「全くアンタって子は!」
「いてててて!だからそう耳引っ張るんじゃねぇ凜々子!」
「後でちゃんと直下先輩の処に謝罪しに行くのよ!」
「さっき謝ったじゃねぇか!」
「うるさい!あんなのが謝ったうちに入るか!」
目を吊り上げた凜々子が夏妃の耳を引っ張りながら、甲高い声で厳しく叱りつけている。
夏妃が履帯子などと口走った結果、黒森峰側に斜め上なダメージを与えてしまい日頃から夏妃に対して口喧しい凜々子が、ここぞとばかりに夏妃を吊し上げていたのだ。
「ね~、凜々子ももうそれ位にしてあげなよ~」
「ラブ姉!ラブ姉は夏妃を甘やかし過ぎよ!」
凜々子に噛み付かれたラブは、首を竦めて耳を塞いでいる。
「凜々子!あんたももういい加減にしておきな!そんな事よりもサッサとお昼を済ませるの、西住隊長だってそういつまでも私達の好きにさせてはくれないわよ?」
鈴鹿は面倒そうに手を振りながらも間に割って入った。
「お昼!千代美の用意してくれたお弁当ね♪」
耳を塞いでいたはずのラブが、ニコニコしながら鈴鹿に纏わり付き始めた。
「あ~ウザい、ホラ愛!パッパとラブ姉にお昼食べさせちゃって!」
鈴鹿は更に面倒そうにラブの事を愛に任せると、愛はLove Gunに飛び乗りケベックカステンの中から保温バックを取り出して、甲斐甲斐しくラブの昼食の準備を進めて行った。
『阿蘇って寒いのね、ラブ姉に少し早めに薬を飲ませておいた方がいいわ』
「あ……」
鈴鹿に耳打ちされた凜々子は小さく声を発し、それまでの勢いは一気に萎んで行った。
愛との仲が急速に進展し精神的に安定しつつあったラブであるが、事故で大きなダメージを負ったその肉体は、未だ彼女に大きな負担を強いていたのであった。
「このフォカッチャ凝ってるわ!チーズを3種類は使ってるしパンチェッタも良いの使ってる♪」
まだ湯気が上がる程に暖かいフォカッチャのトロトロなチーズにご満悦なラブは、こんな時だけは100%素の表情を見せる。
その極めて特殊な立場上彼女は多数の仮面を被っており、場面毎に使い分ける事が日常化しているのだが、芸能活動をするようになってそれらを使う機会と種類は更に増大していた。
その負担増に対しては愛との仲の進展が良い影響を及ぼしているので、それはAP-Girlsのメンバー達にとって安心材料となっていた。
ラブと愛のバカップルぶりにげんなりとしながらも、ラブの幸せそうな笑顔に彼女達も安堵を覚えそれぞれ昼食を取り始めるのであった。
そしてそれと時を同じくして鈴鹿がその動向を気にしていた黒森峰も、AP-Girlsの攻撃が途切れたタイミングを逃さず休憩を取らせていた。
「手の空いた者から昼食を取りなさい、歩哨との交代も忘れるんじゃないわよ!」
エリカもフォカッチャ片手に指示を出し、その合間にフォカッチャを齧っている。
「うんうん、よしよし♪ちゃんと持たせた弁当を食べているな。不規則な食生活は身体を壊す元だから充分に気を付けなくてはいかんのだ」
満足げに頷くアンチョビは、時計を確認すると立ち上がった。
「私は出前に行かねばならんので失礼するよ…みほ、やっぱり手伝っては…貰えんようだな……」
厳島及び西住両家陣取るスタンドへのランチの出前を請け負っていたアンチョビは、改めてみほに手伝いを打診したが、やはり速攻で首を左右にブンブンして拒絶していた。
アンチョビもその嫌がりようを見て早々にそれを断念するのであった。
「それじゃあすまんがちょっと行って来る……あ、そうだ、いない間の戦譜は後で写させてくれるか?尤もあの様子だと双方とも直ぐに動くとも思えんがな。みんなの分のランチは出前の後に持って来るから待っていてくれ」
言い終えるやアンチョビは軽い身のこなしでスタンドを降りて行く。
「あの子なんだかんだで厳島と西住両流派から気に入られてるわよね?」
「そりゃあ片や一族を代表するようなお姫様の命の恩人ですし、西住に至っては次期家元の可愛いお嫁さんですからね」
呆れ半分のカチューシャ対し、ダージリンがほっぽり投げた直球過ぎるもの言いに周りの者達はぎょっとした顔でコケそうになった。
「お嫁さんってアンタねぇ!」
くわっと牙を剥くカチューシャだが、そのほっぺは青森のリンゴのように真っ赤で可愛らしい。
