ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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UD-Girlsとの一戦もこれにて終了。
ラブチョビを敵に回すと酷い目に遭う、そんなお話です♪


第八十六話   無双する魔女(やりたい放題)

「ガッデ──ム!ラブ!アンタよくもアンジーをっ!」

 

『おぉ、いつも以上の日本語英語……』

 

『あ、言っちゃった!』

 

 

 アンチョビの123号車(ベルター)を先頭に形成されたミニカイルの突撃を真っ先に喰らう事になったケイは、ラブの姿を見るなりブチ切れて突っ掛かり始め、その様子からして試合の事など完全に頭から抜け落ちているのは明らかだった。

 

 

『色ボケ恐るべし……』

 

 

 砲声の合間に轟いたケイの叫びに戦う手こそ止めないが、両軍の選手が一斉に心の中で突っ込みを入れ、ひと足先に回収され観戦スタンドに戻りモニターでその様子を見ていた杏は、困ったようにまゆをへにょりと下げながらも赤くなった両のほっぺに手を添え照れる姿が大そう可愛らしかった。

 

 

「あ~も~メンドクサイな~」

 

 

 言葉通りに面倒そうな顔をしたラブは、ケイの暴走で統制を欠いたサンダース勢を受け流しつつも僚車と共に痛打を浴びせ隊列を突き崩すと、それを見て取った本隊もすかさずサンダース勢に集中砲火を浴びせ完全に戦列を崩壊させていた。

 

 

「今だ!敵本陣に斬り込んで大将を討ち取るぞ!」

 

『jawohl!』

 

 

 ここが好期と見たまほの命により黒森峰本隊も突撃を開始し、十字砲火に晒されたUD-Girlsは防戦一方の窮地に立たされる事となった。

 

 

「あぁもう…今日のケイは全く使い物になりませんわね……」

 

 

 集中砲火を浴びニッチもサッチも行かないサンダース勢を一瞥したダージリンは、嘆息すると共にそう吐き捨てたが、先程から自身が騎乗するブラックプリンスもアンチョビのベルターからアハト・アハト(88㎜)による執拗な砲撃を受け始め、それまで後方に配したカルパッチョのP40に出していた支援射撃の座標指定を送る余裕もなくなっていた。

 

 

「それにしてもまだ許してくれないなんて…なんてしつこさなのかしら……」

 

 

 自身がこれまでに積み重ねた悪行を棚に上げ、アンチョビの執念深さに泣き言を言ったダージリンであったが、車内の者達は誰も同情した様子は見られなかった。

 特に紅茶の園の一員になって以降、散々とばっちりで迷惑を被って来たオレンジペコの目はより一層白いものであった。

 

 

「ダージリン様をお守りしろっ!」

 

 

 学年が一つ上な分オレンジペコ以上にダージリンに振り回されて来たルクリリが、健気にも盾となるべく騎乗するチャーチルをブラックプリンスとベルターの間に割って入らせた。

 

 

「ん~♪ルクリリさんって本当にイケメンよね~、彼女に密かに想いを寄せる子って多いと思うのよ。これで来年隊長さんになったら更にモテモテよね、私だって守って貰えたら自分の全部をルクリリさんにあげちゃうって思うもの♡」

 

『……』

 

 

 ラブの垂れ流しな脳内妄想に想像してしまったLove Gunの搭乗員達は、真っ赤な顔で鼻から更に赤いモノをひと筋流していた。

 

 

「千代美!千代美はダージリンに集中していいわよ!ルクリリさんは私に任せて!」

 

『了解だ』

 

 

 既に組織的な反撃が出来なくなったサンダース勢は随行して来たパンターに軽くあしらわれており、敵と呼べる存在はもう目前にいるダージリン達だけと言っていいだろう。

 

 

「全くもう…ダージリン様は敵を作り過ぎなんだよ……って、うおぅ!」

 

 

 ブラックプリンスを守ろうとLove Gunにチャーチルを正対させたルクリリは、ラブが自分に向けて発する禍々しいオーラと熱っぽく危ない視線に気付きその表情を凍らせた。

 

 

「うぅ…カンベンしてくれぇ……」

 

