ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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まほ引退、遂にその時が来ました。

そしてみほはただのアホの子w


第九十話   まほ姉

「それは…一体どういう意味だろう……?」

 

 

 ラブの雰囲気に飲まれたまほも真剣な表情で言葉を選びながら質問する。

 そして質問しながら視線をアンチョビに向けると、彼女も慎重な様子で頷いていた。

 

 

「やっぱり忘れてるわね…でも原因は私にあるから責めはしないわ……」

 

 

 溜め息と共に小さな声で零すようにラブが呟くが、忘れているという事に心当たりがない二人は顔を見合わせ暫くそのまま考えるも、ラブの言う事が解らず揃って首を捻った。

 その様子にもう一つ溜め息を吐いたラブが二人に向き直ると、自分の気持ちを整理しているのか一旦視線を宙に彷徨わせた後に噛んで含めるような口調で問い掛け始めた。

 

 

「ねぇ、まほと千代美はいつまで隊長でいるのかしら?」

 

「ん?」

 

「え?」

 

 

 その唐突な質問に、二人は絵に描いたような鳩が豆鉄砲を喰った顔で、再び顔を見合わせた。

 

 

「ええと…それは……あ……」

 

「気が付いたみたいね千代美……」

 

 

 何かを言おうとして言い淀んだアンチョビがラブの言わんとしている事に気が付いたらしいが、その事実が自分でも信じられないといった風にその顔色を失っていた。

 

 

「安斎…ラブ一体どうした……?」

 

「オイにしずみ…お前まだ気が付かないのか……?」

 

 

 戸惑うまほにアンチョビは強張った顔で聞き返した。

 

 

「いいわ千代美、私から話すから…普通高校戦車道ってさ、観閲式が終わったらそれを最後に三年は引退して新隊長の下、来年に向けて新しいチーム作り始めるんでしょ?」

 

「あ……」

 

 

 漸くラブの言っている事を理解したまほが、いっそ間抜けと言っていい顔でフリーズした。

 

 

「やっと解って貰えたみたいね……そう、その通りよ、二年生のみほが隊長でその必要がない大洗以外の、黒森峰とアンツィオ…昨日帰って行ったダージリン達も未だ世代交代をしていないわ……そしてその原因はこの私、私があのタイミングで現れた事で、あなた達は全ての予定を後回しにしたりぶっ飛ばしたりして、私の為の練習試合を最優先にしてしまったから……」

 

 

 ラブに示された現実に愕然としていた二人だったが、その事でラブが相当に責任を感じている事に気付き、慌てた二人はオロオロしながら彼女にフォローを始めた。

 

 

「わわわ!私達が好きで勝手にやった事だから、ラブは何も悪くないんだから気にするな!」

 

「そ、そうだとも!私も大学選抜戦以降大概の事をエリカに任せっきりで、実質もうエリカが黒森峰の隊長のようなものだからな!」

 

「あ、アンツィオも最近じゃぺパロニとカルパッチョが中心になってチームが回ってるからな!」

 

 

 身振り手振りのオーバーアクションで騒ぐ二人に、ラブはゆっくりと小さく左右に首を振る。

 

 

「だから二人共そうじゃなくて…ちゃんと目に見える形で世代交代してあげないと、後々大変なのは彼女達なのよ?私にかまけてこんな状態じゃ、申し訳なくて私が戦車道続けられないんだけど……」

 

 

 ラブのこの発言でハッとして静かになった二人に向けて、もう何度目になるか解らぬ溜め息を吐くと重々しい口調で審判を下すように言った。

 

 

「良い機会だからまほは今日の演習後にでも隊長職から身を引いて、エリカさんに引き継ぎをしなさいよ。そうね……その時一緒に彼女の就任式をやるといいわ、千代美とみほと私、他校の隊長三人が見届け役として立ち会えば外部には良いアピールになるし」

 

「それはいいがしかし…でもお前達はいいのか……?」

 

「私が言い出したんだもの、否はないわ…まあ千代美には帰ったら早々に動いて貰う事になるけど……問題なのは式典でみほが興奮して辛抱堪らん状態で暴走しないよう抑えるぐらいね」

