ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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今回はタイトルが酷いなぁ…あ、いつもか……。
まあでもそんなお話しなんでw


第六十二話   爆(発)乳

「地獄明けのこの一杯が堪らないわ!」

 

 

 熊本市内、地元名物タイピーエンの名店の黒とピンクの集団に占拠された店内には、麺を啜る音に混じりラブの魂の叫びがこだまする。

 笠女学園艦が熊本入りする日までの間きっちり月のもので苦しんだラブの姿は、出迎えの為に桟橋で待ち構えていたまほ達を驚愕させるに充分な程に尾羽打ち枯らし、いつものような眩いまでの輝きは欠片も見られないのであった。

 そんなすっかり消耗した姿のラブが消え入りそうな弱々しい声で、タイピーエンが食べたいなどと囁くように言った瞬間、彼女のその姿に半ば恐慌を来していたまほはその一言で我に返り、急遽しほに連絡を取ると西住の名で市内一の名店を貸し切りとし、ラブに思う存分タイピーエンを食べさせる事にしたのであった。

 だが……だがである、いくら野菜たっぷりで麺も春雨でヘルシーであるとはいえ、ラブの前には既に完食した二つの丼ぶりが並んでおり、さすがにいくらなんでも病み上がりでこれは食べ過ぎと言うものだろう。

 しかし三杯目の丼ぶりも白湯スープを最後の一滴まで飲み干したラブは、満足気に丼ぶりをテーブルに戻すと同時に、盛大に溜め息を吐くのであった。

 

 

『凄い…食べきった……』

 

『あれって大盛でしょ!?』

 

『それにしても麺を啜る姿まで美しいって……』

 

 

 驚くべき光景に、ヒソヒソと会話を交わすのは同行した黒森峰の隊員達だ。

 だがある意味それ以上に彼女達を驚かせているのは、ラブの傍で彼女の口元をナプキンで拭ったりなど甲斐甲斐しく面倒を見るひとりの少女の姿であった。

 既に黒森峰の隊員達の間でもお馴染みになっている淡いピンク髪に、大洗の会長とさして変わらぬ小柄さながら、それに反して不釣り合いなまでに見事な胸のたわわ。

 それは言わずと知れたAP-Girlsの副長の愛であったが、最早トレードマークとも言えた無表情の彼女は姿が見えず、穏やかな笑みを湛えラブの傍らに控えていたのだ。

 

 

『…あれって愛ちゃんよね……?』

 

『いや、違うでしょ…キャラが……』

 

『なんか怖い……』

 

 

 ちょっと俄かには信じられぬといった表情のまほとエリカが、残りのAP-Girlsのメンバー達に視線を向けるが、彼女達もまた二人がそうなるよう仕向けはしたが、何故愛がそうなったかまでは自分達にも解らぬと首を左右にブンブンしていた。

 

 

『なんかラブのヤツもいつもと様子が違うような……』

 

『う~ん、やっぱりそういう事なんでしょうか?』

 

『うん?何だ?どういう事だ?』

 

『ですから──』

 

 

 エリカはより小声になるとまほの耳元に唇を寄せ、何やら耳打ちを始めた。

 話を聞くうちにみるみるまほの顔は赤くなり、最後は頭のてっぺんから白旗の代わりに勢いよく煙をぷしゅ~っと吹き出し始めた。

 

 

「え、エリカぁ!?そ、そそそそれはホントかぁ!?」

 

『ですから隊長、声が大きいですって』

 

『あ、ああスマン…いや、だがしかしだなぁ……』

 

 

 アンチョビとなるようになったクセに全くこの朴念仁はと思いつつエリカは話を続ける。

 

 

『だってお互いにずっと意識し続けて来たんですよね?』

 

『あ…あぁ、それはそうなんだが……』

 

 

 みほとの愛欲に首までどっぷりなエリカは、ラブと愛の二人からそういう関係の者が放つ特有の匂いを感じ取っていたのだが、まほの方はといえば仲間内でも最も特別な存在であり、表向きは自分が姉だと言い張っているはいるが、初めて会った時から憧れの『恋おねえしゃん』であるラブが、想い人とそういう関係になったという事実に付いて行けずパニックに陥っていた。

