タイトルも馬鹿過ぎるしww
「さすがカレーの王女様と云われるだけの事はあるわね……」
学園艦カレー事件の顛末はまほが粛正される現場に居合わせた事で知っていた英子も、実際にまほがカレーを食べる姿を見るのは初めてであり、その食べっぷりに自分もカレーを食べる手を止め呆気に取られながらも感心して見ていた。
西住流の道場に新設されたコンベンションホールでUD-Girls対黒森峰戦に参加した全選手が一堂に会し、しほお手製のカレーで空腹を満たしているがその光景は少々不気味なものであった。
その理由はと云えば、入浴後の彼女達に貸し与えられた西住流門下生がフィジカルトレーニングの時などに着用するウェアのデザインに原因があった。
ただのトレーニングウェアであればそれ程問題にはならなかったかもしれないが、何しろ黒一色でその背中に恐らくしほの筆によるものであろう西住流の三文字が、流麗なるも荒々しい筆致で縦に白文字でデカデカと大書されているからだった。
そしてその荒ぶる黒子の群れの中に在って、やはりお約束でラブが一際目立っていた。
メリハリの効き過ぎた凡そ高校生とは思えぬそのボディライン、特に視界に入ればガン見せずにはいられないたわわな胸の超重戦車が、一番大きなサイズを支給されたにも拘わらずパッツンパッツンに張り詰め、着られたのが奇跡のような状態であった。
「このウェアも強烈だけど、お姫様のアレの前じゃそれも霞むわね~」
「ちょっと英子!」
英子を窘めようとは思ったが、彼女の視線もまたラブのたわわに釘付けだった。
「ホント、懐かしいわ~♪しほママのカレーはやっぱり美味しいわねぇ」
開き直りか慣れなのか、周囲の視線を気にも留めずラブはにこやかにカレーを口に運んでいる。
「そうだろうとも、何と言ってもお母様のカレーは世界一だからな」
まほは得意げにラブに答えながら、自身もスプーンが止まらない。
そしてラブは些か方向性がおかしいが、彼女が母を誇るのが純粋に嬉しいらしくニコニコと穏やかな笑みでカレーに夢中なまほの事を見守っていた。
幼い頃両親を亡くして日も浅く辛い時を過ごしていたラブにとって、預けられた西住家での日々はかけがえのない思い出であり、しほのカレーの味もその大事な思い出の一つであった。
最近は何かと衝突しがちな親子であるがカレーの事となると途端に母を崇拝するまほと、そんな彼女を嬉しげに見つめるラブの様子に周りも好意的な視線を送っていた。
「ふ…お腹いっぱい……ホント、今日しほママのカレーを食べられるとは思わなかったわ♪」
母である亜梨亜が多忙を極める厳島の代表という立場上、中々親子水入らずな時間持つ事も儘ならず、数ある学園艦の中でも抜きん出て食が充実しているが故に、却って家庭の味に飢え気味なラブにとって今日のしほのカレーは望外のご褒美であったようだ。
「ご馳走さまでした……さてエリカさん、お願いした物は大丈夫かしら?」
「はい、既に寮の方から運ばせてあります」
「そう、ありがとうエリカさん♪」
「なんだ、今度は何を始める気だぁ?」
何やら始めようとしているラブに気付いたアンチョビが、皿の片付けを手伝いながらも耳聡く聞きつけトレイに積み上げたカレー皿を片手で器用に持ちつつ寄って来た。
「何って千代美、これだけ人が集まってるのに私が歌わなくてどうするのよ?そりゃ今日は
ラブは何を当然の事をとばかりに腰に手を当て威圧するように胸をそびやかすと、いっそ高慢と言ってもいい程自信たっぷりに答えるのだった。
「お、おう……」
彼女の迫力というよりたわわの圧力に屈したようにアンチョビが後退り、その目の前でラブは届けられたギターケースを開き、寮でも曲作りに使っていたアコースティックギターを取り出した。
「アレ?よく見たらそのギター、メーカーの名前じゃなくてLoveって入ってるじゃないか……」
