ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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チョビ子自爆w


第八十九話   お姉さん♡

「白旗判定にならなかったからといって気を抜くんじゃないわよ!」

 

 

 早朝の黒森峰女学園機甲科の格納庫に、エリカの注意喚起声のが響く。

 前日の対UD-Girls戦をほぼパーフェクトゲームで勝利した黒森峰は、明けて翌日の早朝から試合に参加した車両の点検整備に精を出していた。

 

 

「勝って兜の緒を締めよだ、勝利に浮かれて気を抜けばそれがミスに繋がり次の戦いで敗北を招く要因になる事を忘れるな!」

 

『ハイ……ぷっ!』

 

 

 エリカに続きまほもビットマンの整備の手を休める事なく砲塔上から訓示を行なったものの、彼女の声に隊員達も一斉に傾注したはいいが、まほの顔が目に入った瞬間全員顔を背け噴き出している。

 

 

「……」

 

 

 例えいくら良い事を言ったとしても、今のまほの状態では隊員達にとっては単なる罰ゲームにしかならなかった。

 昨夜、と言ってもほんの数時間前、まほにとってはこれまでの人生で最大の失態ともいえる場面を多数の隊員達に目撃された上に、左の頬にくっきりと刻み付けられた動かぬ証拠である烙印のモミジがまだ消えておらず、まほの隊長としての威厳は大暴落していた。

 いつもの調子で振る舞いはしても返って来るリアクションは、彼女にとってそれだけで相当に堪えるものであった。

 まほがアジの開き並に死んだ目を格納庫に巡らせると、Love Gunの砲塔上で整備に勤しむラブが時折パツパツの作業ツナギ上から左のたわわの先っちょを気にしており、それはきついツナギで先っちょが擦れて気になるからでなく昨夜のまほのちゅ~ちゅ~が原因なのは明白で、まほは今直ぐにもビットマンのアハト・アハト(88㎜)で穴を掘り自ら飛び込んで埋まってしまいたい心境だった。

 

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 

 自らが車長を務めるティーガーⅡのメンテを早々に終えたエリカが、クリップボード片手に各車の整備の進捗状況を確認して回る合間にラブの下を訪れ、丁度まほにちゅ~ちゅ~された先っちょを気にしていたラブの様子を心配げに窺っていた。

 

 

「あ、エリカさん…うん、大丈夫よ……」

 

 

 そう言った傍から先っちょがヒリヒリするらしく、ラブは左のたわわを気にしてしまう。

 

 

「ほんと…隊長が済みません……」

 

 

 それを見たエリカは、シュンとして申し訳なさそうな顔で項垂れてしまう。

 

 

「あ!ゴメンね、エリカさんのせいじゃないんだからホント気にしないで」

 

 

 すっかり恐縮して小さくなっているエリカに、ラブは慌ててフォローを入れた。

 

 

「ホント…スミマセンでした……」

 

 

 気苦労が多く浮上する気配のない副隊長に、打つ手のないラブも困った顔をするしかなかった。

 何度も頭を下げて立ち去ったエリカは引き続き整備中の車両をチェックして回っており、ラブにはその背中が何とも痛々しく見えるのだった。

 

 

「う~ん…まほもなぁ……やっぱ甘え……たいのかなぁ?」

 

 

 腕を組み首を捻って考え込んだラブは何やらブツブツと呟いているが、そんな彼女に小梅が少し怯え気味に様子を窺いながら声を掛けた。

 

 

「あの……ラブ先輩?」

 

「ん?あ……ゴメンなさい、考え事に夢中になっちゃってたわ」

 

「ハァ……Love Gunの点検終了です。現在の処、各部に異常は見当たりません」

 

「了解、それじゃ後は午後に動作確認してからね」

 

「はい、そうですね」

 

 

 小梅はラブが極普通に応じてくれた事に内心ホッとしていた。

 何しろ昨夜の一件でまほだけではなく、彼女にもどう接したらよいか計りかねていたからだ。

 

 

「全車点検終了しました、各車現在の処目立った異常は見当たりません」

 

「そうか……」

 

 

 副隊長のエリカが纏めた点検レポートのクリップボードを受け取ったまほが、ざっと目を通した後に一番下の記名欄にサインを入れた。

 