 

 

『だってアンツィオ戦の時は、ドゥーチェ達がその為に奔走してたっていうじゃないですか。後でカルパッチョから聞きましたよ?』

 

『い、いやまぁその……』

 

 

 大学選抜戦以降に各校の隊員達の間で構築された情報網は、気が付けば途轍もなく巨大化し飛び交う情報量も多く、更にその種類も多岐にわたっていたのだ。

 そんな情報網で流れて来たアンツィオ発の情報の中に、それを匂わす物があり、エリカは直接カルパッチョに詳細を確認していたのだ。

 

 

『それじゃあやっぱりそうなのか……』

 

『良かったじゃないですか、ラブ先輩はいつも人の為に一生懸命で自分の事は後回しにして……うふふ♪二人共とっても幸せそうだわ♡』

 

『エ、エリカ……?』

 

 

 ことこういう事に関しては自分などより遥かに大人な対応をするエリカに比べ、朴念仁な上にてんで子供なまほは自分が情けなくなっていた。

 

 

「ぷはぁ!生き返ったわぁ~♪」

 

 

 タイピーエンの大盛三杯を見事完食したラブは、ヨレヨレで来店した時とは別人のように血色も良くすっかり元気を取り戻していた。

 

 

『ホラ、隊長!』

 

「あ?あぁ!ラ、ラブもういいのか?」

 

「え?うん!美味しかったわ♪お蔭ですっかり元気出たわよ!」

 

「そ、そうか、それは良かったな!」

 

「うん、ありがとねまほ♪熊本に()()なり早速タイピーエンにありつけると思わなかったわ。やっぱりこの味は熊本じゃなきゃね~」

 

「ん?それはどういう意味だ?」

 

 

 ラブが最後に言った事に、まほが不思議そうな顔をする。

 

 

「あ~、それはねぇ…中学の時なんだけどさぁ、遠征先で寄ったお店のメニューににタイピーエンがあったのよ。ホラ、タイピーエンって他所じゃまずお目に掛からないじゃない?だから私も喜び勇んで迷う事なく注文したのよ、でもねぇ…決して不味くはなかったのよ?けどさぁ……決定的に何かが違うのよ、何て言うのかなぁ?タイピーエンに似た違う何かだったのよねぇ……」

 

 

 その時の事を思い出したのかラブが微妙な表情になると、黒森峰の隊員達の中でも地元熊本出身の者達の間からも『あ~』とか『わかる』などといった声が一斉に上がった。

 まほとエリカもラブと似たような表情になっているのは、やはり彼女と同じ様な経験があるからなのであろう。

 

 

「まあとにかく満足して貰えたようで良かったよ。少々予定が変わってしまったが、取り敢えず艦に戻って交流会と試合に関するミーティングを行なおう。エリカ、迎えの手配を頼む」

 

「もう艦の方に連絡済みで15分程で到着の予定です」

 

「そうか、ご苦労」

 

 

 テキパキとまほ達が帰り支度を整えるうちに、ラブ達は店の経営者や従業員達と記念撮影やサインに応じファンサービスに余念がなかった。

 その中に在ってもやはりラブは厳島のお姫様として扱われており、事前に聞かされていた通り今回の彼女の熊本入りは、地元の者達にとっては特別な意味がある事を思い知らされるのであった。

 

 

「おいラブ、じきに迎えが来る、そろそろ外に出て待つとしよう」

 

「ん~、分かった~」

 

 

 サインなどの交流を終え席に戻っていたラブが、まほの呼び掛けに応じて席から立ち上がろうとしたその時、そのとんでもない出来事は起きてしまったのだった。

 何があってもサイズが落ちないと噂されるラブのたわわな阿蘇山が、彼女が立ち上がった反動でぷるんぷるんすると、プツンと乾いた音と共に張り詰めていた制服のブラウスの胸のボタンが二つ程勢いよく一気に弾け飛んでしまったのだ。

