今回しほさん何しに来たんですかねぇ?
ドイツ本国を始め向こうには数多くの旧ドイツ軍が築いた軍事施設が、
戦争遺構という事で相当数残っていて驚きます。
しかし実際の処はUボートブンカ―など巨大過ぎて壊せないだけみたいですね。
ティーガーやパンターの製造後の性能テストをした試験場も、
森の中に残ってるのを専門チャンネルで見た時は感動すら覚えました。
「パンツァーフォー!」
隊長であるまほの号令と共に、黒森峰の重戦車群が地響きを立て動き始めた。
一部の隙もない重厚なパンツァーカイルは、まさに圧巻の一言だ。
学園艦としては最大級のサイズを誇る黒森峰の学園艦は、演習場の広さの方も広大であった。
強力な楔の先頭で風を切るまほはこれ以上はない程の高揚感に満たされ、存分にその幸せな時間を堪能している最中だった。
左右の後方へと目をやれば、黒森峰のパンツァージャケットを身に付けたアンチョビとみほ、そしてラブが自分に従い進軍しており、もしこれが夢であるならいつまでも冷めないで欲しいと心の底から願っている程だった。
ラブ達の短期留学の初日、午後からは待ちに待った戦車道の実習の時間であり、今日の演習内容は対AP-Girls戦で撃破され修理と整備を終えた車両の慣らし運転が目的の、ちょっとしたドライブのような行軍と試し撃ちが主な軽めなものとなっていた。
現在艦が停泊中の母港熊本港はここ数日天気も良く、まほは実に爽快な気分であった。
だがそんなまほの胸中には、演習を開始する少し前からほんの僅かながら雲が掛かり始めていた。
「お、おいラブ、お前一体何を……?」
「ん?単に事実とこの先予想される展開を口にしているに過ぎないわよ?」
その希望的観測など一切ない冷静に過ぎる分析は我が身の事であるにも拘わらず、寧ろ我が身の事であるからこそ辛辣且つ全く容赦のないものであった。
「だ、だけどなぁ…いくらなんでもそれはさすがに……」
「まほ?」
「お母様!?」
「まずは恋の話を最後までお聞きなさい。あれは戦車道選手である厳島恋の言葉ではなく、厳島流家元厳島恋としての言葉ですよ」
しほが家元の有無を言わせぬ威厳と圧力を以ってまほの口を噤ませ、ラブは軽く笑みを浮かべしほに対し目礼するのだった。
「あのねまほ、私は別に悲観論者じゃあないわよ?諦めたりしていないわ、だってそれは厳島流唯一絶対の教えに反する事になるもの。まほ、厳島流が掲げ是とするたった一つの言葉は何?」
「…
「そう、その通りよ。でもね、私だって自分の事は誰よりも解っているもの。今さっき言った以外にも自分の抱えている問題が、この先そう遠くない未来に表面化するのは間違いないと解ってるの」
ラブが何を言わんとしてしているかを、アンチョビは直ぐに気付いていた。
『やっぱり自分で気付いていたか……』
将来的に彼女がプロを目指した場合、事故の影響により彼女が抱える事になった身体的ハンディキャップが、それを阻む可能性は非常に高い確率にあった。
アンチョビがいたたまれぬ気持となった時、それを知ってか知らずかラブはその先を語り始めた。
「でもね、それでも私は諦めないわよ。それこそが厳島流なんだもの……諦めは弱さの表れよ。確かに私の選手生命は短いかもしれない……でも私が蒔いた種は確実に、私が考えていたより遥かに早くそして強く成長しているの。道は一つじゃない…そう、諦めない限り道は……選択肢はいくらでも増えて行くものなのよ」
日頃その容姿とは裏腹な子供っぽいどころか幼いとさえ云える言動が多いラブが時折見せる真逆な姿は、まほに自分の考えの方が彼女より遥かに子供っぽいと思い知らせるのであった。
「隊長……?」
「ん?あぁ……」
まほがもの思いに耽るうちに、隊列は射撃試験場に到着していた。
「全車停止!」
到着した試験場は標的まで延々と側面を強固なコンクリートの壁で囲まれており、かなり本格的な設備となっていて、砲の分解整備の後にはここで試射を行う事になっているようだ。
『さすが黒森峰……』
アンチョビとラブが感心する中、ラングを皮切りに射点に入り撃っては調整を繰り返しセッティングを出す作業を行っている。
