「あら?ねえちょっと、私の着替えは?」
ステージ終了後シャワーで汗を流したラブはバスローブ姿でロッカールームに戻ったが、自分の専用ロッカーに入れておいたはずの制服がない事に気付き不思議そうな顔をしている。
制服を掛けておいたハンガーがそれごとなくなっており、そもそもが専用ロッカーで他の誰かが間違える事はないのに忽然と消えているのであった。
「あ…インナーはある……」
ロッカーの下段の籠の中には新しい下着が残されており、いよいよ訳が解らなくなったラブは90度近くまで大きく首を捻っていた。
「何で……?」
「オホホホホホ!その答えはコレよ!」
何故か突然わざとらしく高びーな笑い声を上げた凜々子が指を鳴らすと、ロッカールームの扉が開き黒森峰の制服の一団が整然と入室して来た。
しかし彼女達の制服は日頃目にする黒森峰の制服とは若干デザインが違うようだが、いきなりの事でラブは気付いていなかった。
「え…え?何よ……どゆことぉ?」
状況を飲み込めぬラブは、きょとんとした顔で固まっている。
するとそこへロッカールームの外から、更に聞き覚えのある声が何やら騒ぎながら近付いて来るのが聞こえた。
「なっ、ナニ、どうしたのエリカさん!?離して!何で?なんか顔が怖いんだけど!?」
「オイ!どういう事だカルパッチョ!?オマエら先に帰ったはずだろう?やいぺパロニ!オマエもニヤニヤしてないで答えんかぁ!」
騒ぐ声の主は誰かに聞くまでもなくみほとアンチョビに間違いないが、何故彼女達がここに来て騒いでいるのか理由が解らず彼女は更に不思議そうな顔になった。
「え~っと……」
そうこうしているうちに騒ぐ声はどんどんと近付いて来て、やがて連行されるような格好でみほとアンチョビがロッカールームに入って来た。
「みほ!千代美!?ねぇ、一体何がどうなってるのよ!?」
完全に訳が解らぬラブが答えを求めて視線を巡らせると、みほの背後で彼女の関節を極めその動きを封じているエリカと目が合ったがみほが怖いと言っていた表情も、よく見ればその目は吹き出す寸前のように笑っているのが見て取れた。
そして二人はロッカールームに入室した処でラブの方へと突き飛ばすように解放され、勢い余った二人は揃ってバスローブを突き上げるラブのたわわな阿蘇山へと入山した。
「いやん♡」
「きゃ!」
「うわぁ!」
ポヨンと跳ね返された二人が転ばぬようラブは咄嗟に抱き止めたが、それは自殺行為であった。
『あぁ♡』
「ちょっ!二人共!?」
抱き止められた二人はその素敵な感触に、仲良くたわわに埋もれた顔をグリグリし始めた。
「や…ダメっ!あ……二人共……鼻息が!」
今度はラブが二人を引き離そうとするが、クンカクンカするのに夢中で離れようとしなかった。
すぱ────んっ!
『ハッ!?私は何を!?』
エリカとカルパッチョがそれぞれ同時にみほとアンチョビの後頭部を履いていた靴で力任せに引っ叩くと、我に返った二人は慌ててラブの胸部重装甲から離れるのだった。
「私は何を?……じゃない!人のおっぱいを何だと思ってんのよ!」
「す、スマナイ…あまりに良い香りがしたからつい……」
「ふぇぇ…ご、ごめんなさい……」
完全にはだけて丸出しになってしまったたわわを、必死にバスローブの前を合わせて隠しながらラブはみほとアンチョビを叱り付け、二人も自分の見境のなさに小さくなっていた。
「そ、そうだ凜々子!これは一体どういう事!?説明しなさいよ!さっきのはどういう意味なの?それにこの人達は誰なの!?」
ラブのたて続けの疑問の声に呆けたように周囲を見回したみほは、ロッカールームにいる黒森峰の制服の一団を見て悲鳴を上げた。
「うえぇ!
