ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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今回で通算100回目の投稿になりました。
自分でもこれだけ続いた事にビックリです。

どうかこれからも宜しくお願い致します。


第五十七話   Bittersweet strawberry hearts

 2両の戦車が黒煙と共に力尽きた印の白旗を揚げている。

 アンツィオ高校対三笠女子学園の一戦は10時間越えの長丁場と化したにも拘わらず、事ここに至るまでに一切白旗が揚がる事なく展開し、最終局面のフラッグ車同士の激突によりやっと白旗が揚がる事となったのだが、その瞬間は人の目ではどちらが先かは判別が付かず、観戦エリアで試合を見守って来た観客の間では、どよめきと共にまさかの引き分けかとの声が漏れ聞こえ始めていた。

 

 

「まいったな…最後の最後まで来てこれか……」

 

 

 信じられないといった面持ちのまほは、そう呟いた後に思わず天を仰いだ。

 ラブとアンチョビ、策士二人の対決は過去の対戦実績からしても縺れて長引く事は覚悟していたが、三年のブランクを経ても尚、二人の激突のその図式が一切変わらなかった事に、まほは軽い眩暈にも似た感覚を覚えるのであった。

 天に向かい大きく一つ息を吐いたまほが視線を元に戻すと、審判団のいる運営本部のテント付近が何やら騒がしいのは、判定がそれ程に微妙という事なのかもしれない。

 しかし使用する戦車の設計は古くとも白旗装置は高度な電子制御で管理されており、コンマ秒単位の差も測定されるているので行われているのはその確認なのであろう。

 やがて審判長の亜美が、場内アナウンスと共用無線に繋がるマイクを手に姿を現した。

 通常のフラッグ戦の場合、非情にも走行不能となったフラッグ車の校名がコールされ次いで勝者の名が告げられるのだが、引き分けを除き双方がほぼ同時に白旗を揚げてもそのスタイルは変わらないようであった。

 

 

『三笠女子学園フラッグ車走行不能!よってアンツィオ高校の勝利!』

 

 

 審判長亜美の無情のコールが観戦エリアに響き、それと共にスタンドに拍手と歓声が沸き起こる。

 だが同じ観戦スタンドにあって、馴染みの者達の間からは安堵とも疲労雑じりとも取れる溜め息が一斉に漏れ出し、その顔には一様に疲労感が滲みやっと終わったと書き込まれていた。

 しかしその中でただ独りしほだけは他の者達とは違う種類の溜め息を吐いており、表情もまた娘を想う母親のものであった。

 たった半年程とはいえ幼いラブの母親代わりを務めた彼女にとって、その後過酷に過ぎる運命を背負わされてもなお、この世界に帰って来たラブに対しての想いはどれ程のものだろう。

 

「よっしゃ!勝ったぞぉ!」

 

 

 引っ繰り返った豆戦車の中、アンチョビもまた引っ繰り返ったまま拳を握りしめ会心の笑みを浮かべた後、同じように引っ繰り返っている操縦手とハイタッチを交わしていた。

 

 

「姐さ~ん!アンチョビ姐さ~ん!」

 

 

 アンツィオの勝利がコールされる中、搭乗していたL3 ccから転げ落ちるように飛び出したぺパロニは、脇目も振らずアンチョビの下へと駆け寄って来る。

 

 

「お~ぺパロニか~、どうだやったぞぉ~!」

 

「凄いっスよ!さすが姐さんだ!」

 

「ドゥーチェ!」

 

「おぉ、カルパッチョも来たかぁ。お前達もよくやってくれたなぁ!……まあ喜ぶのは取り敢えず後にして起こしてくれんか?このままでは降りられんからなぁ」

 

 

 引っ繰り返ったまま集まって来た者達とやり取りしていたアンチョビだが、いつまでもそうしている訳にも行かず豆戦車を起こすように依頼した。

 

 

「それじゃあ行くっスよ!……せ~のぉ!よっ!」

 

 

 集まったアンツィオの隊員達が、慣れた手付きで綺麗に逆さまになっていたフラッグ車を元に戻すと、ハッチを開きアンチョビと操縦手が揃って顔を出した。

 

 

「あいたたた…引っ繰り返っても人手で起こせる戦車ってのもどうなんだ……?」

 

 

 最早それも日常と化し、すっかり横転に慣れっこになっている事に少々ゲンナリしながらも、豆戦車の周囲に集まり期待の視線を向ける隊員達に気付き、アンチョビも芝居がかった仕草で拳を天に向かって突き上げた。

