ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

111 / 309
今回も低い火力で苦労するお話です。


第六十八話   近過ぎた橋

「ここまで精神的ダメージを与えられているとは……」

 

 

 いつまでも突っ伏している訳にも行かずどうにか顔を上げたまほは、しかしそこからそれ以上の言葉が続かなかった。

 

 

「隊長……」

 

 

 目が合った直下は既に涙目になっている。

 

 

「だ、大丈夫だから!一緒に行こう!な?さ、付いて来るんだ」

 

 

 何が大丈夫なのか自分でも解らないし何の根拠もなかったが、すっかりプレッシャーでおかしくなっている直下を励ましながら増速させると、時々振り向きながら安心させてやりつつ先を急ぐまほであったが、その内心では何とも情けない想いで溢れ、泣きたいのは彼女の方であった。

 

 

「にしずみぃ……」

 

 

 その表情を中継映像で見てしまったアンチョビもまた、何とも言い難い表情でそう言うのがやっとであった。

 理由と手段がどうであれその状況を作り出しているのは間違いなくラブであり、この試合の流れを全て自分の支配下に置いてしまうのも彼女の特異な能力のひとつと云えよう。

 そしてそのカオスにやっとまほが到着した時、彼女の目の前では懐に入り込まれ奔り回るAP-Girlsに対し、フレンドリーファイアの危険性が高過ぎる為に手が出せぬ黒森峰が翻弄され砲声無き戦車戦が展開されていたのであった。

 

 

「何だこれは……」

 

 

 そのカオスな状況にまほが呆然となってしまう。

 

 

『あ~!やっと来た~!まほ遅過ぎ~!』

 

 

 チョロチョロと黒森峰の戦車の間を奔り回るLove Gunの上のラブが、拡声器を取り出しまほに向かてフルボリュームで叫んでいる。

 

 

「誰のせいだと思ってるんだ!?」

 

 

 瞬間的に頭に血が昇って怒鳴り返したまほであったが、直ぐにここで乗ってしまってはまた同じ事の繰り返しになると思い直し、ひとつ深く深呼吸をすると極力落ち着いた声で指示を出し始めた。

 

 

「全車AP-Girlsに正対しつつ、ふれあい交流館前まで後退せよ」

 

「隊長!」

 

「エリカ、遅くなって済まない……」

 

「いえ!」

 

「さあ、今言った通りだ。行動を開始せよ」

 

「了解!」

 

 

 エリカの指示で展開していた黒森峰の車両群は、AP-Girlsに後背を取られぬよう警戒しながらも迅速に後退すると陣の立て直しを図るのであった。

 

 

「さすがにヤークトティーガーとエレファントにこの登りはきついな、まさか途中で追い越す事になるとは思いもしなかったよ」

 

「遅いだけでなく、一発で曲がり切れない場所もありますからね」

 

 

 まほと合流したエリカも、その表情にやっと落ち着きが戻って来ていた。

 

 

「隊長、ここからは一体どう動くおつもりですか?」

 

「うん、下山ルートを封鎖しつつ反時計回りに部隊を動かして、ヤツらを此処から追い出して登山ルートに押し込むぞ」

 

「乗ってくれるでしょうか?」

 

「私が来ても未だにマウスの姿を見ていない以上は乗るさ、ラブが今何よりも一番欲しているのは彼女達AP-Girlsの経験値だからな」

 

「解りました、それで役割分担はどうしましょう?」

 

 

 元の丘の上に戻ったAP-Girlsに一度視線を向けたエリカは、自分なりに戦力の分け方を頭の中で組み立てていた。

 

 

「エリカならどうする?」

 

 

 大学選抜戦以降まほはこのようにエリカに対し、作戦に関して彼女なりの意見を言わせる事が非常に多くなっていた。

 それはやはり自分の卒業後、隊長となるエリカの為を想っての事であろう。

 

 

「そうですね、下山ルート側の県道の封鎖は固定砲身のラングだけで充分だと思います。物理的に数量並べて塞げばいい事ですから。狩り立てる部隊はティーガーⅠとⅡの3両とパンター3両を充て、残るパンターとヤークトパンターを、AP-Girlsが登山ルートに出てからの追撃の任に充てるのでどうでしょう?」

