ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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恋愛戦車道でこのサブタイトルはなんかエッチですねw


第七十八話   同・級・生

「安斎さん、安斎千代美さん」

 

「…ハイ……」

 

 

 冬晴れの朝の教室に、クラス担任が出席を取る声が響く。

 フルネームを呼ばれる事にやはり微妙な抵抗感を示したアンチョビが返事をしてから数名の後に、ついにその名をクラス担任が呼んだ。

 

 

「厳島恋さん」

 

「ハイ♪」

 

 

 名を呼ばれたラブのその独特なハスキーボイスの返事が響くと、その声だけで教室にいる全て生徒と出席を取っていた担任教師がぽ~っと蕩けた表情になった。

 しかしその前に座るまほは鼻の穴をおっぴろげてウザいまでのドヤ顔をしており、彼女の前に座るアンチョビは下がり眉毛の何とも言えない表情をしていた。

 今日はラブとアンチョビ、そして学年が違うみほの超短期留学初日の朝のホームルームの時間であったが、通常の留学の編入生であれば自己紹介をする場面ながら機甲科という戦車道に特化した学科故に、互いに顔見知りばかりという事もありそれは敢えて行われなかった。

 

 

「さて、一限目は戦術論か…さすが機甲科ってトコだねどうも……オイにしずみぃ~、いくら何でもコレは私にゃあハードルが高いぞぉ~」

 

「私だって一年生なのにぃ~」

 

 

 一年生である事に固執するラブの事はほっといて、支給された教科書をパラパラと捲ったアンチョビは早くも帰りたそうな顔をしていた。

 

 

「いやいや、安斎なら全く問題ないだろう。何しろ安斎自身が我が校の戦術論の題材として扱われている位なんだからな」

 

 

 まほがドヤっと得意気に言ったが、それを聞いた途端にアンチョビの顔から血の気が失せ、油の切れた旋回砲塔のようなぎこちのない動きでまほの方へと顔を向けた。

 

 

「オイ西住ちょっと待て、オマイさん今なんつった?」

 

「ん?何って安斎が戦術論の授業で題材に──」

 

「イヤイヤイヤ!おかしいだろう!?一介の高校生、それも他校の生徒が何で黒森峰の戦術論の授業の題材なんかになるんだよ!?」

 

 

 目玉ポンしそうな程に目を剥きまほに喰い付くアンチョビだが、まほの方はと云えばさも意外そうな顔でその反応を見ていた。

 

 

「そんなに驚く事か?何しろ私が一年生の時に、中学時代の安斎との戦いを参考に書いて提出したレポートが評価されて、教材として採用されたんだぞ?」

 

「に~し~ず~みぃ~」

 

「千代美凄~い♪」

 

「アホウ!オマエも喜ぶなぁ!」

 

 

 まほが平然と言い放ったとんでもない事実に驚愕し冷や汗を掻いたアンチョビは、無邪気且つお気楽に喜ぶラブをどやし付けた後にガックリとその小さな肩を落とすのだった。

 

 

「そうか、薄々感じてはいたが私に向けられる好奇の視線にはそう言う意味もあったのか…帰りたい……というか今すぐ帰らせてくれぇ……」

 

 

 てっきり充分過ぎる程知れ渡ってしまっている二人の関係が原因とばかり思っていた自分への視線は、理由がそれだけでなかった事を知った彼女は頭を抱えて机に突っ伏した。

 

 

「きり──つ!礼!着席!」

 

 

 そうこうするうちに教科担任が入室し一限目の授業が始まったが、授業開始早々にアンチョビには試練が待ち受けているのであった。

 

 

「あなたがあの安斎千代美さんなのね?それに厳島流家元まで教室に迎えられるとは、今日はなんと素晴らしい日なのでしょう♪」

 

 

 まだ四十代には届かないであろう中々に雰囲気のある黒髪をアップに纏めた女性教師は、アンチョビの前に立つと感慨深げな表情で何度も頷きながらそう言った。

 

 

「あ、あの…先生……?」

 

 

 戸惑うアンチョビを余所に、次に教師はラブの前に立った。

 