 それに合わせ巻き起こる毎度お馴染みのドゥーチェコール、隊員達の喜びが爆発する瞬間だ。

 しかしアンチョビは敢えてそれを制すると、豆戦車を飛び下りLove Gunの傍に駆け寄って行く。

 横転したLove Gunからラブが降車していない事に気付いたのだ。

 

 

「どうしたラブ!?まさか怪我したんじゃないだろうな!?」

 

「あ…アンチョビ隊長……」

 

 

 アンチョビが駆け寄るとLove Gun通信手の花楓が、マズい処を見られたといった風にへにょりと眉毛を下げ微妙な笑みを浮かべた。

 

 

「って何やってんだオマエは……?」

 

 

 どうやらラブが怪我はしていなさそうな事に安堵したアンチョビだが、横転したLove Gunのコマンダーキューポラにラブがそのまま収まっている事に眉を寄せる。

 

 

「う…千代美……」

 

 

 直ぐ傍までやって来たアンチョビが珍獣を見るよう目でその様子を見ている。

 

 

「あぁ、すいませんアンチョビ隊長。直ぐにこの無駄おっぱい引き摺りだしますから」

 

 

 横転し今は天井の位置になっているサイドハッチから、砲手の瑠伽が忌々しそうに顔を出した。

 

 

「引き摺り出すぅ……?」

 

 

 妙な表情になったアンチョビがオウム返しに聞き返す。

 

 

「全く…耐衝撃姿勢を取って怪我をしなかったのはいいんですけどね……その後止せばいいのにそのままコマンダーキューポラから這い出ようとして、片乳引っ掛かって動けず進退窮まってるんですよこの乳タンクは!」

 

「あ~また瑠伽がヒドイ事言ったぁ!」

 

「余計な手間増やしたくせにうるさいよ、暫く黙って大人しくしてろ!」

 

 

 少しイラ付いた表情になった瑠伽が再びLove Gunの車内に消えると、不満そうな顔をして黙っていたいたラブが突如として騒ぎ始めた。

 

 

「や!瑠伽!ちょっとアンタ何処に手ぇ突っ込んでんのよ!?」

 

 

 半ば悲鳴のような声を上げ身を捩っているが、完全にはまっているので逃れる事は出来ない。

 

 

「ねぇちょっと!あ!ヤメ……!」

 

 

 コマンダーキューポラから斜めに生えているような状態のラブのたわわの谷間から、おそらくは瑠伽の物であろう腕がスポスポと出たり入ったりしている。

 

 

「だからそれは…あん♡ソコは……ちょっとソコは関係な…あぁ~ん♡」

 

 

 既に何事かと両校の隊員が集まり取り囲む目の前で、ラブは顔に朱を走らせほぼ喘ぎ声にしか聞こえぬ声を発しながら艶めかしく身悶えている。

 

 

「瑠伽!ホントいい加減に……それはらめぇ♡」

 

『な…中で一体何が起こってるんだろう……』

 

 

 公開処刑状態で痴態を晒すラブを、集まった者達も戦闘濃度で散布されるラブフェロモンに完全に中てられて、鼻から赤い筋を引きながら真っ赤な顔で目をギラ付かせ食い入るように見入っていた。

 

 

「あぁ!そんな激しい!いや~ん♡」

 

 

 これで止めとばかりにたわわの谷間から突き出た腕が、荒々しく引っ掛かっている片乳を鷲掴みにすると力任せに車内に引っ張り込んで行った。

 

 

「……」

 

 

 暫くして他のLove Gunメンバーの手でサイドハッチから文字通り引き摺り出されたラブは、ネクタイも歪みはだけた胸元からは勝負下着らしい凝ったデザインの黒いブラが覗き、ミニスカートが脱げかけてパンツァージャケットもすっかり着崩れ、涙目の恥辱に満ちた表情ですっかりいじけて地表に降り立っていた。

 

 

『なんか凄くイケナイえっちなビデオみたいなんですけどぉ!』

 

 

 全員が生唾を飲み込みハァハァする中素早くラブの下に駆け寄った愛が、例え少し関係がギクシャクしているとはいってもテキパキと彼女の身なりを整えて行った。

 

 

「あ…ありがと愛……」

 

 

 まだちょっと事態が呑み込めていないラブも、どうにかそれだけは言う事が出来た。

 

 

「ええと…そうだ!オマエ怪我してないんだな!?全く無茶しやがってぇ……でもやっぱりラブは凄いな、昔と何も変わってなかったぞ、最後の最後まで全く気が抜けなかったからなぁ!」

