ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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昨日はほぼ徹夜で仕事になってしまい投稿出来ませんでした。
そして今日も午後に停電喰らって仕事にならなかったけど、
さすがに今日はもうやる気になれません。

AP-Girls対黒森峰の戦いもこれからがいよいよ本番です。


第六十七話   絶望ヒルクライム

 阿蘇の山頂へと続く道を五色のハートが駆け上がって行く。

 AP-Girlsと黒森峰の戦いも、遂に大きな動きが見られるようになっていた。

 

 

「ちょっとみんな聞いてくれる?この先の牧草地で少し黒森峰のお相手をするわ。ただあくまでも時間調整だからあまり本気にはならない事。まだこの後に()()が控えてるんだからくれぐれもその事を忘れないようにね」

 

 

 無線越しのラブの声に応答はないが、彼女も全員が自分の言った事を理解している事は分かっているのでそれに対し何も言わない。

 結果を出せばそれでいい、まるでそんな風に考えているような表情でラブは風に深紅の長い髪を躍らせていた。

 流れる髪は冬の陽光を受け、キラキラと美しい輝きを放っている。

 

 

「うん、ここよ♪」

 

 

 Love Gunに続いてAP-Girlsが進入したその牧草地帯は、起伏に富んだ見通しの利く広々とした場所であった。

 

 

「目の前にあるのが夜峰山よ。あの山はね、神武天皇が九州を治める為に遣わした健磐龍命(タケイワタツノミコト)が一夜にして創ったとされる山なのよ」

 

 

 戦車を乗り入れた牧草地の入り口で唐突にラブが語り出した説明に、AP-Girlsのメンバー達は一斉にポカンとした表情になっていた。

 

 

「は?」

 

「え、何?」

 

「一体何を言ってるのよラブ姉?」

 

「何って言った通りよ?」

 

「いや、だからさ……大体そんな話どこで覚えて来たのよ?」

 

 

 あまりに唐突過ぎて次々とツッコミが入る。

 

 

「どこってホラ、私が一時熊本で暮らしてたのは話したでしょ?お休みの日にまほ達と一緒にしほママがここに連れて来てくれてね、その時にしほママが教えてくれたのよ♪」

 

 

 ラブはその時の想い出をニコニコと懐かしげに語っている。

 

 

『いや、だからあの家元はそんな小さな子供に何語って聞かせてるのよ?』

 

『それよりラブ姉の記憶領域ってどうなってるワケ?』

 

 

 口々にヒソヒソやっているが、思い出に浸るラブの耳には何も届いていないようだ。

 しかしつまでもそんな事をやっている訳にもいかないので、鈴鹿が手を叩きながらAP-Girlsのメンバー共々ラブを現実世界に引き戻した。

 

 

「ハイハイ、思い出話は後で聞くから今は試合に集中しましょうね」

 

「あ……そ、そうね!それじゃ小梅さん達迎え撃つ準備しよっか♪」

 

 

 まだちょっと何か言い足りなそうなラブを乗せたLove Gunを先頭に、AP-Girlsは冬枯れの草原に履帯痕を刻み付けながら進んで行く。

 

 

「なんかさ、初めてな気がするんだけど……」

 

「何がよ?」

 

「こういう戦車向きな環境で戦うのがさ……」

 

「まあ八甲田じゃあの有様だったしねぇ……」

 

「この6連戦何だかんだで市街地戦中心になっちゃてたわね」

 

 

 一列縦隊で草原を進む中凜々子の呟きを切っ掛けに、この6連戦を振り返るような会話が各車内と無線を介して車両間でも始まっていた。

 

 

「でもさあ、そもそもがこれだけ纏めて全国大会クラス相手にさ、たかがポっと出の新設校がたて続けに練習試合するってのがあり得ないわよ」

 

「大体この短期間でこの移動距離があり得ない……」

 

「マジうちの学園艦ってバケモノよね」

 

「そのバケモノをラブ姉の為だけに造っちゃう厳島ってさぁ……」

 

