ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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ラブがまほやみほにエグイ悪戯を仕掛けるのは、
可愛くて仕方がないからだと思うのですが……。

でもダージリンに関しては面白いからだろうなぁw



第六十四話   ヒドイオンナ

 流派創設の頃より姉妹のように良好な関係の続く厳島流と西住流、その絶える事なく続く蜜月の中にあって、若い世代であるラブとまほは最も姉妹らしいと云われ、両家の繋がりの強さを象徴するような存在であり仲の良さであった。

 その二人の対戦が両家のホームである熊本で行われるとあって、観戦エリアである熊本城周辺は空前の人出でごった返し運営関係者をてんてこ舞いさせる状況となっていた。

 そして観戦者の注目が集まる中始まった一戦は、信号弾が打ち上げられると同時に黒森峰が機動力と火力の高いパンター6両を全て先行させたのに対し、一列縦隊を形成したAP-Girlsの進行する速度は電撃戦を展開する小梅率いる先発隊に比べ明らかに遅く、まるでパレードでもするかのような低速での前進を続けていた。

 その逆にAP-Girlsのお株を奪うようなハイペースで展開した6両のパンターは、国道325号線と県道149号線が交わる交差点に到達すると、そこで部隊を進行方向へ向けて両翼に布陣して、非常に強固な迎撃陣地を構築したのであった。

 

 

「またあんなあからさまな…何ですの、あの進行速度の遅さは?ああやって常に人を踊らせて…ホントいい性格してますこと……」

 

 

 棘のあるもの言いではあるがダージリンの指摘は当たっている。

 当ってはいるのだが、その目付きはすこぶる悪く吐息も微妙にハァハァしている。

 

 

『大丈夫かコイツ……?』

 

 

 いつも以上におかしい紅茶女の様子に一同背中に薄ら寒いものを感じていたのだが、よく見れば彼女の瞳には何かを期待するようなちょっと危ない色が滲んでいる。

 果たして絹代が彼女の耳元に何を囁いたのか、周りの者達はそちらの方がどうにも気になって仕方がないのであった。

 

 

「あれは何を狙って…何を考えての行動なんだかなぁ?黒森峰に先手を取ってくれと云わんばかり、というか既に取られてるしなぁ……」

 

 

 さすがにアンチョビもこの初動の遅さには呆れ気味である。

 AP-Girlsの機動力を以ってすれば、小梅が陣地を構築した交差点も余裕で越えて黒森峰本陣の懐深く斬り込む事も可能であったはずだ。

 

 

「厳島さん達来ないね……どうする、偵察でも出す?」

 

「……ダメ、ここでこの陣形を崩して戦力ダウンさせてしまったら意味がないわ。ラブ先輩相手という事を考えたら、私の実力ではこれでもまだ互角には程遠い位だもの。今ここでラブ先輩の手に乗る訳にはいかないわ」

 

 

 陣地は構築したものの一向に現れぬAP-Girlsに若干痺れを切らした僚車の車長が、落ち着かぬ様子で偵察などと言いだしたが、それこそラブの思う壺だと解っている小梅が安易にその提案に乗る事はなかった。

 だが小梅もこの状況をじれったく思っているのは他の隊員達と一緒であり、つくづくラブは人を振り回すのが上手いと感じていた。

 

 

「う゛ぅ゛…この感じ、久し振りだなぁ……」

 

 

 中等部時代まほの巻き添えで散々酷い目に遭わされた記憶がある小梅は、何やら胃の辺りが重くなるような感覚に襲われていた。

 

 

「さて…ん~、ここから先は一歩も通さんって顔でコッチ見てるわね~。小梅さんも随分成長したのね、これぞアドバイスした甲斐があるってもんよ♪」

 

 

 小梅を充分に焦らした後にやっと現れたAP-Girlsであったが、互いの姿が目視で確認出来る所までやって来るとラブは足を止めてしまい、今は懐から取り出した愛用の直進ズーム式の単眼スコープでパンターのコマンダーキューポラから何やら指示を出している小梅の様子を窺っていた。

 

 

「あぁ、とうとう止まりやがった……で、今度はスコープ覗いてどうしようってんだアイツは?」

 

 

 アンチョビはまた何か下らない事を始めるのかと、胡乱な者を見る目付きでモニターの中のラブの動きを監視している。

 

 

