ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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台風一過の月曜午前中の停電の影響で全てがずれ込みました。
Pcが使えず納品遅れましたわ……まあ先方さんも状況一緒なので待ってもらえましたが。
そんな訳で投稿も一日遅れになってしまいました。



第五十九話   Determination

「何この程度の事で驚いてるのよ?」

 

 

 話の種にと招待されたアンツィオのローマ風呂に浸かりながら、ほんの氷山の一角とはいえラブの語ったAP-Girlsの実態は俄かには信じ難いものであり、それを聞かされた者達は揃って青い顔で硬直していた。

 

 

「大体考えても見なさいよ、私達現状たった25人しかいないのよ?その人数で5両のⅢ号運用するんだもの、一人に何かあっただけでも大事なの。それに対応する為には最低限これ位の仕込みをしておかなかったらあっと言う間に活動できなくなるわ」

 

「それは……」

 

 

 何か言おうとするがまほも言葉に詰まる。

 

 

「みほの所より少ない人数と戦車数なのよ?いくら限界までチューンしてるといっても、所詮Ⅲ号は何処まで行ってもⅢ号でマウスの正面装甲抜ける訳じゃないわ。でもそれでマウスと戦えないという事にはならないの。今のAP-Girlsに最も必要なのはどうすれば戦えるか、それを考えて実行に移せる人材なのよ。だから私はそれを育てた、ただそれだけの事よ」

 

 

 今度こそ完全に何も言えなくなったまほだったが、今のラブの話に彼女とアンチョビの共通点を見い出し、同時に自分の戦車道との大きな違いも感じとっていた。

 

 

「まあなぁ、無い無い尽くしでスタートした私の三年間も似たようなもんだったわなぁ…隊員集めてサビの塊だった戦車整備して小銭集めてP40手に入れて、それでやっと三年目に全国大会で二回戦に進出か……まあ我ながらよくやった方だとは思うよ。尤もその二回戦で自分よりとんでもない事やってのけたヤツに当たっちまった訳だがな~」

 

 

 そう言いながらアンチョビが視線をみほに向けるとみほはお約束のようにあわあわしだして、アンチョビもそれが可笑しくてクスリと笑うと軽く手を挙げみほを落ち着かせた。

 

 

「あぁスマンスマン、みほを責めている訳じゃないからそんなにあわあわするな。皆には悪いがな、みほは硬直した高校戦車道の世界に風穴を開けたんだからもっと胸を張っていればいいんだよ。ええと…ああそうだ、何が言いたいかというとだな、私には私の戦車道があって他の皆もそれは同じだ。この三年それぞれ自分の戦車道を信じて戦って来たはずだ、勿論迷う事だってあっただろう…私なんか迷う事だらけだったがな……でも例え迷ったとしても最後は自分の信じた道を進めていればそれでいいと私は思うんだがどうだろう?」

 

 

 話を締める処でアンチョビが視線をラブに向けると、彼女はそれに応えて微笑を浮かべる。

 まほがこの二人に負い目や敵わないといった感情を抱くのはこんな時だった。

 だが当の二人はまほがそれを気に病む事ではないと平然としているのが、彼女にとってはそれも少し悔しいと感じる事らしい。

 まほは思う、この二人は自分などより遥かに大人なのだと。

 

 

「まほぉ、アンタなんて顔してるのよ~?」

 

「え?あ?イタっ!」

 

 

 二人に話を聞くうちに余程情けない顔になっていたのかスルリと寄って来たラブが、長く美しい指でまほのデコを良い音をさせて弾いた。

 

 

「この!何するん……ぐはっ!」

 

 

 立ち上がって掴みかかろうとしたまほであったが、目の前で弾けるように揺れるラブのたわわを見た瞬間に鼻から鮮血が迸った。

 

 

「うわ!やりやがった!」

 

 

 アンチョビが叫ぶと同時に湯に鼻血を垂らさぬよう慌ててまほは飛び出して行った。

 

 

「全く何やってんだか…って、まあ無理もないか……」

 

 

 まほに掴みかかられ慌てて湯に沈んだが、それだけはプカプカ機雷のように浮いているラブのたわわを隠す事は出来ずそれを見てアンチョビは溜め息を吐いた。

 

 

「千代美まで……」

 

 

 ジト~っとした涙目でラブに睨まれアンチョビも慌ててたわわから視線を逸らす。

 

 

「By the way しかし今回は驚いたわ…アレは大洗で見て思い付いたんだろうけど、よくこの短期間であれだけ連携して動けるようにしたわね~」

 

 

 ケイが助け船という訳ではないが、アンチョビに今回の試合で見せたラブ達の技のコピーに関して、素直の感心したような口調で称賛を口にした。

 

 

「ん?まあウチは元々戦車振り回すのには慣れてるしな、それ自体は大して問題じゃあなかったよ。一番大変だったのは血の気の多い連中を突っ走らせないようにする事だな、でないともっと早くガス欠と弾切れ起こしてただろうなぁ」

 

 

 しみじみと言うアンチョビだが、それでも短期間であれだけ鍛える手腕は侮れない。

 