「イヤ!別に私の為だけに造った訳じゃないから!」

 

「だから試合に集中しなさいってば!ラブ姉も布陣はどうするつもりなの!?」

 

 

 話の行方がおかしな方向へ向かいキリがなくなりそうになった辺りで、再び鈴鹿が介入してそこで話を切り上げさせた。

 

 

「えっとね……セオリー通り奥の丘の上に陣取るわよ。長居するつもりはないからあまり分散しないようにね、あくまでもまほ達が登って来るまでの時間稼ぎだから。あ、でもちょっとした仕込みは入れて暴れる場面は作るからね♪」

 

 

 ラブの方針が決まれば彼女達の動きも速い。

 例え草原であっても隊列を乱す事はなく、AP-Girlsは稜線を登り陣地展開して行くのだった。

 

 

「まさかもう草千里ヶ浜まで行っちゃったとか?」

 

 

 未だ影も形も見えぬAP-Girlsに小梅が車長を務めるパンターの車内でも、不安に駆られてそんな声が上がり始めていた。

 

 

「イヤ!ラリーカーじゃないんだから!いくらなんでもそんなに速くあそこまで登れないって!大体まだ砲声一つ聴こえて来ないし」

 

 

 小梅が車内の騒ぎを諌めつつも、内心自身でも途中から感じていた不安感が大きくなり始めていたのだが、車長である自分がそれを表に出す訳にはいかなかった。

 

 

「ヨシ、これでいい…我々もラブを追うぞ……」

 

 

 履帯の修理を終えたまほは、静かに、しかし力強く言うと頬を伝う汗をパンツァージャケットの袖で拭いラブ達が登って行った登山道に目をやった。

 

 

「待っていろラブ、決着は必ず私がこの手で付けてやるからな」

 

 

 アシストに残っていたラング1両を従えて、まほのティーガーⅠも阿蘇の山へと続く道を、履帯を軋ませ登り始めた。

 

 

「一体どこまで先に行っちゃったんだろう?」

 

 

 小梅率いるパンターの追撃部隊が夜峰山の牧草地帯にさしかかると、過去何度となく耳にした出来ればあまり聞きたくない音が耳に飛び込んで来た。

 

 

「う゛ぅ゛…この音は……」

 

 

 ちょうどふれあい交流館前に到達していた小梅が音のする左手方向に目を向けると、牧草地の奥の稜線の上で、Love Gunが騎兵隊の突撃ラッパを外部スピーカーから鳴らしているのが見えていた。

 離れていても解るラブの面白がっている様子に急停車したパンター上の小梅は、その浮かれているのが丸解りなラブの様子に独り肩を落とすのだった。

 

 

「来年一年この人とやらなきゃいけないのか……こちら赤星、AP-Girlsを発見しました。彼女達は夜峰山の牧草地の丘の上に陣地を構築しています」

 

 

 ラブの嬉々とした様子に気付かないフリをして通り過ぎればよかったなどと思いながらも、小梅は後続へと無線で連絡を入れた。

 

 

『小梅!エリカよ、後5分程でそちらに着くわ!下手に手出しをしないで待ちなさい!』

 

「了解…っていうか出したくないわ、だってラブ先輩やたら嬉しそうにしてるんだもの……」

 

『……』

 

 

 トークボタンを押したらしいが、エリカはそれに返答する事が出来なかった。

 それから程なくしてエリカが牧草地に到着すれば、確かにラブが嬉々としたオーラを放ちながら丘の上に居座っている姿が彼女にも確認出来た。

 

 

『……』

 

 

 無言で視線を交わしたエリカと小梅は二人揃ってイヤそうな顔になり、盛大に溜め息を吐くとガックリと肩を落とし項垂れるのであった。

 

 

「…一年……」

 

「エ……?」

 

「私達後一年あの人と戦わないといけないのよね……」

 

「…萎えるような事言わないでよ小梅……」

 

 

 その戦うべき相手を前に、二人の戦意は急速に萎んで行くのであった。

 