まほも隊長としてその様子を後方から監督していたが、先程から隣に停車しているティーガーⅠ
イライライラ、そんな感じで彼女の足は、砲塔バスケット内の車長席の座面を打ち鳴らしていた。
123号車のコマンダーキューポラには、アンチョビの姿がある。
そして彼女の隣、装填手用ハッチには何故か西住流家元であり西住しほの姿があった。
イラ付くまほの視線の先では、慣らし運転中とはいえそれなりに厳しい訓練中であるにも拘わらず、しほがアンチョビ相手に娘にすら近年では見せぬ楽しげな表情で談笑しているのであった。
「だからぁ!さっきから訓練中なのに何を和やかにやってるんですかぁ!?」
「何とはご挨拶な、家元として指導中なのが解りませんか?」
まほからすると実にムカつく表情でしれっと言いきったしほに、こめかみに怒りのバッテン浮かべたまほが声を限りに怒鳴り返した。
「何が指導だぁ!いつもは来ても監視塔から見ているだけじゃないかぁ!」
怒鳴るまほに明らかに面白がって優越の表情を浮かべたしほは、少し身を乗り出し何ともわざとらしくアンチョビの小さな肩を抱き寄せた。
「うひゃあ!?い、いえもとぉ!?」
完全に親子喧嘩のダシに使われたアンチョビが悲鳴を上げる。
「@☆□▽●!」
言葉にならぬ声を上げながら、まほはしほに指を突き付けた。
「何ですか、無暗に人を指差すものではありませんよ?」
涼しい顔でしほはそれを受け流す。
「さっきからアソコは何やってんのよ?」
まほのティーガーⅠの後ろに停車するLove Gun上のラブは、目の前で繰り広げられる親子のコントを非常にバカくさそうな目で見ていた。
「ラブせんぱぁ~い……」
ラブの短期留学中、一時的にLove Gunに変身中であるパンターG型の操縦席に収まる小梅が、何とも情けない顔で振り返った。
「あんなのいつまでも付き合ってらんないから、私達も試し撃ちに行きましょ」
「ハァ……」
Love Gunが隊列を離れ射点へと向かう。
動き出したLove Gun上から横目でチラリと見ると、しほがアンチョビを抱き寄せて頬擦りせんばかりにいい子いい子しながらまほの事を挑発して遊んでいた。
「あの辺の性格は絶対まほよりみほの方が近いと思うわ……」
「……」
小梅にはそんな事を言われても、答え難いというより答えられないものであった。
「それであの、射点は何処に入りますか?」
操縦桿を握る小梅が、車長であるラブに指示を求める。
速度も低速であり周りに障害物もなかったので、小梅が振り返ってみると車内の搭乗員達が全員顔を赤らめていたが、その理由は聞くまでもなく直ぐに分かった。
コマンダーキューポラから身を晒すラブの絶対領域と、身動きする度にミニの裾から自分達ではどんなに背伸びしても似合わぬ大人のおパンツが、直ぐ目の前の見上げるポジションで扇情的にチラチラしていたのだ。
『うわぁ…今晩ちょっと大変かもぉ……』
小梅がスラリと伸びる日本人離れした美しいラインを誇る長い脚に、ドキドキしながら慌てて視線を前方に戻すと、そのタイミングでラブが入るべき射点の指示を出した。
「小梅さん、取り敢えず2,000mの射点に入れてくれる?」
「え?あ…ハイ!えっと…2,000mですか?もう少し近い方がいいんじゃ……?」
「ううん、これ位が丁度いいのよ、お願いね」
「は、はい!」
取り敢えずは指定された射点に向けて、小梅はLove Gunを走らせた。
「これはもう私の感覚的なものなんだけどね、通常の試射だったらこれ位の距離が丁度いいのよ」
誰に言うでもなしといった感じでラブが語った事に、それ以外の時はどんな時なのか気になった小梅は思わず振り返って質問していた。
「通常ですか?それじゃあそれ以外の状況もあるという事ですか?」
だが問われたラブが答えるまでに、若干の間が空くのだった。
「ラブ先輩……?」
「ああごめんなさい…ええそうよ、どうしようもなく照準が狂ってたりすればもっと距離を詰めて調整する事もあるわ……尤も前回はそれをやっている最中に酷い目に遭ったんだけどね……」
「え?それは一体どういう……?」