「ん~?あぁコレ?このギターは私用にカスタムで作ってあるからね~」
「え゛?そんな事が出来るのかぁ?」
「楽器にはよくある事よ、私の場合レフティ……左利き用のギターを使ってるでしょ?正直左利き用のギターって需要が少ないからね、新品にしても中古にしても流通量が当然少ないのよ。最近じゃ専門店もあるけどさ、やっぱりこれっていう物を見付けるのは大変なの。まあ私の場合は身体の状態に合わせて調整して貰う項目も多いから、結局カスタムした方が早いし安上がりなのよ」
初めて聞く話に、気が付けば周りにいる者達が皆聞き入っている。
「う~む、そういう物なのか……」
ギターをチューニングしながらのラブの説明に、アンチョビは解ったような解らないような曖昧な表情で相槌を打っていた。
「まあヘッドのネームの方は、オーダーの後に亜梨亜ママが入れるように頼んだらしいんだけどね~。一応高校の入学祝のひとつだったし……」
チューニングの合間、ラブは通常ならヘッドのメーカー名が入る辺りに、凝った意匠の金の花文字で入れられたLoveの名をひと撫でした。
「…そういえばさ……」
「なんだ……?」
ラブはそこでチューニングの手を止め、不思議そうな顔で当りをキョロキョロと見回した。
「今日は菊代ママってあれっきり見てないけどドコ行ったんだろ……?」
『ぶっ!』
ラブの素朴なひと言に、ここ最近で判って来た西住家の女中頭の人となりを知る者達が一斉に噴き出すと、ラブに背を向けまほとみほをチラ見しながらヒソヒソ始めた。
『あの人絶対あの展開を見る為だけに来てたでしょ?』
『もうどっちが主人か解らないわよね?』
『本宅に泊まった時も西住なんか完全に面白いオモチャ扱いだったんだよ……』
『それ処か親子揃ってあの人の掌の上で転がされてる感じだったわね』
『ちょ!あなた達!』
ギターのチューニングを再開したフリをしながら聞いていたラブが、そっと小さく溜め息を吐く。
「…まあいいわ……よしこんなもんね、それじゃやるか……ねぇミカさん!」
食い溜めなのかまほに劣らぬ食欲を発揮していた
「…何かな?厳島さん……」
「も~そんなに警戒しないでよ~」
「そう言われてもね……」
「何もしないわよぉ……そんな事より私とセッションしましょうよ~♪」
今にもフェイドアウトしてその場から消えそうなミカに、困ったように眉を下げたラブは彼女に向かってチューニングも終わり抱き抱えていたギターをひとつ鳴らしてみせた。
その音を聴いたミカはふっと息を漏らし、膝の上のカンテレをラブと同じように鳴らした後、暫くの間二人してギターとカンテレを音合わせのように爪弾き、二人から漂う微妙な緊張感に周りの者達はその様子を黙って窺っていた。
「何アレ……?やたら雰囲気出し過ぎに見えるけど私の気のせいかしら?」
「……」
隣に座るミカに対しラブがアプローチするかのようにグイグイとその間隔を詰め、今は息も触れ合うような距離で二人して音を紡ぎ出している。
しかしあれだけラブと距離を置いていたミカが、今はラブの悪ふざけに付き合うように逃げようともせず、二人の関係が増々ユリユリで意味深に見え英子がそれについて好奇心を全く隠そうとしないが、さすがに亜美もその二人に呆れたのか何も答えなかった。
「あの二人は以前何かあったのですか?」
「……」
英子と同様の疑問を抱いたしほの直球過ぎる質問に、まほも嘗てラブがミカに対して働いたエグい悪戯の内容を、
『さすがにアレは言えないわよね……』
全員が困ったように向けた視線の先でそれまでとりとめもなく音を出していた二人だったが、指が温まったのかミカが明確に曲といえるものを奏で始め、そのカンテレが紡ぎ出す旋律に驚いたラブが大きく目を見開いている。
「ミカさん……私の曲を覚えてくれていたのね♪」
