けど出さずにはいられない……それがダー様ww
「ちょっと落ち着きなさい!先程から何を言っているのかさっぱり解りませんわ!……もしもし!ねぇ!聞いてますの!?」
その日の訓練も無事終わり紅茶の園で癒しのひと時を過ごしていたダージリンは、かかって来た一本の電話でそれまで楽しんでいた紅茶の香りを台無しにされていた。
「え?だから何ですって!?はぁ?どういう事?黒森峰がどうしましたって!?ねぇ?アナタ一体今何処にいるんですの?」
電話の向こうの人物と要領を得ない会話を延々と続けるダージリンは、徐々にその表情に苛立ちの色を濃くして行くのだった。
「一体如何されたのでしょう?」
アッサムのティーカップにお替りの紅茶を注ぎながら、オレンジペコはダージリンの様子に嫌な予感がするのか不安げな面持ちになっていた。
「さあ…?どうも電話の相手はラブのようですが、どうも荒れているようですわね……」
アッサムは注がれた紅茶の香りに目を細めひと口啜って満足気に頷くと、ダージリンの肩を軽く叩き振り向いた彼女に通話をスピーカーに切り替えるようハンドサインで促した。
それを受けてダージリンもヤレヤレといった風に、力なく首を左右に振りながら携帯を操作しティーセットが並ぶテーブルの上にそっと置いた。
『もうバカまほの事なんて知らない!って聞いてる!?ねぇ!ダージリン!?』
途端に流れ出す特徴的なハスキーボイスによる愚痴の濁流。
思わず寄り目になって紅茶の園の住人達が覗き込むテーブルの上で、割れ気味の音声で時々カタカタと揺れながらダージリンの携帯が喚き散らしている。
「何ですのコレ……?」
「厳島様……ですか?」
軽機関銃のように途切れる事なく喚き続けるラブだったが、日頃の間延びした喋り口調ではなくハキハキ喋っているように聞こえるのは、単にヒステリーを起こして喚いているからであった。
『今の声……アッサム?アッサムもいるの!?あーもう何で入らないのよ!?それで聞いてよ!ねえ聞いてる!?もう帰る!まほのバカぁ!』
支離滅裂過ぎて何を言っているのかさっぱり解らない上に、ヒスが頂点に達したらしくそれまでも時々混じっていたブロンクス訛りの超早口の英語のみで喚き始め、キングスイングリッシュを学ぶ聖グロの生徒達には、彼女が何を言っているのか完全に理解不能になっていた。
「これは一体何語でしょう……?」
目の前の携帯からは軽機関銃からガトリングガンに
「うるさい…ですわね……」
掛かって来たラブからの電話に出るなりずっとこの調子で喚き続け、それに延々とつき合わされていたダージリンの目は完全に座っていた。
そして紅茶の園の住人達が、もしや携帯のバッテリーが尽きるまでこれが続くのではと思い始めたその時、スピーカーからラブ以外の声が聴こえる事に気が付いた。
『やっぱりここにいたか!』
「ん?この声は……」
「アンチョビ…ですわね……」
突如乱入して来た聞き覚えのある声に、ダージリンとアッサムの二人は思わず顔を見合わせた。
「ねぇちょっと!アナタ達一体何処にいるんですの!?」
『ぬわっ!?だ、ダージリン!?あ……ラブ、お前コレ電話中だったのか!?』
『☆□@◎Ω×!』
『だから何言ってるか解らんて!ちょっとモチつけ!』
携帯越しに漏れ聴こえて来る二人のやり取りに、状況がさっぱり解らぬダージリンが更に険しい表情で声を荒げた。
「いい加減にして下さいまし!さっきからずっと何なんですのっ!?何がどうなっているのか私達にも解るように説明して頂けませんこと!?」
『私達て……オマエ以外に──』
「アンチョビ……」
聴こえて来たアッサムの声と周囲の囁き声に、アンチョビはラブだけではなくダージリンも通話をスピーカーに切り替えて行なっている事に気が付いた。