「あのさぁラブ姉、のんきに対戦校の選手褒める前にやる事あるんじゃないの?がっちり迎撃の陣形組まれてどう対応するつもりなのよ?」

 

 

 Love Gun砲手の瑠伽が毎度毎度めんどくさい女だと云う風に、砲塔サイドハッチから顔を出しスコープを覗いたまま喜んでいるラブに突っ込みを入れるが、聞いているのかいないのかラブのその態度は一向に変わらない。

 その一方で迎え撃つ側の小梅もまた面倒そうな顔をしていた。

 双方の距離は既に200mあまりまで迫っており、通常の相手であれば小梅とて確実に仕留める自信のある距離であったが、今目の前にいるのはあのラブであり、その行動が読めない状況下で不用意に砲撃を行なう事は躊躇われているのだった。

 

 

「動かない…ホントめんどくさい人だなぁ……」

 

 

 再び散々振り回された中等部時代の記憶が蘇った小梅は盛大に溜め息を吐くのであった。

 

 

「あのパンターってさ、よく考えたらウチに来る予定だったヤツよね……」

 

 

 スコープを覗きながら小梅の成長を喜んでいたラブであったが、その小梅が搭乗するパンターともう1両は笠女が仮押さえしていた車両である事を思い出しその表情が微妙になった。

 大洗の快進撃以降二匹目のドジョウ狙いで戦車道を履修する学校が急増した結果、戦車の販売業者の中にその降って沸いた超売り手市場に便乗値上げをする者が相次ぎ、品薄な状況下思い切り足元を見られた笠女もその吹っかけ過ぎな価格に躊躇するうちに、大学選抜戦においてパンター2両に深刻なダメージを負った黒森峰に言い値で買われてしまった経緯があったのだ。

 

 

『あ……』

 

 

 急にショボンとしてしまったラブにLove Gunのメンバー達も、自分達が乗っていたかもしれない車両という事もあり直ぐにはフォローが出来なかった。

 そしてこの話は観戦エリアいる者達の間でも、ラブとパンターが直接対峙した事で再び話題に上ってしまい、問題の当事者である大洗の隊員達はみほと一緒にあわあわするのであった。

 

 

「ま、今更言っても仕方ないわよね……」

 

 

 何とも冴えない表情のままではあるが頭を切り替えたラブは、小梅の陣地展開の様子からそう簡単に直下のヤークトパンターの所へは案内しては貰えないであろうと判断した。

 

 

「あれはあそこで少しでも撃ち合わないとその先には行かせてくれない感じよねぇ…今日はあまり無駄弾撃ちたくないないんだけどなぁ……何とか撃ち合いなしで通してくれないかしら?」

 

 

 虫のいい事を言うラブに皆呆れてはいるが、早い段階から弾薬をあまり消費したくないというのは彼女達にとっても共通の認識であった。

 如何せん重装甲揃いの黒森峰、それをたった5両のⅢ号J型のみで相手しようと思うと例え一発たりとも無駄に出来る砲弾はないのであった。

 

 

「仕方ない、ちょっと回り道するかぁ……みんな付いて来てね、ちょっと泥んこになるけどまだここで弾を使いたくないからさ」

 

 

 後続に無線で指示を出し、ラブはLove Gun操縦手の香子に前進の命を下した。

 そして漸くそれらしい加速を始めたAP-Girlsに、小梅もまた部隊に迎撃命令を下すのであった。

 独自の思想によりチューンを施されたAP-GirlsのⅢ号J型は、加速に優れ極短距離でトップスピード近くまで加速する事が可能であった。

 みるみるうちに接近して来るLove Gunに、小梅も緊張から生唾を飲み込みつつも攻撃を加えるタイミングを計っている。

 

 

「来る……各車弾着地点をずらしつつも狙いはLove Gunに集中!徹甲弾装填せよ!」

 

 

 あっと言う間にその距離を詰めて来るLove Gunに対し、砲撃を集中し痛打を浴びせるべく小梅は慎重にその瞬間を待つ。

 

 

「後少し……ヨーシ!うぇ~!?」

 

 

 6両のパンターの砲手が小梅の攻撃命令に合わせ発射ペダルを踏み込もうとしたまさにその時、これ以上はないタイミングで肝心の小梅が間の抜けた声を上げ、6名の砲手はペダルを踏もうとしてそのまま砲手席から転がり落ちた。