 

「うん、それでいいと思う。早速そのプランで部隊を再編して作戦を開始してくれ」

 

「了解しました!」

 

 

 一旦落ち着きを取り戻せばエリカも行動は速い。

 テキパキと指示を出し部隊を展開させる様子は、例え自分が行なったとしてもそう変わらないであろうと思っていた。

 彼女になら任せても大丈夫、彼女ならやってくれる。

 エリカの働きぶりにそう確信したまほは、そのエリカの為にもこの試合は負ける訳にはいかぬと気を引き締めるのだった。

 来年一年間ラブと戦う彼女の為にも、その戦い方を示してやらねばとの想いを強くしていた。

 

 

「隊長、いつでも行けます!」

 

「よし、作戦を開始するぞ」

 

「了解!」

 

 

 まほとエリカが行動を開始すると、丘の上のラブもそれを見て一つ頷き咽頭マイクに手を当てた。

 

 

「みんな、ここからが本番よ。まほが私達をここから追い出しにかかって来るわ、いいいよマウスとご対面する事になるから気を引き締めて行動する事。私達の考えた手がどこまで通用するか試しに行くわよ」

 

 

 ラブの訓示にAP-Girlsのメンバー達の表情に鋭さが増して行く。

 一体マウスに対してどんな手を使う気でいるのかは判らぬが、その表情は自信に満ちておりこれから相手にするのがマウスであるという事を考えると、それは少々不気味にも見えるのであった。

 

 

「パンツァーフォー!反時計回りでAP-Girlsの左側面に圧力を掛けよ!丘の上から追い落とせ!」

 

 

 ティーガー3両を軸にパンター3両が従えた主力部隊が、斜面に砲撃を加えながら大回りにAP-Girlsを押し出すように進み始めた。

 これだけでも火力装甲共にAP-Girlsが太刀打ち出来るものではなく、彼女達も正面から撃ち合う事なくあっと言う間に陣地を維持出来なくなり丘の上から追い落とされてしまった。

 但しAP-Girlsもそれで浮足立つ事もなく、予定の行動を淡々とこなしているように見えた。

 状況は一方的に黒森峰が押しているように見えるのだがまほ達も必要以上に圧力を掛ける事はせず、それは視点を少し変えるとAP-Girlsのカウンターを警戒しての行動に見えた。

 

 

「ここからが本番か…どちらも取り敢えず予定の行動を消化中って辺りか…‥」

 

「but!でもちょっとまほの方は警戒し過ぎに見えるわ」

 

「まあそこはラブの実績がモノを言ってる部分だろう、実際私達だって過去に同じような行動パターンになる事は多かったじゃないか」

 

「…まあね……」

 

 

 アンチョビはケイの言う事も解るという表情を見せながらも、ラブを前にすれば自分達も今のまほと同様の状態になる事を指摘し、それはケイも否定は出来なかった。

 

 

「やっぱりここから追い出して草千里ヶ浜に押し上げたいのね…でもまほも馬鹿だなぁ……律儀にマウスとやりたいってオーダー守ろうとしなくてもいいのに……」

 

 

 戦闘中であるにも拘わらず、嬉しいような困ったような少し複雑な表情を浮かべるラブに、瑠伽も珍しく優しい声を掛ける。

 

 

「いいお姉さんなのね」

 

「妹よ」

 

「そうかしら?」

 

「そうよ」

 

 

 言い張るラブにクスッと笑った瑠伽は、再び照準を覗き込む。

 そうしているうちに隊列は牧草地の出入口に近付いて行き、下山ルートを封鎖する部隊も緊張しながら猟犬のように身構えている。

 周囲への弾着もそれを意図したもので、早く次のステージに行けと煽っているようだ。

 

 

「それじゃあ行くわよ、スモークのタイミングが肝心だからね?リミッター解除の制限時間にも充分に気を付けなさい」

 

 

 この牧草地からの離脱にもラブは何やら仕掛けを施すつもりなのか、段取りの確認に余念がない。

 

 

「そして愛、あなたの役割は本当に重要だからね……でも絶対に無理はしない事。作戦終了後は必ず私達と合流する事」

 