 

「でもL3 cc導入とは考えたわね!まさか対戦車ライフルで来るとは思わなかったわ!」

 

「いやなカチューシャ、ラブにも言ったんだがアレは元からあったCV33を改造キットでL3 ccに変更しただけなんだよ。いくら出店で稼いだといっても豆とはいえ戦車を3両も買える程稼いだ訳じゃないし、キットだって3両分がやっとだったんだよ」

 

 

 切実極まりない話にカチューシャがショボンとなったが、直ぐにアンチョビもフォローを入れた。

 

 

「わたしゃマカロニが立体になってたのが一番驚いたけどねぇ」

 

「そうは言うが角谷よ、アレで結構有効だぞぉ」

 

「解ってるよ、大学選抜相手でも通用したんだからさ」

 

「そうね、戦闘中に一瞬見た位じゃ充分本物に見えるわ。ご丁寧に砲塔まで旋回するんだもの、相手にする側からしたら充分焦るわよ。いて欲しくない場所にいて欲しくないタイミングで現れるんだもの、ハッタリとしての効果は抜群だったわねぇ」

 

「でもなぁ、さすがに私も風で飛ばされるとは思いもしなかったからなぁ……」

 

 

 腕を組んで首を傾げるアンチョビの眉毛は困ったようにへにょりと下がっている。

 途端にその光景を思い出した者達が一斉に笑い始めた。

 

 

「あれ本当にビックリしたわよ、だっていきなり戦車が風で宙に舞ってバラバラになるんですもの。試合中にあんな光景見て見なさいよ、頭ん中真っ白になるわ」

 

「次は下にウェイト入れてみるかぁ……」

 

「チョビ子まだやる気なんだ!?」

 

「だからチョビって言うなぁ!」

 

 

 そして杏のお約束の一言にアンチョビ噛み付きその話もそこで終わった。

 

 

「さて、私はそろそろ上がるわね。あまり温まり過ぎても良くないと思うから」

 

「お?おおそうか、体調の方は大丈夫か?」

 

「ええ、お蔭様で。とても良いお湯だったわ、ありがとう千代美」

 

 

 ラブが立ち上がるとAP-Girlsのメンバーもそれに従い、お湯の中から立ち上がった瞬間彼女達のたわわが一斉にポヨンポヨン揺れて、皆その光景に目が釘付けになる。

 

 

「…アンタ達今夜は程々にしなさいよね……」

 

『ぐっ……』

 

 

 視線が集中する中ラブはそれらを睨み返し、冷たく一言言い放つと浴室を後にした。

 

 

「あれ?もう上がったのか?」

 

 

 脱衣所では先程飛び出したまほが、ミネラルウォーターのボトルを額に当てクールダウン中だったが、ゾロゾロと浴室から出て来たラブ達に気付き籐編みのリクライニングチェアから身を起こした。

 

 

「ええ、明日があるしね。充分温まらせて貰って身体も楽になったわ」

 

「そ、そうかそれは良かった」

 

「まほこそ大丈夫なの?」

 

「あ、ああ大丈夫だ問題ない」

 

 

 ラブもそれ以上は言わないが明らかにこの後の事を意識して鼻息荒めなまほの様子に、これは何を言っても無駄だと悟ったように小さく溜め息を吐いた。

 

 

「ホント…程々にね……」

 

 

 その後彼女達は身支度を整えると我が家である笠女学園艦への帰路に付いた。

 

 

「みんなゴメンね、今回勝てなかったのは完全に私のせい…ううん違うわ、正しくは今回もね……あなた達はよくやってくれているもの、問題なのはやはり私だわ」

 

 

 アンツィオの学園艦から下艦すべくイタリアを模した市街地区画を抜ける途中、唐突にラブが口にした言葉に日頃は明るく自信たっぷりに振る舞っている少女達の顔が一斉に歪むと、口々にたった今ラブが云った事を否定しその瞳いっぱいに涙を溜めている。

 少女達の過剰反応っぷりに驚くラブを余所に彼女達の反論は止まらず、その口調と内容は徐々にエスカレートして行き、今の彼女達は一種の恐慌状態に陥っているように見えた。

 彼女達にとって崇拝の対象であり絶対の存在であるラブの自分を否定する今の発言は、いわば彼女達AP-GirlsのメンバーにとってはNGワードであり、ラブは無意識のうちにうっかりとその地雷を踏み抜いてしまったのであった。

 猛反発を受けたラブは内心しまったと思いつつ、胸の前に手をかざし苦笑いをしながら彼女達を諌めるような仕草で応じるが、既に泣きながらの抗議になっている彼女達を中々止める事は出来ない。

 

 

「ええと…その、ほんとゴメン……そんなにも私の事を想って貰えて本当に嬉しいわ。でもね、落ち着いてよく聞いて欲しいの。今回はたまたま私の女として避けられない理由で指揮に支障をきたしてしまったけど、本当の問題はそれだけじゃないの。ここまでの状況を見ていればみんなも解ってるでしょ?私はやっぱり健常ではないのよ、大洗とプラウダ戦ではそれが顕著に表に出てしまったわ」