 

 

「え?……きゃあ!」

 

『う゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛────!』

 

 

 ボタンが弾け飛ぶのと同時に自己主張の激しいたわわがとんでもない勢いで飛び出して、その場にいる者達の全身の感覚を4DXで攻め立てた。

 最初何が起こったのか理解出来なかったラブが事態に気付いた時には既に遅く、元気良く飛び出したやんちゃなたわわは衆人環視の中バルンバルンに揺れており、慌てて胸元を押えその場に座り込んでしまったが到底その程度で覆い隠せるサイズではなく、白く美しい肌とターコイズのブラの鮮烈なコントラストが目撃者達の脳に一生忘れ得ぬ視覚情報として焼き付けられた。

 

 

「食べてるうちに血色が良くなって来たとは思ったけど……」

 

「や、やっぱり…‥」

 

『栄養は全部おっぱいに行ってるんだぁ!』

 

 

 噴出した鼻血を拭うのも忘れ零れたたわわをガン見する一同が、今までももしかしたらそうではないかと内心思っていた事が、たった今目の前で立証され世紀の大発見をした研究者の如く感動と興奮に打ち震えていた。

 

 

「い…イヤ──────!」

 

 

 恥ずかしさのあまり絶叫したラブが必死に胸元を隠そうと零れたたわわを抱き締めるが、それは却ってアハト・アハト強調するだけで逆効果であった。

 

 

『も、もうお腹いっぱいです!』

 

 

 思いがけぬご褒美にケダモノ達が一斉に昇天して逝く。

 

 

「バカぁ……まほのエッチぃ!スケベぇ!」

 

「なっ!何で私だけなんだよぅ!?」

 

 

 耳まで真っ赤なラブが、涙目で直ぐ目の前でアホ面を晒すまほの事を八つ当たり的になじる。

 

 

「だぁぁ!いつまでも馬鹿な事いってねぇでサッサとこっちに来いラブ姉!」

 

 

 こっちも真っ赤な顔でブチ切れた夏妃が力任せにラブを立ち上がらせると、部屋の隅に置かれている椅子の所まで引っ張って行きそこに座らせた。

 

 

「ったくもう……ホラ、じっとしてろ!」

 

 

 夏妃は自分の化粧ポーチから小さなソーイングセットを取り出すと、手際よく弾け飛んでしまったブラウスのボタンを付け直して行く。

 

 

「予備はこれしかねぇんだから気を付けろよ?少し余裕を持たせちゃいるがあくまで間に合わせのその場凌ぎだ…全くどうなってやがるんだ、明らかに胸だけブラウスのサイズが合わなくなってるじゃねぇか……」

 

「…あ、ありがと夏妃……」

 

 

 ブラウスに元から付いていたボタンは乳圧で長距離砲撃してしまい、何処に転がったのか解らなくなったので、夏妃はソーイングセットに入っていたボタンを使ったのだが、丁度いい物はそれっきりでもう一回同じ事があれば完全にアウトだった。

 

 

「そ、それにしても意外だな、夏妃君にあんな特技があったとは……」

 

「AP-Girlsの中であの子(夏妃)が一番女子力高いんです……」

 

 

 まほの呟きに凜々子が解説を加えたが、その表情は何処か悔しそうだ。

 

 

「え!?そ、そうなのか?…可愛いなぁ……♡」

 

 

 ご贔屓の夏妃の新たな一面を見たまほが頬をピンクに染めて萌えている。

 

 

()()()さんにチクりますよ?」

 

「う゛……」

 

 

 白い目のエリカがまほの耳元でそう釘を射した。

 お腹いっぱいになってすっかり元気になったにも拘らず、今の一件で完全にいじけてしまったラブの隣では、愛が口元をムニュムニュさせながらラブを慰めている。

 今の愛にはラブが何をやっても萌えてしまうらしく、まさかここまで彼女が変わると思っていなかったAP-Girlsのメンバー達も、どう反応したらよいか解らず愛の事をかなり持て余し気味であった。