 

 振り返り左翼のすぐ後ろに位置するピンク・ハーツの愛に向けて、指揮官が信頼する部下に送るにしてはやや熱っぽさが過ぎる視線を送っており、それに応える愛もまた同様で二人の熱くユリユリ感満載な視線は空中でねちっこく絡み合っていた。

 

 

「こういうのも薬が効き過ぎたって云うのかしら?」

 

 

 作戦が重要な局面を迎える場面であるにも拘わらず、バカップルぶりを晒す二人の様子に、目の座った凜々子が投げやり気味に吐き捨てた。

 

 

「来るぞ!絶対に通すなよ!」

 

 

 接近するAP-Girlsに対し、下山ルートを封鎖するラングの搭乗員達の間にも緊張が奔る。

 この黒森峰戦までのAP-Girls戦いぶりと、ラング2両が撃破された事実を考えればそれは無理のない事ではあったのだが、何よりも彼女達はラブを、ラブの策を必要以上に恐れていたのだ。

 そしてそれら全てを嘲笑うかのようにAP-Girlsは加速を開始すると、一気に牧草地から県道に飛び出し更にスピードを上げて行く。

 そのAP-Girlsの動きに対し、チェイサー役のパンター3両と直下のヤークトパンターは待機地点から助走を付けており、AP-Girlsに続いて県道に飛び出したタイミングは完璧だった。

 だが追撃部隊が県道に突入すると同時にAP-Girlsは全開でスモークを噴射して、辺り一帯をピンクの霧で覆い尽くし全ての視界を奪い取っていた。

 

 

「な!?何も見えない!」

 

 

 スピードが乗った処で視界を奪われた4両は、悲鳴を上げながらもマルチクラッシュ寸前でどうにかギリギリ停車する事が出来た。

 

 

「いきなりかぁ~」

 

 

 道を塞ぐ形で停車したヤークトパンターの上で力なく突っ伏した直下は、脱力し切った情けない声で呻くようにそう言うのがやっとだった。

 そしてその間にリミッターを解除してダッシュをかけたAP-Girlsは、スモークが晴れた頃にはもう完全にその姿は見えなくなっていた。

 

 

「あのタイミング読みの上手さも才能よね……」

 

 

 嘗てそれで散々やられた事を思い出したカチューシャは渋い顔をしている。

 

 

「あれ?ピンク・ハーツはどうした?」

 

 

 牧草地を飛び出しスモークをぶちまけると同時にダッシュをかけたAP-Girlsが、いくつかのコーナーを抜ける途中にカメラが切り替わりアングルが変わると、その隊列の中でLove Gunのすぐ後ろ走っていたはずのピンク・ハーツの姿がなく、今は4両で隊列を組み何事もなかったように先を急いでそのまま疾走していた。

 

 

「Why?どういう事?ピンク・ハーツは何処に行ったのよ?」

 

 

 ケイはモニターの分割画面を隅々まで確認するが、その何処にも愛のピンク・ハーツの姿を見付ける事は出来なかった。

 それには中継スタッフも気付いており、牧草地を脱出する辺りから別アングルのカメラ映像も含め何が起きたのか検証を始めていた。

 

 

「今度は何をやる気なんだか……」

 

 

 それがラブの仕込みである事は判り切っている。

 一番の問題は彼女が一体何を狙っているのかその一点にあるのだ。

 そしてそれが何であるのかを見極めようとするかの如くダージリンが細めたその青い瞳は、何処か底冷えするような危険な光が宿っている。

 

 

「あ、いたぞアソコだ」

 

 

 別アングルのリプレイの映像の中に、ピンク・ハーツの姿を見付けたアンチョビがモニターを指差すと、それに合わせたようにコーナーに進入したAP-Girlsの隊列の中からピンク・ハーツのみがコースアウトするように真っ直ぐ県道から飛び出して、道路わきのススキ野原にダイブして行った。

 

 

「うわ!やりやがった……待ち伏せで奇襲狙いか?しかしなぁ、ピンク・ハーツ1両のみで一体何しようってんだぁ?」

 

 

 アンチョビがごく当たり前な疑問を口にすると、モニターの映像が切り替わりどうやら今度はリアルタイムのものらしい映像が流れ始めた。

 

