ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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すみません、ちょっと曜日を一日勘違いしてました……。

中身の方はサブタイトルでずっと読んで頂いてる方には解っちゃうかな?


第六十一話   眠れる女豹

「ふぅ……」

 

 

 レンガ造り風の倉庫らしき建物の厳重に過ぎるセキュリティを解除したラブが、5頭のジャーマン・シェパード達をその場に残し鉄扉を潜った後も計三回のセキュリティチェックを受け、やっと倉庫内に入った頃には既に日付けも変わっていた。

 やっと面倒なセキュリティを潜り抜けたラブが思わず吐いた溜め息は、細く絞られたマグライトの光の中、白く輝いた後に霧消して行った。

 

 

「敷島さんももう家に辿り着いたかしら?」

 

 

 清水から高速を乗り継ぎ横須賀を目指し先発した英子の予想によれば、日付が変わる前には横須賀に辿り着いているはずであり、空路で楽々と先に横須賀入りした身としては少々後ろめたさと申し訳なさがあるのであった。

 

 

「さて……」

 

 

 マグライトで壁の配電盤を照らしたラブは、手を伸ばし倉庫内全ての照明のスイッチを入れようとしたがその直前になってその手を止めた。

 

 

「えっと……」

 

 

 ラブは止めた手を暫し宙で彷徨わせた後、少し躊躇いがちに間接照明のような足元のみを照らす照明のスイッチだけを入れた。

 照明に灯は入ったもののその明るさは常夜灯程度の明るさしかしかなく、それまでよりは格段に明るくなりはしたが全体で見れば薄暗く見える物はどれも細部までは判別が出来ない。

 だが、それでもそこに何があるかは解る程度には明るくラブの視線の先、倉庫の中央部に巨大な鋼鉄の女豹が蹲っているのが確認出来た。

 

 

「ママ……」

 

 

 薄闇の中、熱に浮かされたような足取りでラブはその巨大な影に近付いて行く。

 忌まわしき事故から三年、その悪夢を断ち切るべく親子の対話が今始まった。

 

 

「え……!?」

 

 

 厳島家のメイド長、藤代雪緒(ふじしろゆきお)のまるで謎かけのような言葉に困惑した愛は、その言葉の真意が掴めず答えを求めるように雪緒の瞳を見つめ返してしまうのであった。

 

 

「愛お嬢様は恋お嬢様からどの程度、Love Gunについて聞かされていらっしゃるのでしょうか?」

 

「Love Gun……?」

 

「ああ、これは大変失礼致しました。Love Gunと申しましても今恋お嬢様がお乗りになられているⅢ号J型ではなく、云わば初代Love GunであるパンターG型についてで御座います」

 

「あ……」

 

 

 その雪緒の話で察しの良い愛は全てを理解した。

 これまでにラブが折にふれポツリポツリと散文的に語る事はあっても、自分から積極的に三年前の事故について語る事は一度もなかった。

 故に愛達AP-Girlsのメンバー達も先代Love Gunについてはあまり詳しい事は知らず、それに関して深く追及する事もしなかった。

 ただその先代Love GunであるパンターG型がラブの生みの親である麻梨亜の形見である事は、何かの話のついでに聞かされた記憶はあった。

 しかし三年前の事故の後に初代Love Gunがどうなったのか、何処に行ったのかは聞かされた記憶はなく、それもまた今の今まで気にも留めていなかったのだ。

 

 

「……!」

 

 

 そこまでに自らの記憶を手繰った事と、たった今の雪緒の発言を結び付ければ、導き出される答えはひとつしかなかった。

 

 

「それではまさか恋姉様が話し合いと言っていた相手は……」

 

「あれだけの事がありましたから、ここまでは中々その気になれなかったのも無理からぬ事で御座います。それでも今日こうしてお戻りになられたという事は、恋お嬢様もそれなりの覚悟を決められたという事なのでありましょう」

 

 