 

「それにしても今日は随分と早く済んだな」

 

「えぇ、何しろどの車両も小傷が着いた程度で、損傷は皆無と言っても過言ではないですからね。問題が出るとしたら、恐らく撃ち過ぎた砲塔周り位だと思います。ただしLove Gunだけはウチ(黒森峰)では前例のない高機動戦を演じているので、足回りに不安がありますね……」

 

 

 並の学校では到底真似の出来ないレベルで管理されている黒森峰の戦車だが、笠女のように手間も金も掛かる魔改造と言ってもいい程のチューンなどは一切行っておらず、いわば極普通のパンターだが、それでもラブの手に掛かればこれまでに彼女達が経験した事のない領域でスペック以上のパフォーマンスを発揮するのだった。

 

 

「まぁ何にしても今はもう時間がありませんからね、後はもう午後からにして寮に戻って朝食を取らないと一限目に間に合わなくなります」

 

「解った、取り敢えず今はここまでにしておこう。今日は午後も一通りの動作確認をしたら、その後は講堂で昨日の試合映像と戦譜を見ながら講評をやる予定だからそんなに慌てる事もあるまい」

 

 

 エリカにサインを入れた書類束を纏めたクリップボードを戻しながら時計を確認したまほは、解散命令をを出し朝食前の課業を終了した。

 だがここまでの間にまほは、ラブと共にアンチョビの様子もチラチラと盗み見ていたが、あれからずっと何も言わぬアンチョビに戦々恐々としていた。

 

 

「あんざい……」

 

 

 どうやらまほにはガッツリ怒られるよりも、今のこの状況の方が余程堪えるらしい。

 そして寮へと戻り朝食の間も話し掛けようとしては口籠るを繰り返し、まほは中々アンチョビに声を掛ける事が出来ずにいた。

 

 

「西住……」

 

「うぇ?あ、はいぃぃぃ……」

 

 

 ただオロオロするばかりでどうする事も出来ずにいたまほは、アンチョビに不意を突くような形で名を呼ばれ彼女は意味不明な返事をしてしまう。

 

 

「お前は生卵にソースを入れる気か?」

 

「え……?うわっ!?」

 

 

 注意力散漫な状態のまほがソースのボトルと生卵の入った小鉢を手にしているのを見て、愚かな失敗をする前にアンチョビがストップをかけていた。

 

 

「食べ物を粗末にするなよ」

 

「あ、あぁ…すまない……」

 

 

 危うくソース味の卵かけご飯を食べる羽目になる処だったまほは、慌ててソースのボトルを元に戻すと恥かしそうに醤油刺しに手を伸ばした。

 しかしそれきり会話は再び途絶え、周囲にはその様子にヒソヒソする小声と恐らくは漬物を咀嚼する音と、厨房からの食器を片付ける音が妙に大きく聴こえる以外の音はなかった。

 

 

「千代美……」

 

 

 居た堪れなくなったのか卵かけご飯を流し込むように一気に食べ切りひと足先に部屋に戻ったまほに対し、極普通に食べ終え食器の乗ったトレイを厨房に戻したアンチョビを追って、寮の食堂を出たラブは彼女の一歩後ろからその名前を控えめに呼んだ。

 

 

「…解ってるよ……でも今何か言っても余計落ち込むだけだからもう暫く放っておくさ、まぁ午前中一杯は反省させて昼休みにでも少し話すよ。それよりお前の方は大丈夫か?その……さっき整備中も大分気にしてるようだったからな……」

 

 

 ラブに名を呼ばれそれを見越していたらしいアンチョビは、立ち止まって振り向くと彼女からは見上げる形になる、まほにちゅ~ちゅ~されたラブのたわわの先っちょに目を留めた。

 

 

「まだちょっと…かなりヒリヒリする……」

 

「アイツ…吸い始めると夢中になって止まらないんだよ……」

 

「千代美っ!?」

 

「う゛……」

 

 

 左のたわわの先っちょにそっとラブが手を当てムニュッとなるのを見たアンチョビが、ついポロッとまほの性癖を口走ってしまったが為に、それを聞いたラブと言った本人であるアンチョビも二人揃って瞬間的に赤い顔になって絶句していた。