プルプル震えるみほの指の先にいる少しデザインの違う制服の者達は、
「親衛隊と秘密警察て……あ!カルパッチョ!それにぺパロニ!オマエラもどういうつもりだ!?」
ラブとみほとアンチョビ、状況がさっぱり解らない三人がそれぞれに騒いで中々にカオスだが、それ以外の者達は至って普通の顔をしていた。
「ねえ!何でもいいけど早く服を着させてくれない!?それこそ風邪ひいちゃいそうなんだけど!てか私の制服は?いつまでこの格好でいればいいワケ!?」
掻き寄せたバスローブで胸元を覆い隠しながら肝心の着替えもなく大人数に囲まれたラブは、涙目になって強い口調で言い募った。
「申し訳ありませんラブ先輩、こちらに着替えは用意してありますから」
キレたラブの前に何故かエリカが歩み出て、ラブからしたらかなり不思議な事を言った。
「へ?なんでエリカさんが?」
思いがけない展開にラブがポカンとした顔になったが、構わずにエリカが目配せをすると黒森峰生徒会の者達が3体のトルソーをロッカールームに運び込んで来た。
「何コレ?どういう事?」
ラブが更に訳が解らないといった顔になると、彼女の傍に風紀委員がみほとアンチョビを半ば強引に並ばせた。
「あ……ちょっと!何で!?」
「オイコラぁ!どういう事だぁ!?」
取り囲まれた三人は、雰囲気がおかしい事にオドオドし始める。
「ね、ねぇ…ホントなんなのよぉ……?」
「オホホホホホ!まだ解らないのラブ姉!?」
「り、凜々子……?」
再びわざとらしい高笑いをする凜々子に、ラブは引き攣った顔を向ける。
「ラブ姉、アナタは売られたのよ黒森峰に!明日からはソレを着て一兵卒として戦車に乗るの……そう黒森峰でね!ああ可笑しい!アナタはもうAP-Girlsリーダー厳島恋じゃないの、黒森峰の新米隊員厳島恋なのよ!アハハハハ♪ホント傑作だわ!」
「凜々子…そのキャラいい加減ウザいわ……」
「ちょっとその後頭部叩きたくなったわ……」
そのあまりのわざとらしさに、ゲンナリした表情の夏妃が力なく突っ込み、鈴鹿もクールな彼女に珍しく表情に苛立ちを露わにしていた。
しかしラブは呆然と目の前のトルソーに掛けられた、どうも自分の為に仕立てられたらしい黒森峰のパンツァージャケットを見つめている。
「オイオイオイ!まさかそのパンツァージャケットは!?」
「えぇドゥーチェ、あなたにもそれを着て貰います」
「姐さんも黒高に売られたんっスよ!」
「お前なぁ!」
見事アンチョビを謀ってみせたカルパッチョと、それに乗っかり調子よく騒ぐぺパロニを睨み付けたが二人揃って全く堪えていなかった。
「じゃ、じゃあその制服も……?」
「あぁみほ、あなたのは家元に連絡して実家で保管されていた物を持って来て頂いたわ」
「お母さんに……」
事此処に至って、漸くラブもおぼろげながら自分がはめられた事に気付いたようだ。
「で、でもサイズの方はいったい……?」
「それは事前に愛から最新の情報を流して貰いました。あ、ドゥーチェのほうも同じようにカルパッチョに協力して貰いました」
「こ、個人情報!って愛が!?」
「ハァッ!?か、カルパッチョ!?」
ラブが愛に目を向けると、彼女も可愛らしくにっこりと微笑んで返して見せた。
「あ…あああ愛!?あなたそういうキャラじゃないでしょ!?」
さすがにラブも愛のそのリアクションにイラっと来たようであった。
「さあ、本当に風邪をひいてしまいますから早く着替えて下さい」
「いや!だから何でコレなのよぉ!?」
クール且つ冷静に何でもない事のように言うエリカにラブも抵抗して見せたが、彼女は問答無用とばかりにひとつ指を鳴らした。