 ラブにとっては今は亡き母の大切な形見であると同時に、自身にとっての悪夢の象徴でもある初代Love GunことパンターG型がこの城の何処かで眠っている。

 それに今このタイミングでラブが会いに来る理由、そのたったひとつの理由は愛も直ぐに思い当るものであり、目下のAP-Girlsとって最も深刻な問題であった。

 残す処後1戦となった練習試合6連戦はここまで実質AP-Girlsの5連敗となっており、数日後に控える最終戦となる黒森峰との一戦も、その戦力差を考えるまでもなく既に負けは目に見えていて6連敗もほぼ確定しているといっても過言ではなかった。

 しかしこれは開戦前からこうなるであろう事は、AP-Girlsのメンバー達も全員の意見が同じ結論で一致しているのであった。

 だが、この6連戦を全敗で終える事に対し彼女達の中に不満を抱えている者はいなかった。

 何故ならこの期間彼女達が最も重視したものは、これまでに積み重ねて来た訓練の成果である各種戦術や戦闘機動の実証実験であり、試合の勝敗に関しては当初からそれ程重要視はしていなかった。

 それでもやはり隊長であるラブは、彼女達に勝ち星とそれを得る喜びを与えたいと考えるのは当然であり、その為に打てる手を打つという事なのだろう。

 つまり、今ここでラブが動き始めたという事はやはりその先の為、年明けから始まる新設校を対象とした総当り戦、そしてそこで勝ち残る事で手に入る全国大会出場へのワイルドカードを視野に入れての行動であろう事は愛にとっても想像に難くはなかった。

 開校後の二次的な戦車調達の場面において、云わば大洗の廃校騒動の余波を受ける形で導入予定であった車両の調達に失敗した笠女にとって、この先戦って行く上でも絶対的な存在となる戦力の確保は急務であり最優先事項といってもいい問題であったのだ。

 しかし残念ながら年度計画では新車両が手元に来るのは春以降であり、新設校リーグ戦は問題ないがそれ以降を戦って行くには現状の戦力では相当な困難が予想されるのであった。

 

 

「覚悟……」

 

 

 再びパンターに乗る、それは直接自分が今の状態になった原因と向き合う事にほかならず、それが例え母の形見の戦車であったとしても、自分が死の一歩手前まで追い込まれた現場である事に代わりはなく容易な事ではないのは誰にでも解る事だ。

 そもそもあれだけの目に遭いながら尚も再び戦車道の世界に戻って来ただけでも驚くべき事であり、それが如何にラブの心が強く如何に戦車道を愛しているかを物語っていた。

 

 

「はい、でも大丈夫ですわ。恋お嬢様は大変お優しい方であられますが、同時に誰よりも強い心をお持ちでいらっしゃいますから。ですからどうか恋お嬢様を信じてお待ち下さい」

 

「はい……」

 

 信じる、そう、今はラブを信じて待つ他はなかったのだ。

 そして愛が雪緒よりラブの想いと決意の程を聞かされていたその頃、ラブもまた独り過去と、更には母の想い出と向き合っていたのであった。

 薄暗闇の中、多少目が慣れて来たせいかLove Gunの状況も最初に比べ解るようになっていた。

 砲塔側面に描かれたLove Gunの象徴である深紅のハートを貫く徹甲弾、嘗て仲間(ライバル)達より贈られ、同時にそのライバル(仲間)達を恐れさせたそのパーソナルマークは、三年の間にすっかりと色褪せ往時の輝きは全く見られなかった。

 更によく目を凝らせば各部が煤けて錆も浮き見るも無残な様相を呈していた。

 あの日、あの悪夢の日より今日に至るまで、只独りこの暗闇の中で主であるラブの帰りを待ち侘びていたLove Gunの下へ、三年の時を経てこの日遂に彼女が帰って来たのだ。

 

「ごめんね…ずっとあなたを独りにして……」

 

 

 車体に登り砲塔の横に腰掛けたラブは、砲塔側面に描かれた自身の象徴であるパーソナルマークをそっと撫でながら物言わぬ共に語り掛けた。

 