 

 絶望的な表情で、消え入りそうな呟きと共にガックリと項垂れるルクリリであった。

 

 

「まだ終わりじゃないわよ!マホーシャだけに火力を集中させなさい!」

 

 

 もう何発直撃を受けたか解らぬがそれでも尚踏み止まり戦い続けるカチューシャのKV-2は、街道上の怪物の二つ名に恥じぬ勇戦ぶりであったが、それでもやはり徐々に限界点に達しつつあった。

 

 

『ナオミ、お願いしていいですか?』

 

 

 サンダースの本隊とは別行動でノンナのIS-2と共にKV-2の脇を固め戦列を維持していたナオミのファイアフライは、アハト・アハトの大攻勢を前に装甲残弾共にもう限界だったもののどうにか生き残っており、片翼を担っていたノンナからの問いに即答した。

 

 

「あぁ構わない、まだ最後っぺかます位の事は出来るさ」

 

 

 ノンナが何を意図しているかは皆まで言わずとも解っているらしく、ファイアフライとIS-2は示し合わせたように前進すると、阿形吽形宜しくKV-2の前で立ちはだかり攻め寄るまほに対し盾となって徹底抗戦の構えを見せた。

 

 

「ちょっと!アンタ達何やってんのよ!?」

 

 

 その行動にカチューシャが声を荒げたが、例によってノンナは至って冷静に答えた。

 

 

『こちらは間もなく弾切れです。私達を盾としてカチューシャ様はまほさんのフラッグ車に、全火力を叩き込んで下さい』

 

「…解ったわ……やってやるわよ!」

 

『あぁ、全力でガツンとやってやりな』

 

 

 ノンナの思惑に従ったカチューシャに、ナオミも煽るような事を言って彼女の事を焚き付ける。

 

 

「ルクリリさ~ん♡千代美の邪魔をしちゃダメよ~♪」

 

 

 アンチョビのダージリンに対する執念は凄まじくルクリリも何とか盾になろうと必死だが、ラブの好奇心が自分に向かってしまった今、そちらに手を取られダージリンのブラックプリンスの護衛をする処の騒ぎではなかった。

 

 

「うぅ…こういう時になると、何であの人はあんなに嬉しそうなんだろう……」

 

 

 やっと昼を過ぎようかという時間までに試合終盤まで来た程ハイペースな試合にも拘わらず、既に丸一日試合をしたような疲労感に苛まれているルクリリは、疲れ切った表情で嬉々として自分に攻撃を仕掛けて来るラブ相手に最後の抵抗を試みていた。

 

 

「あぁもう…だからそんなデート中にキスでもおねだりする女の子みたいな顔は止めて下さい……」

 

 

 完全にわざとやっているのだろうがそれは凡そ戦車道の試合中に見せる表情ではない雌の顔で迫るラブに、ルクリリはドキドキしながら力なく抗議の言葉を口にした。

 

 

「私ねぇ、ルクリリさんに誘われたら迷わずお持ち帰りされちゃうわぁ~♡」

 

「だぁ────っ!」

 

 

 アホなセリフを得意の拡声器で嬉しそうに垂れ流すラブに、堪り兼ねたルクリリは思わず頭を抱え声を限りに絶叫した。

 

 

「うふ♡大好きよルクリリさん、受け取ってね♪」

 

 

 ちゅっ♡っと音が聴こえそうな投げキスと共にLove Gunの主砲が徹甲弾を放ち、正面装甲を叩かれたチャーチルはそれまでに蓄積したダメージも合わさり白旗を揚げその活動を停止した。

 

 

「申し訳御座いませんダージリン様…でもやっと終わった……」

 

 

 心身共に疲れ果てたルクリリは白旗が揚がるのと同時に、ほぼ罰ゲームのような試合から一抜け出来た安堵感に力なくその場に崩れ落ちた。

 

 

「フハハハハ、覚悟はいいかダージリン!」

 

「いいか~♪」

 

 

 アハト・アハトの破壊力に酔いしれるアンチョビに付き随い、ルクリリのチャーチルを倒したラブの操るLove Gunがベルターと共に苦々しげな顔をするダージリンのブラックプリンスに肉薄する。