『ヒッ!?』
ゾンビ宜しく襲い掛かる者達に取り囲まれた三人が、短く悲鳴を上げた。
「やっ!だから剥かないでぇ!」
「うひゃあ!」
「ふぇ────!?」
あっと言う間にひん剥かれた三人は逃げ出そうとしたがロッカールームの隅に追い詰められ、すっぽんぽんで胸元を隠して座り込みプルプルとくっ付いて震えている。
「だ、だからなんで下着まで脱がされにゃあならんのだぁ!?」
「私なんてバスローブしか着てなかったのにぃ!」
『いやあ、勢いでつい……♡』
「ふえぇ……」
しかしそれで反省するような連中ではなく、三人で寄り添って怯える彼女達に向かってインナーや制服を手に、ケダモノゾンビたちはジワジワと迫って行く。
「や、ヤメロお前等ぁ!自分で着られ……うひゃあ!」
「ちょ!ブラ付けるだけなのに何で揉む必要があるのよ!?」
「ら、らめぇ!先っちょコリコリする意味が解らないよ!?」
パンツァージャケットを着せられているのかセクハラされているのか解らぬ状態の三人がヘロヘロになった頃、やっとパンツァージャケットを着せられ解放してもらえた。
「もういや……」
「何で私がこんな目に……」
「……」
しかし着替え終わった三人を前にして、その中でも久し振りで見たみほの黒森峰のパンツァージャケット姿に、エリカを始め隊員達は感極まったようにウルウルしていた。
だがやはりエリカは抑えが効かず、滝のように涙を流し始めてしまうのだった。
『うわぁ…そんなに……?』
突き刺さる視線に、みほは只ひたすら独りアワアワとしていた。
「ねぇ!いい加減何でこんなモン着せられたのか説明してくれないかしら!?」
黒森峰のパンツァージャケットを身に付けたラブが、腰に両の手を当て胸をそびやかせ周囲をねめつけながら強い口調で言い放った。
ゴクリ──。
その着衣のデザインのせいで、ドSの女王様に見えるラブの姿に皆揃って生唾を飲み込む。
とにかくストイックな赤と黒の黒森峰のパンツァージャケットは、ラブの超重戦車なたわわでダイナミックなボディをより一層エロく見せているのだった。
オマケに脚にも酷い傷痕を残す彼女の為に、オーバーニーも穿かされている事も手伝って、破壊力の方は世界最大の列車砲グスタフを上回る程だ。
「な、なによ!?」
血走った目でハァハァし始めたケダモノ達相手に、嫌な予感しかしないラブは腰が引けている。
「だぁ~かぁ~らぁ~、ラブ姉は黒森峰に売られ──」
「いや凜々子、ソレもういいから……」
いい加減しつこい凜々子の話を面倒そうに遮った夏妃は、助けを求めエリカに目を向けた。
「驚かせて申し訳ないですがラブ先輩とドゥーチェ、それにみほの三名には四日間の超短期ではありますが、我が黒森峰に留学して貰います」
『へ?』
ラブとアンチョビとみほは同時に間の抜けた声を上げ、エリカの口から出た突然の話に思考が付いて行けず頭の中が真っ白になっていた。
しかしそれまでの何処かふざけた雰囲気を一変させたエリカは、真面目な声で何故このような暴挙に及んだか語り始めた。
「もし…もし三年前の事がなかったら、ラブ先輩はこのパンツァージャケットを身に纏っていたはずでしたよね……?」
『あ……』
「私が御一緒させて頂いたこの二年、想えば隊長は常にラブ先輩の姿を求めていたように思います。そしてそれはドゥーチェ…安斎先輩にも当てはまります。そして……たらればな話ですが、もしお二人がいらっしゃったらあんな事も起こらなかったのかもしれません……」
そう言うエリカの視線はみほに向けられている。
「エリカさん……」
