ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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今回から新章に突入しまほ達の世代は表舞台から退場して行きます。
そしてみほたちが主役の世代となりますが果してラブとAP-Girlsは、
彼女達を相手にどのような闘いを繰り広げる事になるのでしょう?


第四章 Shiny fighting days
第一話   家元の顔


 黒潮を切り裂くような長く白い波を引きながら、巨大な島がゆっくりと洋上を突き進んでいる。

 その巨大な島は旧帝国海軍の航空母艦瑞鶴によく似た姿をしているが、その大きさは比べ物にならぬ程に大きく、現用のニミッツ級航空母艦ですら笹船に見える巨体を誇っている。

 そう、その正体は島ではなく巨大な(ふね)だ。

 二度の廃校の危機を一人の傷心の少女の活躍により乗り切った大洗女子学園を擁するその(ふね)は学園艦と呼ばれている。

 嘗て国際化社会に通用する人材育成と自主独立心を持った生徒による学生自治を提唱した人物がその教育の場を海上と定め私財を投げうち作り上げた艦を起源とし、学校を軸に地上さながらの生活が可能な巨大洋上コロニーと呼んでも差し支えのない存在だった。

 今、その大洗学園艦を目指して独特な形状をした航空機が降下しつつあった。

 殆ど用を成さないのではと思われる程に短い翼が高翼配置され、その両端には可変式の巨大な回転翼を持つティルトローター機の正体は、Bell Boeing V-22 Ospreyである。

 日本ではミサゴと呼ばれる猛禽類の英名を与えられたその機体は、世界初の民間仕様としてフルカスタムされ当初製造元ではその発注主に敬意を表し厳島カスタムの名で呼ばれていたが、現在では就航後に適用されたコールサインがそのまま愛称となり、Itsukushima Oneの名で厳島グループの社用機として運用中であった。

 そのItsukushima Oneが獲物を狙うミサゴさながらにあっと言う間に高度を下げると、着陸場所として指定された大洗女子学園の校庭へと土埃を舞い上げながら着陸した。

 

 

「ねぇみほ、本当にこんな所に降りていいの?」

 

「えっと…会長さんの指示だからいいと思うんだけど……」

 

 

 自信なさ気に答えた少女こそ大洗の救世主、傷心の少女と云いつつしたたかに戦い二度の危機から学園を救い、パートナーである逸見エリカが絡むとひたすらポンコツな西住みほその人であった。

 そしてそのみほにそう問うたのは他でもない本編の主人公、西住姉妹とは血縁にあたり、事情を知る者達からは姉妹流派とも言われる厳島流の家元、更には現在人気急上昇中のアイドルボーカルユニットであるAP-Girlsのリーダー、ラブこと厳島恋だ。

 

 

「ええんかいな……」

 

 

 ラブのそんな疑問を余所に着陸したオスプレイのローターの回転が止まり土埃も収まった頃、大洗戦車道チームの象徴であるあんこうことⅣ号戦車が校庭に進入して来る姿が見えた。

 無駄のない動きでくっきりと履帯痕をグラウンドに刻み付けながら疾走して来る姿を、ハッチから外に出ていたラブは呆れたように見ていた。

 

 

「お~い♪」

 

「あれ?アンジーがあんこうに?」

 

 

 本来みほが車長として収まるあんこうのコマンダーキューポラには大洗の会長さんこと角谷杏が収まりこちらに向かい手を振っているのが見え、それに気付いたラブも意外そうな顔をしている。

 

 

「え……?会長さん?」

 

「西住ちゃ~んお帰り~♪」

 

 

 キョトンとするみほであったが、そんな彼女を気にする事なく杏はコマンダーキューポラから這い出しラブの下へと駆け寄って行った。

 

 

「や~ラブ♪いつも素敵だけど今日はまた一段と素敵だね~♡」

 

「も~♪アンジーは本当に人を喜ばせるのが上手なんだから~」

 

「会長さん…ラブお姉ちゃん……」

 

 

 いつもの笑い顔を浮かべる杏に下がり眉毛のラブはそんな風に言い返すのがやっとだが、自分素通りで十年来の親友のようにやり取りする二人にみほは呆然としていた。

 

 

「み~ぽ~り~ん!」

 

「え?あ…沙織さん……」

 

