ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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ちょっと履帯子さん誕生の瞬間を捏造してみました♪
でもさすがに他のモブ子さん達は難しい……。

そしてバカップルは今回も絶好調です♡


第六十五話   履帯子爆誕

 Love Gunとピンク・ハーツの2両のⅢ号J型が、華麗なコンビネーションで踊るように6両のパンターG型を翻弄し続けている。

 まほ率いる本隊のAP-Girls迎撃陣地を突破したラブ達は、イエローとブルーにブラックを直下のヤークトパンター捜索の任に充て、Love Gunとピンク・ハーツの2両で追跡して来た小梅のパンター部隊に対する足止め及び攪乱を行なっていた。

 

 

「何で今のが躱せるのよ!?」

 

「残像か何かの相手をさせられてるみたい!」

 

 

 捜索に出た3両から目を逸らす為、フラッグ車であるLove Gunとその護衛役のピンク・ハーツは追って来た6両のパンターを引き付けると、国道沿いのとある工場の敷地に飛び込みゆうにサッカーコート程はある牧草地帯のような未舗装の駐車場で、6両のパンター相手に格闘戦に持ち込んでいた。

 しかしパンター6両が包囲陣形で砲撃を加えているのだが、その全てをLove Gunとピンク・ハーツの2両は踊るように躱し続けここに至るまでに一発も被弾しておらず、6両のパンターの乗員達は気が変になりそうな状態で砲撃を続けていた。

 

 

「だから砲撃を躱すのは解るけど、すれ違う度に何でそんなに情熱的に視線を交わすんです!?」

 

 

 何故か恥ずかしそうに頬を赤らめた小梅の叫びが砲声の合間、徹甲弾が飛び交う駐車場で冬晴れの青空に吸い込まれて行く。

 AP-Girlsの追跡に移り程なくして、小梅の追跡部隊は逆走するように戻って来たLove Gunとピンク・ハーツとの遭遇戦に突入していた。

 残りの3両の動向も気になる処であったが、目の前に現れたLove Gunこそフラッグ車であり、それを倒せば勝ちとなるフラッグ戦においてその存在を無視する事は出来なかった。

 それに何よりこの状況でラブに背を向ければ、そのままバッサリとやられるのは目に見えているので、その場で戦う以外の選択肢は残されていなかったのだ。

 だがこの期に及んでもラブと愛が撃ち返して来る事はなく、2両で優雅なダンスステップでの回避行動を取り続けていたのだが、交戦状態になって暫くして小梅はある事に気付いたのだった。

 Love Gunとピンク・ハーツの軌道がクロスする毎に、ラブと愛の二人がまるで口付けを交わす直前のような表情で熱の籠った視線を絡ませており、それを見せ付けられていた小梅は徐々に自分の顔が火照って行くのを自覚していた。

 

 

「んも~!ヤダもう!エリカさんからも聞いてはいたけど見てらんないよ~!」

 

 

 見れば他の5両の車長達も頬を赤らめてモジモジしており、漂う空気は大凡戦車道の試合中のものとは思えず、ユリユリ感満載のピンクの空気が漂っていた。

 

 

「アイツらは~」

 

 

 観戦エリアのモニターでもその様子は映し出されており、アンチョビはしょうがないヤツらだといった風を装いながらも、その手は高速で手帳に何かを書き綴っていた。

 

 

『アンタも大概だわ』

 

 

 アンチョビのその行動に、皆突っ込まずにはいられなかったようだ。

 

 

「でもあの子さっきから一体何を狙っているのかしら?ここまで一発も撃つ事なくただ回避行動のみ取り続けて、別行動を取る3両はどうやら索敵行動中のように見えるけど、Ⅲ号の火力で何をしようというのでしょうね?」

 

 

 ダージリンの指摘は全員が思う処であったが、その目的は未だ誰も読む事が出来ないようだ。

 ラブと愛が熱い情熱的なダンス踊り続けている頃、凜々子と夏妃と鈴鹿の三人は直下のヤークトパンターを探して走り回っていた。

 まほが最初の砲撃後、直下のヤークトパンターを始めエレファントとヤークトティーガーの陣地転換を行なった為、三人はその発見に少々手こずる事となっていた。

 

 

「どお?何か見えない?履帯痕とか見逃さないよう気を付けて!」

 

 

 イエロー・ハーツのコマンダーキューポラから四方に視線を巡らせる凜々子は、操縦手の紗英以外の索敵の任に付いているメンバー達に注意喚起を行っていた。

 