 

 

 ラブが視線を巡らせると、少女達は睨むような目でそれに応えて来る。

 しかしラブも若干引きながらも更に先を続けた。

 

 

「何でもない状態でも決まった時間に何種類もの薬を飲まなければいけなかったり、普通の戦車道選手にここまで問題を抱えている子はまずいないと思うの。勿論私も自分のハンデは承知の上で事に臨んでいるけれど、実際にやってみないと解らない事も多くて日々手探りな感は否めないわ。そしてそれに関してはあなた達に当初考えていた以上に負担を掛けてしまって、結果としてそれが試合にも影響を与えているのは紛れもない事実なの」

 

 

 唇を噛みラブを睨み付ける少女達の瞳は、悪いのはラブではなく自分達が不甲斐無いからだと訴えており、そんな彼女達の様子にラブも困ったような笑みを浮かべていた。

 

 

「あなた達の言いたい事は解るわ…本当にありがとう。でもね、事実は事実として受け入れなければいけないの。現状AP-Girlsの中で一番の問題点はこの私、これは間違いのない事実よ。でもそれが解っている上でこれからも戦って行く為にはあなた達の、AP-Girlsの力が必要なの。だから改めてお願い、私に力を貸して欲しいの」

 

 

 ラブが全てを言い終わらぬうちに少女達は力強く頷く。

 その様子にふっと力の抜けた安堵の表情を見せたラブは、それが何であるかはまだ明言せぬものの、この先戦って行く上で必要な策を幾つか講じて行く事を彼女達に告げるのだった。

 

 

「まあそんな訳で明日のライブが終わってからだけど、私はちょっと横須賀に行って来るわ」

 

「え?それはどういう事よ?今ラブ姉が横須賀に行く意味が解らないわ」

 

 

 凜々子が皆が思った事を代弁するがのように口にすると、他の者達も同意とばかりに頷いている。

 

 

「それに直ぐ熊本に向かうんでしょ?日程結構ギリギリだと思うんだけど?」

 

 

 そして凜々子に続き鈴鹿が現実的な問題を突き付けると、ラブも想定していたらしく即答した。

 

 

「勿論艦には熊本に向かって貰うわよ、横須賀に向かうのは私だけ。スーパースタリオンかオスプレイか、都合の付く機体で行って来るわ。さすがに夜になってから行って戻っての日帰りは無理があるから一泊して来る事になるけど」

 

「一泊って一体どこ行くつもりなのよ!?」

 

 

 再び凜々子が口を開いたが話の要領を得ず、その表情は少しイラついたように見える。

 

 

「え?どこって家に帰るのよ」

 

『はぁ?家?』

 

 

 ラブの答えに今度は全員の声がハモる。

 

 

「家?横須賀?言ってる意味が解んねぇよ!」

 

「夏妃こそ何言ってんのよ…ああそうか、家って言っても学園艦の事じゃないわ。実家の事よ、横須賀にある私の実家の事」

 

 

 少しの間を置いて漸くラブの言っている事を理解した一同だが、今度は別の疑問を抱くのだった。

 

 

「家…あぁ、あのお城か……でもなんでまた今になって急に家に行く気になったのよ?」

 

 

 浦賀水道を見下ろす観音崎の山の上にそびえるドイツの古城のような城の様子を思い出しながら、鈴鹿はその疑問を口にした。

 

 

「ん~、何て言うのかな…話し合いとか対話とかそんな感じの事……」

 

「何よソレ?大体話し合いって相手は誰よ?」

 

 

 鈴鹿は帰って来た答えに更に質問を重ねる。

 

 

「ええとねぇ……それは帰ってから改めて説明するわ。これは何て言うか私の気持ちの問題だから」

 

 

 こういうもの言いをする時のラブはそれ以上追及しても口を割る事はないのが解っているので、鈴鹿も無駄に労力を使う気がないらしくそこで話を終えるのだった。

 

 

「とにかくみんなは明日のステージに集中して。今回は今までと大分毛色が違うから気を付けるのよ、これが成功すれば私達のパフォーマンスの幅がまた大きく広がるんだからね」

 

 

 翌日のライブの演出にラブは並々ならぬ熱意を注いでおり、その真剣な表情にAP-Girlsのメンバー達も今はその事のみに集中する事に決めラブに向かいひとつ大きく頷いて見せるのだった。

 そしてラブ達が明日に備え早めに床に着いたその夜、しほとラブに程々にと言われたにも拘らずラブフェロモンを大量摂取したケダモノ達は盛大に夜通し盛ったようであった。

 

 

「どいつもこいつもテカテカな顔しやがって……」

 

 

 翌朝の朝食時に学食でラブが遭遇したケダモノ達は、揃ってテカテカな顔をしている割に目の下にはクマが出来ており昨夜どれ程激しい戦車戦が行われたかを物語っていた。

 それはアンツィオ高校の寮に宿泊し帰投する為合流したまほとカエサルも同様で、特にカエサルはトレードマークのマフラーをいつも以上にがっちりと巻いており、どうやらその下は人様に見せられぬ程に盛った印が刻み付けられているらしい。