 

「ずっと逃げ続けていたわ、只現実から目を背けていた…怖かったの…ずっと現実と向き合うのが怖かった。でも…でもそんな私を慕って支えてくれる子達がいるの。ずっと辛い思いをしながらも必死に耐えて続けて来た子達よ。私、あの子達をもっと素敵な光り輝く世界に連れて行ってあげたいの。その為にはね…その為にはあなたの力がどうしても必要なの……だからお願い、もう一度あなたの力を私に貸して…もう一度私をあなたに乗らせて欲しいの…ママ……」

 

 

 ラブとLove Gun、三年ぶりの再会は薄闇の中静かに時間が流れて行く。

 

 

「あの……」

 

「はい?ああ、私の事は雪緒とお呼び下さい」

 

「あ、はい…ゆ、雪緒さん……」

 

 

 ラブがLove Gunと再会を果たしていたその頃、愛は雪緒にどうしても聞きたい事がありながらも中々その切っ掛けが見い出せず、何かを言いかけては口籠る事を繰り返していた。

 

 

「そうだ、愛お嬢様に良い物を見せて差し上げますわ」

 

 

 何処か悪戯っぽい笑顔になった雪緒はソファーから立ち上がると、部屋の壁一面に造り付けになっている書棚から数冊のアルバムらしき物を手にして戻って来た。

 

 

「あ……!」

 

 

 愛に前に差し出したアルバムを雪緒が開いて見せると、そこには輝くような笑顔の幼い頃のラブと共に今のラブにそっくりな女性と、優しく微笑む美しい男性の姿があった。

 

 

「これは……」

 

「はい、こちらのお二人が恋お嬢様のお亡くなりになられたご両親、(たつき)様と麻梨亜(まりあ)様でいらっしゃいます。そしてその真ん中にいらっしゃるのが幼稚園に入られたばかりの恋お嬢様で御座いますわ」

 

 

 初めて見る恋の両親の姿に愛は彼女の美しさの理由を垣間見たが、亜梨亜の双子の妹である麻梨亜が美しいのは当然として、父親である樹の美しさは衝撃の一言であった。

 だがそれ以上に衝撃的だったのは雪緒が最後に放った一言であり、それを頭の中で反芻した後に愛は驚きで大きな声を上げてしまった。

 

 

「え…えぇ!?」

 

「うふふ♪恋お嬢様は、この頃からもう既に大そう発育が宜しくていらっしゃいましたから」

 

 

 そう言いながらもうっとりと微笑みアルバムの中の恋を見つめる雪緒もまた、間違いなく厳島に関わる者といえるのであった。

 だが愛の方も耳では雪緒の説明を聞きながらも、その目はアルバムの中で無邪気に微笑む最早犯罪レベルで可愛いラブの姿から離す事が出来なかった。

 そのアルバムの写真の中、両親の間で微笑んでいる幼い頃のラブは、真新しい幼稚園の制服を身に付けこれ以上はない位に嬉しそうにしている。

 雰囲気からすると幼稚園の入園式の際に撮られた写真のようであったが、幼稚園のブレザーの制服姿のラブは凡そ幼稚園児には見えず写真の中からですら強烈な色気を放っており、異常なまでに愛の心臓をドキドキとさせていた。

 

 

「か、可愛い……」

 

「愛お嬢様、まだまだこんなものでは御座いませんよ?」

 

 

 そう言いながらも雪緒は愛にアルバムのページを捲るように促し、愛もまた夢の世界に誘われるようにアルバムのページを捲り始めた。

 

 

「え…?ヤダ…ウソ……♡」

 

 

 ページを捲る度、目に飛び込んで来る幼くロリロリながらも色気満点なラブの姿に、日頃は本当にこの少女は表情がないのではと思わせる程に無表情な愛が、ロリロリなラブの可愛らしい姿の連続にその顔をキュンキュンにさせて萌えに萌えているのだった。