 特にラブはまほにちゅ~ちゅ~されて悶えるアンチョビを想像してしまったらしく、内股で制服のミニスカートの前裾を押えキュンキュンになっていた。

 一方で言ってしまったアンチョビも恥ずかしさのあまり両の手の平で顔を覆うと、耳まで真っ赤にしてその場にしゃがみ込んでしまった。

 

 

「あの……お二人共どうかしたんですか?」

 

『……』

 

 

 後からやって来たエリカが廊下で固まっている二人に不審げに声を掛けたが、揃って赤い顔をした二人は何も答えずギクシャクとした足取りで部屋に向かって歩き始め、その様子から何があったかまでは分からないが、昨夜の一件もあるしエリカにも何となくの察しは付いたようだ。

 そんな気まずさの余韻を残して登校したが、授業ではやはりラブが宇宙人ぶりを発揮してそれなりに盛り上がりあっと言う間に昼休みになった。

 しかし終業のチャイムが鳴るや否やまほが逃走してしまい、結局学食にも姿を現さずにその昼休みに彼女と話をしようとしたアンチョビの目論みは頓挫していた。

 

 

「全くアイツはドコ行きやがったんだ……」

 

「合わせる顔がないってのは解らないでもないけどさぁ、何も授業が終わるなり走って逃げるとか子供じゃないんだから…ってちゅ~ちゅ~するんだからまだ子供かぁ……」

 

 

 思わぬラブの不意討ちに、アンチョビが飲み掛けていたランチの定食のスープで盛大に咽る。

 

 

「あ…ゴメン……」

 

「…オマエなぁ……!」

 

 

 スープを吹き出しそうになるのを堪えて必死に飲み込み暫く咽ていたアンチョビは、漸く落ち着いた後に苦々しげな表情でラブを睨み付けた。

 

 

「ほんとゴメン…でも寝惚けた時のあの子(まほ)のああいう行動ってさ、無意識のうちに甘えたいって気持ちが表に出て来るからなのかなって気がしてさ……何だかんだ言ってあの子も最大派閥で云わば武闘派な西住に生まれて以来ずっとお姉ちゃんで来てるからねぇ、まぁ元々がそういう事に関しちゃ凄く不器用ってのが大きいと思うけど……あ、これは千代美の方が良く解ってるか」

 

 

 ラブの言う事はアンチョビも的を射ているとは思ったがやっと咳が収まったばかりで、今口を開くとまたぶり返して咽そうで何も答えられなかった。

 

 

「深層心理とかそういう事でしょうか?」

 

 

 アンチョビが答えぬ代わり、ハンバーグ定食のトレイを手にしたエリカがラブの背後から質問のような形で声を掛け、振り向けば朝の寮の廊下の時と同様微妙な表情のエリカがいた。

 

 

「エリカさん…ん~、そうなるのかなぁ?」

 

 

 少し考えながらエリカの更に背後に目をやれば、彼女と同じくハンバーグ定食のトレイを手に言っている事がよく解らないといった表情のみほもいた。

 

 

「エリカさんの後ろにいる方は深層心理とか関係なく、スイーツ脳の甘えたがりだとは思うけどね……姉妹揃って一緒に寝るとどうなるかはエリカさんもウチ(笠女)の艦に泊まった時に体験してるでしょ?アレは昔からああだったからね…私が熊本で一緒に暮してた頃は三人同じ部屋で過ごしててさ、毎晩アレをやられてたのよ……」

 

 

 笠女滞在時に確信犯でラブに同室に放り込まれ西住サンドを経験しているエリカは一瞬死んだような表情になったが、西住家滞在時に自身も斬新な手口で姉妹と一緒にラブに対してやらかしているのを思い出し、そこでそれ以上何か言うのは躊躇われた。

 

 

「…それってあの写真の頃かぁ……?」

 

 

 西住家で見たラブの幼少期の写真を思い出したアンチョビが何やら探るように聞いて来たが、明らかにロリフェイスでたわわボディな小学生のラブが西住サンドされている場面を妄想し、その目付きはケダモノの色を浮かべているのがもろバレだった。

 

 

「アンタねぇ…そうよ……」

 

 