 しかしそれを上回る状態で皆の前に現れたのは、知波単の重連暴走機関車に亜美共々拉致され今の今まで行方の解らなかったダージリンであった。

 英子の車で帰投する為集合していた聖グロ組の前に送り届けられたダージリンは、アッサムをして捨て忘れた出涸らしのティーバッグと言わしめた程に全てを吸い取られヨレヨレになっており、昨夜は相当に激しい絹代の吶喊を受け続けたらしい事だけは想像出来た。

 

 

「こんな格言を知ってる?イギリス人は変態とセック──」

 

 

 髪の編み込みもデタラメで制服も着崩れたダージリンが訳の解らぬ格言を語り始めると、咄嗟に飛び掛かったルクリリやオレンジペコがダージリンの口を封じ簀巻きにすると担いで回収して行った。

 

 

「ヒドイ……今の口に装填手用のグローブ突っ込んでガムテで留めてなかった?」

 

「いや、でもなんかとんでもない事口走ってたし……」

 

 

 さすがのAP-Girlsもドン引きする中、ひとりアッサムだけが涼しい顔でダージリンが回収されて行く姿を見送っていた。

 

 

「でもホントみんな帰っちゃうの?みんなの分ぐらいは座席用意出来るわよ?」

 

 

 少し残念そうに話すラブは瞳が熱っぽくうるうるしており、確実に昨日よりフェロモンの散布量は増えているようで、昨夜スッキリしたはずの者達もまたムラムラし始めていた。

 

 

「い、いや私は熊本で試合に向け色々準備しなければならないしな……」

 

「実際熊本じゃ久しぶりの西住流対厳島流の試合という事で、何か異様に盛り上がってるようです」

 

 

 まほをフォローするようにエリカが口添えすると、ラブもキョトンとした顔になった。

 

 

「え?何ソレ……?」

 

「ホラ、厳島の拠点が熊本にあった時代は盛んに試合をやっていたらしいじゃないか。でもそれも昔の話で私達もよく知らないだろ?でも地元の昔を知るお年寄り達が相当盛り上がってるらしいんだ…だからラブには済まないが熊本入りしたらちょっと覚悟しておいて欲しいんだ……」

 

「あぁ……」

 

 

 まほの言わんとする処が理解出来たラブも短くそう答えるのがやっとだった。

 

 

「まあそんな訳でひと足先に熊本に戻って待ってるからな」

 

 

 そう言われてしまえばラブとしてもそれ以上引き止める事も出来ず、他の者達も対黒森峰戦までの数日の間に隊長としての職務と、学生としての本分を片付けねばならずそれぞれ解散して行った。

 まあ実際この6連戦に託けて遊び倒しているのでさすがにヤバいというのが本音だろう。

 

 

『あの事を話すのは黒森峰戦が終わってからだがさて何時がいいか……』

 

 

 帰投して行く仲間達を見送るラブとアンチョビだったが、隣りで手を振るラブを横目で見つつ試合前の一件について話すタイミングを考えていた。

 

 

「ち・よ・み・ちゃ──────ん!」

 

「うう゛ぉ゛っ!」

 

 

 前日と同様に高過ぎるテンションで現れた英子は、今日もタックルのようなハグでアンチョビに飛び付き存分にアンチョビの抱き心地を堪能していた。

 

 

「だからアンタは何でそんなに元気なのよ……?」

 

 

 一緒に現れた亜美はメイクで誤魔化し切れない目の下のクマと、マフラーでも隠し切れない襟元のキスマークが、壊れたダージリン同様昨夜の戦車戦の激しさを物語っていた。

 

 

「お二人共お元気そうで……」

 

 

 若干息を切らしながらアンチョビが挨拶をすると、テッカテカな英子は満面の笑みで頬擦りを始めもしこの場にまほがいれば絶叫した後に卒倒するのは確実だろう。

 

 

「え~っと…お早う御座います……」

 

 

 対照的な二人にラブが恐る恐る挨拶をすると、そこは亜美が大人な対応で優しい笑みで挨拶を返して来たが、近くで見ると彼女もまたダージリン同様に限りなく出涸らしなのがよく解った。

 

 

「あの…大丈夫ですか……?」

 

「え、ええ…大丈夫よ……」

 

 

 そう答えた亜美がラブに歩み寄り掛けた処でアンチョビが慌ててストップを掛けた。

 

 

「亜美さんスト────ップ!それ以上は危険です!」

 

「え?どういう事かしら?」

 

「ええとそれは‥…」

 

 

 そこで言い淀んだアンチョビがチラリとラブに視線を奔らせると、いじけかけた表情と潤んだ瞳でどうぞとばかりに身振りだけで説明するよう促した。

 

 

「うぅ……ちょっとすみませんお耳を拝借、実は──」

 

 

 さすがにラブの前で普通に説明するのは忍びない気がしたアンチョビは、亜美の耳元で極力小声で現在のラブの状況を説明するのだった。

 