 

「やっと追い付いたはいいが…あんな化け猫丸出しなラブを見りゃ無理もないか……アイツらは中学時代まほの巻き添えで一番酷い目に遭ってたクチだからなぁ……」

 

 

 中継画像が映るモニター内では、エリカと小梅のこの世の終わりみたいな顔が大写しになっており、思わずアンチョビも同情的なセリフを口にするのであった。

 

 

「みほさん、あなたの事がとても羨ましいわ。後一年、ラブと一緒に高校戦車道を満喫出来るんですもの……羨まし過ぎて嫉妬してしまいそうですわ♪」

 

 

 飛び切りゲスな笑みを浮かべ、最低なセリフを吐きだすダージリン。

 

 

「う゛え゛ぇ゛ぇ゛……」

 

 

 絶望的な表情で一番オモチャにされるのが確実なみほは潰れたような声を上げたが、その周りでもルクリリなどラブと馴染みのある者や、来年隊長や副隊長を務めるのが確実視されている者達もその顔色を真っ青にしているのであったが、その中で唯一の例外はひとりにこやかな天然絹代であり、彼女だけはその枠から除かねばならない。

 更に最近ラブ初体験を果たした梓達一年生は、卒業まで彼女と一緒という実に恐るべき事実に完全に固まって地蔵と化しているのであった。

 

 

「すっげ~イヤそうな顔してる……」

 

 

 ツァイス製の双眼鏡でエリカ達の表情を見た夏妃は、横目でラブを見てその様子からまあ無理もないと思うのだった。

 もし自分が彼女達の立場だったら、そう考えると夏妃も何となく胃の辺りが重くなるような感じがして微妙な表情になっていた。

 

 

「な~んか腰が引けてるように見えるわねぇ……」

 

 

 草原に展開し始めはしたが、やはりラブの策を警戒し過ぎてエリカ達は及び腰になっている。

 

 

「そりゃあんだけアレコレ好き放題やっときゃ最大限警戒されるのも当然でしょ?」

 

 

 たった5両のⅢ号J型しか戦力を持たぬ自分達を、最大にして最強である黒森峰にここまで警戒されるとどうにも居心地の悪い彼女達であった。

 

 

「なんかやり難いなぁ……」

 

「でもいつまでもこのままって訳にもいかないでしょ?西住隊長が来るまでに多少なりとも戦力を削らないと、後が相当厳しいわよ」

 

「解ってるわよぉ…でもあそこまで及び腰ってねぇ……何でああなっちゃうかなぁ?」

 

『そりゃアンタ、あんだけエグイ手使いまくってりゃそうなるでしょうよ……』

 

 

 その辺の自覚のなさがラブの一番タチの悪い処であり、それに対するツッコミも止まらない。

 

 

「どれ…距離は500ないね、450mってトコか…う~ん、どの子にしようか……あ、ちょっと迂闊な子がいるからあの子にしましょう」

 

 

 ラブは懐から取り出した単眼直進ズームのスコープで、何やら黒森峰の様子を確認している。

 

 

「よし、みんな聞いて。展開している黒森峰のこちらから見て左翼側、駐車場で側面晒してるラングがいるのは分かる?あの子をやるよ」

 

 

 ラブはスコープを覗き込みながら、ターゲットとなる車両を無線で各車に伝達する。

 

 

『なあラブ姉』

 

 

 ラブが指示を出した直後、ブルー・ハーツの夏妃が何か思う処がありそうな声で、指示の合間の無線に割って入った。

 

 

「ん~?な~に夏妃?」

 

『履帯切りとか間接的な攻撃もいいけどよ、ラング辺りだったら直接狙ってもいいんじゃねえか?』

 

 

 実はこの夏妃の想いはAP-Girlsのメンバー達が心の内に常に抱いているものであり、それが可能であるのならばダイレクトヒットで相手を撃破したいと考えていたのだ。

 

 