 アンチョビの立ち直りの速さに呆れながらラブはつっけんどんに短く答えたが、それで話を終わらせる訳にも行かないので先を続けた。

 

 

「…話が逸れ過ぎね……まぁそんな感じだからさ、何て言うのかな?子供の頃から我慢の積み重ねだし、あの真面目過ぎる性格も一因だと思うけどね、とにかくそんなだから寝てる時にそれが解放されてああなるんじゃないかと私は思うのよ……」

 

『う~ん……』

 

 

 解ったような解らないようなアンチョビとエリカは首を捻って考え込み、全く蚊帳の外なみほはどうしたらよいか分からず一人アワアワしていた。

 

 

「とにかくあの様子だと、午後もギリギリにならないと帰って来なさそうだから話はそれからね」

 

 

 それだけは二人も同意らしく揃って困ったように溜め息を吐くのだった。

 

 

『ドゥーチェ……』

 

『ん?なんだ?』

 

 

 昼食を終え学食を出た処でエリカがアンチョビの耳元で耳打ちするように声を掛けると、呼ばれたアンチョビも条件反射で小声で応じてしまった。

 

 

『ラブ先輩ってあんな目(ちゅ~ちゅ~)に遭ったのに、何であんなに優しいんでしょうね?』

 

『時々菩薩か聖母かって思う時はあるけどな…ただ、基本は本人が無自覚にサキュバスだからなぁ……まあアイツの場合ひとりっ子だから、本気でまほとみほを妹扱いしてる気はするな。私は弟がいるからちょっとその辺の感覚は解らんのだが……』

 

『弟さんですか……』

 

『ウム……エリカはどうなんだ?』

 

 

 アンチョビの問いにエリカの表情は何とも言えない渋いものになった。

 

 

『ん?どうしたエリカ?』

 

『…姉がいます……』

 

『お、おぅ…そうか……』

 

 

 エリカの反応に自分が何やら地雷を踏み掛けていると感じたアンチョビは、そこでこの件に関する追及は即座に中止する事にした。

 しかしその背後で会話に加われず疎外感を感じていたみほが、エリカの姉というキーワードに反応しアンチョビ達と別れた後、執拗にエリカに聞きたがり結果頭を拳骨で両側からギリギリと締められる愚を犯していた。

 そして何処でどう昼休みを過していたのかまほが教室に戻って来たのは、ラブの予想通り午後の授業が始まる本鈴が鳴り始めるタイミングであった。

 その日の午後の最初の授業である通常科目の授業の終了を知らせるチャイムが鳴り、次は戦車道の実習になる為パンツァージャケットに着替えねばならないが、チャイムの余韻が残るうちにまほは席を立ち一人サッサと更衣室に向かおうとしていた。

 更衣室に行けばイヤでもラブやアンチョビと一緒になるので、これはどうやらダッシュで更衣室に向かい電撃戦で先に着替えてしまおうという魂胆のようであった。

 だがまほが立ち上がろうとしたその時、機先を制したラブが素早く彼女の背後に立つと、肩に手を置き頭の上にずっしりとたわわを乗っけてそれを阻止していた。

 

 

「うわぁ!な、何するんだよぅ!?」

 

「何するんだよぅ!?じゃないでしょう?あのねぇまほ、いつまでそうしているの?まさか私達が帰るまでそうしているつもりなの?本当にそんな事が可能だと思うの?ちょっとコッチ向きなさいよ」

 

「いやラブよ、そのままだと西住も文字通り首が回らんと思うんだが?」

 

 

 ほぼラブのたわわなカウンターウェイトに頭が埋もれ身動きが取れないまほを指差しながらアンチョビが指摘すると、ラブも上体を起こしてまほを解放したが肩に於いた手は離さず今度は肩越しに彼女の頬に自分の頬をぴったりとくっ付けた。

 

 

「ななななんっ!お、おいぃぃっ!?」

 

「も~、いいから黙って聞きなさいよ、私も千代美ももう怒ってないのよ?午前中千代美がまほに何も言わなかったのは、あの状態じゃ何言ったってアンタがヘコむだけだからって気配りしての事なのよ?何かやらかした後にそうやって逃げても何の解決にならないでしょう?もっと自分のパートナーの事をよく見なさいよ、そんなんじゃ千代美が可哀想だわ」