隣に座るアッサムも最近壊れ過ぎな紅茶女に、もう突っ込む気もないようだ。
そんな彼女達の眼下を、アンツィオと笠女混成のリヤカー部隊を引き連れたアンチョビが凄い勢いで駆け抜けて行く。
「Amazing!なんか凄まじい量積んでるわね~」
「ウチとラブお姉ちゃん家の親戚殆ど集まってるから……」
『そりゃあ行きたくないよなぁ……』
親戚が多く集まれば年少者はとかく昔の事でネタにされ、何かと恥ずかしい思いをするのが相場なので、皆鬱な例の表情のみほに同情的であり行きたくないのもよく解った。
「なんかやたらチヤホヤ…モフモフされてますわね……」
ランチの出前に行ったアンチョビはお弁当を配り終えた後もしほに捕まり、いまはしほと亜梨亜の間で二人にモフモフされて下がり眉毛の困り顔になっていた。
「お母さん…亜梨亜おば様まで……」
そのまほが卒倒しそうな光景にみほの眉毛も若干嫌そうにへにょりと下がるのだった。
「ふぅ、美味しかったわね~♪ホント千代美達とウチの給養員学科の子達には感謝よねぇ」
昼食を終えたラブ達は車載しているIHコンロで湯を沸かしてコーヒーを淹れ、その香りを楽しみながら作戦会議を開いていた。
「ここまでは順調と言っていいと思うわ。一応戦果を確認すると…ヤークトパンターとティーガーⅡ2両にエレファント、パンターも2両にラングが1両……以上かな?」
「そうね、ヤク虎はやっぱりちょっと硬過ぎだったわ……それとここまでマウスの姿を見てないのが少し気になるわね」
ラブが指折り予備部品の破壊に成功した車両を数え上げると、鈴鹿が懸念材料のピックアップするのも忘れなかった。
「それとアタイらがヤークトパンター見付けた体育館なんだけどな、どうも試合開始直後にトレンチ化したっぽいんだよ。そういうのが他にもあるとするとちょっと厄介だな」
夏妃はヤークトパンターを発見した際の状況から、他にも潜伏場所がいくつか用意されている可能性を指摘した。
「そうね、その辺も注意して行動しないとね。やはり地の利は向こうにあるから」
ラブは広げた地図に襲撃地点を書き込みながらも、それ以外に潜伏場所になりそうな場所や建物などをチェックしている。
「う~ん、でも時間的に考えるともうそんなにはないかなぁ…何しろホラ、この辺り一帯どこもかしこも田畑ばっかだし……」
『あ……』
地図を覗き込んでいた者達も揃って間の抜けた声を上げる。
どうやら言われるまで気付かぬちょっとした盲点であったようだ。
「それにさ、さすがにまほももうこっちの狙いに気付いたと思うわ。まあこんだけやられて気付かないようならマジでポンコツだけどね、戦車に乗せときゃ取り敢えずは真面だからそれなりに運用方法も考えて来ると思うわ」
『何気にひでぇ事言ってるよな……』
まほ相手の時だけは何故か一切容赦のないラブだが、本人に言わせるとまほが可愛くて仕方がないからなどとうそぶくが、明らかに生真面目なまほをラブが面白がっているのは見え見えだ。
「ま、午前中は様子見って感じだったろうけど、やられた事が何か気付けば気合も入るでしょ?もしこれでヌルい事やってるようならまたアレを使うだけよ」
そう言うラブの視線の先、Love Gunの砲塔の開け放ったサイドハッチの中に、笠女の校名入りの拡声器が見えている。
それを見て暫し沈黙の後、全員が一斉に溜め息を吐いた。
「なによ~!?」
頬を膨らませたラブを無視して一同は揃って片付けを始める。
「そうだ愛、コレ頼むわ」
Love Gun砲手の瑠伽そう言いながらパンツァージャケットのベルトに付けたポーチから、取り出したピルケースを愛に向かって放って寄こした。
受け取った愛も無言で頷きラブに昼食後の薬を飲ませるのであった。
戦車に搭乗中は瑠伽に任せているが、それ以外の時は愛がラブの薬の服用を管理していた。
実の処自分はもうおかしくないという意識が強いせいか、時々彼女は薬の服用に抵抗を示す事があり、周りの者が見てやる必要があったのだ。
実際二十歳に満たぬ少女が背負わされるには重過ぎる十字架は、その心に一生涯消す事の出来ぬ深い傷を刻み付けていた。
これがもしラブ以外の少女であったなら?