 

「これ程の機会は二度と訪れないでしょうから、今日は嘗て西住さんが提出した安斎レポートと厳島レポートを題材にディスカッションを行いましょう」

 

「え?ちょっとまほ、厳島レポートって何よ?」

 

 

 突然出た自分の名前に驚いたラブは、前に座るまほの背中を突いた。

 

 

「あぁ、安斎レポートの前に、ラブについてのレポートは中等部時代に提出済みで、こっちはもう大分前から教材に使われているんだ」

 

「え゛?」

 

 

 これまた得意気に言うまほに、ラブもさすがに固まった。

 

 

「ラブ凄~い♪」

 

「ぐっ……」

 

 

 先程やられた仕返しとばかりにまほの前に座るアンチョビがわざとらしくはしゃぎ、ラブも言葉に詰まってしまった。

 そんなこんなしているうちに始まってしまった授業の方は、二人の意向などお構いなしに進んで行き、最初のうちこそラブとアンチョビの戦術に関する話で本人達を交えて議論がなされていたが、じきに気になって仕方がないまほチョビ話と、突然降臨したたわわなアイドルラブ話に替わっていた。

 

 

『……』

 

 

 一限目が終了した段階で、既にラブとアンチョビはひと試合終えたような顔をしていた。

 

 

『どうしてこうなった……』

 

 

 ひとり元気なまほが、クラスメイトと次の授業について話す姿を見ながら二人は同時に呟いた。

 二人共ある程度の事は覚悟もしていたが、ここまでとは完全に予想外であったのだ。

 

 

「昨夜のうちに解っていれば、入寮せずにそのままトンズラしていた処だ……」

 

「まさか授業中までおっぱい揉まれるとは思わなかったわ……」

 

「……そういや昨夜は寮でも──」

 

「思い出させないで……」

 

 

 昨夜入寮するなり手厚い歓迎を受けてしまったラブは、アンチョビがその件に触れると途端に鬱な表情で凹んでしまった。

 思い出したくもなかったがアンチョビのいらん一言で、昨夜の狂態が脳裏に過るのだった。

 

 

「まさかこのパンツァージャケット着て、ここに入る事になるとは思いもせんかったなぁ……」

 

「わ、私も……」

 

 

 黒森峰機甲科の寮の前で、アンチョビとみほがしみじみ呟き合っている。

 笠女学園艦で皆と夕食を共にした後に黒森峰学園艦へ移乗したラブは、そのまままほ達が暮らす機甲科の寮へと入寮したのだが、寮に辿り着いた時には既に情報が行き渡っていたらしく入り口周辺には大量の寮生たちが溢れていた。

 

 

「うわぁ♡本当に黒森峰(ウチ)のパンツァージャケット着てるわ!」

 

「おぉ……絶対領域!」

 

「近くで見るとホントでっかい……♡」

 

 

 あっと言う間に取り囲まれたラブは嫌な予感を感じつつも、歓迎する者達に愛想良く応じていた。

 しかしやはりというかお約束というか、取り囲む者達の中でも直ぐ目の前にいた者がラブのたわわの魅力に屈してしまい、Blitzkrieg(電撃戦)を開始してしまうのであった。

 

 

「あぁん♡」

 

「あ!抜け駆けは許さんぞぉ!」

 

「ひゃっほぅ!Gut(最高)だぜぇ!」

 

「生アハトアハト♡」

 

「やめんか貴様らぁ!それは私のアハトアハトだぁ!」

 

「にしずみぃ……ってうひゃあ!何で私までぇ!」

 

「ふぇ────っ!?」

 

 

 アンチョビとみほを巻き添えに、いきなり洗礼を受けたラブは入寮前から先が思いやられていた。

 

 

「……ブ……おいラブ!」

 

「あ……え?」

 

 

 昨夜の出来事思い出し鬱な気分でぼ~っとしていたラブは、まほに名を呼ばれたものの直ぐに気付く事なく暫く返事もしなかった。

 

 

「どうしたボケっとして?次の授業が始まるぞ?」

 