 もし今の愛の様子を彼女をよく知るAP-Girlsのメンバー達が見たら、パニックを起こすか卒倒するかのどちらかかもしれない。

 現に暫く後に戻って来て、その愛の表情を見たラブが腰を抜かし絶叫した程であったのだから。

 そしてその時の事を、ラブは『一生忘れん』と後に語ったそうである。

 

 

「如何ですか愛お嬢様、素晴らしいでしょう?」

 

「は、はい……♡」

 

 

 遠足、お遊戯会に夏のプール遊び、クリスマス会やお誕生パーティー、様々な場面でロリロリなラブのお色気が炸裂し愛はすっかり骨抜きにされていた。

 早鐘を打ち続ける胸元を押える愛はハァハァが止まらない。

 そんな愛の様子に、雪緒は満足げに何度もウンウンと頷いていた。

 

 

「恋お嬢様も愛お嬢様にこれ程までに愛されて幸せですわ」

 

「え……?」

 

 

 雪緒の唐突な言葉に思わず硬直し何も反応出来なくなってしまう愛であったが、そんな彼女の肩を雪緒はそっと優しく抱き寄せると、その耳元で愛の心の奥底に届くよう澄んだ声で穏やかに諭すよう語り続けるのだった。

 

 

「人を好きになるのに理由などいりません、人を愛する気持ちは理屈ではありませんよ。今の恋お嬢様の瞳には、愛お嬢様しか映っていません。今日久しぶりにお会いしてよく解りました。恋お嬢様が心の底から愛お嬢様の事を大切に想っている事が、先程少しお話ししている間にも伝わって来ましたから。でもそれは愛お嬢様からも同様に伝わって来ていましたよ。恋お嬢様も幸せです、これ程までに想ってくれる方が、こんなにも身近にいらっしゃるのですから」

 

「幸せ……」

 

「はい、幸せになる権利は誰にも等しくあるものです。それは恋お嬢様も愛お嬢様も一緒、平等に与えられている権利ですよ」

 

「……」

 

 

 雪緒は抱き寄せた愛の髪を優しくひと撫ですると、慈愛の目で愛の瞳を見つめる。

 

 

「そうですねぇ、今の愛お嬢様に必要なのはほんの少しの勇気でしょうか?」

 

「勇気……」

 

「そんなに気負う必要はありません、ただ自分に正直であればいいだけですよ」

 

 

 クスッと笑った雪緒は愛の目の前に二冊目のアルバムを開いて見せた。

 

 

「さあ、これを見て愛お嬢様はどう感じるのでしょう?」

 

 

 新たに開かれたアルバムの中では、母と共に厳島流の物と思われるお揃いのパンツァージャケットを身に纏った、ロリロリなラブがパンターの砲塔上でノリノリの軍神立ちでポーズを決めていた。

 

 

「あぁ……♡」

 

 

 それを見た愛は短く声を発した後、脱力してその身を雪緒に預けるように倒れかけてしまう。

 

 

「あらあら、これは戦車乗りには刺激が強過ぎたでしょうか?」

 

 

 優しくも悪戯っぽい笑みでそっと愛を支える雪緒であった。

 誰よりも強くラブの事を想うあまり、自分はラブに相応しくないと頑ななまでに思い込んでいた愛の、固く鎖されすっかり凍て付いた心に最後まで残っていた氷の楔も今溶け落ち、素直にラブの事を想う気持ちが愛の中に満ち溢れていた。

 

 

「私は…私は恋姉様の事が好き……」

 

 

 愛の唇から極自然にその言葉が紡ぎ出された。

 最上の笑みを浮かべた雪緒が再び優しく愛の髪を撫でつける。

 愛も仔猫の表情でされるに任せる。

 暖炉の薪の爆ぜる音が、解き放たれた愛の心を祝福するように鳴り響いた。

 

 

「でも…でも今は……ああ、なんて可愛いの♡」

 

 