絶対に諦めぬ厳島の訓えを受けていない者であったなら?
そう考えると、或いはそれ抜きで考えたとしても、このラブと云う少女の芯の強さがどれ程のものかがよく解るだろう。
「さて、お腹も膨らんだ事だし仕切り直しと行こっか」
「ラブ姉の場合膨らんだのはお腹じゃなくておっぱいじゃね?」
「な!美衣子!?」
「タイピーエン」
「う゛……」
装填手の美衣子のツッコミに反論しようとしたラブであったが、立派な実績がある為にぐぬぬと唸って言い返す事が出来ない。
コマンダーキューポラ上で独り頬を膨らますラブであったが、サイドハッチから顔を出した瑠伽がうんざりしたような顔で冷静に言い放った。
「アンタ達もいつまでも下らない事で時間を浪費しない、こんな寒いのに日が暮れてまでドンパチ撃ち合いなんて私イヤよ」
「わ、解ってるわよぉ……」
それでもまだブチブチ言いつつもラブが指示出した事により、防風林の陰に隠れていたAP-Girlsは再び隊列を組み活動を再開するのであった。
「いやスマン、すっかり遅くなった」
ランチの出前に行った厳島と西住の親族席で、亜梨亜としほ、その他両家の親族達に散々モフられて戻って来たアンチョビは、全体的なシルエットが崩れ下がり眉毛の困り顔になってはいたが、決してそれが嫌という訳ではなさそうだった。
「随分と可愛がられていらしたじゃない?」
「まあそう言ってくれるな、西住のトコは来年からの事があるし厳島もやはり三年前の事があるだろ?特に厳島の方は命に係わる事だったからそれなり大変だったんだよ」
面白そうに言ったダージリンであったが、アンチョビの口にした三年前というキーワードにハッとした表情になりその口をつぐんだ。
もしあの時彼女ががラブに電話をしていなかったら、ラブは確実にこの世から消えていただろう。
ラブが自分達の前から永遠に消えていたとしたら、果してその後もこうして集う事があったであろうかと考えたダージリンは、改めてアンチョビが果した役割の大きさに驚き感謝するのであった。
「とにかくメシだ、冷めないうちにやってくれ」
スタンドに笠女とアンツィオのコラボによる、カレーパスタの香ばしい香りが立ち込める。
「Wow!この香り堪らないわね♪」
「そういやこれが食べたくてまほのヤツに出店するよう頼まれたんだろ?」
ケイとナオミはスパイシーな香りに満足している様子だ。
「あぁ、さすがにこれは持って行かせられないからな、帰って来てから存分に食わせてやるさ」
『程々にね……』
全員ラブがうっかり本当に送ってしまったあの写メを思い出していた。
やっと落ち着いたアンチョビ自身も、パスタを口に運びながら視線をモニターに向けている。
「ラブの狙いはこういう事だったか…精神的被害甚大だな……」
ここまでの損害を纏めた結果に目を通したまほも、さすがにラブの狙いに気付き渋い表情でフォカッチャにかぶり付いた。
「ホント、よくもまあ次から次へと色々と考えますね…あの人なら手持ちの戦力がⅡ号だけでもこの状況を何とかしちゃうんじゃないですか?」
エリカのタチの悪い冗談に、まほはそんな馬鹿なの一言が言えなかった。
「いきなり履帯切りをやらずに予備部品を狙うとか確かに普通はやらんよな…しかしこれで足回りに難のある重戦車は積極性に欠けた動きをする可能性が高くなる……」
当初の目論見から大きく外れた状況に表情は渋いが決して慌てた素振りを見せないのは、ラブ相手なら突拍子もない手を使って来る事自体が想定済みという事なのかもしれない。
「それでここからどうします?」
「ウム、ここは敢えてこちらから動かずとも向こうから突っかかって来るだろう。だから今度こそは受け流して当初予定通り山の上に押し込もう」
「了解しました」