ミカは無言で素っ気なく肩を竦めながら微笑むと、そのままカンテレ向きに自分でアレンジを加えたらしいAP-Girlsのデビュー曲を弾き続け、感極まったラブが瞳を潤ませながら彼女のカンテレに合わせ即興でギターを弾きながら歌い始めた。
どうやらミカはこれまでにリリースされたAP-Girlsの楽曲は、全て完コピしカンテレで弾けるようアレンジしているらしい。
そしてその彼女が生み出すカンテレの音に合わせ、横須賀生まれでアメリカ暮らしが長くジャズとロックがその身に沁み込み即興のセッションは最も得意とするラブが、嬉々とした表情でミカとの共演に没頭していた。
「恋のあの集中力の高さは厳島の教え以前ものね…やはりあの子は始めに音楽ありきなのでしょう、おそらくは最初に音楽を手に入れた事であの集中力も育まれたと見るのが正解ね……」
「お母様……」
昔からラブの歌と彼女が歌うのを見ているのが好きでそこまで深く考えた事のなかったまほは、しほの視点が自分などとは全く異なったものである事に驚いていた。
だがまほは気付いていなかったが、今のしほの視点は戦車道の家元のものではなく、完全に彼女の母親としての視点であった。
結局その後もほぼノンストップでAP-Girlsのデビューアルバムの楽曲の全てを演奏しきった二人は、頬を上気させ息も上がったままペットボトルのミネラルウォーターを一気に飲み干していた。
「ふふ♪ミカさんは本当に凄いわ、この短期間によくこれだけ…ありがとう……」
ラブ同様ミネラルウォーターで喉を潤し一息ついたミカの両手に、実に自然な様子でラブはその手をそっと重ねるのであった。
「本当に君は天然の小悪魔なんだね…そうやって易々と人の心を虜にするのだから……」
「え……?」
またしても意味深トークを始めた二人だが、美人二人の無駄に思わせ振りな言葉の応酬を、その場にいる者達は揃って固唾を飲んで被り付きのガン見で食い入るように見入っていた。
「いいわ…美人二人の絡みはやっぱり絵になるわね……」
エリカはその様子をしっかりと携帯で録画をしつつ、我が身を抱き締め身悶えるようにしながら二人の駆け引きを観賞しているが、彼女の陶然とした表情もまた実に色っぽくまだまだ頭の中がお子様なみほは、そんなアダルトなエリカにアワアワとしていた。
「ふわぁ!あ、アダルト過ぎるよエリカさん……」
そしてみほが狼狽える背後では、安定のアンチョビがいつものメモ帳片手に小説のネタ拾いに躍起になっていた。
「あんざい……」
しっかりやる事をやっている割に、姉妹揃ってそっち方面はまだまだだった。
「しっかしまぁ今時の子らの駆け引きって凄いわねぇ……私らが現役の高校生の頃ってさぁ、あそこまでお盛んだったかしら?」
「英子アンタねぇ…そもそも
絹代と自分の清水での一件を暴露されたダージリンと、干し芋に反応した杏の耳がピクリと動いたが、大好物なケダモノ話にその場にいる者達の耳は揃ってダンボと化していた。
「そんなの何処も大差ないだろ?年頃の小娘を学園艦なんて特殊な閉鎖環境に隔離してんだ、そうならない方がおかしいって」
英子と亜美が学校が違えどそういう関係であったように、当然何処の艦にも時代毎のまほチョビやエリみほの他にもダジ西などが存在し、それぞれがくっ付いたり離れたりを繰り返しいつの時代にもお盛んであった事には変わりがないようだ。
「だからそんな露骨な話をこんな時に──」
「こんなケダモノしかいない場所で隠し事もないもんだ」
「えいこぉ!」
「そうだ、家元の頃は如何でした?」
「えいこぉぉぉっ!」
極めてゲスな表情を浮かべた英子が至ってお気楽な調子でしほにとんでもない話を振った事に、血相を変えた亜美が全力で彼女の頭に拳骨を撃ち降ろした。
「あいた──っ!」