 

 

 アンチョビは両の手を広げラブを称えながら歩み寄って行く。

 

 

「あ…アンチョビ隊長それは……!」

 

 

 ラブに続きLove Gunから這い出した瑠伽が、アンチョビの意図を察し止めようとしたがひと足遅く、彼女ははいつもの調子で気軽にラブをハグすると、上背のある彼女を屈ませその両の頬にイタリア式の挨拶をしてしまった。

 最初はまだぐずっていたラブであったが、内に秘めたままそれを悟られる事も想いを伝える事もなかった初恋の相手であるアンチョビに、優しいハグと共に頬擦りなどされた為に彼女の中のリミッターが弾け飛び、限界まで濃度の濃くなったラブフェロモンがオーバーフローを起こしてしまった。

 

 

「千代美ぃ♡」

 

 

 歯止めを失ったラブがアンチョビに熱烈な抱擁を返すと、ラブフェロモンにプラスして彼女の愛用するフレグランスの残り香と、汗の匂いが交わり強力な媚薬としてアンチョビに襲い掛かった。

 

 

「うぉいラブ…って、アレぇ……?」

 

『あ~あ……』

 

 

 アンチョビの身に何が起きたか把握しているAP-Girlsメンバー達は死んだような目になる。

 

 

「え…ナニコレぇ……♡」

 

 

 鼻腔をくすぐる甘い香りと痺れるような快感が一気にアンチョビを飲み込んで行く。

 目の焦点は合わなくなり急速に熱を帯びた身体は、痙攣したように震えている。

 飛びかけた意識の中でアンチョビは、それがあの昇りつめ絶頂を向える瞬間のそれである事を自覚したが、最早それに抗う事は全く出来ず快楽の濁流に押し流され立っている事も出来ない。

 

 

「ダメだダメだダメら…らめららめららめ……らめぇぇぇ♡」

 

『あぁ…ドゥーチェが逝ってしまった……』

 

 

 その瞬間アンチョビはラブの腕の中で電流を流されたように痙攣すると、糸の切れた操り人形よろしく力なくくったりと頽れてしまうのだった。

 

 

「あぁぁぁぁ安斎ぃぃぃ!」

 

『……』

 

 

 その決定的瞬間にポンコツ化したまほの絶叫が重なり、周りの者達は呆れきって言葉もない。

 

 

「え?ちょっと!?千代美?千代美!?」

 

 

 突然アンチョビの全体重が自分に掛かった事に驚いたラブは、抱き締めていたアンチョビから身を離しその顔を覗き込むと、そこには実に色っぽく虚ろな表情で昇天している顔があった。

 

 

「きゃ~!千代美しっかりして~!」

 

 

 驚いたラブがアンチョビを揺さぶるが、その程度では究極の絶頂を迎えた彼女の意識が戻る事はなく、更には周辺にいる者達にも影響が出始めていた。

 幸いな事に自身の身体の異変に気付いたカルパッチョが、機転を利かせぺパロニの口を塞いでいたので放送事故は免れたが、自制心が働いているカルパッチョも内股で震えながら立っていた。

 

 

「たかちゃん…今日は帰さないからね……♡」

 

 

 ぺパロニの口を封じつつ、物騒な事を口走る彼女の瞳もよく見ればハートになり危険なピンク色の炎が燃え盛っているのだった。

 

 

「うおぅ!?」

 

「ど、どうしたんですかカエサルさん!?」

 

 

 突如仰け反って悲鳴を上げたカエサルに、みほがオドオドと声を掛けた。

 

 

「いや…なんか急に悪寒が……」

 

「はぁ……」

 

 

 この時その日の夜がとんでもない夜になる事は、神ならぬ身の彼女達には知る由もなかった。

 

 

「う…ん……え?」

 

「あ、良かった気が付いたぁ!」

 

 

 意識を取り戻したアンチョビが目を開くと、そのすぐ目の前にはフェロモン全開で瞳を潤ませたラブのエロ過ぎる顔が上下逆さまに彼女の顔を覗き込んでいた。

 

 

「……!うっひゃあぁぁぁぁ!」

 

 

 アヒル座りのラブの太腿を枕に寝かされていた事に気付いたアンチョビは、大慌てで転がるようにわたわたとその場から逃れると、彼女もまたアヒル座りで地面に座り込み胸元を隠すように我が身を抱き締めながら、何かを言おうとしていたが全く言葉になっていなかった。

 

 

「な…わ!お…いっ……!?」

 