 

「……」

 

 

 そうは言われてもまだ頭が追い付かないまほの視線は泳いでいる。

 そんな彼女の心情などお見通しなラブが、最もまほに何かを言い聞かせる時に効果のある伝家の宝刀とも云えるキーワードを口にした。

 

 

「いつまでもそんな調子じゃ()()()心配で帰れないじゃない」

 

「だ、だから誰が姉さん──」

 

 

 覿面に反応したまほに全てを言わせず、ラブは背後から回した手の人差し指で彼女の唇を軽く押さえ封じて見せた。

 

 

「あなた達はもうじき私より先に卒業するのよ?そうしたら姉さん何かあってもこうして対応してあげられなくなるの……まほは真面目なのはいいけど何でも一人で背負い込み過ぎなの、立場が大変なのは解るけど甘える処は甘えていいの、そうしないから無意識な時にああいう事になるのよ。回りをもっとよく見なさい、信頼に足る同期の仲間も大勢いるしエリカさんや小梅さんや直下さんもいる。何よりあなたには千代美がいるのよ?今のまほはそれすらも忘れてるんじゃない?」

 

 

 ラブに言われた事で逃げようと抵抗していたまほもハッとしてその動きを止めた。

 決して彼女も忘れていた訳ではないが、年が明けて春になれば自分達はラブを残して卒業する。

 そして西住流の後継者とはいえ今はまだ一介の高校生に過ぎない自分に比べ、ラブは既に厳島流の家元としての重責を担っており、そんな彼女にまたしても負担を掛けてしまった事にまほは何とも情けなく恥かしい気持ちで一杯になっていた。

 

 

「だからそういう顔しないの~。まほは色々余裕がなさ過ぎなのよ、今言ったばかりでしょ?もっと周りをよく見て行動しなさいって。一人で突っ走って何度自爆したのよ?さっきも言ったようにもっと周りを頼りなさい、みんなまほの事が好きなんだから頼ってくれれば喜んで手を貸してくれるわよ?そうする事で一層互いの信頼は深まるの、解る?」

 

 

 そこでやっとまほから離れたラブはスルリと今度はまほの前に回り込むと、屈み込んで真っ直ぐに彼女の目を見つめていた。

 

 

「……」

 

 

 どうしても目が泳ぎそうになるまほにラブは一度背筋を伸ばすと、ポケットから髪留めを取り出し普段は殆ど見えぬ右目と美しい顔に刻み付けられた深い傷痕を覆い隠している前髪を留めると、再び屈み込んで彼女の頬に両手を添えて真っ直ぐに目を合わせた。

 

 

「……!」

 

「ねぇまほ、真っ直ぐ私の目を見て」

 

 

 本人も口では吹っ切れているとは言うがやはりラブも年頃の少女であり、その美しい顔の少女にとってにあまりにも酷な光を宿さぬ右目とその傷痕を積極的に晒す事はない。

 まほもそれは知っているので、彼女の行動に目を大きく見開き驚きの表情を浮かべる。

 そしてまた彼女にそんな行動を取らせてしまった事に、まほは目を逸らしかけた。

 

 

「ほら駄目よ、こっちを見る!」

 

 

 目だけではなく顔ごと逸らそうとするまほに少し強めに言った後に、ラブは再び優しい声音に戻すと諭すように語り掛けた。

 

 

「まほ?みんなあなたがいつも一生懸命なのは知っているの。そんなあなたが道に外れた事をしない限り、誰もがあなたが困った時は力を貸してくれるわ。私だってその一人よ?だから自分一人で何でもこなそうとしないでもっと周りを頼りなさい。西住流だってしほママ一人で全部回せてる?違うでしょ?沢山の人が支えているからあれだけ大きな流派が成り立つの、でもそれもしほママが周りの人を信頼して任せるからみんなそれに応えようと頑張ってくれるの。つまりそういう事なの、解る?まぁ確かにしほママも厳しいかもしれないけれど、まほもその立場になれば解る時が来るわ……ま、私が言いたいのはそんなトコね、言ってる事解った?」

 

 

 真正面から真っ直ぐに見据えられたまほも顔を抑えられ背ける事が出来なかったが、それでも少し視線を逸らし暫く口を噤んでいたもののやっと小声で返事をした。

 

