「あ、いえ、そんな…もう充分労いの言葉は頂いているのでこれ以上はどうかもう……」
厳島の親族に囲まれたアンチョビは代わる代わる声を掛けられ、風見鶏宜しくグルグルと回ってそれに対応を続けていた。
ラブはラブで彼女を助けようにも、西住の親族に囲まれているのでそれも出来なかった。
そしてどれ位の時間そうしていたのかアンチョビの息が切れ始めた頃、漸く両家からの攻勢も途切れて彼女もやっと解放されたらしかった。
「ふぅ…やっとか……それにしてもなぁ、何となく予想はしていたが厳島の一族って恐ろしいまでに美形しかいないんだなぁ……」
アンチョビが挨拶を交わした厳島の者達の整った容姿に、ラブが何故ああも美しいのかその理由の一端を垣間見た気がしたのであった。
視線を巡らせるとラブは西住の親族にまだ囲まれており、一緒にまほとみほがいるのだがその二人はどちらかというとラブの添え物といった感じがして、その様がどこか桃太郎のお供の動物のようで思わずアンチョビもクスッと笑ってしまったのであった。
「そうか…いくらみほの前でお姉さんしていても、ラブの前じゃ二人共妹な訳か……」
開放感からグッと伸びをしたアンチョビが周囲へと目を向ければ、各校の隊長格を始め名の知れた選手達は、軒並み両家の者達に捕まっていた。
特に大洗の首狩りウサギのリーダーであり、その年の新人王に当るヤングタイガー賞を受賞している梓は休む間もなく目をグルグルにしてテンパっている。
そしてその傍では救出しようとしたオレンジペコが、やはり西住の者に捕まり足止めされて独り途方に暮れていた。
「ありゃあ完全にとばっちりだよなぁ…気の毒ではあるが私じゃどうもしてやれん……」
下手に助け船を出すと藪蛇になるので、アンチョビは見なかった事にして食事に手を伸ばした。
それから暫く彼女も他校の者と談笑しつつ食事を楽しんでいたのだが、ホールのメインの扉から入って来た見覚えのある人物に目を留めた。
「あれ?あれは……」
アンチョビが気付くのと同時に、西住流家元である西住しほがその人物に近付いて行く。
そして二人が二言三言言葉を交わした処で、大きな声でその人物の名を呼びながら駆け寄って行く者があった。
「パパ!常夫パパ!」
現れた人物こそまほとみほの父であり、しほの夫でもある西住常夫その人であった。
「恋!っと、うわ!」
駆け寄った大柄なラブが豪快に飛び付き、慌てた常夫は全力で彼女を受け止めた。
「お父様!?」
「お父さん!」
突然ダッシュしたラブを追って走って来たまほとみほもやっと彼女に追い付いたが、飛び付いた相手が自分達の父親である事に気付いて目を丸くしていた。
「パパぁ?」
「え?今お父様って?」
「お父さん…お父さん……えぇ?」
頭上にクエスチョンマークを浮かべて困惑の表情をする者達に、彼と面識のあるアンチョビが補足するように説明をしていた。
「あの人がまほとみほのお父さん、西住常夫さんだよ」
「え?ああそういう事……」
「あらそうなの!?あ……目元がミホーシャそっくりね!」
「でもラブの常夫パパってのはいったい……?」
常夫とみほの目がそっくりな事に気付いたカチューシャがクスクスと笑っているが、ダージリンが初めて聞くラブのパパ呼びに首を捻っている。
「あ?あぁ、それはアイツが自分を可愛がってくれる大人の女性をママって呼ぶのと一緒だよ。ほら、ラブは小さい頃に一時期熊本でまほ達と暮らしてただろ?だからだよ」
全員アンチョビの説明で納得したのか成る程と頷いたが、同時にそれが彼女が両親を失った時の事であるのに気付き、そこで皆言葉を詰まらせていた。
「まあアイツの場合基本的に甘えたがりだからなぁ……」
アンチョビは苦笑いで、その話はそこで終わらせた。
「常夫パパ今日の試合見てくれたの?」
「ああ、マイバッハとクルップのエンジニアが本国から来ていてね、試合の話をしたら是非見たいというので、その連中をエスコートしていたからみんなとは違う場所で見ていたんだよ」
「そっか~、で?どうだった?」