 心の中の重しが消え去った今、愛は心底何のわだかまりもなくロリロリなラブのアルバムを堪能する事が出来るようになったのだ。

 

 

「でしょう?この厳島にお仕えする事が出来た私は幸せ者ですわ」

 

 

 愛と雪緒は至福の溜め息を吐きながらアルバムを捲り続けている。

 

 

「呆れた……あなた達ずっとそうしていたの?」

 

 

 Love Gunとの対話を終えたラブが倉庫から再び姿を現したのは、中に姿を消してから既に一時間程が経過した頃であった。

 しかしラブに付き従って来たジャーマン・シェパード達は、そのままその場で待ち続けていた。

 

 

「全くもう…しょうがないわねぇ……」

 

 

 ラブが倉庫から出て来るなり駆け寄って来た5頭は、鼻を鳴らしながら入れ替わり立ち代わりその身を擦り寄せている。

 

 

「ほ~ら~、もう帰るよ~?」

 

 

 総出で甘える5頭を引き連れラブが城に戻って行く。

 行きの道順をそのまま逆に辿り進むラブの周りを軽い足取りで付いて来る姿は凡そ番犬には見えず、時々ラブの前に転がって腹を出す様はまさに犬っころであった。

 

 

「だ~か~ら~!これじゃあ何時までたっても帰れないでしょうが~!」

 

 

 ラブに絶対的な忠誠を誓う彼らだが、こういう時に一切云う事を聞かない辺りはラブを好き過ぎる者達の共通点かもしれない。

 

 

「ただいま…ごめん雪緒ママ、この子達付いて来ちゃった……」

 

 

 忠犬と云う名の犬っころ達にじゃれ付かれながらどうにか城内に戻って来たラブであったが、結局5頭のジャーマン・シェパード達はそのまま城内まで一緒に付いて来てしまっていた。

 尤も、仔犬の頃からラブに育てられた彼らが、久し振りの再会にはしゃぐのも無理はなかった。

 

 

「お帰りなさいませ、この子達も恋お嬢様がお戻りになられたのが嬉しくて仕方がないのでしょう。でも、もう宜しいのですか?」

 

「ええ…もう大丈夫、私の想いは伝えたわ……うん、私はもう大丈夫」

 

 

 お供を連れて戻って来たラブに雪緒も一瞬目を丸くしたものの、その後は微笑ましいといった表情で一行を室内に招き入れた。

 

 

「お冷えになられたでしょう、今温かい物を御用意致しますので」

 

 

 雪緒がソファーから立ち上がり、ラブもお願いと笑みを浮かべた後視線を愛に向け声を掛けた。

 

 

「愛、随分待たせちゃってゴメンね……って愛?え…?えぇ!?ダレ────!?」

 

 

 アルバムから顔を上げた愛の顔を見たラブは、そこにあるはずのいつもの可愛い無表情ではなくキュンキュンに萌えた愛の顔が、本気で最初は誰だか解らず絶叫して腰を抜かし尻もちをついた。

 

 

「あらまあ何ですか?そんなに大声をお出しになって」

 

 

 部屋から退出しかけていた雪緒が、戻って来てへたり込んでいるラブに手を差し伸べる。

 

 

「あ…?あ、ありがと……じゃなくて!愛?愛…よね?ど、どどどどうしたのよその顔は!?」

 

 

 すっかり気が動転したラブの言葉に、愛は不思議そうに自分の顔を撫でている。

 

 

「あら?とても可愛らしくて宜しいじゃありませんか♪」

 

 

 雪緒の言葉にハッとしたラブも口を開いたが、まだちょっと呂律が怪しい。

 

 

「え?あ、いや!か、可愛い…可愛いんだけど…えぇ!?愛が萌えてるぅ!?あの愛が…?で、でも何で!?……一体何があったっていうのぉ!?」

 

 

 手を差し伸べられたもののへたり込んだままのラブの顔を、一斉にワンコ達が再び嬉しそうにペロペロし始めた。

 

 