「あ…そうね……ねぇまほ、もう三年生ってこの時期は普通こんなに授業はないんじゃないの?」

 

「う…それは……」

 

 

 ラブの不意な指摘に、まほはスッと目を逸らした。

 

 

「やっぱり……」

 

「何がやっぱりなんだ?」

 

「千代美だってもうそんな授業はないんじゃないの?」

 

「あ……」

 

「も~、ホントしょうがないわねぇ……他のクラスメイトまで巻き込んで~」

 

「だ、だってお前達と普通に授業受けたりしたかったんだよぅ……」

 

「よぅってアンタねぇ……」

 

 

 呆れるラブが気付いた通り、まほは留学を知った段階で学校に頼み込んで、二人の留学期間中通常通りの授業を行うようにしてもらっていたのだ。

 まあそれでも呆れはしたものの、必死なまほの姿を見ているうちに可笑しくなって来て、もう解ったからと彼女を宥めるのであった。

 そしてその後機甲科の専門課程と一般教科の授業の双方で、ラブはその飛び抜けた頭脳の一端を見せ付け、特に数学の授業においては例の西住家訪問時に披露した同時に複数の問題を解くという変態技を繰り出し、数学の教科担任を始めクラスメイト達の度肝を抜いていた。

 

 

「は~、強烈過ぎるわ厳島さん……一体どうやったらあんなことが出来る訳?」

 

「え~?私はずっとアレが普通だと思ってたんだけど……」

 

 

 昼休みの学食でも、ラブ達の周りには多くの生徒達が集まっていた。

 

 

「え…どういう事……?」

 

 

 クラスメイトを中心に学食内では数学の授業での一幕が話されていたが、それが他のクラスの者達にも伝わって皆興味津々で集まって来て騒いでいた。

 

 

「あ~、アレは本人曰く同時進行で全ての問題を解いてるらしいんだ……」

 

『は?』

 

 

 どう答えたものかと考え込んでしまったラブに代わり、アンチョビがスポークスマンの如く西住家での一件も含めて集まった者達に彼女が何をやったか説明してやった。

 

 

「うそ……」

 

「マジで……?」

 

「ホントに天才っているのね……」

 

「高校生とは思えない……」

 

「いや、実際高校生には見えないんだけど…その、視覚的に……」

 

「それどういう意味~?老けてるって事~?」

 

 

 高校生に見えないと言われ、ラブは頬を膨らます。

 その頭脳と容姿とは裏腹に精神的には幼い面が目立つ彼女は、逆にそれがコンプレックスであり余計に小さくて可愛いものに執着しているのかもしれない。

 

 

「あ、ヤバい…超可愛い……♡」

 

「可愛いっていうかやっぱりエロい……」

 

黒森峰(ウチ)の制服が初めてエロく見える……」

 

 

 特注で作られたはずなのに、制服のたわわの部分のボタンはちょっとしたはずみで弾け飛びそうに見え、これはもしかすると仕立てたテーラーの職人さんが、その非現実的なサイズが信じられず若干小さく仕立てたか、或いは発注後の短期間にまたしても彼女の我儘なたわわが成長したのだろう。

 

 

「な、なによぅ……」

 

 

 胸元に集中する視線に耐え兼ねたラブが、警戒するように両腕で隠し切れないたわわを抱き締めると、圧迫されたたわわが弾力でムニュムニュしていた。

 

 

『ぐっはぁ!』

 

 

 集まっていた者達が鼻血を噴出し次々撃破されて行く。

 

 

「ら、ラブ…昼間っから勘弁してくれぇ……」

 

「うぇ?なに……?」

 

 

 セクシーポーズを取った瞬間の彼女は、うっかりとはいえランチのプレッツェルに添えられたヴァイスヴルストを銜えてたままであり、お年頃の少女達には些か刺激が強過ぎたようであった。

 

 

「な、何の騒ぎですか?」

 

「あ?あぁエリカか…べ、別に大した事じゃないよ……」

 

 