 

「ん?凜々子!10時方向防風林の陰!」

 

「え?……チッ!ハズレよ!」

 

 

 凜々子は咽頭マイクを押えると、索敵の任に付く他の2両に向け情報を発信した。

 

 

「こちらイエロー・ハーツ凜々子よ!こっちはハズレ、ゾウさん(エレファント)が出たわ!」

 

 

 凜々子が無線に向かって叫んだ直後、防風林の間からのしのしと這い出して来たエレファントの主砲が火を噴いた。

 

 

「下がれ!ここにもう用はないわ、スモーク!」

 

 

 出会いがしらの遭遇戦に近い形でエレファントに出くわした凜々子のイエローハーツは、砲撃を受けると同時にピンクのスモークをぶちまけ速攻でその場から逃走を図っていた。

 

 

「凜々子はハズレか…さて、こっちはどうかしらね……?」

 

 

 イエローハーツ同様全てのハッチを開け放ち、全方位警戒をしながら進むブラック・ハーツの鈴鹿は、無線連絡に続いて轟いた砲声に切れ長な目を更に細め鋭い視線を周囲に奔らせた。

 

 

「フム、鬼と出るか蛇と出るか……」

 

「この場合豹か虎よね……」

 

 

 砲塔上這い上がって後方の監視を行う通信手の芹香の呟きに、鈴鹿はツァイスの双眼鏡のピントを調整しつつ気のない声で答えた。

 

 

「あ…ウチもハズレだわ、言ってる傍からあんな所に虎がいるもの……」

 

 

 双眼鏡を降ろした鈴鹿の視線の先、国道沿いの岩盤のように固まった休耕田の真ん中にドイツ生まれの大虎が居座っていた。

 そもそもがⅢ号相手にヤークトティーガー隠れる必要など何処にもないのだが、まほが慎重の上にも慎重を期した為こんな位置まで後退していたのだ。

 だが、それはひとえにラブを恐れての措置であり、黒森峰の隊長であるまほにそれ程の警戒をさせる実力をラブが持ち合わせている証であった。

 

 

「こちら鈴鹿、こっちもハズレ……ヤク虎が出たわ」

 

 

 無線越しの鈴鹿の声をかき消すようにヤークトティーガーの128㎜の咆哮が轟き、それを聞いた夏妃は必然的に自分の受け持つエリアに直下のヤークトパンターがいるであろう事を確信した。

 

 

「どこだ?どこにいやがる?どうだ何か見えるか!?」

 

 

 夏妃が監視に当るメンバー達に声を掛けるが、返って来た返事はどれも芳しいものではなかった。

 

 

「クソっ!大体何でⅢ号相手にヤークトパンターが隠れる必要があるんだよ!?」

 

「そりゃあアレだろ?西住隊長も私らやⅢ号がどうこうじゃなくて、ラブ姉が怖いんだろ?」

 

 

 ブルーハーツ砲手の奏音が自身もサイドハッチから身を乗り出し監視を続けながら、頭上の夏妃に顔を上げる事もなく当たり前の事だと云う風に言った。

 

 

「とにかく早く見付けねぇとそのラブ姉だって限界が来ちまうぞ!」

 

 

 念の為確認した最初に使用したと思しきトレンチにヤークトパンターの姿はなく、おそらく事前に決めておいた次のトレンチに移動したらしく、ヤークトパンターは機動力もあるのでその行方は依然として掴めず、夏妃の焦りの色も濃くなり始めていた。

 

 

「後は夏妃のエリアだけだよ?どうする、私達ももうそっちに移動しちゃう?」

 

 

 Love Gun通信手の花楓は飛び込んで来る情報を整理しつつ、地図に書き込みをしながら残る捜索範囲を考慮してラブに聞いて来たが、それには即座にNoとラブは答えた。

 

 

「まだよ、今行ったら小梅さん達まで引き連れて行く事になるもの」

 

 

 花楓にはそう答えながら、またしてもピンク・ハーツと接触ギリギリの軌道で徹甲弾を回避しながら愛と視線を交わすラブは今、幸せの絶頂にいた。

 

 

「ヤークトティーガー発見の報が入った段階でスモークを焚いて一気に行くわ。今は残る夏妃を信じて待ちましょう」

 

『単に少しでも長く愛と視線絡めてユリユリしてたいってだけだろうが……』

 

 