『え~っと…あ~その何だ、色々カオス過ぎて一言では説明出来ん……後で必ず連絡するから今はちょっとカンベンしてくれ~』
声の様子からダージリンは、アンチョビがスピーカーから通常通話に切り替えたのを察した。
「必ずよ?もしばっくれたりしたら承知しないわよ!?」
彼女もまた通常通話に切り替えると、険しい口調で言い放った。
『口が悪いなぁ…解ってるよぉ……』
「アナタに言われたくありませんわ!」
『あーあー悪かったな~、それじゃ忙しいから切るぞぉ~』
「あ!ちょっと!……チッ!」
掛かって来てからずっと一方的だった通話は話す相手が変わった後、これまた一方的に話すだけ話すとそのまま切られてしまった。
「全く何なんですのっ!?」
ダージリンが些か乱暴に途切れた携帯をテーブルに叩き付けると、その勢いにテーブル上のティーカップの中の紅茶が激しく揺れて跳ねるとテーブルクロスに小さな染みを作った。
不快そうにひとつ鼻を鳴らすと彼女はそのティーカップを手に取り紅茶を口に含んだが、ラブとアンチョビの相手をしているうちに紅茶はすっかり冷めきっており、忌々しげな表情になったダージリンは残りの紅茶を一気に飲み干した。
耳の奥が痛くなりそうな程に静まり返った紅茶の園、たった一本の電話でダージリンの優雅な夕暮れ時のひと時は完全に台無しになっていた。
「何で千代美が私の電話勝手に切るのよ!?」
まほの考えなしで不用意なひと言でキレたラブは黒森峰戦車道の総本山である隊舎内の隊長室から飛び出すと、短期留学中の仮住まいの場となっている寮へ戻り笠女学園艦へと帰るべく、自分のトランクを開き荷造りを始めていた。
しかし始めたはいいがムシャクシャしたやり場のない気持ちが収まらず、そのはけ口としてダージリンに彼女の都合も考えずに電話で一方的に愚痴を喚き散らしていたのだが、一度着火してしまった怒りの炎は中々収まらず、ヒスを爆発させた彼女は荷造りの方も幼少期から旅慣れているにも拘わらず収拾が付かないものになっていた。
『コイツのトランクが無駄にデカいのは、このブラのせいなんだろうか……?』
ベッドの上に散乱する異次元サイズなラブのブラジャーをぼんやりと眺めながら、アンチョビはそんな益体もない事を考えていた。
「もう!聞いてるの千代美!?」
「え?あぁスマン…とにかくアレだ、少し落ち着いてくれ……話はそれからだ」
トランクに衣類を入れたり出したりを繰り返すラブに、両の手の平を向け身振りを交え落ち着くよう促したが、それは却って彼女をよりエキサイトさせるだけであった。
「私はÅ●£alwaysとってもcalm@■⊆※よ!」
「オマエ日本語といつも以上の早口英語がごちゃ混ぜで、何言ってんだかさっぱり解らんぞぉ!」
頭が痛くなって来たのかアンチョビがこめかみを指先でグリグリしながら疲れた声で言うと、うっと一瞬呻いて言葉に詰まったラブは、直ぐにまた癇癪を起こし手近にあった自分のブラをアンチョビ目掛けて投げつけた。
「うわっぷっ!?だから落ち着けと言ってるだろうがぁ!」
投げ付けられた特大のブラのカップが顔にすっぽり被ってしまったアンチョビは、そのサイズに改めて愕然としながらもラブに向かって投げ返した。
「何よその扱いは!?別に汚くないわよ!」
「だぁ!もうそう言う問題じゃない!とにかく──」
すっかり話が通じなくなっているラブにアンチョビまでキレ掛けたその時、パンツァージャケットの懐に入れた彼女の携帯の着信音が鳴り響いた。
「ったく!誰だこんな時に…もしもし!あ……あぁエリカか、フムそうか…ああ解ったそれは助かる、うん宜しく頼む……それじゃあな」
電話を掛けて来たのは、西住姉妹の説教を終えたばかりのエリカであった。