小梅は最後の方は意味不明な呟きになったラブの言葉に首を傾げる。
「あ…ううん何でもないわ…何でも……」
「……?」
曖昧な返事の後は暫く口を噤んだラブであったが、彼女が『あの時』の事を思い出していたなどという事は事故当時の詳細を知らぬ小梅には想像も付かぬ事であった。
そんなやり取りをしているうちに、Love Gunは射撃試験場の2,000mラインの射点に到達していた。
さすがは黒森峰の射撃試験場だけあり、その設備は大変レベルの高いものだった。
標的まで続く両側面のコンクリートの壁は厚さが3m程はあり、その全体の印象はまるで自分が巨大なU字溝の中にでも迷い込んだような感じであった。
「こりゃまた凄い
「そ、そんな事ないです!今回このパンターの車長が私だったので無理矢理枠をゲットしましたけど、それ以外の枠は同じパンターの小隊内部でジャンケン大会をやって壮絶な争奪戦をやったんですよ?もうホント大変だったんですから!」
「え…?あ、そうなの……?」
ジャンケン大会と聞いたラブは、6連戦の試合の順番を決めた時のまほ達の事を思い出し、その口元を引き攣らせていた。
そして覗き込んだ車内の搭乗員達改めてよく見れば、全員が相当ヤバい感じに目をギラギラさせており、息遣いの方もかなりハァハァさせているのだった。
『うぅ…これって無事に帰れるかしら……?』
ラブは身の危険というヤツを、ひしひしと感じているようだ。
しかしいつまでも何もしないでいるのは余計危ない気がしたラブは、早々に試し撃ちを始めるよう指示を出すのであった。
「さ、みんな気持ちを切り替えて!一発目からど真ん中ぶち抜くわよ!気合を入れなさい、集中力を上げて!見敵必殺の精神よ!」
ラブは敢えて威勢の良い言葉を選んで使い、Love Gunの搭乗員達を煽ってその集中力と闘争心を一気に高めて行くが、彼女の声が一種の催眠効果でも持っているのか煽られるうちに彼女達の目付きが徐々に鋭いものに変わって行った。
「照準合わせ!装填用意、弾種徹甲!通信手回線開け、車内の様子を全車に聴かせてやれ!」
有無を言わせぬ力を秘めたラブの声に、搭乗員達は魔法にでも掛かったかのように迅速な動きで指示に従い行動していた。
「さ~て、準備は整ったわね?でもこのまま撃ったんじゃ芸がないから、ちょっとした曲芸を披露してあげましょうかねぇ♪」
「え?ラブ先輩それは一体どんな……?」
振り向いて戸惑いの表情を見せた小梅に、ラブは艶然と微笑み何処に隠していたのかその手に持つ拡声器を掲げて見せた。
「うふふ♪こうするのよ」
「げ……」
その拡声器にはご丁寧に黒森峰と大書きされており、それが何を意味するか身に染みて解っている小梅はヒクヒクと口元を痙攣させていた。
「い、いつの間にそんな物を……」
「うふ♡それはナイショ、企業秘密ってヤツよ♪まあここから先は黙って私の指示に従いなさい、とっても面白い体験をさせてあげるからさ」
またしてもその声に反論する事は出来ず、皆黙って彼女の言う事に従うのであった。
「さって、それじゃ一丁お見舞いしてやろっかね~♪」
コマンダーキューポラから這い出したラブは、砲塔の上で後方に向けて軍神立ちすると並んで停車するまほ達本隊に目を向けた。
「ま~だやってる……」
先程からまほはアンチョビをネタにいいようにしほにおちょくられ、Love Gunが射撃試験場の長大なbunker内の射点に入った今もそれは続いていた。
懐から取り出した単眼スコープで覗き見れば、しほにモフられ過ぎたアンチョビのツインテールを纏める両のリボンは、ヨレて仔猫の横耳状態になっていた。
「無線開いて……行ける?」
通信手に無線回線を開かせたラブは無線と拡声器を併用し、後方で騒ぐまほ達に向かい得意の拡声器パフォーマンスを始めるのであった。
「あ~あ~、お~いまほ!いつまでそうやってるつもりよ?どうせ何やったってアンタじゃまだしほママには勝てないんだからいい加減諦めなさいよ!」
「な!?なんだとぉ!?」
「それとしほママもさぁ、そういう事するから尚々まほが捻くれるんじゃないのよ~。私イヤよ?昔みたいに拗ねたまほがプチ家出して横須賀来たの送って行くのは!」