 

 

 鼻息荒いみほがリアルに想像出来たらしい二人が微妙な顔になったが、そこでアンチョビが自分達以外の連中にもこの件を連絡せねばと思い至ったが、これにはラブがさっきとは打って変わって問題ないだろうと真逆に近いような事を言う。

 

 

「それはまたどうして?アイツらだって気付いていない公算が高いんだろう?」

 

「ん?簡単な事よ、あなた達だって互いの公式ページは毎日チェック(監視)してるんでしょ?そこで公式発表として記事を掲載すれば、みんな大慌てで翌日には交代するわよ」

 

『あぁ……』

 

 

 意外な盲点とでもいうべきかラブの指摘は確かであり、例え自分達が直接見ていない場合でも情報部などがチェックはしており、重要な情報は直ぐにその耳に届いていた。

 

 

「そ、そうと決まったら急いで準備をしないと…ええと、私の時は──」

 

「まほ、ちょっと待ちなさい」

 

「あ?なんだ?」

 

「この場合あまり華美な事をやってはダメ、極自然な流れでやるのが大事よ?そして何より一番大事な事、エリカさんの性格をよ~く考えてご覧なさいよ」

 

 

 指摘を受けた通りまほは頭の中でつい盛大にと考えていたが、それを見透かしたようなラブの指摘は尤もであり、確かにエリカの性格を考えれば彼女の言う通りであった。

 そしてラブの提案により今日の講評終了後、その場でまほの退任と同時にエリカを隊長に就任させる式典を行い、自分とアンチョビとみほがそれに立ち会う事が決定した。

 

 

「そうだ……一応確認するけど副隊長はやっぱり小梅さんよね?」

 

「あぁ、その下に今の一年から何人か補佐を付けて勉強させるつもりなんだが……」

 

「良い判断ね、私もあの二人ならとても強いチームが出来ると思うわ」

 

 

 ラブの提言により黒森峰の隊長の交代劇の方針も決まった後、全車の動作確認を済ませると、講堂で前日の試合映像を交えての講評が行なわれた。そこで改めて映像で見たLove Gunの動きに、皆が騒がしくなった。

 

 

『これが厳島流……』

 

 

 次々繰り出されるLove Gunの戦闘機動に、最後は全員が言葉を失う。

 

 

「ん~、敢えて言わなかったけどこの動きは西住流よ~」

 

『えぇ!?』

 

 

 驚きの声と共に集中する視線を気にも留めず、支給された焼き菓子を口に頬り込みコーヒーを一口啜ったラブは、何事もなかったように口を開いた。

 

 

「判で押したようなお約束な反応ありがと。でも本当の事よ、もっと映像をよく見なさい」

 

 

 全員が半信半疑といった感じでモニターに目を戻し、食い入るように映像に見入っている。

 丁度その目の前で、Love Gunが滑るような機動で継続のミカが操るBT-42をジワジワと追い詰めて行く場面が流れているが、これを西住流と云われても俄かには信じ難く、皆ヒソヒソと小声であれこれと囁き合っている。

 

 

「まほ、それにみほもまだ気付かない?」

 

「ええと……」

 

「確かに動きは速いが……」

 

「なんだ、解ってるんじゃない」

 

 

 その場にいる誰もが直ぐには話に着いて行けずどういう事かとざわつく中、ラブが種明しでもするようにざっくばらんな口調で説明を始めた。

 

 

「そう、動きが速いから惑わされてるみたいだけど、基本の動きは西住流よ。但し、まほが言った通り動きは()()速いけどね」

 

 

 しきりに機動の速さを強調するラブの発言にざわめきながらも、隊員達はLove Gunの戦闘機動を何度も巻き戻しては検証していく。

 

 

「これが西住流……?」

 

「とてもそうは見えないんだけど……」

 

「う~んこれはちょっと私なんかじゃ解らない……」

 

「どっちかっていうとスピードの遅い厳島流って感じかねぇ…ほら、Love Gun……あ~ややこしいなぁ…元祖Love Gun、ラブが中学時代に乗っていたG型はカスタムされててもっと動きが速かったじゃない?それに比べると……そうか、アレと比べると確かにこれは厳島の動きじゃないわね」

