ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

106 / 309
今回は何やらアチコチで策が飛び交っています。
冒頭の二人は果たして何を企んでいるのやら……。


第六十三話   策士達の思惑

「こんな時間にごめんなさいね」

 

「いえ、問題ないです」

 

「それでええと愛……愛って呼んでいいかしら?」

 

「はい、それで構いません」

 

「私の事もエリカで構わないわ」

 

「…はい、エリカさん……」

 

 

 少しはにかんだような笑みを浮かべる愛に、エリカもまたフッと笑って見せた。

 交流イベントに全体ミーティング、そして黒森峰主催の夕食会を終え、双方共に明日の試合に備え後はもう寝るだけとなった頃、両校の学園艦が並び停泊する桟橋の、周りから目立たぬよう陸に上げられた学園艦専用の巨大な防舷材の陰で、エリカと愛という少々毛色の変わった組み合わせが何やら意味有り気な会話を交わしていた。

 

 

「それで……データの方は?」

 

「はい、こちらになります」

 

 

 改めてのエリカの問いに愛も短く答え、エリカにA4サイズ程のファイルケースを手渡した。

 

 

「ありがとう、助かるわ」

 

「いえ、でもお急ぎでしたら笠女(ウチ)の被服科に任せて頂ければ直ぐにご用意する事も出来ますが?」

 

「ううん、申し出は有難いけれど、これはこちらの艦内のテーラーで仕立てなければ全く意味がない物なのよ」

 

「……そうでしたね、失礼しました」

 

「こちらこそ無理を聞いて貰ってありがとう……でも今日の事を考えると不安になるわ……」

 

「あれは一時的な事ですから……」

 

 

 よく見ると二人の口元が引き攣っているのは、どうやら笑いを堪えているようだ。

 

 

「そ、それでお母様……理事長様の方へは?」

 

「ええ、そちらも問題ありません、連絡を頂いて直ぐに話を通しておきました。大変乗り気でいらして、お伝えしたら即西住流の家元様にも電話していらっしゃいましたから」

 

「えぇ!ソレは本当!?」

 

「はい、あんなに面白そうにしていらっしゃるCEOは始めて見ました」

 

「ハァ~、なんだか話が大きくなって来たわねぇ……」

 

 

 思わず天を仰ぐエリカに愛がクスッと笑った。

 

 

「あの…それでこの計画はアンツィオにも……?」

 

「ええ、ぺパロニ辺りに事が知れると直ぐに情報が漏洩しそうだから、取り敢えずはカルパッチョにだけ極秘扱いでね」

 

「そうですか…そうすると後は大洗のみほさんだけですね……」

 

「ああ、そっちは大丈夫。本宅の菊代さんにお願いしてあるし、サイズの方も変わってないから」

 

 

 言ってからしまったという顔をしたエリカだが、愛は澄ました顔で聞かなかった事にしたようだ。

 

 

『ふふ、この子はこんな顔も出来るようになったのね』

 

 

 エリカはラブと愛の間にあった壁がなくなった事で二人に起こった変化の大きさの驚くと共に、それがとても良い方向に向かっている事を大いに喜んでいた。

 

 

「あの……何か?」

 

「え?ああごめんなさい、早速頂いたデータを使わせて頂くわ」

 

「お役に立てて良かったです」

 

 

 そう言った愛が穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「まあお披露目の時には、あなた達にも立ち会って貰う事になるけどね」

 

「ええ、それは是非」

 

「ゴメン、正直に言うわ。私、その姿を想像してちょっとドキドキしてるのよ」

 

「…私もです……」

 

 

 短い沈黙の後、目の合った二人は同時に噴き出した。

 

 

「さあ、あまり遅くなると怪しまれるから戻りましょう」

 

「そうですね」

 

 