 

 

「アレはどうしたもんだかなぁ……」

 

 

 迎えに来た黒森峰の校章入りのオペルブリッツのオムニバスに分乗し艦に戻る道中、同乗している愛がいきなり表情豊かになっている事に戸惑うまほであったが、エリカの方はといえばそんな状況でも実に淡々としたものであった。

 

 

「さあ?単に感情表現の仕方に慣れていないだけじゃないですか?じきに慣れると思いますよ」

 

「そ、そんなものなのか?」

 

 

 今ひとつ納得の行かない様子のまほであったが、自分自身も感情表現が得意な方ではないのでエリカの言う事が正しいのだろうと自分を納得させるしかなかった。

 ブリッツの車列は冬晴れの昼下がりの街道を、トコトコと熊本港目指して進んで行く。

 

 

「は~、こうして比べると笠女(ウチ)の学園艦ってやっぱ小っちぇなぁ」

 

「黒森峰と比べる事がそもそも間違ってるわよ」

 

「いやいや、黒森峰(ウチ)の艦は確かにサイズこそ最大級かもしれんが至って普通の学園艦だぞ?君たちの処みたいに自力で出入港したり、航路記録を尽く塗り替えて回るようなマネはとてもじゃないが出来る艦じゃないんだが?」

 

『はあ……』

 

 

 夏妃と凜々子のやり取りに、これまでに見せ付けられて来た笠女学園艦の怪物ぶりを思い出しまほも思わず口を挟んでしまったのだが、それに慣れてしまっている彼女達は言われた事がどれだけ凄い事なのかあまりピンと来ていないようであった。

 その場にいる者達がぼんやりと両側にそびえる壁を見上げる。

 桟橋に轡を並べる両校の学園艦は、グラーフツェッペリン級を原型とする黒森峰が学園艦としては最大クラスなのに対し、おおすみ型輸送艦をベースに独自の設計を施した笠女学園艦は、就航中の艦の中では潜水艦型を除けば最小サイズの学園艦であった。

 だがナリは小さくともそのオーバースペックぶりは只事ではなく、S-LCACを始め未だ明かされぬ各種機能も含め他の追随を許さぬ孤高の存在なのた。

 しかし同時に高機能故単艦の造艦コストと運用コストは高価に過ぎ、厳島以外ではとても維持する事も儘ならぬ代物でもあった。

 

 

「アタイらそんなスゲぇ艦に乗ってたんか……」

 

「ねぇ……?」

 

 

 何処までも他人事な二人にまほは呆れて何も言えなかった。

 

 

「申し訳ありませんがこのままという訳にはいかないので、ラブ姉を着替えさせてから伺いますので先に戻ってて頂けますか?」

 

 

 夏妃が応急処置を施したとはいえ今のままでは危険過ぎるので一旦寮に戻り、ラブを着替えさせてから再訪する事に決めていたのだが、ラブは相変わらずいじけたまま元に戻っていない上、そんなラブに愛も萌えたままという状況に報告に来た鈴鹿の目は完全に死んでいた。

 

 

「…鈴鹿君も色々と大変だな……」

 

「……」

 

 

 のろくさと面倒くさそうにラブと愛を一瞥した鈴鹿は、無言のまま疲れ切った表情で深い溜め息を吐いてゆっくりと首を左右に振った。

 拗れカップルからただのバカップルにジョブチェンジしたかのような二人を見る鈴鹿の目には、『どうしてこうなった』といった風な色が浮かんでいた。

 

 

「と、とにかくそんなに慌てなくても大丈夫だから、落ち着いて一息吐いてから来るといい」

 

 

 まほの配慮に深く一礼した鈴鹿は、肩を落としたまま立ち去って行く

 

 

「ホラ!ラブ姉もいつまでも膝を抱えていじけてないで立つ!愛もいつまでも萌えてラブ姉甘やかさない!そんな事してると歌う時間なくなるわよ!?」

 

 