「ああ、凄い試合だったぞ。黒森峰の大戦力相手に良くあそこまで頑張ったな。マイバッハとクルップのエンジニアも言葉を失っていたよ、Ⅲ号J型のチューンも凄いが乗っている選手達のレベルが桁違いだってな。それにその後の歌にも驚いていたぞ、お蔭で僕も鼻が高かったよ」
「えへへ♪」
常夫に褒められたラブが、今日一番の笑顔を見せる。
『うわぁ……』
『な、なんです?あの笑顔は……?』
『ちょ、ちょっとぉ!アレ大丈夫なの!?』
『Oh…あの表情……』
アンチョビは口の端を引き攣らせつつラブの弁護する。
「その…アイツは父親からの愛情飢えている部分があるからな……まあ察してやってくれよ……」
しかしさすがにそれは歯切れも悪く、彼女自身もそれ以上どう言ったものか正直解らなかった。
『あれって…やっぱりファザコン……?』
何とも微妙に生温い空気が漂う中、今まで見た事のなかったラブの一面を見た者達はどう反応したらよいか解らず曖昧な表情でそれを傍観していた。
「お~いラブ姉、そろそろいいんじゃない?」
「ん?あぁそうね、あなた達は大丈夫?」
「問題ねぇよ、そのつもりで軽めにしてたからな」
「おっけ~♪それじゃやろっか~」
ラブの下へとやって来た凜々子と夏妃の口ぶりとラブの受け答えから、皆彼女達が何を始めようとしているか即気が付いていた。
「Hey!ちょっとぉ!大丈夫なの!」
ハードな試合といつもより長めだったミニライブをこなし、尚も彼女達は歌おうとしている。
「勿論平気よ、これだけ人が集まっているのに歌わなかったらそれこそ私達死んじゃうわ♪」
「死んじゃうってあなたね……」
そう言うなりラブが得意の指笛を鳴らすと、AP-Girlsのメンバー達がホールの前の方にあるステージの方へと駆け寄って行く。
「あの子達あまり食べないと思ったらこういう事だったのね……」
カチューシャは彼女達の事をそれとなく観察していたらしく、AP-Girlsメンバー達が用意されていた食事にあまり手を付けていない事に気が付いていたようであった。
ホールに集まっていた者達も指笛と共に駆け出したAP-Girlsを何事かと見ていたが、ステージ前に集まり軽くストレッチをする彼女達を見て何が始まるか理解したようだ。
「亜梨亜様、宜しいのですか?」
「ええ、彼女達の自主性に任せています。彼女達ももうプロですから出来ない事はやりません」
亜梨亜の言う事は尤もだが、それでもしほはラブを筆頭にAP-Girlsのタフさに舌を巻いていた。
そしてステージに上がったラブ達は、一気に10曲程を歌い上げ宴席を大いに盛り上げたのだった。
「用意のいい事ね、あんな風にいつでも歌えるよう備えているなんて……」
AP-Girlsgがステージに上がると、Love Gun通信手の花楓が首に下げているネックストラップに付いていたUSBを音響機器に繋ぎ、彼女達の曲のカラオケが流れそれに合わせ歌い踊っていたのだ。
「戦車に乗って戦っていても歌うじゃない?あの子達ってやっぱり基本が音楽命なのかしら?」
ステージを降りたラブ達が本格的に食事を始めた姿を見ながら、少し呆れた様子でダージリンとカチューシャがそんな事を言い合っている。
歌う前に言っていた『歌わないと死んじゃう』ラブのそんな言葉が思い出され、見つめ合った二人は一瞬言葉が出なくなった後、力なく同時に呟いた。
『ハハハ…まさかね……』
その後食事を満喫した彼女達だが、いつもであればそれで解散となるにどうも今回は少々様子が異なっていた。
「みほ、アナタ今夜は
エリカの有無を言わせぬ口調に、さすがにみほも驚いている。
「ふぇ!?な、なんで急に?」
突然の事に驚くみほの背後では、何故か杏が意味深な笑みを浮かべエリカに目配せをしていた。
「あ、ああああんざいぃぃ……こ、今夜は
「だから何でオマエは普通に誘えないんだ!?誤解を招くような事を気持ちの悪い声で言うなぁ!」