 

 

 中等部時代から散々やり合った経験があり、ラブとも付き合いの長いビットマンの操縦手がその違いに気付きそれを指摘した。

 

 

「ふふっ♪さすがね、付き合いの長い同世代はそろそろ違いが見えて来たんじゃないかしら?そう、これは厳島流ではなく西住流よ……あくまでも、動きが速いという違いがあるだけで」

 

 

 ラブがそう言い切ると講堂内には言葉を発する者はいなくなり、聴こえるのは試合の映像を流すモニターから流れる砲声と爆発音のみになった。

 

 

「…何故そんな回りくどい事を……?」

 

 

 アンチョビがラブの真意を見極めようとドゥーチェの顔になると、言葉を選びながら問い掛けた。

 

 

「まぁ、怖い顔ねぇ……♡」

 

 

 ラブもドゥーチェの顔にキュッと目を細め女狐の表情を見せると、その妖艶さにアンチョビはドキリさせられたが、どうにかその動揺を顔に出さぬよう持ちこたえていた。

 

 

「でも千代美が考えるような他意はないわよ。理由は単純なの。普通の戦車で厳島すると、とてもじゃないけど戦車が耐えられないのよ。パンターにしてもⅢ号にしても許される範囲内で徹底的に強化してあるし、そのノウハウも厳島流が独自に生み出したものなの。それ位やっておかなければあの戦闘機動は出来ないわ」

 

 

 確かに厳島流の激しい戦闘機動が駆動系に相当な負担を強いる事は容易に想像が付くが、アンチョビとしてはそれだけが理由ではない気がして更にもう一段カマを掛けてみた。

 

 

「アンツィオも相当激しく戦車を振り回すがそこまで強化はしてないぞ?理由はそれだけじゃないんだろ?でなきゃオマエがそんな顔するもんか」

 

「絡むわね~、そりゃまぁ私だって一応は一流派の家元だからさ、実質西住の門下の黒森峰の生徒さんに変なクセを付ける訳にはいかないじゃない。だから高速機動戦闘はしても、それはあくまでも西住流の基本の形に則ってやったのよ」

 

「はぁ?そりゃどういう意味だ?」

 

「言ったまんまよ、忘れたの?昔から私の真似をして自滅した選手が数多くいる事を」

 

「あ……」

 

「試合中小梅さん達には言ったけど、改めてみんなにも言っておくわ。ノック…魔女の口付けって名前がついたんだっけ……?それも含めて、私の真似をしようとはくれぐれも考えない事。どんな競技でも適切な指導を受けずに見よう見真似でやれば怪我をしたり変なクセが付いたりするでしょ?それと同じよ。あなた達は最強の西住流を学び始めたばかりなんだから、まだよそ見をしてはダメよ~」

 

 

 厳しい事を言いながらも最後の方は口調を緩くして過度に緊張させないのは、意図してなのか天然なのかは微妙だが、やはり彼女は人に話を聞かせるのが上手かった。

 

 

「厳島流は何かと派手だから気持ちは解らんでもないがなぁ……」

 

「あら?でも西住と厳島の基本は一緒なのよ、忘れちゃった?」

 

「なんだとぉ?」

 

 

 昔を思い出しながら腕を組むアンチョビだったが、またラブがひと言で声が険しくなった。

 

 

「も~、西住と厳島は血縁だけではなくて流派としても姉妹流派と言ってもいい間柄なのを忘れたの?そもそもが初代のお二人が互いに意見を出し合いながら基礎を作ったんだもの。そしてそれを元にそれぞれのスタイルを確立して今に至るんだからさ」

 

 

 改めておさらいのようにラブが両流派の出自を語り、確認の意味も込めてまほとみほに視線を向けると、二人は少々慌ててコクコクと首を縦に振るのだった。

 

 

『コイツら忘れてやがったわね……』

 

 

 内心そう思ったがそれは口に出さず、この話はここまでとばかりに話を締めに掛かった。

 

 

「ま、そんな訳で、あれは早回しの西住流と思って貰えばいいわ。でも整然と隊列を組んで相手を飲み込める黒森峰ならそこまでする必要ないから、余興とでも思って流した方がいいわ」