 鼻にティッシュを詰めながら首をトントンするまほ達に、みほと共に現れたエリカは胡散臭げな視線を向けていた。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 エリカの陰に隠れるようにしていたみほも当然黒森峰の制服を身に付けており、朝はバタバタしていて気に留める間もなかったが、改めて見たその姿にまほはぽ~っと頬を朱に染めていた。

 

 

「な、なにお姉ちゃん?どこかおかしい……?」

 

『この隊長(ヒト)のシスコンも筋金入りね……』

 

 

 全てお見通しなエリカは、生温い目でその様子を見守っている。

 

 

「さあ!午後はいよいよ実習だぞ♪」

 

 

 昼食を再開したまほはプレッツェルを齧りながら、周りにいる同期の者達も嘗て見た事がない程の朗らかさで檄を飛ばしていた。

 

 

「私達が壊した車両、もう直ったの?」

 

「あぁ、笠女が直ぐに回収してくれたからな、エリカがこの日の為に整備班総動員で修理作業をさせていたらしいんだよ」

 

「そう…エリカさんが……」

 

 

 彼女に何か言おうとしたラブだったが、丁度みほがエリカの口にヴァイスヴルストを『はい、あ~ん』っとやろうとして、キレた彼女がみほにフェイスクローを入れている最中だったので、それは諦めみほが泣きを入れているのを見物していた。

 

 

「整列!そこぉ!急げ、グズグズするな!」

 

 

 昼休みも終わり、機甲科の格納庫前にエリカの怒号が響いていた。

 一軍入りしていたとして、もまだまだ下っ端扱いの一年生が大慌てで走って来る。

 午後から行われる戦車道実習授業はAP-Girlsとの試合で撃破された車両も含め、整備の終わった車両の動作確認と交換部品の慣らし運転を兼ねたものであった。

 

 

「ヨシ、格納庫開け!」

 

 

 エリカの号令で下級生達が、一斉に格納庫の大扉に取り付き押し始めた。

 

 

「ね~?処でさぁ私は何に乗るかしら~?」

 

「そういや何も聞かされてなかったな……オイ西住、その辺決まってるのかぁ?」

 

「ん?あぁ、一応私と一緒に──」

 

「うふふ♪見てれば解りますよ?」

 

「エ、エリカ?」

 

 

 意味有り気に不敵に笑うエリカに話を遮られたまほは、驚いた顔のままポカンとしている。

 やがて格納庫の大扉が全開になり、格納庫の照明にも灯が入ると中の様子が明らかになった。

 

 

「お、おいエリカ!これは……」

 

「エリカさん……!」

 

 

 格納庫内の定位置には、まほのティーガーⅠ212号車(ビットマン)が鎮座している。

 そしてその隣に、はもう1両のティーガーが並べられていた。

 車両番号217、嘗てみほの在学時に彼女の乗機であった車両である。

 

 

「えぇ、そうよみほ。アナタの217号車(カリウス)よ……結局みほの転校後、誰も乗ろうとはせず予備役扱いになって余剰装備としてバックヤードで眠っていたわ」

 

 

 思わずカリウスに駆け寄ったみほは、そのボディを撫でている。

 しかし更にその隣にいるティーガーⅠを見て、彼女は目を丸くした。

 

 

「これは……?」

 

「あぁ、123号車(ベルター)ね…その車両もバックヤードを引っ繰り返したら、みほのカリウスと一緒に出て来たのよ……」

 

「引っ繰り返したって……」

 

「車歴を調べて驚いたわ、この車両は家元が現役の頃に使われていた車両なのよ。歴代車長の一覧の中に家元のお名前もあったの」

 

「えぇ!?お母さんの!?」

 

 

 黒森峰の格納庫には期せずして、親子が車長を務めた3両のティーガーⅠが揃い踏みする事なったのであった。

 

 

「えぇそうよ、それでこの123号車(ベルター)なんですがドゥーチェ、あなたに乗って頂こうと考えているのですが如何でしょう?」

 

 

 そう言われた途端に、元々が喜怒哀楽の感情表現が豊かなアンチョビの顔に、過去最高の喜びの表情が浮かべ雄叫びを上げるのであった。

 

 

