流星のファイナライズ 作:ブラック
「〜〜♪」
響ミソラの朝は早い。
朝起きて、ハミングをしながら朝食を作る。目玉焼きに一切れのパンにコーンのスープ。どこの家庭にもありそうな朝食をほうばり、軽く家事を行う。
それからボイストレーニングをし、展望台に向かう。
昼には、日課となっているランニングを行うのだ。
『あの青いの…』
空を飛ぶ青い電波体の姿をハープが見かけたこの時から、響ミソラの今日の日課が大きく変わることとなる。
ミソラは急に思った。
どうしてそう思ったのか、わからない。だが、確かにミソラは感じたのだ。
「む、私、除け者にされてる予感!!」
◆ ◆ ◆
眼前の3つの巨大な影。
その姿を見つめ、俺は内心で安堵する。
『星河スバルよ。案ずるな。すでにヤシブタウンの件は我らが制圧した』
いかにも自分が首謀者とでも言いそうな勢いのペガサスにツッコミを入れたくなる。
正しくは解決である。
断じて制圧ではない。
言い方!?
言い方を考えて!?
『この星にかつてない危機が迫っている。立ち向かう事ができるのは、星河スバルとウォーロック。そして明星黒夜だけだ』
「危機? それって」
スバルに発言することを許さない三賢者の目が強く光る。
スバルに喋らせたくないわけではない。おそらく、ここにとどまっていられるだけの余裕がないのだろう。
『星河スバルにこれを授けよう』
空から2枚のバトルカードがスバルの元へと降ってくる。
この世界にメガクラスカードの存在はない。
故に、渡されたのはゲームで言う
アトミックブレイザーとエレメンタルサイクロン。スバルは既にマジシャンズフリーズは持っているので、これで3枚揃ったことになる。
『これで、お前は我ら三賢者全ての変身が行えるようになるであろう』
ただそれだけを告げて、三賢者の影は消えていった。
『後はわかっているな』とでも言いたいのか、三賢者はゲームのように長々と話をすることはなかった。
つまり、スバルくんは相手に合わせて3種類の変身が可能になったということ。
いや、それとも『俺は、後2回変身を残している』とでもいうのか!?
星河スバルは化け物か!?
「そうだ! ロック…ウォーロックはどこに行ったの!? 知っているんでしょ、黒夜くん!」
ウォーロックと事前に話をつけておいた内容は今日起こる
宇宙ステーションきずなから電波を受信し、研究所に異常ゼット波が襲い、五陽田さんがこれを無力化する。ここまでの流れを昨日伝えた。
要は、ウォーロックに退避してほしいと頼んだ。
もっと言うならば、『同じ場所にいるとウォーロックの姿がみんなにバレて要らぬ疑いがかかるので、天地研究所のバス停辺りまで離れて待っててよ』と、俺はそういった。
ウォーロックは胡散臭そうに話を聞いていたが、従ってくれた。
ウォーロックはきっと、俺の言ったシナリオが『出来すぎている』と思ったのだろう。
「そりゃそうだ。ああ、そうさ。このシナリオは、俺が作ったものじゃない」
結局、この世界は流星のロックマンという大まかなシナリオに沿って進んでいるのだ。
俺がどう勝手しようと、なんだかんだ事件は起こる。
起きてしまう。
少し違うのは、ウォーロックが家出しなかったり、スバルがツカサと喧嘩別れしなかったこと。
「…黒夜くん?」
縋るような目で俺を見つめるスバルの肩を軽く叩く。
「大丈夫だ。ウォーロックにはすぐに戻ってくるように伝えている」
「君は僕に…いや、ミソラちゃんにも、みんなに何かを隠してる」
真っ直ぐに俺の瞳を射るように見つめるスバル。出会った頃からは考えられない真っ直ぐな瞳。
スバルは大きく成長した。
スバルが口を開こうとした時、俺の視界に青い何かがこちらに向かってくるのが見えた。
十中八九、ウォーロックだろう。だが、様子がおかしい。あの動きはこちらへ向かって移動しているようには見えなかった。
文字通り、
そんなことはどうだっていい。
今はとにかく避ける他ない。
「スバルッ!!」
「え? えぶっ!?」
気づいていないスバルの回避は間に合わない。ラリアットの要領でスバルを倒すようにして横飛びする。
直後、天地研究所の屋上に轟音とともに小さなクレーターが出来上がった。
煙を上げながら立ち上がる青い電波体。
ウォーロックだ。
だが、その姿は見るに耐えない。
青い身体に幾多もの傷が入り、まさに満身創痍なウォーロックがそこにいた。
そして俺を見ると、焦った顔で口を開く。
『すまねえッ、取られちまったッ』
時が、止まった。
ウォーロックの言葉の意味することはたった一つ。
それすなわち、アンドロメダの鍵がFM星人たちの手に渡ったということである。
「まじ?」
『マジ』
「冗談じゃなくて?」
『それと、ハープの野郎が…』
続きを聞いた時、俺の中で何かが切れた気がした。
◆ ◆ ◆
『ふん、バカな奴だぜ。FM王から新たに命を与えられた俺たちに、電波変換せずに単身で挑んでくるとは』