 

「…はい……」

 

「ん?なあに?もっと大きな声で()()()にも聞こえるように」

 

「クッ……ハイ!」

 

 

 まだ素直さには欠けるがそれでもやっとラブの目を見ながら大きく返事をしたまほに、ラブも満足げに微笑んで頷くと、それで油断したまほのほっぺの両側のお肉を摘んでび~っと引っ張った。

 

 

いひゃいっ(痛い)にゃにゃにをっ(な、何を)!?」

 

「それはそれでいいとしてまほ!アンタねぇ!まだ先っちょヒリヒリして痛いのよ!ホントこれで少しは成長しなさいよね!もしまたやったらその時は本当に承知しないんだから!解った!?」

 

わ、わひゃったひょう(わ、解ったよぅ)!」

 

「まほ……?」

 

 

 目の座ったラブに底冷えするような声で静かに名を呼ばれたまほは、そこで慌てて背筋を伸ばすと逸らしそうになる視線を必死にラブに向け謝罪の言葉を口にした。

 

 

「ね…姉さんごめんなさい……もう二度とやりません!」

 

 

 それまで作っていた怖い顔を一変させたラブは、満足げな笑みを浮かべると再び優しくまほの顔に手を添えて、唯一生気溢れる左目に悪戯をする時の光を湛え小悪魔の囁きを漏らした。

 

 

「うふふ♪よく出来ました、それじゃあこれはご褒美よ♡」

 

「え…?うわぁ!?」

 

 

 逃げる隙を与えぬ電撃戦でまほのほっぺにキスをすると、短期留学中も特例でメイクをするのを認められているので、バッチリとまほのほっぺにはキスマークが残されていた。

 

 

「何するんだ!?よせよぉ!」

 

「失礼ねぇ、ご褒美って言ったじゃない…さてと……」

 

「こ、今度はなんだよぅ!?」

 

 

 屈めていた腰を伸ばすついでにまほの後ろ襟を摘んだラブは、身長差にモノを言わせてそのまま彼女を立ち上がらせた。

 

 

「はい、お待たせ千代美、()()返すわ♪」

 

 

 ラブはまるで仔猫を摘み上げるようにまほをアンチョビに突き出したが、まほも何処か母猫に銜えられた仔猫のように見えるのだった。

 

 

「オマエなぁ…私が言う事何もなくなっちゃったじゃないか……」

 

「なによ~?解決したんだからそれでいいじゃないよ~」

 

 

 口を挟む余地を与えずにまほを言い包めたラブに、アンチョビが呆れた様子で不満を口にするとラブも口を尖らせ言い返したが、そんな二人の間で襟を摘まれぶら下がったような状態のまほが、立場のなさそうな顔で途方に暮れていると、それに気付いたラブが彼女の耳元で悪戯っぽく囁いた。

 

 

『あ、そうそう、千代美相手だったらいくら甘えたっていいんだからね?千代美の先っちょなら好きなだけちゅ~ちゅ~していいのよ♡』

 

「ぐっ……!?」

 

 

 真っ赤な顔で目を白黒させ言葉に詰まったまほを、ラブはケラケラと笑いながらアンチョビに向かって軽くポンッと突き飛ばした。

 

 

「うわっ!」

 

「あのなぁ!」

 

 

 自分より上背のあるまほを抱きとめたアンチョビが、その背後で自分はもう用済みとばかりに無責任に笑っているラブの事を睨み付けたが丸っきり効果はないようだ。

 

 

「コイツはホントに……」

 

「お~いお三方ぁ、話は終わったかな~?」

 

 

 アンチョビがまだブツブツと言っていたがそこに教室の前の方の出入り口付近から三人を呼ぶ声がして、目を向けてみれば中等部時代からの古い馴染みの一人の生徒が、自分の腕時計を掲げて指差しながら三人に呼び掛けていた。

 

 

「そろそろ更衣室でパンジャケに着替えないと、次の授業に間に合わなくなると思うんだけど~?」

 

 

 ニヤニヤ笑いの彼女の言葉にハッとした三人がそれぞれ自分の時計を見れば、成る程確かに午後の戦車道の実習が始まるまでにもういくらも時間がなかった。

 