「お帰り~って、どうしたのよぼ~っとして?」

 

 

 呆然としていた処に名を呼ばれ、振り返ってみればあんこうの通信手席のハッチから顔を出した沙織が不審そうな顔をしており、みほは慌てて笑顔で何でもないと取り繕おうとわたわたしていた。

 

 

「変なみぽりん」

 

「そうか?いつもの事だろう?」

 

 

 みほのリアクションに妙な顔をする沙織の隣で同じく操縦手席のハッチから、こちらもいつも通りの眠そうな顔をした麻子が冷静に突っ込みを入れていた。

 

 

「んも~、麻子はいつもそういう言い方して~」

 

「あの~、厳島殿も見ていらっしゃいますからお二人共もうそれ位で……」

 

「そうですよ、折角みほさんも帰っていらっしゃったんですから」

 

「あはははは……」

 

 

 砲塔の両側面のハッチから身を乗り出した優花里と華もいつも通りで、みほもいつものように少し困った顔で力なく笑うのだった。

 

 

「あら?あんこうチームみんなでみほをお迎えに来てくれたのね♪」

 

 

 そのやり取りを杏の隣でニコニコと見ていたラブが微笑ましげに言えば、みほは何処か恥かしげに少し小さくなっていた。

 

 

「いよう角谷、朝っぱらからご苦労なこったな」

 

「や~チョビ子♪一緒に乗ってるとは思いもしなかったよ~」

 

 

 騒ぎを聞きつけオスプレイの機内から顔を出したアンチョビが、ラブの傍でご機嫌な杏に茶々を入れるように声を掛ける。振り向いた杏はお約束の返事をするが、その表情と声音がラブと一緒にいるせいかいつもと違いぽやっと可愛らしく、アンチョビも反応に困っていた。

 

 

「だ…だからチョビ子って言うな……」

 

 

 その予想外の可愛さにちょっとドキドキしたアンチョビは、視線を逸らしブツブツと切り返した。

 

 

「千代美は何ブツブツ言ってんのよ……?それにしてもさぁ、校庭にオスプレイ着陸させたりあんこう乗り入れたりしていいワケ?風紀委員のそど子さんに怒られないの?」

 

「あ~、いいのいいの♪ホラ私一応生徒会長っしょ?私が言ってるんだから問題なしよ」

 

「アバウトねぇ……」

 

 

 校庭に長々と刻まれた履帯痕を目で追いながら、ラブは改めて呆れたように言った。

 

 

「いやぁ、駐車場に輸送機から戦車で空挺降下して、学園長の車ペチャンコにする人もいる位だから、この程度の事はどうって事ないっしょ~?」

 

「あぁ……」

 

 

 遠い目になったラブも、そんな事を平気でする人物には一人しか心当たりがなかったようだ。

 何となく撃破率が高そうなその該当者の事をラブが考えていると、その背後に現れた人物に対して姿勢を正した杏が折り目正しく挨拶をした。

 

 

「家元、先日はお時間を取って頂きありがとうございました」

 

「はい?」

 

 

 だがしかし考え事をしていたラブがそれに返事をしてしまい、そのちょっとポケっとした表情のラブに杏がへにょっと眉を下げた困った顔で後ろを指差している。

 

 

「へ?何…あ……」

 

 

 杏の指差す方へとラブが振り向くのと、しほがラブから顔を背けるのは同時だった。

 間違いではないのだが、ラブが家元という呼称に反応した事が妙にツボったらしいしほは小刻みにその肩を揺らしており、勘違いに気付いたラブは恥しそうに小っちゃくなっていた。

 

 

『ヤバい~♪やっぱこの(ヒト)可愛過ぎるっしょ~♡』

 

 

 しほと同じくラブに背を向けて両手で口元を抑えた杏が口には出さぬがそんな事を考えていると、一連の出来事を全て見ていたアンチョビが視界の隅でオスプレイの機体をバシバシ叩きながら容赦なくゲラゲラ笑い、その笑いのせいでしほがお腹をヒクヒクさせて地獄を見ていた。

 

 

「千代美ぃぃぃ……」

 

 

 恥ずかしさに頬を朱に染め握りしめた拳をプルプルさせているが、その程度の事でアンチョビが怯むはずもなく、ラブはその目尻に薄っすらと涙を浮かべていた。

 