「千代美ぃ…何言ってるか解んないわよぉ……」

 

 

 ホッとしながらもラブは口を尖らせ、アンチョビは荒い息で暫く肩を上下させていた。

 そしてやっと少し落ち着き立ち上がり掛けたアンチョビだが、ふらふらと足元がおぼつかず腰砕けなその様子に思わずラブが手を差し伸べたが、その手に掴まり掛けたアンチョビはまるで感電でもしたかのように慌てて自分の手を引っ込めた。

 

 

「何よ?一体どうしたのよぉ?」

 

「イヤイヤイヤ!何でもない!自分で立てるから大丈夫だ!」

 

「そうは見えないんだけど……」

 

 

 ラブの視線の先ではアンチョビの膝がカクカクと小刻みに震えており、ラブの言う通り凡そ大丈夫には見えないのだが、彼女はピシャリと自分の膝を叩くと無理矢理踏ん張って立ち上がった。

 

 

『ダメだ!何かしらんが今のラブは危険だ…しかしさっきのあの感覚…あれは間違いなく……』

 

 

 まだその理由には気付いていないアンチョビだが、彼女の野生の勘とでもいったものがこれ以上今のラブとの接触は、その身を滅ぼすとアラームをけたたましく鳴らしていた。

 

 

「と、とにかくだ、大丈夫なモノは大丈夫だ!」

 

 

 精一杯の虚勢を張ったアンチョビは、まだ少し膝をカクカクさせながらも帰投準備の指示を出そうと動き始めたが、一歩踏み出したその時になってある重大な事実に気が付いた。

 

 

「あぅ!?この感触はまさか……!?」

 

 

 アンチョビは周りに気取られぬよう、そっと自身の秘密の場所に手を当ててみた。

 一歩歩を進める毎にじんわりとその感触が広がって行くのがはっきりと認識出来る。

 ラブフェロモンで逝かされた結果そういう事態になっていて、それを認識した瞬間アンチョビは強烈な羞恥心に襲われあっと言う間に耳まで熱くなって行くのを感じていた。

 

 

「い…いやぁぁぁ~!」

 

 

 再び立っていられなくなったアンチョビは、両手で顔を覆うとペタンとその場に座り込んだ。

 

 

「ち、千代美!?」

 

 

 突如悲鳴を上げ座り込んだアンチョビに驚き、ラブはすぐに助け起こすべく彼女の下へ駆け付けようとしたが、素早くラブを取り囲んだAP-Girlsに取り押さえられてしまった。

 

 

「ちょ、ちょっと何よアンタ達!?」

 

「ラブ姉…武士の情けよ……それにラブ姉が行くと却って悪化しちゃうからダメよ」

 

 

 戦車に搭乗中は一番ラブの傍にいて耐性も強い瑠伽が、ラブの腕を極めながらも諭すような口ぶりでそっとラブの行動を戒めたが、ラブ自身は何が起こっているのか理解出来ていないのでその説得作業は中々に骨の折れるものなのだ。

 瑠伽が説得する間メンバー達が時々アンチョビの様子を見ているが、事情が解っている彼女達がアンチョビに向ける視線は実に痛々しいものであった。

 そしてそんな視線に見守られたアンチョビはぺパロニとカルパッチョに支えられて、どうにか立ち上がると赤い顔のまま撤収準備の指示を出し始めていた。

 

 

『うぅ…もっと早くに隔離するべきだった……』

 

 

 アンチョビに対しての申し訳なさで、AP-Girlsのメンバー達はすっかり凹んでしまっていた。

 

 

「で…どうだ?戻れそうか?」

 

「あ~、ダメっスねぇ、どの車両もロクに燃料が残ってないっス。多分いくらも走んないうちにガス欠になると思うっスよ」

 

「そうかぁ、ダメかぁ…やっぱり回収車待ちかなぁ……ん、なんだ?」

 

 

 アンチョビが腕を組みどうしたものか首を捻っていたその時、頭の上に腹に響く重低音を轟かせ笠女所有の3機のスーパースタリオンが探照灯を照射しながら飛来した。

 

 

「厳島隊長、アンチョビ隊長、お迎えに上がりました!」

 

 

 飛来したスーパースタリオンから、ローターの爆音に負けぬよう拡声器での呼び掛けが響く。

 

 

「アレ?なんで?」

 

 

 ラブも聞いていないのかキョトンとした顔をすると、上空でホバリングに入りダウンウォッシュを叩き付けるスーパースタリオンを見上げている。

 

 