 

「えぇ!?ウソ…?そんな……」

 

 

 アンチョビが説明していくうちに亜美の顔には朱が奔り、昨日からの謎のドキドキと身体の疼きの理由を理解したが、それと同時に英子と絹代の暴走もそれが原因である事も理解した。

 尤も絹代の場合はそこに至るまでに、ダージリンが思わせぶりに散々振り回し弄んだ結果であり、完全にダージリンの自業自得以外の何ものでもなかった。

 しかしアンチョビの話を聞くうちに、英子がその事を知った上で自分に一切それを話さずに事に及び盛りに盛っていた事に亜美は爆発したのであった。

 

 

「英子──っ!あんた──っ!」

 

「え~?何よ~?亜美だって楽しんだんだからいいじゃない♪」

 

「そういう問題じゃない!今だって千代美ちゃんが止めなかったら……あんたまさかそれを狙って黙ってたんじゃないでしょうね!?」

 

「さあ?何の事かしら♪」

 

 

 ニヤニヤとゲスい事極まりない笑みを浮かべる英子と、その笑みにブチキレて噛み付く亜美であったが、止めに入ったアンチョビの声と視線でハッとして途端に小さくなって行くのであった。

 

 

「あの…お二人共もうそれ位で……」

 

 

 まあまあといった感じの身振りで制しつつアンチョビがチラリと視線をラブに向けると、その特殊な体質の問題で自分でもどうにも出来ない事とはいえ、それが原因で起こる事態にこれ以上はない位にラブが凹んでいるのがその視線を追った二人の目にも飛び込んで来た。

 周りの者達はラブフェロモンの影響で盛りに盛っているのに対し、自分の色恋は一切進展がないのでその落ち込みぶりは尚更であった。

 

 

『あ……』

 

 

 瞳うるうるで凹んでいるラブを見た二人は、わたわたと狼狽えた挙句に折角アンチョビが昨日よりパワーアップしているラブと接触せぬように配慮していたにも拘らず、それを忘れてフォローのつもりで両側からラブを優しくハグしてしまうのだった。

 

 

「あ゛~あ゛……」

 

 

 それまでの努力がふいになったってしまったアンチョビは、思わず片手で顔を覆っている。

 結局原液の濃度でラブフェロモンを摂取してしまい、鼻息の加給圧が最大になった英子が再び暴走し、亜美を抱えて姿を晦まし戻って来た時には昼近くになっていた。

 二人が走り去った後アンチョビもラブを慰めてやりたかったが、直接触れ合うのは危険過ぎてガックリと膝を突いて落ち込むラブを慰める事が出来なかった。

 しかしラブがそんな状態であっても容赦なく笠女学園艦の開放は始まり、ラブもAP-Girlsのリーダーとして各種イベントをこなして行ったが、ここでもやはりラブフェロモンの影響が出てしまい、どのイベントも一種異様な熱気に包まれ悶々とした雰囲気の来場者で溢れる事となっていた。

 そんな中開催イベント中唯一その影響から免れたのは、三保半島の真崎海水浴場で実施されたS-LCACの体験搭乗だけであった。

 

 

「その…さっきは御免なさいね……」

 

 

 イベントの合間の僅かな時間、アンツィオからの差し入れでランチを確保していたラブ達は、戻って来た英子と亜美も交え細やかな昼食会を催していた。

 

 

「いえ……」

 

 

 まだ少し凹み気味なラブに小さくなっていた亜美が謝罪の言葉を口にして、隣の英子はテーブルに頭を押し付け平べったくなっていた。

 

 

「あの…もう大丈夫ですから……」

 

 

 英子の様子が可笑しくてラブもクスクスと笑いながら声を掛けると、英子もバツが悪そうに頭を上げ亜美と並んで謝罪していた。

 

 

「でもいいのかしら?私達までライブにご招待頂けるなんて……?」

 

「ええ、来て頂けたら嬉しいです…本当は絹代さんにも来て頂きたかったんですけれど……」

 

「ご挨拶もせずに申し訳ありません。実は今日知波単も本拠地の千葉で練習試合がありまして、それに間に合うよう朝一で出発してしまいましたので。アレ(絹代)には改めてご挨拶に伺わせますのでどうかご容赦願いたい」

 

「いえ、気にしないで下さい。逆に忙しい中、応援に来て頂いてとても嬉しかったですから」

 

 

 にっこりと微笑むラブに、二人もやっと安堵の溜め息を吐いた。

 

 

「さあ、それでは落ち着いた処であまり大した物はないが昼食会を始めようではないか♪」

 

 

 アンチョビの合図で次々とイタリアンがテーブルに並んで行く。

 細やかとは言いながらもそこはアンツィオのやる事であり、通常の昼食を考えれば遥かに豪華な品々が所狭しとテーブルに並び、それだけでAP-Girlsの楽屋はちょっとしたイタリアンのレストランのようになっていた。

 

 

「やっぱり千代美ちゃんのお料理のウデは凄いわ♪」

 