 

「フハハ♪いや結構結構、ラブも大分家元としての自覚が出てきたようじゃないか」

 

「ちぃーよーみぃぃぃ……」

 

 

 既にそのライフは限りなくゼロに近いラブだったが、それでも尚容赦なくしっかりと止めを刺す事を忘れぬアンチョビであった。

 

 

『カンベンして……』

 

 

 隙あらばこうして互いに寝首を掻きあう少女達に、しほの腹筋は限界だった。

 

 

『…それにしてもあのⅣ号は相変わらず動きが只事ではないわね、普通に走行するだけでもその違いがはっきりと判るわ……あれだけの操縦技術を持ちながらこれまで戦車道を未経験だったとは俄かには信じられないけど…天才とは本当にいるのね……』

 

 

 笑いの刺客から目を逸らした先にはあんこうが停車しており、その操縦席のハッチから眠そうな顔を覗かせてみほや他の仲間達と何やら話している麻子にしほは目を止めていた。

 

 

「西住さん……」

 

「え?ハイ、何ですか麻子さん?」

 

 

 沙織の妄想トークを華がいつも通り辛辣に切り捨てそれに苦笑していたみほは、何やら怯えの混じった声で麻子に呼ばれ、何事かと彼女を見ればその表情が妙に硬くなっていた。

 

 

「どうもさっきから西住さんのお母さんの鋭い視線が私に突き刺さっている気がするのだが、これは私の思い違いだろうか?」

 

「え……?」

 

 

 ヘビに睨まれたカエルを体現したような状態の麻子は、顔に縦線を入れ額には脂汗も滲んでいる。

 麻子にそんな事を言われ不安になったみほが母の方へと目を向けてみれば、そこには西住流必殺の目線で麻子を凝視するしほの姿があった。

 

 

「あ…えっと、お、お母さんはね……ま、麻子さんの操縦技術に一目置いてるんだよ……」

 

「本当かぁ……?」

 

 

 図らずもみほの言った事は正鵠を射ていたのだが、如何せん噛みまくりな上に微妙に弱々しい声音ではその言葉には一片の説得力も感じる事は出来なかった。

 

 

「も~知らない!千代美はさっさとオスプレイに乗ってなさいよ!アンツィオ艦に付いたら落っことしてやるんだからね!」

 

 

 ここぞとばかりにからかって来るアンチョビにやり返す材料が見当たらず、悔しそうに頬を膨らませているラブの事を、下がり眉毛の杏は宥めるのに苦労していた。

 

 

「何だか楽しそうだけどあっちは何やってるんだろ……?」

 

 

 楽しんでいるのはアンチョビだけだが賑やかな三人の様子にみほが首を傾げていると、その賑やかな輪の中から頬を膨らませたラブだけが肩を怒らせズンズンとこちらに向かって来た。

 

 

「うえぇ…な、何かな?ラブお姉ちゃん……?」

 

「何でもない!」

 

 

 ラブの様子に逃げ腰なみほだったが、ラブはあんこうメンバーに向き合った途端に機嫌の良さそうな顔になりそれぞれと挨拶を交わし始めた。

 

 

「厳島殿、黒森峰への短期留学は如何でありましたか?」

 

「楽しかったわ、私用にパンターがLove Gunになってたのよ♪他にもティーガーⅡやヤク虎、後はねマウスにも初めて乗ったけどアレはちょっとクセになりそうねぇ~」

 

「おぉそれは凄い!良かったでありますねぇ」

 

「んも~、ゆかりんは直ぐそんな話ばっかり~」

 

「あ、さおりんのクッキーが忘れられないってまほが言ってたわよ~?」

 

「え?ホントに!?まぽりんが?それじゃあ今度焼いて送ってあげようかな……?その時はラブりんにも送ってあげるね~♪」

 

「もう沙織さん、いくら何でも失礼ですよ?」

 

 

 華が沙織を窘めたが、まぽりんに続き自分がラブりん呼びされた事でラブの顔が満面の笑みでパァ~っと輝き、その表情変化にみほだけが逃げたそうにしていた。

 

 

「それなら言ってくれればいつでも迎えに来るからウチの艦に遊びに来るといいわ♪ごはん会もやりましょうよ、その時は華さんも一緒に来てね」

 