 見送るまほの耳に凜々子の喝を入れる声が飛び込んで来るが、相変わらずそのお嬢様な外見に似合わずに言う事は欠片も容赦がない。

 しかしそれでも歌う時間がなくなると言われると、アクションを起こす二人のプロ意識も見上げたものであるといえよう。

 

 

「ここがまほの執務室なのね…趣のある落ち着いたとても良い部屋だわ……」

 

 

 交流イベントのステージを終え両校の生徒限定で学園艦の解放が行なわれる中、合同の試合前のミーティングが行われるまでの僅かな時間、ラブは黒森峰戦車隊の総本山、即ち機甲科のまほの居城たる隊長執務室を訪れていた。

 

 

「そうか?それなり歴史はあるからな…まあ来年はエリカがここの主になるからな、ラブもひとつ宜しく頼むよ」

 

「お、お二人共コーヒーで宜しいですか?」

 

「ああ、頼む」

 

「ありがとうエリカさん、でもお構いなく」

 

「…いえ……」

 

 

 少し照れた様子のエリカはそれを隠すように、コーヒーを淹れる為に席を立った。

 執務室に備え付けられたミニキッチンで珈琲を淹れ始めたエリカだが、何気なく振り返りソファーで寛ぎながら談笑する二人の姿を見てハッとして息を飲んだ。

 

 

「あ……!」

 

 

 それは本来であれば、日常的に繰り返されていたかもしれない光景。

 もしあの忌まわしき事故がなければ実現していたはずの未来(いま)

 黒森峰に進んだラブが自分達と同じパンツァージャケットを身に纏い、この執務室でまほや自分達と共に戦術や戦略を論じ、黒森峰の鉄十字が描かれたLove Gunで野を駆ける。

 エリカとて『if』がないのは理解している、それでも彼女は夢想してしまうのだ。

 ラブがいる黒森峰の日常を、ラブがいる黒森峰の戦車道を。

 

 

『もしラブ先輩があの時何事もなく黒森峰に進学していたら…多分…いえ、間違いなく私達もあんな事にはならなかったはず。そして黒森峰の連覇の記録が途絶える事もなかった……』

 

 

 それがあくまでも仮定の話でしかない事は彼女も解っている。

 だがそれでもあのたった一発の狂った榴弾が、自分達から全てを奪い去ったような感覚に囚われたエリカは、改めて恐怖と怒りにその身を震わせるのであった。

 

 

「…リカ、エリカ!?」

 

「…え?あ、はい!」

 

「どうしたエリカ、大丈夫か?」

 

「は、はい!何でもありません、直ぐにコーヒーをお持ちしますので」

 

「そうか……」

 

 

 いつまでも戻らぬエリカを不審に思い様子を見に来たまほが、ドリッパーを前に立ち竦む彼女に声を掛けると、気絶でもしていたかのように我に返りギクシャクとした動きでコーヒーを淹れ始めた。

 

 

「──それで黒森峰(ウチ)との試合の後はどうするんだ?まあこれだけ年末で押し詰まって来ると大した事は出来なくなって来るとは思うが……」

 

「そうね、何件か練習試合のオファーも来ているけど年内はもう無理ね…何本かCM撮りもあるし芸能単体の仕事も多少はあるし。ただ基本的に音楽活動は艦の専用アリーナでやるのが原則よ」

 

 

 エリカの淹れたコーヒーの香りを堪能した後にひと口啜ったラブは、口内に広がる深みのある苦みに満足気に頷いて見せた。

 その様子に内心ホッとしたエリカも、自分のカップに口を付けるのだった。

 

 

「ほお、それはまた何故?」

 

「ホラ、まほ達も見たから分かると思うけど、私達のステージって大掛かりでしょ?予めそれを見越して設計されているアリーナじゃないと、あれだけの演出は不可能なのよ。何しろ舞台装置の大半が専用に設計された特注品だからね」

 

「確かにあのLove Gunのレプリカとか凄いですよね」

 

 

 ステージの様子を思い起こしながら、エリカも納得したように頷く。

 

 

「あぁ、アレもまだ実を言うと未完成なのよね」

 