「う…?あ!ちょ!くすぐったいから止めなさいってば~!」

 

 

 そんなラブの姿も今の愛にとってはご褒美らしく、赤らめた頬に両の手を添えて更にキュンキュンな顔になって萌え始めている。

 

 

「イヤ!だからダレなのよ!?それは一体どういうキャラなのよ!いつもの可愛い無表情は何処に行っちゃったワケ!?」

 

 

 未だ嘗て見た事のない可愛さを発揮する愛に、完全にテンパったラブは何気に結構酷い事を言っていたりする。

 

 

「まあ恋お嬢様、それはあんまりですわ…そうだ、愛お嬢様──」

 

 

 雪緒は愛の下に赴くとその耳元で何やら耳打ちしている。

 何を吹き込まれたのか愛も不思議そうな表情になったが、その表情のままラブの方に向き直ると右手の人差し指を頬に当て小首を傾げて見せるのだった。

 

 

「ぐっはぁ!」

 

 

 思わぬ不意打ちを喰らったラブは鼻を押えて悶絶する。

 

 

「な、なんて卑怯な技を使うの!?反則よ!」

 

 

 どうにか起き上がったラブは、左の胸を押えながら頬を朱に染めハァハァしていた。

 

 

「愛お嬢様、とても可愛くていらっしゃいますよ」

 

「ねぇ!雪緒ママ、一体愛に何を飲ませたのよ!?」

 

「あら?何ってただのハニーミルクですわ」

 

「それじゃあ何をどうやったら愛がこんな事に…なる……」

 

 

 そこまで言いかけた処で、ラブは愛の前に広げられた数冊のアルバムに気が付いた。

 

 

「ゆ、雪緒ママ…?そ、それはもしかして……」

 

「はい♪恋お嬢様の思い出の詰まったアルバムで御座います」

 

「…見たの……?」

 

 

 愛は何も答えぬ代わりに、この日一番の笑顔を浮かべて見せた。

 ラブの鼻からひと筋の赤いモノが流れ落ちるのと同時に、急上昇する温度計のように彼女の顔が一気に赤くなって行った。

 

 

「あらあら、仕方ありませんねぇ」

 

 

 固まってしまったラブの下へやって来た雪緒は、何故そんな物を持っているのか謎な医療用のステンレス製のガーゼ入れを取り出すと、ガーゼで彼女の鼻血をそっと拭い止血も施した。

 

 

「……!だ、ダメぇ!それだけはダメぇ~!」

 

 

 我に返ったラブが慌ててローテーブルに広げられたアルバムを回収しようとしたが、さり気なく雪緒が牽制するうちに素早く愛が全てをその胸に抱き抱えていた。

 

 

「あぁ……」

 

 

 がっくりとその場に膝と手を突いたラブが項垂れると、またしてもジャーマン・シェパード達がやって来てその顔をペロペロし始めた。

 

 

「終わった…全てが終わったわ……」

 

 

 最早ペロペロに抗う気力もないラブはされるに任せている。

 

 

「可愛い……」

 

 

 そんなラブの姿にすらキュンキュンに萌える程に、自分の心が解放されている事に愛は気付いていなかったが、その心地良さを自然と受け入れていた。

 

 

「さあお二人共、今日はもう遅う御座います。熱い湯を御用意しておきますので良く温まってからお休みになられて下さい……お部屋の方はもう御一緒で宜しそうですね」

 

 

 恭しく頭を下げた雪緒は二人の入浴の支度をする為に、メイドの顔に戻ると足音も立てずに部屋から退出して行くのであった。

 その後微妙に萌えたままの愛と、愛に幼い頃の姿を見られすっかり凹んだ表情のラブは、敢えて無言でいつもと変わらぬ様子で入浴を済ませると、ラブにとっても数年ぶりとなる自室へと向かった。

 

 

「これが恋姉様の部屋……」

 

「…そうよ……」

 

 