 

 

 そして、その後も暫くの間は動画を交えての意見交換が続く。出てくる意見はさすが黒森峰と思わせるものばかりで、その黒森峰の隊員達が聞いたら思考が停止しそうな意見しか出て来ないだろう大洗の隊長であるみほと、そのアホさ加減に最後は切れて怒鳴り付ける羽目になるアンツィオのドゥーチェ・アンチョビの二人は、その中身の濃さに何とも微妙な顔をしていた。

 しかし初体験のアンチョビはともかく、元々はここが居場所だったみほも今では大洗流にすっかり染まってその展開に付いて行けなくなっているあたり、慣れというのは恐ろしいものだと感じさせる。

 

 

「以上、講評並びに反省会を終了する……総員起立!敬礼!直れ!」

 

 

 会の終了に当たりエリカが最後をビシッと締めた処でラブがまほに目配せすると、彼女も解っているとばかりにラブと同様に目で答えてスッと講堂の演台の前に進み出た。

 

 

「隊長……?」

 

「あ~、皆そのままで聞いて欲しい……」

 

 

 マイクのスイッチを確認したまほが話し始めると一旦着席した隊員達が立ち上がり掛けたが、彼女は軽くそれを手で制しそのまま座るよう促した。

 日頃何かと堅苦しくなりがちなまほだったが、これに関しては気楽なスタイルで行くつもりらしい。その様子にラブが満足気に微笑むと、まほもそれで気が楽になったらしく、穏やかな表情で講堂に視線を巡らすと、よく通る晴れやかな声で語り始めた。

 

 

「諸君、私は今日この場を以って隊長の職を退くことを決めた。これまでこの私を信じて付いて来てくれた事に、心より感謝する。ありがとう」

 

 

 突然の事にまほが何を言っているか理解出来なかった隊員達が静まり返り、ポカンとした表情で演台に立つまほを見つめている。

 

 

「え……?」

 

 

 最初に我に返り短くそう声を発したのはエリカであったが、彼女もまだ事態がよく呑み込めておらず、それ以上の言葉を発する事が出来ずにいた。

 

 

「は?」

 

「今なんて?」

 

「隊長……」

 

「退くって……」

 

「えっと…引退……?」

 

 

 徐々にまほの言った事が頭の中に浸透して来たらしい隊員達の口からポツポツと細切れに単語が漏れ聴こえて来るが、まだ完全にそれが何を意味するかまでは把握出来ていない。

 

 

「また随分サクッと行ったわね~」

 

「前置きなしとかサクッと行き過ぎだろ~?見ろ、全員頭ん中真っ白になってるじゃないか」

 

「まぁ、まほらしいっちゃらしいけどね~」

 

「困ったヤツだ……」

 

 

 ラブとアンチョビが下がり眉毛で苦笑する目の前で、黒森峰の隊員達が突然過ぎるまほの引退発表に頭が対応出来ず、噛み合わない会話を続けていた。

 

 

「隊長が…引退……!?」

 

「お、エリカが復活した」

 

 

 まほと共に壇上にいたエリカは端の方で号令を下した後、そのままそこでマッチ棒みたいにピンっと直立して硬直していたが、まほが何を言ったか理解した瞬間に叫んでいた。

 

 

『え…え……?えぇ────っ!?』

 

 

 エリカの叫びを耳にして、その意味をやっと理解した隊員達も一斉に叫び声をあげた。

 

 

「ちょ!何で!?」

 

「そんな急に!」

 

「どうして!?」

 

「隊長!?」

 

 

 蜂の巣を突いたような騒ぎとはこの事だろう、ラブとアンチョビは更にへにょっと眉毛の下がった困り顔で、そのあまりの賑やかさに仲良く耳を塞いでその騒ぎを傍観していた。

 そして遂に隊員達が演壇の下に駆け寄り騒ぎ始めると、まほが壇上から両手を胸の前に翳して制したが、それ位ではその騒ぎは収まらなかった。

 

 

「あら~」

 

「おい~、最前列の真ん中見てみろ~」

 