エリカの入れ知恵でアンチョビを黒森峰に招待しようとしたまほであったが、根が真面目に過ぎる彼女はそれだけで興奮して目を血走らせ、鼻血でも出しかねない勢いでその様子はまるでやりたい盛りの体育会系男子高校生みたいであり、さすがにアンチョビも引いている。
『全くあの
さり気なく誘うように言っておいたにも拘わらず、わざとらしさと怪しさ全開のまほにエリカは頭痛を覚え頭を抱えたくなっていた。
「ドゥーチェ!いつも済みません、ウチの隊長脳筋なんでこんな誘い方しか出来なくて……」
「だ、誰が脳筋だっ!?」
「アナタの事です隊長、いつまでもそんな調子だと本気で捨てられますよ?」
「す、すて!?エ…エリカ……?」
折角まほの為に奔走して来たが、当の本人がそれを台無しにしそうでエリカもここは敢えて手厳しくまほをやり込めるのだった。
口をパクパクさせて言い返す事が出来ないまほを、さすがにアンチョビも冷めた目で見ている。
「ま、今に始まった事じゃないけどな……」
まほを叱り付けたエリカの視界の隅、呆れ顔のアンチョビの背後では先程の杏同様カルパッチョが、薄っすらと笑みを浮かべ小さく頷いていた。
多少の問題はあるものの、それでもエリカと愛の企みは着々と準備が進んでいるようだった。
「さ、それじゃあ帰って明日に備えるよ!」
宴会も終わりラブはAP-Girlsのメンバー達に撤収するべく招集を掛ける。
明日はいよいよ熊本での最終日、ラブにとって第二の故郷でのステージだけに気合の入り方も並々ならぬものがあり、メンバー達もそれは肌で感じ取っていた。
「それじゃあしほママまた明日ね、常夫パパも来てくれるんでしょ?」
「ああ、楽しみにしているよ。でもいいのかい?招待なんてして貰って?」
「当然よ、大切なパパとママからお金を取る子供が何処の世界にいるのよ~?」
ラブの『パパとママ』でグッと来たしほと常夫は感極まって目頭に熱いものが込み上げて来たらしく、常夫などは顎を梅干しにしてそれを必死に堪えていた。
一方のしほは何か思う処があるらしくその視線娘二人に向けたのだが、肝心の娘二人はそれに気付くと速攻で目を逸らしていた。
「……」
想いそれぞれ、悲喜交々な熊本の夜は更けて行く。
「あの…エリカさん、その…本当にいいのかな……?」
みほの眼前には、嘗て自分も暮していた黒森峰機甲科の寮がその赴きある佇まいを誇っていた。
ここを出た時の事を考えると、彼女が再びそこに足を踏み入れる事を、どうしても躊躇してしまうのも無理のない事であろう。
「は?今更何言ってんのよ!?みんな納得している事よ?」
「でも……」
「ああもう……私がいいって言ってるんだからいいのよ!」
「うん……」
それでも尚重い足取りみほは、遠慮がちに門の中へとその一歩を踏み入れた。
「お帰り…みほ……」
「……エリカさん!」
エリカはやっと一歩を踏み出したみほを力強く、だが優しく抱きしめてやるのだった。
『わ!ちょ!押すなって……うわぁ!』
「な、ナニやってんのよアンタ達は!?」
寮の入口でみほの事をエリカが抱きしめていると、様子が気になり身を乗り出し過ぎた出歯亀達が下駄箱の陰から雪崩を打って転がり出て来た。
「うわっ!ヤバっ!」
「何下らない事やってんのよ!?サッサと部屋に戻りなさい!」
キレたエリカの怒号が響くと、小梅や直下を始め野次馬達がクモの子散らすように逃げて行く。
「フン!さ、みほ、行くわよ!」
「…うん……」
エリカに手を引かれ寮へと入って行くが、彼女は俯き耳まで真っ赤になっていた。
「まだやるか……」
みほの手を引き寮の廊下を自室へと向かうエリカだったが、その進路上の全ての部屋の扉が少しづつ開いており、その隙間に当然のように野次馬達の好奇の瞳が光っていた。
「アンタ達明日はAP-Girlsのライブなしで特別訓練にされたいの!?」
またしてもエリカが発した怒号に扉は大慌てで一斉にバタバタと閉じて行き、再び彼女は不快気に鼻を鳴らすのであった。
「って何よ!?」
肩をいからせ野次馬共をどやし付けたエリカの姿にクスクスと笑いだしたみほに、振り返ったエリカがクワっと牙を剥いた。