彼女はアンチョビがラブの事を追い掛けたのを知り、こうして電話を掛けて来たらしい。
エリカとしても折角愛の力を借りて成功に漕ぎ付けたこの企画を、こんな処で終わらせたくはなかったのだ。
「おいラブ……」
「な、なによ……!?」
何やら自分の事でアンチョビがエリカと結託しているのが見え見えなので、警戒したラブの語気は自然と強いものとなっている。
「今からエリカがまほとみほを連行してこっちに帰って来るそうだ。もう風呂と夕食の時間が直ぐだからな……」
「もう私には関係ないわ!だって帰るんだもの!」
アンチョビも先程の失言では済まされないまほの発言にはかなり腹を立てていたが、副隊長として試合の準備で忙しかったであろうエリカが、まほの為に奔走して来た苦労を無にしたくはなかった。
「あのなラブ…少しエリカの気持ちも酌んでやってくれないか?相当忙しかったろうに全ての手配を独りでやってたんだからな……勿論西住のあの発言は許せんさ、だが今のエリカの話じゃ二人共ギッチギチに粛正した上で連行中らしいから謝罪だけでも聞いてやってくれないか?まほの方にはさ、後で私からもきっちりとお仕置きしておくから……な?」
「謝罪すべきは私にじゃなくてしほママによ!」
「だからその辺も含めて私から言っておくからさ」
「……」
そのラブの沈黙を、アンチョビは受諾の印と受け取る事にした。
そしてちょうどその頃まほとみほが、エリカの後ろを項垂れてトボトボと重い足取りで寮に向け歩いていた。
「ホント、女子力以前の問題ですからね…そんな事ばかりやっているとドゥーチェ……千代美さんにも愛想尽かされて捨てられますよ?」
ピタリと立ち止まったまほは、真っ青な顔でガクガクと震え始めた。
「ん?隊長?」
「わ、悪かった…私が悪かった……わた、私が私が私が私が──」
「お姉ちゃん……」
すっかり日も暮れた寮の前で、まほは音飛びするレコードのようにループした思考が口からダダ漏れになっているが、ここに来るまでの間にもエリカに徹底的に締め上げられ何度となく同じ事を繰り返して反省はしているようであったが、辿り着いた寮に入ろうとするとそこで躊躇し始めていた。
「ハァ……いつまでそうしているつもりですか?」
「わ…解っている……います!」
改めてエリカに促され、二人はやっと寮へと入って行った。
「ら…ラブ……」
自分にあてがわれたベッドの端に腰掛けたラブは、苛立たしげに組んだ長い脚の爪先を小刻みに揺らしながら、冷めきった視線を容赦なくポンコツ姉妹に突き付けていた。
「ご、ごめんよ…ごめんなさい……姉さんごめんなさぁい……」
『あ、姉さん言った……』
アンチョビとエリカは口元を引き攣らせ、視線をまほから逸らした。
そして突如として幼児のように大泣きを始めたまほに二人して細かく肩を震わせ、ラブは独りどうにも情けない気分になっていた。
「ラブお姉ちゃん……」
みほまでが大洗で再び戦車道の世界に引き摺り込まれた当時のように、只オロオロしている。
「あ~もう姉妹揃ってうっとおしいわねぇ!」
「なぁラブ、ここはひとつ私に免じて……」
「解ってるわよぉ……」
困り果てた顔で助け船を出したアンチョビに、口を尖らせたラブも不承不承ながらも頷いた。
姉妹揃ってエグエグと泣き続ける姿に頭痛を覚えたラブは、如何にも面倒そうに言い放った。
「いい加減泣くのを止めなさいよ、もう次はないからね?解った!?」
きつい口調で言われた二人は必死に泣くのを堪えながら、再度謝罪の言葉を口にした。
『う゛ぅ゛…ごめ゛ん゛な゛さ゛~い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛……』