「え…あ……みほぉ、あの子何やってんのよ~?」

 

「アイツ完全に自分がもう黒森峰の人間じゃないの忘れてるだろ~?」

 

 

 ラブがアンチョビに言われて詰めかけて騒ぐ一団をよく見れば、最前列で猛然と激おこプンプン丸でまほに抗議しているみほの姿があった。

 

 

「しょうがないわねぇ~」

 

「まぁ私らは部外者だから静観するしかないなぁ」

 

「また千代美は面白がってぇ」

 

「いやいやいや、だって事実だろぉ?大体お前だって目が笑ってるじゃないか~」

 

「千代美ぃ~」

 

 

 面白がる二人を蚊帳の外に置いて、尚もみほ達は騒ぎ続けている。

 

 

「みんな落ち着いてくれ!本来なら観閲式の後とっくに引退していたはずなんだから、ってオイ!みほ!お前はもう大洗の隊長だろう!何でオマエが先導して騒いでるんだ!?」

 

 

 まほが壇上からそう指摘しても、率先してみほが抗議するのを誰一人疑問に思っていないらしく、その事に関して突っ込む者はいなかった。

 

 

「聞いちゃいねぇ……」

 

 

 絶望的な表情のまほが呟く中、騒ぎは一向に収まる気配がない。

 

 

「も~、ホントしょうがないわね~。千代美、ちょっと行って来るわ……」

 

「ヤバくなったらケツ捲れよ~」

 

 

 介入する気が一切ないアンチョビはヒラヒラと手を振り、無責任にラブを送り出す。

 実際外様であるアンチョビの立ち位置からするとその意思表示は当然で、ラブもそれは承知の上らしく、軽く手を振り返す。そして、壇上へと軽やかなステップで登ると、まずはまほではなくエリカの下へと直行するのだった。

 

 

「……さん、エリカさん大丈夫?」

 

「…え?あ!?ラブ先輩!?」

 

 

 ラブがエリカに呼び掛けたが、完全に意識が飛んでいたのか彼女は直ぐに反応せず、数度彼女の名を呼んだ処でやっと気付いて虚ろな目でラブの方に向き直った。

 

 

「えっと……そうだ!隊長が引退!?何で急に!?」

 

「落ち着いてエリカさん、本当なら観閲式の後に交代する予定だったんでしょ?エリカさんだってずっと前にあなたが隊長になる事は聞かされてたはずよ?」

 

「え?えぇ…でも……」

 

「さぁ、一緒に来て」

 

 

 ラブはエリカの背中に手を回すと、ぎこちない足取りの彼女を支えながら、演台の前で一向に収まらぬ騒ぎに閉口しているまほの隣にやって来た。

 

 

「あ…ラブ……」

 

「ちょっと借りるわよ」

 

 

 演台上のマイクスタンドに手を伸ばしたラブはマイクを抜き取り手にすると、詰めかけて騒ぐ者達を冷めた目で一瞥すると形の良い唇を開いた。

 

 

「黙りなさいこの小娘共!」

 

「な、何よラブお姉ちゃん!って、私のエリカさんに何やってるのよ!?」

 

「だから黙りなさいこのポンコツ!」

 

 

 すっかり黒森峰化しているみほにさすがのラブもキレ始め、こめかみに怒りのバッテンを浮かべて口元をヒクヒクと強張らせていた。

 

 

「ら、ラブお姉ちゃん!?」

 

「みほ!アンタはもう大洗の人間でしょうが!他の子達もナニなんの違和感も感じずにみほと一緒になって騒いでんのよ!?あなた達がそうやって無駄に騒いでると、エリカさんがいつまでたっても隊長になれないでしょ!」

 

 

 壇上から高身長のラブに叱責されて漸く頭が冷えたのか、騒ぎの方も潮が引くように沈静化して行き、演台の前で困り果てていたまほもホッとした表情を見せた。

 

 

「まほ、アンタももうちょっと考えてからしゃべりなさいよね、いくら堅苦しくならないようにといってもせめてもう少し前置き位しなさいよ」

 

「あ、あぁ済まない……」

 

「エリカさんが隊長!」

 

 