 

「うわっ!マズい早く着替えんと遅れるぞぉ!ラブ!放課後にすりゃあいいのにお前がこんなタイミングで話し始めるからだぞぉ!」

 

「なによ~?千代美だって黙って聞いてたクセに~」

 

「は…早く行って着替えよう……」

 

 

 そんなアホなやり取りに、廊下から事の成り行きを見守っていた(ヤジウマ)付き合いのいいクラスメイト達がゲラゲラと笑っていた。

 そして付き合いよく連帯責任で着替えが少し遅れたまほのクラスは、笑いを堪えながら朝の点検に引き続き午後の実習で行う戦車の動作確認を行っていた。

 結果としては当面はまだ大丈夫ではあるもののやはり調子に乗って撃ち過ぎた為に、砲塔周りは近いうちに大掛かりなメンテをする事になりそうだった。

 そしてエリカの予想通りLove Gunのみそれより少し早いタイミングで、駆動系のオーバーホールが必要との診断結果が出ていた。

 

 

「普通に動かす分には全然大丈夫なんだけどね~、AP-Girls基準だと基本的に一戦毎にフルメンテに近くなっちゃうのよ。まあこの診断は念の為と思って貰うといいわ」

 

「…だそうです……」

 

「そうか…ラブがそう言うんだから間違いないんだろう……」

 

 

 直接報告して貰った方が早いと判断したエリカが本人を連れてまほに報告を行うと、やはりまだ先程の一件を引きずっているまほはその返答がぎこちなかった。

 

 

「ハァ……とにかく全車取り敢えずは問題なしという事で格納庫に戻します。その後は講堂で昨日の映像を交えての講評会という事で宜しいですか?」

 

「うん、それで構わない」

 

「了解しました」

 

 

 エリカのみ敬礼をしてその場を離れると、テキパキと次の指示を出して回っている。

 

 

「エリカさんは本当に有能な副官ね♪」

 

「ん?そうだな…確かに彼女のお蔭で随分と楽をさせて貰ったな……」

 

 

 まほもそう答えながら、休む事なく動き回るエリカをその目で追っていた。

 副隊長に就任した経緯が経緯だけに当初は内外から色々と言われ辛い思いをしたはずのエリカだが、それでも黙々と職務をこなして来た彼女の功績は非常に大きかったはずだ。

 戦車道に関しては確かにみほは抜きん出たものがあるかもしれないが、実務等に関してははっきり言って相当に問題のあるポンコツであり、ツンデレの本人は頑として認めないだろうがみほの黒森峰在籍時代は陰でエリカが相当フォローしていたのは間違いないだろう。

 ラブもそんな事を考えながら甲斐甲斐しく働くエリカを見ていたが、不意にまほに向き直ると何やら真剣な表情で語り始めた。

 

 

「ねぇまほ……うぅん、まほだけじゃなくて千代美もねちょっと聞いてくれる?」

 

「どうした急に?」

 

「なんだ?またなんか思い付いたのかぁ?」

 

 

 整備を終えたアンチョビも自分の名を呼ばれラブの下へと寄って来ると、ラブは二人に向かってそれまでのふざけた雰囲気を一変させ真摯な表情を見せていた。

 

 

「あのね、二人共よく聞いてくれる?あなた達もね、そろそろここまで挫ける事なく誠心誠意支えてくれた人達の恩に報いるべき時が来たと思うの」

 

 

 彼女が何を言い出したのかまだその真意は解らぬが、まほもアンチョビもこんな話方をする時のラブはとても大事な事を言うのが解っていたので、黙ってその耳に心地よいハスキーボイスに耳を傾け彼女の次なる言葉を聞き逃すまいと意識を集中していた。

 

 

 




昨夜晩ごはん食べながら某バンドリのハロハピ回を見ていて気付いたのですが、
ハロハピのこころんとラブはその立ち位置が極めて似ていますねw
飛び抜けたお金持ちの程良く壊れたお嬢様でバンドリーダーとかww
ラブもあれかな?出て来ないけど常に周りに黒服さんがいるんだろうか?

あ、バンドリではおたえと美咲が好きです♡

長かった第三章も後少し、どうにか百話行かずに終わりそうです。

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