや、むしろこっちの方が難しい。
最難関ミッションと言えるだろう。
巨大な病院の中をひっそりと移動し、何食わぬ顔でエレベーターに乗り、地下の病室へと入り込もう。
そう、問題は電波が遮断されているため、電波変換して忍び込めないことだ。
ここはしっかりとウェーブロードで対策を練ってからだな…。
「みーつけた」
「……」
背中を駆け巡るゾワリとした感覚。
聞き慣れた声。
肩に置かれた手。
ゆっくりと振り返…。
「ってやだーミソラちゃんじゃないですかー。なんだオバケかと思ったよ」
その言葉に目の前の女の子の血管に青筋が立った…ような気がした。むしろ、切れたかもしれない。
擬音で表すなら、『ブチッ』という音が実によく合うだろう。
「くーろーやーくーん? 今日という今日は許さないんだからね」
にっこりスマイルを浮かべている。どうやら怒り心頭らしい。
まずは頭を冷やすことが第一。
無言で冷却プログラムを起動させ、ミソラちゃん…ハープ・ノートの頭へと使用する。
『謝るつもりが煽ってしまった』と内心で反省したのも束の間。いつの間にか攻撃体制のハープ&ミソラちゃんの前にノイズシールドを展開。
「それじゃ!」
そして逃げる。
無論、攻撃だけ防いでノイズは全て回収。
「逃さないよーーー!!!」
しばらくとあるウェーブロードで音符とノイズが飛び交い、サテラポリスが随分慌ただしかったらしい。
だが、なぜか事件は起きていないそうな。