 やっと騒ぎが沈静化したのもつかの間、ついさっきまで先頭に立ってまほの隊長職からの引退表明に抗議していたみほが、今度は壇上に飛び乗りエリカの隊長就任に興奮してアジ演説を始めていた。

 

 

「みんな!()()エリカさんが隊長に就任するよ!これは全校挙げてお祝いすべき重大発表だよ!」

 

「みほ……」

 

 

 止まらぬみほの暴走にエリカは死んだような顔になり、ラブは話が全く先に進まない為にこめかみの怒りのバッテンを更に大きくして握る拳もプルプル震えている。

 それまでとは違う方向にベクトルが働き騒がしくなり、人の話を全く聞かずにハイテンションなみほに業を煮やしたラブが鉄槌を下すべく一歩踏み出し掛けたその時、淡い緑の一陣の風が彼女の目の前を駆け抜けみほの背後に迫っていた。

 

 

「いい加減にせんか!もちつけこのどアホゥが!」

 

「ふえぇっ!?」

 

 

 それまで静観を決め込んでいたアンチョビだが、このままでは埒が明かぬと判断したのか壇上に駆け上がると、黒森峰のパンツァージャケットを身に着けていても手放さずにいた指揮用鞭でみほの尻を一発叩き膝カックンでバランスを崩すと、止めの千年殺しで壇上から彼女を追い落とした。

 

 

「アンチョビさんっ!?」

 

「千代美……」

 

 

 目の前で鮮やかな三連コンボを決めて見せたアンチョビにラブはすっかり毒気を抜かれ、壇上から転がり落ち、下にいた小梅達に受け留められたみほは千年殺しを喰らった尻を摩りながら呆然とアンチョビの事を見上げていた。

 さすがは日頃アンツィオでアホの子の集団を相手しているだけはあり、アンチョビは人の話を聞かない手合いの扱いには長けているのであった。

 

 

「さすがね千代美……」

 

「褒められても嬉しくないんだが……」

 

 

 それからやっと話が出来る状態になった処でまほが改めて自身の隊長職からの引退を宣言し、後任としてエリカが隊長に就任する事を発表した。

 

 

「ラブ先輩、ドゥーチェ…ありがとうございました……」

 

 

 あまりにもアホ過ぎるドタバタ劇にエリカも疲れを隠す事が出来ず、二人に向かって力なくそう言うのがやっとな印象で、ラブとアンチョビは立ち去るエリカの背を痛々しげに見ていた。

 

 

「なぁ、さすがにこれじゃあグダグダ過ぎて、対外的に発表するには問題があるだろ?」

 

「なによりエリカさんが可哀想よ……」

 

「堅苦しくないようにとは言ったが、こういう場合、多少は形式的なものも必要なんじゃないか?」

 

「そうね…そうだ、私達は外様とはいえ見届け役なんだからさ……」

 

 

 ラブがアンチョビに何やら耳打ちすると、彼女も何やら納得したように頷いている。

 

 

「成る程な、その方がそれらしく見えて良さそうだな。早速手配しようじゃないか。対外発表の手はずは広報担当にやって貰うとして、我々は直ぐに着替えるとしよう。おい西住……姉妹両方だ!」

 

 

 アンチョビが姉妹を呼びつけラブ発案のプランを伝えると、ラブとアンチョビとみほが一旦姿を消し、待つ事数十分。再び現れた三人はそれぞれの学校のパンツァージャケットを身に着けていた。

 まほの命令に従い講堂で待機していた者達が戻った三人の姿にざわつく中、再びまほが登壇し、エリカの隊長就任と小梅の副隊長就任を改めて宣言して就任式が執り行われた。就任式には笠女とアンツィオと大洗から三名の隊長が見届け役として列席しており、その模様は学校公式ページにも即掲載される事となった。

 

 

「隊長……」

 

「エリカ、私はもう隊長じゃないぞ」

 

「はい……」

 

 

 黒森峰の校章を織り込んだ隊旗を手渡しながら、まほはエリカに笑みを浮かべて答えた。

 

 