 

 

「もういい加減許して頂けませんこと?」

 

 

 ここに来てやっとダージリンもやり過ぎた事を後悔していたが、ハッキリ言って遅過ぎでありアンチョビも怒りの鉄槌を振り降ろすまで止まるつもりはなかった。

 

 

「よろしい、ならばこれで勘弁してやろう……撃てぇ!」

 

 

 必殺の88㎜が火を噴き、既に満身創痍のブラックプリンスの正面装甲を易々と貫いた。

 白旗を横目に煤けた顔を砲塔上に出したダージリンは、、口の端を歪ませ誰の目にも明らかな悔しそうな顔と口調で吐き捨てた。

 

 

「お…おやりになるわね……こう云えばご満足頂けるかしら!?」

 

 

 破顔一笑、実に晴れやかな笑顔となったアンチョビが、ダージリンを完全にやり込め満足気な表情で胸を反らし呵呵大笑していた。

 

 

『オマエどんだけ恨み買ってんだよ……?』

 

 

 全員がダージリンに対し呆れはしても一切同情していなかった。

 何故ならば、皆揃って大なり小なり彼女の暴走で迷惑を被った経験があるからに他ならなかった。

 

 

「Hey!待ちなさいよラブっ!」

 

「ん~?」

 

 

 聖グロ勢を討ち取り残るは実質カチューシャのみと前進し掛けた処に、背後から名を呼ばれ振り返ってみれば、そこには既にヨタヨタな状態のケイのA6が、パンターの手を逃れせめてラブに一太刀浴びせんと追撃して来る姿があった。

 

 

「うは~、しつこ~」

 

 

 ほぼ逆恨みからの衝動のみで迫って来るケイを、ラブは心底面倒そうに見ていた。

 

 

「…もういいや……えいっ!」

 

 

 口調までも面倒そうなラブの命令でLove Gunが主砲をぶっ放し、ケイのA6はあっさりとその息の根を止められてしまうのだった。

 

 

「Jesus!」

 

 

 ケイの断末魔の叫びと共にA6は白旗を射出し完全に沈黙した。

 

 

『えいってオマエ…せめて撃てぐらいは言ってやれよ……』

 

 

 ダージリンと違い、多少その末路には皆同情的であった。

 そしていよいよ追い詰められたカチューシャだが、前衛で奮戦するノンナとナオミが最後の突撃に出たのを見て、彼女も覚悟を決めたようだ。

 

 

「残弾全てをマホーシャに叩っ込みなさい!全弾撃ち尽くすまでやられんじゃないわよ!」

 

『Ураааааааа!』

 

 

 ここまで追い詰められて尚KV-2の車内は士気が高く、少しでも油断すれば逆に喰われるのは間違いない程に闘争心に満ちていた。

 

 

「来るぞ!みほ、エリカ!」

 

『任せて下さい!』

 

 

 皆まで言わずとも、みほとエリカがノンナのIS-2とナオミのファイアフライの排除に掛かる。

 再び披露される見事なまでのエリみほのコンビネーションに、それを見た者達の口から一斉に実に感慨深げな声であらゆるものを超越した感想の言葉が漏れだした。

 

 

『いやぁ…愛の力って凄いわ……』

 

 

 瞬殺、そう表現するのが一番的確と思える程の手際の良さでエリみほが突撃して来た2両を排除すると、その間を直下のヤークトパンターの援護を受けたまほのビットマンが、カチューシャのKV-2目掛けて全速力で突撃して行く。

 

 

「今よ!撃て!」

 

 

 カチューシャの命令でKV-2最後の一発が放たれる。

 だが広がった火球と黒煙を突き破り姿を現したビットマンがまほの声の限りの命令を受け、止めのアハト・アハトを轟音を上げ撃ち込んだ。

 

 

「撃てぇ!」

 

 

 激しい衝撃がKV-2を揺さぶり、爆炎が街道上の怪物の巨体を飲み込む。

 そして吹き抜ける冬の風が黒煙を剥ぎ取ると、その特徴的な砲塔の上に殊更小さく見える白旗が揚がって見え、それを目にした者達に勝敗が決した事を告げていた。

 