 砲撃の予定がなく手持無沙汰な瑠伽は開けっ放しのサイドハッチから、白けた視線を頭上でユリユリしているラブに向けていたが、時折視界に入る黒森峰の隊員達が顔を赤らめモジモジしながらも必死に攻撃しているのが、彼女には何とも気の毒に思えてならなかった。

 

 

「小梅、そちらの状況はどうなっている?応援が必要なのではないか?」

 

 

 時々轟く砲声と、黄色とピンクの入り混じった無線交信の声に、戦況の掴めぬまほが無線で呼び掛けてみたものの、返って来た答えにまほは余計に訳が解らなくなった。

 

 

『いえ!隊長は来ちゃダメです!女子力低い隊長に、これは刺激が強過ぎて無理!』

 

「は?オイ小梅、オマエ一体何を言ってるんだ!?」

 

 

 訳が解らぬまほがさらに問い詰めるように無線で呼び掛けたが、返って来た答えにまほは余計訳が解らなくなくなっていた。

 

 

『エリカさん!ラブ先輩と愛ちゃん、これで察して!後はお願いね!』

 

「何の事だ?オイ!小梅!?」

 

「隊長……」

 

「エリカ、どういう事だ?」

 

「女子力…磨きましょうね、試合が終わってから……」

 

「エリカ……?」

 

 

 あれだけで察するエリカの女子力が高いのか、はたまたまほが朴念仁すぎるのか。

 離れた場所から響く砲声以外、彼女達のいる場所は静かだった。

 

 

「エレファントとヤークトティーガーには、接触するなり速攻で逃げたな……」

 

「そうですわね、そうなると狙いはヤークトパンターという事になるのかしら?」

 

「でもその狙いがそもそも何なのか、それがさっぱりだわ!」

 

 

 アンチョビとダージリン、そしてカチューシャの三人が揃ってAP-Girlsの行動に首を捻る。

 

 

「Hmmm……こうなるとナッキー(夏妃)の行動次第ね……」

 

 

 ケイは腕を組んで戦況を見守っていたが、お手上げとばかりに肩を竦めてみせた。

 

 

「ラブお姉ちゃんは囮って云うか足止め要員役なんだろうけど…うわぁ、小梅さんもう真っ赤……」

 

『…生殺しだな、不憫な……』

 

 

 既に小梅達は、よく攻撃出来るなというレベルでハァハァしているのであった。

 

 

「ホント後輩に優しくねぇなぁ……」

 

 

 さすがのアンチョビもメモを取る手を止め、ラブと愛のバカップルぶりに呆れ果てていた。

 

 

「いねぇ…マジでいねぇ!一体ドコ行きやがったんだ!?」

 

 

 ラブが戦闘機動以外でも6両のパンターを翻弄していた頃、杳として行方の掴めぬヤークトパンターを探すブルー・ハーツのメンバー達は、いよいよ本格的に焦りの色を隠せなくなっていた。

 

 

「いくらなんでもあの短時間でそう遠くへ行けるはずはねぇんだ!」

 

「そりゃあ解るけどよ、いくら何でもここは通れねぇだろ?このⅢ号だって半分土手に乗り上げながらやっと進んでんだぞ!?」

 

 

 まさに虱潰しといった感じで奔り回っていたブルー・ハーツであったが、めぼしい場所の捜索は粗方終え、遂には自車より幅の狭い裏道まで捜索範囲を広げていた。

 

 

「少しでも可能性のありそうな所は全部探すんだよ!」

 

「ついさっき見てこの先の体育館も消防署もハズレだったじゃねぇか!」

 

 

 傾いた状態で突き進むブルー・ハーツ車内では怒鳴り声が飛び交っていたが、別にケンカをしている訳ではなく、彼女達にとってはこれも普通の会話なのであった。

 

 

「とにかく周りをよく見ろ!少しでもおかしいと感じたら直ぐに言え!」

 

 

 土手を削りながら進むブルーハーツは、やがて黄色い尖がり屋根の時計塔が目印の、保育園の裏手を通過して行く。

 普段であれば園児達の声で賑やかな時間のはずであるが、今日は戦車道の試合の為に誰もおらず不気味なまでに静まり返っていた。

 そして保育園の隣にある村の体育館の裏にさしかかったその時、左側面のサイドハッチを解放し監視の任に就いていた装填手の栞が大声でストップを掛けた。

 

 

「ちょい待ち!ストップストップ!」

 