最後は少し寂しそうになったエリカの声に、やっと彼女の意図をラブ達も理解したのだった。
「ですから…例え短期間でもいいから西住隊長の……まほさんの願いを叶えて貰えませんか?」
そのまほが胸の内に秘めているあろう細やかな願い、笠女学園艦で一緒にティーガーⅠに乗って以来一層強くなっていたまほの願望を叶えたいと奔走して来たエリカは、最後はやや悲痛な口調と声音で懇願すると共に頭を下げるのだった。
「もう…バカねぇ……それならそうと最初から言えばいいのに……」
気のせいか瞳を潤ませたように見えるラブは、エリカを抱き寄せその髪をそっと撫でてやった。
「すみません……」
「でもさぁ、ここまでやる必要あるぅ?何かすっごいおっぱい揉まれ損な気がするんだけど?」
「あ…それはその……」
抱きしめたエリカの耳元でそんな愚痴をわざとらしく色っぽい声で囁きながら、ラブはほわっと彼女の耳に熱い吐息を吹き掛けていた。
「あふぅ~ん♡」
エリカは耳を擽る熱い吐息と仄かに香る湯上り特有のシャンプーの甘い香りに責められて、腰砕けでラブに抱かれ蕩けている。
「あぁっ!ラブお姉ちゃん!
『ほう、
「ハッ…!あぅぅ……」
見事に自爆したみほは、耳まで真っ赤にして小っちゃくなった。
そんなドタバタを経て全員が身支度を整え、三人も姿見で自身の姿を確認していた。
『うぅ…昔のがそのまま着られる私って一体……?』
「みほ?」
ガックリと項垂れるみほにエリカが声を掛けるが、彼女は凹んだままで返事は返って来なかった。
『言えない…着られたけど、お腹周りだけがきつくなってるなんて絶対に言えない……』
「みほ……」
大洗でやっとプレッシャーとストレスから解放されからか、或いは余程ごはんが美味しいからか(主に沙織作)特定の部分だけ成長したみほはそれだけは口が裂けても言えなかったが、残念ながらエリカだけはそれをお見通しのようであった。
「う~む…まさか私がコレを着る事になるとはなぁ……」
一方でアンチョビはと云えば複雑な表情で鏡に映る自分の姿を見ているが、日頃身に付けているアンツィオの隊長服はパンツに長靴であり、制服の方もミニスカとはいえ白タイツなせいかプライベート以外での生脚は久し振りでどうにも落ち着かないようであった。
しかし周りの者達には彼女のミニスカ生脚は非常に新鮮らしく、ザワザワヒソヒソちょっとした騒ぎになりつつあった。
「や、ヤバい……ちょっとハァハァが止まらない!」
「アンタ何言ってんのよ?」
「か…可愛い……いや、可愛いのは知ってたけどこれは!?」
「あのふくらはぎが堪らないわ♡」
「マニアックなヤツ……」
「内股に挟まれたい……」
「ド変態がいるわ……」
「でも西住隊長はドゥーチェを全部……」
「えぇ!?隊長ってそんなに鬼畜だったの!?」
「……」
止まる処を知らないケダモノ達の妄想のターゲットになりつつある事に、何やら背中に寒気を感じたアンチョビが逃げ道はないかとキョロキョロしていると、スッと隣にやって来たラブが彼女の耳元に少々冷たい声音でボソッと囁いた。
「千代美、私は
「う゛……」
アンチョビはラブの一言と周りの視線に、四日間無事に乗り切れるか不安になっていた。
「さて、いつまでもこうしている訳には行かないわ。エリカさん、まほ達は今何処に?」
「隊長ですか?今は家元達と一緒に、アリーナのラウンジにあるカフェにいると思います」
ラブは愛に髪と制帽を整えて貰いながら時計に目をやった。
「大変!これ以上しほママ達を待たせちゃいけないわ!みんなもういいわね?」