 部屋に招き入れられた愛は、驚きに大きく目を見開いたまま室内を見回している。

 見回す愛の視界には、おとぎ話の世界が広がっていた。

 天蓋付きのベッドなど今まで見た事のない愛は、そこで目が釘付けになり固まっている。

 

 

「すっかり遅くなっちゃってごめんね……さ、休も?」

 

 

 フラフラとした足取りでラブがベッドに向かい、数歩遅れて愛もそれを追っていたが少し歩いた処でその足が止まった。

 

 

「恋……恋姉様!」

 

「ん…?何?姉様なんて今日はホントどうしちゃったのよ……?」

 

 

 声を掛けたものの俯いてしまった愛に、振り向いたラブもどうしたものかと困惑している。

 しかしここで愛も何かを決心したらしく、凛とした表情で真っ直ぐにラブの瞳を見つめ返した。

 

 

「私…私は恋姉様の事が好き!恋姉様を他の誰にも渡したくない!今まで…今まで酷い態度ばかり取ってごめんなさい……ずっと…ずっと私なんかじゃ恋姉様に釣り合わないと思っていた…でも……でも、多くの人が私に教えてくれた…だから私……私は恋姉様の事が好き…愛しています…心の底からあなたの事を愛して──」

 

「もういい、もういいのよ!私もあなたの事が好きよ……あの時愛が私に勝ったらとか変な事を言ってしまってごめんなさい……ずっと逃げたり先延ばしにしていたのは私の方よ…愛、あなたの事が好きよ、愛しているわ!お願い、何処にも行かないで…ずっと一緒にいたいの……」

 

「恋……」

 

「愛……」

 

 

 二人の唇が初めて互いの意思で重なる。

 不器用な二人が少し遠回りをして辿り着いたそのゴール地点は、同時に新たな戦いの出発点でもあった。

 だが今の二人にそんな事はどうでもよく、やっと手に入れた幸せに浸っている。

 唇を重ねいつまでも離れる事のない二人の影は、何にも勝る程美しく輝いていた。

 

 

「う゛ぅ゛……」

 

「大丈夫でいらっしゃいますか?」

 

 

 ラブが一番大切に思っていたものを手に入れた翌朝の少し遅めの目覚めは、彼女にとってはお世辞にも爽やかなものではなかった。

 前触れが続いていた月のものが目覚めと共に本番を迎え、愛と共にどうにか朝食の食卓に着きはしたが、その顔色は血の気が失せており声を掛けた雪緒の声にすらまともに反応出来ずにいた。

 そして一方愛の方はといえば何かが吹っ切れた様子で、高校入学以来何度目かになるラブの月に一度の苦しみに、慣れた様子で甲斐甲斐しく彼女が食べ易い物を見繕い器に盛り付けていた。

 

 

「恋、フライト前だから軽めにしておいたわ」

 

「…あ゛り゛がと……」

 

 

 目眩く一夜であったにも拘らず迎えた朝は一転して地獄の釜の蓋が口を開けて待っており、すっかり打ちひしがれたラブは全てを愛に任せ自動人形のように事務的に物事をこなしていた。

 

 

『愛お嬢様がいらっしゃれば何も問題ありませんわね』

 

 

 二人の様子に雪緒も満足げに頷き心の中でそう呟いた。

 

 

「本当に好かれているんですね」

 

「ええ、仔犬の頃恋お嬢様が、母親として愛情を目一杯注いで育てられましたから」

 

 

 出発までの僅かな時間、ラブは番犬とは名ばかりな状態の5頭のジャーマン・シェパード達に好き放題にモフられていた。

 悪化する体調に抗う気力も失せされるがままになっているが、5頭の気持ちは伝わって来るので心は方は癒されていた。

 しかしさすがに体力的限界が来たらしく弱々しく声を上げた。

 

 

「あ~い~……」

 

 

 それを聞いた愛は小さくクスッと笑うと腰を上げ、ラブの下へ赴きはしゃぐ5頭のを優しく順番に撫でては説得を始めた。

 

 