『しかもだ。裏切り者のハープをも連れてきてくれるとはな。まさに鴨が葱をしょって来たようなものだ!』
『しかし、ウォーロックはどうする? 奴も裏切り者の1人。処刑せぬわけにもいくまい』
『ほうっておけ。あの身体では所詮逃げるくらいしかできん。アンドロメダの鍵は既に我らの手の中にあるのだからな』
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
動かない身体に喝を入れようにも、力が入らない。はじまりは、ランニングでハープがウォーロックくんを発見したことだった。次に、黒夜くんのお母さんに連絡を入れて、スバルくんと2人で天地研究所に呼び出されたことを聞いた。
その時、なんとなく私のレーダーが反応した。
『私、また除け者にされてる!』と。
別に、遊びに誘ってもらえなかったとか、そういうことじゃない。私には、またFM星人関係に手を出しているという確信めいた予感があった。
だからこそ、電波変換をしてハープ・ノートとなり、ウォーロックくんから話を聞くべく追いかけて行った。
確かに、奇妙だとは思った。
どうしてウォーロックくんが1人だけで行動しているのか。何よりも疑問だったのが、『手傷を負っている』と言っていたことだ。
しばらくの間、探し続けてようやく見つけた頃にはウォーロックくんの身体はボロボロだった。その場にいたのは、牛の電波体、白鳥の電波体、2つの顔を持った電波体、天秤の電波体、そしてルナちゃんに取り憑いたオヒュカス。
おそらく、どの電波体もFM星人なんだろう。そして、その予感は的中し、私たちの戦いが開戦した。
結果はこの通り、惨敗だ。
1人でこれだけの電波体を相手にするのは無理があった。
ウォーロックくんの身体の中から鍵の形の何かが抜きとられ、空高く飛んで行った。あれがなんなのか、私にはわからない。けれど、間違いなく良くないものだということはわかった。
隙をついてウォーロックくんを逃がすのは簡単なことだった。
FM星人たちはどこか浮かれた様子で、倒れた私たちにはまるで無関心だったのだ。だから、最後の力を振り絞って、ウォーロックくんを逃した。
私に残された力は、もうない。
電波変換は既に解けた。
響ミソラという生身の人間が倒れているだけ。
ウォーロックくんが逃げたからどれくらい経っただろうか。
『まずはこの女だ。ウォーロックなど、その後にしたところでどうとでもなる』
『その女は私にやらせてもらおう。個人的に怨みもあるのでな』
半分も開いていない瞼で近づいてくる電波体を睨めつける。蛇遣い座のFM星人オヒュカス。
何匹もの電波体のヘビを引き連れて、私の目の前に立つ。
個人的な怨みというのは、ヤシブタウンでのことに違いない。
一方的にやられるのはわかってる。それでも、私は精一杯オヒュカスを睨め付ける。
それこそが私にできる唯一の抵抗なのだから。
毒ヘビに黒い靄がかかって見える。もう、睨め付ける力も残っていないらしい。
毒ヘビだけじゃない。
視界のあらゆるところで靄がかかったように黒く塗りつぶされいる。
瞳を閉じる。
しかし、いつになっても身体に痛みが走ることはなかった。
◆ ◆ ◆
『バカな!? なぜ貴様がここにいる!』
『まさか、ウォーロックか!』
抱えたミソラちゃんの脈を確認しながら、安堵と怒りの情のが渦巻く。あと一歩遅かったらそう思わずにはいられなかった。
だが、結果として間に合った。間に合うことができた。
あと一歩早ければと、後悔することにはならなかった。
拳を強く握りしめて、背部のノイズドウィングバーニアの出力を上げる。
「お前ら、もう一度死ぬ覚悟はできているんだろうな」
「…黒夜くん?」
ゆっくりと目を開けたミソラちゃん。瞳は半分ほどしか開いていない。毒ヘビに噛まれた後は見られないから問題はないのだろう。
どうやら、力を使い果たしたらしい。
ハープに至っては、反応もない。
「ごめんな、ミソラちゃん。遅くなった」
「…そっか。やっぱり、来てくれた…うん、安心した」
小さく微笑んで意識を手放したミソラちゃんを見て、下唇を噛みしめる。
ゆっくりとミソラちゃんを地面に寝かせ、ミソラちゃんの前に立つ。
紅黒く輝くノイズの本流が翼状に放出されるのと同時に、世界をノイズが侵食していく。ノイズの侵食は、電波体にとって害悪でしかない。
確かに、少量ならば狂化することもある。
だが、一定量を超えた途端、狂化は消え、身体の異常のみが残り、身体が崩壊を始める。要は手持ちの要領を全てノイズに食われればおしまいなのだ。
毒ヘビたちはノイズに呑まれてバグと化し、自壊し、FM星人たちは皆揃って地面に倒れ臥す。ジェミニがこの場から周波数を変えて逃げようと試みているのがわかる。ジェミニだけではない。ここにいる全員が既に逃げの一手に出ていることなど筒抜けだった。
ついでに言えば、俺の背後でバスターを構えているジャミンガーGの動きも筒抜けだった。