「え?そうなんですか?」

 

「ええそうよ、Repli Gunの中とかその下なんて、まだかなりしっちゃかめっちゃかで見たら腰抜かすわよ。何しろまだ全てが試行錯誤の手探り状態だし……まあ一番の原因は私の進学に合わせて無理矢理前倒しで開校させたからなんだけどねぇ~」

 

「そ、そうだったのか……」

 

 

 まほ達はどう反応して良いか迷う話題であったが、ラブが至ってあっけらかんと話して笑っているので、二人も内心でホッと息を吐いているのであった。

 

 

「まあそんな訳で私達も芸能界に身を置いているけど、一般的な芸能人とは仕事の仕方とかが随分と違うのは確かね~」

 

「なんだか色々大変だなぁ……」

 

 

 まほが難しい顔で腕を組み首を捻っている。

 

 

「それが意外にそうでもないわよ~」

 

「え?」

 

 

 ラブの予想外の返答に、まほとエリカがキョトンとした顔になった。

 

 

「だってホラ、活動するに当ってのイニシアチブは常にこちらにあるんだもの。私達の活動はあくまでも戦車道と芸能活動の両立よ。そのどちらかだけ、特に芸能活動のみの依頼でそれが戦車道に支障をきたすものであれば、私達はその仕事を引き受けないわ」

 

「ず、随分強気だがそれで大丈夫なのか?」

 

 

 さすがのまほも若干腰が引けたような物言いになったが、ラブの方は一向に気にした様子もなく実に素っ気無く答えた。

 

 

「何も問題ないわ、私達はね、決して自分達を安売りはしないの。だから雛壇に並ぶようなバラエティみたいな仕事は絶対にやらないわよ。だって私達の仕事は歌う事と踊る事なんですからね」

 

 

 更なる強気な発言に、内心敵を作りそうだと思ったまほはそれがそのまま口から突いて出ていた。

 

 

「なんだか敵をいっぱい作りそうだなぁ……」

 

「敵?誰に?ねえまほ、私を誰だと思っているの?厳島にケンカ売るヤツがいるなら見て見たいものね、何ならご褒美に頬にキスしてあげるから連れて来てよ」

 

「いや……」

 

 

 まほは自分で言っておきながら、そんなヤツいる訳ないだろうと心の中で突っ込みを入れる。

 しかし日頃は優しい笑みを称えるラブが、時折見せる厳島の絶対の女王の顔だけは何度見ても慣れる事はないと思うまほであった。

 

 

「まあそんな訳で芸能活動自体は、今の処比較的コントロールし易いのよ」

 

「そうか、それならいいんだが身体には気を付けろよ」

 

「うん、ありがと…まあ私の場合目下一番の問題はやっぱり戦車道だからねぇ……」

 

「え?それは何故ですか?」

 

 

 そこで少々渋い顔になったラブにエリカが不思議そうな顔をする。

 

 

「う~ん……私ってさ、これでも一応厳島流の家元でしょ?」

 

「あ……」

 

「そうなのよ、でね、この試合の後直ぐにも家元会議に出なきゃいけないのよ……でもさぁ、何でよりにもよって一年の終わりの納会で家元襲名の口上述べなきゃいけないワケ?もうどう考えたってさぁ、かくし芸とか宴会芸の扱いじゃないのよ~」

 

「た、大変だな……」

 

「でもまあね、しほママと島田の家元様も後見として一緒にいてくれるらしいからいいけどさ……」

 

 

 それを聞いたまほとエリカは、脳内に途轍もないカオスな状況が思い浮かび背中に冷たいものが流れ、二人同時にぶるっと震えていた。

 

 

「どうしたのよ?」

 

「い、いや、なんでもない……」

 

「顔色悪いわよ?」

 

「も、問題ない……」

 

「変なの……」

 

 

 目敏く二人の変化に気付いたラブが訝しむ声を上げたが、まほとエリカの二人は揃って微妙に視線を逸らして誤魔化すのであった。

 

 