「どうした栞!?」

 

 

 つんのめるように停車したブルー・ハーツのコマンダーキューポラ上の夏妃が、車内の栞の声に反応して鋭い声を上げた。

 

 

「オイ!アレ見ろアレ!」

 

 

 栞の指差す先、体育館の側面の壁に何かが力任せに開けたような大穴が出来ていた。

 

 

「おい……アレってまさか!?」

 

「あぁ…間違いねぇ当りだ!ついに見付けたぞ!」

 

 

 よく見れば体育館の裏側の壁の何ヵ所かにガンポートらしき穴も開けられており、ここが次のトレンチである事は明らかだった。

 

 

「クソっ!表を通った時にもっとよく見ていれば……」

 

「夏妃だけのせいじゃねぇ!とにかく中からヤークトパンターをサッサと引き摺り出そうぜ!」

 

「あぁ解ってる……稲穂、そこの隙間から敷地に入れるか?」

 

「問題ねぇよ」

 

「よし、なら行け!」

 

 

 ブルー・ハーツが植え込みに半分乗り上げフェンスとの間の狭い出入口から、体育館の敷地に無理矢理侵入して行く。

 しかしこの行動は当然体育館内の直下にも気付かれており、ヤークトパンターの車内ではこの状況にどう対応するかで俄かに騒がしくなっていた。

 

 

「どうする直下、エンジン始動する!?」

 

「まだ待て!姿が見えてからでも遅くはないから!」

 

 

 そうこうしているうちにブルー・ハーツは植え込みを乗り越えて、コンクリートを削るゴリゴリという音が近付いて来るのが聴こえて来る。

 

 

「チッ!突入口で完全にバレたわね……止むを得ん、エンジン始動!」

 

 

 そしてそのエンジン音もまた夏妃達の耳に届いている。

 

 

「夏妃!」

 

「あぁ、いるな……あのエンジン音は間違いねぇ!」

 

「で?どうやって引き摺り出す気だ?」

 

 

 傾きながら進むブルー・ハーツを御しながらも、稲穂は余裕で振り向き夏妃に問う。

 

 

「とにかく中に入ってターゲットの確認したら、全開でスモーク焚いて文字通り燻り出してやるさ」

 

「成る程了解だ」

 

 

 それを聞いてブル・ハーツのメンバー全員がニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 ちょうどそのタイミングでブルー・ハーツは植え込みを乗り越えて、そのままヤークトパンターの開けた突入口から体育館に侵入して行く。

 

 

「来た!あれはブルー・ハーツよ!」

 

「慌てないで、相手はどう頑張ったってⅢ号である事に変わりはないんだから、そう簡単にこのヤークトパンターをどうにか出来るもんじゃないわ!とにかくAP-Girlsだって事だけは忘れずに落ち着いて対処する事!」

 

 

 車長として冷静且つ的確な判断を下した直下であったが、戦車戦の物理的な損害とは違う種類のダメージがこの直ぐ後に彼女を襲う事を、神ならぬ身の彼女はまだ知る由もなかった。

 

 

「いた!ついに見付けたぞ!」

 

 

 ブルーハーツが進入した体育館内は、重量にモノを云わせたヤークトパンターにより床は踏み抜かれ完全に地均しがされていた。

 

 

「チッ!こりゃあ試合開始早々に準備していやがったな?よし構わねえ一気に行け!」

 

 

 ブルーハーツが踏み抜き砕かれた床材を撒き散らしながら、直下が車上から緊張の面持ちでこちらを見ているヤークトパンター目掛け突撃する。

 

 

「こちらブルー・ハーツ夏妃だ──」

 

「こちらヤークトパンター直下です──」

 

 

 双方同時に無線でそれぞれの部隊へ向け連絡を始める。

 

 

「見付けたぞ!こっちが本命だ!──」

 

「見付りました!ブルー・ハーツに急襲を──」

 

「消防署の隣、村の体育館の中だ!直下先輩のヤークトパンターはこっちだ!()()()先輩はここにいるぞ────!」

 

 

 絶叫と共に、ブルー・ハーツから大量のピンクスモークが噴出される。

 やっと直下のヤークトパンターを発見した夏妃は、興奮のあまり瞬間的に頭に浮かんだ変な二つ名を無線に向かって叫んでいた。

 そして不幸な事にその時直下も無線のトークボタンを押していた為、夏妃の絶叫も拾われてしまい『履帯子』なる二つ名も黒森峰の全隊員に聴かれてしまったのであった。

 