「う゛お゛ぉ゛────!マジかぁ──!?私がティーガーⅠに乗ってもいいのかぁ──!?」

 

「え…えぇ、長い事お寝んねしていた車両ですが一応整備をして何の問題もありませんでしたのでそれで宜しければ……構いませんよね、隊長?」

 

「あ?あぁ、勿論だとも……」

 

 

 アンチョビの余りのはしゃぎように、エリカとまほも相当に驚いている。

 

 

『あ、あんなに喜ばれるとは思いませんでした……』

 

『う、うむ…やはり長年火力と装甲で苦労して来たからなぁ……』

 

 

 文字通り小躍りして喜ぶアンチョビを前に、エリカとラブはヒソヒソとやっていた。

 

 

「ね、エリカさん……それじゃあ私は?私は何に乗るの?」

 

「あ…ラブ先輩ですか?ラブ先輩はですね……あぁ、丁度来ましたよ」

 

 

 ラブの質問にエリカが答え掛けた処に、マイバッハの12気筒と履帯の軋みを響かせて、格納庫の陰から一両の戦車がその姿を現した。

 

 

「あら、G型じゃない!さすがエリカさん解ってるわねぇ♪」

 

 

 ラブが喜ぶパンターG型こそ、高速機動をその戦術の軸とする厳島流に於いて、使用するドイツ戦車の中で最良とされる存在であった。

 

 

「どうにか間に合ったようね!」

 

「えぇ!ギリギリまで文字に墨入れやってたのよ!」

 

「あれ?小梅さん?」

 

 

 現れたパンターG型の操縦席から、小梅が顔を出してエリカに応えた。

 次いで小梅は車内に引っ込むと皆が注目する中、砲塔を旋回させ始めるのだった。

 

 

「あぁ!」

 

「こ、これは!」

 

「マジかぁ!?」

 

「Love…Gun……」

 

 

 小梅が旋回させた砲塔の側面には校章の後ろに並ぶ形で深紅のハートを貫く徹甲弾と、それに掛かるグリーンのリボンバナーのパーソナルマークが描かれていた。

 そしてそのハートに掛かるリボンバナーに書き込まれているのは、ラブの乗機に与えられたパーソナルネームであるLove Gunの文字だ。

 それを見た瞬間、中学時代のラブを知る者達が一斉に大騒ぎを始めるのであった。

 

 

「あらまあ…これはサプライズねぇ……」

 

 

 ラブも自身のパーソナルマークと黒森峰の校章が描かれたパンターG型の砲塔を見上げ、大きく見開いた目を丸くしていた。

 

 

「ホントに描いちゃったんだ…でもいいのかしら……?」

 

 

 周囲が騒然とする中、ひとりポカンとレプリカとはいえ戦える状態の嘗ての愛馬の姿を見ていた。

 

 

「ら、ラブ!」

 

「な、なによ!?」

 

 

 いきなり血走った目のまほに大声で名を呼ばれ、ラブは振り向き驚いている。

 

 

「た、頼む!パンターに……Love Gunに乗った姿を見せてくれよぅ!」

 

「そんな興奮してどうしちゃったのよ!?何か凄い言い方がえっちなんだけど!」

 

「そ、そうだラブ!早く乗ってくれぇ!」

 

「ちょ、ちょっと千代美まで何でそこまで興奮してるのよ~!?」

 

 

 すっかり目を血走らせ荒い鼻息でハァハァしている二人にドン引きしているラブであったが、やがて他の三年生を中心に昔から彼女を知る隊員達が、次々とゾンビのようにラブをLove Gunに乗せるべくゾロゾロと群がって来たと思うと、グイグイとLove Gunの上にラブを押し上げてしまうのだった。

 

 

「も~、ホントなんなのよみんなしてさぁ~?」

 

 

 半ば無理矢理コマンダーキューポラに押し込まれぶつくさ言うラブに、小梅が取り付き侍女のようにヘッドセット一式を装着して行く。

 

 

「どうぞ……」

 

「…ありがと、小梅さん……」

 

 