 

「ん~?あれは通信手の霧恵か?何をやってんだ?」

 

 

 アンチョビが首を捻る中、ピンク・ハーツの通信手須郷霧恵(すごうきりえ)がピンク・ハーツから独り離れ、冬枯れのススキの間を駆け抜ける姿が映し出されている。

 

 

「通信機と双眼鏡を持っている処を見ると、観測員という事でしょうか?」

 

 

 自前のノートPCで霧恵のデータを素早くチェックしていたアッサムも首を捻る。

 その一方で残りのピンク・ハーツメンバー達は、ブッシュナイフで周りのススキを刈り取って即席の擬装をピンクハーツに施していた。

 

 

「あそこまでやるという事は、黒森峰の背後を突くつもりなのか…いずれにしてもピンク・ハーツ1両では荷が重過ぎだろう……ラブ、お前一体何をやらかすつもりだ?」

 

 

 ラブがそれを実行するという事は、何がしかの勝算があっての事だろうと頭では理解してはいるのだが、それが十中八九ろくでもなくえげつない手であろう事も容易に想像が付くので、アンチョビの表情もあまりパッとしないものであった。

 

 

「一体ドコまで先に行ったんだあのバカ(ラブ)は!?」

 

 

 牧草地か追い出して早々に文字通りAP-Girlsに煙に巻かれてしまったまほは、結局先行追跡させる予定だった別働隊も隊列に加え大所帯での行軍を行なっていたのだが、相変わらず好き放題我儘勝手に振る舞うラブに、その口元を引き攣らせ悪態を吐きまくっていた。

 

 

「今眼下を西住隊長が通過中よ……」

 

『了解、それで本命は?』

 

「まだよ、まだ姿は見えないわ」

 

 

 霧恵は独りピンク・ハーツから離れ、県道脇の急斜面をかなり登った場所で枯れたススキの間から、黒森峰の本隊が通過して行くのを観察していた。

 

 

『それでどんな様子?』

 

「ちょうど露払いのパンターを先頭に西住隊長やエリカ先輩のティーガーが通り過ぎたけど、後続のラング部隊と殿のパンター1両がまだ橋の上だわ」

 

『そう……それじゃあ引き続き監視をお願い』

 

「了解よ」

 

 

 交信を終えた霧恵は改めて双眼鏡を覗き込みながら、隊列の最後尾のラングとパンターが橋を渡る様子を観察している。

 

 

「サッサと行ってくれないかしら?本隊が火の国トンネル辺りまで行ってくれないと…せめて全車切通しの先のコーナー曲がっててくれないと、もし本命が来ても身動きが取れないんじゃ此処にいる意味もなくなって目も当てられないわ……」

 

 

 少し苛立たし気な霧恵の眼下を、黒森峰の本隊が一列縦隊の長い帯となりゾロゾロ通過して行く。

 

 

「What?手を出さない?っていうかアレはその気がないんじゃない?」

 

「手を出した処でどうなるモンとも思えんがな……」

 

 

 ケイとナオミが揃って肩を竦める。

 

 

「確かにコレは見送りと云う感じですわね……」

 

「それじゃあ一体何が狙いなんでしょう?」

 

 

 困惑して目を合わせたダージリンとみほは、二人揃ってモニターの中様子を窺っている霧恵のクールな横顔に目をやった。

 

 

「あれは何を監視して…あ、オイ……まさかとは思うが愛のヤツはヤク虎狙いじゃあるまいな?」

 

『えぇ!?』

 

 

 アンチョビが言い出した事に一同驚き、そしてあまりに無茶が過ぎると揃って否定的な声上げる。

 

 

「NonNon!それはいくら何でも無謀過ぎよ!」

 

「ありえないわよ!」

 

「さすがにそれはいくらなんでも……」

 

「あら!?でもみほの処のラビットが──」

 

「あれはちょっと違うんじゃ……」

 

「いや、お前達の気持ちも解るが霧恵の様子をよく見ろ。彼女さっきから後方の橋の辺りをずっと監視してるじゃないか」

 

『え?』

 

 