「車両の回収は連盟と両校共同の回収班がこちらに向かっているので、そちらにお任せ下さい」

 

「それはいいんだけど…なんで?」

 

「試合がかなり長引きましたからね、これ以上遅くなるとミニライブをやる時間がなくなります。ブルー・ハーツの方も別の機体が迎えに行っていますからお急ぎ下さい。」

 

「あ…え?……マズイ!もうそんな時間!?」

 

 

 機長の一言でAP-Girlsのメンバーは騒然となり、血相を変えてわたわたとスーパースタリオンに飛び乗って行く。

 

 

「千代美急いで!早くぅ!」

 

 

 一度は乗り込んだ機体から飛び降りて来たラブは、アンチョビの手首をむんずと掴むと彼女を引き摺るように再び搭乗すべく走り出した。

 見れば他のアンツィオの隊員達もアンチョビ同様AP-Girlsのメンバー達に、次々とスーパースタリオンに放り込まれている。

 

 

「うひゃあ待て待て!落ちつけってぇ!」

 

 

 身長差のあるラブに引っ張られ転がりそうになりながら走るアンチョビは、悲鳴を上げながらもラブを落ち着かせようとするがその声は一切耳に入っていないようだ。

 日頃存在そのものが非常識なラブと一緒にいる為に多少の事では動じる事のないAP-Girlsのメンバー達が、今や完全に狼狽えパニック状態に陥っている。

 

 

「そんなヒマないわよ!とにかく早く乗ってぇ!」

 

 

 とうとうアンチョビを小脇に抱え込んだラブは、スーパースタリオン目指し自分の後頭部を蹴飛ばすような勢いで走り出した。

 

 

「うひゃあぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 アンチョビの絶叫をグラウンドに残し、スーパースタリオンが三保の松原の夜空に舞い上がった。

 

 

「ああもう!今日はブラック・ハーツで前座やるつもりだったのに!」

 

「それより今のうちにストレッチ!」

 

「音合わせどうすんのよ!?」

 

「オマイら…ちょっともちつけ……」

 

 

 蜂の巣を突いたような騒ぎを繰り広げるAP-Girlsにアンチョビが声を掛けるも、アンチョビの声が耳に入らない処かその存在すら忘れているようにみえる。

 

 

「ダメだ…聞いちゃいねぇ……」

 

「ドゥーチェ……」

 

「コイツら戦車道の試合中はこれっぽっちも動じる事がないのに、ライブの事になったら途端にこれだ…どんだけ音楽命な生活送ってんだか……」

 

 

 アンチョビが呆然としている間にもスーパースタリオンは観戦エリア上空に到達し、高度を下げると特設スタジオ上空でホバリングを始めた。

 

 

「え?オイ、ちょっと待て!オマエらどうする気だぁ!?」

 

「ゴメン千代美、私らステージ準備する時間が欲しいからここで降りるわ!アナタ達は普通に降りてからこっちに来て!そしたら両校挨拶してライブ始めるから!じゃね!」

 

「あ!オイぃぃぃ!」

 

 

 アンチョビの返事もろくに聞かないうちに、ラブはホイストでステージに降下して行く。

 

 

「え?あ?オイ待てぇぇぇ!お前達何する気だぁぁぁ!?」

 

 

 ハッとしたアンチョビが止めるのも聞かず、ホイストをのんびり待っていられぬとばかりにAP-Girlsのメンバー達が、開け放たれたハッチから機外に向けてぽんぽんと飛び出して行く。

 

 

「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!落っこちてるぞお゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!」

 

 

 真っ青になったアンチョビが機窓の張り付き下を見ると、彼女達は空中で猫のようにクルクルと回転しながら落ちて行き、着地すると何事もなかったようにステージの袖に走り去って行った。

 

 

「う゛そ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!」

 

 

 限界まで目を見開いたアンチョビは、アゴが外れたように開いた口が塞がらなくなっていた。

 呆然としたままのアンチョビ達を乗せ笠女学園艦まで飛んだスーパースタリオンはヘリデッキにアンチョビ達を降ろすと、今度は待機していた数両の兵員輸送用に改造されたオペル・ブリッツの軍用トラックに乗せられ、ラブ達の待つ観戦エリアへと運ばれていった。

 やっと辿り着いた観戦エリアでは既にラブ達がステージの準備を整えており、アンチョビ達の到着と共に亜美の指揮の下改めて勝者がコールされ並んだ隊員達が挨拶を交わした。

 そして始まったAP-Girlsのステージだが、アンチョビは会場全体の雰囲気がどこかおかしい気がしてキョロキョロと周囲を見回してみたが、パッと見では何が可笑しいのか解らず彼女も取り敢えずはラブ達のステージに集中する事にした。