「うっ……」
やっと解放されたアンチョビは無言でペタンコになったリボンを直し、他の隊員達はラブの口から突いて出た暴露話に笑ってはいけない黒森峰を演じていた。
『そ…そんな事があったのかぁ…‥』
まほが拗ねた顔でリュックを背負ってラブに手を引かれる姿を想像してしまった黒森峰の隊員達は、腹筋がヒクヒクするのと必死に戦っていた。
「とにかく!今から撃つからその目ん玉でよ~く見ておきなさいよね……ヨシ行くよ!徹甲弾装填!照準誤差修正、仰角チョイ上!」
「え!?」
砲塔上で後ろを向いたままラブが出した指示に、思わず砲手が戸惑いの声を上げた。
「さっき私は何て言った?」
「え……?あ!りょ、了解!」
砲手は慌ててハンドルに手を掛けると、軽く砲を上げた。
「上げ過ぎ、少し戻して」
「は、はい……」
「ヨシいいわ、後気持ち左に振ろうか……うん、ぴったりよ」
ラブはこのやり取り全てを、無線と拡声器を使って垂れ流しにしていた。
しかもこの間ラブはずっと的に背を向け目視で一切確認していない。
「アイツ一体何を……?」
取り出した双眼鏡を覗き込むとLove Gunの砲塔上のラブは、こちらを向き冷めた表情で肩には黒森峰の校名入りの拡声器を担いでいた。
「う゛……」
「あ!アイツまさかぁ!?」
「な、なんだ安斎!何か解ったのか!?」
ラブのツッコミにあらまあとばかりに口元に手を当て、おほほと笑って誤魔化しているしほの隣いるアンチョビが、まほと同様に双眼鏡を覗き込みながら大声を上げた。
「何かもクソもあるかぁ!アイツ的も見ないで照準の修正してやがるんだよ!」
「えぇ!?」
「相変わらずふざけたヤツだ!ああやって砲塔の上でコッチ向きに立って、的を直接見てない事をアピールしていやがるんだよ!」
アンチョビが牙を剥いて叫んだ瞬間、ラブは砲撃命令を下した。
「撃てっ!」
王者ティーガーの
『ご、誤差なし…命中です……凄い、ブルズアイの真ん中を撃ち抜いてる……』
射撃試験場の観測員が標的のど真ん中をぶち抜いた事を無線で報告して来たが、その声はまるで幽霊でも見たかのようなものであった。
「図星を突きやがった……」
アンチョビそうなるであろうと予想はしていたが、本当にやってのけたとなるとその表情は些か憮然としたものとなっていた。
「うそ……」
Love Gunの車内でも、皆一様にその結果に呆然としている。
「さあ!どんどん行くわよ~♪次は5m下げて見て~」
その後も同様の状態のままランダムにLove Gunを前後させながら、計10発の徹甲弾を全弾標的のど真ん中に撃ち込んで見せたのだった。
「これが弓道なら皆中ってトコか…全く以ってデタラメなヤツだよ……」
結局一度も振り返って的を確認する事なく全弾命中させたラブの美しい顔を、アンチョビは少し頬に朱を入れた渋い顔で双眼鏡越しに見ていた。
「どうやったらこんな事が可能なんです……?」
「ナイショ~♪とっぷし~くれっと~♫」
「せんぱぁ~い……」
「砲撃前後の数値は記録取ってあるわね?」
「え?あ、ハイ!」
「その修正値がこの砲に現状で生じている誤差よ、大きな問題はないわ。これならば照準器の修正だけで済む範囲ね、後で調整しておきなさい」
「了解です……」
「それにしても黒森峰は整備面でもやはりとても優秀ね、整備後直ぐの乗り出しなのに調整なしでこのレベルが維持出来ているのはさすがだわ」
搭乗員達はまだ信じられないといった表情でラブの事を見ているが、その目はとんでもない化物を見る目になっていた。
「さ、後がつかえてるわよ?サッサとここから出ましょ」
ラブに促された小梅はまだ何処か腑に落ちないような表情で、Love Gunを後退させ始めた。
その後広大な演習場を一周する形で各種試験を行い陽が大分傾いた頃、部隊は全車何事もなく格納庫へと帰投したのであった。
「やっぱ戦力が充実してると違うわよねぇ……」
「だよなぁ……」
格納庫に戻され整然と並ぶ重戦車の群れを見て、ラブがしみじみと呟きその隣ではアンチョビが何度も頷きながら相槌を打っていた。