 エリカの一言に同意した愛が、乗って来たケッテンクラートのエンジンに火を入れる。

 ピンクのハートマークが入っている処を見ると、彼女もまたこのケッテンクラートを占有して使用しているらしい。

 もう一方のエリカもまた乗って来ていたBMW R75のキックペダルをキックして、一発で空冷OHV2気筒を始動させると小気味良いエンジン音を轟かせた。

 エリカもこのサイドカーを日常から占有して便利使いしており、メンテもマメにしているらしくコンディションもすこぶる快調なようであった。

 エンジンが始動して数回スロットルをあおってやった処でエリカが顔を上げると、ちょうど愛も同様に顔を上げており、目が合った二人は互いに満足気な表情が可笑しくなりニコリと笑顔になった。

 

 

「それではこれで、明日は宜しくお願い致します」

 

「ええ、こちらこそ。全力でかかっていらっしゃい、一切手加減しないで相手してあげるわ」

 

「はい…私もです……」

 

『……プッ!』

 

 

 互いに挑発的なセリフを吐いた後に睨み合って沈黙したものの、それは長くは続かずに二人は再び同時に噴き出すのであった。

 

 

「あ~あ、それじゃあね愛。また明日」

 

「はい、お休みなさいエリカさん」

 

 

 二つの心地良いエキゾーストがそれぞれの塒へ向かい走り去って行く。

 

 

『本当に良い表情をするようになったわね……』

 

 

 その夜、エリカは心地の良い高揚感と共に深い眠りに付いたのであった。

 

 

「は~、なんかやけに出発が早いのはてっきりおデブちゃん(マウス)達がいるからだと思ってたんだけどこの為だったかぁ~」

 

 

 熊本港を進発し、観戦エリアとなる熊本城までの道中の沿道は多数の地元住民に埋め尽くされ、ラブに対する声援が飛び続けていた。

 

 

「……まさか交戦エリアまでの道中もあの調子なワケ?」

 

 

 ハッとしたラブが自分達の方に向き直った瞬間、まほとエリカは揃ってラブから視線を逸らした。

 

 

『……』

 

「オイ!視線を逸らすなぁ!沈黙するなぁ!」

 

 

 ラブも自分に対する歓迎が、まさかここまでとは思っていなかったのだ。

 

 

「いや…私もさすがにここまでになるとは思ってもみなかったのだ……」

 

「なんかもう既にスタンドにしほママと亜梨亜ママまでいるんだけど?」

 

「まあさすがにあの二人はあそこに座らざるを得ないと思うんだが……」

 

「てかさ、あのスタンド西住と厳島の親族で埋まってるし」

 

「……」

 

 

 実に嫌そうな顔をしたまほが見回した二の丸広場は多くの人で溢れている。

 

 

「なんかさ、人多くない?つ~か多過ぎ……」

 

「県営野球場の方もスタンドもグラウンドの桟敷席も既に満席だそうです……」

 

 

 公式戦ならばともかく、たかが練習試合で全国大会以上に集まっている観戦客の数に、報告するエリカの口元も引き攣っていた。

 

 

「ねぇ…私達熊本港からここに来るまでサービスで歌いながら来たけどさ、もしかしてここからまた交戦エリアに行く時も歌い続けなきゃいけないのかな?」

 

『……』

 

 

 まほとエリカは視線を逸らし無言になるしか出来る事はなかった。

 

 

「お~いラブ姉!蝶野教官が集合してくれって、ちょっと来場者が多過ぎるから開始時間前倒しするってよ…あ~マジ人多過ぎ!」

 

 

 観戦客が多数押し寄せた為、急遽観戦客通路を広くした分関係者通路は狭くなり、行き交う運営スタッフを掻き分け駆け寄って来た夏妃は面倒そうな顔をしている。

 お気に入りの夏妃が現れ顔が緩みかけたまほだったが、エリカの咳払いで慌てて表情を取り繕う。

 

 

「夏妃、交戦エリアまでの道中もずっと歌う事になりそうだから喉を温存しておきなさい」

 