話は以上だといった感じで締め括ったまほは、フォカッチャの最後のひと口を口の中に押し込むと初めて満足そうな顔で飲み込んで地図から目を上げれば、冬晴れの阿蘇の青空がその瞳に映っていた。
「パンツァーカイルを組むよ!」
「これをパンツァーカイルって云うの恥かしいよなぁ……」
夏妃がぼやく中ラブの号令と共にAP-Girlsは、一列縦隊からLove Gunを先頭とした極端に間隔の狭い鋭い楔形隊形にその隊列を移行する。
期せずしてほぼ同時に休憩を取っていた両校は、これもまたほぼ同じタイミングで行動を起こし再び激突するまで秒読みの距離に接近していた。
午前中とは逆進する形で国道325号線を進むAP-Girlsはコンパクトな楔形隊形組んで、丁度午前中に小梅のパンター部隊を相手にラブと愛が大立ち回りを演じていた、とある工場の駐車場の前を通過して行く処であった。
一方の黒森峰側も国道325号線と県道111号線の交わる交差点で陣形を組み直し、AP-Girlsを阿蘇の山に押し上げるべく分厚い迎撃の陣地構築を終えていた。
「さて、どっちから来る……」
「あの人の性格から言ったら、国道のど真ん中一択だと思うんですけど」
「……」
「まあそれも素直に攻勢に出たらの話ですけど……」
ラブの性格を実に端的に捉えたエリカの評価に、まほはめんどくさそうな顔でまるでティーガーⅠの排気のような溜息を吐いた。
やがて高速で履帯がアスファルトを削る音が響き、エリカの読み通り国道のど真ん中をAP-Girlsが突撃して来る姿がまほの視界に入って来た。
「つくづくふざけたヤツだ…あの図々しさは一体何処から来るんだろう……?」
ぼやくように言った後に、まほは部隊に迎撃の命を下すのであった。
「相手の速さと変則的な動きに惑わされるな!砲撃パターンは事前シミュレーションの通りだ!全車装填用意!弾種徹甲!」
それまでとは比べ物にならぬ緊張感に、それを読み取った観戦エリアの空気も一変する。
特に厳島と西住の両家の親族で埋まるスタンドからは、まるで瘴気のような両流派の戦闘オーラが全開で放出され、愉快な仲間達らが集うスタンドを縮み上がらせた。
「こ、こえぇ~!」
「な、なんですの!?」
「凄まじい闘気でありますなぁ!」
「ちょ、ミホーシャ!なんなのよこれは!?」
「Jesus!ちょ~!?止めて~!」
「うえぇぇ……」
表面上、見た目の上では何も変わらず全員にこやかなままなので、解る者にとってはそれが一層恐ろしいようであった。
「ふ~ん、山に登れってか?いいわ登ってあげる、でもその前に少し踊って貰うわよ♪」
自分達が姿を現すとそれに対して布陣の修正を行うまほに対し、ラブは面白そうな表情を浮かべクツクツと笑いながらそううそぶいた。
こんな時に彼女が見せる笑みはとても美しく、且つとても恐ろしくもあり仲間達は何よりもそれを恐れていたのであった。
「私はアッチのスタンドより、あのラブの微笑の方が怖いぞぉ!」
「ダージリンは小学生の時あれを見て泣きましたよね……」
「……」
「ケイ、なにモジモジしてんだ?……まさかオマエ」
「……!」
「カチューシャ様、替えのパン──」
「チビってなんかないわよ!」
予想外に大きく響いてしまったカチューシャの叫び。
『……』
「ぜ、全員粛正してやるんだから──────!」
特大の津軽リンゴのようになったカチューシャの叫びが再び響き渡る。
「全車徹甲弾装填!」
通常であればもうとっくに激しい砲撃戦が開始されている距離は割っているが、まほは未だ砲撃の命は下さず、黒森峰の隊員達もまた血気に逸って暴発する事もなかった。
この高い統率力こそが黒森峰の強さの一端であろう。