確認するようにラブが問えば、AP-Girlsを始めその場にいる者も一斉に頷いた。
「ヨシ、それじゃあ行きましょう」
色々と複雑な想いもあるだろうラブが覚悟を決めたように言うと、皆揃ってロッカールームを後にしてまほ達が待つラウンジへと向かうのだった。
「来たようですね……」
しほ達とラウンジのカフェで合流した亜梨亜は、制服姿AP-Girlsに囲まれ軽く頭が飛び出たラブがこちらにやって来るのに気が付いたが、隊員達と談笑中のまほはまだ気付いていなかった。
しほは亜梨亜と無言で頷き合うと、そっと静かに立ち上がりまほの前へと進み出た。
「まほ……」
「あ、お母様どうされました?」
「恋が戻って来ましたよ」
「え?あぁ、戻りましたか」
ニコリと笑ったまほがしほの背後に目をやると、確かにAP-Girlsのメンバー達に囲まれたラブがエリカ達も引き連れこちらに歩く姿が見えた。
「ん?あれ?エリカ……え?」
まほが自分達に気付いたと見るや、ラブを囲むように歩いていたAP-Girlsが二つに割れた。
「え……?えぇっ!?」
自分が見ているモノが俄かには信じられず、まほは思わず自分の目をゴシゴシしている。
AP-Girlsが左右に別れその間から姿を現したラブは、両側にアンチョビとみほを従えているが、彼女はその三人が身に付けているパンツァージャケットに驚愕し硬直してしまったのであった。
「まほ……」
みほとアンチョビを引き連れてラブがまほの下へと辿り着いたが、何処かはにかんだような顔をしたラブが声を掛けたのにまほは固まったまま一言も発しようとしない。
「まほ……?」
無反応なまほを訝しんだラブが、身長差があるので大きく屈み込んで彼女の瞳を覗き込んだ。
「ん?エッ……!?」
ラブとまほの瞳が合ったその瞬間、突如として大きく見開かれたまほの瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ち、驚いたラブは大きく身を反らした。
「ま、まほ!?」
硬直したまま涙を流し続けるまほに、もう一度ラブが呼び掛けたその時──。
「お、おぉぉぉぉ────!」
「エ?エ、エェ────!」
黒森峰のパンツァージャケット姿の三人を前に、まほまさかの大号泣。
予想外のまほの反応に、今度はラブが硬直した。
それはまるでまほが心の中に溜め込んでいたものが、一気に溢れ出たかのような瞬間だった。
不幸なボタンの掛け違いの連続、それを単純に言葉で表すのは無理だろう。
あの日から我慢に我慢の積み重ねだったまほの戦車道は、誰にも想像が付かぬ辛い道であった。
そんなまほが高校進学前に思い描いた理想の光景が、今彼女の目の前にあった。
止めどなくあふれる涙に両の手で顔を覆ったまほは、その場に膝を突き泣き止む事がなかった。
そしてその姿は年相応、或いはそれ以上に儚げな少女にしか見えない。
そんな風に溢れるものを押さえられず泣き続ける彼女の事を、やはり色々想う処があるであろうしほが、今日は叱責する事なく母として支えてやるのであった。
更にその周りの黒森峰の隊員達はといえば、これまでに積み重ねて来たまほの苦労を一番近くで見ていただけに、全員が声を殺して泣いていた。
アンチョビもその光景に改めてまほの胸の内に溜め込んでいたモノの大きさを知り、自分がアンツィオに進んだ事とそのアンツィオでの三年の日々、そしてそこで成した事を一切恥じる事も後悔する事もなく誇りに思っているが、それでも目の前のまほの姿に息苦しさと胸の痛みを感じていた。