「マジかラブ姉…なんかよぅ、出店の方もとんでもねえ事になってんだわ。ぺパ姉だけじゃ捌き切れなくてアンチョビ隊長までお玉振るって陣頭指揮執ってたぜ……」

 

「マジ!?」

 

 

 夏妃の報告にラブの隣にいたまほの顔色がみるみるうちに青くなる。

 何故なら今回アンツィオは出店予定がなかったのだが、笠女とのコラボで出していたカレーパスタがすっかりお気に召していたまほが、アンチョビに是非にと依頼し出店の運びとなった経緯があり、思いがけぬ事でアンチョビに負担を掛けてしまい途端に狼狽え始めていた。

 

 

「あああ、あんざいぃぃ……」

 

「大丈夫よ、千代美の仕切りなら完璧に決まってるわ。最近じゃウチの給養員学科との連携も完成の域に達してるって言ってたから」

 

「そ、そうなのか……」

 

 

 迎えに来た夏妃と共に、一行は両校挨拶の為集合場所へと向かおうとしたが、途中観戦スタンドを登ろうとしていたお馴染みの顔ぶれと遭遇した。

 

 

「あ、お姉ちゃん」

 

「みほ、早いな」

 

「うん、今回は先乗りして大洗のみんなと一緒に道場の寮に泊まったんだよ」

 

「え!?そうだったのか?」

 

「えっとね、会長さんがね、お母さんに単独で改めてお礼が言いたいっていうのもあったから」

 

「そうか、角谷が……」

 

 

 まほは杏の事以上に、みほが自分から実家に関わった事に驚くと同時に喜びを感じていた。

 

 

「しかしなぁ…なんだかお前達いつもより来ている面子が多くないか?」

 

 

 細やかな喜びを噛締めた後その背後に目をやると、各校いつもの顔ぶれ以外にも所謂一軍の主力選手の顔が揃っており、それだけでスタンドが一つ埋まる程の人数が揃っていた。

 

 

「It' s ok!細かいことは気にしない!まあこれが最終戦なんだからいいじゃない♪」

 

「あのなぁ……」

 

 

 朝っぱらからお気楽且つ能天気なケイは杏と腕を絡めご機嫌であり、どうやらケイも大洗の先乗りに紛れ込み、杏と一夜を楽しんだ気配が濃厚であった。

 何しろ大学選抜参加組は全員大洗のセーラー服を所有しているので、顔がバレバレでもそれを着用してゴリ押しするなど訳のない事なのだ。

 やれやれといった表情になったまほが他の者達に視線を巡らせると、なんとも草臥れた様子で非常に目付きの悪いダージリンとモロに目が合ってしまった。

 

 

「ブッ……!」

 

 

 清水での一件を思い出したまほは噴き出しかけて慌ててダージリンから目を逸らそうとしたが、ひと足遅く彼女の方から射すような視線と共に口調も荒く突っかかって来た。

 

 

「なによ!?」

 

「いや、別に……」

 

 

 今まで散々弄んだ結果、性の暴走機関車と化した絹代の吶喊に一晩中曝され出涸らしのティーバッグになるまで絞り尽くされたダージリンは、消耗しきっている処で帰投後もヒソヒソとネタの対象にされ続け、今日に至っても未だに回復していないのであった。

 

 

「まあアレよ、自業自得ってヤツね!」

 

 

 日頃どちらかというと口では言い包められたりやり込められる事が多いカチューシャが、ここぞとばかりに止めを刺しに来るがダージリンは言い返す気力もないようだ。

 だがここでそれまで空気のようにそのやり取りを見ていたラブが、満たされた者特有の雰囲気を放っている事に皆も遅まきながら気が付き始めた。

 

 

「ん?ラブ?」

 

「何この満たされた色気は……?」

 

「も、もうあの日は終わってるのよね!?」

 

「こ、これってもしかして……」

 

「まさか…まさか……!」

 