「いや、私だけが作ってる訳じゃないですから」

 

「でも基本は千代美ちゃんの仕込みなんでしょ?」

 

「それはまぁ……でもウチの連中はみんなスジが良いですから」

 

 

 そう誇らしげに語るアンチョビを、ラブがどこか眩しそうに見ている。

 そのラブの事故が縁で出会ったアンチョビと英子だが、あの一件以来アンチョビは英子の胃袋を捕らえたまま離していなかったようだ。

 そんなやり取りをしながらも食事を続けていると、不意に亜美が旺盛な食欲を示すAP-Girlsの少女達に向かい感心したように声を掛けた。

 

 

「うん、あなた達は同世代の戦車道の選手よりよく食べるわ。やっぱり戦車道プラス芸能活動がある分カロリー消費量も桁違いなんでしょうねぇ…それでいて常にそのスタイルを維持しているんだからほんと凄いわ……」

 

 

 それだけ言い終えると、視線を彼女達のたわわとウェストのくびれに向け溜め息を吐いた。

 

 

「まあ確かにステージの翌日は制服とか微妙に緩くなったりしますけど……」

 

「やっぱりそうなのかぁ~!?」

 

 

 ちょっと恥ずかしそうに話すラブの言葉にアンチョビが驚きの声を上げた。

 

 

「何言ってんのよ?ラブ姉はおっぱいのサイズだけは変わらないじゃない!ホント信じらんない!みんな全体的にサイズが落ちるのにラブ姉のおっぱいだけは絶対サイズ落ちないんだもの!」

 

「ちょっ!凜々子!?」

 

「う゛お゛ぉ゛ぉ゛~!やっぱりそうなのかぁ~!?」

 

 

 凜々子がほっぽり投げた暴露の爆弾でアンチョビ達が騒然となった。

 ラブはこれ以上何か言われないようにと凜々子の口を塞ごうとするが余裕で躱されている。

 更にその後、春から此処までの間に3回もブラのサイズが合わなくなりオーダーで作り直した事までバラされたラブは、涙目で開き直り目の前のパスタの山をヤケ食いするのであった。

 そんなこんなで楽しいランチタイムを終えると、再びラブ達は各種イベントをこなす為に奔走し忙しくメインイベントであるライブまでの時間を過していた。

 そして迎えたライブの開演は、ステージの照明に灯が燈ると共にアンチョビ達は度肝を抜かれ大いに驚く事になるのであった。

 これまでに何度か見たAP-Girlsのステージであったが、今回はステージ全体が大きく改装されイタリアの観光名所であり、とある国の王女が束の間の自由な時間を過す内容の映画でも有名なスペイン広場風になっていた。

 ステージ第一部の内容の方もその映画をモチーフとしたミュージカル仕立てになっていて、アンチョビ達は歌だけに留まらなかったAP-Girlsの演技力に只々驚くのであった。

 それは既に同世代のアイドルとは完全に一線を画するレベルであり、同い年であるアンチョビが純粋に感動しているのに比べ、彼女よりは人生経験のある英子と亜美はその年に似合わぬレベルにあるAP-Girlsの実力に空恐ろしさすら感じていた。

 

 

「あのアン王女と恋お嬢さんの境遇ってちょっとだぶって見えるわね……」

 

「え?あ…言われてみれば確かに……」

 

 

 第一部が終わり幕間の僅かな休憩時間、ラウンジに出てソフトドリンクを口にする三人であったが英子が少し感慨深げに言った事に、亜美も心当たりがあるらしくどこか寂し気な微笑を浮かべて英子が言った事に同意した。

 

 

「まあ実際厳島のお姫さまだしねぇ……」

 

「でも最後のティアラを付けたラブは本当にお姫さまにしか見えなかったです♡」

 

 

 興奮冷めやらぬアンチョビは目が完全にハートになっていて、英子と亜美もその年相応以上に可愛らしいアンチョビの様子にこれ以上はない優しい微笑を浮かべていた。

 しかし彼女達の感動や興奮を余所に、第二部の冒頭では更なる驚きが待っていたのだ。

 彼女達流にかなりアレンジされているとはいえ、イタリアを代表するオペラ曲をメドレー形式で何曲か歌い上げ、これには英子と亜美も完全に驚きに言葉を失っていた。

 そしてその後は彼女達が本領を発揮する激しいステージとなり、ラブフェロモンの影響もありその日のステージは一種異様な盛り上がりを見せ、カーテンコールまで怒涛の勢いで突っ走り万雷の拍手はいつまでも鳴り止む事はなかった。

 

 

「うおぉぉラブ!凄かったぞぉぉ~!」

 

 

 ステージ終了後ラブ達の楽屋を訪れたアンチョビを始め英子と亜美、それにアンツィオの隊員達は一斉にラブとAP-Girlsのメンバー達を褒め称え、すっかり興奮したアンチョビはラブの両の頬にキスの雨を降らせていた。

 

 

「ちょ、ちょっと千代美!今の私は──」

 

「今日はもう構うものか!素晴らし過ぎてこれしか感動を表す方法を思い付かないぞぉ!」

 

