ONEPIECE~珀鉛の少女~   作:はむらび

1 / 6
CASE.1:ある少女の生存説

死んでいた。その島に住む者はすべて。子供に大人、男に女。聖職者に浮浪者。そして海賊、兵隊に至るまで。

ただ、炎だけが揺れていた。空は黒く染まり、世界は赤と、白に染まっていた。そんなある日の話をしよう。私の昔の話を。

 

 

私は街の裕福な家に育った。父親に母親と、あとは兄と暮らしていた。家族はいつも優しかったし、私は近所の子供でも活発な方で友達も多かったし、近所でも殺人とか海賊の襲撃とかがあるわけでもなく、まあ、世間一般的にはかなり幸せな生活を送っていたと思う。

 

白い街、白い国フレバンスは珀鉛の採掘で成長した国だ。鉱物資源がある国は基本的にそれが尽きるまでは豊かなもので、しかもフレバンスは巨大な珀鉛の鉱床の上に立っていた。尽きることはまずなかったし、尽きたとしたらすでに住む場所すらないだろう、とのことだった。豊かな国というのは得てして差別が起きるものでもあるが、フレバンスには差別もほとんどなかった。国の収入がほぼ完全な鉱物依存で、税金が安かったからだと今は知っている。

 

それが、国民を騙すための一手だったということも。

 

ある時からフレバンスは変わった。珀鉛病。珀鉛による重金属中毒。それはその頃知られておらず、また、今も治す方法のない病気だった。

珀鉛病には他の金属中毒と違う大きな特徴があった。体内の珀鉛濃度が一定値を越えるまでは自覚症状が出ないという特徴が。

1人の若者に毒が溜まり続けたとして、その若者が若者でなくなり子供ができた時、実は子供の寿命は短くなっており、さらにその子供が大人になり子供ができた時、もっと寿命の短い子が生まれる…

つまり、国中で中毒が一気に発症する。

 

それを、世界政府や、フレバンスの王族たちは知っていた。

 

そして、フレバンスと隣接する二つの国は、王族までも、その事実を知らなかったのだ。だから、そう。伝染病と思い込んでしまった。

 

さて、ここで問題です。「隣の国で伝染病が発生しました。治せません。放っておくと死にます。さて、貴方が王ならどうしますか?」

 

その答えは、その被害にあった私にも、その被害で家族を、友達を、故郷を失った私にも、否定できるものではなかった。彼らは、家族を、友達を、故郷を失ってしまうことを恐れたのだから。

 

 

 

戦争です。

 

 

 

 

では、その戦争をなぜ8歳の私が生き延びたか。これから移るのはその回想だ。

 

 

 

 

その日だ。病気がきついから安静にしていろ、とは言われていたし、実際にきつかったけれども、8歳の活発な子供をベッドに縛り付けておくのは無謀というものだろう。私は立ち上がり、外の空気を吸いに行こうと思ったのだ。

 

「ぐべっ」

 

転んだ。珀鉛は関節も蝕む。長い間立ち上がってもいない私だ。仕方ないよね。

 

そして床が「抜けた」。ここで死ななかったことは、私の人生で二番目に幸運だったことだ。

 

一番目に幸運だったことは、その落ちた場所が先祖か何かが遺した地下室だったこと、そして、ある悪魔の実が落ちていたことだった。壁はすべて古ぼけた本が並ぶ本棚で、見るからに「書斎」といった感じで。物珍しげなものも多く落ちていたけど、それが何なのかはわからなくて。

そして…落ちた地下室から上がる方法もなくて。ここで問題になるのは、「裕福な資源産出国の裕福な医者」である我が家はかなり広く、床が落ちた音には誰も気づかなかったこと、両親もまた珀鉛病を患っており、さらに町中の患者を引き受けてしまったことで過労死寸前であったこと。

 

つまり、助けが来なかったことだ。昼になればご飯だけでも渡しに来てくれるだろう、と思ってはいたが、それはそれとてお腹は空くもので。ついそこにあった曰くありげな木の実を食べてしまったのだ。

不思議なことに、その実を食べた途端、私の痛みは消えた。関節の痛みも内臓の痛みも。もちろん地下室に落ちた時の痛みは消えなかったけれども。

 

 

 

 

 

 

ただし、その日一番痛かったことはそんなことではなくて。消えた痛みよりも、増えた痛みのほうが多かったとすら思えた。

私の人生で一番不幸だったことは、ここから先、父にも母にも会えなくなったことだったのだから。その日の昼前に、私の家は焼けた。さかのぼることその日の前日の夜中、フレバンス軍は諸外国からの国境封鎖に異を唱え奇襲攻撃を行った。珀鉛病に苛まれるフレバンスには、皮肉にも、武器を買う巨万の富と、無尽蔵の鉛玉だけはあったのだ。軍事力も、隣接する2か国を足しても遠く及ばないほどに持っていた…はずだった。

 

当然だ。どんなに強い武器があろうとも、肉体を内側から蝕まれ、放っておくだけで倒れていく兵士など恐るるに足らず。たったの半日。新聞が報じる暇もなく、国民に知らされることすらなく、たったの半日で隣国の軍は私の家を消し炭に変えた。

 

銃弾が飛び交う火の海の中。血と炎で赤く染まった白い街では、本来、私の命が保つはずもなかったはずだ。

 

なんとか地下室から脱出することはできたにしろ、そもそもそこで体力が尽きている。何故か病が治ったにしろ、そもそも8歳児の体力に期待するのが間違いなのだ。

 

「パパ!ママ!」だから、へとへとになった私が両親のもとに向かったのは、きっと間違いではなかったはずだ。その両親が、銃を突きつけられていた(・・・・・・・・・・・・)としても。

 

目の前で両親が死んだとしても。

 

間違いではなかったはずだ。

 

私の間違いは、そんなところにはないのだから。

 

 

「悪く思うなよ、ガキ。」両親を殺した軍人が、子供を殺す罪悪感に飲まれた泣き顔でもなく、人を殺す恍惚感に呑まれた笑い顔でもなく、ただ、無表情に引き金を引いた。滅びの引き金を。

 

 

 

鉛玉は、私の体には当たらなかった。両親を殺され、へたりこみ、逃げることも考えられない、ただの少女の体をすり抜けた。

 

そして、私の目からは涙がこぼれてきて。私は、声をあげて泣いた。そして空は、黒く染まった。

 

 

 

 

「関節がイテェ!立ってらんねェよ!」「助けてくれ!体が固まって動けねェんだ!」「ゴホッゴッオエッ」

 

 

その日のことだ。その日だけのことだ。珀鉛病は、伝染病になった。黒い煙が広がって、触れた者は皆、肌が白く染まって死んだ。死んでいた。その島に住む者はすべて。子供に大人、男に女。聖職者に浮浪者。そして海賊、兵隊に至るまで。

一つの国にあらず、その島の、三つの国の住人すべてが死んでいた。

ただ、炎だけが揺れていた。空は黒く染まり、世界は赤く、人は白に染まっていた。そんなある日の話。私の昔の話。

 




かなり強引なルートを作らないと生存すらできないラミちゃんの冥福を祈って。
戦争を生き延びても通常のルートじゃ珀鉛病で死ぬので悪魔の実に頼るしかなかった

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。