たった5両のⅢ号J型とそれを運用するのにギリギリの25人しかいないAP-Girlsと、豆戦車が多数を占め慢性的に予算不足なアンツィオでそれぞれ隊長を務める二人からすると、目の前の光景は非常に羨ましい限りのものであった。
「まあウチは年度が替われば大分改善されるけど、人員の方が直ぐにって訳には行かないからまだ暫くは今の状態が続くわねぇ…全国大会間に合うかしら……?」
「アンツィオも基本貧乏なのと、頼みのイタリア戦車がどうにも貧弱だからなぁ……」
疲れた表情の二人は、まるで蒸気機関車みたいな勢いで盛大に溜め息を吐くのであった。
「ラブ先輩、ドゥーチェ…どうかしましたか?集合が掛かってるんですが……」
「あぁエリカさん、今行くわ……」
疲れ切ったサラリーマンみたいになってる二人にエリカが気遣わしげに声を掛けて来たので、ラブがかなり無理して笑顔を作って見せた。
そして訓練に参加した隊員達が整列し始めているのを見た二人も、互いに顔を見合わせ力なく肩を竦めるとそちらに向かって行った。
隊長であるまほと
「へぇ~、ここが隊長室なんだぁ……でも昔からずっとなのかしら?」
入室し勧められたソファーに腰を下ろしたラブは、キョロキョロと歴史を感じる室内を見回しては感慨深げにそう呟いた。
「あぁ、この隊舎が創建された当初からそうだと聞いている」
エリカが淹れてくれたコーヒーのカップから立ち上る香りに満足そうに頷いたまほが、特に何でもない話のように答えた。
「そっか…それじゃあしほママも、そして亜梨亜ママもこの部屋を使っていたのね……」
「ん?あぁ、そうなるな……」
今までは大して気にも留めなかった事だが、ラブに改めてそう言われるとまほも妙に意識してしまうのであった。
「なぁ西住、昔の写真とかないのかぁ?」
ラブの言った事に興味を持ったらしいアンチョビが、好奇心丸出しの表情で身を乗り出した。
「どうだったかな…?昔の戦譜なんかの資料には一通り目を通したが、考えてみたらそういうものは一切見てなかったなぁ……」
腕組みしたまほが、考え込むようにウ~ムと唸りながら首を捻っている。
「ありますよ」
『え?』
コーヒーを淹れた後ミニキッチンを片付けていたエリカが、自分のカップを手に戻って来る途中で短く答え隊長であるまほは目を丸くする。
「私も中まで見てはいませんが、年度毎に纏められたアルバムが隣の資料室にありますよ」
「そ、そうなのか?」
まほの表情は驚きに変わり、一方でエリカの方は少し呆れた顔をしている。
「エリカ、それってすぐに分かる物なのかぁ?」
アンチョビの顔は、もう好奇心MAXになっている。
「えぇ…持って来ましょうか?」
『是非!』
ラブとアンチョビがハモって答え、クスッと笑ったエリカは資料室に向うべく席を立った。
「エ、エリカさん私も手伝ってもいいかな?」
「そう?別に構わないけど」
エリカの後を追って、みほもエリカが開いた資料室の扉の中へと消えて行った。
「家元の若い頃の写真かぁ、楽しみだなぁ♪」
「そ、そうかぁ……?」
ニコニコ顔になったアンチョビに、まほはどちらかというと嫌そうな顔をしている。
「も~、まほったらなんて顔してんのよ~?」
「い、いや…だってなぁ……」
そのあからさまなまほの表情にさすがに呆れたラブは、彼女のほっぺを抓りながらお小言めいた事を言い始めるのであった。
「アイタタタ!こっこのヤロ!なにすんだ!?」
「あのねぇ、最近ちょっと気になってたんだけどさぁ、この際だから言っておくわ。アンタ……ううん、アンタ達姉妹揃ってしほママに対して態度悪過ぎよ!私だって家元だからしほママがどれ程大変かよく解るわ、それをアンタ達姉妹が支えてあげなくてどうするのよ?今の状況常夫パパが見たら何て言うかしらね?これからはもっとしほママに優しくしてあげなさい。いい?これはねぇ、お姉ちゃんからの命令よ!」
まほのほっぺを抓っていた手を離し、今度はそのまま指先を彼女の鼻にビシッと突き付けたラブは声高に厳命するのであった。
しかしほっぺを抓られた上に、鼻の頭を押しボタンのように押されたまほも口を尖らせ抗議する。