「もういいから…マジうざい……しほママにもちゃんと謝るのよ!?」
『…はい……』
「今の間は何?」
『ハイ!』
そうは言ったものの、この親子の色々拗れた関係がそう簡単に上手くいかない事は、ラブも一応は解っているのであった。
「…千代美、お風呂行こ……髪をお願い……」
「あ、あぁ解った……」
疲れ切った表情のラブは入浴の準備を始め着用しているパンツァージャケットを脱ごうとするが、事故の後遺障害で可動範囲制限がある彼女は一人で上着の脱ぎ着が出来ず、すかさずアンチョビが西住家宿泊時と同様に介助に入った。
「ありがと、千代美」
アンチョビの介助で部屋着代わりの黒森峰のジャージに着替えたのはいいが、さすがにジャージまで特注という訳には行かずサイズは既製品だった。
何とか閉めてみた上着のファスナーは下乳の段階でつっかえて胸元が合わせられないので、張り詰めたTシャツに包まれたたわわは完全にはみ乳していた。
『……』
「下にTシャツ着てるからいいわ……」
「その…お前の学校のジャージって……」
「…特注よ……」
「だよな……」
アンチョビはドキドキを押さえるように自分も着替え、風呂に向かう準備が出来た頃にはエリカ達も既に身支度を整えていた。
今回の短期留学の間だけ特別に西住姉妹とエリカ、それにアンチョビとラブで通常は一年生が入寮して最初に使う大部屋に入っていたが、もう何度となく一緒に温泉などで入浴しているにも拘わらず、皆の前で行われたラブの生着替えはやはりムラムラ来るので全員耳まで真っ赤だった。
「じゃ、じゃあ行くか……」
「ええ……」
その日の入浴はこれ以上ラブの機嫌を損ねぬよう全員必死に自制心を働かせたので、ラブにとっては幸いなことに何事も起こらず静かに入浴する事が出来た。
夕食を終え明日の準備が済めば就寝まではそれぞれ自由に過ごしていた。
ラブも持ち込んでいたギターケースを開き、中からアコースティックギターを取り出した。
「悪いけど少しうるさくするわよ」
「ん?やっぱり音楽がないと落ち着かないか?」
アンチョビが隣の二段ベッドの上段から覗き込み、入浴後は一つに束ねている淡い緑の髪が垂れ下がってゆらりと揺れていた。
「さすがに私達もそこまで見境な…いわよね……でも今は次のアルバムの曲作りが結構切羽詰ってかなりヤバい感じになってるのよ。それでこうして出来る時に少しでもやっておかないと、アルバムリリースの遅れとか成績に直結してるからシャレにならないのよ」
そう言う間にも、ラブの手と耳は軽くギターをチューニングしている。
そこから暫くの間は、爪弾いたり掻き鳴らしたりを繰り返しては、ノートにコードを書き込む作業に没頭して周囲は全く見えていないようであった。
『凄い集中力だな……』
『ですね……』
まるで外界から自分を遮断したように、ギターを鳴らしてはノートへの書き込みを延々と続けるラブの様子に、アンチョビとエリカがそんな事を声を潜めて囁き合っていたが、それが合図となったのかラブの手がピタリと止まった。
「ん~、今日はもうこんなもんかな~」
「あ、悪い…邪魔してしまったか……?」
「ん?ナニ?なんの事?」
どうやら彼女の耳には二人の会話など入っていなかったらしく、単にキリの良い処だったようだ。
「あぁいや……それより曲作りはキーボードだけじゃないんだな」
「まあね、今回は持って来るのも大変だし、実際こうしてギターだって使うわよ」
「そうなのか、でもそんなにスケジュール厳しくて大丈夫か?」
「スケジュールが押してるというか、狂ってるのは開校当初からなのよ。ホラ、文科省が色々やってくれたお蔭で予定外の行動ばっかりだったでしょ?当初のロードマップじゃもう2枚目のアルバムだってとっくにリリースしているはずだったのよ?だけど長期アメリカに行く事になったりしてたからさ、当初の目論みなんて影も形も残ってないわよ」