「みんなごめんね、必ずまた来るから今日はこれ位で許してくれる?」

 

 

 屈み込んだ愛がやんちゃ坊主達を順に抱き寄せ優しく頬擦りしてやると、驚いた事に言う事を聞き大人しくお座りを始めた。

 

 

「あらまあ」

 

 

 これには雪緒も目を丸くして驚き感嘆の声を上げた。

 

 

「みんないい子ね……また来るからね」

 

 

 順に抱き締められ鼻を鳴らしては彼女の頬を舐めて行く。

 

 

「うふふ、くすぐったいわ♪」

 

「何よ~、この扱いの差は~」

 

 

 され放題されたラブは力なくぼやきながら朽ちていた。

 そんな彼女をどうにか引き起こして移動したヘリポートでは、各部の点検を終えたオスプレイのエンジンに火が入りローターが爆音を奏で始めていた。

 いよいよ熊本に向け先行する学園艦を追って飛び立つ時間がやって来た。

 

 

「それじゃあね…今度返って来る時はみんなを連れて来るわ」

 

「はい、楽しみにお待ちしておりますわ。どうかお身体をお大事に、恋お嬢様」

 

「ありがとう雪緒ママ……」

 

 

 ラブに向かい優雅に腰を落とした雪緒が愛の方に向き直ると、愛が小走りに駆けより雪緒の胸に飛び込んで行った。

 

 

「え~?何よそれは~」

 

「まあ♪愛お嬢様どうされました?」

 

「ありがとう雪緒さん!」

 

 

 今までに見た事ない愛の弾けるような感情表現にラブが何やら言っているが、それはほったらかしにして愛は雪緒に感謝の気持ちを真っ直ぐに伝えた。

 愛をしっかりと抱き止めた雪緒もまた、満面の笑みで彼女の気持ちに応えた。

 

 

「いつでもいらして下さい、待っていますよ」

 

「はい!……雪緒ママ!」

 

 

 少しはにかんだ笑みを浮かべた愛の返事に、再び目を丸くした雪緒は極上の笑みを浮かべた。

 

 

「あらまあ♪」

 

 

 嬉しそうにそう言うと、雪緒は小柄な愛を軽々と抱き上げた。

 

 

「きゃ~♪」

 

 

 辺りに嬉しそうな愛の悲鳴が轟いた。

 

 

「何よそれ~?」

 

 

 自分をほったらかしで盛り上がる二人にぼやくラブの足元では、能天気に5頭のいかついワンコがはしゃいで腹を出したりしていた。

 二人が搭乗しハッチが閉じられたオスプレイのエンジンが唸りを上げ、機体が城のヘリポートから力強く浮かび上がる。

 ヘリポートの片隅雪緒が穏やかな笑みで二人を見送っており、その足元には5頭の忠犬達が綺麗に並び雪緒に倣い二人を見送っている。

 機窓から二人も手を振って別れを告げる。

 城の上空で一度大きく旋回したオスプレイは、一路熊本に向かい航行中の母艦を追って冬空に爆音を轟かせ加速を開始した。

 目指す熊本では、まほ率いる最強の黒森峰がその牙を研ぎ待ち構えている。

 この最終戦、AP-Girlsに勝ち目はない。

 これまでの戦績とその戦力差を見れば、誰もがそう考えて当然であろう。

 だがそれでも彼女達は何ら臆する事なく、最強の相手に戦いを挑んで行く。

 果たしてこの戦いは最後にどんな結末が待ち受けているのだろうか。

 決戦の地に向け、機体は一気に蒼空を駆け昇って行く。

 眼下の横須賀の海は冬の陽光に眩い光を放っていた。

 

 

 

 

 

「私熊本入りするまでに復活出来るかしら……」

 

 

 

 

 

 ラブの受難は、まだもう少しの間続くようだ……。

 

 

 




ラブと愛もやっとここまで来ました。
タイトル的には完成しちゃってるんですけどまだ先は長いです、
これからもお付き合い宜しくです。

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