「ええと…あ、明日からの四日間、ラブ先輩とドゥーチェには機甲科三年のまほさ……あ、いえ、西住隊長と同じクラスに編入して頂き──」
「ちょっと待って!私まだ一年生なんだけど!?」
「それでしたら愛から貰ったラブ先輩の情報を教員が検討した結果、三年に編入しても何ら問題がないとの事でしたので」
「だからソレ私の個人情報!」
頬を膨らませ抗議するラブの事はサクッと無視をして、エリカはアンチョビとみほの方へと向き直ると、さもそれが当然であるかのように極めて事後承諾な報告をするのだった。
「ドゥーチェもラブ先輩同様隊長と同じクラスへ編入となっています……あ、みほは私と同じクラスに編入だから安心なさい」
『……』
極めてエリカらしい有無を言わさぬ報告という名の通告に、もう誰も反論しなかった。
「エ、エリカ……エリカ!」
「隊長……」
しほにあやされるようにして漸くまほも少し落ち着いたように見えたが、それでもまだ自分の気持ちを上手く言葉にする事が出来ないらしく、それ以上の言葉を口にする事が出来ないらしい。
「も~バカねぇ、そんな泣く事ないじゃない」
まほの隣に腰を下ろし苦笑するラブだったが、それでまた泣き始めてしまったまほにすっかり困ってへにょりと眉毛を下げていた。
「ほ~ら~、もうしょうがないわねぇ……」
ラブはまほを抱き寄せ頭を撫でいい子いい子してみたが、どうにもそれは逆効果だったらしく余計に彼女を刺激する結果に終わっていた。
「ば、馬鹿にするなぁっ!う、うあぁぁぁ──!」
如何にも失敗したといった顔になったラブが目でしほに助けを求めると、フッとひとつ息を吐いて無言でバトンタッチをし、まほをラブから引き取り軽くその背中をトントンしながら彼女の事をゆっくりと落ち着かせて行くのだった。
『まるで赤ちゃんねぇ……』
心の中でそんな事を思いながらも、ラブは暫くしほの母親ぶりを見ていた。
『やっぱりお母さんよねぇ……』
その様子をウンウンと頷きながら見ていたが、既に実の母親以上の存在である亜梨亜がいるとはいえ、やはり実の両親を亡くしている彼女にとってそれは少し羨ましいものらしい。
「さあ、すっかり遅くなっちゃったけどみんなでごはんを食べましょ♪」
まほが落ち着くのを待ってラブが努めて明るくそう言うと、周りの者達もやっとホッとした顔になりその場の空気も和らぐのだった。
「だけどこの時間からこの人数だとどこがいいかしら?」
「やっぱり学食?」
「え?でも西住流家元もいらっしゃるしさすがにそれは……」
「味はとても良いけど……」
AP-Girlsのメンバー達が、どこで夕食を摂るかで悩んでいる。
日頃自分達の食欲を完璧に満たしてくれる学食には大いに満足し誇りにも思っていたが、さすがに他流派の家元をお連れするのはどうかと迷っていた。
「あら?笠女学園艦の学食は大層味が良いと聞いていますよ?昨日頂いた昼食も素晴らしい物でしたし、ここは是非連れて行って頂けないかしら?」
『家元様!?』
おそろしく魅力的で茶目っ気たっぷりな笑みを見せたしほに、彼女達はぽ~っとなっていた。
「それでいいのしほちゃん?」
「ええ、是非ごちそうになりたいですわ」
面白そうにしている亜梨亜の問いに、しほも澄まして答えた。
「まほ、立てる?」
「ん……」
「そだ、おんぶしてあげよっか?」
「だから馬鹿にするなぁ!」
すっかり泣き腫らした顔で膨らませているまほの頬を、ラブは指先でツンツンして楽しんでいる。
「ん?千代美どうしたの?」
「え?あ、いや別に……」
「ふ~ん……」