大して痛そうな素振りも見せずに声だけは痛がって見せる英子だが、そんな騒ぎは気にも留めず少し考え込んでいたしほがその口を開いた。
「そうですね…私達の頃は亜梨亜様がいらっしゃいましたからね……」
「家元!?」
驚く亜美の前で、頤に指先を当て更に考え込む仕草をしほは見せる。
極一部の島田流家元である千代との過去の関係を知る者とそうでない者の双方が、一斉にしほの次の発言に注目し耳の奥が痛くなるような沈黙が生まれた。
「あの頃は何処の学校の隊員も、亜梨亜様の寵愛を受けようと必死でしたからねぇ……」
『え゛ぇ゛ぇ゛────っ!?』
しほの口から飛び出した衝撃の事実に、独り瞑目するラブ以外の全員の顎が落っこちた。
嘗ての夜叉姫の話を知る者達はてっきり彼女に恐れをなし、陰でこっそりなどという話を想像していただけに、夜叉姫亜梨亜に憧れた全国の高校戦車道の選手達がこぞってハァハァしていたと聞かされて、高校時代の夜叉姫が一体どれ程の美貌を誇っていたのかと皆悶々とし始めた。
「高校時代の亜梨亜おば様ってどんな感じだったんだろう?」
「今だって若くて綺麗な人だよなぁ……」
「歩く大人の色気って感じよね」
「ちょっと英子ホントいい加減に……!」
口々に言いたい事を言っているが、しほが何を今更といった顔をしている。
「あなた達は何を言っているんですか?生き写しが目の前にいるではないですか」
『あ……』
しほにそう言われた瞬間、全ての悶々な視線がラブに集中する。
「う゛…な、なによ……」
集まった視線はすっかり色欲に濁り、短絡的な思考回路は夜叉姫亜梨亜と瓜二つなラブの寵愛を独占する事を想像し、揃いも揃って呼吸をハァハァさせ始めていた。
「だから何を想像してるのよ何を!?直ぐそうやって息をハァハァさせてこのケダモノどもぉ!」
しかし例え彼女に罵られたとしても、妄想に欲情したケダモノ達にとってはそんな罵りの言葉さえ女王様からの甘美なご褒美でしかなく、浴びせられた罵声に恍惚の表情を浮かべていた。
「もうやだ……」
これまでにも数々のセクハラをかまされ、敏感なたわわを好き放題揉みに揉まれて来たラブは、力なく長く深い溜め息を吐くのだった。
「やれやれ…君も苦労が絶えないな……これは私からの細やかな勝者へのご褒美……そして初めて会った時にされた悪戯への復讐だ♡」
「え?何……?」
ラブの隣に座ったままで、ケダモノ達の妄想塗れのアホな騒ぎの行方を見極めるようにしていたミカは、ラブの頤に手を添えるとキョトンとした彼女の唇に自身の唇を完全な不意討ちで重ねていた。
「……!」
ミカの柔らかい唇重なった瞬間、驚きで大きく見開かれた瞳が自然と閉じて行く。
「あ……オイ!ミカ!お前一体何を!?」
「ちょっとミカさん!アナタ何をやってますの!?抜け駆けは許しませんわ!」
「だからノンナ!毎回毎回目隠しするなって言ってるでしょ!」
「ふえぇ────っ!?」
「Wow!really!?マジ!?」
「うおぉぉぉ──っ!入ってるぞぉ──!」
突然のミカの暴挙に一同騒然となる中、うっとりとしたラブはされるがままになっている。
「ちょ、ちょっとミカ!何やってんのよ!?」
遅まきながらミカが何をやらかしているか理解したアキ真っ青になって止めに入るが、当のミカの方は一向にラブから離れる様子が見られなかった。
「そ、そうだミカをラブから引っ剥がせ!」
「う、うっかり見入ってしまいましたわ!」
「もうちょっと見たい気もするぞぉ……」
「だ・か・ら……ノンナ────っ!」
「Oh…マジで入ってるわよね……」
「ふにゅ~、こ、これが大人の世界……」
我に返った一同がラブからミカを引き剥がしにかかったが完全にミカがラブの性癖を理解していなかった為に、既に火が着いてしまったラブが今度はミカの腰に腕を回し離そうとはせず、二人を引き剥がすのに多大な苦労をする事になった。