「も~、何よみんなして~?」

 

 

 ざわめき出した仲間達にラブは口を尖らせる。

 しかしそこに一同の疑問を確信に変える存在が現れた。

 

 

「恋、正式に予定の40分前倒しが決定されたわ」

 

 

 軽い身のこなしで駆け寄って来た小柄なピンク髪の少女の表情に、彼女を知る者達は一斉に驚きで目を剥き騒然となるのであった。

 

 

「うぇ!?愛さん!?」

 

「Jesus!」

 

「え?誰ですの!?」

 

「ウソでしょ!?」

 

「みんな何言ってるのよ失礼ね~」

 

 

 ラブが駆け寄って来た愛を背後からそっと優しく抱きしめると、愛もまた彼女の腕の中で仔猫のように愛らしい表情を浮かべた。

 だがその笑みが更なる衝撃として集まっていた一同の心に動揺もたらしている。

 

 

『か…可愛い……けどそのキャラはダレ!?』

 

「まぁそうなるわな……」

 

 

 前日に同じように驚いたまほがポツリと呟くと、隣のエリカは疲れた顔をしていた。

 

 

「うぉ~い、ちょっと待った~!」

 

「あ、あんざい?」

 

 

 それまで只独り出店の仕切りで姿の見えなかったアンチョビが、笠女とアンツィオ混成のリヤカー部隊を引き連れて皆の下へと駆け寄って来た。

 

 

「ふぅ!何とか間に合ったな…いやもう少し早く届けようと思ったんだが、なにしろ開店早々凄い客の数でな……ってそうだ、これはお前達の昼メシだ。両校の人数分用意してあるから持って行け」

 

「お、おまえ……」

 

「千代美♪」

 

「うわわ!今はそういうのいいから……んん!?ラブ?」

 

 

 例によって喜んだラブがハグしようとするのを寸での処で躱したアンチョビだが、その表情や声のイントネーションが今までとは微妙に違っている事を彼女は敏感に感じ取っていた。

 

 

「ラブ…オマエ……お…愛、愛なのか?……!そうか!そうだったのか!いやあ良かったなぁ!うん♪実に良かった!」

 

 

 アンチョビは独り納得するとラブと愛をそれぞれハグしては背中を叩いては『良かった』を繰り返し、出店がひと段落したら合流すると言い置き、両校の戦車にランチを積み込む為にリヤカー部隊を引き連れ足早に立ち去ってしまった。

 

 

「な、なんだったんだ安斎のヤツ……?」

 

「だからもう少し女を磨いて下さい隊長……」

 

 

 たったあれだけで察して見せたアンチョビをさすがと思いつつ、その一方で一向に成長しないまほのボンクラぶりにエリカは独り肩を落としていた。

 

 

「Hey!それじゃあ私達はスタンドの方に行ってるわ!二人共悔いの残らぬよう存分に戦うといいわ、私達はここで最後まで見届けさせて貰うからね!」

 

 

 ケイは騒ぎを締めくくるように明るく言うと、グッと親指を立ててサムズアップ決めた。

 それに倣い他の者達も軽く手を上げてはスタンドに登って行く。

 

 

「それじゃあ我々も行くとするか、あまり蝶野教官をお待たせしても失礼だしな」

 

「そうね、行きましょう」

 

 

 両校の隊員達が集結し周囲の空気も開戦に向け盛り上がる中、一同の前に亜美が現れたのはいいが、その見た目と雰囲気があまりに先程見たダージリンと酷似しており、まほとエリカは速攻で亜美に背を向けたのだがその肩は小刻みに震えており、背中に刺さる彼女の視線が痛かった。

 

 

『知波単ズはこの二人からどんだけ搾り取ったのよ!?』

 

 

 まほとエリカの腹筋は暫くプルプルが止まらなかった。

 

 

「お早う厳島さん、いよいよ最終戦ね。この短期間にこれだけの試合数をこなした例は私の知る限りではないはずよ」

 