「え?あ、ごめんなさいエリカさん…その、何だか懐かしいなって思って……」
「ハァ!?何がよ?」
「うふふ…私もよくあんな風にエリカさんに怒られてたなって思って……」
昔を思い出したのか、エリカは目をシロクロさせ若干狼狽えながら声を荒げた。
「なっ!だってあれは……もう!バカな事言ってないでサッサと歩きなさいよ!」
「…はい……」
尚もクスクスと笑いながら、みほはエリカの後に続き懐かしい廊下を歩いて行った。
「フム、これが西住の部屋か……」
その部屋は住人の性格がよく反映され、整理整頓され手入れの行き届いた部屋であった。
「適当にその辺にかけててくれ、今お茶でも淹れるから」
「あ~、もう寝るだけだからそう気を使うな」
「いや、本当にお茶…日本茶を淹れるだけだから……」
「そうかお茶か、なら頂こう」
いくらドイツ色の強い黒森峰とはいえそこに集うのは日本人の少女達であり、日本茶も飲めば煎餅や夜食にカップ麺も食べ、それはおそらくどこの学校でも同じであろう。
これはあの聖グロですら当てはまる事であったが、隊長であるダージリンは夜遅くに小腹が減りカップ麺のうどんや蕎麦などをすする姿を、隊員達に見られるのを何よりも屈辱と感じているようで、特に容赦なく弄って来るアッサムなどに見つかった日には死にそうな顔になるらしかった。
「ふ……」
「な、なんだよ?」
「いや、こんな処は何処も皆一緒なんだろうと思ってな……」
「え?ああ、そういう事か…多分、いやきっとそうだろうなぁ……」
自分の湯呑の中の緑茶を一口啜った後に、まほもぼんやりとそう答えた。
「まあ取り敢えずお疲れだったな」
「ん、あぁ……」
アンチョビが湯呑を酒杯のように掲げて見せると、まほも笑って同じようにして見せた。
「ふぅ…観閲式で再会してから今日まで怒涛の展開だったが、アイツら……AP-Girlsのタフさと来たら私の想像の遥かに上を行くものだったなぁ……」
「確かにな…ラブ以外は正真正銘の一年生という事を考えると驚異的だよ、しかも総勢25名で戦力はといえばたった5両のⅢ号J型のみであの破壊力だ、今後それが増強されたら……」
「されたら?」
そこで言葉に詰まったまほが何を言おうとしているかは察しが付いたが、それでもアンチョビは敢えて言葉にして問わずにはいられなかった。
「来年…とは言わないが全国大会も
そのまほの声音には、多分に彼女の願望が込められているとアンチョビは感じていた。
あの事故からここまでの三年間、独り地獄の底を彷徨い続けていたようなラブに、せめてそれ位の花を持たせてやりたいと考えるのはまほだけではなかった。
実際に現実問題としてラブの率いるAP-Girlsはそう思わせるだけの実力を備えており、彼女達がそんな事を考えるまでもなく、その実力を以ってそれをもぎ取る可能性は充分あると思われた。
「何にしても絶対はないから何とも言えんが、確かにラブならやるかもしれん……まあ残念ながら私らはその頃には舞台から退場しちまっているがなぁ……」
話をそれ以上重くしたくないアンチョビは、おどけた仕草でヤレヤレと肩を竦めて見せた。
「そうだなぁ…だがこればかりはしょうがない、精々後輩達に足掻いて貰う事としよう……まあ若干気の毒ではあるがな」
それが解っているまほの言い草に、アンチョビも声を出して笑っていた。
「さて、そろそろ休むとしようか。お前達は一日お休みでライブもあるからいいが、さすがに私は帰投せにゃならんからな」
「え?あ、そうかラブから直接聞いてなかったのか。明日のライブ、安斎の分の招待状を私がラブのヤツから預かっているんだが……」
「は?」
まほは言われて思い出したように、懐からAP-Girls専用の桜色の凝った意匠を施された封筒を取り出すとアンチョビの方へと差し出した。
「あ、あのなぁ!そういう大事な事はもっと早く言えよなぁ!」
「す、済まない…浮かれていたものでつい……」
「しょうがないヤツだなぁ……」