アンチョビとラブの会話をそれまで黙って聞いていたエリカが、申し訳なさそうな顔をしている事に気付いたラブがすかさずフォローの言葉を口にした。
「大丈夫よエリカさん、あなたにはとっても感謝しているわ。エリカさんのお蔭で着る事は叶わないと諦めていた黒森峰のパンツァージャケットに袖を通す事が出来たし、まほとも教室で机を並べる事も出来た……エリカさん本当にありがとう」
「そんな……」
ラブの気遣いと感謝の言葉に、エリカも言葉を詰まらせる。
ベッドの下段でみほと一緒に並んで反省状態で座っていたまほも、相当涙腺に来ているようだ。
「ラブ……」
「あ~、もうそういうのいいから」
まほのその様子に、ラブも面倒そうに手を振りながら笑う。
こういう時に長く引き摺らず、切り替えが早いのもラブの強みの一つだろう。
「それより私は喉が渇いたわ」
「何か入れて来ましょうか?」
気を利かせたエリカが早々にベッドから降りかけると、ラブはそれを制しながら身の回り品を入れたポーチから小銭入れを用意していた。
「ありがとエリカさん、でもそこまでしなくていいわ。下の販売機で何か買って来るから大丈夫よ」
そう言うとラブは小銭入れを手にベッドから立ち上がった。
「なら私が買いに行ってきます……みほ、手伝って」
「う、うん、分かったよエリカさん」
ベッドの上段から降りたエリカがみほを引き連れ部屋を出ようとしたが、そのエリカを呼び止めラブが自分の小銭入れを彼女に放り投げた。
「待ってエリカさん、これでみんなの分も何か適当に買って来て」
「えっ!?でも……」
「い~からい~から」
「ハァ……」
有無を言わさぬラブに押し切られたエリカは、曖昧に頷きながらみほと共に玄関脇の販売機コーナーへと飲み物の買い出しに出かけた。
「しかしオマエ本当に大丈夫なのか?そんなハードスケジュールで休む暇なんかあるのか?」
アンチョビは自身の試合後の疲労度を考えれば、AP-Girlsがやっている事が如何にハードなものであるかは容易に想像が付いていた。
「ありがと、でもそれは大して問題じゃないわ、もう慣れたしね…それより今一番大丈夫じゃないのは家元会議の方よ。いくらしほママと島田流の家元が後見に付いてくれるっていってもさぁ、亜梨亜ママはもう家元じゃないから同行しないって言うし……大体家元会議って何やるワケ?もうずっと流派同士の交流なんていがみ合うばっかでなくなってるでしょ?何より厳島って身内だけで継承して規模も小さいのにそれが原因で色々言われてるしさ、そんなトコにノコノコ高校生が出て行って家元ですって言ったって何がどうなるってのよ?考えただけで私お腹が痛くなるんだけど?」
『それは……』
アンチョビにしてもまほにしても今はまだ一介の高校戦車道の選手でしかなく、ラブの問いに応える事などとても出来るものではなかった。
「あ~、ホント面倒だわ~」
さすがに事これに関してはアンチョビも、気の利いた事の一つも言ってやる事は出来なかった。
アイドルグループのリーダーと戦車道チームの隊長と更にはその戦車道の家元の仕事は、高校生の生活としてはあまりにも多忙過ぎるものといえよう。
「と、とにかく身体だけは気を付けるんだぞ……」
「ん~、わかった~」
こればかりはアンチョビも、そう言うのがやっとであった。
その一方でまほはといえば、いずれは自分も母から西住流家元の座を継ぐ事になるが、自分が家元としてラブと肩を並べる日が果していつになるのか全く想像も付かないのであった。
「…どうかしましたか……?」
「あぁエリカさん何でもないわ……さ、この話ももう終わりよ」