 翌日に行われるメインのライブに比べれば、セットもなく衣装も試合中から着用したままのパンツァージャケットのままであり、激しい戦車戦の後だけに煤と汗にまみれているにも拘わらずステージ上のラブ達は誰にも負けぬ程美しく光り輝いていた。

 彼女達の声に聴き入りそのアクロバティックなステージに見入るうちに、アンチョビは再び先程体験した謎の高揚感に囚われている事に気が付いた。

 

 

『あぁん…まただぁ……♡』

 

 

 身体の芯が熱くなり心臓は早鐘を打つように鼓動が早くなって行く。

 耳の奥に響くラブの甘いハスキーボイスが、アンチョビだけでなくその場でその声を聴く全ての者の意識をゆっくりと蕩けさせて行く。

 

 

「くっ…久し振りに喰らいましたがやはり強烈ですわ……」

 

「ええ、それにラブのあの声…催淫効果があるとしか思えません……」

 

 

 一番付き合いの長いダージリンとアッサムは自分達の身に何が起きているかいち早く気付いていたが、だからと言って何が出来る訳でもなく只必死に耐えるのみでその頬は色っぽく朱が入っている。

 そしてこの現象は観戦エリア全体に影響を及ぼしつつあり、仲間内でも一番見境のないみほとエリカがかなり危険な状態になりつつあった。

 

 

「皆最後まで耐えられるかしら……?」

 

「それより今夜が思いやられますわ……」

 

 

 ダージリンの事は直ぐ近くに座る、精力剤を一斗缶で飲んだような鼻息でギラギラとした視線をダージリンに向ける知波単の暴走機関車絹代に任せるとして、アッサムも抑え切れない己が劣情を溺愛するローズヒップに注ぎ込むべく、所属する情報処理学部で所有しているライトニング F.2で自分の下に至急彼女を送り届けるようGI6宛てにメールを発信していた。

 

 

「これは…既に往年の亜梨亜様を上回っているかもしれませんね……」

 

「確かに…あの頃は何度深夜に──」

 

「菊代、生な話はお止めなさい…それにしても──」

 

「旦那様には今宵は何としても本宅にお戻りになられるよう手配済みで御座います」

 

「…ありがとう、菊代……」

 

「いえ、礼には及びません……」

 

 恐ろしい事に菊代の配慮にしほがぽっと頬を赤らめる。

 まほとみほが見たら恐怖でチビるか卒倒しそうな場面だが、これはひょっとするとまほとみほの妹誕生といった事態も起こり得るのかもしれない。

 全くもって実に恐るべきラブフェロモンの威力であった。

 そして怒涛のピンク色の嵐のようなライブもどうにか終了すると、どこか浮ついた足取りの観戦客達がふらふらと夢遊病患者のように会場を後にし始めていた。

 

 

「あ…みんな、それにしほママと菊代ママも♪」

 

 

 ステージを降りたラブの下へスタンドを降りた者達も集まって来たが、ステージ上での熱気も冷めやらぬラブが放出するフェロモンで全員鼻血を噴出する寸前の状態でハァハァしている。

 

 

「ラブ……」

 

 

 それ以上ラブの放つ淫靡な瘴気に中てられぬよう口元にハンカチを当てたダージリンが、少し距離を置いた処から何か問い質すような口ぶりで声を掛ける。

 

 

「ダージリン♪ライブの方はどうだった?」

 

「待って!それ以上近寄らないで!……ねえラブ、アナタ今日何日目?」

 

「は?」

 

「え?何を言っているんだダージリン?」

 

 

 ダージリンの唐突な質問に周りの者達も困惑する。

 だがそのダージリンの一言で、ラブがビクッとした後硬直している事に皆気付いていなかった。

 

 

「あ…その、ダージリン隊長……えっとまだ始まってないんです。多分明後日辺りからだと思うのですが…そんなに強烈ですか……?」

 

 

 慌ててダージリンの傍に寄って来た凜々子がスポークスマン宜しく辺りを憚るように答弁したが、その凜々子の最後の一言で彼女達に恐ろしく強い耐性が付いている事を知ったダージリンは、化物でも見るような目で凜々子を始めその場に集まったAP-Girlsのメンバー達を見回した。

 

 

「やっぱり…でもまだこれで前段階ですって?こんな処まで無駄にパワーアップして……」

 