「まあ艦の船足の速さに助けられてるのが大きいですね」

 

「私達がちゃんと順番を決めなかったばっかりに、日本列島を行ったり来たりさせてしまったなぁ」

 

 

 実際6連戦の日程は笠女学園艦の快速なくしては成し得ないものであった。

 

 

「大丈夫よまほ、ウチの艦はこういう事態を想定していたから問題ないわ」

 

「さあ二人共、お話はまた後にして始めましょう。移動時間を考慮すると、今日は少しでも早く動き出した方が良さそうよ。何しろ観戦客と沿道の応援が凄過ぎて何がどうなるか予想が付かないの」

 

『なんか色々済みません……』

 

 

 ラブとまほは当事者として何ともいえない気持ちになっていた。

 二人とも事前にある程度は聞かされた話から予想をしてはいたが、西住と厳島の名がこれ程までに人を集める思ってもみなかったのだ。

 

 

「二人が気にする事ではないわ、私だって一応西住流の関係者だしね」

 

『はぁ……』

 

「それにしても厳島さん、今日はあなた何か雰囲気が…あ……ふうん、そういう事か、成る程ねぇ♡」

 

 

 ラブの様子の微妙な変化に亜美が何かを言いかけたが、その理由に途中で気付き意味有り気な笑みを浮かべるとキョロキョロとし始めた。

 

 

「うわぁウソみたい……でもやっぱり愛の力って凄いわぁ♪」

 

 

 愛の表情に目を留め、その変化の大きさに驚くと共に腕の前で手を組み感極まった表情を見せると、ストレートに感動と喜びの感情を露わにしていた。

 

 

「あの……教官?」

 

「だから再三言うように女を磨いて下さい隊長……」

 

 

 この期に及んでのまほのスカタンぶりにエリカは再び肩を落としていた。

 そして両校の挨拶の後交戦エリアとなる南阿蘇村に向け進んだその道中は、港から熊本城まで移動した時以上の人垣が続き、AP-Girlsも結局現地に到着するまで歌い続ける事になったのであった。

 

 

「いっくら地元だとはいえ西住と厳島、どんだけなのよ?」

 

「試合前にこんなに歌う羽目になるとは……」

 

「いっそ西住隊長にも歌って貰えばよかったのよ」

 

「アンタ達ねぇ……大体あのまほが歌ってもみんな怖がるだけでしょうが」

 

『しれっとヒドイ事言ってるし……』

 

 

 スタート地点に到着しリエゾンで消費した分の燃料補給を受ける間、AP-Girlsのメンバー達は他愛のない事を好き勝手に口にしており、試合開始直前の緊張感は欠片も見せる事はなかった。

 これまでも彼女達はそんな姿を見せた事は一度もなく、それが厳島の教えの結果なのか、それとも彼女達が元から図太いからなのかは不明であるが、いずれにしてもそれが対戦相手へのプレッシャーになっている事も事実だった。

 

 

「で?どうするのよ?」

 

「ん~?当初予定通り、まほが余程の奇策でも使って来ない限り作戦に変更なしよ。直下さんには悪いけど全体にプレッシャーを掛ける為の生贄になって貰うわ♪」

 

『ホント、えげつない手を考えさせたら天下一だな……』

 

 

 鈴鹿の確認に答えるラブであったが、AP-Girls意外の者には彼女が何を企んでいるのかまだ解らないが、ラブの人の悪い笑みをメンバー達は白い目で見ている。

 

 

「なによ~?」

 

 

 誰も何も答えずに視線を逸らしラブは頬を膨らませている。

 そして時を同じくして給油を終えた黒森峰側もまほによる訓示の後、全車が万全の態勢で試合開始の信号弾が上がるのを待っていた。

 車両数の多い黒森峰側は阿蘇の山の入り口である国道325号線と県道111号線の結節点を抑え、その周辺に比較的広めに展開している。

 足の速い車両達が突出して見えるのは、それらの車両でAP-Girlsを重砲の前に引き摺り出す狙いがあっての事なのか、それも試合が始まれば解る事だろう。

 しかしその中にマウスの姿が見えないのが、この段階では一番不気味であった。

 