 

『…履帯……直下…リタ……履帯…子……な、直下履帯子……ブフォ!?』

 

 

 その瞬間黒森峰全隊員が爆発した。

 展開する黒森峰の全戦車の車内で笑いのアハト・アハトが盛大に炸裂したのであった。

 

 

「り、りたい子ぉ!?」

 

「た…確かにぃ~!」

 

「い、今の夏妃ちゃん!?」

 

「だれうまぁ!」

 

『ぶ……ぶははははははは────!』

 

「げっほげっほ…な、夏妃ちゃん……?」

 

「あ゛……」

 

 

 スモークに咽る直下の声に自らの大失言に気付く夏妃。

 車内が笑いの大洪水となったヤークトパンター上で、直下は咽ながら呆然としている。

 謎の履帯切れを頻発する直下に、ハマり過ぎな二つ名をうっかり献上してしまった夏妃も自分が引き起こした事態に頭の中が真っ白になっていたが、ピンクのスモークが立ち込める中で一層響くヤークトパンター内の大爆笑の声で我に返ると、自身も咽ながら慌てて体育館からの離脱を指示した。

 

 

「げほげほ…そ、外に出るぞ……直ぐにみんな来るからな…げほ…ここからが本番だからな……」

 

『お、おう……』

 

 

 ヤークトパンターから溢れ出る笑い声に全員口元を引き攣らせ、やらかした夏妃は頭を抱え砲塔上に突っ伏していた。

 

 

「あの馬鹿……」

 

 

 夏妃の無線連絡と暫く押しっぱなしだったトークボタンのせいで、大凡の事態を察した凜々子はこめかみにバッテンを浮かべながらも、作戦を実行に移す為夏妃の待つ村の体育館へと向かっている。

 そしてブラック・ハーツの鈴鹿もまた同様ではあったが、その表情は一見クールに見えて口元と腹筋がヒクヒクしていた。

 

 

「恋……」

 

「ええと……私達も行こっか?」

 

 

 Love Gunとピンク・ハーツの2両は、6両のパンターを手玉に取り足止めを続けていたのだが、夏妃のぶっ放したアハト・アハトせいで笑いのドツボにハマった小梅達が、損傷こそ免れてはいたが戦闘機動中に多重衝突を引き起こし、そのまま狂ったように笑い続け戦闘不能に陥っていた。

 

 

「一応スモーク焚いて行こうね……」

 

 

 申し訳程度にスモークを焚いたLove Gunとピンク・ハーツは夏妃達に合流し作戦に加わる為に、笑い転げる小梅達をその場に残し交戦エリアを離脱して行くのだった。

 そして色々な意味で涙目の直下のヤークトパンターが体育館から這い出した頃には、AP-Girlsの全車が既に集結し、彼女が気付くと消防署前の防災ヘリ用のヘリポートの真ん中で完全に包囲されていたのであった。

 その一方で笑い過ぎの黒森峰はまほを筆頭に初動対応が致命的に遅れ、援軍が駆け付けた時にはその全てが終わった後であった。

 結果として黒森峰は試合が終了するその時まで、その可能性に振り回され何度となく決定的瞬間を逃し続け、試合の長期化を招いてしまうのであった。

 だがしかし、AP-Girlsは直下のパンターに対し5両掛かりで一体何を仕掛けたのであろうか?

 

 

「う゛ぅ゛…何で私がこんな目に……」

 

 

 ピンクのスモークを車体に纏わり付かせたままヤークトパンターが体育館から這い出しては来たが、車内では乗員達がスモークで咽ながらもまだ笑い続けていた。

 だがそれも自分達の置かれた状況を把握した瞬間にピタリと止むのであった。

 

 

「ブルー・ハーツは一体どこ……?」

 

 

 直下がそう呟きながら周囲を確認しようとしたその時、激しい衝撃がヤークトパンターを背後から襲うのであった。

 

 

「なっ、なに!?」

 

 

 どうやら背後から直撃弾を受けたらしく振り返った直下は、濛々と立ち込める黒煙の向こうにⅢ号らしきシルエットが垣間見える事に気が付いた。

 

 

「ブルー・ハーツ!?…いつの間に後ろに…え?ウソ……!?」

 

 

 煙が晴れ其処にいる者の正体を認識した瞬間、直下はパニックに陥るのであった。

 

 