 

 初恋の人に頬とはいえキスをされたラブは、その鼓動が一気に跳ね上がるのを感じていた。

 英子と亜美や他の者達はその騒ぎに笑っていたが、カルパッチョと愛以外のAP-Girlsのメンバー達はラブのリアクションに少し冷や冷やしていた。

 しかしこのすっかり興奮したアンチョビの行動がこの後に思わぬ好結果を呼ぶ事になるとは誰も想像する事は出来ず、愛がほんの一瞬見せた悲痛な表情に胸を痛めていたのだ。

 

 

「本当に御免なさいね、結局大した役に立てなかったわ……」

 

 

 全てのイベントを終え艦内にいた一般の来艦者も下艦した今、笠女学園艦は熊本に向け出港すべくその準備に追われていた。

 この時間になるとAP-Girlsもやっと自由になり、派手な衣装とメイクから制服姿の普通の女子高生に戻り、出港までの時間をアンツィオの隊員達との交流に費やしていた。

 そんな中凜々子と鈴鹿と夏妃の三人に対し、カルパッチョは目立たぬよう小さく頭を下げていた。

 

 

「いえ、そんな事はありません。昨夜も最後に愛に掛けて頂いた言葉は間違いなくあの子の心に届いていました。ただ…あの子も不器用な子なので色々時間が掛かるだけなんです。でもさっきの様子から見ても、もうあの子の中でも気持ちははっきりしていると思います。これからはもう私達だけで何とか出来ます、カルパッチョ先輩には本当にお世話になりました」

 

 

 凜々子はカルパッチョの心遣いに仲間を代表して感謝述べた。

 

 

「そう?それならばいいんだけれど……」

 

 

 幾何かの不安を感じるもののカルパッチョも彼女達を信じる他は術がなく、今はただラブと愛の幸せを願うのみであった。

 

 

「敷島さん今日中に横須賀に帰られるんですか?」

 

「ええ、この時間なら東名ももう空いているしね、横須賀まで高速乗り継いで行けるから2時間かそこらで帰れるわよ」

 

「え?そんな早く帰れるんですか?」

 

 

 例え戦車や軍用車両には許可された範囲で乗る事はあっても、一般道、ましてや高速道路などは高校生であるラブ達が自分で運転して走る事は出来ないので、その時間的感覚は驚きであった。

ただ、この後空路で横須賀に向かう身としては少々申し訳ない思いもあった。

 

 

「それで蝶野教官は?」

 

「私は今回ヘリだからこのまま教導任務で1校指導に行って、その後直接熊本入りするわ」

 

「そうですか……それでは熊本でお待ちしていますね」

 

 

 宴の時間が終われば日常が戻って来る。

 但し戦車道と芸能の世界に身を置くラブ達にとってはその日常ですら一般社会とは随分とかけ離れたものであるが、それもまた彼女達が望んだものであり何の不満もなかった。

 

 

「さて、それじゃあ私は行くわ。今からなら日付けが変わる前に帰り着けると思うから」

 

 

 実用一辺倒のゴツいクロノグラフに目を落とした英子は、立ち上るとそれぞれと別れの挨拶を交わし、最後に改めてアンチョビに声を掛けた。

 

 

「千代美ちゃん素晴らしかったわ、昨日の試合は千代美ちゃんの高校戦車道に於ける集大成を見る思いだった。三年間本当に良く頑張ったわね、何もない処から始めて良くぞここまでやったものだわ。改めて言う、安斎千代美の戦車道は誰にも負けない素晴らしいものよ」

 

「英子姉さん♪」

 

 

 輝くような笑顔になったアンチョビに、英子は彼女のお株を奪うようなイタリア式の祝福のキスを両の頬に与え、くすぐったそうにしながらもアンチョビはそれだけで充分にこれまでの苦労が全てが報われたような気持になった。

 彼女と英子の関係をあまりよく知らぬアンツィオの隊員達にとって、それは少しの驚きと感動の混じった光景であったが、それとなく昔話として聞かされていたぺパロニとカルパッチョの二人は、そのアンチョビの様子に笑顔を浮かべるとハイタッチを交わしていた。

 ラブもまた嬉しそうなアンチョビの姿を見て微笑んでいたが、もし自分があの事故に遭わなければこの二人が出会う事はなかったと思うと少し複雑な気持ちになるのだった。

 

 

「きゃ~!英子姉さんそれ以上は~♡」

 

「くぉらえいこぉ~!千代美ちゃんに何やってんのよ!」

 

「あいた────っ!」

 

 

 ラブが感慨に浸っているとアンチョビに祝福のキスをしていたはずの英子が、ラブフェロモンの影響のムラムラを押えられずアンチョビにいかがわしい行為に及び始め、すかさず亜美が英子の後頭部に鉄拳制裁を加えていた。

 ちょっとした感動も何処へやら、クスクスと笑うラブの前で英子と亜美はコントを続けている。

 

 

「あーもううっとおしい!サッサと横須賀に帰んなさいよ!」

 