 

「う゛ぇ゛……!?」

 

「え?何よ、どうしたのよ?」

 

 

 小梅率いる機動部隊がAP-Girlsを設定したキルゾーンに引き摺り込むその瞬間まで、擬装を施した直下のパンターを始め固定砲身組は待機しなければならないが、コマンダーキューポラから様子を窺っていた直下が突然妙な声を上げ車内の者達が何事かと見上げていた。

 

 

「あ、イヤ、なんか急に寒気が……」

 

「風邪?ちょっと止めてよね、こんな狭い空間でさぁ……」

 

「そんなんじゃないわよ!」

 

 

 ラブが直下を第一のターゲットと明言したそのタイミングで、当の直下もコマンダーキューポラ上で突然謎の寒気に襲われ、それと同時に何か得体の知れない嫌な予感にも囚われていた。

 

 

「…まさか…ね……」

 

 

 この直下のまさかという思いは、試合開始から暫くして立証される事になるのであった。

 

 

「隊長、やはり重量級の舗装路限定は変更なしで?」

 

「ああ、さっき一応この目で確認したが冬とはいえやはり畑は相当緩いコンディションだ。マウスは勿論、ヤークトティーガーやエレファントも危ないな。うっかりすると我々のティーガーだって嵌りかねないから注意が必要だ」

 

「了解です…了解ですが相手がラブ先輩では、果たして何処まで私達のやり方が通用するやら……」

 

「まあ考え出したらきりがないな…とにかくヤツのやっすい挑発には絶対乗らん事だ。これは私が一番要注意な事なんだがな……」

 

「……」

 

 

 まほの自虐的なセリフは、当っているだけにエリカは何も言えなかった。

 

 

「それの話はまあおいといて、向こうのスタート地点は村役場の長陽庁舎の周辺だったな」

 

 

 クリップボードに止めた地図上でまほは大凡の彼我の距離を測る。

 

 

「凡そ直線距離にして7kmか…当てるだけならアイツ余裕で撃って来る距離だよな…全く…何をどうやったらあんな曲芸が可能になるんだか……まあでも今日はさすがにノックはしないはずだ、戦力差を考えたら完全に無駄弾になるからな。それより問題なのは果たしてラブがどのルートで来るかだな、素直に国道を来るかそれとも搦め手で別ルートなのか……」

 

 

 エリカも一応は考えてはみたが、やはりラブが何を考えているかなどは、到底予想する事が出来る相手ではなかった。

 

 

「ラブ先輩相手に何考えても無駄な気がするのは私だけですか?」

 

「…だよな……」

 

 

 エリカの指摘と自らの過去のデータを照らし合わせ、結果としてまほは深く考える事を止めた。

 何故ならば、深く考えれば考えた時程どつぼにハマって大負けを喫し、あの美しい顔で何度となく厭味ったらしい高飛車な笑いを浴びせられた過去を思い出したからだ。

 

 

『さてと、果してまほがどうでるか…おデブちゃん(マウス)達はあまり軟弱な地盤のトコには入れたくはないだろうから配置は舗装路中心よねぇ…問題は第一目標の直下さんが何処にいるかだけど、固定砲身だけにまずは待ち伏せに使って来るだろうし、そうなると小梅さんが私の事狩り立てに来るだろうからそれに乗って連れてってもらえばいいかな?』

 

 

 前倒しした試合開始時刻5分前、給油車両も既に安全圏に退避しており、まほの予想通り村役場の駐車場に陣取るラブは、吹き抜ける風に深紅の長い髪を流しながら頭の中に展開した詳細な立体地図の中に直下のヤークトパンターの姿を探し求めていた。