エリカから買って来て貰った飲み物と小銭入れを受け取りながら、面倒な話はそこで打ち切ったラブは、ニッコリとエリカに向けて笑いながらホットレモンに口を付けた。
「あの……ソレで良かったんですか?」
「えぇ、商売道具の喉に優しくて嬉しいわ♪」
彼女が見せるちょっとした気遣いに、エリカもホッとした表情で自分の飲み物を口にした。
それから暫しの間温かい飲み物と共に和やかな時間を過していたが、一本の電話の着信音がその和んだ空気を破るのであった。
「あ、スマン私だ…誰だこんな時間に……って、あ゛……」
二段ベッドの上段に転がしてあった自分の携帯を取り、その液晶画面に表示された発信者名を見たアンチョビは短く呻き声を上げるのだった。
「しまった…もう電話して来やがった……こっちから連絡すると言ったのに…全くアイツは堪え性のないヤツだなぁ……」
「どうした?」
「あ~、いやまぁ…ちょっと失礼するよ……」
鳴り続ける携帯片手にアンチョビは部屋を出て行った。
「どうしたんだろう?」
「さあ……?」
まほの疑問にラブも首を捻るだけで、エリカとみほも不思議そうに顔を見合わせるだけであった。
「う~むどうしよう…あ、切れた……って、うわ!もうかよ!?」
液晶画面に再び表示される発信者の名はダージリン。
ブチギレたラブが持つべきものは友とばかりに、一番付き合いの長い彼女に支離滅裂な愚痴吐き電話を掛けた為、云わばとばっちりのとばっちりがアンチョビに回って来る形となったのだ。
「まぁ仕方ない、説明するって言っちゃったしな…しかしこっちから連絡するって言ったのにアイツはぁ……あ~モシモシ?うぉ!?」
出るなり不機嫌極まりない英国面が、電話の向こうで捲し立てている。
「だぁ──!だからそう捲し立てられたらこっちが何も話せんだろうがぁ!」
堪り兼ねたアンチョビが大声で言い返して、漸く紅茶女もその口を噤んだ。
それから深呼吸をしたアンチョビは、長引かせたくないので要領良く簡素に話を纏め説明した。
「──っとまぁそういう訳だ、お前達にも迷惑をかけてすまなかったな……」
「成る程そういう事でしたの…エリカさんもお手柄でしたわね。まぁそれに免じてラブの短期留学などという抜け駆けに関しては不問に付しましょう……」
「抜け駆けってお前──」
「ですがそういう事でしたら私達の協力が不可欠でしょう?」
「は?協力って何だよ……?」
「ええそうですわ、そうに決まっていますとも……」
「オイ!ダージリン!お前何言ってんだ!?」
「そうと決まればこうしてはいられませんわ!」
「人の話を聞かんかぁ!」
「待っておいでなさい、直ぐに準備をして差し上げますわ」
「さっきから何の話だ!?準備って?オイコラ!……あ?」
たった今まで通話していた携帯の液晶画面を見れば、その通話は既に一方的に切られていた。
「アイツいつの間に切りやがった?……チッ!電源まで切りやがったな?」
アンチョビが掛け直すとダージリンこれ以上の説明は不要とでもいうつもりか、既に彼女の携帯の電源は切られていた。
「仕方ない……アッサムもかぁ!?」
相手を変えようとアッサムに電話してみたが、速攻でダージリンが手を回したらしく彼女の携帯も電源が切られたらしく連絡が取れなくなっていた。
その後も何人か知っている聖グロの隊員にアタリを付けようと電話をしてみたが、尽く電源が切られて誰一人として連絡が着かなくなっていた。
「ダージリンの差し金か…あの歩く英国面め……一体何を企んでやがる……?」
状況はさっぱり解らぬがダージリンが暴走を始めたのはまず間違いなく、アンチョビは只々悪い予感しかしなかった。
またなし崩しにグダグダな展開になるんだろうなぁw