そして黒森峰が陣地を展開する交差点から距離にして約200m、AP-Girlsが直線に入った直後、遂にまほが上げていた腕を振り降ろし攻撃命令を下した。
「撃てぇ!」
まほの号令に合わせ微妙な時間差を付けた一斉砲撃が始まり、まずAP-Girlsの後方へ彼女達を追い立てるように弾着しその退路を奪って行く。
次いで国道の両側への弾着でドリフトのアングルを奪い取ると、止めとばかりに正面と隊列の真ん中に徹甲弾が命中するすると見えたその瞬間、弾かれたように加速した5両のⅢ号J型は見事に降り注ぐ徹甲弾を全弾回避していた。
見切る、正確に言うならばそれを読んでいたラブが、そのギリギリのタイミングでのリミッターを解除しての増速を事前に指示しており、まるでワープでもしたかのように直撃弾を躱していたのだ。
「チッ!読まれていたのか!次弾装填急げ!」
一瞬悔しそうな表情を浮かべたまほであったが、それで攻撃の手が緩む事はなく即次の指示を出してラブに付け入る隙を与えまいとしている。
だが一時的にリミッターをカットし加速したAP-Girlsは、歌いながら一気に交差点の真ん中まで突っ込んで来ていた。
「ハ~イ♪まほ!」
ラブがまほに向かい投げキスをするのと同時に5門の長砲身50㎜が咆哮を上げ、まほの背後を固めていた一両のラングにピンポイントの同時弾着攻撃が命中していた。
「なにっ!」
ラブの投げキス直後に背後で起きた爆発に驚いて振り返ったまほの視線の先では、履帯もろ共起動輪を吹き飛ばされたラングが無情の白旗を揚げていた。
『黒森峰女学園 ラング走行不能!』
観戦エリアのスピーカーと交戦中の全車両の無線の共用回線から、亜美の声でこの日最初の撃破判定がコールされた。
「隊長!」
エリカの声で瞬時に向き直ったまほはAP-Girlsへの攻撃を続行しようとしたが、交差点に進入していた5両のⅢ号J型は、進入速度を活かし全車同時にスピンターンを決めていた。
「ヒャッホウ最高だぜぇ!」
どこかで聞いたようなラブのふざけた叫びと共に、一瞬ピンクのスモークが放出され黒森峰の選手達の注意が逸らされる。
「あっ!待てぇ!」
まほが気付いた時にはラブ達は元来た道をスタコラ戻り始めていた。
「い、行かせるなぁ!退路を塞げぇ!撃て!」
まほの命令に反応し黒森峰の砲列がAP-Girlsの進む先に砲弾の壁を作る。
「っと見せかけてぇ♪」
次いで生まれた炎の壁を前に、ラブはクスッと笑い再び鮮やかなスピンターンを決めると、一気にまほの懐目掛けて突撃する。
「しまったぁ!」
そして火を噴く五色のハート達。
まほがそのたくらみに気付いた時には既に遅く、放たれた5発の徹甲弾がまほのティーガーⅠに襲い掛かっていた。
弾着の衝撃に激しく揺さぶられたコマンダーキューポラ上のまほは、振り落とされまいと腕と脚に力を籠め必死に身体を支えている。
「隊長ぉ!」
真っ青になったエリカの叫びが響く中、爆炎が晴れるとまほのティーガーⅠも最初に攻撃を受けたラングと同様に履帯に直撃を受け吹き飛ばされた姿が見えていた。
「うふ♡やっぱティーガーは硬いわね~」
乗せられる、解っているはずなのにそれでも尚乗せられる。
ラングをやられた事で熱くなり逃すまいと砲撃を命じた結果、それにより生じた無防備状態をまんまと突かれフラッグ車であるまほのティーガーⅠは、AP-Girlsによるピンポイントの同時砲撃をもろに喰らう事となったのだ。
「ら、ラブ……!」
「私もチョイ詰めが甘かったわぁ……じゃね!」
まほに向かい小悪魔めいた笑みを見せたラブが殊更派手なウィンクをして見せると、今度は本格的にスモークを焚いてまほの望み通り阿蘇の山を登り始めた。
「小梅!追いなさい!」
副隊長であるエリカが咄嗟の指示を下す。