「まぁ♡笠女学園艦のお食事は大変美味でしたから、それは願ってもないお誘いですわ♪」

 

「んも~、華ぁ……」

 

 

 現金な華がコロっと態度を変えると沙織も堪らず情けない声を上げ、そんな二人のやり取りをラブも楽しげに見ていたが、やがてその視線が特定の一人に向かい始めた。

 

 

『…おい……西住さん、厳島さんが西住さんのお母さんより怖い目で、じいっと私の事を凝視している理由を説明してくれないか?』

 

 

 しほの視線とは全く質の異なるラブの視線に悪寒すら覚えた麻子が小声でみほに問い掛けたが、ラブが小さくて可愛いモノが大好きなヘンタイである事を果たして彼女に伝えていたかどうか、記憶が曖昧なみほは咄嗟に麻子から視線を逸らしていた。

 

 

『あ…目を逸らすな、何か言え……オイ!?』

 

 

 麻子がヒシヒシと身の危険を感じ始めた時、彼女を危機から救ったのは単純に時間であった。

 何しろしほとラブが家元会議出席の為に東京へ向かう道中であり、その途上でたまたま大洗とアンツィオの学園艦が航行中であったため、便乗させたみほとアンチョビを降ろす為に立ち寄ったに過ぎない。そうそう長居をしている余裕はなかったのだ。

 

 

「恋、そろそろ行かないと……千代美さんも母艦に送り届けなければいけないのですからね」

 

「あ、は~い」

 

 

 すっとラブが普通の表情に戻った瞬間、麻子も呪縛から解き放たれたように大きく息を吐いた。

 軽く別れの挨拶をしたラブは、あんこうから離れオスプレイへと戻って行く。

 その背中を見ながらまだ少し疑った様子だが、脱力した麻子がそっと呟いた。

 

 

「助かった……のか?」

 

 

 既に両親がいなかったり飛び抜けた天才だったり。意外と二人の共通点は多い。

 しかし、その二人が接する機会はまだのようであった。

 

 

「それじゃあラブお姉ちゃんまたね。何かあったら直ぐに連絡してね、きっとだよ」

 

「解ってるわみほ……アンジー、みほの事宜しくね。それじゃあもう行くわ」

 

 

 荷下ろしの為に開かれた後部ハッチから別れを告げるラブの隣で、しほも杏に一礼している。

 杏もまたそれに応えるようぴょこっと頭を下げると、機械音と共に後部ハッチが閉まり始めた。

 

 

「みんな早く離れないと埃塗れになるわよ~」

 

 

 思い出したように言うラブの声が閉まり掛けたハッチの向こうから聞こえる。

 

 

「行こっか西住ちゃん」

 

「あ、はい!」

 

 

 二人がその場を離れあんこうに乗り込むと麻子の操縦で再び動き出したあんこうは、校庭から出て安全圏と思われる辺りで反転しオスプレイの離陸を待っている。

 オスプレイの操縦手もあんこうが退避したのを確認した後にエンジンを始動。そして土埃を巻き上げながら浮かび上がった機体はあっと言う間に飛び去って行くのだった。

 

 

「行っちゃいましたねぇ……それにしても凄い量のお土産でありますね」

 

「え?」

 

 

 飛び去ったオスプレイの姿が見えなくなるまで見送った後、優花里に言われて初めて気が付いたが、あんこうには大量の熊本土産が括り付けられており、これはどうやらしほが用意しておいた物を彼女達が話しているうちにオスプレイのクルーが積み込んだ物らしかった。

 

 

『お母さんありがとう…それにしてもいつの間に……』

 

 

 とっくにその姿は見えないが、改めて空を見上げたみほは母の心尽くしに心の中で礼を言った。

 

 

「ふぅ、次は私か…予定じゃ相模湾の沖合にいるはずなんだが……」

 

 

 高度を上げたItsukushima Oneが安定飛行に入った辺りで、それまで黙ってシートに身を預けていたアンチョビが緊張を解すように伸びをした後腕時計に目を落とした。

 

 

「さっき機長さんが確認して予定通りだって言ってたわ、時間の方も問題ないって」

 

「そうか、ウチの艦も老朽艦だからトラブルも多いんだが今日は調子がいいようだな……」

 