「何なんだよ急に!?っていうかいつまで人の鼻押してんだ!大体ここんとこ二言目にはお姉ちゃんお姉ちゃん言いやがって何様のつもりだ全くぅ!?」
まほはラブの指から逃れると、抓られたほっぺを摩りながら尚も続けて文句を言った。
「お前は何かって言うと直ぐにしほママって言いながら無条件でお母様の味方するけどなぁ、お母様がお前に優しいのは実の娘じゃないからであって、私とみほからしたら大概鬼ババアだぞ!」
それは売り言葉に買い言葉でありまほも言った瞬間にはしまったと思ったが、一旦開いた口はそう直ぐには止める事が出来なかった。
「西住お前──」
アンチョビはまほが口にしてしまったNGワードを咎めようとしたその瞬間、ラブの右手がまほの左の頬を引っ叩いた乾いた音が隊長室に鳴り響いた。
「ラブ……!」
アンチョビがまほを引っ叩いた直後のラブを見れば、彼女は叩いた右の掌を左手で包むように押えながら、その美しい瞳一杯に涙を浮かべていた。
「…アンタ……アンタ何も解ってない……私はもう会いたくても
そこまで言うと遂に大粒の涙を零し始めたラブは、足早に隊長室から出て行ってしまった。
「あ、オイ!待てよラブ!えぇい西住!この大バカヤロウ!私はラブを追うからオマエは自分で何を言ったかよーく考えておけ!」
アンチョビも目じりを吊り上げまほを叱責すると、ラブを追って隊長室を飛び出して行った。
「一体なんの騒ぎですか?」
ラブとアンチョビの大声にアルバム探しをしていたエリカとみほが何事かと資料室から顔を出すと、ラブに引っ叩かれた頬を押さえたまほが只独り呆然と隊長室の真ん中に佇んでいた。
「隊長……?」
反応のないまほの傍に来たエリカに肩を叩かれハッとした彼女は、エリカの顔を見るなり突如滝のような涙を流しながら完全にテンパった状態で大泣きを始めた。
「…で?それを本当に言っちゃったと……」
「……」
グズるまほを落ち着かせつつその様子から何かやらかしたのを察したエリカは、まずは落ち着かせると取り調べを行い彼女が何をやったか自白させていた。
「お姉ちゃん最低……」
みほも姉に対し厳しい言葉を投げ掛けたが、エリカはそのみほも言葉の刃で切って捨てた。
「あ、みほ、ラブ先輩が最初に怒った事に関してはアナタも同罪よ。ここ最近の姉妹揃って家元への態度は私もどうかと思ってたもの」
「ふえぇ──っ!?」
近頃は愛欲エリカ沼にどっぷりと浸かりこの世の春を謳歌していたみほは、その相手にいきなり冷水を浴びせられ特大のショックを受けていた。
「ふえぇ…じゃ、ないわよ全く……それにしても隊長アナタ何考えてんですか?バカですか?バカですよね?一番それを言っちゃいけない人がそれを言ってどうするんですか……」
目の前ではまほがこれ以上はない位にペチャンコに潰れて狼狽えていたが、エリカはそのまほに容赦なく止めの
「あ…あ…うあぁぁぁ────っ!どどどどどどどどどうしよぅ!?」
「どうしようじゃないですよ…ドゥーチェが追い掛けてくれたなら大丈夫だとは思いますけどね……もし戻って来てくれたらよく謝って下さいよ、予め言っておきますが一切言い訳はなしですからね?そうそう、みほも一緒よ?いいわね?」
『…はい……』
「今の間は何?」
『ハイ!』
エリカの氷の視線に射抜かれた二人は、慌てて直立不動の姿勢を取ると大声で復唱した。
『つまりはず~っと姉妹揃って一番上のお姉さんに甘えてるだけなのかしら……?』
目の前で精神的に完全にペチャンコなっているポンコツ姉妹の姿には、さすがのエリカも些か疲労の色をその表情に浮かべていた。
今はただアンチョビに全てを託すより他はなく、彼女が無事にラブを連れ戻して来てくれる事を祈るのみであった。
エリカとしては、とにかく自分と愛のここまでの苦労を無にしたくなかったのだ。
まほちゃんまたやっちゃった……。
ラストの部分は正直書くかかなり迷ったんですけどね。
もう少し違う方向性にしようかとも思いましたが、
今回は敢えて思い付いた当初のままで書かせて貰いました。
まあこっぴどく叱られてるし可愛がられるお姉ちゃんへの嫉妬とか、
色々とあるんだろうと思います。
一応この後も、そんな酷い事にはならないので御安心下さい。