「Love Gun!?何で!?ぜ、前進急げぇ!」

 

 

 視界の中に腕を組み妖艶な笑みを浮かべるラブの姿を見とめた直下は、真っ青になってその場から離脱するよう慌てて指示を出し、ヤークトパンターは体育館の駐車場から申し訳程度の仕切りになっていたネットフェンスを薙ぎ倒し、隣にある消防署のヘリポートへと雪崩れ込んで行った。

 

 

「何で何でなんで────!?ラブ先輩は小梅の部隊とやり合ってたんじゃないの!?」

 

 

 パニック状態の直下の絶叫と共に、今度は履帯から激しく火花を撒き散らしながらヤークトパンターは急停止した。

 

 

「今度はナニ……?」

 

「直下…アレ……」

 

 

 ちょうど消防署の前のアスファルト上に描かれたヘリポートを示すHマークの上で止まったヤークトパンターは、後方から追って来たLove Gunも含め完全に五色のハートの包囲の輪の中にいた。

 

 

「何で……?」

 

 

 愕然とした表情の直下に向かい、背後のラブから悪戯っぽい口調で声が掛かった。

 

 

「直下さ~ん、ゴメンね~♪」

 

 

 振り向いた直下にいっそキュート言った方がピッタリ来る、極上の蕩けそうになる笑顔のラブが得意の投げキスを放って見せた。

 

 

「ラブ先輩……♡」

 

 

 骨抜きにされ掛けた直下が虚ろに視線を彷徨わせると、その視界にこれ以上はない位申し訳なさそうな表情で涙目の夏妃の姿が入って来た。

 

 

「その…色々ゴメンナサイ……」

 

 

 瞳うるうるの夏妃にそう言われ、直下は途轍もない罪悪感に襲われしどろもどろになっていた。

 

 

「え…あ…いやそんなぁ……」

 

 

 日頃の口調や戦闘スタイルとは裏腹に、その見た目はAP-Girls一の愛らしさと幼さを誇るロリフェイスの夏妃が今までに見せた事のない表情で瞳を潤ませた結果、直下はキュンキュンに欲情した顔になり頭上に見えない白旗を揚げていた。

 

 

「うん、ホントゴメンね~♪」

 

 

 何処か笑いを含んだラブの呟きと共に、五色のハートが一斉に牙を剥いた。

 集中砲火を浴び激しくシェイクされるヤークトパンターの乗員達は、訳も解らぬ状態で数秒間揺さぶられ続け、砲声が止み我に返った頃にはAP-Girlsは既にその姿を消していた。

 

 

「い、一体何が起こって……?」

 

 

 砲声が止んだ後はヤークトパンターもエンストしていた為に、静まり返った車内の直下達は恐る恐るといった感じで車外に顔を出してみた。

 

 

「居ない……」

 

 

 這い出して来た他の乗員達もキョロキョロするが、既にAP-Girlsは相当遠くへ行ったらしく全く姿は見えなかった。

 

 

「損傷…確認して……」

 

 

 乗員総出で損傷の有無を確認したが、目立った破損個所は見付けられずホッと胸を撫で下ろした直下であったが、ある事実に気付いた瞬間その表情は凍り付いた。

 

 

「…隊長に報告しなきゃ……」

 

 

 直下はコマンダーキューポラに戻ると、無線でまほの呼び出しに掛かるのだった。

 

 

『どうした直下!また履帯が切れたのか!?』

 

「切れてませんっ!」

 

 

 生真面目ながら天然のまほが的確に地雷を踏み抜き履帯は切れていないが直下が切れて、再び黒森峰の腹筋が崩壊し掛けていたが、寸での処でエリカの一喝が入りギリギリそれは回避された。

 

 

『す、スマン……』

 

「…いえ……」

 

『それでどうした?何がどうなっている?』

 

「AP-Girls全車に奇襲を受けたのですが、不思議と車体の損傷は皆無でした。ですが予備の履帯や転輪などを根こそぎ剥ぎ取られました……一応確認したのですが、全て使用不能な状態です」

 

『何?それは一体どういう事だ?』

 

「……」

 

『とにかく一度合流するぞ、編成も見直した方がよさそうだ』

 

「了解しました」

 

 

 交信を終えた直下は、トークボタンから指を離しひとつ小さく溜め息を吐いた。

 ダメを押した最近ポンコツ化の激しいまほのせいで、グダグダになり掛けた黒森峰であったがこういう場面ではエリカが的確にフォローを入れるので、どうにかまとまり再集結を開始した。