 

 

「いったぁ~!」

 

「な、なによ!?」

 

「小梅────!」

 

 

 各車の砲手が一斉に罵声を上げる中、小梅も負けじと大声を上げた。

 

 

「ここまで来てそれをやるかぁ──────!?」

 

 

 フル加速で50m程前進したLove Gunは、突如右方向に斜行したと思うとそのまま歩道に乗り上げ華奢なガードフェンスを力任せに突き破り、勢いよくその下の畑にダイブして行った。

 更に後続の4両もそれに倣いポンポンと畑目がけて飛んで行ってしまった。

 そし小梅の絶叫が途切れた頃には土煙を上げ畑の中を遁走していたのである。

 

 

「イナゴかアイツらは~」

 

 

 何かやるだろうと思いつつ見てはいたが、只の一発も砲火を交えずケツを捲ったAP-Girlsに、肩透かしを喰らったアンチョビが呆れ気味に吐き捨てた。

 

 

「全く躊躇なく跳びましたね」

 

「ホント、バッカじゃないの!?」

 

 

 ノンナはまだ冷静に状況を見ているが、カチューシャは飛び出したラブの奇行にキレ気味だ。

 

 

「全く後輩相手に初っ端から優しくないヤツだなぁ、いきなりハードル高い事やりやがって……見ろ、赤星のヤツも顔が埴輪みたいになってるじゃないか」

 

 

 万全の迎撃態勢を敷いたにも拘わらず、それをあっさり無視するようにラブが取った奇行に絶叫するのがやっとだった小梅は、叫んだ顔そのままに固まっていた。

 

 

「うわ~、これ帰ってから洗車大変よ~」

 

「ならやるんじゃねぇ!」

 

 

 土煙を上げながらトップスピードを維持して畑の中を時々飛び跳ねながら進むLove Gunの上で、自分達はライブで忙しく携われない作業について無責任に言うラブに、巻き上がる埃に閉口していた夏妃が大声でどやし付けた。

 

 

「だって仕方ないじゃない、試合開始早々にパンター6両相手なんてヤバくて出来ないもん」

 

「もん…っじゃねぇ!ガキか!?」

 

 

 実に下らない大騒ぎをしながらもAP-Girlsは、畑の中をアンチョビの指摘のようにイナゴみたいに飛び跳ねながら突き進んで行く。

 

 

「い、いけない!西住隊長──」

 

 

 我に返った小梅は、急ぎ無線でまほに状況の報告を行なったがまほは至って冷静であり、報告を終えた小梅に落ち着いて行動するよう注意喚起を促した。

 

 

『まあ落ち着け、ラブ相手に序盤からそんな調子だと最後まで神経が持たんぞ?』

 

「ハァ……」

 

 

 何処か釈然とはしないが無線越しに聞こえるまほの言う事は概ね正しい。

 しかしこれから試合終了までこの調子かと思うと、途端に気が重くなる小梅であった。

 

 

『取り敢えずはあまり急がずに戻って来い、お前達との交戦を避けたという事は戦力を温存して直接私の方へと来るつもりなんだろう。上手くすればそちらと連携して挟撃に持ち込めるやもしれん、とにかく今は全く慌てる必要はないからな』

 

 

 無線機から聞こえるまほの声が冷静ままなので、その声を聴くうちに小梅もまた落ち着く事が出来たようであった。

 そしてその頃にはAP-Girlsも、いつまでも畑の中を走り回っている訳にも行かず、道幅は狭いが舗装された農道に出て、まほ達のいる一関方向へと速度を上げていた。

 

 

「ラブ先輩はどの辺りから国道に復航して来ますかね?」

 

 

 まほのティーガーⅠと並ぶティーガーⅡのコマンダーキューポラ上で、ラブを待ち受けるエリカはやはりやったかといった表情でまほに話を振ったものの、小梅には毅然とした態度で指示を出していた彼女も目の前で見れば何とも冴えない表情をしているのであった。

 

 

「まあ順当に考えれば、県道39号辺りから戻って来るのが妥当だろうな。その前後の枝道は狭過ぎて通れないか、例え通れたとしても自由度が低い分我々の待ち伏せを考慮していれば必然的に選択肢から外れるだろう…ただなぁ……」

 

「あの人ですから……」

 

 