気が付けばラブの直ぐ傍に立っていたアンチョビに目をやれば、彼女も曖昧な返事をしてそっぽを向いたのだが、その頬には朱が入っておりどうやらまほの泣き顔に萌えていたらしく、それに気付いたラブは面白そうに口元をムニュムニュさせていた。
「うふふふふふふふ♪」
「な、なんだ気持ち悪いヤツめ!」
「二人共可愛い~♡」
『う、うるさいよ!』
赤いほっぺでハモってラブに噛み付いたが、彼女はクスクスと笑うのみだ。
そしてやっと勢いが戻って来たまほを引っ張って立たせると、ラブは自らが先頭に立って学食へ向かって歩き始めた。
「短期って言うけどさぁ、丁度留学が終わった翌日が家元会議なんだけどその辺のスケジュールとかはどう考えてたワケ?」
「う…そ、それは……」
「って、エリカさんもそこまで細かい事は知らなかったから仕方ないわよねぇ……」
「それは当日ヘリで出れば問題ないでしょう、申し訳ないけどしほちゃん宜しくね」
「は、はい!会議とはいっても年の終わりの実質納会ですし、当日はちよき……島田の家元もおりますので問題ないでしょう、どうか私達にお任せ下さい」
6連戦を乗り切ったはいいがそのまま短期留学に突入する事になった為、ラブのスケジュールは超過密なものとなっていた。
だがそれに関しては気にしていないようだったが、やはり十代で家元となり海千山千な家元達の間へと放り込まれる事に不安も感じているようであった。
「会議の方は私と千代がいますから、何も心配する事はありませんよ。ですから恋はそれまでの間は留学を楽しみなさい」
「うん解ったわ、しほママ♪」
しほにそう言われればそれはもうお墨付きを貰ったも同然と考えるラブは、そこからは皆との夕食を楽しんでいた。
そして夕食を終えると一旦ラブは寮へ戻ったが、そこには既に愛の手で四日間の留学に備えた荷造りが済んでいて、愛用のトランクが出撃前の戦車宜しく待機していた。
「愛…いつの間に……全然気付かなかった……」
唖然とするラブの背後では、愛が当然といった顔で澄ましている。
だがラブが驚いているのはその事だけではなく、愛がエリカと協力してこの様な事をラブに対して仕掛けて来た事にあった。
それまで自分から積極的に他人と交わる事はなく、協調性というものが著しく欠けていた愛が自分との関係が変わった事で良い方向へと向いたのだとしたら、それは彼女にとっても大変喜ばしい事であった。
「でも大丈夫かしら……」
「え?何がよ?」
愛が不意にポツリと言った事に、どういう事かとラブが首を傾げる。
「お風呂とか着替えとか……」
「う゛……」
「一応エリカさんにお願いしておいたけど…後でドゥーチェにもお願いしておくわ……」
この辺の愛の判断は実に的確であった。
何故ならこれがまほとみほでは確実に何かしらやらかして、ラブが酷い目に遭うのがはっきりと目に見えていたからだ。
「わ、私綺麗な身体のまま帰って来られるかしら……?」
彼女はそう言ったものの、何もなしでは済まないであろう事は最近の状況から充分に身に染みて解っているので、それが最小限で済むよう祈るしかなかった。
「大袈裟ね……」
愛はいつもの無表情を作ると、声の方も抑揚のない声音を作りわざとらしくしれっと言った。
「うぅ~、愛は私の事が心配じゃないのぉ?」
「別に…だってあなたは私の……」
「ん!ん……♡」
愛はそれ以上は言わずにその可愛らしい唇をラブの美しい唇に重ねた。
それはラブが黒森峰での四日間を乗り切る為の、おまじないのような口付けであった。
チョビ子が黒森峰のパンツァージャケット着たら、
私は相当ハァハァしてしまいますw
しかしチョビ子とみほとラブのいる黒森峰とか怖過ぎですねぇww