 全員がアンチョビの指摘に改めてモニターに目を向けると、分割画面の一つが双眼鏡で橋と通過して行く黒森峰の隊列を交互に監視しする姿を映し出していたが、隊列の方は時々チラリと見るのみで注視しているのは明らかに橋の方であったのだ。

 

 

「まさか!?あの子達本気なの!?」

 

 

 嘗て自分達も散々苦労させられたヤークトティーガーを、たった1両のⅢ号でどうやったら相手に出来るのかカチューシャには想像も付かない。

 全員の視線がモニターの中の霧恵に注がれている。

 

 

「お願いだから早く行ってくれないかなぁ……それにしても殿にパンター入れるとか何処まで基本に忠実なのよ?そのパンターも砲塔後ろに向けて、しっかりバックアタック警戒してるし嫌になるわ」

 

 

 霧恵は通過しつつある黒森峰の警戒監視体制の抜かりのなさに、ウンザリした表情を浮かべながら早く行けと繰り返し呟いていた。

 そしてそこからもう少し時間を要し、黒森峰の本隊が霧恵の視界からその姿を消した。

 待ち兼ねたといった感じの霧恵は無線機のトークボタンを押して、潜伏待機中のピンク・ハーツの愛に向けGoサインを出すのであった。

 

 

「よし、愛行け!これ以上は間に合わなくなる可能性がある!」

 

『了解……』

 

 

 その交信を合図にススキ野原の中から猛獣の唸りのようなエンジン音を響かせ、ピンク・ハーツが擬装のススキを撒き散らしながら飛び出して、そのまま県道を横切り今度は目の前の急斜面を躊躇する事なく駆け下りて行った。

 

 

「頼んだわよ、愛……」

 

 

 霧恵はダイブするように急斜面に飛び込んで行った愛とピンク・ハーツに呟くようにそう言うと、通過して行った黒森峰の本隊と橋の監視を再開していた。

 そしてちょうどその時大きく遅れていたヤークトティーガーが、やっと橋へと向かう最後の複合コーナーにさしかかっていたのだった。

 

 

「あ~、マジ登んないわ~」

 

「そりゃ重いもん、70tだぜ70t!場所によっちゃ狭くてまともに曲がれないしさぁ……」

 

「でもウチよりさぁ……」

 

「エレファントはマジ遅いもんなぁ……」

 

 

 ヤークトティーガーより更に脚の遅いエレファントは、ウンザリ顔のヤークトティーガーの乗員達が会話するように、まだずっと後ろの方を必死に登坂中であった。

 

 

「でもさぁ、マウスでよくここ登ったよね?」

 

「それがさぁ、最初に交戦が始まった頃はまだ登り切ってなかったらしいよ?操縦手以外総出で周囲を監視しながらⅢ号まで誘導に使ってたらしいし」

 

「何ソレ!?」

 

「よく崖から転がり落ちなかったわね?」

 

「乗りたくね~!」

 

 

 口々に言いたい事を言いながら、本隊を追うヤークトティーガーはヒルクライムを続けている。

 

 

「来たよ!愛、急いで!」

 

 

 姿が見えるより先、上り坂に唸りを上げるヤークトティーガーのエンジン音と、履帯がアスファルトに喰らい付く音が霧恵の耳に届いて来た。

 無線越しの霧恵の叫びに合わせたように谷間に砲声がこだますると同時に、激しい爆発が山に掛かる橋の橋脚を揺さぶった。

 

 

「次弾装填急げ!撃てぇ!」

 

 

 そこからは橋脚に向け自動装填を疑われる程の速度で装填が続けられ、連続して速射砲のように徹甲弾が撃ち込まれ続けた。

 

 

「な、何だ!何処で撃ってるんだ!?」

 

 

 たて続けに響く砲声と爆発音に、ヤークトティーガーの搭乗員達は状況が掴めずに顔を出し周囲の様子をキョロキョロ窺っている。

 

 

「あ……アレ!」

 

 

 谷間の斜面に張り付くような体勢で砲撃を続けるピンク・ハーツを発見したヤークトティーガーの車長は、次いで何を砲撃しているかに気付き血相を変えた。

 

 

「ハァ~、この手があったかぁ……」

 

 