「し、しかしだな、さっきはホントにびっくりしたぞ?何をどうやったらあんな事になるんだ?」

 

 

 話題を変えようとしたまほは、愚かにもやっと機嫌が直ったラブに対し、またしても朴念仁ぶりを発揮して対戦車地雷を踏み抜いてしまうのだった。

 横に腰掛けていたエリカは、そのまほのあまりのボンクラぶりに飲み掛けていたコーヒーで咽て盛大に咳き込んでいる。

 

 

「ゲッホゲッホ……隊長!アナタ馬鹿ですか?馬鹿ですよね!?」

 

 

 咳き込んで苦しみながらも、エリカはまほの襟首を締め上げながら責め立てた。

 

 

「な、なんだとぅ!?」

 

「全く……言われて当然ですよ?ご覧なさい、折角ラブ先輩の機嫌が直ったのに今のでまたいじけちゃったじゃないですか!」

 

「あ……」

 

「あ……じゃありませんよ、さっきみんながどれだけ苦労したのか忘れたんですか!?」

 

 

 まほがラブに目を向けて見ると、再びいじけてソファーの上で膝を抱え、背もたれの方を向いて転がってしまっていた。

 彼女が着替えて戻って来た後に、総出で慰めて数曲とはいえ交流イベント歌った事でやっと機嫌を直したのだが、今のまほの不用意なひと言で再びいじけてしまっていた。

 

 

「う゛……」

 

「ほんっともう少し女を磨いて下さい……」

 

「……」

 

 

 結局ラブの機嫌は暫く後にやって来た愛から特別なご褒美を貰うまで戻る事はなかった。

 

 

Achtung(傾注)!」

 

 

 黒森峰機甲科のブリーフィングルームに、副隊長であるエリカの号令が響く。

 そしてそれと共に壇上に上がったまほとラブ、両校の隊長に視線が集中する。

 交流イベントと違い凛々しい隊長の顔で登場したラブに、黒森峰の隊員達の間から溜め息ともつかぬ羨望の声が漏れ聞こえたのだが、それらは壇上のエリカが鋭い視線で封じ込めた。

 

 

『全くどいつもこいつも…まあ気持ちは解らないでもないけど……』

 

 

 学校の制服からパンツァージャケットに着替えて登壇したラブの放つオーラは、正真正銘の女王が持ち得るものであり、もし今ここで跪くよう命令を下せば百人が百人、即座にそれに従ってしまうであろう程に圧倒的存在感を誇っていた。

 

 

「──以上、南阿蘇村周辺を主戦場とし、夜峰山から草千里ヶ浜辺りまでは交戦エリアとして想定している。見ての通り今回使用するフィールドは非常に広域となるので、例え迷子になってもそう簡単に迎えは来ないからな、何としてでも自力で帰って来るのだぞ」

 

 

 まほ渾身のギャグに隊員達の間から乾いた笑いが起きる。

 全員に配布されたフィールドマップには、ブリーフィングの間に皆熱心に書き込みをしており、それで明日の試合に賭ける意気込みが伝わって来る。

 黒森峰も全国大会以来のフルオーダーに、中々出番の回って来ないマウスを始めとする重戦車組などは、この段階から既に相当鼻息が荒い。

 何故なら相対するのがラブ率いるAP-Girlsであり、一瞬でも気を抜けば確実に自分達が喰われるであろう事はここまでの彼女等の戦いぶりを見れば明らかであるので、自分達も一切手加減なしの全力であたらねばならぬ相手として認識しているのであった。

 

 

「これだけ広範囲で開けたフィールドを確保出来る場所は、国内でもそうないと思うわ」

 

 

 手元の地図とスクリーンに投影された地図を見比べながら、その範囲の広さと地形の多様さにラブは満足げな表情で何度となく頷いている。

 

 

「フム…戦車道でもやっていなければ、私達ぐらいの年齢の者には辛い環境かもしれんなぁ……」

 

 

 自嘲気味な笑いと共にまほは肩を竦める。

 

 