「エリカになら安心して全てを任せられる、もう何のしがらみもないんだから思う存分やりたいようにやるといい。エリカの黒森峰を創ってくれ、今日までよく私を支えてくれた、本当にありがとう」

 

「はい…た……西住先輩…こちらこそお世話になりました……」

 

 

 卒業まではまだ今暫く間があるが、まるで別れの時が来たようでエリカはそこで言葉に詰まった。

 それでも隊旗をまほから恭しく拝領したエリカは一旦それを掲げて隊員達にその存在をアピールした後、小脇にそれを携えると一部の隙もない敬礼を決めそれを以って隊長就任の挨拶とした。

 列席した三人の隊長もそのエリカに答礼し、その模様がその日のうちに黒森峰戦車道チームの公式ページで動画が公開されると、それを見てその事実に気付き真っ青になったダージリンとケイとカチューシャの三人は、翌日慌てて引退式と次期隊長の就任式を行ない新体制の発足に奔走したという。

 

 

「留学が終わってからだからウチ(アンツィオ)が一番最後になるんだろうなぁ……」

 

 

 エリカの就任式を以ってこの日は全ての課業を終了とし、後は寮に戻ってお決まりのエリまほを肴に宴席が設けられるのが暗黙の了解となっているので、アンチョビはラブを引き連れ昨日エリカに連れて行ってもらったスーパーを目指して講堂を後にした。

 

 

「今日はエリカの祝いの席だからアイツに何かやらせる訳にはいかんからな」

 

「そうね、私手伝うから♪」

 

 

 アンチョビと共に買い物をして料理をするのでラブも相当に機嫌がいいようだ。

 

 

「そういえば昨日見ていて思ったが、オマエの包丁捌き大したものだったぞ」

 

「そ~お?最初は麻梨亜ママと雪緒ママに──」

 

「は?雪緒ママって誰だ?」

 

「あ、ゴメン、横須賀の実家を切り盛りしてくれてるメイド長のお姉さんの事よ」

 

「メイド長……」

 

 

 そこで言葉に詰まったアンチョビだったが、観音崎の山の上に聳える城の規模を考えればそれ位はいて当然かと思うも、つくづく住む世界が違うと実感もしていた。

 

 

「それで熊本に来てからはしほママと菊代ママに教わって、その後はアメリカに渡って時間がある時に亜梨亜ママに教わってたのよ」

 

「成る程な、それだけの年数やっていれば納得の行く腕前だ。私もお母さんからラブと同じ位の頃から教わり始めたな」

 

「そっか~、でも問題はあのポンコツ姉妹よ。何でしほママがあれだけ美味しいご飯作ってくれるのに揃いも揃ってああなんだか……」

 

 

 西住姉妹の料理に関する知識と腕前が壊滅的な事に、ラブの表情が渋いものになった。

 

 

「まあ大学に行ってからの事になるが、まほは私が徹底的にシゴくから安心しろ……みほの方もエリカが同じように何とかするだろうよ」

 

「ふふふ♪頼もしいわね~」

 

 

 夕暮れに染まりながらラブとアンチョビは、西住姉妹が聞いたら速攻逃げ出しそうな話を極め付きに凶悪な笑みを浮かべ実に楽しそうに語り合っていた。

 そしてその夜も寮の夕食にプラスして二人が用意した料理と共に、昨夜に続き登場した麦ジュースの大樽も開けられ、宴席は大いに盛り上がっていた。

 宴会となれば当然のようにラブのギターが登場し祝の席に華を添え、ノンアルコールのはずなのに皆酔ったように見えるのは雰囲気にでも酔ったという事か。

 

 

「ラブ姉お願~い!パンツァー・リート歌ってぇ~♪」

 

「あ!それならエリカマーチも~♪」

 

 

 すっかり馴染んだ隊員達はラブの事をAP-Girlsのメンバーと同じようにラブ姉と呼び始め、彼女もまたそれを当然のように受け止めリクエストに応えている。

 

 

「アンチョビ姐さん、麦ジュースのお代わりいかがっスか?」

 

「おう♪貰おうか!」

 

 