「流星サーバ、アクセス」
『Ryusei Server Access』
特徴的な機械音の後、頭部のBAアナライザーがメテオGから送られてくる電波受信、解析を完了させる。
1枚のバトルカードを選択して、無造作に左腕を振るう。
刹那、背後から絶叫が聞こえた。
選択したカードは、ダンシングブレードX。
本来ならばブライが操るはずのラプラスによる攻撃をバトルカードにしたものである。ゲームでは、フィールドを斜め横に回転しながら横断するものだった。
その威力210。
ジャミンガーの視覚の外からラプラスに似たなにかが刃となって牙を剥いた。攻撃に集中していたジャミンガーに避けられるはずもない。
忘れてはならないのが、今の行為がカウンターに該当することだ。
当然、BAウェーブアナライザーがバトルカードを流星サーバーから追加で入手する。
視界には未だに逃げようともがくFM星人たちの姿。特に、ジェミニに至ってはあと1分もあれば脱出も可能な抵抗をみせていた。
「逃がすわけねえだろ」
故に、右腕を伸ばした。
FM星人たちの誤算は、ここに明星黒夜という異常な人間が現れた事。
なにより、その逆鱗に触れてしまった事。
慈悲などあるはずもなかった。
右腕のクリムゾンレギュレーターからノイズを高圧縮してクリムゾンを作り出す。放出されていた靄状のノイズを宝石を作るように、緻密かつ迅速に作り上げていく。
ノイズウェーブ・デバウアラで吐き出したノイズを吸収し出力を上げ、クリムゾンをさらに調整していく。ありったけのノイズを一つの球体へと注ぎ込む。
そうして出来上がったのは、荒々しいノイズでできた重力の本流を押しとどめた球体だった。
それを天高く掲げ、地に這い蹲るFM星人たちへと放る。
放り投げられた紅黒い球体に閉じ込められた重力の本流が一斉に解放され、ブラックホールを作り出す。
ブラックホールから逃れる術はない。球体から解放された重力の本流をどうにかできるなら話はべつだが…。
本来ならば光すら逃れることはできない超高密度の重力の本流だ。たかだか、電波体…電変換すらしていないFM星人如きにどうにかできるはずもない。
FM星人たちはおろか、もれなくジャミンガーまでも吸い込まれていく様子を見ながら、クリムゾンレギュレーターを使って巨大な剣を作る。
球体を作るときと同じようにして作ったその剣は、紅黒いノイズを瘴気のように放出し、揺らめく。
「そういや、お前ら新しく身体もらったばっかなんだっけ? 3度目があるといいな」
その日以降、ドリームアイランドのゴミ処理場の電波はしばらくの間使用不可能になることとなる。
◆ ◆ ◆
あんな顔をした黒夜くんを僕は見たことがなかった。
表情がなくなった黒夜くんに思わず背中に冷や汗をかいた。そこには、喜怒哀楽どれもなかった。まるで、感情を失ったかのような無表情。
そして『次に狙われるのはコダマタウン…ルナたちだ。頼んだぞスバル』とだけ言い残してノイズとともに姿を消した。
この感覚、僕には覚えがある。
『満足した?サテライトの管理者』
スターフォースの試練の時の黒夜くん。三賢者の1人であるドラゴンを一方的に叩きのめした、あの時の黒夜くんと似ていた。
あの時、思わず身を震わせた。あの黒夜くんは怖い、あの異常な力が怖いと。
今回は、あれよりも怖いかもしれない。
黒夜くんを追うことはせずに、コダマタウンへと急ぐ。あのまま追ってしまっていたら、黒夜くんの矛先は僕に向いていたかもしれない。
僕がたどり着いたときには既に、轟音とともに地震が起き、コダマタウンには電波世界が顕現している状態だった。誰もが異常事態であることを察知し、行動していた。
多くの人がコダマ小学校に集まっているのを確認し、委員長たちを探す。多くのクラスメイトと顔見知りが避難しているようだが、委員長たちの姿はない。
先生にも確認を取り、学校に避難していないことを確認した僕は、それぞれの家へと向かう。
委員長の家はもぬけの殻だった。
ゴン太の家も誰もいない。
そして、キザマロの家に行ったとき、ようやく3人を見つけた。
『ゲヒヒ…人間がノコノコやって来やがったぜ』
「離せ、離せってば!!」
「だ、だれか、助けてください〜!!」
「この、離しなさいってば!!」
キザマロの家の屋根の上。3人はそこに立っていた。周りには3体のジャミンガーの姿。それぞれが3人を掴んでおり、身動きが取れていない。下手に動けば、落ちてしまうことを3人とも理解しているのだろう。
「ゴン太、キザマロ、待ってて、今いく!!」
躊躇う気持ちなど微塵にもなかった。
既に、委員長には僕がロックマンだと知られている。今更ゴン太とキザマロに隠していたところで、問題などないのだ。
もう逃げない。
間違えもしない。
守るために戦うことなんて、とっくの前に決心しているのだから。
「電波変換、星河スバル、オン・エア!!」
青き戦士が、躍動する。