「お~♪その強気は買いだわ!そうね、ここは思い切って狙ってみよっか!」

 

 

 そう言うやそれまで満面の笑みを湛えてラブの顔から一切の感情が抜け落ちた。

 あの顔、始めて見た際にまほ達を震撼させたあの表情だ。

 

 

「全車仰角を稼ぐよ…愛、ピンク・ハーツは──」

 

 

 ラブは各車に起伏を利用して高弾道のピンポイント砲撃を行なう為に、最適なポジションへの陣地転換の指示を出して行く。

 だがその様子はエリカ達にも見えており、黒森峰の陣地に俄かに緊張が奔っていた。

 

 

「な、なんか始めた!」

 

「な、なんかってナニよ!?」

 

「アレってまさか!?」

 

『静まりなさい!』

 

 

 無線からその醜態を叱責するエリカの怒号が轟いた。

 

 

『浮足立つな!それこそ相手の思う壺よ!』

 

「でもエリカさん、あの行動パターンって間違いなくアレよね?」

 

「ええ…でも何処を狙おうというの……?」

 

 

 エリカのティーガーⅡの隣に並ぶパンターのコマンダーキューポラ上の小梅は、嘗て自身もそれでやられ、中継映像などでも目にした光景に青い顔をしていた。

 

 

「でも()()()って大体試合開始直後に仕掛けて来たわよね?」

 

「え、ええ…そうね……」

 

 

 エリカもラブの思惑が読めずに困惑の表情を浮かべている。

 しかしここでラブの過去の輝かしい実績から、思いもよらぬ誤解をエリカ達に生じさせていた。

 

 

「エリカさん…ラブ先輩って動き始めた相手の未来位置予測をして当てて来るわよね……?」

 

「ええそうよ……って、まさか!」

 

「もしかしてラブ先輩の狙いは西住隊長なんじゃ!?」

 

「そんな…でも……?」

 

 

 冷静に考えればまほのティーガーⅠの履帯の修理が終わっているかどうかも判らない状況では、さすがのラブにもそれが不可能であると気付くはずなのだが、彼女の常日頃の言動の宇宙人ぶりがエリカ達からことラブに関しては正常に判断する能力を奪っており、超長距離予測射撃でまほを狙い撃つのではと完全な勘違いをさせていたのだ。

 

 

「た、隊長!西住隊長!ラブ先輩が隊長の事を狙っています!ノックに気を付けて下さい!」

 

 

 血相を変えたエリカが、無線に向かって必死に叫ぶ。

 この時既に彼女達の焦りが周囲にも伝わり、周りの者達も狼狽えるばかりでラブ達の攻撃を阻止するという簡単な選択肢が、その思考から抜け落ちていた。

 

 

『な、なんだ、何が起きている?何を言っているんだ?ノックってエリカ、ラブのヤツはこっちの行動を把握しているというのか?』

 

 

 無線から聴こえるまほの応答で、エリカ達の頭の中に空白が生まれた。

 

 

「は?」

 

「え?」

 

 

 そしてその瞬間、計ったようにエリカ達の視線の先の丘の上で、AP-Girlsの5両が一斉に砲門を開き乾いた発射音が彼女達の鼓膜を叩いた。

 更に数秒後背後で起きた爆発に驚き振り向けば、1両のラングが車体後部のパネルにピンポイントの同時弾着攻撃を受けエンジンから火柱を上げていた。

 

 

「うおっしゃ抜いたぁ!」

 

 

 火柱が上がると同時に、撃破を確信した夏妃がガッツポーズで雄叫びを上げた。

 

 

「うん、みんな見事よ、完璧だわ♪」

 

 

 ラブも満足げに、大変良く出来ましたの笑みを浮かべている。

 

 

「しまった……」

 

 

 ラブの奇策を警戒するあまり直接的な攻撃にまで頭が回っていなかったエリカは、昇る火柱をただ茫然と見つめていた。

 

 

『黒森峰女学園 ラング走行不能!』

 

 