 

 前回の熊本訪問時にも世話になった美人機長の事を思い出しながら、アンチョビは自分の母艦であるアクイラ型を原型とするアンツィオ艦が、その艦齢故苦労が多い事を道中の暇つぶしのネタとしてポツリポツリと語って聞かせていた。

 

 

「──まあさすがにみほの所みたいに船底から戦車は出て来んがな…尤も出て来ても豆戦車ばっかりだろうし戦力としては大した足しにはならんだろうなぁ……」

 

 

 腕を組んで首を横に傾け困ったもんだとばかりにアンチョビは笑っている。

 

 

「ウチは最新鋭だけど未完成なまま見切り発車で就航したじゃない?最初はもう信じらんないようなトラブルの連発だったわよ。何しろ新しい事やり過ぎて使い方が解らなくて散々苦労したわ……小さな処ではシャワーでお湯が出ないとかから始まって、大きい処じゃウェルドックから戦車ごと上がるリフトが動かなくなって半日閉じ込められたとかね。今となっては笑い話だけど、あの頃は毎日ボタンひとつ押すにもドキドキだったわよ」

 

 

 全てに於いて準備万端な厳島らしくない話ではあるが、逆にどれ程ラブの高校進学が重要な事であったかが窺える話に思え、アンチョビは改めて厳島の底力を見た気がした。

 

 

「最新鋭と云えばこの機体も凄い物ね…滅多に乗る訳ではないけどこの内装は完全に国際線ファーストクラスの仕様だわ……それに何よりこの静音性、とても軍用機とは思えないものよ?」

 

「あ~、内装は社用機で要人輸送がメインの機体だから当然なんだけど、静音性に関してはその用途から考えて一番重要視した部分でかなり苦労したらしいわ。お蔭で機内はこれだけ静かにする事が出来たけど、替わりに製造コストがオリジナルに比べて馬鹿みたいに跳ね上がっちゃったのよね。今の価格じゃ馬鹿馬鹿しくてウチ以外に買うトコいないんじゃないかしら?」

 

 

 チーフパーサーからサーブされた本格的な独逸珈琲を満足気に口にしながらしほは、Itsukushima Oneの機内を見回し感慨深げにその感想を口にしたが、返って来たラブの答えはやはり彼女が厳島の人間であると思わせるのに充分なもので、しほはふっと小さく息を吐いた。

 そして、目の前にいる成熟しきった肉体に子供と大人の精神を宿した稀有な存在である少女が背負っているモノの大きさに、改めて驚かざるを得なかった。

 

 

「なんだかなぁ…最近オマエんトコのデタラメぶりに慣れちゃって、ちょっとやそっとの事じゃ驚かなくなってる自分が怖いわ……笠女学園艦も最初はこれからの学園艦のあるべき姿かとも思ったけど、アレはどう考えてもコストダウンなんて出来ないだろ?つ~かそもそもその辺の事なんて最初っから考えてないんじゃないのか?でなきゃ実験艦でもあんなバケモノ造らんだろ?」

 

「失礼ね~、いくらウチだってそこまで考えなしじゃないわよ~。そりゃあS-LCACとかやり過ぎな感はあるけどさ、アレだって将来性があるから造ったんだもの。決して無駄にはならないわ」

 

 

 ああでもないこうでもないとやり合う二人だが、ラブはともかくその彼女とこれだけ論議が出来るアンチョビも我が娘と比べてみれば相当大人に思え、戦車道以外ではまだまだ姉妹揃って子供である事に若干の恥ずかしさを覚えたしほであった。

 そして、この二人であれば将来的な事も視野に入れて、これからの事を話しておいても大丈夫かと思えて来たしほは、一旦目を閉じ気持ちを落ち着けてから口を開いた。

 

 

「よい機会なので今日は二人に話しておきたい事があります」

 

 

 突然の事ではあったが、しほの表情から何かを読み取ったラブも即座にその表情を厳島流家元のものにすると、アンチョビもそれに倣いドゥーチェの顔にチェンジしていた。

 

 

『この子達は……』

 

 

 二人の変わり身の早さに内心舌を巻きながらも、それを面に見せる事なくしほは話を続けた。

 

 

「二人も坂東相模流は知っていますね?」

 