 二人揃って最後に歯切れが悪くなってしまうのは、やはり相手が非常識がパンツァージャケット着て歩いているようなラブであるからに他ならなかった。

 

 

「とにかくどんな馬鹿やられても対応出来るようにしておかないと、一方的に精神を削られて消耗するだけだからな……」

 

「……」

 

 

 その凡そ戦車道の試合の戦略を話し合っているとは思えないエリカは、まほの出した結論に何も言う事は出来なかった。

 

 

『それでラブ姉はこの先どうする気なのよ!?』

 

 

 狭い農道を極端に車間を詰めた一列縦隊で右に左に舵を切りながら激走するAP-Girlsは、その間も各車の車長の間を無線の電波が飛び交っており、今も凜々子が迂回後のルートをラブに確認していた。

 

 

「県道の39号から戻るしかないわよね~」

 

『読まれてない?』

 

「うん、読まれてると思う……でもそこでは何もないわよ」

 

『言い切るんだ』

 

「ええ、今ここで罠を張っても無駄になるだけだもの。そんな事に戦力を割くようなら指揮官失格と言っていいわ。本隊はそのまま、空振りに終わったパンターを転進させて挟撃ってのがベストなんじゃない?挟撃して封じ込めた処で外側から大口径の固定砲身で袋叩きが狙いかな?私達はそこで何としても直下さんのヤークトパンターを見付け出さなければいけないの。撃ってくれれば居場所の特定もし易いわ。見付けたら一気に行くよ、連携がモノを言う場面だからみんなしっかりね!」

 

 

 それまでアレコレ言っていた少女達も、ラブが方針を示せば迷う事なくそれに従うのだった。

 

 

「独創的ではありますがやはりよく似ていらっしゃいますね」

 

「そうかしら?」

 

「ええ…恋に翻弄されるまほがあの頃の自分にダブって見えます……」

 

 

 試合開始早々にラブに振り回され始めたまほの姿が、嘗て隊長である亜梨亜の掌の上で転がり回っていた自分と重なって見えたしほは、がっくりと肩を落としながら力なく言った。

 

 

「なんだろうな?あっちのスタンドから何やら禍々しい何かが滲み出てる様な気がするんだが、私の気のせいだろうか?」

 

「気のせいじゃないと思います……」

 

 

 厳島と西住の親族で埋まったスタンドから発せられる、独特の空気を感じ取ったアンチョビの呟きにみほが弱々しく答えた。

 みほも先程から両家親族ですし詰めのスタンドから、自分に向けて放たれるコッチ来いオーラと必死に戦っていたのだ。

 

 

「みほ?」

 

「うえぇ…あのお母さんが小さくなってる……」

 

 

 亜梨亜の隣ですっかり萎縮している母の姿に、絶対あそこには行きたくないとみほは強く思った。

 

 

「う~む、後でランチをデリバリーする事になっているのだがなぁ……そうだみほ、その時はお前も一緒に行くか?」

 

 

 前払いで気前よく両家から代金を受け取っているアンチョビは、その配達にみほを付き合わせる事を思い付いたのだが、そんな悪夢のような地雷原に足を踏み入れるのはゴメンだと、みほは目に見えぬ程の高速で首を左右にブンブンしていた。

 

 

「何もそこまで嫌がらんでも……」

 

 

 決してそれだけが理由ではないのだが中学時代のラブの一件もあり、亜梨亜としほの二人から気に入られているアンチョビは、みほの嫌がりようが今ひとつ理解出来ずにいた。

 

 

「ここからは一気に行くぞ~!」

 

 

 国道へと続く県道39号線の長い上り坂を、AP-GirlsはLove Gunを先頭にフルスロットルで駆け上がって行く。

 Love Gun上で右の拳を天に向け突き上げたラブが、AP-Girlsを鼓舞するように鬨の声を上げた。

 

 

「見えた!ヨシ、障害ナシ!速度そのまま!鈴鹿、ケツ持ち宜しく!」

 

 

 まるで一両の戦車のような動きで坂を駆け上がる途中、指示を受けた最後尾を走る鈴鹿のブラック・ハーツは、砲塔を旋回させ背後からの攻撃に備える体勢を取った。

 ラブもまた小梅の部隊が即本隊とは合流せず、挟撃を狙って行動しているであろう事は予測しており、国道に戻る前にそれに対する備えは忘れてはいない。

 そして到達した国道に合流する交差点を、AP-Girlsは一切減速する事なく履帯から火花を撒き散らすドリフト5重連で駆け抜けて行った。

 