「ミカ──っ!このドアホ!自分からエサになりに行ってどうする!?」
「ラブお前ももういい加減にするんだ!」
「ん~♡」
「ダメですわ!この目は完全にその気になってる目ですわ!」
「Hey!ドコさわってんのよ!?それは私のおっぱいよ!」
「あぁ…厳島さんソコは……」
「ちょっとぉ!カメラ止めなさいよ!これ以上は放送コードに引っ掛かるわよ!」
「こ、今度エリカさんと……」
「みほ──っ!アンタどさくさに何言ってんの!?」
折り重なった美少女達がドタバタなキャットファイトを繰り広げる様を、しほは別段怒るでもなく眺めている。
「若さって凄いわね…それにしても懐かしい……」
「家元!?」
しほの視線の先では暴走したラブがまほの唇を奪おうと抑え込みに掛かっており、ひと足先にアンチョビは犠牲になっているが、彼女の前でそれは避けたいまほは涙目で必死に抵抗している。
他の者達も唇だけでなくあちこちにキスマークを付けられて、キス魔であるラブの本領を発揮した暴れぶりに被害は拡大の一途であった。
どうやらしほは高校時代を思い出し懐かしんでいるようであったが、亜美としては恐ろしくてそれ以上の事は聞く事が出来なかった。
「いやぁ、どうにも酷い目に遭ったね……って、痛いなぁ」
「誰のせいだ誰の!?このバカッタレが!」
顔中キスマークだらけにされたアンチョビが肩で息をしながら容赦なくミカの頭を引っ叩き、バシッと小気味良い音が辺りに響いた。
「どうどうどう!」
「もういい加減静まりなさい!」
ミカの考えなしのせいですっかり興奮しきったラブを、ナオミとノンナが刺叉宜しく逆さに構えた椅子でホールの隅っこの方へと追い込み必死に捕獲を試みていた。
「アイツは猛獣か何かか……?」
「そんな可愛いものじゃありませんわ……」
抵抗したが結局アンチョビ同様顔中にキスマークだらけにされたまほは、同じく顔中万遍無くキスの
「ホント…懐かしいわねぇ……」
「お母様……」
うっとりとラブを見つめる母の姿に、まほは宇宙人でも見る思いだった。
その後ノンナが尊い犠牲となった処で、ガス欠で活動限界が近くなったらしいラブを総出で抑え込み、漸く事態の鎮静化を見る事となった。
「お姫様の口付けなんてさ、普通はご褒美じゃないの?」
「アンタねぇ……」
騒ぎを余所にのんきな事を言う英子に亜美は脱力する。
「そういえば魔女の口付けって言ってたっけ……」
「うん、言ってた」
ミカを捕まえ柳に風なお説教の最中だったアキが、英子の与太話の口付けという言葉にミカが試合開始直後にミカが口走ったフレーズを思い出し、ミッコもそれは記憶していた。
「ん?何だそりゃあ?」
まほと互いに顔中に付けられたキスマークを拭っていたアンチョビは、アキの言った魔女の口付けというフレーズに反応し妙な顔になった。
「あ…えっと、試合開始直後の厳島さん砲撃の事をミカがそう呼んでたんですけど……」
「ほぅ…ノックの事か……フム、成る程ねぇ……魔女の口付けか、随分上手い事を言うじゃないか」
アンチョビはミカ言ったらしい魔女の口付けなる言葉の響きが甚く気に入ったらしく、腕組みをして頻りに頷いていた。
「魔女の口付け…なんかカッコいいな……」
それはまほも同じように感じたらしく、そのなんとも大人っぽく色っぽい感じに頬を赤らめながらその呼び名を何度も呟いていた。
そして他の者達にもそれが伝わると、どうやら好評らしく口々に魔女の口付けと言ってみては、ついさっきその魔女に唇を奪われた事を思い出しその頬を赤らめていた。
「おいラブ、ちょっと来い!」
漸くナオミとノンナに捕獲され、ダージリンとアッサムが淹れた紅茶を飲まされ落ち着いて来たラブをアンチョビが呼び付ける。
「なによ~?」
まだ何処か熱に浮かされたようなラブが、フラフラとおぼつかぬ足取りでやって来た。