 

 念の為に確認するといった感じでしほが問えば、ラブが何を今更といった顔で答える。

 

 

「当然じゃない。私の通っていた臨中じゃほとんどの子が坂東の道場に通ってたし、横須賀じゃ最大勢力は何と言っても坂東相模流ね。横須賀で戦車道やってて坂東を知らないなんて言ったらそれこそモグリよ。大体、私の先輩でもあるあの敷島さんは坂東門下生の中でも歴代最強の選手と言っても過言じゃないわ」

 

 

 東海地区では馴染みは薄いが、ラブやダージリンと親交があり、関東での試合経験も多いアンチョビもまた坂東相模流の事はよく知っていた。

 

 

「とても基本を大切にする流派だね、坂東の選手は基礎がしっかりしていて行動が早い…‥そうか、英子姉さんは坂東相模流だったか…いや、横須賀の人だものそうだよな……」

 

「そうよ、それに私も直接指導を受けた事はないけれど、家元の榊先生のお話は市の全体演習の時に聞かせて頂いた事があるわ。あれ程無駄なく論理的に解り易く指導出来る方はそうはいないわ」

 

「二人共そこまで解っているなら話は早いですね」

 

 

 結果に満足した様子のしほは、二人が話す間シートに預けていた身を起こすと姿勢を正し話し始めたが、その態度は日頃の()に対してのものではなく、家元同士のものであると感じられた。

 

 

「本日行なわれる家元会議は年の終わりの納会であり、それ程堅苦しい物ではありません。しかし、今日はその場を借りる形で各流派家元に対して恋の家元襲名の報告を行ない、形式的なものですが承認を受けねばなりません」

 

 

 これに関してはラブも事前に聞いている事なので、彼女も特に何も問題ないように思っていた。

 

 

「前回熊本に来た折りに取り決めた通り、西住とちよき…島田が後見役として立ち会います……ですが、それだけでは海千山千の老害も多い家元会議に於いては万全とは言えませんでした」

 

 

 何しろ戦車道の流派としては双璧である西住流と島田流の家元であるしほと千代であったが、全ての流派の中に在っても二人のその若さは断トツである。その二人に対し、実力が伴わず弱小であろうとも年上であるという只一点を武器にして日頃から嫌味や小さな嫌がらせを働く者が後を絶たず、しほにしても千代にしても何かと気苦労が絶えなかったのだ。

 そして今日、更に若い十代のラブが厳島流の家元として家元会議に復帰するとなれば、頭も固く旧弊なものの考え方しか出来ぬ連中が黙って受け入れるはずもなく、しほにとってはそれが最大の懸案事項であった。

 しかしラブの黒森峰留学中、ダージリンが画策し結成したUD-Girlsとの一戦を見物に来た英子の置土産、榊を味方に引き入れたという吉報は大いにしほを喜ばせるものであり、即連絡を取った千代も我が事のように喜ぶ話であった。

 

 

「ですが、この度二人からも名前の挙がった敷島様の口利きにより、坂東相模流家元の家元であられる榊弓江先生にも後見役としてこちら側に立って頂ける事となりました」

 

「え?英子姉さんが!?」

 

 

 予想外の事にアンチョビも驚き目を丸くするが、そんな彼女にしほは柔らかく微笑み頷いて見せると、再び家元の顔に戻って話を続けた。

 

 

「えぇ…上総の大猪、その二つ名とは裏腹に相当な策士でいらっしゃったようね……さすがは千代美さんの素敵なお姉様といった処かしら?」

 

「えぇぇ!?」

 

 

 だが家元の顔でしほが語った事はと云えばアンチョビに対するからかい半分な内容で、不意を突かれたアンチョビは耳まで真っ赤になりながら目を白黒させていた。

 

 

「まぁそういう訳ですので、家元会議での襲名披露に関しては障害となるものはないと思います……ただ、口さがない年寄りの集まりですから、何かしら嫌味の一つも言う者もいるでしょう。恋には、そのような言葉には耳を貸さず、毅然とした態度を通すよう願うのみです」

 

「大丈夫よしほママ…う~ん、でもそうねぇ……」

 

 

 頤に右手人差し指を当て考え込んだ表情になったラブは、暫くして何を思い付いたのか、彼女を見知った者からすれば嫌な予感しかしない笑みを浮かべるのだった。

 