受け取った封筒を開き中身を取り出せば、出て来たのはラブのネーム入りネックストラップホルダーに入ったLOVE'S VIPのゲストパスで、それはサンダース戦の際にやって来た大学選抜のメグミに支給された物と同じであった。
「アイツまたとんでもない代物入れてよこしやがってぇ……」
AP-Girlsのライブチケットの入手困難度を知っているだけに、出て来た物に驚いたアンチョビは片手を頭に当てて呻くように呟いた。
「な、なんか今回はみほと安斎は
まほの言う
「あ…いやその、あんざいぃぃぃ……」
「だからその変な声を出すなぁ!」
その夜、辺りを憚り声を殺した二人の交わりは、その独特の背徳感から余計火が着きいつも以上に濃密で淫らなものであったようだ。
「みほ──!みほ──!」
「エリカさん!」
その一方ですっかりテンションが上がり辺りを憚る事も忘れたケダモノ達は、その夜周囲にオカズ音源を提供してしっまったらしかった。
明けて翌朝の事、まほを筆頭に黒森峰機甲科で昨日の試合に出場した者達は、格納庫前に集まり目の前にある物に驚き大きく目を見開いていた。
何故なら彼女達の前には、試合中ラブが橋を落とした為に回収出来なくなっていた自分達の戦車が、1両も欠ける事なく全車帰投していたからであった。
「い、いったいどうやって?……えぇ!?」
「それが試合終了直後から笠女施設学科の生徒達が仮設橋を敷設して、その後回収作業も行ったそうでして……」
まほの隣で報告するエリカも信じられないといった表情で、受け取った笠女校章入りの正式な受領書が纏められたクリップボードを差し出した。
「徹夜で橋を掛けたのか……」
「いえ、橋自体は私達が寮に戻った頃には掛け終わっていたらしく、戦車の方は早朝から作業班が回収して来たんだそうで……」
「なんだってぇ!?」
エリカの更なる報告に、まほはこれ以上はない程にその目を大きく見開いていた。
「とんでもないのはラブ達AP-Girlsだけじゃないんだな……」
「ハァ……」
何から何まで規格外な笠女がやる事に、彼女達は只々驚くだけであった。
そしてその驚きと共に、6連戦最後の祭りの幕が切って落とされた。
まほ達が朝食を摂り終えた頃には黒森峰学園艦の母港である熊本港に雷鳴が轟き、笠女が保有する超弩級上陸用舟艇S-LCACの体験搭乗が開始されており、早朝であるにも拘わらず港もその周辺も既に多くの人で埋め尽くされ、間違いなくこの6連戦で最高の人出であるのは間違いなかった。
「うひゃあ凄いな…
「あ、あぁそうだな…まさかこれ程とは思いもしなかった……」
艦上から見下ろした眼下の港を埋め尽くす人また人に、まほとアンチョビの二人も呆然とするしかなかったが、既にイベントをスタートさせているラブ達にはそんなヒマすらなかった。
回を追う毎に改善して来た運営スタイルであったが、あまりの人の多さに捌き切れるキャパシティを完全に越え、ラブ達も休憩時間返上で臨時の追加イベントを行い対応に当っていた。
そして迎えたメインのライブは艦内のみならず、港にもパブリックビューイングのスペースが複数展開されたにも拘らず、つめかけた人の多さに途中から来場者の大まかなカウントすら不可能となる事態に見舞われていたのであった。
『お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛────!』
ステージ上に現れたラブ達の衣装に、まほを始め黒森峰の隊員達が大興奮している。
五月祭やオクトーバーフェストなど、艦内各種イベントの際に着用する事で黒森峰の生徒達にはお馴染みの、ディアンドルを身に付けたAP-Girlsの登場にアリーナ内は大いに沸き立っていた。
特に黒森峰の隊員達の盛り上がりは只事ではなく、既にハァハァしている者もいる始末だった。
何しろたわわの自己主張が激しいAP-Girlsだけに、そのデザインの特性上日頃からプルンプルンととても元気の良いたわわがより強調され、一層ポヨンポヨンしているのであった。
「隊長?