 

「She's nuts!ホントどうかしてるわ!何よあの車両間隔、いかれてるとしか思えないわ!」

 

「いや、やれば意外と出来るもんだぞぉ?ウチの連中も最近の練習でそこそこのレベルで出来るようになって来てるしなぁ」

 

「アンツィオと一緒にしないでくれる?M4であんな事やったらあっと言う間に転がっちゃうわよ!」

 

「そういや大洗戦じゃ、最後にケイお気に入りのラビットのM3がスゲ~事になってたよな」

 

 

 相変わらずドリフトを多用するAP-Girlsに呆れるケイであったが、それに対抗すべくアンツィオを鍛えたアンチョビはその過程が思った程大変ではなかったと語ったのだが、正統派なサンダースのケイからしたらハイそうですかと頷ける話ではなかった。

 だが大洗戦で梓達がやらかした曲芸走行を思い出したナオミが、その隣でひとり噴き出していた。

 

 

「やはりあの頃の亜梨亜様を思い出しますわ」

 

 

 厳島と西住の親族席と化しているスタンドでも様々な感想が飛び交っていたが、亜梨亜としほに近い世代の西住の者達からそんな声が聴こえて来た。

 

 

「そうですか?現状でも恋の方が当時の私より遥かに上回っていますよ。まあまだ年齢的に荒削りな部分も見受けられますが、充分家元としてやって行けるレベルには達しているとは思いますわ」

 

 

 涼しい顔で答える亜梨亜であったがそれでも娘の成長は嬉しいらしく、隣に座るしほは彼女の声のトーンが僅かに高くなっている事に気付いたが、下手な事を言うと後が怖いので黙っていた。

 

「いよいよですわね……」

 

 

 ()()()が盛り上がり始めた頃、一応一般席ではあるがラブとまほの()()()()()()に占拠されているスタンドでも、遂に激突する二人に視線が集中し始めていた。

 中学時代のパンター対ティーガーⅠの時以上に戦力差があるが、ここまでもその戦力差をものともしない戦いぶりを見せ付けて来たラブが、果して如何なる戦いを見せるかに注目が集まっている。

 

 

「来たか……」

 

 

 瞳を閉じ意識を研ぎ澄ましていたまほの耳に、履帯がアスファルトを蹴立てる音と獅子の咆哮が如きエンジン音が轟くのが聴こえて来た。

 

 

「各車戦闘用意、弾種徹甲弾装填!先頭のLove Gunに火線を集中せよ!但し背後よりAP-Girlsを挟撃する別働隊の動きには充分注意するように!」

 

 

 AP-Girlsの隊列が白水運動公園のグラウンド前に到達すると、いよいよその姿が直接まほの目にも見え始めて来る。

 その距離凡そ300m、トップスピードのAP-Girlsであれば瞬きする間に、一気に懐に飛び込んで来るような彼我の距離である。

 だが、まほのティーガーⅠを中心にその両翼を2両のティーガーⅡが固め、背後には6両のラングが並んでおり、更に姿は見えぬがラブ達が第一のターゲットと定める直下のヤークトパンターと、エレファントにヤークトタイガーとマウスが何処かに伏せているはずであり、常識的に考えればたった5両のⅢ号J型だけでどうにか出来る状況ではない。

 果たしてこの絶望的な状況をラブは如何にして切り抜けるつもりなのだろうか?

 そして直下のヤークトパンターに固執する理由は一体何なのか?

 それらの答えは一体何処にあるのだろうか?

 

 

「うん、ほぼ私の予想通りに本隊を展開してるわね。みんな聞いて、小梅さんの別働隊が挟撃して間を詰めて来れば固定砲身組も撃ち始めるわ、当初予想通りおそらくは更に後方から撃って来るでしょうからその中から直下さんを見付け出して頂戴。発見次第全車で一気に決めるよ!さあ行こう、各員の健闘を祈る……AP-Girls!Get ready! Get set!」

 

Go for it!(やっちまえ!)