 

 

「そういう事かぁ~、相変わらず回りっくどい事しやがるなぁ……」

 

「Why?どういう事よ?」

 

 

 ラブの狙いに気付いたらしいアンチョビのぼやきのような呟きに、訳が解らんといった顔になったケイが肩を竦める。

 これはやはり策士同士という事なのかもしれないが、みほが気付かぬ辺りはラブやアンチョビ程毒の成分が濃くないという事なのだろう。

 

 

「ん~?あぁ、多分と云うか当りだとは思うんだけどな──」

 

 

 アンチョビはそう前置きした上で、あくまでも仮定の話と言いながらラブが何を狙って行動を起こしたのか説明を始めるのであった。

 

 

「あのな、ラブ達は直下のヤークトパンターではなく、積載している予備の履帯や転輪のみを破壊して離脱して行ったよな?」

 

 

 履帯の処で周りの者達の腹筋が再び崩壊しかけたが、そこはどうにかアンチョビが取り敢えず真面目な顔で制し、全員が口元をヒク付かせながらも頷いたのを見たアンチョビは話を進めて行った。

 何しろ先程の出来事は観戦エリアにも筒抜けだっただけに、事情を知る者達の笑いの堤防は簡単に決壊する状態にあるのだ。

 

 

「今も言ったように直下のヤークトパンターは予備の履帯と転輪を失った……ここまで言ったらみほ、お前さん辺りはもう察しが付くんじゃないか?」

 

 

 突然話を振られたみほであったが、今のアンチョビの話を頭の中で反芻し、何かに気付いたらしいみほはハッとした表情になりアンチョビの目を見つめ返した。

 

 

「そうか…この先直下さんは積極的に動けなくなるんだ……」

 

「まあ正解だ」

 

「ど、どういう事よ!?」

 

 

 まだアンチョビの言う事の真意が掴めぬカチューシャが語気を強める。

 改めてそれを手で制したアンチョビは解説を再開する。

 

 

「だからそういう事なんだよ、皆もそうして笑うレベルで足回りのトラブルを頻発する直下が、交換用の予備の履帯と転輪を全て失ったんだ、もしこの後その手のトラブルが発生した場合、ヤークトパンターは実質そこでリタイア同然の状態になる…これは相当なプレッシャーだ。じきに彼女自身もそれに気付くだろう……見てろ、そのうちにヤークトパンターはその動きに積極性がなくなるぞ」

 

 

 アンチョビの指摘は当たっており、暫くすると直下のヤークトパンターは常におっかなびっくりオドオドと動き回るようになってしまうのであった。

 

 

『類友……』

 

「なんだよぅ!?」

 

 

 周りの者達の目が何を言いたいか見抜いたアンチョビが声を荒げた。

 

 

「全く…でもな、これで終わりじゃない……絶対に二の手三の手と打って来るぞ、相手が躍る程にラブのステップが激しさを増すのはオマエらだってよく解ってるはずだ」

 

 

事実アンチョビの言う事は当っておりAP-Girlsはその機動力を活かしたゲリラ戦を展開し、黒森峰側の重戦車を中心に積載する予備の履帯や転輪などを破壊して回るのであった。

 

 

「エリカ!大丈夫か!?」

 

 

 繰り返される襲撃に何度となくその部隊編成の変更を余儀なくされ、その都合上手薄になった本隊も遂に奇襲を受け、まほの盾となり奮戦したエリカのティーガーⅡは積載する全ての予備部品と工具を破壊されてしまっていた。

 

 

「隊長…車体への影響はありません……でもやられてしまいましたね」

 

「そうか…すまない……」

 

「何を言ってるんですか、フラッグ車がやられたらそれで終わりなんですから当然の事です」

 

「あぁ、そうだな……」

 

「それにしても一年生であの手際…本当に恐ろしい子達です……」

 

 

 AP-Girlsの戦いぶりにエリカは脱帽気味であったが、そのAP-Girlsをこの短期間でここまで育て上げたラブの手腕こそが一番恐ろしいと云えよう。

 笠女学園艦で行ったペイント弾でのお遊びの時などとは比べ物にならぬ真の恐怖を、まほは今その身を以って体験しているのであった。

 

 

 




やっぱりⅢ号で重戦車の相手は大変です。
でもどうやって相手させるか考えるのはもっと大変ですw

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