 この日二度目の亜美のコールも黒森峰の損害を告げるものであり、エリカ達はそれを何処か意識の遠い処で聴いているような感覚に囚われていたが、無線から漏れ聴こえるまほの声で我に返った。

 

 

『……リカ!エリカ!』

 

「……!た、隊長!」

 

 

 まほの耳にも撃破判定のコールは届いており、エリカは部隊を預かった者として当然の叱責を覚悟していたのだが、その耳に届いたまほの言葉は全く予想だにしないものであった。

 

 

『済まないエリカ…全ては私の判断ミスが招いた結果だ、それに……』

 

「隊長……?」

 

 

 一拍の間を置いてまほは苦々しげな声で、絞り出すように後悔の念を吐露するのであった。

 

 

『中学時代、散々お前達の前でラブに踊らされる様を見せ続けていたからな…それがお前達の間にも伝播してしまったのだな……』

 

「隊長……」

 

 

 黒森峰全体に微妙な沈黙が流れていた。

 

 

「大洗戦以降見せるようになりましたがアレはいつ頃から?超長距離予測射撃自体の精度も、中学時代以上に上がっているように見受けられるのですが?」

 

 

 観戦エリアの厳島と西住で占拠されたスタンド上、その中心に位置する辺りに座るしほは隣に座る亜梨亜に視線を向ける事なく声のみで尋ねた。

 

 

「あれも超長距離予測射撃の延長線上にあるようですね。いつから…それは私にも明確には答えられないのよ。ただ、あれもあの子が事故で失ったものを補う為に、自然と身に付けていったもののようだわ……実際事故後のあの子の行動で色々と説明が付かない多いのも事実よ。お医者様からはハンデキャッパーがそのハンデを補う為に、様々な能力を獲得するのはよくある事だとは聞かされています。ただ──」

 

「ただ……?」

 

 

 ここでしほは、この時初めて隣の亜梨亜にその目を向けた。

 

 

「ただ…あの子の場合はやる事成す事が宇宙人過ぎて、医学では説明が付かぬとお医者様に言われてしまったのよ……」

 

「……」

 

 

 前回熊本滞在時に、ラブの異能な数学の問題の解き方を目の当たりにしているだけに、しほもガックリと項垂れる亜梨亜に掛ける言葉が見付らなかった。

 

 

『どうせヤツの事だ、私が追い付くまでお茶を濁すとかふざけた事を考えてるに決まってるんだ。エリカ、構う事はない、火力にモノを言わせて少し怖い思いをさせてやれ!』

 

「はぁ……」

 

 

 まほの言葉の最後の方は、彼女の心の内に沸き起こった八つ当たり的怒りの感情から出ているのがよく解るエリカの返事は、どこか今ひとつ曖昧なものであった。

 しかしそれでも上官の命令である事には違いなく、このままでは全体の士気にも関わる問題であるのは間違いないのは解っているので、エリカも気持ちを切り替え指示に従い攻勢に転ずるべく命令を出し始めた。

 

 

「あれは深読みをし過ぎましたわね……」

 

「やっぱそう思うか……」

 

 

 1㎜も動く事なく撃たれるに任せ、いともあっさり被撃破車両を出してしまった黒森峰の様子から、ダージリンとアンチョビの二人は大凡何が起きたか察しが付いたらしく、見事その予想は当っていた。

 

 

「コレってさ…付き合いが深い程にハマり易い罠よね……」

 

『あぁ……』

 

 

 鬱な表情のカチューシャの呟きは、本人が思った以上に周囲にダメージを与えていた。

『解っていても』それを改めて体感する瞬間であった。

 些か卑屈なモノを感じつつも、まほの命によりエリカは陣形を組み直しAP-Girlsに対し攻勢に出ようとしていた。

 エリカのティーガーⅡを中心に両翼をパンターで固め、後列にラングを配し正面から圧力を掛け始めている。

 しかしこの段階で重量級のヤークトティーガーとエレファント、更に加えて完全にビビりモードに突入してしまった直下のヤークトパンターが到着していないのであった。

 