 アンチョビは感心したような呆れたような声で、モニターに映るピンク・ハーツの砲撃を続ける姿を見ていた。

 

 

「お…崩れるぞ……」

 

 

 その言葉と同時に、最後の抵抗をしていた橋脚が崩れ落ちた。

 

 

「マズイ!橋が崩れ落ちるぞ!急げぇ!」

 

 

 ヤークトティーガーの車長は何とか橋を渡ろうと操縦手を急き立てたが、支えを失った橋脚が重戦車の重みに耐えられるはずもなく、ヤークトティーガーが橋に掛かるとそのままゆっくりと前のめりに傾き始めるのだった。

 

 

「だ、駄目だ!止まれ!イヤ、後進急げぇ!」

 

 

 観戦客達も息を飲む中、ヤークトティーガーはゴリゴリと履帯で路面に噛り付くようにしてどうにか後退し、橋の崩落の巻き添えなる事は免れる事が出来た。

 橋脚を失いそこに止めの70tが加わった結果、ヤークトティーガーの脱出直後橋全体が地響きと共に、大量の土煙を上げて全て崩れ落ちて行った。

 

 

「あ…あぶなかったぁ……」

 

 

 ヤークトティーガーの車長は腰が抜けて車内に転がり落ちると、びっしょりと掻いた冷や汗にブルっとその身を大きく震わせるのだった。

 

 

「チッ!戻って来たか!」

 

 

 見事橋を落とし重戦車2両の足止めに成功し喜んだのもつかの間、霧恵は本隊の殿を務めていたパンターが、ラング1両を引き連れ戻って来る事に気が付いた。

 

 

「愛!パンターとラングが戻って来たわ!」

 

『解った、直ぐ登る……』

 

 

 行きは一気に急斜面を駆け下りたピンク・ハーツだったが、そこを今度は逆に登るとなれば相当な苦労を要するだろうと観戦する者達は誰もがそう考えていたが、その目の前でピンク・ハーツの操縦手月代菜々(つきしろなな)は神憑り的な腕前で右に左にと舵を切り、スルスルと何の苦もなく急斜面を登って行き観戦エリアは大きなどよめきに包まれていた。

 

 

「あの菜々って子も何気にとんでもない操縦やってのけるな……」

 

「私達はそれで酷い目に遭いましたから……」

 

「ん?あぁ、そうだったなルクリリ…云わばこの6連戦最初の犠牲者は、お前のマチルダ隊だった訳だもんなぁ……」

 

 

 初戦となった聖グロ戦において衝撃のデビューを果たしたAP-Girlsに、実質壊滅に追い込まれたマチルダ隊の隊長であるルクリリは、改めて犠牲者と言われると肩を落とし項垂れるしかなかった。

 

 

「そう落ち込むな、それだけの教訓がありながらそれを活かす事なくこっ酷くやられた連中がここには雁首を揃えてるし、現在進行形でやられてるヤツもいるんだからな」

 

 

 アンチョビは自虐的な笑みを浮かべ、自分の顔を指差しながらルクリリにそう付け足していた。

 

 

「……」

 

 

 ルクリリとしては、それは何とも返答のしようない言葉であった。

 そんなやり取りがなされるうちにも急斜面を登り続けたピンク・ハーツが、遂に県道に戻ろうとしていた。

 

 

「あ!あの子一体何を!?」

 

 

 カチューシャの悲鳴にも似た叫びにモニターに目を向ければ、土煙と共に県道に乗り上げたピンク・ハーツ目掛けて、監視役を務めていた霧恵が数mの高さからダイブしていた。

 

 

「またアイツらはぁ!怪我でもしたらどうするんだ!?全く次から次へと無茶ばかりしおって!後で纏めて説教してやる!」

 

 

 空中でクルリと回って砲塔に着地した霧恵が、愛にハイタッチした後サイドハッチから車内に潜り込むのを見ながら切れるアンチョビに、こういう時に何か言うと間違いなく自分まで怒られるので全員その場は口を噤んでいた。

 アンツィオ戦の後、ライブが間に合わなくなると急ぐあまり、ヘリから飛び降りて行ったAP-Girlsに肝を冷やしたばかりのアンチョビは、その無茶苦茶ぶりにかなり本気で怒っていた。