「大丈夫かコイツ…まあいい……おいラブよ、お前のノックの新しい名称が決まったぞ」
「はあ~?何言ってんのよ~?」
話が呑み込めていないラブにアンチョビが噛み砕いて経緯を説明してやったが、彼女はまだ今ひとつピンと来ていないようだ。
「魔女の口付けねぇ……魔女?私が?どの辺が魔女?お姫様でなくて?」
「あ、コイツしれっと自分でお姫様言いやがった」
「つーかあんだけ非常識な技使っといて自覚がないのよ!」
「たった一発で試合を終わらせるとか世の中舐め切ってますわ」
「Ha!そもそもお姫様は戦車なんか乗んないわよ!」
「あぅ……」
あっと言う間にフルボッコにされてラブは口を噤む。
「まあアレだ、ミカからのプレゼントの類だと思って受け取ってやれ」
アンチョビが面白そうに言うと、ミカからのプレゼントという響きに反応して口元をムニュムニュさせたラブが再びミカを押し倒そうとしたが、飛び掛かる寸前にアンチョビ達に抑え込まれた。
「またコイツは!確保ぉ!ってミカ!お前もわざとらしくもの欲しそうな顔をするんじゃない!」
あれだけラブを避けていたミカも、結局はラブが気になって仕方がなかったという事らしい。
その後もこの馬鹿騒ぎは延々と続き、全てが終わったのは試合で走行不能となった車両が回収され、サンダースのスーパーギャラクシーに収容されてからの事であった。
「さて、それでは私達はこの辺でお暇させて頂きますわ」
一頻り楽しく騒いだ後、ケイが全車両収容完了の連絡を受けたのを見て、ダージリンはまほに撤収する旨挨拶をしていた。
「あ、なんだオイ、泊まって行けばいいじゃないか」
まほは最初からそのつもりだったらしく、少し拍子抜けした顔をしている。
しかしダージリンは微笑みながらもそれを謝辞するのだった。
「お申し出は大変ありがたいのですがそうも行きませんわ。私達もこのチャンスを逃すまいと、他の全ての予定を放置して最優先でこちらに来てしまいましたからね……さすがにこれ以上は上からも下からも怒られてしまいますわ」
これにはまほも呆れた顔になったが、直ぐに笑い顔になるとダージリンに右手を差し出した。
「全く呆れたもんだ、しょうがないヤツだなぁ……でもお蔭で一番やりたかった事をやる事が出来たよ、ありがとうダージリン」
「あら?どう致しまして」
乙に澄ました表情でまほと握手を交わしたダージリンは、スカートの裾を摘み腰を落として優雅に淑女の挨拶を決めて見せた。
「家元、本日は何から何までお世話になりました」
「いえ、こちらこそ遠路お越し頂いたのに何のお構いもしませんで」
英子がしほに社交辞令の挨拶をしてしほもそれに応じた後、少し声のトーンを落とした英子が表情も職務中のものに変えて話を続けた。
「確かご予定では恋お嬢さんの留学明けに、家元会議があったと記憶しておりますが?」
英子の声のトーンと表情の変化に、しほの顔付きもスッと西住流家元のものとなった。
「ちょっと英子!?」
亜美はその様子にただならぬものを感じ口を挟み掛けたが、英子は上総の大猪ながらも穏やかな表情でそれを軽く制して先を続けた。
「実は先日我が師に久しぶりに直接お会いする機会がありまして──」
「我が師というと確か……」
しほは英子が高校戦車道現役時代に知波単の隊長、上総の大猪として黒森峰をあわやという処まで追い詰めた当時のデータを記憶の中から掘り起こしていた。
「はい、坂東相模流家元、
「あぁ、そうでしたね……」
坂東相模流、それは神奈川を拠点とし主に学童を中心に戦車道の基礎を教える流派であり、一部では教育戦車道などと揶揄する向きもあるが、その教えは全ての流派に共通するものであり現家元である榊の清廉潔白な人柄と現役家元の中で最高齢という事も合わさり、心ある者達の間でも信頼は厚く本人も話の判る人物なので家元達の間でも発言力は非常に強かった。