 この試合、初手の仕込として直下への仕掛けだけは、後々心理面で試合を支配する為にもラブは何としてでも成功させておきたかったのだ。

 

 

「各車そのままでいいから聞いて頂戴。事前に検討した通り、まほはまず間違いなく足のあるパンターで先行して仕掛けてくるわ。向こうの狙いとしてはまず誘い込んでから後背を取って、私達を高火力の重包囲陣に押し込むって辺りが妥当だと思うの。でもまあ、まほも戦車道に関しては馬鹿じゃあないからそれで私達をどうこう出来るとは思ってないだろうけどね~」

 

「何気にひでぇ事言ってるし……」

 

 

 ラブが話を区切ったタイミングで、無線の向こうでさり気なくまほをディスったラブに夏妃がぼそっと突っ込みを入れた。

 

 

「ま、挨拶がてらの様子見と消耗狙いって辺りよね。でも私達はここで直下さんを見付け出して何としてでも作戦を実行するの、彼女をヒィヒィ言わせられれば後々全体にジワジワ効いて来るからね。い~い?最初が肝心よ?」

 

 

 ラブは口元に人の悪い笑みを張り付けたまま無線交信を終える。

 

 

「ぶぇ~っくしょんっ!」

 

「うわ!汚っ!風邪菌飛ばすな直下ぁ!」

 

「だから違うって言ってるでしょ!」

 

 

 ラブの悪意が無線に乗って伝播したのか、直下が盛大にクシャミをした。

 そしてそうこうするうちに時計の針が試合開始1分前を指し示すと、時計を見つめるラブとまほの目の鋭さが増して行く。

 やがて冬晴れの青空に打ち上げ音と共に、試合開始を告げる信号弾の炸裂する音が轟いた。

 

 

「Panzer vor!」

 

「Tanks move forward!」

 

 

 二人の隊長が同時に前進命令を下し、双方の戦車の履帯が軋みを上げる。

 その瞬間観戦客の間から此処までで一番の歓声が上がった。

 

 

「いやあ、何とか試合開始に間に合いました。人が多過ぎて入場規制が掛かった時はどうなる事かと思いましたがギリギリで滑り込めましたなぁ♪」

 

「えぇ!?絹代さん?何故!?」

 

 

 突然現れた声の主、知波単高校戦車隊隊長である西絹代は、艶やかな黒髪を颯爽と靡かせ当然のようにダージリンの隣にするりと滑り込んで腰を落とした。

 

 

「な、なんで!?私何も聞いてませんわ……ど、どうして!?」

 

 

 調子こいてカーデン・ロイドで奔り回っていたら、オイ車にでも遭遇してしまったような表情になったダージリンであったが、絹代の方は意に介した風でもなくにこやかに彼女の手を取った。

 

 

「おぉダージリン殿、今日はまた一段と美しくていらっしゃる♪この絹代、その眩さに目が眩みそうであります」

 

『ブッ!?』

 

「ヤバい!今回も絹代が面白いわ!」

 

「あれは天然なの?それとも養殖!?」

 

「き、絹代さんあなたねぇ!」

 

 

 好き勝手に盛り上がる周囲に耐え兼ねたダージリンが声を荒げかけるが、何処吹く風の絹代がそのダージリンの耳元に何事かを囁きかけた。

 するとあっと言う間に真っ赤になったダージリンの頭上に見えない白旗が揚がり、そのまま崩れ落ちかけるのを絹代がしっかりと抱き止めた。

 

 

「おぉ、相変わらずダージリン殿は小鳥のように軽くていらっしゃる」

 

『コイツやっぱり天然ジゴロなのか!?』

 

 

 呆気に取られる周囲を余所に、ダージリンを抱き抱えた絹代はそのまま再び腰を下ろした。

 そして絹代はそのまま誰に言うともなしに独り勝手にしゃべり続けた。

 

 