 

「な、何だぁ……?」

 

 

 既にラブの隣でアンチョビが、そのラブの笑みに嫌そうな声を上げている。

 

 

「ねぇ千代美~♪ちょっとお願いがあるんだけど~?」

 

「…何だ……?」

 

 

 早速来たとばかりに彼女の声は警戒心MAXだ。

 

 

「ナニ警戒してんのよ?そんな事より私の髪をダー様編みしてくれない?」

 

「は?」

 

 

 想定外斜め上なラブのお願いに、アンチョビも思わず間抜けな表情になった。

 

 

「なんなんだ急に~?」

 

「いいから早くやってよ~、()()()()()()私の髪結うのに慣れてるんだからさぁ」

 

「う゛……」

 

 

 アンチョビの自尊心をくすぐるワードを微妙にイントネーションを変えてお願いして来るラブに、アンチョビは返す言葉に詰まってしまう。

 

 

『この子は……』

 

 

 ()()()()を自在に使うラブにしほも言葉を失っている。

 

 

「しょうがないヤツだ……ホラ、ここに座れ」

 

「は~い♪あ、ブラシとかピンはこれ使ってね~」

 

 

 アンチョビは自分の座席にラブを斜めに座らせると、彼女が愛用する七宝細工の髪留めを外し、ラブから預かったポーチから取り出したブラシで髪を梳かして真ん中から二つに分け始めた。

 

 

「全くもう…お前ホント髪が長いから大変なんだぞ……」

 

 

 ブツクサと文句を言いながらも手際よく二つに分けた髪をそれぞれざっくりと編んで行く。

 所謂ギブソンタックと云われる髪型ではあるが、彼女の言うようにラブは髪をかなり長く伸ばしているので、最後に纏める時にかなり工夫が必要であった。

 しかし、アンチョビもブツクサ言いながらも中学時代と違い、今は身嗜みには相当気を遣うせいか自分なりの美学があるらしい。ただ編み込むだけではなく、随所に自分なりの主張を織り込んでおり、しほもいつの間にかその作業を食い入るように見つめていた。

 制服のデザインに合わせて全体の纏め方はカッチリした印象にしたのに対し、耳裏や襟足からうなじには敢えて後れ毛を作り、どうやら大人の色気を演出したらしい。

 

 

「どうだ……?」

 

 

 アンチョビは自前の鏡を自分のバッグから取り出しラブの物とで合わせ鏡にすると、何度か角度を変えてはラブに確認させるのだった。

 

 

「わぉ♡さすが千代美だわ♪」

 

「あぁそうかい、よけりゃこれで略帽被せてやる」

 

「うんおっけ~よ、お願いするわ」

 

 

 ラブの返事を待ってアンチョビは、今回も略帽を斜に被せてやる。

 

 

「よし、いいぞ……」

 

 

 その仕上がりに、手がけたアンチョビとしほの口からため息が漏れる。

 しかしラブはそこで終わらず、自らもう一つアクセントを付け加えようとしていた。

 

 

「ん、ありがと…後はぁ……」

 

「え?おい……」

 

 

 鏡を持ってラブに仕上がりを確認させていたアンチョビが戸惑う目の前で、ラブはヘアピンを手に取ると事故の傷痕と殆ど見えない右目を覆い隠す前髪を掻き上げ、耳に掛けて留めて見せた。

 

 

「こんな感じかしら?」

 

 

 髪を留めた後にすっくと立ち上がったラブは、モデル時代のように腰に手を当て一部の隙もないポーズを決めると、厳島の魔女の表情を浮かべて見せた。

 

 

「お、おいラブ……」

 

「恋……?」

 

 

 突然の事に言葉を失う二人に対し、ラブは元の顔に戻り笑顔を浮かべ軽い調子で言うのだった。

 

 

「まぁちょっとした先制攻撃って感じ?これならそうそう舐められる事もないんじゃない?」

 

 

 家元会議の有象無象な輩に対しての彼女なりの意思表示なのであろうが、あまりの事にしほもアンチョビも絶句して、暫くの間二人は何も言う事が出来なかった。

 

 

 




厳島相手にケンカ売るバカなんているのかな~?

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