「おいダージリン、お前さっきから一体何を言ってるんだ?」

 

「全くもう…まほさんアナタ……まほさんだけじゃありませんわ、皆さん本当に忘れていらっしゃるの?中学時代の合同訓練合宿であれ程酷い目に遭ったというのに……」

 

「えっ?オイ…オイオイオイ!ちょっと待ってくれ!まさか……まさかぁ!?」

 

「やっと気付きましたのね…そのまさかですわ……」

 

 

 深く溜め息を吐いたダージリンを前にして、ここまでの事象に漸く合点が行ったアンチョビが口元をヒク付かせながら素っ頓狂な声を上げた。

 中学時代に行われた合同合宿訓練の際今回と同様にラブのあの日が重なってしまい、放出されたラブフェロモンを彼女達が大量に摂取した結果、厳しい訓練合宿になるはずが只のエロキャンプと化してしまい、あまりの乱れっぷりに一同の間でも忘れてしまいたい黒歴史となっていたのであった。

 

 

「は?えぇ?」

 

 

 この期に及んでまだ事態を把握出来ずにいる驚異的朴念仁のまほに向かい、ダージリンは更にひと際大きく深い溜め息を吐いていた。

 

 

「まほさん…アナタ真剣にもっと女を磨きなさいな……」

 

「なんだとぉ!?」

 

 

 ダージリンの蔑むような哀れむような視線に耐えかねたまほがいきり立つ。

 

 

「あ~もう、にしずみぃ!ちょっとコッチ来い!」

 

「うわぁ!何だ何するんだあんざいぃぃ!」

 

 

 業を煮やしたアンチョビがまほの耳を引っ張りその耳元に何やら耳打ちすると、さすがのまほもその顔をみるみるうちに真っ赤に染めて行くのだった。

 

 

「お姉ちゃん女子力無さ過ぎ……」

 

「みほ、何今更な事言ってんのよ?」

 

「大洗に連れてって沙織さんに弟子入りさせようか?」

 

「いや、私隊長がお菓子作ったりする姿とか、想像出来ないというか想像したくないわ」

 

 

 既に沙織の女子力の高さを知るエリカは何やら想像したらしいが、即嫌そうな表情になった。

 みほとエリカに散々な言われようのまほは頬を膨らませむくれているが、その製造元であるしほはその様子に我が娘ながら不甲斐無いといった風に首を左右に振っている。

 しかしその背後にいる西住家女中頭である菊代は例によって真面目に面白そうな顔をしており、その顔にはしっかりと『オマエが言うな』と書かれていた。

 なお、その騒ぎの一方で自分の生理をネタに言いたい放題言われていた当の本人のラブは、本人が隠そうにもその特異な体質の身体から発せられる謎のフェロモンの影響で、毎度エロイベントが発生してしまう事が恥かしくて涙目で小さくなっていた。

 

 

「と、とにかくだ!理由が解ればなにか対処のしようもあるだろう!それよりも今はもっと大事な事があるぞ!此処にいる以上は諸君にも付き合って貰うぞ?」

 

 

 アンチョビが芝居がかった仕草で大仰に腕を振るい高らかに宣言をする。

 

 

「おまえら宴会だ!湯を沸かせ釜を炊け~!」

 

 

 待ってましたとばかりにアンツィオの隊員達が拳を突き上げ一斉に動き出すと、電撃戦が展開され既に関係者のみとなった清水マリンパークにあっと言う間に宴席が用意されていった。

 みほのような経験者はその圧倒的な物量とスピードに苦笑しているが、初体験の者は何が起こったのか解らず気が付けば目の前に御馳走が並んでおり仰天するのみであった。

 アンツィオの流儀として参加者には分け隔てなく料理が振る舞われ、そこには審判団の姿もあるがライバルも一緒である為に誰もその事に言及する者はいなかった。

 

 

「さすが千代美ちゃんの仕込みだけあって最高の味だわぁ♡」

 

「三年前を思い出すわね」

 

 

 英子と亜美は三年前アンチョビが英子の部屋に滞在した時の事を思い出し、しみじみとした表情でアンチョビ自ら給仕してくれた料理を味わっている。

 しほと菊代に至っては、これが将来の西住家の味かと頷き合いアンチョビを慌てさせていた。

 

 

「ラブ……」

 

「あ、千代美♪」

 

「あぁ、構わんからそのままでいろ」

 

 