 だが戻って来たパンターが攻撃態勢に入っていたので、霧恵が乗り込んだタイミングもかなりギリギリであったのも事実だった。

 

 

「さて、作戦成功したのはいいけれど、この窮地からどうやって脱出するのかしら?」

 

 

 前方から迫るパンターとラングに対し、後退しようにも橋は自分達で落している為退路はない。

 

 

「うえぇ…愛さんのあの顔はぁ……」

 

 

 分割画面の一つにアップで愛の顔が映されており、その表情は全員が見覚えがあった。

 これまでに何度か愛が見せた凄惨な笑み、それは追い詰められた時に彼女が見せるものであり、それを見た者は例え優位な立場にあったとしても、地獄を見せられるのが必至な悪魔の笑みであった。

 そしてそれを見た愛と対峙した経験を持つ者達の顔色が、一斉に青くなって行った。

 今日の試合、ずっとラブと一緒にいた愛は、今までに見せた事のない甘々スイーツなロリフェイスで見る者を蕩けさせていただけに、より一層破壊力があったようだ。

 

 

「あの表情…ろくでもない手を使うに決まってますわ……」

 

「100%正面からの強行突破ですわ」

 

『え!?』

 

 

 やはり青い顔で虚勢を張るように予想を口にしたダージリンに続き、アッサムがとんでもない数値を読み上げみな驚きの声を上げた。

 

 

「ご覧なさいな」

 

 

 アッサムは愛用のノートPCのモニターを、周りの者達が見易いようゆっくりと翳して見せた。

 そこには愛に関するデータが表示されており、まだ蓄積されたデータ量自体がそれ程多くはないとはいえ、そこから導き出された数値は、アッサム本人も驚くものであった。

 しかしながらその見た目とは裏腹に愛は基本がパワーファイターであり、力負けした経験者達にとってそれは納得の答えであった。

 

 

「言ってる傍からホラ……」

 

 

 アッサムの視線が促す先のモニターに目をやると急発進したピンク・ハーツが、あまりの急加速にアスファルト上に火花を散らしながら、スネークダッシュでパンター目掛け突進して行くのだった。

 だが対峙したパンターとラングの乗員達は突然飛び出して来たピンク・ハーツと、それに続き空から降って来た美少女に虚を突かれて完全に対応が遅れていた。

 

 

「うわ、ホントに正面から行きやがった!」

 

 

 アンチョビも驚く大胆さで突撃するピンクハーツに、彼女だけではなくパンターとラングの両車の乗員達もパニックを起こしている。

 

 

「Wow!フルスロットルじゃない!」

 

 

 その凄まじい突進にケイの声も興奮気味だ。

 急接近する両者だが初動が遅れていた黒森峰側は最初から腰が引けていた為、その動きは全てにおいて遅く、そして隙だらけであった。

 

 

「あれはダメね、勝負にならないわよ!最初からあんなにビビってちゃあね!」

 

 

 カチューシャは勝負の行方をスッパリとそう断言した。

 そして彼女が断言した通りに、ビビったパンターが発砲したが全くの的外れであり愛は最初から避けようとすらしないのであった。

 更に距離が詰まった処で衝突を恐れパンターとラングは進路を逸らしてしまい、それを読んでいたらしい愛は瞬間的にリミッターの解除を許可すると、更に加速したピンク・ハーツは出来た隙間目掛けて突進すると、切通しの斜面をサーキットのバンクのように使い一気にその場を駆け抜けあっさりと離脱して行くのであった。

 

 

『お見事……』

 

 

 自らは一発の無駄弾も使う事なく、易々と窮地を切り抜けて見せた愛とピンク・ハーツの度胸と腕に、一同その短い一言を発するのがやっとであった。

 だがその先には黒森峰の本隊が行軍中であり、果して愛とピンク・ハーツは、如何にしてそれを切り抜けラブの下へと戻るつもりなのであろうか?

 極限の緊張状態はまだ暫く続きそうだ。

 

 

 




ヤク虎ですらこんな手で退けたのに、
マウス相手にラブはどんな手使うやら……。
まだ暫くは激戦が続きます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。