「今回は大演習中で来る予定は無かったのでありますが、敷島殿に是が非でも見に行くようにと言われまして急遽私のみ参る事になりましてなぁ」

 

 

 ダージリンの肩を抱いたまま、満更でもない表情の絹代は豪快にカンラカンラと笑っている。

 

 

「ありゃ!?なんだオマエも来てたかぁ、じゃあ一人前追加だなぁ……」

 

「おぉ!パスタ殿!ささ、こちらへどうぞ!」

 

「パスタ殿って、オマエなぁ……まあいい、どうだ試合の方は?」

 

「No problem!今始まったばかり、何も問題ないわ」

 

「なんか出店がとんでもない事になってたけど大丈夫なの!?」

 

「ああ、おかげさんでなんとかな、試合が始まるんで取り敢えず落ち着いたってトコだな」

 

 

 ケイとカチューシャに軽く手を上げ答えたアンチョビは、絹代が空けてくれたスペースに腰を下ろすと、試合が始まり前進を開始した両校の様子を映すモニターに目をやった。

 

 

「よしよし、西住のヤツもテンパったりしてないようだな」

 

 

 アンチョビの視線の先、モニターの中のまほの表情はいつものクールな黒森峰の隊長の顔であり、特に気負ったりした様子もなくひとまず安心したアンチョビは小さく安堵の息を吐くのだった。

 

 

「で?双方どんな布陣になってるんだ?」

 

 

 懐から地図を取り出しつつ確認する為に声を上げた。

 

 

「えっと、こんな感じです……」

 

 

 すると一段上の席にいたみほが、試合開始直前の陣地展開を書き込んだ自身の地図を差し出した。

 

 

「ああ、みほスマンな。どれどれ…ほう、マウスが…お供のⅢ号もか……これまた思い切ったなぁ…面白い、実に面白い♪これは終盤まで目が離せんなぁ」

 

 

 大きく頷いたアンチョビは、借りた地図から初期布陣を描き写し礼を言ってみほにそれを返した。

 

 

「さて、ここからラブはどう動くか。直線にして約7㎞、早ければ10分と掛からずに接触するな…黒森峰は大胆にも機動力のあるパンターを6両全て先行させたから、これだけでももう普通に考えれば戦力差は話にならんワケだがさて……」

 

 

 腕組みをするアンチョビの視線の先、モニターの中ではAP-GirlsがLove Gunを先頭に国道へと出る交差点を右折して行く。

 

 

「…オイオイ。見ろ、AP-Girlsが迷わず国道に出たぞぉ……アイツは相変わらず図々しいなぁ、また自分を餌にして一本釣り狙いじゃあるまいなぁ?」

 

 

 呆れるアンチョビの目の前で、モニターには一列縦隊を組んだAP-Girlsが彼女の言うように何ら躊躇する事なく国道325号線に出ると、まほの待ち受ける一関方向へと進軍を開始していた。

 

 

「小梅さんも真っ直ぐに国道を進んでる……」

 

 

 みほも驚き少し心配げな声で呟きその様子を見守っている。

 このまま双方進軍を続け正面からやりあうとなると、相手がパンター6両では相当にAP-Girlsは分が悪く、その場合果してラブがどのような策を弄して来るかに俄然注目が集まる。

 

 

「フ~ム、さてラブよ何を考えている?それは私の予想範囲内なのか?それとも所謂斜め上ってヤツなのか?失望だけはさせないでくれよ…まあお前に失望させられた事は一度もないけどな……」

 

 

 挑発的なセリフを吐くアンチョビだがその目は何処か嬉しそうにしていた。

 厳島対西住の激突まで、遂に試合は秒読みの段階に突入した。

 

 

 




作中の熊本は震災被害を受けていない世界である事を御了承下さい。
今回作中で登場する場所は随分昔の事ですが、
バイクでカメラ担いで旅をした事がある思い出の場所です。

被災地域の一日も早い復興をお祈り申し上げます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。