 

『UD-Girlsフラッグ車走行不能!よって黒森峰女学園の勝利!』

 

 

 いつもの声でいつも通りに試合終了を告げるコールが響く。

 

 

「え…?蝶野……教官?」

 

 

 そう呟いたまほを始め全員がキョトンとしている。

 血が騒いだらしい亜美は、審判長役の西住流の門下生からマイクを奪うとフンスと鼻息も荒く、ノリノリで勝者のコールと試合終了のアナウンスを行なっていた。

 

 

「アンタも好きね……つ~かそこまで行ったら立派に職業病なんじゃない?」

 

 

 独りスタンドに残された英子は、苦笑しながら肩を竦めていた。

 

 

「何だかよく解らないうちに終わっちゃったみたいよ?たかちゃん♡」

 

「そ、そうみたいね……」

 

 

 ダージリンからの指示が途絶えすっかり手持無沙汰になったカルパッチョは、ちゃっかりとカエサルをその膝の上に乗せ髪を撫でつつ愛でていた。

 しかしそれに対し他の者が何も言わないのは、カルパッチョが穴埋め要員として連れて来たのがぺパロニとアマレットという確信犯的組み合わせな二人であったからで、この二人の方がひと足早く暇になるなり宜しく始めてしまい、その段階でP40の車内は動くラ○ホテルに成り果てていた。

 

 

「ふぅ、スッキリしたわ!こんな短時間でKVたんの砲弾を全弾撃ち尽くしたのなんて初めてよ!」

 

 

 煤塗れの顔でKV-2の砲塔から這い出したカチューシャは、その場で胡坐を掻くと煤けて黒い顔によく目立つ白い歯を見せ大きく笑っている。

 実際短期決戦で勝負が決まったにも拘わらず凄まじい砲撃戦で弾薬が消費され、参戦車両の大半の残弾が一桁まで減っていた程であった。

 しかし双方それだけ撃ち合いながらも試合結果の方はほぼ一方的なワンサイドゲームとなり、黒森峰の圧勝に終わっていた

 有力選手は早い時期からスカウト合戦があり分散する為に、一校にこれだけの人材が集中する事はそうそうある事ではなく、それ故に今回の急造とはいえこの黒森峰が示した破壊力は絶大であり、もしこの体制が実現していたとしたら十連覇以上に大きなものを残していたかもしれなかったが、一方ではUD-Girlsがその名の通り噛ませ犬に徹した結果である事も否定出来ない。

 

 

「いや、スッキリしたのはいいが、いくらなんでもこれは撃ち過ぎだろう?」

 

 

 自分も参戦していながら呆れ果てたようにアンチョビが見回す草原では、元はフラミンゴと呼ばれたⅡ号戦車の火炎放射型であろう車両に、火炎放射器の代わりに消火装置を搭載し流れ弾などで燻ぶる冬枯れの雑草を消火して回る姿が見て取れた。

 

 

「ホントよね~、私も千代美と一緒に戦うのが楽しくてつい余計に撃っちゃった…ん?……アレ?」

 

 

 黒森峰への短期留学二日目、UD-Girlsとの試合を終えた段階になって、ラブは嘗ての想い人であるアンチョビと寝食を共にするのみならず、更にはチームメイトとして戦車戦を戦い勝利した事に今更ながらに気が付いたのであった。

 

 

『え?ヤダ…ちょっと……ウソ……どうしよ!?』

 

 

 例え今は心の中を100%愛への想いが占めているとしても、恋愛感情というものはそう簡単に消えてなくなるものではなく、ラブは胸の鼓動の高まりと共に耳まで熱くなるのを感じていた。

 

 

『なんで?えぇ~?今更困るんだけど……』

 

 

 大きく広げた両の手で顔を覆うと冷え切った手が火照った顔に心地良いが、冷やされて湯気が上がったらどうしようなどと考えるラブであった。

 だがしかし、そこでラブはふとある事に気が付いた。

 嘗ては彼女の事を想うだけで身体の芯まで熱くなる程であったのに、今もテンションこそ上がりはしたがその感覚は一切なく、以前とはまるっきり状況が違っていたのだ。

 