「う……わ、解ってるよぅ!」
例によってお気に入りの夏妃がディアンドル姿で可愛くプルンプルンする姿に、テンションMAXになり掛けたまほだが、エリカに耳打ちされ寸での処で危機を回避していた。
「それにしても……」
「あぁ……」
ラブが躍ればたわわも踊る、しかもその踊り方がいつも以上に激しく見える。
『も、もしかしてノーブラ!?』
胸元が大きく開きそのグランドキャニオン級の深い谷間に目を血走らせ釘付けとなり、鼻息荒いケダモノ達は今にも鼻血を吹き出しそうになっていた。
それからその後も数度衣装をチェンジしつつ進行して行ったステージも、ラストパートで現れたラブ達の姿にアリーナ内はその日最高の盛り上がりとなるのだった。
まもなく発売されるシングルに先行し、その場で発表された新曲のモチーフに合わせたその衣装は、砂漠の狐風のミニスカ軍服とモフモフな狐の耳としっぽが生えており、その可愛さにまほ達は皆揃って萌えに萌えていた。
「か、可愛い♡」
「いや~ん♪モフモフした~い♡」
「ねぇ?あの耳としっぽ動いてない?」
「でもなんで砂漠の狐なのにラブ先輩だけ九尾なの?」
萌え放題のステージは前日のミニライブ同様いつもより多くのアンコールに応え、盛り上がり過ぎな程の盛り上がりで、大盛況のうちに無事にその幕を閉じた。
「サンダースの時の天使の翼といい、今回の耳としっぽいい一体全体どうなってんだぁ?」
VIP席からみほを伴い現れたアンチョビが、ステージを降りたばかりのラブに開口一番そんな事を言ったが、その背後にいるしほと常夫も同様の思いなのか相当驚いた顔をしている。
「え~?ナイショ~♪」
「あのなぁ……」
「でも本当に本物にしか見えないわねぇ……」
「そお?」
驚いた様子のしほがそう言う間にも、耳やしっぽがラブの感情の起伏に併せるようモフモフと本当に彼女の身体の一部のように動いていた。
「でも何で恋だけが九尾のしっぽなんだろう?」
「え~?私も知らないけど出来上がったらこうなってたの……」
『そりゃアンタ、どう考えたってこの女が女狐の女王だからでしょ……』
みほの父親だけあり若干天然気味な常夫と、こちらはその辺が一切読めぬラブとの会話に皆がそう思っていたが、それを口に出す者はいなかった。
「いやまあよく似合ってるからいいんだが……」
「ホント!?ホントに似合ってる?常夫パパ!?」
「あぁ、本当だとも」
「やた~♪」
ラブが激しくはしゃぐのに合わせ、九尾のしっぽがモフモフと揺れる。
『ホントに一体どうなっているんだろう……?』
あまりにも動きが自然なので、皆ラブが本当に九尾狐なのでは思い始める程だ。
「あれ?安斎、それにみほも来ていたのか……ってお父様とお母様も!?」
主力選手を引き連れ現れたまほは、両親まで楽屋に来ていた事に驚いている。
「やっと恋のステージを見る事が出来たからね、一言感想を伝えたかったんだよ」
「それでそれで!?どうだったかな?」
「あぁ勿論素晴らしかったよ、よく頑張ったな。子供の頃からの夢が叶ったんだなぁ」
「きゃ~♪」
喜びの感情を爆発させたラブが常夫を熱烈にハグする。
「うわぁよせよせ……」
九尾のしっぽも大爆発させてはしゃぐラブに、常夫も閉口している。
『マジであのしっぽはどうなってんだ!?』
笑いと驚きが楽屋に溢れる中いつまでもこの格好のままではいられぬと、凜々子がハイテンションではしゃぐラブにストップを掛けた。
「ほらラブ姉、いつまでもこのままじゃ汗が冷えて来て風邪ひいちゃうわ。早くシャワーを浴びましょ、話はそれからでも……ね?」
「あ……うんそうね、解ったわ」
ラブも我に返り、皆と食事でもしながら話をしようと約束をすると、AP-Girlsのメンバー達と一緒にシャワールームへと向かうのであった。
そのラブの背後では、愛とエリカが目配せをしている。
若干段取りが違うようだが、その様子からするとその程度は許容範囲という事なのだろう。
ここに来て、遂に二人の謎の企みが動き始めたようであった。
戦車戦は終わったんですが、これからまた新展開がw