 アンチョビの周りでも、まるでぺパロニのように彼女の事を姐さんと呼んで取り囲んで盛り上がっており、そこだけまるでアンツィオのようになっていた。

 そしてそんな様子をまほも笑いながら周りの者達と一緒に眺めている。

 

 

「たいちょ…西住先輩お代わりをどうぞ……」

 

「ん?あぁスマン、今夜はお前が主役なんだからそんな事はしなくてもいいぞ」

 

 

 エリカから麦ジュースのジョッキを受け取りながら、まほはエリカに隣に座るよう促した。

 

 

「何と言うかあの二人はすっかり馴染んでいるというか、元からいたように溶け込んでるなぁ」

 

「あのお二人は順応力が高いですね…それに引き替えみほの方は……」

 

 

 エリカの視線を追って見た先では、エリカと一緒に麦ジュースのお代わりを取りに行ったみほが直下達に捕まり弄られて独りあわあわしていた。

 

 

「…まぁあれがみほなんだろうなぁ……」

 

「……ですね」

 

 

 エリカとまほが顔を見合わせクスクスと笑う。

 思いがけずこんな時間が持てた事に、主賓にされた事にエリカとしてはこそばゆい思いもあったが、まほの笑顔を見れば三人を短期留学させて本当に良かったと彼女は内心大いに満足していた。

 

 

「隊長…あ、すみません……」

 

「まぁ今日の今日じゃ無理だよな」

 

 

 笑うまほの視線の先ではラブはラブ姉と、アンチョビに至ってはただ姐さんと呼ばれそれぞれ気さくにそれに応え、本当に昔から此処にいたような錯覚すら覚える程に黒森峰に溶け込んでいた。

 そしてそのまほの隣でその横顔を見ていたエリカは、彼女の二人を見る表情に羨望の色が混じっている事に気が付いたのだった。

 

 

「あ…そうか……」

 

 

 その立場と家柄、そしてその実力のせいでまほは黒森峰に於いては常に尊敬と畏怖の対象であり、余程親しい者でもない限り接し方は余所余所しさが付き纏うものであった。

 

『隊長…西住隊長……西住先輩…まほさん……ううん、違うわ……』

 

 

 何やらブツブツと言い始めたエリカに気付き、まほも訝しんで彼女の名を呼んだ。

 

 

「ん?おいエリカどうしたんだ?」

 

「そうか…そうよね……何でもないですよ、()()()♪」

 

「は?」

 

 

 顔を上げたと思うとニッコリと笑ったエリカに一際大きな声で『まほ姉』と呼ばれ、まほは思わず間の抜けた声を上げてしまった。

 一瞬静まり返った寮の食堂だが、どうやらエリカの『まほ姉』は皆の耳にも届いたらしくそれぞれが口の中で『まほ姉』を反芻し始めていた。

 

 

「あら?良かったじゃない()()()♪」

 

「そうか西住は今日から()()()かぁ♪」

 

「お姉ちゃん♪」

 

 

 ラブとアンチョビがすかさず反応し口々にまほの事をまほ姉呼びし、みほも感極まったようにまほの事を潤んだ瞳で見つめていた。

 そしてそれを呼び水に食堂内がまほ姉の大合唱になり、暫くして我に返ったまほは見る見るうちに耳まで真っ赤になり顔を両手で覆いその場にしゃがみ込んでしまった。

 そんなまほの姿にラブの表情は最高に人の悪い笑みに変わり、その彼女の表情に周囲は何かを期待するかのように静かになりウズウズとした顔で注目していた。

 

 

()()()♪可愛い~♡」

 

『ぶっ!直球!』

 

 

 まほのボディに抉り込むようなど真ん中の剛速球に、期待していた者達の腹筋が崩壊する。

 そして堪り兼ねたまほが、真っ赤な顔のまま裏返った声でラブに噛み付いた。

 

 

「くっ!ラブ!か、からかうなよぅ!」

 

 

 そのまほの反応に、食堂内はその日一番の笑いに包まれ夜は更けて行く。

 ラブ達の短期留学も残す処後一日だ。

 

 

 




まほ姉という呼び名はラブ姉とほぼ同時に思い付いたもので、
ネタ帳見ると一番最初のページにラブ姉と一緒に書いてあります。

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