※昨日の冒頭英子のセリフの脱字は修正致しました。
ご指摘ありがとうございました。
明けて翌朝の事、新港総合病院には時間外であるが、千代美の様子を見に来た出勤前の英子と亜美の姿があった。
が、しかし……。
千代美の居る病室の入り口ではおずおずと中を覗いたり引っ込んだりする英子。
その様子にいい加減堪り兼ねて亜美が英子を突き飛ばす。
「何をそんなトコでウジウジしてんのよ!」
「わ!何すんのよ亜美!」
病室入口でたたらを踏み声を上げる英子に、丁度朝食を食べ終えていた千代美も気が付いた。
「あ、英子さん」
「う、あ…その千代美ちゃんおはよう…その、気分はどう?」
「もう大丈夫です、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「それでその~、昨日はね、変なトコ見せちゃってごめんなさいね…あの、そのね何と言うかそのコレで私の事嫌いになったりしないでね…?」
昨日の英子の姿を思い出し、今目の前で上目使いでモジモジしている姿とのギャップに、思わず千代美もクスリと笑ってしまう。
「大丈夫です、昨日の英子さんとってもカッコ良かったですよ」
そう言われ思わず赤くなってしまう英子。
一方傍でそのやり取りを聞いていた亜美がつい口を挟む。
「
「人聞き悪い事言うな亜美!」
「えっと、教官?」
思わず噛み付き返す英子。
そしてそんなやり取りに首を傾げつつ千代美から疑問の声が零れるがしかし。
「あら?
「…亜美…さん」
満足げに亜美がニンマリとした顔になる。
「あの、それでお二人って一体?」
それには英子を邪険に押しのけつつ亜美が答える。
「ああ、英子とは高校戦車道時代からの腐れ縁よ。私らの世代はこの吶喊馬鹿には散々苦労させられたわ。何しろ三年の時の全国大会なんて一回戦で当たった黒森峰を負けたとはいえ実質壊滅状態に追いやって、試合終了後の挨拶の時には煤けた姿で不敵に笑う知波単に対して、黒森峰の選手全員が恐怖で大泣きしててどっちが勝者か解らなかった位だもの」
「え゛ぇ゛?」
「本当よ、当時を知る者の間じゃ未だに語り草だもの。特に黒森峰で対戦したOGなんて今でも思い出しただけで涙目になるもの」
「そんなに…」
「そんなのウソよウソ!千代美ちゃん信じちゃダメ!」
「だまれ
「大猪言うなっ!」
そのおかしな英子と亜美のやり取りに堪らず千代美はクスクス笑い出してしまう。
「良かった…やっと笑顔になって。千代美ちゃんはやっぱりその方がいいわ」
「英子さん…」
「ほら!もうしんみりしないで」
「はい!」
笑顔に戻った千代美に英子と亜美も胸を撫で下ろす。
そしてひとしきり笑った後に英子は本題に移る。
「それでね、今日退院になるのかな?」
「はい、一応この後診察を受けますけど多分昼前後に」
「そう……」
それを確認すると少し考え込んだ後、英子は亜美の顔を見やる。
その視線を受けた亜美も無言で頷く。
すると今度は視線を千代美に戻し英子はこう告げる。
「あのね千代美ちゃん、こんな事になってさすがにあなたを今日直ぐに帰す訳にはいかないと思うの。退院して早々に長旅はいくらなんでも無理があるわ。それでね、今少し体調が整うまで私の部屋で過ごしなさい」
そう言うとポケットからキーホルダーを取り出すとマンションのキーを外し亜美に託す。
一方の亜美もそれを受け取り続けて千代美に声を掛ける。
「今は英子の言う事を聞いて。英子はこれで出勤しなければならないけど、私が退院出来たら英子のマンションまで一緒に行ってあげるから。ただその後は私も東京に戻らなければならないからそこでお別れになるのだけど」
「出来るだけ早く上がるつもりだけど、それまで私の部屋の物は何でも好きに使ってくれていいわ。本なんかもどれでも読んでくれて構わないし」
そこまで言い掛けて英子は思い出した様に亜美にこう言う。
「そうそう、本って言えば凄いのよ亜美。千代美ちゃん小説を書いてるらしいのよ」
「あぁ~!それは~っ!」
英子の言葉に顔を赤らめて声を上げる千代美。
そこに英子は目にはいたずらっ子の光を輝かせ更に重ねる様に言葉を続ける。
「何だっけ?確か恋愛小説とか書いてるんだったわよね?」
「あら!?それは是非読んでみたいわね~♪」
亜美までが英子に調子を合わせ胸の前で手を組み歌う様に言う。
それに対して千代美はと言えば更に顔を赤らめこう答えるのがやっとだった。
「もう恥ずかしいから止めて下さいぃぃぃ……」
そして英子が職場に向かった後、亜美と取り留めもない会話をしていた頃千代美も診察に呼ばれ、無事退院の許可を貰う事が出来た。
その後は少ないとはいえ荷物を纏め会計を済ませ様とした処、既に英子と亜美の手によって前倒しで会計処理は済まされていた。
この時千代美の手荷物を確認した英子により、病院に戦車道履修者専用健康保険証が提出されており正規の料金で済んでいた事も知る。
日頃から携行していたのが思わぬ形で役に立ったのだった。
それからいざ病院を出るにあたっては、例によってマスコミを警戒し裏口にタクシーを呼び極力目立たぬよう心掛けねばいけないだろうと千代美は考える。
「千代美さんタクシー来たわよ」
「あ、ハイ」
目の前に滑り込んで来たタクシーに乗り込む際にふと病院を見上げる。
そこには未だ意識の戻らぬラブが居る。
「ラブ……」
「千代美さん?」
「あ、すみません」
メモを見ながら亜美さんが運転手さんに行き先を告げ、タクシーは病院を後にする。
車窓を流れる街の様子はとてもあんな事があったとは思えない普通な光景。
そんな街並みをぼんやり眺めているとあれが全て悪い夢であったらと思ってしまう。
でもそれは全て現実で今もラブは苦しんでいる……。
「さあ、着いたわよ」
亜美さんに掛けられた声に思考が中断する。
タクシーを降りエレベーターで英子さんの部屋の階に昇って行く。
部屋に入ると早々に私に預かっていた鍵を託すと共に、くれぐれも無理をしないよう言い残し東京に向け部屋をあとにした。
今回の事でとても忙しいはずなのに私の事で申し訳ない事をしたと思う。
そんな事を思いつつ取り敢えず窓を開け外の空気を部屋に入れる。
私はクッションに腰を下ろし改めて部屋を見回して見た。
好きに使ってくれていいと言われてもやはりちょっと気が引けるものだ。
そんな中ふとテレビの乗るラックに並ぶDVDが目に留まった。
英子さんがどんな映画が好きなのかちょっと興味が湧きラインナップを見ると、戦車道履修者には定番の戦車映画が並んでいる。
その殆どが私も持っている物と同じでちょっと可笑しくてクスリと笑う。
そんな中に無地のケースのDVDが何枚か並んでいる。
手に取ってみるとディスクには手書きのタイトルが書かれてある。
そのタイトルは……。
「臨中VS黒森峰……私の所のもある…」
躊躇いに似た感覚も覚えつつも黒森峰戦のDVDを少し震える手でセットする。
どうやら地元ケーブル局の録画中継を焼き付けた物らしい。
「これは…16号戦だ…」
次回でやっと過去話ですが戦車戦が登場します。
とはいってもほんの少しなんですけどね。
それにしてもお気に入りと評価が凄くなって来た~。