 

 

 ラブの檄にAP-Girlsのメンバー達の目付きも変わる。

 

 

「来たぞ!タイミングをずらして砲撃が途切れぬように注意しろ!攻撃開始……撃てぇ!」

 

 

 雷鳴轟き鋼の牙が一斉にラブに襲い掛かる。

 しかし彼女は涼しい顔を崩す事もなく、最少の指示で飛来する砲弾を尽く躱して行く。

 

 

「相変わらずバケモノね……撃て!」

 

 

 自分の予想を遥かに超える機動で砲撃を躱し続けるラブに、思わずエリカの口からそんな言葉が零れるが、何をどうやったら飛び来る砲弾を回避し続けられるのか彼女には見当も付かなかった。

 

 

「小梅も加わって挟撃体勢が完成してもこれだもの……」

 

 

 嘗て何度となく経験させられた事ながら改めて目の当たりにすると、やはり常軌を逸したラブの戦闘機動は恐怖の対象であると同時に、思わず見惚れそうになる程に美しかった。

 しかしエリカもそれで攻撃の手が止まる程には温くなく、矢継ぎ早に指示を出し続けている。

 クルクルと踊るように自分目掛けて飛び来る徹甲弾を躱し続けるラブは、深紅の髪を靡かせながらその妖艶な笑みを絶やす事はない。

 それはラブとの対戦経験が乏しくさほど親しくない者であれば、戦いの中それだけで魅入られ恐慌を来すのは確実な恐ろしくも美しい笑みであった。

 そしてここまで自身への攻撃は見切り躱しながらもAP-Girlsは未だ只の一発も発砲しておらず、それがまた逆に彼女達がこの絶望的な戦力差の戦いにおいても、勝ちを狙って喉笛に喰らい付く隙を虎視眈々と窺っている気配が見え隠れして、それに気付いた黒森峰の隊員達の間にも徐々にではあるが動揺が広がり始めていた。

 

 

「マズいわ……隊長!」

 

「ああ、もう少し包囲の輪を狭めて自由度を奪わんと駄目だ」

 

 

 まほもまたエリカの云わんとする事は理解しており、温存している火力を有効に使う為にはラブを絡め捕っておく必要性を感じていた。

 

 

「ん~、まほもちょっとこういう場面で詰めの甘さがあるわねぇ……」

 

 

 当たれば一発でアウトな砲撃を余裕で躱すラブは、支援火力の投入タイミングを若干外し気味なまほに対し、不満気な顔で教導教官のようなセリフを口にしている。

 

 

「こりゃ~ちょっと燃料ぶちまけて、火を付けてやんないとダメっぽいわねぇ」

 

 

 それまでの妖艶な笑みが消えたラブの顔は一変して極めて人の悪い笑顔に変わり、その右手には毎度お馴染み笠女の校名入りの拡声器が握られていた。

 

 

「出たよ……」

 

 

 もうそれだけでラブの足元にいる砲手の瑠伽が嫌そうな顔をしている。

 

 

「あ…出た…コレあかんヤツや……」

 

 

 突撃と見せかけ目の前でドリフト旋回するLove Gun上のラブが、これ見よがしに見せる拡声器を構える姿と悪魔の微笑に、これから何が起こるかよく解っているエリカは目の前が真っ暗になるのと同時に、まほの頭上に死亡フラグが立つのを見た。

 

 

「ぬるい!ぬるいわよまほ!」

 

「な!?あれは!」

 

 突如として拡声器からフルボリュームで響くラブのハスキーボイスに、まほも何が起ころうとしているか理解出来てはいたが、即それを止めさせる手立てはなく頭の中が真っ白になっていた。

 嘗て多くの者(主にまほとみほ、それとダージリン)を餌食にして来た悪魔の拡声器。

 その拡声器から飛び出す虚実入り乱れた情報はターゲットを地獄のどん底叩き込み、挙句そのやっすい挑発で踊らされ結果として試合も落とすなどまさに悪夢の象徴であった。

 そして今、目の前のラブがその悪夢の象徴を手に最悪の笑みを浮かべこちらを見ているのだ。

 

 

『あんたそんなだから──』

 

「やめろ!」

 

『小5の夏に──』

 

「言うな!」

 

『ウチに泊まった時みたいに──』

 

「撃てぇ──────!」

 

 

 試合開始直前、自らラブのやっすい挑発に乗ってはダメだと口にしておきながら、まほは彼女のやっすい挑発の中でも最安の挑発にまんまと乗ってしまい、全車に攻撃命令を下す愚を犯してしまっていたのだった。

 