 ラブの身支度を整えた小梅がひらりとLove Gunから飛び降りると、まほやアンチョビが待ち侘びていたラブのその姿が露わになった。

 

『う゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛──────っ!』

 

 

 そして巻き起こる地鳴りのような、歓声とも悲鳴ともつかぬ声。

 

 

「えぇ!?な、なにごとぉ!?」

 

 

 それに驚いたラブが硬直する前で、今度は一斉にまほ達が号泣し始めた。

 

 

「ひっ!?」

 

 

 驚きの連続にラブも短い悲鳴を上げる。

 

 

「ラブだ…本物のラブがいる……」

 

「い、いやまほ?何言ってんのよ?」

 

「う゛あ゛ぁ゛───!ラブがいるぞぉ───!」

 

「ち、千代美まで!?さっきからいるじゃないよ!」

 

「やっと…やっとラブあねじょ(お姉ちゃん)が帰って来たばい!」

 

「だからみほは何で興奮すると直ぐにお国言葉になるのよ!?」

 

「そうね!ついに帰って来たわに!」

 

「エ、エリカさんまで……」

 

 

 黒森峰の古参隊員達にとって、これこそが真のラブの姿なのかその興奮は中々収まらない。

 

 

「え~っと……」

 

 

 Love Gun上のラブは吹き抜ける風に深紅の髪を揺らしながら、どうしたものかと悩んでいる。

 眼下で騒ぐまほ達は収拾が付かず、放っておけば五体投地でお祈りでも始めそうな勢いだ。

 

 

「どうしたらいいの…‥コレ?」

 

 

 助けを求めるように辺りを見回しエリカに目を留めたが、彼女もまた感極まったように口元を両手で覆い涙を零しており、更にその一団の背後では昔のラブを知らぬ者達が、遠巻きにその光景を見ながらドン引きで固まっていた。

 どうにも打つ手が見当たらぬラブは、独りLove Gunの上で大きく溜め息を吐くのであった。

 

 

「何の騒ぎですかこれは?」

 

 

 いよいよラブが困り果てていた処に良く通る声が響き、ハッとしたラブが顔を輝かせ声がした方へと目を向ければ、そこには特別指導の為にやって来た西住流家元である西住しほの姿が合った。

 

 

「しほママ♪」

 

 

 しほが現れて尚収まらぬ騒ぎの中、その騒ぐ隊員達を掻き分けて彼女は前に進み出た。

 

 

「恋、そこにいました……か!?」

 

 

 黒森峰のパンツァージャケットを身に纏ったラブが騎乗しているパンターが、彼女のパーソナルマークが描かれLove Gunになっている事に気が付いたしほも、そこで言葉が途切れ大きく目を見開き左手で口元を覆っていた。

 

 

「あれ?しほママ?」

 

 

 予想と大きく違った彼女の反応に、ラブは嫌な予感しかしなかった。

 

 

「あ…もしかして……」

 

 

 ラブがそう呟くのと同時に、しほの瞳からひと筋の涙が零れ落ちて行く。

 

 

「や、やっぱりしほママまで……」

 

 

 しほにとっては自分の代以降途絶えて久しかった厳島の黒森峰入りと、それによる娘達の更なる成長への期待、そして何より幼少期に短期間とはいえ母親代わりに育てた娘が再び手元に返って来る喜び、そんな諸々の想いがあっただけに目の前の光景には子供達以上に感慨深いものがあるようだ。

 

 

「うぅ…これで授業が出来るのかしら……?」

 

 

 Love Gunの上にいるラブは暫く途方に暮れていたのだが、そこはやはりさすがは家元だけあり最初に立ち直ったしほが即座にまほ達を静まらせるのであった。

 

 

「それにしても123号車(ベルター)が残っていたとは驚きですね。てっきり新車両を導入した時に下取りに出したものだと思っていましたが……」

 

「ハァ…ちょっと修理が間に合うかギリギリだったので、何かないかと物置状態の旧格納庫の奥の方まで覗いたら出て来ました……車載されていた書類の方を確認したら家元のお名前も記載されていたので驚きました」

 

 