 

「あ…そっか……そうなんだ……」

 

 

 愛と出会って以降自分の感情の全てが彼女へと向いている今、アンチョビへの想いは少し甘酸っぱく切ない秘密の想い出へと変わっていたのだった。

 まだ自分で自分にも上手く説明出来ないがラブもどうやら心の中で一つの区切りが付いたらしく、少しぼ~っとした様子で午後の冬空を独り見上げていた。

 

 

「あの…ラブ先輩……?」

 

「ん?何、小梅さん?」

 

 

 ラブの様子の変化に気付いた小梅が、おずおずと彼女に声を掛けた。

 

 

「いえ、その……大丈夫ですか?」

 

「え?あぁ、うん大丈夫よ……そう、私はもう大丈夫♪」

 

「はぁ?はぁ……」

 

 

 空を見上げたまま答えたラブは、今はとにかく愛を抱き締めキスをしたい衝動に駆られていた。

 

 

「ラブ、良くやってくれたな。ほぼパーフェクトゲームで、私も溜め込んだヘイトをおかげさんで全て吐き出す事が出来たぞぉ♪」

 

「千代美♪」

 

 

 ダージリンの仕組んだお遊び試合とはいえ間違いなく今日の試合のMVPはラブであり、ベルターをLove Gunの隣に寄せたアンチョビは大仰に両手を広げラブの事を称えていた。

 

 

「うふふ♪ヨイショっと」

 

 

 微笑みながらコマンダーキューポラから抜け出したラブは砲塔上に立ち上がると、軽く勢いをつけたわわなアハト・アハトをバルンバルンさせながらLove Gunからベルターへと飛び移っていた。

 

 

「うわぁ!止めんかバカ者!」

 

 

 尚、その際Love Gunは全てのハッチを解放しており、小梅を始め顔を出していた全ての搭乗員達は跳躍したラブのミニスカの下の大人過ぎる薄布をガン見してしまい、鼻血を噴出するという重大インシデントが発生していた。

 

 

「オマエなぁ!この間も危ないマネをするなと注意──うひゃあ!?」

 

 

 飛び移って来たラブは砲塔に着地するなりコマンダーキューポラに収まったアンチョビの頭を、たわわな胸のグランドキャニオンに埋めていた。

 

 

「えへへ♪千代美だ~い好き♡」

 

「うひゃあぁぁぁぁ────っ!」

 

 

 ムニュムニュぐりぐり抱き締めたアンチョビの頭をたわわに埋めたまま、ラブは目をヒヨコの足跡にしながら力の限りはしゃいでいる。

 制帽も落としツインテとリボンをぐしゃぐしゃにしながらアンチョビが悲鳴を上げるが、ラブの暴走は止まる様子が一向になかった。

 

 

「ああぁあんざいぃぃぃ!」

 

「だから西住いちいちその変な声を出すなぁ!状況をよく見──うひゃあ!」

 

 

 例によってアンチョビの事となると見境のなくなるまほを叱責し掛けたが、更に谷間に引き摺り込まれ悲鳴を上げる事しか出来ない。

 

 

「うふふふふ♪千代美ってホント可愛いなぁ♡」

 

 

 完全に犬か猫のようにアンチョビをモフるラブは、何かが吹っ切れ実に楽しそうであった。

 誰もその理由を知る由もなかったが、その弾けぶりとモフられるアンチョビに狼狽えるまほの様子があまりにも可笑しく、まほチョビ以外の者達は揃って大笑いしていた。

 そして観戦スタンドのある区画に戻ってみれば、英子が苦笑する中すっかりその気になった亜美が私服姿にも拘らずいつもの調子でその場を仕切り、いつも通りに整列させられた後、いつも通りの挨拶をさせられたのであった。

 

 

『完全に職業病よね?』

 

『ちょっと目付きが……』

 

『シッ!』

 

 

 皆がヒソヒソするが亜美の耳には届いていないらしく、彼女は実に生き生きと職務に専念し審判を務めた門下生達も苦笑しながらそれに従っていた。

 

 

「終わりましたか……」

 

「お母様……え?」

 

 