 一通り挨拶と給仕を済ませたアンチョビがラブの傍に戻って来て、念の為あまり密着せぬよう配慮しつつ、ラブのグラスにアンツィオ特性ノンアルコール葡萄ジュースを注いでやった。

 

 

「今日はしんどかっただろうに無理をさせてしまって済まなかったなぁ……」

 

「ううん、大丈夫よ。凜々子の言った通りまだ直ぐにって訳じゃないから……」

 

「そうか…?だがなぁ──」

 

 

 勘の良いラブはアンチョビが翌日のAP-Girlsのライブや他のイベントの事を心配している事に気付き、彼女にその続きを言わせなかった。

 

 

「千代美、私はプロよ?戦車道にしても音楽活動にしてもこれ位乗り切れなくてはやって行けないわ」

 

「う~ん…まあお前がそう言うなら……だが無理だけはするんじゃないぞ」

 

 

 言って聞く相手ではない事とその覚悟を見て取ったアンチョビも、それ以上の事は言えなかった。

 ラブも彼女の気遣いに感謝を述べ、その後は周囲への影響を気を付けながら宴会を楽しんだ。

 そして盛り上がった宴会も終盤に近付いた頃、アンツィオの隊員達が次々とデザートを会場に運び始め、テーブルに並べられて行くデザートの内容に参加者は圧倒される。

 

 

「諸君!今日のデザートはこの清水特産である久能山のイチゴづくしとさせてもらった!まだシーズンとしては奔りだが鮮度は申し分のない物だから是非試して欲しい!」

 

 

 テーブルを埋め尽くすイチゴのスイーツの数々に、宴会場全体から歓喜の声が湧き上がる。

 

 

「凄いわ千代美!こんな沢山のイチゴ見た事ないわ♪」

 

「そうか?まあちょっと寒いかもしれんがこのジェラートから試してみてくれ」

 

「…何コレ……美味しい!コレ美味し過ぎるわ千代美!」

 

「ふ、そうか美味しいか♪」

 

「こんなに美味しいのは私初めてよ!」

 

「それは良かった…ひとえにジェラートと云っても本国では実は結構厳しくてな、例えば原材料は天然素材でなければならなかったり着色料の使用も認められなかったりな。専門のジェラテリアなどでも原材料のリストの表示が義務付けられていたりするんだよ」

 

「き、厳しいのね~」

 

 

 ラブも驚きで目を丸くしているが、これだけの美味しさを維持する為にはそれ位の厳しさも必要かと納得すると共に、プロ意識に付いても再認識したようであった。

 

 

「それとな、これもちょっと試してみてくれんか?」

 

「ん?何かしら?」

 

 

 渡された器には切り分けたイチゴのシロップ漬けのような物が入っていた。

 

 

「ん~っとこれは……」

 

「これはな、イタリアで一般的なイチゴの食べ方でな…イチゴにレモンの絞り汁と砂糖をたっぷりと降りかけ暫く寝かせた物なんだよ。実はイタリアのイチゴはそんなに甘くなくてな、こんな食べ方をするのが一般的なんだそうだが日本の甘いイチゴはこんな事をすると少し勿体無いかもなぁ……ってどうした愛?口に合わなかったか?」

 

 

 色々あるがそれでもラブの傍にいる愛が、アンチョビが進めたイチゴを口にした途端に目をヒヨコの足跡のようにして硬直していた。

 

 

「あ~!この子()はねぇ酸っぱい物がちょっと苦手なのよ、でもイチゴは好きなのよね~♪」

 

 

 何処か凄く矛盾した話ではあるが、愛は目をヒヨコの足跡にしながらもイチゴを食べ続けており、ラブは面白がってその愛のほっぺを指先でツンツンしながら楽しそうにしている。

 

 

「酸っぱいなら止めればいいのに~♪私が食べてあげようか~?」

 

 

 ラブがちょっかいを出すが、愛は目をヒヨコの足跡にしたまま左右に首を小さくフルフルと振りながらも、イチゴを手放す事なく食べ続けている。

 

 

「色々あるようだがこの様子なら周りがやいのやいの言う必要もないか……」

 

 

 ラブと愛の様子にアンチョビはぼんやりとそんな事を考えていた。

 見上げた夜空は澄み渡り、街中であっても冬の星々が輝いているのがよく見えている。

 激戦の後、宴の夜は賑やかに更けて行く。

 

 

 




最後まで白旗が揚がらない展開を思い付いた時は、
それがこんなにも書くのが大変になるとは思いもしませんでした。
でもやっぱりチョビ子のセリフは書いていて楽しかったです♪

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