 おそらくは何がしかの手違いの類が原因であろうが、まだまだ問題なく充分現役で使えるティーガーⅠが発見される辺りは、所帯の大きさもあるとはいえさすがは黒森峰といった処か。

 

 

「うぅ…大洗もせめてパンターぐらい出て来ないかなぁ……」

 

「ふふふ♪次はマークⅠ辺りが出て来るんじゃないの?」

 

「うえぇ、止めてよエリカさん…ウチの艦古いから本当に出て来そうだよぅ……」

 

 

 何とも情けない表情で泣き言を言うみほをの事を皆が笑っているが、その大洗に全国大会決勝で敗れている為にその笑いには若干自虐の色合い混じっていたが、大学選抜戦以降の交流やラブの事もあり、既に彼女達の中にわだかまりはなかった。

 だが初めて聞かされた大洗の戦車が発見されるまでの経緯と、発見時の状態は黒森峰からすれば信じ難いものであり、隊員達が全員それまで戦車道未経験の素人集団であった事と合わせて考えると、それは改めて驚かされる事実であった。

 

 

「あれはねぇ、後のない者の……覚悟を決めた者の強さよ」

 

『え?』

 

 

 突如頭上から降って来た声に顔を上げてみれば、Love Gunの砲塔に腰を下ろしたラブが腕とスラリと長い脚を組み、何処か不敵な表情でまほ達を見下ろしていた。

 

 

「そしてそれは私達AP-Girlsも同じ…ねぇまほ、それに千代美も……笠女の校章が何か覚えてる?」

 

「何って…Z旗だろ?信号旗の……なぁ?」

 

「え?あ、あぁ……」

 

 

 まほに同意を求められたアンチョビも、ラブの真意が解らず曖昧に頷いた。

 

 

「そうZ旗よ、じゃあその意味……その後は?」

 

 

 彼女の謎かけのような話に、まほとアンチョビは見つめあったままで直ぐに言葉が出て来ない。

 

 

「ええと信号旗なんだから……」

 

「X、Y、Z…後は……ないだろ?」

 

 

 二人は思い付いた事をポツポツと口にしていた。

 

 

「その通りよ、Zの後はないわ……もう解ったでしょ?」

 

「え?な、何がだ?」

 

「……」

 

 

 まほは戸惑いアンチョビの方は気付いたようであるが、それを口には出来なかった。

 尤もこの場合、それを口にするのが怖かったという方が正しいかもしれない。

 一方でラブの方もまあ仕方ないかといった表情をしており、すっかり静まり返ってしまった者達を今一度ゆっくりと見回してからその口を開いた。

 

 

「今も言ったでしょ?Zより後はないって…そう、私達笠女……特にAP-Girlsには後がないわ。知ってるでしょ?みんな訳ありな子達だって……まぁ一番の訳ありで後がないのは私なんだけどね~。正直この先高校戦車道の世界で私の立場はとても不透明よ、ぶっちゃけ年齢的な問題もあって試合に出場出来なくなる可能性もあるわ。それともう一つ、私が高校生ながら一流派の家元であるという事も引っ掛かるかもしれないわね」

 

 

 傍で聞いていたしほが何やら言いたげな顔をしていたが、ラブは穏やかな笑みを浮かべると軽く手を上げそれを制した。

 

 

「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ……校名からも解ってるとは思うけど、日本海海戦の故事に準えたのも勿論あるんだけどね~」

 

 

 あまりと云えばあまりな話であり、凡そ高校生の口から語られる話とは思えず、その場にいる者達は皆揃って口を噤み息を飲んだ。

 吹き抜ける風が、再びラブの深紅の長い髪を揺らして行った。

 

 

 




今回はドラマCDでチョビ子が乗る事が出来なかった、
ティーガーⅠに乗れるようにしました。
あとは菱餅戦車とかワニとか入れたかった小ネタも詰め込みました。

しほさんが乗っていたとでっち上げた123号車ですが、
第502重戦車大隊に存在した事は確認出来たけど、
その123号車にヨハネス・ベルターが登場していたかまでは解りませんでした。

しかしまほは一体どんなレポート提出したんでしょうねw

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