 

『あ~あ……』

 

 

 観戦エリアの仲間達が溢れるスタンドでは、同情とかそんな感じの声が其処此処で聞こえている。

 

 

「なぁみほ、小5の夏に横須賀で何が──」

 

「言えません!」

 

 

 まほの事なら何でも知りたい()()()のアンチョビが、振り返って背後にいるみほに質問をしかけたのだが、彼女が全てを言い切る前にみほが全力でその質問を却下した。

 それはまほの名誉の為と云うよりも、自分がまほの恥かしい過去をバラした事が発覚した場合、まほの口から同様の報復措置が取られる事を何よりも恐れての行動であったのだ。

 この姉妹、果してどれ程の武勇伝(恥かしい過去)を築き上げて来たのであろうか?

 

 

「しかし何かアッチもやたら盛り上がってるなぁ……」

 

 

 アンチョビの視線の先、()()()()()では先程ラブが拡声器を使い始めた辺りから異様な盛り上がりを見せ始め、時折爆笑する声すら聴こえて来ていた。

 そしてそのアンチョビの呟きでみほはビクッとその身を震わせると、その後暫くの間青い顔でガクブルし続けていたのであった。

 

 

「ちょっと…みほさん大丈夫?」

 

「……」

 

 

 そんなみほを気遣うダージリンの声にも、みほは何も答える事は出来なかった。

 

 

「よっしゃ撃ったぁ!」

 

 

 その瞬間、ラブは最高の笑みと共に歓喜の雄叫びを上げていた。

 余程知られたくない黒歴史なのかまほはラブの口を封じる為に、事前にキルゾーンとしての座標は指定してあったとはいえ、細かな修正の指示もなしに待機する全車に砲撃命令を下していたのだ。

 そしてラブにはそれだけで充分であり、彼女は周囲に大口径の徹甲弾が弾着する中喜び勇んでAP-Girlsに作戦開始の命令を下していた。

 

 

「今よ!とつげきぃ~!」

 

 

 ラブの命令と共にそれまで回避運動に徹していたAP-Girlsは、完全にリミッターを解除した加速でまほの敷いた鉄壁の迎撃陣形の中に飛び込んで行く。

 

 

「な!?」

 

 

 瞬く間に懐に飛び込まれたまほは咄嗟の事に反応が遅れ、気付いた時にはエリカのティーガーⅡとの間をいともあっさりとLove Gunにぶち抜かれていた。

 すれ違うその一瞬に、ラブはセクシーなウィンクと共に得意の投げキスをまほに向け決めて見せ、その直後には全車でいつものピンクスモーク撒き散らし、まほが我に返った時にはとっくにその姿を何処かへと消していたのであった。

 

 

「……」

 

「…すまない……」

 

 

 言ってる傍からやってしまったまほはこれ以上はない位に小さくなっていた。

 だがそこにまほの失態を責められる者は誰一人としていなかった。

 何故なら過去にラブと対戦した経験のある者は、洩れなく一度ならず、まほと同じ失態を犯した経験を持ち合わせている者達だからであった。

 ピンクスモークが晴れた頃、我に返ったまほが指示を出そうと頭を必死に回転させている処へ、別働隊を引き連れた小梅が合流し意見具申をして来た。

 

 

「西住隊長、追撃は私達の部隊に任せて下さい。ラブ先輩の狙いが解らない以上、まだ本隊を動かすのは得策ではないと思われます」

 

「隊長、今は小梅の言う通りにすべきかと思います。ここは彼女に任せて我々は即応体制を取っておくのが正解だと思いますが?」

 

「…だな……よし、それでは追撃の任は小梅の隊に任せる。今の黒森峰であの脚に対応出来るのは確かにパンターだけしかいないからな」

 

 

 まほはAP-Girlsが走り去り自分達しかいなくなった交差点を見回して、自嘲雑じりな溜め息と共に小梅の意見具申を聞き入れた。

 

 

『全く…解っていたのにまたしてもやられてしまった……それにしてもヤツは何処に行った?何を考えている?一体何が狙いなんだ?』

 

 

 未だラブの狙いが読めぬまほは、虚しいまでに晴れ渡った阿蘇の麓の空を見上げ、もう何度目になるかも解らぬ溜め息を吐くのであった。

 

 

 




さて、次回はいよいよ直下さんが履帯子さんになりますよw

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