「う~ん、横須賀みたいな狭い街に生まれた身としては、雄大で羨ましい限りだけどねぇ」

 

「そんなもんかな?」

 

「そうよ~、まほだって何度も横須賀に来てるんだから知ってるでしょ?ウチだってあんな場所に建ってるけど、あれでもまだ傾斜は緩い方なのよ~?」

 

「え?厳島隊長の家ってあのお城よね?」

 

「結構な山の上よね……?」

 

「アレで大した事ないって……」

 

 

 試合に関する確認事項もほぼ出尽くし、雑談のような会話の中でラブの口から零れた話に黒森峰の隊員達の間からもどよめきの声が上がった。

 

 

「あら?あなた達だってこの間横須賀に来たんだから体感したはずよ?」

 

 

 逆にラブの問うような声に隊員達もそういえばなどといった声を上げ始めた。

 

 

「確かにとんでもない場所に建ってる家が多いよなぁ……」

 

 

 まほも腕を組み首を捻りながら、横須賀の街並みを記憶の中から引っ張り出している。

 

 

「そうよ~、もうどうやって建てたかも謎な住宅も多いわよ。でもそういう場所に建てた家って坂や階段が急過ぎて出前お断りだったりするのよ」

 

『えぇ~!?』

 

「そ、そうなのかぁ……?」

 

 

 黒森峰の隊員達の驚愕の大合唱に続きまほが呆然と呟く。

 

 

「そこまで驚かなくてもいいじゃない…まほは私が中一の時の臨中の隊長の事覚えてる?」

 

「あ?…ああ……」

 

 

 まほが少し考えた後に頷いた。

 

 

「あの人の実家が地元でも名の知れたお鮨屋さんなんだけどね、出前の注文が入ると地図で確認してお断りしているのを遊びに行った時に見た事あるわ」

 

「それも何だか凄い話だなぁ……あ、でも卒業までに一度横須賀で市街地戦やっておきたいな……」

 

 

 最後は考え込んで呟くような口調になったまほであったが、それを聞いたラブは少し寂しそうな表情を浮かべ申し訳なさそうにまほに告げた。

 

 

「う~ん…ゴメンまほ、それはちょっと間に合わないかもしれないわ……」

 

「え?それは一体どういう意味だ?」

 

 

 問い返したまほに、ラブも少し言い難そうに答える。

 

 

「えっとね、私の事故以降横須賀じゃ戦車道が衰退しちゃって試合が行われていなかったでしょ?それで16号線を始め市内のトンネルの崩落防止用のカーボンコーティングもすっかり劣化しちゃってて直ぐには使えない状態なのよ。でも臨中の戦車道復活に併せて、厳島でも寄付と云う形で支援をさせて貰って各トンネルの補強工事と再コーティングの施工を急いでるんだけどね、如何せんトンネルの数が多過ぎて施工業者も作業が追い付かないのよ……」

 

 

 ラブの口から出た意外過ぎる答えにまほも直ぐには反応出来なかった。

 

 

「そ、そうだったのか……まあいずれ何かしら機会は作れるだろう、焦る事ないさ」

 

「ありがとう…でもゴメンね……」

 

 

 再び申し訳なさそうな表情になったラブに、まほは努めて明るく返すのだった。

 

 

「もう気にするな、後のお楽しみという事にすればいいさ」

 

 

 それを潮にエリカが話を締めミーティングも滞りなく終了し解散となったが、やはりラブの周りには自然と人が集まり談笑の時間が続いている。

 その光景がエリカには先程夢想した世界の続きに見えてしまい、ほんの束の間ではあったが彼女の思考はそこで暫く停止してしまった。

 だが視界の隅に佇むまほの姿に気が付きそちらに目を向けてみると、そこにある彼女の表情にエリカは自分と同様の感情を読み取りハッとしたのであった。

 

 

『…!そうか……』

 

 

 それがエリカの中に、一つのアイディアが急浮上した瞬間であった。

 

 

 




作中の出前お断りは横須賀ではマジな話です。
お断り出来ない宅配とか本当に気の毒ですよ……。
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