 

『全く直下のヤツ…でも私も責められたもんじゃないわね……』

 

 

 エリカがチラリと視線を送った先では、撃破されたラングがまだ燻ぶり黒煙を上げていた。

 

 

「ねえラブ姉、アンタ中学時代に一体どんだけ悪さして来たのよ?エリカ先輩達の警戒ぶりって只事じゃないわよ?」

 

 

 やっと動き出した黒森峰ではあったのだが、その動きはやはりどこかぎこちなく明確に怯えが見て取れるのだ。

 

 

「ちょっと凜々子!人聞きの悪い事言わないでくれる!?悪さって何よ悪さって!?」

 

「そのまんまだけど?あり得ないわよあのエリカ先輩達の怯えようは……もしかしてラブ姉戦車道以外で、エリカ先輩に何かいかがわしい事やらかしたんじゃないでしょうね?」

 

「だからいかがわしい何かって何よ!?」

 

 

 ラブを見る凜々子の目は何処までも白い。

 

 

「観閲式の時千本浜でエリカ先輩に何やった?」

 

「う゛……」

 

「やっぱり…このセクハラオヤジ女が……」

 

「また凜々子が私の事いじめる……」

 

「いじけたフリすんな!」

 

 

 凡そ最強の黒森峰を前にしての会話と思えぬ程に、緊張感と言う物が欠片も見られない。

 しかしその間もビビりながらではあるがエリカの指揮の下、AP-Girlsに対しての半包囲の陣形は徐々に整って行くのであった。

 

 

「凜々子、もういい加減にしな。黒森峰の陣地転換も終わるわよ、ラブ姉もいつまでも遊んでないで指揮を執りなさいよ」

 

「みんな私に優しくない……」

 

 

 ほぼ毎度繰り返される展開がそこにあった。

 

 

「この状況……」

 

 

 みほにはその光景に見覚えがあった。

 そしてそれはみほ以外の者達の方が、一層強くそれを感じていた。

 全国大会決勝、山地に陣取った大洗と攻め上る黒森峰、規模は遥かに小さいが状況はその時と酷似しており、観戦エリアでみほが戸惑うのと同時にもう一方の当事者であったエリカ達もそれを感じ取っていた。

 

 

「みほ……」

 

 

 少し寂しさを含んだ何かがエリカの胸の奥に刺さる。

 

 

「エリカさん?」

 

「…ゴメン小梅、何でもないわ……全車展開完了したわね?」

 

「ええ。問題ないわ」

 

「それじゃあ始めましょう」

 

 

 何かを追い出すように軽く頭を振ったエリカが見上げた先では、ラブが深紅の髪を冬の日差しに輝かせながら風に靡かせている。

 

 

「来るわよ……」

 

 

 唯一光を宿すラブの左目に鋭い光が宿る。

 

 

「攻撃を開始する、全車榴弾装填!撃て!」

 

 

 計12門の戦車砲が一斉に火を噴き、阿蘇の山に雷鳴が轟く。

 たった5両のⅢ号J型で構築した小さな陣地の前の斜面が地響きと共に沸き立ち、一時何も見えなくなる程の爆炎とその後の土煙に辺り一帯が包まれた。

 それまで吹き抜ける風に優雅に踊っていたラブの深紅のロングヘアーが、爆風に煽られ紅蓮の炎の如く猛り狂っていた。

 

 

「さすがの火力ね…でも……」

 

 

 襲い来る熱と風圧に目を細めながらも、よく見ればその目は笑っている。

 但し笑ってはいるがその目は少々危険な光を宿らせていた。

 

 

『どうせまほが余計な事を言ったんでしょうね……でもねエリカさん、やるなら本気で私を叩き潰すつもりでやるべきだったわ』

 

 

 瞳に危険な光を宿したままラブは無言で上げた右手を振り降ろしたが、その姿は何処までも優雅で美しく観戦エリアのモニターでそれを目にした者達の間から溜め息が漏れていた。