どうにかギリギリAP-Girlsの機動力に付いて行けるパンターに追撃を任せたエリカは、ティーガーⅡのコマンダーキューポラから飛び出すと、まほの下へと駆け寄って行った。
「隊長……」
まんまとしてやられた彼女は、ギリギリと歯噛みをしてラブが走り去った方向を睨み付けていた。
「エリカ…済まないが部隊を任せるからラブを追ってくれ。私も修理が済み次第後を追う……」
「…了解しました……オイ!お前達は残って隊長車の修理のアシストをしろ!」
エリカは背後を固めていたラングのうちの一両の乗員達に、まほのティーガーⅠの履帯の修理の手伝いを命じると、自分は早々にラブの後を追うべく部隊を率いて進発した。
「取り敢えず追って来られるのは小梅さんのパンターぐらいよね……後続は如何せん脚がないからどうしたって時間が掛かるわ。直下さんのヤークトパンターなんか相当慎重になってるだろうし」
阿蘇の登り勾配を駆け上がるLove Gun上で軽く背後を確認するラブであったが、今はまだ小梅の率いるパンター達の姿を確認する事は出来なかった。
『それよりマウスって本当に山の上にいるの?』
無線からのラブの呟きのようなセリフに、凜々子が確認するように反して来た。
「あぁ、それはほぼ間違いないと思うわ、ここに至るまでの間全く姿を見せていないしね。まほがやたらと私達に山登りをさせたがっていた処を見ると、草千里ヶ浜辺りで私達の事を火力にモノを言わせて包囲殲滅とかが狙いなんじゃないかしら?」
前に向き直ったラブは少し考えるように間を置いて続ける。
「それよりも前の段階の方が難しいわ、場合によっては途中でもう一芝居うたなきゃいけないわね」
無線から聞こえるラブの話で、各車車内で全員同時に面倒そうな表情を浮かべる。
Love Gunの車内でも同様だが、ラブは再び後方と時計を見比べ少々渋い顔になった。
「ん~、ちょっと逆襲喰らってからの初動が遅いわねぇ…出来ればもうちょっと早めに動いて欲しいんだけどなぁ……」
結構我儘な事言っているようにも聞こえるが、少ない手駒でやり繰りする彼女にとってはこの程度の事は我儘のうちに入らないらしい。
「大所帯だから仕方ないと云えばそれまでだけどねぇ……ウチも行く行くはそうなるのかしら?」
呟きと共に振り返ったラブの視界の中、AP-Girlsの隊列は一部の隙もなく美しかった。
「つくづくとんでもねぇオンナだな……」
『……』
「あれはもしかして重戦車云々じゃなくてまほをぶっ倒す為に編み出した技なのか?」
『……!』
アンチョビの呆れ気味な思い付くままの呟きに、思わず全員がその場で硬直する。
先程のまほと同様に、そんな馬鹿なと否定するセリフを口にする事が誰も出来なかった。
何しろラブにはそう断言出来なくさせるような過去の実績が山程あるだけに、誰かがその可能性を考えた瞬間に、それはその時から否定出来ない一つの要素となってラブを更に恐ろしく厄介な存在へと進化させて行くのであった。
「ホント…厄介な女ですわ……」
そう吐き捨てるように言うダージリンの眉間には深い縦皺が刻み付けられている。
ダージリンに限らず、過去散々ラブに煮え湯を飲まされた経験のある者達は、肩を落とし深く重い溜め息を吐くのであった。
「いやあ、私なんぞは訓練相手を務めさせて頂いた時、あそこまでコテンパンにやられるといっそ清々しい気持ちになりましたがなぁ」
ダージリンの腰に手を回したままの絹代は、空気を読まぬ天然ぶりを発揮する。
「絹代さん…アナタねぇ……」
更にがっくりとダージリンは肩を落とす。
『コイツの天然も筋金入りだな……』
全員絹代の図太さが少し羨ましくなっていた。
「う~ん…あそこでまほをやったのはちょっと失敗だったかなぁ……?」