 軽快なエンジン音を轟かせ西住家がプライベートで使用するいつものⅡ号で登場したしほであったが、その姿を見たまほはそこまで言った処で言葉を失いみほも驚きでアゴを落としていた。

 姉妹揃って何故そんな反応を示すかといえば、それは現れたしほがお馴染みの西住流の制服の上から可愛らしいデザインのエプロンをしているからであり、更に言えばオマケで付いて来て面白そうな顔をしている菊代までお揃いのエプロンをしていた。

 

 

「菊代さんまで……」

 

 

 そして周りはと見れば、他の者達も大体似たような反応をしているのだった。

 

 

「何を呆けているのです、昼食の用意をしておいたのでコンベンションホールへ向かいなさい。但し食事の前に入浴を済ませる事、そのままでは風邪をひきかねないし不衛生ですからね」

 

「はぁ……」

 

 

 短時間で終了したとはいえあれだけ撃ち合えば全員漏れなく汗塗れの煤塗れであり、我が身を見下ろした一同は揃って演習場を源泉とする徹甲の湯へと向かうのだった。

 

 

「それにしてもお母様が自ら食事の支度をしていたなんて……」

 

 

 驚きのあまり独り言を呟くまほがⅡ号に乗り込もうとするしほの傍を通り過ぎようとしたその時、ほんの微かにだが母の着衣から漂うスパイシーな移り香に気が付いた。

 

 

「お母様…もしや食事の支度って……!?」

 

 

 まほが興奮気味にしほの方に顔を向けると、既にⅡ号に乗り込んだしほが振り向き何でもない事のように答えるのだった。

 

 

「人数が人数ですし試合だっていつ終わるか時間が読めませんからね、いつになってもいいよう朝のうちからカレーを作っておきました」

 

 

 それを聞いた途端にまほの顔が、見た者がわが目を疑う程の笑顔で輝いていた。

 

 

「みんな!一刻も早くお風呂に入るんだ!」

 

 

 まほは勢いよく両腕を広げると、踊り出さんばかりに喜びの気持ちを露わにしていた。

 周囲の視線が何事かとまほに集まると、これ以上の重大な発表はないといった風に高らかに宣言するかのように言い放った。

 

 

「みんな喜べ!お母様がカレーを作ってくれたんだ!だからサッサと風呂に入って、お母様の作ったカレーを食べるとしよう!」

 

『家元のカレー?』

 

 

 まほのカレー好きは例の一件もあり周知の事であったが、家元自らが作ったカレーと聞きさすがに一同も驚いた顔を見せていた。

 

 

「そうさ!お母様のカレーは世界一美味しいんだぞ!」

 

 

 今までにまほがそんな風に母であり西住流家元であるしほを称え誇った処を誰も見た事はなく、全員が只々そんなまほに驚いていた。

 

 

「なんですか恥かしい……いいから早くお風呂に入っていらっしゃい」

 

 

 さすがにしほもこれには恥かしげに困った顔をしていた。

 

 

「ふふっ♪まほは小さい頃から、しほママのカレーが本当に大好きだったもんね」

 

 

 西住家に預けられた間に、彼女も何度となく口にしたカレーの味にニコニコとしている。

 

 

「これ、なんですか恋まで……私は先に戻っていつでも食べられるようにしておきますからね、お風呂でちゃんと温まってから来るのですよ」

 

 

 照れたようにそれだけ言うと、しほはⅡ号で走り去って行った。

 

 

「さあ急ごう!お二人も早く!」

 

 

 母のカレーにテンションMAXになったまほは、亜美と苦手なはずの英子の手を掴みそのままグイグイと徹甲の湯目指して歩き始めた。

 

 

「えぇ!私達もか!?」

 

「ちょ、ちょっとまほさん!?」

 

 

 どうやら二人の驚きの声も、まほの耳には届いていないらしい。

 

 

「へ~、こっちが道場の徹甲の湯なのね……確かに前回入った本宅の方より温度が高いかな?」

 

 

 西住家に招かれ滞在した際に入った徹甲の湯の記憶と比較して、みほが言っていた通りな気がした英子は頭の上に手拭いを乗せのんきな感想を口にしていた。

 