 ラブの右手が振り降ろされると同時に各車長が命令を下し、黒森峰の攻撃による黒煙が晴れぬ中一斉に突撃を敢行した。

 

 

「さあ、オペレーション・アンジーの発動よ♪」

 

 

 そう宣言するその顔いっぱいに人の悪い笑みを浮かべたラブは、Love Gunを一気に加速させ冬枯れの草原を駆け下りると、エリカのティーガーⅡと小梅のパンターの間をすり抜けた。

 

 

「あ……え!?」

 

 

 そのまま前衛の隊列の間を突き抜けたLove Gunは、ドリフト旋回で後列を固めていたラングの1両の横へピタリと寄せて停車した。

 虚を突かれたラングの車長がテンパって固まっている処へ、ラブは極上の魅力的な微笑を浮かべると音がしそうなウィンクを決め、更にこちらはわざとらしく『ちゅ♡』っと音を立てて彼女に向かい投げキスを放っていた。

 

 

「あ……♡」

 

 

 至近距離からラブの投げキスの直撃弾を喰らったラングの車長は、そのまま腰砕けになりその場でグニャリと崩れ落ちてしまった。

 

 

「きゃあ!ちょ、アンタどうしたのよ!?」

 

 

 目をハートにして車内に落っこちて来た車長に、状況がさっぱり解らぬラングの車内では悲鳴が上がっていた。

 

 

「あひゃひゃひゃひゃあ♪ラブのヤツあれは『おちょくってる』の?『おちょくってる』のかぁ?」

 

 

 ラブのとった作戦、『オペレーション・アンジー』が何かを察した杏がケラケラと笑い出した。

 

 

「会長さん……」

 

 

 みほは眉をへにょりと下げ困った顔となり、他の者も遅まきながら何が起こったのか理解した。

 黒森峰の初撃の威嚇射撃の後、黒煙の晴れぬうちに飛び出したAP-Girlsは黒森峰の隊列の間に入り込み、エリカ達の更なる攻撃の手を封じ込めてしまっていたのだ。

 それはまさに全国大会決勝戦で大洗が使った手のアレンジであり、それをまんまと成功させたラブは古くから彼女の事を知る者達が嘗て何度も目撃した笑みを浮かべており、それを直視してしまったエリカは実に暗澹たる気分となっていた。

 

 

「やっぱりこの(ひと)に普通は通用しないんですよ…西住隊長……」

 

 

 ティーガーⅡのコマンダーキューポラ上、虚ろな目をしたエリカは疲れた表情で独り何やらぼそぼそと呟いていた。

 

 

「ラブお姉ちゃん…またエリカさんをいじめてぇ……」

 

 

 モニターの中、項垂れるエリカの姿にその元ネタが自分である事を棚に上げたみほが、殺気の籠った視線を同じくモニターの中でしてやったりと満面の笑みを浮かべるラブに向けていたが、そんな彼女に生温い視線が集まっている事に、みほは全く気付いていないのであった。

 

 

「何だ?何がどうなっているんだ?」

 

 

 無線に飛び交う意味不明な会話に牧草地まで後少しの所まで来ていたまほは、眉を寄せ頭上にクエスチョンマークを浮かべている。

 

 

「ん?アレは……」

 

 

 Rのきついコーナーを曲がり立ち上がったまほのティーガーⅠの前方に、遥か前に先行していたはずの直下のヤークトパンターの姿があった。

 

 

「直下ぁ!?」

 

「た、隊長……」

 

 

 振り返った直下の顔には『もし履帯が切れたらどうしよう?』と大書されており、それを見たまほは頭を抱えて砲塔の上に突っ伏してしまった。

 

 

「もうイヤだ…私は普通の戦車道の試合がしたいんだ……」

 

 

 まほが突っ伏したティーガーⅠの砲塔は、彼女の流した涙に濡れていた。

 

 

 




何だかもうラブは周りから好かれてるのか嫌われてるのか解りませんねぇw

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