阿蘇の山頂へと続く県道111号線、阿蘇パノラマラインを駆け上るLove Gun上のラブは、腕を組んで大きく首を傾けている。
「今更何よ?」
例によってサイドハッチから顔を出していた瑠伽が、面倒そうにラブを見上げている。
「いやさぁ、このままだとまほが追い付くまでにどこかで時間調整しないとさ、あの子が追い付く前に草千里ヶ浜に辿り着いちゃうのよねぇ……」
そう口にした途端にラブは再び渋い表情になるのであった。
「うぅ……やっぱ失敗したわ~」
首を捻ったままのラブを乗せたLove Gunは、そのペースを落とす事なく山道を駆け上がって行く。
「よし!私が押えているからピンを入れろ!」
「隊長!そんな事は私達がやります!」
「下らん事に時間を費やすな!一刻も早く直してラブを追うんだ!」
「ハ、ハイ!スミマセン!」
まほは汚れる事など一切厭わずに、愛馬の履帯の修理作業に従事していた。
ここまでは驚異的なスピードで修理作業は進んでおり、この分ならラブが予想するより早くまほのティーガーⅠは戦列に復帰しそうであった。
観戦エリアでは泥と油に塗れ修理作業に勤しむまほの姿に、ウンウンと頷き好ましいものを見る表情をアンチョビが浮かべており、その様子を周りの者達は非常に生温い視線で見守っていた。
「やっぱりアレね、途中で一戦交えてお茶を濁すしかないわねぇ……」
「お茶を濁すってアンタねぇ……」
うんざりした表情になった瑠伽がラブに投げやり気味に言ったが、ラブは気にも留めずに頭の中で作戦を組み立てて行く。
「この先に牧草地帯があったわね……ふれあい交流館か…うん取り敢えずあそこでまほが追い付くまで待つ事にしましょう♪」
一方でそのラブを追う先陣である小梅のパンターの部隊は、未だにAP-Girlsをの姿をその視界に捉える事が出来ず不安になり始めていた。
「全然追い付けない…まさか途中で隠れてやり過ごされて後ろからドカンとかないよね……?」
このように簡単に相手が疑心暗鬼に陥る程に、ラブのタチの悪さは過去の対戦相手記憶に深く刻み付けられているのであった。
その結果中学時代も相手が勝手に自滅し、戦わずして勝つという事が何度となくあった程だ。
しかし今はとにかく追うしか他にない状況なのだが、その印象はどこか怯えたものであった。
そしてその小梅の部隊の後方では、更におっかなびっくり追跡の列に加わる直下のヤークトパンターの姿もあった。
「オイ気を付けろよ!もう換えはないんだからな!」
焦る気持ちが余計な言葉を生み、更なる緊張感を発生させる。
ヤークトパンターの車内は今や完全な悪循環に陥っているのであった。
しかしこれは直下達だけの問題ではなく、同じ攻撃を喰らった車両の乗員達は大なり小なり同様のプレッシャーに晒されていた。
「つくづく恐ろしい
最強でありながらも、致命的な脚の遅さと脆さを併せ持ったティーガーⅡを駆るエリカは、コマンダーキューポラ上で独り考え込んでいた。
ラブに予備部品潰しを喰らったとはいえ、次期隊長でもあるエリカが仕切る車内は大学選抜戦以降も更なる成長を遂げ動揺する様子は見られなかった。
「やっぱりとんでもない人よねぇ……」
中学時代のラブを知る者達の間からもそんな声が上がる。
「でも副隊長はいいよね~、あの厳島隊長に可愛がられてあんな事やこんな事されてさ~♪」
「な、ななな何言ってんのよ!蹴っ飛ばされたいの!?」
思わず声を荒げるエリカだったが顔が一気に熱くなるのを感じており、この試合は一刻も早く終わらせないととんでもない事になると恐怖を感じ始めていた。
「勘弁して下さいラブ先輩……」
走行風で顔の火照りを冷ますのに、エリカは必死になっているのだった。
ここから先は戦闘が激化して行く事になりますが、
やっぱりⅢ号だけで黒森峰の相手は大変ですw