 

「しかしあれね、本宅の徹甲の湯というと思い出すのは……」

 

 

 そこまで言った英子が意味有り気な視線をダージリンとオレンジペコに向けると、ラブとアンチョビの悪意満点のモノマネを目撃した面子は、揃って湯の中に顔を突っ込みブクブクやっているが、当の二人はわざとらしく知らんふりをしていた。

 そしてネタを振った英子はと云えばひとりゲラゲラと豪快に笑っているのであった。

 

 

「ゼェゼェ…全くアンタはぁ……」

 

「まぁいいじゃない……それよりさ、あの二人なんかやたら雰囲気出しまくってるけど昔なんかあったの?亜美ならなんか知ってんじゃないの?」

 

 

 さり気なくラブとの接触を避けていたミカであったが、やはりお風呂のような環境ではそれも限界があり、遂にラブが隣に滑り込み微妙な駆け引きのような意味深な会話を繰り広げ、周囲の者達に要らぬ妄想を抱かせる事になっていた。

 

 

「…私も詳しい事は知らないわよ……でも恋お嬢さんが何かやったとは聞いてるわ。だってホラ、恋お嬢さんって昔から……」

 

「あぁ、お姫さんの悪戯好きは有名だもんねぇ……」

 

 

 亜美が全てを言わずとも、ラブの過去の実績から察した英子が後を引き取り答えた。

 それから暫く温泉内に妖しい雰囲気が満ち溢れ皆がハァハァしかけたが、ラブにとっては幸いな事に頭の中がカレーの王女様になっていたまほが皆を急き立てた為に、今回はたわわを揉みしだかれる事態を回避する事が出来た。

 

 

「ホイ、終わったぞ~」

 

「ん~、あんがと千代美♪」

 

 

 最近こういう機会が続きすっかりラブの髪を結うのに慣れてしまったアンチョビが、彼女の髪にドライヤーを当てポニーテールに纏めていた。

 

 

「ねぇアナタ、随分と手馴れているけどこれは一体どういう事ですの?」

 

 

 試合中はすっかりアンチョビのいいようにやられ全くいい処のなかったダージリンが、入浴中の洗髪も含めその前後の着替えから何からそれらの一切を、アンチョビがさも当然のようにやっているのが面白くないようで不満気な顔で絡み始めた。

 

 

「ん?あ、いや最近たまたまそう言う機会が多かったからつい……」

 

 

 すっかり目の座ったダージリンに詰め寄られたアンチョビは閉口気味に答えたが、そこはラブがさり気なく助け船を出してくれた。

 

 

「も~、ダージリンもそれ位にしてあげてよ~。ロングの扱いに慣れてる千代美にお願いしたのは私なんだからさ~」

 

 

 アンチョビに絡み始めたダージリンであったがラブにそう言われては引っ込まざるを得ず、顔にデカデカと不本意と書かれていたがどうにかその矛を収めた。

 

 

『すまんラブ、助かった……』

 

『ダージリンも拗ねると面倒だからねぇ……』

 

 

 ヒソヒソと言葉を交わす二人だが、まだダージリンがジト目でこちらを睨んでいるのでそこでそれ以上の会話は止めておく事にした。

 

 

「ま~よくもそんな下らん事だけで何であそこまで騒げるもんかねぇ…もう呆れる通り越していっそ感心するわ……」

 

 

 アンチョビ達と出会った頃ベリーショートであった髪も今では艶やかなロングになった英子は、自身の髪を無造作に乾かしながら珍獣でも見るような目で騒ぐ少女達を見ていた。

 

 

「何でってアンタ…そりゃあみんな女子高生だからに決まってるじゃない……そんな事も解らなくなってるようじゃ英子、アンタもう相当ヤバいんじゃない?」

 

「ぐ……で、でもいくら何でも私ら高校生の頃あそこまでだったか?」

 

「知波単が普通じゃないのよ、この猪が」

 

 

 亜美にピシャリとやり込められた英子は、返す言葉が全く見当たらないのであった。

 

 

 




微妙に不発なお風呂回w
果たしてこの後何かあるかなぁ?

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