「なによもう、そこまで邪険にしなくてもいいじゃない…それじゃあね千代美ちゃんまた会いましょう、高校出てちょっとすれば一緒にお酒も飲めるようになるわね。今から楽しみよ♪」

 

「もう、英子姉さんったらぁ…って、そうだ!これを持って行って下さい!」

 

 

 アンチョビが指を鳴らすと、アンツィオの隊員達が発泡スチロール製のクーラーボックスを大量に運び込んでは積み上げ始めた。

 

 

『何コレ……?』

 

「アンツィオ特製のジェラートです、蓄冷剤でガチガチにしてあるので明日いっぱいぐらいはこのままでも大丈夫ですから。勿論亜美姉さんの分もありますからね♪」

 

 

 皆が驚く中、運び込まれたクーラーボックスでピラミッドが築かれて行く。

 

 

「ちょ…千代美?」

 

「お前達の分もあるからな、熊本までの道中で食べてくれ」

 

「いや、ちょっといくら何でも多過ぎじゃない?」

 

「取り寄せたイチゴが痛まないうちに総出でジェラートにしたからな、これでもそのうちのほんの一部なんだよ。だから遠慮しないで食べてくれ」

 

「そういう事なら車に積めるだけ頂いて帰ろうかしら?お土産にして明日ウチの署の娘っ子達に食べさせてやるわ」

 

「どうぞどうぞ♪オイ!オマエら!」

 

 

 アンチョビが隊員達に声を掛けると、心得たとばかりにクーラーボックスを英子の車に積み込むべく台車で運び始め、その隊員達もいつの間にか『英子姐さん』などと呼んでおりすっかり彼女の事を慕っているようであった。

 

 

「それじゃあ今度こそ本当に行くわ、みんな元気でね」

 

『はい!』

 

 

 軽く手を上げると颯爽と英子は去って行き、それを見送った亜美もひとつクーラーボックスを手に取るとラブとアンチョビに極上の笑みと共に礼を述べた。

 

 

「さすがに私はひとつにしておくわ、基地に帰れないからね。本当に楽しくていい思いさせて貰っちゃったけどホント良かったのかしら?それでは熊本で会いましょう、二人共本当にありがとう」

 

 

 ちょっと迷ってフェロモンの事もあるのでおっかなビックリながらも、亜美はラブとアンチョビに英子同様イタリア式の挨拶で別れを告げた。

 二人がはしゃぎながら亜美を見送るとちょうどそのタイミングで笠女学園艦も出港準備が整ったらしく、艦全体を震わすように汽笛をひとつ鳴らしていた。

 

 

「いよいよ次が最終戦かぁ、アンツィオ(ウチ)がこのペースで試合やったら私らの前に艦のエンジンが音を上げそうだなぁ…でもオマエも本当に大丈夫か?正直さっきからあまり顔色も良くない気がして心配だったんだよ……」

 

「まあ私もそれで寝込む事はそうないから大丈夫よ…でもこれって周りはいい迷惑よね……」

 

 

 過去最悪に酷い事態を引き起こした事でラブがショボンとしてしまい、居た堪れないアンチョビはちょっとテンパりかけたのだが、覚悟を決めた表情になると後はもうどうにでもなれとばかりにラブを抱き締め優しく慰め始めた。

 

 

「千代美!?」

 

「大丈夫だ…お前は悪くないんだから……まだこれから色々と大変だろうが頑張るんだぞ。何か困った事があったらいくらでも我々に頼っていいんだからな」

 

「……」

 

「さ、時間だから我々も引き上げるとするよ。熊本にも応援に行くからな、久し振りにまほと対決するんだ、目一杯楽しむといいさ」

 

 

 ラブからその身を離したアンチョビの心臓はこれ以上はない程にドキドキしていた。

 直ぐ目の前にあるラブの潤んだ瞳の美しさは、思わず喉を鳴らしてしまう程だ。

 

 

「そ、そうだ…これから先も頑張れるようにおまじないをしてやろう!」

 

「千代美?」

 

 

 不思議そうにアンチョビを見つめるラブの表情は実に色っぽく、アンチョビは自然にふるまっているつもりでもその動きはギクシャクとしていた。

 それでも一度首を左右に振ったアンチョビはそっとラブの前髪を掻き上げると、その形の良い額に優しく口付けをしたのだった。

 

 

「……!」

 

「頑張れ……ラブ」

 

 

 口付けを終えたアンチョビが、今度はその耳元で応援の言葉を囁く。

 

 

「…うん……」

 

 

 短く小さな声で一言だけ答えたラブは耳まで赤くなっている。

 想いを伝えた事のない嘗ての想い人からの贈り物に、ラブの瞳からひと筋熱いものが零れた。

 今の彼女にとってはそれで充分であった。

 その贈られた思いだけで私はこれからも戦える。

 熱いものが流れた後のラブの瞳には、再び強い光が宿り美しく輝きを放っていた。

 

 

『ありがとう…千代美……』

 

 

 




ダー様の扱いが相変わらず酷いですがそれはそれだけ愛しているからですw

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