その榊に師事し現役時代一貫して彼女の下で修練に励んだ英子は、こと戦車道に関しては細かい事は言わない真っ直ぐさが気に入られ、戦車道を離れた今も季節の挨拶等は欠かした事がなかった。
「えぇ、それで先日榊先生とお話した際に、恋お嬢さんの厳島流家元襲名の件について話が及びましてね……先生も最近では余程の事がない限り家元会議も代理人を立てていらっしゃるとの事でしたが、そう言う事であれば今度の納会には是非とも出席しようと仰っておられました」
「敷島さん、あなた……」
しほも英子の意図する処を即座に理解した。
各流派の後継者選びはそれぞれ各流派内の問題ではあるが、既に形骸化してはいるものの家元会議での認証も建前上必要であり、若過ぎる十代のラブが家元を襲名した事に対しては、当然相当な反発がある事も予想されていた。
それでもその席に亜梨亜が同席しないのは、自分が出席すれば軽くそれらの勢力を一蹴する事が出来るが、それをしてしまえば後々ラブにしわ寄せが行く事を慮っての事であった。
しかし何も後ろ盾がないのも無理があるので、血縁であり最大流派である西住と大学選抜戦以降やっとその関係に修復の兆しが見えた島田の両流派にそれを依頼したが、そこに人望のある坂東相模流の家元である榊も加われば後ろ盾としては盤石であり、家元会議での襲名認証も非常にスムーズに進むであろう事は間違いなく、その件で多少憂慮していたしほにとっても願ってもない話であった。
「敷島さん、ありがとうございます……でも何故?」
全くの部外者である英子がここまでお膳立てした事に対する彼女の疑問は尤もであり、英子もそれは当然予想範囲内の事であったらしい。
「疑問を持たれるのはご尤もな事ですが…まぁ蛇の道はなんとやらですよ、例の事件の捜査段階の話は当時の私の立場上逐一耳に入っておりましたのでね……」
ラブの榴弾暴発事件の発生当時初動に当り、その特殊な立場故に多くの情報を知り得る事が出来た英子は、一部流派の家元達があまり捜査に協力的でなかった事は把握しており、前回熊本訪問時にラブの家元襲名の話を聞いて以降、当時の状況と照らし合わせた結果密かに榊とコンタクトを取り水面下で準備を進めていたようであった。
「そうでしたか……ご尽力に感謝致します、恋の家元襲名のお披露目に際し、これ程強力なお味方は榊先生を於いて他に存じ上げません」
しほは英子の手腕に感服頻りな表情で深々と一礼した。
「英子…あなたいつの間に……」
亜美も驚きのあまりそれ以上の言葉が出て来ず、頭を上げたしほもそっと英子の手を取ると、それが心の底からの想いであると解る声音で話を続けた。
「もう本当に何とお礼を言ったらよいか…それにしてもあなたのような方が、こちらの世界から離れてしまっているのは実に惜しい事ですわね……」
彼女の手を握ったしほの力加減の変化と言葉に込められたニュアンスに、しほの考えを読み取った英子は即座に弾幕を張って撤退行動に移っていた。
「いやいやいや、所詮私は吶喊馬鹿の猪ですからこれ以上の小細工は出来ませんって!」
「そうかしら?気が向いたらいつでも仰ってね?」
そう言うなりしほはこれまた滅多に見た者がいない、恐らくはこれで常夫を撃破したであろう魅力的な笑み浮かべて見せ、それを見て蛇に睨まれた蛙のような心境にになった英子の背中を、一筋の冷たい汗が伝い落ちて行くのだった。
今回最後に登場した坂東相模流以外にも、
この後の家元会議でもう一つ流派の名前が出ます。
でもそれ以上考えるのは結構大変です、
何しろ厳島流が怪物過ぎますからw
結構ミカって扱いがアレな二次創作が多い気がします。
でも実際そんな感じでミカを書くと面白いですね、
ミカはダー様に次ぐネタキャラかもww
魔女の口付けのネーミングは、自分でも結構気に入っています♪